ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第弐灯 「管理人就任、ひなた荘の謎……」
「まさか、部活が休みになるとは思わなかったな……」
両手に鞄と細長い棒のような物を持った、一人の女子学生が誰にともなく呟く。
見た目は十六、七―――――高校一年、もしくは二年といったところか。
その女子学生は軽く溜息を吐いた後、気合いを入れるように全身に力をこめ、表情を引き締める。
「まったく、さんざん待たせておいて……まぁいい。過ぎたことを言っても仕方がない。
ならば、空いた時間を修行に当て、より一層の鍛錬に励めばいいだけだ」
そう呟きつつ、女子高生…『青山素子』…は、自らが寄宿する寮『ひなた荘』へと続く階段に一歩足をかけた。
―――――その時!!
ゾクッ!!
突如発生した凄まじい殺気に鳥肌を立てた!!
「な、なんだこの『殺気』は!!」
身体が震えるほどの『黒い』殺気に、素子は思わず一歩下がった。
だが、素子の感覚がその殺気の持ち主がひなた荘の前に居る事を感じた瞬間、
(皆が危ない!!)
素子はその場に鞄を放り出し、竹刀を袋から取り出しつつ階段を一気に駆け上がった!
そして、階段を上り終えた瞬間、視界に飛び込んだ光景は―――――
手に白く輝く光球をもった謎の男が、はるかを襲っているところであった!
「貴様!何をしている!!」
素子は男…景太郎に怒鳴りつけると、竹刀に氣を纏わせながら大地を強く蹴り、
一足飛びで十数メートルという距離を一気につめる!
対して景太郎は、急接近する素子の気配を感じつつも、
ゆっくりと、そして煩わしそうな顔つきをしながら振り返っている途中だった。
「成敗!!」
不審者はこの一撃により吹き飛ばされ、戦闘不能―――――もしくは気絶する!
素子はそう確信し、一片も疑うこともなかった。
―――――だが!
「止めろ、素子!!」
突如、素子と景太郎の間の大地に水の槍が突き刺さった!
いきなりの事態に驚きつつも、素子は再び大地を蹴り、無理矢理に進路をそらした。
「何をするのです!はるかさん!」
素子は邪魔をしたはるかに向かって声を荒げる!
この狼藉者ならまだしも、襲われていた張本人に邪魔をされるとは思ってもなかったのだろう。
それに、あのままだったら確実に倒したと思っていた分、邪魔をされたことが腹立たしいのかもしれない。
そんな素子の心情を理解したはるかの返事は、怒りを含ませた叱責だった!
「この馬鹿たれ!!感情にながされず、場の状況を冷静に把握しろ!」
「―――――ッ!!」
はるかの痛い叱責に頭を冷やした素子は、景太郎に向かって竹刀を正眼に構え、
精神を集中し、神経を研ぎ澄まし、周囲の力や氣の流れをその身に感じた。
その時になって、素子はようやく解った。
景太郎がもつ光球から発せられる、圧倒的というのもおこがましいほどの力の波動を!
もし、その力を解放したら、ひなた荘があるこの丘…もしくは中心とした一帯が荒野と化すことに。
「なんていう力の塊なんだ……」
竹刀を正眼に構えたまま、景太郎を睨み付ける素子。
当の景太郎は、長い黒髪の女子高生…素子と呼ばれる女…が、いきなり竹刀で斬りかかってきて、
それをはるかが勝手に止めて、説教をかました。
(知り合いらしいが…竹刀に氣を纏わせていたな。この地方にいる退魔師か何かの見習いか?)
と、景太郎は何か引っ掛かりを感じつつも、どうでも良いという感じで考えていた。
「コレはなんだ?」
景太郎は再びはるかに顔を向けながら質問する。
その、あきらかに馬鹿にしている言葉に、素子の沈静化していた感情が爆発し、簡単にキレた!
「『これ』とはなんだ『これ』とは!人を馬鹿にしおって!!」
素子は再び竹刀を大上段に振りかぶると、景太郎に向かって跳びかかった!!
