白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第三灯 「景太郎の炎」

 

 

 

 

 

 

昨日の騒動の翌朝、景太郎はひなた荘の台所に立ち、朝食の準備をしていた。

 

 

「ここまで作っておいてなんだが……あいつらの味の好みを知らなかったな」

 

 

味噌汁をほぼ作り終えた時になって、思いだしたように呟く景太郎。

ここまで作ってしまった以上、作り直すのは勿体ないし、そもそも、捨てるという選択肢は問題外だった。

 

 

「まぁいい、このまま出しても問題はあるまい。味の好みについては、しばらく作ればわかるだろう

別に、あいつらが出したものを食わずに腹を空かしても、自業自得だからな」

 

 

味噌汁の味見をしながらそう結論する。

味噌の入れ具合が足りないか?と思案している姿を見る限り、わりと凝り性なのかも知れない。

 

 

「あ……神凪さん……」

 

 

背後からかけられたか細い声に景太郎は振り返ると、

そこには住民の一人、前原 しのぶという名の、気の弱そうな女の子がいた。

 

 

「おはよう、前原さん」

「は、はい! おはようございます」

 

 

景太郎の挨拶に、しのぶは慌てたように頭を下げて挨拶を返した。

そして、景太郎のさらに向こう……台所を、おずおずと覗き込む。

 

 

「あの……何をしているんですか?」

「ん? ああ、一応、管理人を引き受けた以上、朝食くらいは作ろうかと思ってね」

 

 

景太郎はそう言いながら微笑すると、しのぶに向かって手招きをする。

そんな景太郎の招きに、しのぶは恐る恐るといった感じで近づく……

 

昨日のはるか達に対する態度から、景太郎への恐怖心があるのだ。

それでも招きに応じるのは、応じなかったときの事を恐れて…だ。

 

もっとも、そんな心配はまったく必要はないのだが……

 

 

「ちょうどいいから、少し味見をしてくれないかな?

朝食を作ったのはいいけど、住民の味の好みまでは知らなくてね」

 

「は、はい……」

 

 

しのぶは景太郎から小皿を受け取ると、味噌汁の味見をする。

昨日会ったばかりの男性の手作りに、ちょっと抵抗感があったが、

それは一口飲んだ味噌汁の味に吹き飛ばされた。

 

 

「美味しい…美味しいです!」

「それはよかった。作り直さなくていいみたいだね」

「作り直すなんてとんでもないです!」

 

 

興奮したように景太郎に言うしのぶ。

そんな、最初の印象を覆すようなしのぶの勢いに、景太郎は少々驚いた顔になった。

 

 

「あ、あの、いったいどうやってこの味を出すんですか!!」

「わかった。わかったから落ち着いて。ちゃんと教えるから」

 

 

そう言ってくる景太郎を見て、しのぶは自分のしたことに気がついたのか、

顔を真っ赤にしながら、ついでに景太郎から距離を取りながら、慌てて頭を下げる。

 

 

「す、すみません! わたしったらはしたない……」

「気にすることはないよ。ちょっとビックリしたけどね」

 

 

景太郎は萎縮するしのぶの頭を撫でる。

すると、しのぶは先程とはまったく別の意味で萎縮し、顔の赤みも更に増してしまう。

 

その事に気がついた景太郎は、自分のした行為に気付き、照れてしまう。

 

 

「あ、ごめんね。いきなり頭を撫でちゃって」

「い、いえ……」

 

 

誤魔化すように苦笑いをうかべる景太郎と、恥ずかしそうに俯くしのぶ……

 

 

「か、神凪さんって、昨日の印象から怖い人だと思ったんですけど、優しいんですね」

「あ、ああ……昨日はちょっとね、色々あってイライラしていたから」

 

 

浦島に対する憎悪を胸の内で燻らせていたため、住民にも必要以上に冷たく当たってしまっていた昨日。

一晩経ち、ある程度落ち着いたため、今現在は本来の性格が現れているのだ。

 

それでも、あくまである程度……ほんの些細なきっかけで、それは放出されてしまう。

『浦島とその関連』という、きっかけで……

 

そんな暗い表情をする自分を不安そうに見ているしのぶに対し、

景太郎は暗い感情を心の底に閉じ込めながら、安心させようと笑顔を作る。

 

 

「ああそうだ、ちょっと手伝ってもらえるかな?

