白夜の降魔

ラブひな IF            〈白夜の降魔〉

 

 

 

第四灯 「浦島家の使命」

 

 

 

 

 

 

京都―――――そのほど近い郊外に存在するとある屋敷。

そこは、日本で最強の水術師”浦島”の宗家の屋敷。

 

その一室に、浦島に連なる各分家の当主達と、神鳴流・五十四代目総代〈青山 元舟〉、

そして、その長女〈青山 鶴子〉他、数名の神鳴流の戦士が座していた。

 

今日、ここに集まったのは、最強の水術師で契約者コントラクターであった”浦島”の血を受け継ぐ者達と、

約九百年の昔、水術師となる以前から呪術の大家”浦島”の守護職を務める神鳴流、

その頂点に立つ者と、凄腕の使い手達であった。

 

 

 

 

皆が静かにその場に座り、幾分かの経った時、上座近くの襖が静かに開いた。

そこより現れたのは、その場にいる者達を統べる者…浦島家・現宗主〈浦島 影治えいじ〉である。

 

影治がこの場に現れた瞬間…いや、襖が開いた直後、場に集まった者達は一斉に頭を下げた。

上座に座った影治はそれを眺め、鷹揚に頷いた後、

 

 

「一同、面を上げよ」

 

 

と、声をかける。そして一同は顔を上げて、影治の次の言葉に意識を寄せる。

それを確認した後、影治は硬い表情をして口を開いた。

 

 

「今日、集まってもらったのは他でもない……実は、大変なことが起きてしまった。

我々浦島、そして神鳴流が八百年もの昔から守護し続けてきた封印が解かれてしまった」

 

 

影治の言葉に、その場にいた一同は途端にざわめき始める。

もし、それが本当であれば、大変な事態どころではないからだ。

 

しかし、その割には様子がおかしいことに気がついたのか、そのざわめきもすぐに静まり、

頃合いを見計らって、分家の一人が声を上げた。

 

 

「宗主、恐れながら申し上げます。もし封印が解かれたのであれば、かの存在により日本は壊滅しております。

しかしながら、今現在、その様な兆候は少しも見られておりません。一体どうなっているのでしょうか?」

 

「………封印されていた邪龍〈涅槃ねはん〉は、もう存在してはおらん。封印が解かれた直後、消滅させられたのだ」

 

 

その言葉に、今度こそ皆は言葉を失った……

 

 

 

 

邪龍〈涅槃ねはん〉とは、約八百年前、何処から突如として現れ、

日本に未曾有の大災害を引き起こしかけた存在であった。

どこより現れたのか、そして、どうやって発生したのかは今でも明らかになっていない。

大量の水属性の妖魔が集まり、凝縮して一個の妖魔として誕生した…だの、

時空間の壁を破り、別次元、又は別世界より来訪した妖魔…など、色々な推測されているだけだった。

 

ただ間違いないのは、その妖魔は強大にして凶悪、比類なき力と邪気を放っていた、という事実だ。

その時代の術者達は、その妖魔を討ち滅ぼそうと幾度も戦ったが、

その度に振るわれる妖魔の力…その余波で、大津波が起こり、咆哮一つで嵐が発生した。

正にその戦いによって、天は叫び、地は轟いたといっても過言ではない。

その所為で、人間に限らず大量の生物が災害、又は邪気によって死んでいった。

その姿は龍の如く、振りまく厄災により作られた〈地獄絵図〉のような光景に、

戦った術者達はかの存在を、邪龍〈涅槃〉と名付けた。

 

時の神凪の術者も戦った…が、主戦力とはなっても決定打にはならず、足止めがせいぜいだった。

今現在とは違い、分家もかなり実力があったのだが、残念ながらその時代には”神炎使い”はいなかったのだ。

 

このままでは、その被害が日本全国に及ぶと予想されたその時、時の術者の名家であった”浦島”は、

とある強大な存在の仲介により、水の精霊王と交信、そして”祝福”を授かり『契約者コントラクター』となったのだ。

 

しかし、その強力な力を持ってしても討ち滅ぼすまでには到らず、

時の宗主…契約者コントラクターが己が命を代償として限界以上の力を使い、〈涅槃〉を五つに引き裂いた。

そして、同じ水属性ということを利用し、富士湖・・・にその五つの欠片を封印したのだった。

 

そして浦島家は、その妖魔の封印の維持を時の権力者に義務付けられたのだ。

しかし、その妖魔はあまりにも強力だった所為か、封印した後もお互いを呼び合い、元に戻ろうとしたのだ。

その引き合う力は強大で、封印は徐々に綻びを作り始めた。

それを知った浦島は、言霊ことだまを使い、『富士湖』を『富士五湖』という名前に変え、

歴史上から一つだったという事実を抹消し、元々五つだったと人に認識を持たせたのだが、焼け石に水……

結果、最終的にもちいられたのが、生贄の儀式だった。

 

