白夜の降魔

ラブひな IF             〈白夜の降魔〉

 

 

 

第一灯 「懐かしき街、消えない想い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

日向市―――――様々な店舗が建ち並ぶ温泉街。

            この、さして特記のない、平凡な場所から物語は始まる。

 

 

 

「………ここにばばぁがいるのか」

 

 

そう言って、眼鏡をかけた二十歳ぐらいの男が、長い階段を上ってゆく。

その長い階段の先には……”ひなた荘”という名…彼にとっては”ひなた旅館”という名の建物があった。

 

男は階段を上りきると一旦立ち止まり、眼前に立つひなた荘をレンズ越しに眺めた。

 

 

「懐かしい…というべきか……」

 

 

男は呟く…目をスゥッと細めながら。

 

そして続けて、

 

 

「胸糞悪いほどにな」

 

 

何の躊躇もなく、険のある言葉を吐き捨てた。

 

それが聞こえたわけではないのだろうが、男がその台詞を吐き捨てた直後、

一人の女性がひなた荘の中から出てきた。

その妙齢の女性は腕組みをし、タバコをふかしながら男を軽く睨むと、

 

 

「随分と遅かったな、景太郎。てっきり逃げ出したのかと思ったぞ」

 

 

などと、非・友好的な言葉を口にしながら、男…景太郎に向かって歩み寄る。

すると景太郎は、女性に向かって何の感情もこもっていない視線を向けながら、

 

 

「俺の元に来た手紙には時間なんて書かれてなかったんでな。

来てもらっただけでもありがたいと思えよ、はるか小母おばさん

 

 

『はるか』と呼ばれた『おばさん』というにはあまりにも若い女性に、景太郎も非・友好的な言葉を返す。

すると、無表情ポーカーフェイスだったはるかの眉がピクリと動いた。

 

一体、どちらの言葉に反応したのか…もしくは両方だったのかはわからないが、

はるかはなおも無表情ポーカーフェイスのまま、景太郎の手前、数メートルの所に立ち、口を開いた。

 

 

「『はるかさん』だ」

 

「わかったよ、はるか小母おばさん。ところで、あのばばぁは何処に居る?」

 

 

わかった、と言いながらもまったく直そうとしない景太郎への怒りを抑えつつも、

はるかは表面上は冷たいまま、景太郎の質問に答える。

 

 

「婆さんは今はいない。理由は知らんが、世界一周の旅に出かけてな―――――おいっ!!

 

 

はるかの言葉半ばで、なら用事はない、と言わんばかりにきびすを返す景太郎。

それを見たはるかは、その歩みを止めるべく、言葉の続きを口にした。

 

 

「婆さんに呼ばれた以上、ここに来た理由はわかっているんだろう。だったら早く来い」

 

 

言い聞かせる…というよりは、命令と言っていい言葉に、

景太郎は歩みを止め、舌打ちしながら振り返った。

 

 

ここ・・の管理のことか。誰がそんな面倒くさいことをするか。

俺は、あの糞婆くそばばあを、天寿を全うする前に火葬しに来ただけだ」

 

 

その言葉を聞いたはるかは、あからさまに侮蔑した目で景太郎を見ると、深く溜め息を吐いた。

 

 

「話半分に聞いていたが……まさか、本当に神凪の炎術士になっていたとはな。

落ちこぼれとはいえ、”浦島”の…それも宗家の血筋の人間が、そこまで落ちる・・・とはな」

 

 

再度溜め息を吐くと、やれやれ…といった感じに首を左右に振るはるか。

そんな態度のはるかに対し、景太郎は嘲り返すような笑みを浮かべ、

 

 

「そうだな。だが、その落ちこぼれに追い込まれている”浦島”はそれ以上だな」

 

「先の騒ぎの際、封印の『監視』や『守部』浦島の分家が壊滅させられたと聞いてはいが…やはり、お前か!」

 

 

無表情な顔に、僅かに怒りがうかぶ!

抑え込んでいた怒りが、理性を僅かながらに上回ったのだ!

 

それを、景太郎は馬鹿にするように鼻で一笑し、

 

 

「だったらどうした。一族あいつらの仇でも討とうっていうのか?

石蕗つわぶきのような、邪教集団紛いのくされ水術士の一族が!」

 

 

あからさまに挑発する景太郎。

はるかは怒りという名の感情をエネルギーに変え、周囲にある水の精霊に働きかける。

 

すると、はるかの周りに水が発生して十近い小さな水竜巻を作り出すと、すぐさま水の槍へと変化した!

 

 

「お前を殺したら、婆さんの命に背くことになるからな…だから、少しお仕置きをするだけだ!!」

 

 

言い終えるや否や、十本の水の槍は景太郎めがけて飛翔する!

 

ただの水と思う無かれ。槍の形に圧縮された大量の水が、高速で飛来するのだ。

人の身体はおろか、厚さ十数センチの鉄板ですら容易く貫くほどの威力を秘めている!

 

それらは術者はるかの意志通りの軌跡を描き、景太郎へと何の躊躇もなく迫る!!

 

はるかは、何の手出しもできずに傷つく景太郎を予想する―――――次の瞬間!!

 

 

ゴウンッ!!

 

 

 

何の前触れもなく、突如虚空に発生した白銀ぎんの炎が、一瞬にして水の槍を消滅させる!!

