白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第五灯 「精霊魔術の真髄」

 

 

 

 

 

『困った……』

 

 

それは、部活帰りの素子の思考と表情を支配している感情だった。

その両端には、困らせている元凶…素子と同じ高校の制服を着た女子が両端にピッタリと寄り添って歩いている。

 

この二人…制服通り素子の同級生で、剣道部の部員でもあった。

しかし問題は、この日なぜか、二人が素子の下宿先を見てみたいと言いだしたことだった。

最初は頑として断っていた素子だが、二人にいかにも泣き出しそうな顔をされたため、泣く泣く了承したのだ。

 

その直後、歓声を上げて喜ぶ二人を見て、素子が思いっ切り後悔したのは言うまでもない…

ともあれ、一度了承した手前、やはり駄目とは言えず、今のような状況になってしまったというわけだった。

 

 

「ちょっと愛、あなた素子様にくっつきすぎよ!」

「何よ、ありさの方こそくっつきすぎよ」

 

(どっちもどっちだ! 二人とも離れて歩いてくれ!!)

 

 

自分をはさんで言い争う同級生の二人に、素子は心の内だけで絶叫を上げる。

本当なら声を出して二人を注意したいところなのだが、大声を上げてこれ以上注目されたくなかったのだ。

もっとも、そんなことを実際にしようものなら、二人は泣き出す(泣き真似?)ため、そんなこともできない。

 

これ以上目立ちたくない…と考えている素子だが、

 

 

(うっ…周りの者達が私達のことを見ている。とんだ恥さらしだ)

 

 

これ以上ないというほど目立っていることに今更ながら気がついた。

表情には出さないものの、周囲からの視線にほとほと困り果てている……

 

(どうにかならんものなのか…この状況)

 

口喧嘩する二人のせいで注目を集めている状況に辟易する素子…

しかし、素子は一つ勘違いしている。

注目を集めている要因の一つに、自分の容姿があるということだ。

 

外見上、素子は大和撫子風の美人で、背も高く人目を引く容姿をしている。

なおかつ、凛とした立ち振る舞いは恰好良いと思わせるような所がある。

その為、同じ年代の女子とは雰囲気が全く異なっており、学校ではかなり有名。

さらに部活では、全国レベルの剣道部の中で、その実力が抜きんでているのは周知の事実。

本人が辞退しているため公式の試合に出てはいなかったが、出場すれば優勝は間違いない。と言われている。

 

そんな格好いい素子の姿に、女子生徒達が勝手にファンクラブを作り上げるのに、そう時間はかからなかった。

今、素子の横にいる二人も、そのファンクラブの会員…それも、かなりトップにいる二人だった。

 

〈ついでに言えば、素子は上級生達の受けはあまりよくない。

下級生なのに自分達よりもはるかに強く、潔癖に近いきつい態度からだ〉

 

 

誰でも良いからこの状況を何とかしてくれないものか…と、素子が考えているその時、

道先…ひなた荘がある方向から歩いてくる一人の男に気がついた。

 

その男は、二十歳ぐらいの眼鏡をかけた凡庸そうな雰囲気を纏っている。

着ている服も地味な服装なので、凡庸な雰囲気がより一層強くなっている。

誰が見てもさして気にしない、(あらゆる意味で)素子達とは全く逆を行く男…景太郎だった。

 

ちなみに、凡庸な雰囲気、地味な服装は景太郎が意図的にしていることだ。

理由は色々あるが、大きな理由では『目立ちたくない』のと『相手を油断させるため』だ。

 

 

そうとは知らない素子は、自分とは違って地味な景太郎を見て少々腹を立てた。

完全な八つ当たりなのだが、素子自身はその事に少しも気がつかなかった。

そして、景太郎を巻き込みつつも、この状況を何とかさせる案を思いついた。

 

 

「き、奇遇だな神凪。こんな所で何をしているのだ?」

 

 

とりあえず、話すきっかけをつかもうとする素子。

 

素子の考えでは、景太郎がこの二人のひなた荘来訪を拒否させるようにと、話にもってゆくつもりだった。

〈今だ認めてないとはいえ〉一応、管理人である以上、景太郎がNOダメと言えば、二人に断る理由ができる。

素子としては、一刻も早く目立っている状況から離脱したかったのだ。

そして、ついでに地味な景太郎を自分と同じ立場に引き込める…と、考えたのだ。

浅はかな考えなのだが……ある意味で追い詰められた今の素子には、天啓に近いひらめきだった。

 

………だが、

 

 

「………………」

 

 

あろう事か、景太郎は声をかける素子に視線すら向けることなく、素知らぬ顔で横を通り過ぎた。

そんな景太郎に激昂した素子は、素早く回り込んで景太郎の眼前に立ち塞がる。

 

 