(あの光球の力を解放させる間もなく、一瞬で倒す!!)
男からは大した力も感じない、相手は分不相応な力を手にしただけ!
はるかはその力の解放、及び暴走を恐れただけだ!!
と、キレた頭でそう判断した素子は、
氣による身体能力の向上と、生来の運動能力を上手く使い、瞬時に景太郎との間合いをつめた!
「喰らえ!神鳴流 奥義 斬岩剣!!」
「神鳴流…だと?」
流派を聞いた瞬間、景太郎の目つきが猛禽のように鋭くなる!
そして、自ら素子の方へと一歩を踏みだし、がら空きだった腹部に左手で掌打を叩き込む!!
「がっ!!」
竹刀を振りかぶったままの恰好で、後方へと吹き飛ばされる素子!!
はるかは素早く回り込むと、吹き飛ばされた素子を受け止める!
「大丈夫か!素子!!」
「グ―――――ゴホゴホッ……」
腹部に走る痛みに顔を顰めつつ、素子は景太郎を睨み付ける。
しかし、その眼差しには、少し前までの力強さはない。
たった一手の攻防で解ったのだ。
景太郎の実力は、今の自分をはるかに超えていることに。
隠された実力を感じなかったのは、自分の未熟さゆえなのだと。
素子は竹刀を杖代わりしながら立ち上がると、
視線を景太郎から外すことなく、傍にいるはるかに問う。
「はるかさん、やつはいったい何者なんです…この強さは、尋常じゃない!」
「あいつは…浦島 景太郎といって、わたしの甥にあたる」
はるかの言葉の途中、景太郎は何かに反応し、不快そうな顔をした。
しかし、それはほんの一瞬…はるかも、素子も気がつかないほど一瞬だった。
「はるかさんの甥…なぜ、その甥がはるかさんに危害を加えるような真似を!」
「それは……」
さすがに本当のことを話す事ははばかられたのか、言いよどむはるか。
そんなはるかを、景太郎は一笑すると、
「ふん……お前が気にすることじゃない。だが、敵対した以上まとめて消えろ」
景太郎の意思の元、再び火の精霊が召喚され、火球に集束する!
白く輝くその火球は、まるで地上に発生した新星のようだった。
夜空に輝く星は、まさしく熱の塊。明るければ明るいほど、その熱は強く、全てを焼き尽くす!
実際、景太郎の作り出した白き火球は、
この時点で、かなり大きめな建物であるひなた荘を数回蒸発させてもおつりがくるぐらいの熱量がある!
「今生の、いや、永遠のお別れだ……じゃぁな」
白い火球が一際輝く!
その一瞬後には、内包された火の精霊が一帯を乱舞し、壌土と化すだろう。
邪魔さえ入らなければ―――――
「なんやなんや、この騒ぎは」
「はるかにもとこ~、なにしとるん、あたらしいあそびか~」
「はるかさん!素子さん!!」
「はるかさんに素子ちゃん!ちょっとそこのあんた!なにやってんのよ!!」
キツネ目の色っぽい女性を始め、外国人らしき褐色の肌を持つ女の子、
黒く短い髪の中学生らしきおとなしそうな女の子、そして、前髪が触覚のように跳ねた長い髪の女、計四人が、
先程からの騒ぎを聞きつけたのか、ひなた荘の中から出てきた!
「チッ―――――次から次へと鬱陶しい!!」
本気で嫌な顔をする景太郎。
言葉通り、実行しようとするたびに邪魔が入るので、いい加減うんざりしているのだろう。
「うるさいわよ、あんた!!」
そういうと、触覚女(景太郎主観)は景太郎に向かって殴りかかる!!
機嫌の悪さも手伝ってか、〈ひなた荘にいる=浦島の関係者〉という短絡思考をした景太郎は、
触覚女を含めた全てを消滅させようと、集めた火の精霊に意思を疎通させ、力を解放させようとした。
―――――はるかの、言葉を聞くまでは!