お礼に、今度、俺の知っている料理方法を教えるからさ」

 

「は、はい!」

 

 

しのぶの必要以上に元気な言葉と笑みに、

景太郎は知らずの内に、本当の笑みを浮かべていた。

 

 

 

それからしばらくすると、朝食の香りに引き寄せられたのか、寮の住人が続々と現れた。

 

 

「今日は和食なんだ。しかもなんか本格的……美味しそう」

 

 

テーブルの上に並んだ朝食を見ながら称賛するなる。

おそらく、いつも通りしのぶが作ったと思っているのだろう。

 

 

「おお、これはなんと」

「ふわ~…おはようさん。お? なんや、今日は朝からえらい豪勢やな」

「おっはよ~! おお、朝からうまそうやな~」

 

 

素子、キツネ、カオラが入ってくるなり、なると同じく称賛する。

 

 

「ああ、おはよう。早く席に着け、飯が冷めてしまうぞ」

 

 

皆にそう言うと、景太郎は次々に御飯をよそっていく。

その手際の良さ、そして、いつもとは少々変わった朝食に、誰が作ったのかを察した。

 

 

「これ景太郎がつくったんか? 見事なもんや」

 

 

へぇ~…という顔で誉めるキツネ。

作ったものを誉められて悪い気はしない景太郎は微笑する。

 

 

「ありがとう。好みの味じゃないと思うけど、頑張って作ってみた」

「ああ、かまへんかまへん。これだけ上手かったら上等や」

「うまいで~! しのぶの御飯も好きやけど、ケータローのも好きやで」

 

 

早くも朝食を食べつつあるキツネとカオラは手放しで誉める。

 

だが、素子はそんな二人とは裏腹に、景太郎が作ったと聞いた途端、

自分の前に置かれた朝食を胡散臭そうな顔で見ていた。

 

 

「本当に食べても大丈夫なのだろうな?

さすがに、朝から腹をくだすのは勘弁してもらいたいのだがな」

 

「だったら食うな」

 

 

素子の言葉を聞いた途端、景太郎は朝食を取り下げてしまう。

その手つきにはなんの躊躇もなく、ただ単に作業をこなしている感じがあった。

 

いきなり朝食を取り上げられた素子は激昂して立ち上がる!

 

 

「何をする!!」

 

「俺の作ったものが食べられないと言うのなら、無理して食う必要はない。

こちらとしても、嫌々食べられても気分が悪いだけだ」

 

「何だと! なら、食事はどうしろというのだ!」

 

「知るか。自腹で外食するか、裏山に生えている草か山菜でも食え。

仮にも、神鳴流の剣士を名のるんだ。その程度の知識ぐらいはあるだろうが」

 

「貴様! 私にそんなことをしろと―――――ッ!!」

 

 

怒りのあまり切れた素子は、握りしめた拳に氣を纏わせて殴りかかろうとしたが、

景太郎の殺意混じりの視線と、素子にだけ放たれる氣の圧力プレッシャーに圧倒される!