封印された時より五十年周期ごとに、その時代の特殊な血を引く乙女を生贄にすることにより、

封印の強化、及び維持をする…しかしそれは、生贄の乙女の死を意味していた。

 

その乙女を、浦島は体裁を考えてか『楔』と呼称し、儀式を『水仙の儀』と呼んだ。

そして、十余年前……『水仙の儀』は前宗主のひなたを中心に行われた。

 

 

 

 

 

「そんな!〈涅槃〉をですか!?」

「馬鹿な……」

 

 

しぼり出すように呻いた言葉を皮切りに、またもざわめき始める分家の当主達。

それとは対象に、騒ぐこともなく、冷静に影治の言葉を聞いていた元舟は、おもむろに口を開いた。

 

 

「宗主。させられた…とのことですが、それはいったい何者がやったことなのですか?」 

「さすがに冷静だな、元舟……やったのは、景太郎だ」

 

 

”景太郎”という名前を聞いたとき、元舟は表面上は驚いていたが、

ある程度の情報を持っていた故に、内心では自分でも信じられないほどその事実に納得していた。

 

それに気づくことなく、影治は驚いた元舟と一同を見て、続きを口にした。

 

 

「無論、あやつ一人の仕業ではない。他数名が手を貸したようだ」

「数名とは?」

 

「神凪宗家の人間で、〈神凪 綾乃〉に〈神凪 煉〉。

そして、今では神凪より離れ、名を変えた元・宗家の風術師〈八神 和麻〉の三名だ」

 

「神凪の…それも宗家の者が介入したのですか……」

 

 

元舟は”神凪”という名を聞いて渋い顔をする。

影治もまた同じく、いや、それ以上の苦々しい顔をしていた。

 

 

「神凪宗家に問うたところ、景太郎を含めたくだんの四人の内、八神 和麻は家を出ているし、

他の三人に関しては、彼らが独断で行ったことだと言われた。

もし、その三名に関して責任を取らせたいのであれば、可能な限り要望を聞き入れるとも言っていた」

 

 

そんな影治の言葉に、分家の当主達は口々に侮蔑の言葉を吐く。

その言葉を大体まとめると、

『そんなしらじらしい事を言って、神凪は浦島の面子を潰してせせら笑っているに違いない』だ。

 

一番前に座っていた分家〈水城みずき〉の当主は、勢い込んで宗主に進言する!

 

 

「宗主!徹底的に責任追及しましょう!」

 

「愚か者!その様なことができると思っているのか!!

いかに勝手な真似をされたとしても、やつらは〈涅槃〉を滅ぼしたのだぞ!!

そのせいで政府は『最初から神凪に任せていれば良かった』と言いだしているのだ!」

 

 

人というのは、過ぎた脅威は既に脅威ではなく、結果だけを見て功労者を称えることが多々ある。

この場合も、討ち滅ぼしたという結果を出した景太郎達の方が、最大の功労者なのだ。

永きに渡り封印維持に務めてきたという”浦島”の実績も、その結果には分が悪かった。

生贄という世間体には受け入れられにくい事実も、それを後押ししていた。

 

 

「今回の一件、浦島家…ひいては神鳴流の存亡の引き金になりかねないほど、重大なのだ」

「それほどとは……」

 

 

元舟は言葉とは裏腹に、その顔は実に平然としていた。

だが、目の前の問題に気をとられていた影治はそれに気がつくことはなかった。

 

 

「ああいった輩は、後々に口を出して囀るのみ…ですが、少々厄介ですな。

しかし宗主のこと、我等を集めたということは、その件に関する解決方法を見出したのでございましょう?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 

影治はそう答えるが、言葉の意味とは裏腹に、その表情はますます優れなくなってゆく。

 

 

「今この時より、景太郎の勘当を解き、神凪より浦島に戻す。

そして、邪龍を討ち滅ぼしたことは、神凪と浦島の共同戦線ということにする。

仮にも、景太郎アレは宗家の血筋…嫡子だ。それで、周りの声も多少なりとも静まるだろう」

 

 

先にひなたが景太郎の勘当を解いたことを知っていながらも、さも自分が行ったことのように言う影治。

しかも、言っていることは自分勝手も良いところだ。

だが、それにも増して自分勝手な分家連中は、その言葉に賞賛の言葉を口にしていた。

 

 

「さすが宗主、素晴らしいお考えです」

「あの者のこと、こちらから復縁をちらつかせば、喜んで食いつくことでしょう」

 

 

そんな中―――――

 

 

「しかし、景太郎殿は今現在、神凪の姓を名乗っているとのこと……

そして、その身元保証人は神凪家・宗主〈神凪 重悟〉殿。そうやすやすと事が運びましょうか?」

 

 

元舟はただ一人、いや、後ろに控えている鶴子も、口には出さないがその案に対して難色を示した。

その元舟の言葉に、影治はこの会合の数日前に設けた、

景太郎の戸籍について、神凪 重悟との話し合いの場の事を思いだしていた。

 

 

 


 

 

「ほう、景太郎を戻せとは、いったいどう言うことなのかな?」

 

 

とある料亭の一室にて、豪華な料理をはさんで座った神凪重悟に、

影治は景太郎の戸籍について、直接…無駄な小細工など一切せず、いきなり切り出していた。

 

 

「言ったとおりの意味だ。元々景太郎は私の息子、浦島宗家の嫡子なのだ。

今までそちらに預かってもらっていたモノを、返してほしいと言っているだけだ。

そちらにしても、浦島家の人間を手放すのになんの不都合もあるまい」

 

「さて…そちらからは何も預かってはいないが?