「やめろ、なる!手を出すんじゃない!!」
「―――――ッ!?!」
はるかの言葉に、触覚…もとい、なると呼ばれた女性は振りかぶった拳を止めた。
景太郎も、信じられない…といった表情で、なるの顔を見た。
(まさか……そんな………)
〈景くん、わたしね、妹がいるの!〉
ある日突然、そういった彼女。
妹が好きで好きで、そして大切でしかたがないのか、本当に嬉しそうな顔をしている。
〈ほら、この子だよ!可愛いでしょ?〉
彼女…響子の背後から、こちらを窺うように覗き込む二歳くらいの女の子。
その顔立ちは響子と似ており、一目で姉妹だというのがわかった。
〈名前はねぇ……”なる”っていうの〉
「なる……ちゃん」
信じられない……信じたくない。
その思いに心を支配されながら、景太郎は呻くような声を絞り出した……
「誰よあんた、何で私の名前を知っているのよ。まさかストーカー?」
なるは、あからさまに不審者を見るような警戒した目で景太郎を見る。
はるかと素子を襲っていた見も知らぬ男(なる主観)に、いきなり名前で呼ばれれば警戒もするだろう。
「憶えていないのか……それとも、忘れているだけなのか。
まぁ、憶えているのなら、こんな所にいるはずはないか……」
沈痛な顔で呟く景太郎……
その言葉を聞いたなるは、更に何かを言おうと口を開いたが、それよりも先に、はるかが言葉を発した。
「ここで話し込むのもなんだ。まずは中に入ろう」
表面上は冷静を取り繕っている。しかし、その裏では景太郎に頼んでいる雰囲気があった。
その意味をくんだ景太郎は、軽く溜め息を吐きながら、
「いいだろう」
と、意外なまでにあっさりと了承した。
そして、景太郎は集まってくれた火の精霊一つ一つに念話で礼を言いながら周囲に散らした。
だが、数多の火の精霊は還るわけでもなく、景太郎を護るように漂っている。
命令したわけでも、頼んだわけでもなく、精霊達が自発的に………
そんな精霊達にもう一度感謝の念を伝えた後、景太郎は悠然とひなた荘に向かって歩き始めた。
はるか達も景太郎の後を追い、ひなた荘の中へと入っていった。
ひなた荘、玄関口近くのリビング。
そこで、景太郎達一同は顔をつきあわせていた。
皆が所定の位置についたのを確認すると、はるかは軽く咳払いをして、口を開いた。
「改めて紹介する。こいつの名前は『浦島 景太郎』
名字から解るように私の親戚で、関係は甥になる……で、その、なんだ」
はるかは素子の時と同じく、言いにくそうに言葉を濁し始める。
それを見た景太郎も、あの時と同じく口の端を歪めて、皮肉下に一笑すると、
「はっきり言ったらどうだ?『そいつは浦島の家を追放された、どうしようもない落ちこぼれだ』ってな」
景太郎の言葉に、はるかは痛みをこらえるような表情となり、
それ以外の皆は、景太郎の軽い言動と内容の重さのギャップに、目を大きく広げていた。
「ああそれと、一つ訂正しておく。俺は『浦島 景太郎』じゃない。『神凪 景太郎』だ」
”浦島”と”神凪”の部分を強調する景太郎。
その部分は絶対に譲れないという意思が、ありありとこめられていた。
「景太郎。その事だが、つい先日、ばあさんの計らいでお前への勘当は解かれているんだが……」
「そんなの知るか。そっちが勝手に切ったんだろうが」
「ああ、そうだな……だからこそ、元に戻すのは浦島だと思うんだが……」
「それこそ勝手だな。そもそも、元に戻すという表現を、浦島が使うのはおかしいんだよ」
「なに?」
「俺が神凪家に世話になった際、宗主である重悟様自らが浦島に俺のことを訪ねた時の答えは、
『我が一族には”浦島 景太郎”なる人物は存在していない。煮るなり焼くなり好きにしろ』だそうだ。
その”存在していない人物”を相手に、元に戻すという表現は間違っているって言ってるんだよ」
はるかの言葉を、淡々とした視線と言葉で返す景太郎。
ただ、どうでもいい事実を話しているだけ。という態度の景太郎に、はるかは更に痛ましい表情になる……
傍目には、絶対零度の視線と言葉の方が辛いと感じるだろうが、
『景太郎が浦島に帰ってきてほしい』という前・宗主の願いを知るはるかにとって、
まったく帰る見込みがない…意識すらされていない『見限られている』事のほうがはるかに辛いのだ。
一方、白日に晒される事実に皆が驚いている中、
素子は景太郎の言葉の中に聞き捨てならない単語に気がつき、大声をあげた!