 

 

「うるさい、黙れ。我が儘の次は逆切れか? それ以上グダグタぬかすと殺すぞ阿呆が!」

 

 

言葉が紡がれてゆくと同時に増してゆく圧力プレッシャーに、完全に飲み込まれる素子。

全身鳥肌が立ち、少しでも気を抜けば即刻へたりこんでしまいそうだった。

 

そんな状況をさすがにやばいと感じたのか、

キツネはこの場を治めようと、愛想笑いを浮かべつつ景太郎に話しかける。

 

 

「まぁまぁ景太郎。朝のはよからそんなに目くじら立てんと。ほれ、しのぶが怖がっとるやないか」

「………」

 

 

キツネに言われて景太郎が目を向けると、そこには今にも泣きそうなしのぶの顔があった。

それを見た景太郎は、軽く溜め息を吐くと同時に、殺気と氣を抑えた。

 

張り詰めていた何かが消えたことにホッとしたキツネは、

事の元凶を問いただそうと、再び景太郎に向き直り、口を開いた。

 

 

「なぁ景太郎、何で素子にはそんなにつっかかるんや?」

 

「別に青山個人に含むものはない。

どちらかというと、”神鳴流”の存在そのものが嫌い・・なんだ」

 

 

それだけ言うと、景太郎は素子の前に朝食を返した。

先程の気圧された余韻が抜けないのか、素子は何も言わず、ただ黙って置かれた朝食を見つめる。

 

そして、やっとの事でひなた荘の朝の食事が始まった……

 

―――――と、思ったのだが、

 

 

「景太郎、あんさんは食べへんのか?」

 

 

キツネは台所で後片付けをしている景太郎に向かって言う。

それに対し、景太郎は振り向くこともなく、

 

 

「昔から、俺はいつもみんなが食べ終わってから食べてたんでね。

それが癖になったのか、今でも大勢で食事をする時になると、あんまり食欲がわかないんだ」

 

 

事も無げに話す景太郎に、キツネは眉間に皺を寄せる。

 

 

「変な癖やな…元々居った浦島も、今厄介になっとる神凪も大きい家なんやろ?

しかも、あんさんは婆さんの孫で、神凪でも結構な実力者なんやし、

どっちにおっても大切にされてたんやないんか?」

 

 

キツネの言葉に嫌そうな顔をする景太郎。

その言葉に悪気はなく、ただ単に思ったことを口にしただけなのだろうが、

時として、そういった言葉は『悪意のある言葉』よりも心に突き刺さる。

 

幸いなのは、景太郎はみんなに背を向けていたことか…その嫌そうな顔を見られることはなかった。

 

 

「昨日も言ったはずですよ。俺は浦島では『無能者』扱いだって。

そんな俺が、まともな食卓で飯を食わしてくれると思いますか?

皆の食事が終わった後、冷や飯を食わされましたよ。幸い、残りものでも豪勢でしたけどね。

神凪でも同じです。血筋を大切にする一族の中で唯一の部外者ですよ?

宗主である重悟様とほんの数名以外、俺のことを厄介者扱いですよ。

それは今でも変わりません……いえ、風当たりは今でも強いですね」

 

 

淡々と話す重い言葉に、その場にいた一同は押し黙ってしまう。

昨日みせた性格に強い力と相まって、かなり我が儘で裕福な生活をしていると思っていたのだ。

 

 

「あの…その……あんた、苦労してるのね」

 

 

色々と思考した末、ありきたりな慰めの言葉しかでてこなかった成瀬川。

そんな成瀬川に、洗いものが終わった景太郎は振り向いて微笑を見せる。

 

 

「そんな顔をするな。いくら風当たりが強くても、理解してくれる人がいる。

それがどんなに幸せなことか、俺はよく知っているつもりだ。だから、な…成瀬川が気にすることはない」

 

「せやけどな……」

 

 

景太郎は気にするなと言ったが、一名を除き皆の顔が晴れることはなかった。

その一名は、さっさと朝食を食べきると、

 

 

「ウチもケータローの事知りたいから、おしえて~!」

 

 

態とか天然か、カオラは明るい声を上げながら、景太郎の背中にひっついた。

そんなカオラに、景太郎は微苦笑を浮かべる。

 

―――――その時、

 

 

ピピピ…ピピピ……

 

 