預かっていないモノを返せといわれても、こちらとしては困るのだがな」

 

 

真面目な顔で答える重悟に、影治は苛立ちを押し殺しながら口を開く。

 

 

「………十一年前にそちらに預けた、私の子供のことだ」

 

「確かに十一年前、血塗れで死ぬ寸前だった景太郎を道端で拾い、治療した。

だが、その後で浦島家に連絡した際、

『我が浦島にはそんな名前の子供など存在していない、神凪ご自慢の炎で煮るなり焼くなり好きにすればいい』

と、電話越しに、貴方の口から聞いた覚えがあるのだが?」

 

「あれは…その時は我々にも事情があったのだ。

あの時、景太郎あやつは“水仙の儀”を妨害しようとしたのだ。だから……」

 

「だから、景太郎を勘当…いや、一族から存在を抹消したのだろうが。

今更こんな事を持ち出してくだらない話を続けるのであれば、私は帰らせてもらおう」

 

 

重悟は話はこれまで…と言わんばかりに、側に置いてあった杖を手に取った。

それを見た影治は慌てながら、考えていた切り札をきった。

 

 

「待たれよ重悟殿!その様な態度をとっても良いのかな?

浦島の総力をもって、あなた方が無理矢理に景太郎を神凪に取り入れたと、政府に訴えてもいいのだぞ!

それと”涅槃”の件でも、あれの管理は浦島家我が一族に一任されていたのだ!

勝手な真似をしておいて、ただで済むと思っているのか!!」

 

 

影治のあからさまな脅しに、重悟は大きく溜息を吐く。

それは、影治に向けられたのかものだろうか…その行為には少々呆れが混じっていた。

 

 

「“涅槃”の一件について、その責をとらせたいのであれば、できる限りは対処しよう」

「では……」

 

「だが、それとこれとは別問題だ。景太郎は神凪の一員であると同時に私の家族だ。

景太郎もそれを望んでくれている。私はもう、家族を切り離すという行為はしたくないのでな」

 

「それが返答か…ならば、神凪が滅ぶことを覚悟されよ、重悟殿」

 

「それができるのであればな…

そうそう、政府という言葉で思いだしたが、息子達が邪龍アレを打ち倒した事を聞いたらしくてな、

『見事やってくれた、さすがは神凪家。日本が抱える脅威を二度に渡って打ち払ってくれた事、誠に感謝する』

という言葉を贈ってきたのだ」

 

 

その言葉に、影治は言葉を失ってしまった……

そんな影治を追い打ちするかのように、重悟は言葉を続ける。

 

 

「実の話、邪龍アレの封印の為とはいえ、本来の使命を忘れ、生贄に縋ってきた浦島家は、

邪龍を神凪の術者に消滅させられたことによって信頼を失っている。

少なくとも退魔の仕事を請け負い、その世界で名を馳せている神鳴流は大丈夫だとして、

今の浦島家の権力ちからで、神凪家われらとどうやり合うつもりだ?」

 

 

屈辱に歯を食いしばる影治。

重悟の言っていることが事実である以上、反論する言葉は見つからない。

 

〈涅槃〉を封印しているといっても、生贄というのは周りからいい顔はされない。

そして、これは浦島に限ってではないが、与えられた権力と力に好き勝手してきた故に、

浦島に恨みを持つ者は、表と裏の両方の世界にいる。

退魔にしても、先程重悟が言ったとおり、その役目を神鳴流に任せきりで、その知名度ははるかに低い。

 

それらをふまえ、神凪と敵対した際、浦島の支援をする者などほとんどいないだろう。

最悪、神凪家に取り入ろうとして、積極的に浦島を潰そうとする者が現れる可能性の方が高い。

 

一瞬、影治の脳裏に、目の前にいる宗主を力ずくで…という考えがよぎったが、すぐに打ち払った。

事故によって片足を失ったとはいえ、かつては神凪最強の炎術師で神炎使いの『紫炎の重悟』

 

同じ宗主とはいえ、繰り上がりで宗主になった影治では敵うはずもなかった。

 

 

そんな時……重悟は一つの妥協案を提示した。

 

 