「〈神凪〉だと!?あの日本最強の炎術師の大家〈神凪家〉なのか!?」
素子は声に含まれる驚愕を隠そうともせず、景太郎を凝視する!
最初の印象ゆえか、景太郎の勘当云々はどうでもいいようだ。
「しかし、”浦島”は日本最強の水術師の大家。いわば、神凪とは対極の位置にあるようなもの!
なぜ”浦島”性をもつ貴様が、あの神凪家に属しているのだ?!」
思わず景太郎に詰め寄る素子!
景太郎はそんな素子を冷たい視線で見ながら、
「浦島を追放された後、神凪が拾ってくれたからだ。それぐらい話の流れで察しろ。阿呆が」
そんな事もわからないのか?と、侮蔑を混ぜた声で答えた。
幸い、先程の話の驚いていた素子の思考は、それに気がつく余裕はなかった。
その代わりか、キツネ目の女性が口を出した。
「素子の聞きたいことはそういうこっちゃないで。
水と火じゃかなりっちゅうか、まったく正反対なのに、
水を使う浦島のあんたが、火を使うその神凪ってところにおったんかって事や」
「あんたは?」
「うちは『紺野 みつね』や。みんなキツネって呼んどるから、あんさんもキツネでええで」
「紺野?浦島の分家にはそんなのはなかったはずだが……」
「ああ、そんなのとちゃうちゃう。うちを含め、全員浦島とは関係ないよ」
「その割には、浦島が何かを知って……ババァか」
「まぁ、その呼び方はなんやけど。ここにいるみんな、ばあさんから多少のことは聞いとるで。
で?なんであんさんは浦島から神凪っちゅう所へいったんや?」
キツネ達が浦島とは関係ない事を聞いた景太郎は、幾分か険しかった目を和らげながら答える。
「俺は水術師としての才能が全くなかったのさ。
それも、水術の源となる水の精霊の声がまったく聞こえないほどにな。
だから俺は、十年前に家から追放…いや、浦島の一族から存在を抹消されたんだ」
「十年前って、あんた、今幾つなん?」
「今年の誕生日で二十歳だ」
「つーことは……十歳になる前に家から放り出されたんかい!?」
キツネの驚きと怒気の混じった声に、はるかが痛々しい顔をする。
なる達も同じく、声こそ出ていないが、その表情は驚きと怒りが現れていた。
「そんな小さい頃に家から追い出すなんか、正気の沙汰やない!