景太郎の懐から一定の間隔で鳴り響く機械音が発生する。

それを聞いた景太郎は、側に置いてあったタオルで手を拭くと、

懐から音源…五紡星の描かれた銀色の懐中時計…を取り出してアラームを止めた。

そして懐中時計を再び懐に戻し、側に置いてあった上着を素早く着込んだ。

 

 

 

「話が長かったな…すまないが時間だ。

俺は出かけなくちゃならないから、食べ終わったら食器を流しに置いておいてくれ。帰ったら洗っておく」

 

「あ、あの、神凪先輩! 私が洗っておきますので、気にしないで下さい」

「そうかい? すまないね、しのぶちゃん。じゃぁ、頼んだよ」

「はい!」

 

 

食器洗いという面倒事を引き受けたにもかかわらず、嬉しそうな顔をするしのぶ。

そんな様子に、景太郎は『家事が好きなんだな』と、少々的はずれなことを考えながら、しのぶに微笑んでいた。

 

 

「ケータロー、どっかにあそびに行くんか? なら、うちも連れてってやー!」

「ちょ、ちょっとカオラ、失礼でしょ」

 

 

背中から肩車の体勢までよじ登ったカオラは、景太郎の頭を抱きながらそう言い放つ。

そんな様子に、しのぶは慌てて引き離そうと引っぱるが、カオラはがっちりと掴んで放れようとしない。

 

景太郎は苦笑しながらカオラを掴み、優しく引き剥がすと、そのまま椅子に座らせた。

 

 

「遊びに行くんじゃないからね。残念だけど、遊びに行くのはまた今度ね」

「そうか~、ならしゃぁないな」

 

 

ただ単に構ってほしかっただけなのか、ちょっとつまらなそうな顔であっさりと引き下がるカオラ。

それはともかく、先程の言葉の一部分を、素子となるが耳に留めていた。

 

 

「貴様、大学生だったのか?」

 

 

素子がほぅ…と言いながら、少なからず称賛の意を示した。

世の中の退魔士のほとんどが、学歴は高校止まりだったからだ。

 

陰陽、道教、精霊魔術……流派や術が数多くあるが、そのどれも片手間に修得できるものではない。

数年をかけて身に付け、残りの人生で極める…というのが、ほとんどだからだ。

とてもじゃないが、勉学等と両立できる者は、余程の才能に恵まれ、努力を惜しまない者でないとできはしない。

 

例外的に、生まれ持った才能だけで両立する者もいるが、それは極一部…全体の一パーセントにも満たない。

それを、神鳴流の剣士であり、女子高生である素子は身をもって知っているのだ。

 

それを知らないなるは、一般的な常識観念で景太郎を胡散臭そうに見る。

 

 

「あんたが大学生? 一体どこの大学よ。どうせ三流もいいところじゃないの?」

「俺の入った大学が三流か……なら、この日本に一流大学は無くなるな」

「―――――っ!! それじゃぁ、もしかしてあんたの行っている大学って、東大なの!?」

 

「ああ、一応……な。一つ、断っていっておくが、俺にとっては一流も二流も関係ない。

その大学に入る必要があるから、努力して入った……それだけだ。

もし、目的の為に他の大学に入る必要があるのなら、俺は東大よりそっちを選ぶ。

大学や高校は、学歴を得るために入るものじゃなく、勉強するために入るんだからな」

 

 

景太郎の言葉になると素子は押し黙ってしまう……

 

”学歴社会”という言葉があるように、世の中を有利に渡ろうとするためには、優秀な学歴は必要不可欠なのだ。

それを、景太郎の言葉は根底から否定している。

 

所詮、『東大』という良い大学に入れた『勝ち組』だからこそ言える言葉……と、反論するのは容易いが、

それを本気で言っている強い説得力と雰囲気に、何も言えなくなったのだ。

 

景太郎こいつならやりかねない』

 

という、共通した思いがあったゆえに……

 

その押し黙る様子を見て拙いと思ったのか、景太郎は困った顔をしながら、

 

 