「しかし、こちらもできる限りはすると言った以上、景太郎の戸籍に関しては、条件次第で了承しよう」

「本当か!?条件とはなんだ?金か?それとも……」

 

「(前・宗主浦島ひなたの息子にしてはつくづく愚か者だな……)

常識的に考えても分かるだろう。景太郎本人がそれを了承し、浦島に帰ることを納得すればいい。

ただし、本人の了承も無しに、勝手に戸籍を書き換えたりするようなことがあった場合、

それは神凪に対する宣戦布告ととるので、気をつけるように」

 

 

重悟のその言葉に、影治は心の中で自らの勝利を確信した。

影治は景太郎のことを昔と混同しているため、脅すなりなんなりすればすぐに従うと考えていたのだ。

〈涅槃〉を倒したことにしても、実質的に手を出したのは神凪の三人で、

景太郎はその準備をただ手伝っただけ…その程度にしか考えていなかったのだ。

 

 

「警告だが…十一年前はともかく、今の景太郎は”神凪”の名に相応しき炎術師だ。

力で事を推し進めようとは考えないことだ。痛い目を見る事になるぞ」

 

「それはそれは、神凪の教育が良かったのか、あの景太郎が強くなったものですな」

 

 

つまらぬ脅しを…と、影治は心の中で吐き捨てる。

だが、仮にも神凪の宗主がそう言っている以上、その実力は分家よりは上だろう…そう判断した影治は、

自らが赴いて景太郎に、『出来損ない』は所詮『出来損ない』ということを教えるのも一興だ…と考えた。

 

浦島家を…ひいては宗主たる自分に屈辱を与えたのだから、自らの手で痛めつけてやらないと気がすまない。

そんな醜く暗い感情が、影治の心の中で渦巻いていた。

 

そんな影治の心内を見透かしながらも、重悟は話に合わせ、謙遜したように微笑んだ。

 

 

「いやいや、全ては景太郎の才能と努力のたまもの。我ら神凪とて最初は驚いたよ…

景太郎が〈神炎〉を得ていたことを知ったときにはな」

 

「…………は?」

 

 

重悟の言葉に、影治は驚愕を通り越して間の抜けた声を上げた。

 

〈神炎〉―――――それは”神凪”独自の『浄化の力』でも最高位の『黄金きんの炎』を超える、至高の炎。

”神凪”宗家の中でも、傑出した術者のみ行使しできる、使い手の氣の色に染まりし最強の炎。

 

神凪の千年の歴史で十二番目…今の時代では〈紫炎の重悟〉〈蒼炎の厳馬〉に続く三人目にして、

若い世代では最初の”神炎使い” それが〈白炎の景太郎〉なのだ。

 

影治は、またもつまらぬはったりだと思おうとしたが、事が事だけにそれはないと考え直した。

 

 

「まぁ、そう言うことだ。つまらぬ小細工で景太郎を怒らせるようなことはしないことだ。

こちらとしても、ある日いきなり『浦島家が壊滅した』とは聞きたくないからな。

今言ったことをしっかりと認識した上で、行動を起こす事だ」

 

 

重悟はそれだけ言うと、別室に控えていた側近の者を呼ぶと、

今度こそ杖を使って立ち上がり、ぎこちない足取りながらも部屋の外へと出ていった。

 

影治はその場に座り込んだまま、黙って遠ざかる足音を聞いていた。

 

 


 

 

「影治様、どうかなされましたか?」

「いや、なんでもない……」

 

 

影治はその記憶を打ち払うかのように頭を軽く振った後、元舟に目を向けた。

 

 

「その事に関しては、本人の了承をとればいい…との事だ。後日、こちらから使者を出す。

前に、景太郎に出頭するようにと使者を送ったのだが、

誰とは言わぬが、どうやら要らぬ節介を焼き、話を拗らせてくれたからな。

それ故に、今回の使者は加奈子を向かわせるつもりだ」

 

「次期宗主であらせられる加奈子様をですか?」

「そうだ。奴とは仲が良かったからな。それに、可奈子ならば上手く話を持っていくこともできよう。」

「左様でございますな」

 

 

肯定する元舟に鷹揚に頷いた影治は、二人の話を聞いていた一同を見回し、

 

 

「この件に関しての方針は今言った通り。いらぬ干渉は厳罰に価する。

事と次第によっては、家の取り潰しもあり得る。それを憶えておけ……では、これにて閉会とする」

 

 

影治はそう締めくくると、その場から立ち上がり、退出した。

それに応じて、部屋にいた一同は最初に現れたときと同じく、影治の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。

 

 

それからしばらくして、部屋の中にいた各分家の当主達も、思い思いに退出し始め、

五分後には、十人程度しか残っていなかった。

 

その十名とは、青山元舟、鶴子をはじめとした数名の神鳴流の戦士達。

そして、沖縄に唯一存在する浦島の分家、乙姫家当主〈乙姫 なつみ〉であった。

 