いくら才能無いからいうて、そんなことするなんか人間として間違っとるで!!」
キツネの言葉に頷く一同。はるかの顔は更に沈んでゆく……
しかし、当の本人である景太郎は、
「今じゃあ清々している。というか、切ってくれて逆に感謝している。気にするな。
そして、神凪家に拾われた俺には多少の炎術の才があったため、正式に神凪に入った。それだけだ」
その話はここまでだ。と、言わんばかりに会話を打ち切る景太郎。
そうはさせるかと、今度はなるが口を開いた。
「それはいいとして、あんたがどうして私の名前を知っているかって事、吐いてもらうわよ」
「気にするな」
「気になるわよ!教えなさい!!」
「憶えていないんだろ?つまり、それは憶えている必要のないこと…ということだ。
なら、なる…君が気にすることはないって事だ。必要なら、自然と思い出すだろうさ」
景太郎は諭すようになるに言う。
その瞳の奥に、悲しみと優しさを秘めながら……
「そんな言葉で誤魔化そうたってそうはいかない………」
「なる、もういいだろう。悪いがそろそろ本題に入りたい」
まるで狙ったように口をはさむはるかに不満を抱くなる。
しかし、寮長であり恩のあるはるかに口答えはできず、渋々さがった。
「今日、景太郎がひなた荘に来たのは他でもない、新しい管理人になってもらうためだ。
色々と文句はあるだろうが、これはばあさん直々の命令だ」
はるかは反論されることを予想して初っ端から伝家の宝刀を抜く。
その切っ先を突きつけられた一同は、出鼻を思いっきり挫かれ、何も言えなくなる……
「ば、ばあさんの命令か、そりゃしゃあないな~」
「そ、そうですね……」
その威力の前に、なす術なく受け入れるキツネとおとなしそうな少女。
しかし、若干二名は、その威力に恐れることなく、猛然と立ち向かった!
その二名とは、
「駄目に決まっています!女子寮に男の管理人なんて!!」
「なる先輩の言う通りです!私としても、認められません!!」
最初から景太郎に否定的な、なると素子であった。
「そんなに嫌か?」
「当たり前よ!ねぇ、素子ちゃん」
「そうです。本来なら、一歩たりとも寮内に踏み入れさせたくありません!」
「そうか」
二人の剣幕を受けても平然としている景太郎。
その様子に、はるかは顔を顰める。
景太郎にはばあさんの命令通り、ひなた荘の管理人をしてもらわなければならない。
なのに、真正面から否定する二人に、頭を痛めているのだ。
ただでさえ、景太郎は”浦島”と関連するものを憎んでいる。
命令を受ける可能性が元々低い上に二人がこんな態度をとると、その可能性はもっと低くなる。
そう思っていたとき、景太郎の口にした言葉は、
「だったら荷物をまとめて即刻出て行け。嫌がられてまで居てもらう義理はない」
という、はるかの予想とはまるで正反対の言葉だった。
はるかは、今聞いた言葉が信じられない…と言う顔で、景太郎を凝視する。
対し、景太郎の冷たい言葉を受けたなると素子は激昂し、怒りも露わに詰め寄った!!
「なんであんたにそんな事言われなきゃなんないのよ!!」
「そうだ!貴様になんの権限があってそんなことを……」
「くそばばぁから、日向市にある浦島ひなた名義の土地、建物全ての権利を委譲されている。
それは当然、このひなた荘も含まれているということだ。文句があるか?」
これ以上ないというくらいに簡潔な答え。
だが、全ての答えになっている。
法律や契約をもちだせば、色々と反論できるかも知れないが、それは分が悪いどころの話ではない。
どうこう理屈、屁理屈をごねたところで、最終的にはなると素子に勝ち目はない。
「なっ……」
「くっ!!」
完全な二人の敗北。しかし、何と言われようとも納得はできない。
しかし、別の方向からは意外な言葉が出た。
「うちはかまんで」
「「キツネ(さん)!?!」」
キツネの言葉に怒る二人!
そんな二人に、キツネはまぁまぁと手をパタパタさせながら、
「まぁええやないか、さっきの状況から察するに、この兄ちゃんはめっちゃ強いんやろ?
最近、何かと物騒やしな。男でも居った方がよかろ?強いんならうちらも安全に寝られるっちゅうもんや」
「しかし!こいつがいつ本性を現すかわからないんですよ!」
「せやかて、この兄ちゃんは素子とはるかさんの二人がかりよりも強いんやろ?