「まぁ、他人をどうこう言うつもりはない。確かに、学歴があると無いでは全然違うからな。

不幸になるよりは幸せになりたい…そう思って努力する人を、俺は称賛するし尊敬もするよ。

じゃぁ、本当に時間がないから。しのぶちゃん、後は悪いけど頼むよ」

 

「はい、後は任せて下さい、神凪先輩!」

 

 

素早くでていく景太郎を、しのぶは元気な声で送った。

そんな景太郎の後ろ姿を見送ったキツネは呟く。

 

 

「あの兄ちゃん、飯も作れて学もあって、なおかつはるかさんや素子ですら敵わないほど強いときた。

まさに、非の打ち所がないってやつやな…」

 

 

その言葉に、一同は心中に色々な感情を含ませながらも頷いた。

 

だが…彼女達は知らない。

景太郎が、様々な技術スキルを持つまでに、どれだけ努力を…否、命を削って得てきたのかを。

それを彼女達が知るのは、永遠にないのかもしれない……

 

少なくとも、表の世界にいる限りは……

 

 

 

 

それからしばらく…

 

彼女達は個人個人で食器を片づけた後、各々の学校に向かっていった。

フリーターであるキツネはバイトが昼からなので、午前中はのんびりと過ごそうと考えたその時、

突如、はるかがあわてた様子でひなた荘に駆け込んできた!

 

 

「景太郎! 景太郎はいないのか!!」

「な、なんやはるかさん、朝っぱらから騒々しいで……」

「そんなことはどうでもいい! おいキツネ、景太郎は何処だ!」

「け、景太郎なら、大学に行くって朝の早くからでてったけど……」

 

はるかの剣幕に圧されながらキツネが答えると、

はるかは目に見えてガクッと項垂れ、憤りをぶつけるかの如くテーブルを叩く。

 

 

「なんて事だ、まさか入れ違いになるとは……かなり危険な状況だ」

「何かあったんですか? はるかさん」

 

「ああ…さっき、私の元に浦島家の分家から連絡が来たんだ。

『反逆者である景太郎を始末するために手練れを送った』とな……」

 

 

反逆者…と言う言葉に皮肉げな笑みを作るはるか。

自分達が追放しておきながら、景太郎はまだ”浦島の出来損ない”として扱っている証拠だからだ。

でなければ、『反逆者』とは言わず『敵対者』と言うはずだ。

 

(景太郎の実力を知らせないなど、宗家は何を考えているんだ!)

 

はるかは、昨日の夜に送った景太郎に関する報告が、分家まで行き渡っていないことに憤っていた。

もし、自分の送った報告が知らされていれば、こんな事態にはならなかったはず…と、考えたからだ。

 

しかし、はるかの想像とは裏腹に、報告はちゃんと分家の当主に知らされていた。

だが、その思い高ぶった心は、突き付けられた事実を歪んだ形で受け取ってしまったのだ。

 

景太郎は”浦島”を冠するはるかを撃退した。

宗家の直系ではないとはいえ、ひなたに気に入られ、”浦島”を冠することができたはるかを……

あの景太郎出来損ないに負けるなど、しょせんはその程度だったということ。

ならば、代わりに景太郎を抹殺すれば、はるかの代わりに”浦島”を名乗れるかもしれない。

それは不可能だとしても、宗家の覚えさえ良くなれば、

自分の息子を次期宗主の婿として推薦できるかもしれない……と。

 

かなり勝手で都合の良い考えだが、過去の権力で自分の思い通りに事を進めてきた連中は、

それが至極当然であり、正しき道であると信じて…いや、疑問に思うことすらない。

 

 

「まさか、昨日の今日で早くも刺客を送ってくるとは思わなかった…クソッ!!」

「そんな…手練れの刺客やなんて、そんなら景太郎がやばいやないか!!」

 

キツネは最悪の事態に顔を青ざめさせる。

だが、それを否定するように、はるかは頭を横にふった。

 