元舟達はなつみの元に集まると、一様に頭を下げた。

 

 

「なつみ様、ご機嫌うるわしゅうございます」

 

「あらあら皆さん、そんなに畏まらないでくださいな。

私は浦島といっても、幾つもある分家の一つでしかないんですからね」

 

「ですがなつみ様、もし貴方様が乙姫家へと嫁ぐことがなければ、

今頃は貴方様が宗主だったのですから…これぐらいは当たり前です。

それに〈乙姫家〉は、元々は浦島三家の一つ…我らは、その本当の役目を十分知っているつもりです」

 

「あらあら……」

 

 

頭を下げる神鳴流一同に、なつみは困った顔をした。

 

〈乙姫 なつみ〉―――――旧姓〈浦島 なつみ〉

浦島ひなたの実の娘にして、現宗主である影治の姉。

そして、浦島の初代が”水の精霊王”から授かった降魔の神器〈水昂覇すいこうは〉の前・継承者。

 

その実力は影治よりはるかに上で、本来なら浦島家の次期宗主として期待されていたが、

なつみは宗主の地位より恋を選び、浦島分家の一つ〈乙姫〉へと嫁ぎ、後継者の資格を放棄した。

そんななつみが乙姫家の当主を務めているのは、

十年前に前・当主である夫が交通事故で無くなったため、妻であるなつみが継いだからだ。

 

ちなみに…水昂覇は、なつみが嫁ぐ際に前・継承者であったひなたに返し、

今は次期宗主である加奈子が受け継いでいた。

つまり、影治は実力不足ゆえに、水昂覇を継ぐ事ができなかったのだ。

 

 

「もう十年以上前のことなのに、気にしないでくださいな。それよりも、景君のことなんだけど……」

「戸籍を戻されるようで…」

「この事を聞けば、茜ちゃんはさぞ喜ぶことでしょうね」

「そうですね。奥方様は景太郎殿を可愛がっておられましたから」

 

 

なつみも元舟も明るい話題とは裏腹に、もの悲しい顔をする。

 

 

「ねぇ鶴子ちゃん。景君はこの申し出をうけると思う?」

 

 

不意になつみは元舟の娘、鶴子に問いかける。

その問いに、鶴子は静かに首を横にふった。

 

 

「まず、受けまへんでしょうな……うちには何かを言う資格はありまへんが、

あの儀式にかかわった以上、浦島に対して好意的になれようがあらしまへん。

それは、今までずっと儀式にかかわってきた神鳴流であっても同じ事どすからな……

特に、あの子と懇意の仲だった景太郎はんなら…」

 

「そうね…今この時、景君が襲撃をかけてきたとしてもおかしくはないわ。

そしてその時が、浦島家がこの世から滅ぶ時でしょうね」

 

 

鶴子の言葉を肯定すると同時に、なつみはさらりと凄い発言をする。

その言葉に、後ろに控えていた神鳴流の一同は、躍起になって否定の言葉を口にした。

 

 

「なつみ様、その様なことはありません!!」

「我ら神鳴流がおります!」

「万が一にも、その様なことは起こりません。いえ、させません!」

 

「やめんか、見苦しい……なつみ様の言うことは、あながち間違いではないのだからな」

 

 

元舟の叱責に、一同は慌てて口を噤んだ。

そんなことよりも、なつみは元舟の後半部分の言葉を気にしていた。

 

 

「元舟さん。その様子だと知っているのね、景君が〈神炎使い〉であることを……」

 

「はい。ご存じの通り、我らは退魔の仕事を多くこなしております。

それ故に、他の術師達…時に、神凪の術者とも鉢合わせることもございます。

ある時、退魔に出ていた者が景太郎殿と会ったらしく…

その者に景太郎殿が神凪の炎術師となったことを聞きまして。それ以降、それとなく情報を集めていたのです。

そして、神凪と石蕗との確執の際………」

 

「白い炎……神炎を見せた」

「はい」

「その事を宗主には?」

「いえ…あの方は、景太郎殿の名前を聞くだけで怒りだすので」

「そうね…でも、今は知っているようね。加奈子ちゃんを使者に出そうとしてるんだから。余程怖いのかしらね」

 

「神凪宗家の力は人智を超えており、〈神炎使い〉はそれを更に上回る凄まじい力です。

どちらも、好んで敵に回す人間はそうはいません」

 

 

元舟はさも当然とばかりに言う。それは、裏の世界を知る者の認識でもあった。

それなのに、元舟はどこか嬉しそうな表情をしていることに、なつみは微笑みながら訊ねた。

 

 

「あら、なんだか嬉しそうね。景君が強くなったのがそんなに嬉しいの?」

「そう見えますか?」

「ええ、それになんだか誇らしそうにも見えるわ」

「そうですか…そうかもしれません。あの時の少年が強くなったのが嬉しいのです」

 

 

そんな元舟の言葉に、なつみは試すように質問をする。

 