せやったら、管理人になるならん以前に、襲われたらどうしようもないやろ」
「そ、それは……」
「この兄ちゃんは理由も無しに暴力振るようには見えんしな。
それとも兄ちゃん、うちらを襲うつもりでもあるんか?」
「俺にも選ぶ権利はある」
「なんかむっちゃ腹立つが…そういう事らしいで」
女としてのプライドをいたく傷つけられながらも説得するキツネに、
二人は渋々……本当に渋々と納得する。
「キツネに言いくるめられた気もするけど…結局、ごねても仕方ないしね……」
「~~~~!!」
訂正、素子は納得していないようだ。
竹刀を悲鳴をあげるほど握りしめながら、必死に不満を我慢している。
「ま、そういうわけやから、うちらはあんさんの事を歓迎するで。
ほら、みんなもこの兄ちゃんに自己挨拶くらいせんと」
キツネは回りの了承ももらわずに勝手に決める。
これ以上、話を長引かせたとしても堂々巡りでしかないし、
そもそも、文句があるのなら、素子やなるの時に言っていると判断したからだ。
「あ、あの。私、前原 しのぶといいます。その、これからよろしく御願いします」
黒い短髪のおとなしそうな女の子…しのぶがまず自己紹介する。
妙におどおどした子だから、なると素子の剣幕に圧され、管理人の険に何も言えなかったのだろう。
「ウチはな、カオラ・スゥっていうんや、よろしくな!ケータロー」
外国人らしき褐色の肌の女の子、スゥが続いて自己紹介する。
はじけんばかりの元気いっぱいの女の子で、さっきからこちらの話を聞いて楽しんでいた。
案外、したたかな性格をした子なのかも知れないと、景太郎は思った。
「青山 素子だ」
まさに一言。
思わず他人が他に何か言うことは?と進言したくなるほどだ。
キツネが何か言おうとしたが、素子の景太郎を見る険しい目の前に、何を言うてもあかん…と、さじを投げた。
(青山、そして『神鳴流』……そうか、あの人達の……フッ、育て方を間違ったな)
素子のことを軽く観察した後、景太郎は相応の評価を下した。
その目は最初ほど冷たくはない…が、それはほんの少しだけだった。
「あたしのことは知っているようだから、省くわね」
なるもほんの短い言葉で終わる。
やはり、言い争った直後に仲良くなどできるものではない。
皆の紹介が終わったのを確認したキツネは、席から立ち上がると、
「それじゃぁみんな、せ~の……」
『ひなた荘へようこそ!!』
各人様々、不満そうな顔から嬉しそうな顔まで、色々な表情はあったが、
その歓迎の言葉は、大きく、そしてピッタリと一致していた。
その夜、景太郎の歓迎会(とは名ばかりの宴会)が終わり、皆が寝静まった頃……
景太郎とはるかは、ひなた荘のベランダにいた。
「景太郎、なぜ管理人を引き受けた」
はるかは最大の疑問を景太郎にぶつける。
「正直に答えると、私はお前が管理人を断ると思っていた。
『浦島』全てを憎んでいるお前にとって、たとえばあさんの命令であれ、聞くことはないと思っていた…なぜだ」
「…………それは命令か?」
「いや、頼みだ。それと、若干の興味だな」
「命令ならともかく、頼みか……なら、答えてやるよ。ここに、なるが居たからだ」
「なる…か………」
「俺はあいつが此処にいる限り行く末を見守る。そして、手の届く限り護る。
それが、あいつの姉…『響子』に対する、俺の贖罪の一つだ」
景太郎の言葉に、納得するように頷くはるか。
はるかには、いや、昔の景太郎の事をよく知る者にとって、それだけで充分だった。