 

「いや、むしろ送られてくる刺客の方が危険だ。

昨日見た限り、景太郎は敵対者…とりわけ浦島の者を排除するのに躊躇はしない。下手をすれば………」

 

 

はるかの言葉に、先程とは別の意味で顔を青くするキツネ。

景太郎がおこす最悪の選択、それはすなわち―――――『皆殺し』―――――

 

生まれてこのかた、『皆殺し』という単語は少なからず聴いたことはあるが、

こうやって身近に感じるとなると、その迫力には雲泥の差があることを、キツネは体感していた。

 

 

「で、でも、まさか景太郎もそこまでは……」

「だと…いいがな」

 

 

つい先日、景太郎の”浦島”に対する憎悪を目の当たりにしたはるかにとって、

キツネの予測は、気休めにもならないと感じていた。

 

二人は、朝の清々しい雰囲気を粉々にするニュースに何も言えず、

ただ黙って最悪の事態が回避されるという奇跡が起こることを願っていた。

 

 

 

 

それから数時間後……大学の用事が終わった景太郎は、ひなた荘に帰るべく、街路を歩いていた。

既にひなた市には戻っており、後は路面電車に乗れば、ひなた荘近くまでそう時間がかからない距離だ。

だが、その途中、景太郎は何の前触れもなく足を止め、不機嫌そうな顔になる。

 

しかし、それを不自然に思う者はいない。なにせ、周りには誰もいないのだから……

いくらなんでも、人通りのない道でも、街中の…それも真っ昼間に人がいなくなることはない。

 

 

「こんな街中で人払いの結界は他人の迷惑だ。さっさと出てこい」

 

 

その言葉に、景太郎を見ていた連中は数秒ほど戸惑った後、

隠れていた路地の物陰から跳びだし、景太郎を取り囲んだ。

 

―――――若者から中年までの男女八人。

容姿に一貫性はないが、唯一共通しているのは目に宿った殺気だった。

 

 

「反逆者、浦島 景太郎! その命、貰い受ける!!」

『覚悟!!』

 

 

言葉と共に景太郎に向かって手をかざす八人。

 

 

「うるさい、人違いだ」

「問答無用!!」

 

 

その直後、その手…正確にはその周囲の空間から発生した水の矢が、一斉に景太郎に襲いかかる!!

 

対する景太郎は、ポケットに手を突っ込んだまま、

 

 

「失せろ阿呆共!!」

 

 

景太郎の怒声と共に放たれた白銀の炎が水の矢を消滅させ、

その余波で生じた衝撃波が、周囲にいた八人を吹き飛ばした!!

 

それはかなりの威力だったらしく、吹き飛ばされた八人は壁などに衝突し、その殆どが気絶した。

その中で気絶していなかった中年の男は、何とか顔を上げると景太郎を睨み付ける!

 

 

「き、貴様…その炎の色は………」

「ああ。あんたが考えている通り、浦島の力だよ」

 

 

浦島の力…それは、浦島一族の血に宿る降魔ごうまの秘力『破魔の血』

神凪一族の血に宿る破邪の秘力『浄化の血』に似て異なる力。

浦島の『破魔の血』は、神凪家の『浄化の血』ほどの利便性はないが、

魔に属する存在モノに対しては、神凪家以上の力を発揮する。

 

そして、神凪家の浄化の力を受けた炎は黄金きん色の炎となり、

浦島家の破魔の力を受けた水は白銀ぎん色の水となる。

もっとも、それほどの”血の力”を有するのは、両家共に宗家しかいない。

 

景太郎は炎と水の違いはあるが、自らに流れる浦島宗家の〈破魔の血〉によって、

破魔の力の象徴たる白銀ぎん色を有した炎を発現させていたのだ。

 

皮肉かな…その白銀ぎんは、景太郎の力となると同時に、

景太郎が”浦島宗家”の血を引いているという、動かざる証拠となっているのだ。

 