 

「………元舟さん。貴方から見て、景君はどういう子だったの?」

 

「はい…水術の才こそまったくありませんでしたが、それ以外では良くできた子でした。

気も優しく、頭も良い。そして武術…とりわけ、剣と氣の扱いにおいて、間違いなく天才でした。

もし彼が神鳴流を学んでいれば、今頃はこの鶴子と並んで神鳴流の双肩を担っていたでしょう」

 

「つまり、景君は浦島でなく青山にいれば、十二分に大成できる器だったと言いたいのね」

「は……失礼を承知で申すのであれば、私はそう思っております」

 

 

なつみの言葉に、はっきりと答える元舟。

その後、悔しそうな顔をした元舟は、懺悔するかのように語り始める。

 

 

「………なつみ様、私は今でも悔やんでおります。

景太郎殿の才能に気がついた際、青山に引き取れなかったことを…

あの時、私がお叱りを覚悟の上で強く出ていれば………と」

 

「でも影治は…宗主はそれを許さなかった。意固地なまでに……

水術の才がないから、景君を浦島に関する全ての存在ものから、できうる限り遠ざけた」

 

「はい……」

 

「でもね、仮に景君が青山…神鳴流に行ったとしても、結果は変わらなかったと思うわ。

あの子達・・・・は優しかったから…どちらも大切な者を護ろうとして同じ結末になる。そう、私は思うの」

 

「それでも…です」

 

 

たとえそうであっても、景太郎を引き取るべきだった。

なつみは、元舟の意見を嬉しく思うと同時に、強いやるせなさを感じていた。

 

神鳴流と浦島…景太郎への評価があまりにも違いすぎるからだ。

水術の才が無く、浦島としての役目が果たせないのであれば、神鳴流を学ばせることによって浦島を、

ひいては次期宗主の加奈子を支える存在に育てれば良かったのだから。

歴史の『もしも』は無い。だが、可能ならば……

 

そこまで考えると、なつみは自分の考えを振り払うように頭を振った。

 

 

「ありがとう、元舟さん。それじゃぁ、私は茜ちゃんの所に行ってくるわ。早く、この事を教えてあげたいからね」

「そうですね。それに、奥方様もなつみ様とお会いになれば、きっとお喜びになられるでしょう」

 

 

元舟の言葉に頷いたなつみは、部屋を出て屋敷の奥…茜の部屋へと向かっていった。

 

なつみの姿が見えなくなった後、鶴子はなつみの行った方向に目を向けながら呟いた。

 

 

「残念どすな…うちとしては、あの方が宗主となってくれなかったのが、本当に悔やまれてなりまへん」

 

「そうだな…あの方が宗主になっていれば、浦島はこんな事にはならなかっただろう。

優しさと厳しさを、ひなた様からもっとも受け継いだなつみ様なら…な」

 

「はい……」

 

 

元舟の言葉に、鶴子は深く頷いた。

なつみが宗主となった際には、”宗主守護”の役目を持つ総代を受け継ぐ予定だった者として……

 

 

「それはそうと、戸籍回復さっきの件…分家の方々はよう提案を受け入れましたな。

昔は影治様と同じく、景太郎はんを屑扱いしていたのにも関わらずに……

景太郎はんが上に戻ったら、報復されるとは考えておらへんのでしょうかね」

 

「景太郎を昔のままだと考えている本当の無能者共の考えなど、

『浦島宗家が失墜すれば、分家も同じく道ずれ…

そうなるくらいなら、かつての無能者一人、戻ってくるくらいは我慢してやる。

なに、あんな滓でも宗家の出身、傀儡に仕立て上げれば我が家の立場も上がるだろう……』

と言ったところだろうな。

場合によったら娘をさしだし、濃い浦島の血を自分の家に入れるつもりかもな。

まったく、揃いも揃って呆れるくらいに馬鹿ばかりだ」

 

「げ、元舟様!! 言葉にお気をつけくださいませ!!」

 

 

元舟の周りを憚らぬ言葉に、周りにいた者達は顔を青ざめさせながら注意を促す。

そんな一同に、元舟はフン、と鼻で笑った。

 

 

「かまわん。宗家ならいざ知らず、分家程度など相手にもならん」

「ですが元舟様……」

「ああ、わかったわかった。それならもう帰るとしよう」

 

 

そう言って、元舟は立ち上がると部屋から退出した。

他の者もすぐさま立ち上がり、その元舟の後に付いていった。

 

その最後尾を歩きながら、鶴子は考えに耽っていた……

 

 

(昔は存在すら疎まれていたあの子共が、今は浦島家を左右するほどに成長するとは……

あの時、あの子を見込んだうちの目に狂いはなかった…というわけどすな)

 

 

そう心で呟き、微かに疼く左肩にそっと手をおき、そこにうっすらと残る傷跡を確認するように触った。

十一年前、当時十歳にも満たない”浦島”景太郎につけられた傷痕を……

 