「なら、なぜなるを追い出そうとした。見守るのなら追い出すのは不自然だ」
「ここにいれば、否応なく浦島と関わってしまう。
なるは…『成瀬川』は浦島の呪縛から解き放たれるべきだ」
「そう…だな。それには婆さん…いや、前宗主も同意見だ」
ひなたを『婆さん』とではなく『前・宗主』と言い直すはるか。
そこには、ひなたが一個人としてではなく、浦島の前宗主としての考えだということを言外で現していた。
(景太郎は今更…と考えているだろうな)
はるかは胸に溜まったタバコの煙を一気に吐くと、改めて、景太郎の顔を真正面から見据える。
「もう一つ聞きたい。お前は、ここの住人を巻き込む気があるのか?」
「なぜ、あんたがそれを気にする」
「一応私は、あの子達の世話をばあさんから託された身だ。
できるかぎりは危険な事からは遠ざけておきたいし、私とて今さらお前を危険人物とは思いたくもない。
だが…今日、お前はなるがいなければ、間違いなく全員まとめて殺していた。躊躇無く…な。
だから聞きたい。お前は、ここの住民を巻き込んで復讐する気があるのかどうかを」
はるかの周囲の空間に無数の水滴が発生する。
それは水の精霊であり、はるかの意思一つで、岩をも両断する刃と化すだろう。
景太郎に通じるかどうかはわからない。昼間の戦いからすれば、通じない可能性の方がはるかに高い。
それを承知の上で、はるかは限界まで水の精霊を召喚し続ける。
それを見た景太郎は、身構えることもなく、星空を見上げた。
「彼女達が『浦島』縁の者なら『Yes』。それが、現時点での回答だ。
青山に関しては保留だな……あの人達とのこともあるし、今はあいつの出方次第だ」
「わかった」
つまり、浦島の縁者ではないのなら、巻き込んで殺すつもりはない……それが、景太郎の答えだった。
満足のゆく答えではなかったが、今の景太郎はむやみに巻き込んだりはしない。
はるかはそう結論づけ、水の精霊達を拡散させた。
「今度は俺からの質問だ。あの婆の手紙に書いてあった。
ここは『龍脈』の交わる場所…『龍穴』で、その力は徐々に元に戻りつつあるってな」
『龍脈』とは、大地に流れる氣の奔流で、それが交差し、吹き出す場所を『龍穴』と呼ぶ。
この二つは、風水などでよくもちいられる。
『龍脈』が活性化するとき、その恩恵により全ての存在は栄える。
『龍穴』はそれが顕著で、その恩恵は計り知れないものがある。
龍脈を制す者、この世を制す…そう、言われたこともあるほど、その力と恩恵は凄まじい。
はるかは景太郎の言葉に頷くと、重々しく口を開いた。
「その通りだ。しかも、お前がアレを滅ぼしてからこっち、その力は徐々に高まりつつある。
いや、お前のいうとおり、役目が無くなって元に戻りつつある…というべきだな。
そうなると、『龍穴』を欲しがる奴もでてくる。妖魔然り、人然り。だから、ばあさんはお前を呼んだ。
最初は納得できなかったが、お前の実力を見て、ちゃんと納得したよ」
はるかは景太郎を見ながら苦笑する。
だが、景太郎はそんなはるかを鋭く、冷たい眼差しで射抜いた。
「勘違いするな、俺はここで”浦島”がこれから何をしようとするのか見定めるだけだ。
そして、神凪の一員として、龍穴を妖魔やその類から護るだけだ」
そういうと、景太郎はベランダの入り口に向かって歩いて行く…
「これだけは憶えておけ、浦島がゲスな真似をするようなら、その日が貴様等の命日だ!