 

「はは、面白い冗談だ。貴様のような水術さえ使えぬカスが、破魔の血を引いているはずなかろう。

どうせ、我等を動揺させようとつまらぬ小細工で色を「あ、どっこらしょっと」ぐぇ…」

 

 

景太郎は、横たわったまま喋っている中年男の背中に座る。

 

 

「貴様…何を……」

「なんか話が長くなりそうだから、立っているのも面倒だから座って聞こうと思ってな。

そういや、俺ってまだ若いつもりなのに掛け声が年寄りくさかったよな。俺って実は歳かな、どう思う?」

 

 

嫌味なまでに―――――実際、嫌味なのだが―――――朗らかに話しかける景太郎に、

中年男は景太郎をはね除けようと足掻きながら怒鳴り声をあげる!

 

 

「貴様の歳など知るか! ふざけるのも大概にしろ!!」

 

「おいおいそんなに怒るなよ、血圧が上がっちまうぜ? 俺の倍は歳くってそうだしな。

ほら、だんだんと顔も赤くなってきたし……こんなに気配りのきく俺って優しいよなぁ」

 

「貴様が上に乗っているからだろうが! 馬鹿にしているのか!!」

「もちろん、九割くらいはな」

 

 

即答して頷く景太郎。

その言葉に、中年男の顔は更に赤く染まる!

 

 

「この! 落ちこぼれのクズの分際で―――――ぐげぇ!」

「で、これが残りの一割だ」

 

 

中年男は景太郎を罵倒しようとしたが、上からの重圧にカエルが潰れたような声を上げる!

さすがに景太郎の全体重は限界を超えていたのか、男の顔が赤から青に変色する。

 

 

「人がせっかく紳士的に話し合いで解決しようとしているのに、大人ならもう少し理性的になれよ。

相手が紳士的に接すれば、紳士的に返すってのが人の道ってやつだろう?」

 

 

自分の言った言葉に、景太郎はうんうんと頷く。

 

 

「さすが俺、良いこと言うねぇ」

 

 

そんな事を景太郎が言っている間に、下敷きにされた男の顔は紫になってゆく。

それを見た景太郎は、痒くもない頭を掻きながら、

 

 

「やっぱり青から紫になったか。世界に一人くらいは、青から黄色に変わるやつがいてもいいのにな。

そうなったら、和麻さんとは別の意味で歴史に残れるかな?……っとと、そろそろのかないとやばいか」

 

 

さすがに死ぬと思った景太郎は、よっこらしょ…と、掛け声をあげて立ち上がる。

中年男は気絶の一歩手前で、酸欠状態なので動くことがままならない。

それでも、意地と見栄だけは立派なもので、その状態にあっても景太郎を睨み付けることを止めない。

 

 

「う~ん、このまま放っておくのもなんだしな……邪魔にならないように燃やすか?」

 

 

そう言って男を見る景太郎。男はそんな景太郎を更に強く睨む。

だが、それは虚勢で、目の中にある一抹の恐怖を景太郎は見てとった。

 

もっとも、それははったりで、殺すつもりであれば最初に呼び出す前にさっさと燃やしている。

景太郎の殺す基準は、浦島の一部と身内を傷つけられようとした時が主で、

浦島のその他は殺す価値もなく、ただ殺すよりは生きて苦しめる…という気持ちが強い。

 

今回も、その考えに基づいた行動をとることにしたのだ。

 

 

「ま、今さら燃やしても面倒だし、このまま放っておいてもいいが……そうだな、試すか」

「な、何をする気だ………」

 

 

呻きながらも問いただそうとする中年男に、景太郎は、ニヤリ!といった感じの笑みを見せる。

その笑みはまさに邪悪で、しかも凄まじく意地の悪そうなものだと一目でわかる。

 

 