 

(この傷のおかげで、うちは才に傲ることなく、よりいっそうの高みに立つことができた。その礼はしませんと…

今から会う時が楽しみどすな……景太郎はん)

 

 

うっすらと笑みを浮かべる鶴子……その笑みは”微笑む”という言葉がピッタリだった。

だが、もし前を歩く神鳴流の戦士達がそれを見ていたのなら、鳥肌を立てながら戦慄していただろう。

 

その目が『凶眼』になっていたことに……

 

 

 


 

 

 

「茜ちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 

屋敷の奥にある部屋…その中にいる人物に、なつみは襖越しに話しかける。

 

 

「なつみ様!どうぞお入りください」

 

 

中の人物の了承を得ると、なつみは襖を開けて中に入る。

 

そこには、三十代前半といった感じの長い黒髪の女性がいた。

その女性は、宗主・影治の妻〈浦島 茜〉である。

なつみもそうなのだが、共に四十代前半だとは思えないほど若々しい。

 

 

「お久しゅうございます、なつみ様…この様な所へいらっしゃるとは、一体どのような御用件でしょうか?」

 

 

自分の部屋を『この様な所』という茜に、なつみは少しだけ眉をひそめたが、

その心内を隠すかのように、軽く嘆息した。

 

 

「はぁ……その様子だと、知らされていないようね」

「私は疎まれております故に…申し訳ありません」

 

 

悲しげな顔で頭を下げる茜に、その理由を知るなつみは同じく悲しそうな顔をした。

こうなったことを止めることができなかった者の一人として……

 

 

「いいのよ、気にしないで……それより朗報よ」

「朗報ですか?」

「ええ。景君…あなたの息子の勘当が解かれたのよ」

「えっ!?では、あの子に会えるのですか!!」

 

 

何度も、あの子に会える…と言いながら涙を流す茜……

影治から『景太郎はもういない』『アレは死んだものと思え』とまで言われ、

会いに行きたくとも、この部屋に軟禁されて屋敷から出ることすらままならない……

ひなたやなつみ達がその事に文句を言おうとも、影治は宗主権限でそれらをはね除けた。

 

茜にとって、この十一年間は辛く悲しい、拷問のような日々だった。

 

その様子を見ながら、なつみは改めて我が弟…影治に対して憤りを感じていた。

同じ子供を持つ母親として、茜の気持ちが辛いほど理解できたのだ。

 

 

「それでなつみ様、あの子は元気なのでしょうか?今でも神凪に?」

「ええ、景君は元気よ。今は神凪でも屈指の炎術師になっているわ」

「そうですか…神凪と聞いて心配していましたが、杞憂だったようですね…」

 

 

心底ホッとした表情の茜…

神凪と浦島は表立っては無関心だが、裏…極一部では仲が悪いからだ。

四十年以上前…両家の時の宗主、『浦島ひなた』と『神凪頼道』の間に諍いが起こり、

ひなたが神凪頼道をこてんぱんに倒して以来、お互いは反目しあっているのだ。

もっとも、神凪の現宗主はその事をまったく気にしていなかったが…浦島がそれを知る由はない。

故に、茜は景太郎のことをより一層心配していたのだ。

 

事実は…茜やなつみが知ることはないだろう。

 

 

「良かったわね、茜ちゃん」

「はい…景太郎は私を恨んでいるでしょうけど、それでも……」

 

 

茜は痛々しい表情で涙を流す。

景太郎を心底愛している故に、恨まれるというのは身を切られるよりも辛いが、

それでも会いたい…会って謝りたい、一目で良いから成長した姿を見たいと願っていた。

 

 

「私の所為で…あの子は不遇な人生を送ってしまった…私の所為で……」

「茜ちゃん……」

 

 

なつみは、辛いことを告白する茜に憐憫の目を向ける。

優れた水術師であった茜は影治の妻となり、景太郎を身ごもって出産した。

だが、景太郎は水術の才が全く無かったため、周囲から〈無能を産んだ女〉と呼ばれ、不遇の時を過ごした。

それからすぐ後、病気によって子供を宿すことができなくなり、その風当たりはより強くなった。

 

それでも、茜は景太郎のことを可愛がった。

それにより、影治との間に深い溝ができてしまっても、その愛情は些かも変わることがなかった。

 

 

「そんなこと無いわ、茜ちゃん。景君はとんでもない才能の持ち主よ。

人の手を借りたとはいえ、あの〈涅槃〉を討ち滅ぼしたのだから」

 

「あの子が…ですか?」

 

「ええ。茜ちゃん…あなたは決して無能な子を産んだのではないわ。

アレを封印した浦島・初代宗主の悲願を…真の使命を果たした立派な子を産んだのよ。

だから胸を張りなさい。景君が、そんな姿を見てガッカリしないようにね」

 

「なつみ様……はい」

 

 