 

 

「”浦島”の性を戴く分家最強と名高い『浦島はるか』でもこの程度…しょせんは二流か。

今日はあの婆を始末するつもりで来たんだが…まあ、婆の子飼いあんたでもいいか」

 

 

そう言うと、景太郎は掌を目の前にかざした。

すると、先程、水の槍を消滅させた白銀ぎんの炎が掌の上に集束しはじめる。

 

 

「もののついでだ。この忌々しい建物ひなた荘ごと消滅させてやる。無様な姿は残らないんだ。感謝しろよ」

 

 

景太郎はそう言いながら、炎の精霊と感応し、更に大量の炎を召喚する。

 

はるかは、凄まじい速度で集束する炎の精霊を感じながら、

美しく清浄な輝きを放つ白銀ぎんの火球をただ黙って見ているしかなかった。

 

先程放った水の槍は、実はまるで当てるつもりはなかった。

自分の知っている景太郎ならそれだけで充分。怯えて許しを請う。そう思っていた。

 

だが、それを景太郎は一瞬にして発生させた炎で、いとも容易くなぎ払った。

その一瞬だけで見えてしまった…景太郎の意志力と、支配する炎の精霊の強さを。

それだけで悟ってしまった…自分程度の術者では、到底太刀打ちできない高みに、景太郎はいることに。

 

そして今、景太郎の元に、尋常ではないほどの数の炎の精霊が集まり、未だにそれは終わっていない!

 

はるか自身、これ程の精霊を扱える術者は、一人しか知らない。

つまり、景太郎は、少なくともその人物を並ぶほどの実力者。

 

そこまで考えたとき、身体が凍りつくほどの恐怖に震えた!

 

(だめだ!ここには関係ないあいつらがいる!景太郎を止めなければ!!)

 

はるかはそんな恐怖に身をすくませる自分を叱咤すると、しぼり出すように言葉を発した!

 

 

「止せ!景太郎!!ひなた荘まで消すのか!

ここはお前にとっても…”響子”達との思い出の場所だろうが!!」

 

 

はるかはの叫びに、景太郎の動きが止まった……

恐ろしい速さで召喚されていた炎の精霊も、景太郎と同じく動きを止めていた。

 

それを見て、はるかは安堵した。何とか止めることができたと思って…

だが、その考えはすぐさま否定された。

 

景太郎の―――――先程までとはうってかわった、寒気のするほど冷たい顔を見た瞬間に……

 

 

「…ざ……な…」

 

景太郎の食いしばった口の中からこぼれでる、押し殺した声音……

その脳裏には、かつての記憶が蘇る。

 

 

〈ねぇ、景クン。わたしね、景クンのことが……大好き〉

 

 

自分も、彼女も…まだ、親の庇護を受けなければ生きていけないほど、幼かった頃の記憶…

 

 

「ふ…け…な…」

 

 

〈愛し合う人同士がね、東大に行くと幸せになれるんだって。だから、わたしも一緒に……〉

 

 

子供とはいえ、精一杯の愛の告白。

 

だが、

 

 

〈行けたらいいのにな…でも、わたしは…だめだね。わたしは今夜……〉

 

 

寂しそうに、それでいて諦めきった声で、少女は呟く……

 

 

〈”楔”になるから〉

 

 

「ふざけ…な…」

 

 

 

〈さようなら……景クン……大好き…大好きだよ〉

 

 

 

少女は最後に、満面の笑みを作りながら自分に向かってそう呟いた。

そっと涙を流しつつ、小さく、それでいてはっきりと聞こえる声で…

小さな身体にはほとんど残っていない命を振り絞りながら……

 

満身創痍になってもなお、少女を助けようと地面を這う自分に向かって―――――

 

 

「ふざけるな!!

貴様に・・・貴様等にその名を口にする権利はない!!」

 

 

景太郎の怒声と共に放たれた凄まじい殺気が、まるで衝撃波のように放たれる!!

それと同時に、景太郎の身体から白い霞のような氣が吹きだし、

炎の精霊と融合し、白銀ぎんから眩いほどの白い炎へと化した!!

 

それを見たはるかは、今度こそ恐怖で身体を凍てつかせた!

 

その思考には、景太郎の逆鱗に触れてしまった事への後悔はない。

それを考える隙間もないほど、その心の内は恐怖に染まっていたのだ。

 

 

「ば、ばかな!そんな事聞いてないぞ……」

 

 

目の前にある事実を否定したくとも、そらすことすら出来ない瞳から、否が応でも知らされる。

地・水・火・風の四つの元素の中でも、最強の攻撃力があるといわれる『火』

そして、炎術に長けた一族の、ほんの一握りにしか使えない幻の炎が、今、目の前にあることに!!

 

 

「もはや…どうしようもない……」

 

 

はるかは自分の…そして、ひなた荘が消滅することを覚悟した。

同時に、そう遠くない未来に、壊滅…いや、消滅させられるだろう、浦島家の末路も…

景太郎がただの炎術士なら、はるかは浦島の分家の術者達が総動員すればどうにかなるかもと思った。

だが、かの幻の炎『神炎』の使い手となると、浦島家の全てをもってしても勝てるかどうか判らない。

 

神炎とは、人智のおよぶ次元ではない。

それが、神炎を知る術者の総意であり、事実なのだ。

 

 

(すまない…)

 

 

はたして、それは誰に向けられた想いなのか、はるか自身も分からなかった。

ただ漠然と、頭の中に浮かんだ言葉だった。

 

 

「この世から魂すらも残さず消え去れ!!」

 

 

景太郎が意思を篭め、集束した炎を解放―――――しようとした瞬間!!

 

 

「そこの貴様!一体何をしている!!」

 

 

景太郎は、背後からかけられた声に振り向くと、

そこには、長い黒髪の女子高生らしき少女が竹刀を上段に構え、一足飛びに間合いをつめる姿があった。

 

 

 

 

――――――――――第弐灯に続く――――――――――

 

 

 

 

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