「なに、ちょっとした特殊召喚術だ。

力は大したことないが、別の意味でおまえらを抹殺するには十分な奴等でな。

特殊な力はいらない、少々の金とちょっとした数字の羅列さえ覚えていれば、誰にでも使えるお手軽な術さ」

 

 

それだけ言うと、景太郎は近くにある公衆電話に軽い足取りで向かった。

 

 

 

 

 

そして、それから数時間後………

景太郎がひなた荘に帰ってくると、はるかが険しい顔でリビングのソファーに座っていた。

 

はるかは景太郎の顔を見ると、険しい顔そのままで詰め寄った。

 

 

「景太郎! 今日お前に―――――」

「ああ、来たよ。浦島の刺客がな」

 

 

とるに足らないことだと言わんばかりに、平然と話す景太郎。

その様子に、はるかの脳裏に最悪の展開がよぎった。

 

 

「まさか、お前……」

「…………」

 

 

はるかの言葉に、沈黙と獰猛な笑みを見せる景太郎。

その態度に、最悪の事態…予測が当たってしまったと思い、歯を食いしばる。

そして、この場に事情を知るキツネが居ないことを、微かながらも幸運に思った。

 

 

「それより、何であんたが刺客のことを知っているんだ」

「それは…今朝、浦島の分家から襲撃の手引きをしろ。と、言われてな」

「で? 手引きしたのか?」

 

「馬鹿を言うな。返り討ちが確定しているのに、誰がそんな事をするか。

逆に手を出すなと忠告したが、奴等は鼻で笑って聞こうともしなかった……」

 

 

はるかは今回の襲撃者の死の責任を感じているのか、悔しそうな顔をする。

そんなはるかの様子に景太郎は苦笑しながら口を開く。

 

 

「まあ、その事については、今晩くらいに詳細がわかるから、あまり気にしないことだな」

「おい景太郎、それはいったいどう言うことだ?」

 

 

景太郎ははるかの質問に答えることなく、ニヤリ…とした笑みを返すばかりだった。

それから何度も質問するが、答えは一緒……結局、はるかは夜まで待つこととなった。

 

 

そして夜……夕食も終わり、リビングでテレビを見ている景太郎に、襲撃の件を聞こうとしたその時、

テレビに流れているニュースのアナウンサーの声が耳に入った。

 

 

〈本日昼頃、ひなた市の路地にて、全裸姿の男女が横たわっているのが通報されました。

今回の件は、通りかかった住民が発見をし、警察に通報したようですが、

おかしな事に、人通りは少なくない路地に関わらず事件発生時の目撃者が誰も居ないとのことです。

警察は、捜査がすすみ次第、事実を明らかにするとのことです。さて、次のニュース………〉

 

 

「ちっ、なんだよ…人がせっかく教えてやったってのに、警察に先越されたのかよ。

それに、あいつらの顔に名前まで書いてやったのに、ニュースには出てないし……

やっぱり国家権力には弱いな…いや、それとも、裏で浦島やつらが手を回したのか?」

 

 

そんな景太郎の言葉に、昼間言っていた『抹殺』の本当の意味を理解するはるか。

つまり、生死の『抹殺』ではなく、社会的な『抹殺』という意味だったのだ。

 

 

残念ながら、浦島宗家が動いたため、その目論見は不完全だったが……

はるかは、景太郎が皆殺しにしなかったことに、ホッと胸をなで下ろした。

 

 

 

 

―――――第四灯に続く―――――

 

 

 

 

あとがき……

 

どうも、ケインです。

”白夜の降魔”を読んでくださっている方々、感想、誠にありがとうございます。

ここまで読んでくれている人がいるのか…と、正直驚き、同時に凄い励みになっています。

只、返事が欲しい方は感想の後にでもメール・アドレスを記入してください。

メールの機能にあまり慣れていなくて、分かりづらいもので…いや、本当にすみません。

 

それはさておき……

本当にアンギットゥさんをはじめ、皆様には感謝しております。

これからもよろしければ読んでやってください。本当にありがとうございます。では……




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