なつみの微笑んだ顔を見て、茜は涙を流しながらも、同じように微笑んだ。

 

 

「それで、景太郎にはいつ会えるのでしょうか?」

「……それはまだ分からないわ。宗主おとうとが景君を浦島に戻そうとしているから…結構、手間がかかるわね」

「そうですか…」

「あら、残念そうね?結構喜ぶと思ったんだけど……」

 

「普通の家の話ならば、喜んだでしょうけど…うちは良くも悪くも”浦島”ですから……」

 

「そうね…茜ちゃんの言う通りなのよ……

さっき言った〈涅槃〉消滅により、日増しに浦島家への風当たりが酷くなってきているわ。その風除け用にね……」

 

「やはりそうでしたか……」

「せめて、石蕗の時みたいに、〈涅槃〉との戦いの際に浦島が共に戦っていればね……」

 

 

半年以上前、神凪煉をはじめとする景太郎達と、石蕗の封印されていた魔獣との戦いは、

一般…政府関係などには、神凪と石蕗が共に戦ったとされている。

故に、封印が解かれ是怨ゼノンによって東京を壊滅させかけた事は一切不問となり、

石蕗は今まで通り…地術師の最高峰として、変わらぬ地位に居続けることができたのだ。

 

それに対し、今回の事で浦島がやったことといえば、封印を解いて涅槃を倒そうとする景太郎達を邪魔しただけ。

どう繕おうとも、共闘したなどとは云えない状況だった。

もし、浦島も〈涅槃〉戦に加勢していたら、これ程酷いことにはならなかったかもしれなかった。

 

 

 

「あの子は…景太郎は浦島に戻っても、幸せになることはできないでしょう。

十一年前の出来事を別にしても、父親からしてああですから……

私としては、宗主あの人があの子を戻すというのですら、信じられないのですから」

 

「そうね。本人も、景君を戻すって言ったときは不本意極まりないって顔をしていたわよ。

でも、あれはそれだけじゃないわ。お母様が景君に〈ひなた荘〉を譲ったことが気にくわなかったのでしょうね。

なにせ、あそこは浦島が所有する中でも、最大の〈龍穴〉の地なんですから。

宗主から見れば、鳶に油揚げをさらわれたって気分なんでしょうね」

 

 

会議の時の影治の表情を思い出しながら、なつみはやれやれ…といった感じで軽く溜息を吐いた。

そんななつみに、茜は小さく微笑みながら…

 

 

「お義母様は、罪滅ぼしのつもりであそこを譲ったのでしょう。響子ちゃんとの大切な思い出の場所を…

あの時、〈楔〉なくして事が治まらなかったとしても、あの子の大切な人を”浦島”は殺したのですから」

 

「それもあるでしょうね…でも、それだけじゃないわ。お母様は〈龍穴〉の守護を任せるつもりのようね。

〈龍穴〉…いえ、〈霊穴〉からもたらされる恩恵は善悪の関係はないから、人も妖魔も欲しがるでしょうし……

だから、心身共に強くなった景君に、あの地を託すつもりになったんでしょうね」

 

「なつみ様、とても嬉しそうですね」

 

 

まるで我が子の事のように語るなつみに、茜はちょっとした嫉妬を持つ。

それを知ってか、なつみは茜にいたずらっ子のようにな笑みを見せた。

 

 

「そうね、十年以上も前から気に入っていたからね。

息子になってくれたらいいなって、むつみと一緒に遊ばせたんだけどね…玉砕しちゃったし。

あ、でも、今からでも遅くはないかな?

聞いた話だと、景君は親しい人には優しいそうだし…むつみにちょっと頑張ってもらおうかな?」

 

「な、なつみ様……」

 

 

どんどん話を進めるなつみに圧倒される茜……だが一瞬後、二人は顔を見合わせて笑いあった。

十一年前から初めて、景太郎のことで笑いあった瞬間だった。

 

茜は今だ見ぬ成長した景太郎の姿を思い浮かべながら、

あの子のこれからが幸せであるようにと、強く…強く祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ひなた荘―――――

 

現役の東大生ということで、成瀬川に勉強を見てくれと頼まれた景太郎は、

成瀬川の部屋で家庭教師紛いのことをしていた。

 

 

「―――――それで、ここにはさっき教えた式を……ん? 成瀬川、いま何か言ったか?」

 

「へ?別に何も言ってないけど?そんなことより、早く続きを教えてよ。

勉強時間なんて、いくらあっても足りないんだからね」

 

「ああ、わかったわかった……」

 

 

景太郎は誰かに呼ばれたような気がしたのだが、気のせいだと思い、

さっきの問題の説明の続きを話し始めた。

 

 

(しかし、一体何だったんだ? 声が聞こえたような気がしたんだが…空耳か?)

 

 

空耳か気のせいで片づけようとする景太郎…

しかし、景太郎の心には、それが含む温かな印象が強く残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――第五灯に続く―――――

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