そう伝えておけ。浦島一族全員にな……」
景太郎は背中越しにそう言うと、振り返ることなく中へ入っていった……
最期の一瞬だけ放たれた凄まじい殺気の圧力に冷や汗をかきながら、
はるかは、この宣言が嘘でも冗談でもないことを身にしみて理解した。
景太郎が本気になれば、本当にこの世から浦島家は物理的に消滅させられるだろう。
浦島とて日本最強の水術師の大家。そうなれば必死に抵抗を行うだろう。
しかし、たとえ一族総出でも、それは滅びの時を延ばす行為でしかない。
はるかはそれを予測……いや、確信した。
かつて無能と罵られ、最終的には親にすら見捨てられた少年は、
かの千年の歴史を誇る最強の炎術師『神凪』でも、僅か十数人しか現れなかった”神炎使い”となって帰ってきた。
青年の炎は、一体何を成すのか、そして、成せるのか……
新星の如き白き灯りが謳う物語は、今、始まったばかり……
―――――第三灯に続く―――――
(この作品の補足・その1)
『精霊』
……世界を形成し、運営する力の一つ。基本的に、地・水・火・風に分類されている。
他にもいるとされているが、現在確認されているのは、この四種類だけ。
『精霊術師』
……精霊を操り、行使する事を精霊魔術と呼び、それを扱う者の事を指す。
ゲームなどとは違い、扱える属性は限られており、また、変わることはそうそうない。
また、扱う精霊の属性により呼び名も異なっており、
―――――火の精霊を使う『炎術師』―――――
―――――水の精霊を使う『水術師』―――――
―――――地の精霊を使う『地術師』―――――
―――――風の精霊を使う『風術師』―――――
と、なっている。そういった者達の大半は、それぞれ扱う精霊達の王と契約し、加護を授かった者。
又は、過去に肉親、親戚、先祖といった者が精霊王と契約し、血脈によって精霊術師となっている。
精霊の加護は、ある特殊な例を除き、その身体に流れる血に宿るから。
そして、精霊王は神と同じ超越的な存在扱いとされ、それと契約した者は、
〈契約者〉と呼ばれ、この地上において、その超越存在の名代を務める者のことである。
『契約者』
……この存在については、七十二の魔王を支配したソロモン王。
ユダヤの民を率い、ヤーウェと契約したモーゼ。といった記述が存在するが、確たる証拠は無い。
ただ、唯一存在を確認されている者は、たった一人だが存在する。
『日本における、精霊術師の血脈からなる大家』
―――――〈神凪家〉―――――
約千年前、火の精霊王と契約した者に連なる、日本最強の炎術師の一族。
この世に現れるあらゆる魔を滅ぼす事を使命とする大家。宗家と幾つもの分家で構成されている。
―――――〈石蕗家〉―――――
約三百年前、地の精霊王と契約した者に連なる、日本最強の地術師の一族。
魔獣を封印し、富士の山の大噴火を防ぐ事を使命とした大家。
しかし、直接の契約をした者は子孫を残す前に亡くなっているとの噂がある。
宗家と幾つかの分家で構成されている。
追記として、富士山の噴火……魔獣の封印のために、
三十年周期で封印強化の祭事を『大祭』と呼称し、幾人もの”生贄”を捧げていた。
今現在では、石蕗の跡取りと、(未確認ではあるが)神凪の術者数名により、魔獣を倒されたと言われている。
―――――〈八神和麻〉―――――
日本のみならず、この世に存在する風術師の中で、最強に位置する存在。
それはデマなどではなく、風の精霊王と契約した真に最強の風術師である。
出身は〈神凪家〉宗家で、本名は〈神凪和麻〉
〈契約者〉としては初めて存在を確認された者で、そうなった経緯は謎。
今現在、独り身なので大家と称されないが、その実力ゆえに記する。
―――――〈浦島家〉―――――
約八百年前、水の精霊王と契約した者に連なる日本で最強の水術師の一族。
富士五湖に封印されし、古の邪龍を封印することを使命とする大家。
ここもまた、宗家と幾つかの分家で構成されている。
主人公である景太郎はここの宗家の出身。ただし、一族から絶縁状態だった。
追記として、先に記した〈石蕗家〉と同じく、五十年周期で”生贄”を捧げていた。
世間体…もしくは、自分達の罪悪感を隠すためか、
浦島家では封印強化の祭事を『水仙の儀』そして”生贄”を『楔』と呼称していた。
―――――あとがき―――――
どうも、このサイトではお初にお目にかかります。ケインと申す者です。
今後とも、よろしくお願いいたします。
以前、別の所に投稿していた物とは少々改訂していますが、本格的な手直しはないです。
ルビが少々増えたり、!!を削った程度ですから、さして問題はないと思います。
これからの話も、少々手直しは入れますが、そんなに変わってはいないので……
それでは、この作品の心配をしていただいた方々と、
受け入れを快く了承していただいたアンギットゥさんに多大なる感謝をしつつ……
ケインでした。