「またんか神凪! 人が挨拶しているのにその態度はどういう了見だ!!」

「ばか、話かけんなよ。人がせっかく他人の振りをしているのに…これじゃあ関係者だと思われるだろ」

 

 

素子にだけ聞こえるように小さく話す景太郎に、素子は一瞬ドキッとしたが、精神力で表面には出さず、

よそよそしい態度のままの景太郎に、何を言っているんだ…と言わんばかりの表情を作った。

 

 

「何を言っている。関係者もなにも、お前は……」

 

 

関係者だろうが…と続けようとした素子に、景太郎は手をかざしてストップをかける。

そして、(わざとらしい)深刻な表情の顔で、頭を左右に振った。まるで、現実から目を逸らすように……

 

 

「止めろ! 俺にはレ○の知り合いなんていないんだ!」

「なっ―――――だ、誰が○ズだ! 貴様は一体どういう目で私を見ているんだ!!」

 

 

いきなりの景太郎の発言に言葉を失う素子だったが、一瞬後、顔を真っ赤にして怒鳴り始める。

そんな素子に、景太郎は元の平静な顔に戻って指摘する。

 

 

「そんな状況を見れば、十人中十人がそう考えると思うがな。

何なら百歩譲って、男がホ○を隠そうと、女装してレ○を装う…ようには見えんな。

見える奴がいるなら会って…みたくねぇな、どう考えても……」

 

 

そんな想像に嫌な顔をする景太郎。確かに誰だって嫌だろうが……

そんなバカにした答えに(実際バカにしているのだが)、さらに激昂する素子。

 

―――――を無視して、景太郎はその両隣にいる素子と同じ制服を着た女生徒二人を見た。

 

(これはまた…視線で人が殺せそうだな)

 

確かに…景太郎がそう評するほど二人の女性…愛とありさの眼力は凄まじかった。

景太郎が素子に話しかけられた瞬間から、二人はずっと睨み付けていたのだ。

もっとも、裏の世界に身をおく景太郎には毛筋ほども効果はないが…

 

 

「ところで君達。正直な話、青山とはそういう関係なのか?」

 

「「そんな~」」

 

 

そろって二人はそう言うと、両の手のひらを赤くなった頬にあてて、恥じらうように身をよじらせる。

二人とも容姿はそこそこの美少女なので、そんな態度をとるとなかなか可愛い。

ただし、対象が対象だけあって、ちょっと引いてしまうかも知れないが……

 

 

「素子さんとは、まだそんな関係じゃないです~」

「もっとも、これから素子様のお住いに訪問して、親密な関係になるつもりですけど~」

 

「ほほう、『まだ』『親密』ねぇ……青山、お前の趣味や恋愛に口を出すつもりもないし、権利もない…が、

そういう目的でひなた荘に来るなら、悪いが全力をもって阻止するぞ。

純情なしのぶちゃんやスゥちゃんを、おまえらに汚染されるわけにはいかない。

一応、親御さんから預かっている者として、俺には住人達を護る義務があるからな」

 

 

真面目な顔をして真剣に語る景太郎の言葉に、素子は怒りに肩を震わせながら竹刀袋と鞄を握りしめる。

その様は、まさに噴火寸前といった緊張感を漂わせていた。

 

 

「ま、そういう訳だから…事におよびたいのなら、誰にも迷惑をかけない然るべき場所でしろよ。

君達も、悪いがそういったことは余所で頼むよ。例えば、街外れにある”大人のお城”とかでね」

 

 

景太郎は(嫌味なまでに)にこやかな顔で語りかける。

その言葉に、三人はさらに顔を真っ赤にした。もっとも、素子と二人は全く別の意味で…だったが。

 

 

「そうそう、一応言っておくが、そういう趣味だからってひなた荘を出て行けとは言わないから、安心しろよ青山。

俺は同性愛者を偏見するような真似はしない。あっと、もちろん俺はお前と違ってその気はないからな」

 

 

景太郎がそう言い終えるや否や、素子はその場に鞄を放り出し、竹刀袋から竹刀を取り出す!

巻き込んだのは自分という意識はもはや遙か彼方、

結果的には自分の期待通りの結果と言えなくもないが、生真面目な素子が切れるには十分な話の流れだった。

 

 

「貴様、この前の事といい今の事といいもう勘弁ならん!!

そこへなおれ! 貴様のひん曲がったその性根と精神こころを、ここで叩き直してくれるわ!!」

 

 

素子が竹刀を構えると同時に、両隣にいた愛とありさは素早くその場から離れた。

その顔に素子への心配はなく、どちらかというと打ちのめされる景太郎の姿を期待しているようであった。

 

対する景太郎といえば、

 

 

「はっ! 俺に喧嘩を売る気か? いいだろう、買ってやるよ。

ただし、この前の事で解っているとは思うが、どうなっても文句は言うなよ」

 

 

といった、挑発混じりの容赦のない言葉を返した。

その言葉に、素子は焦りを覚える。

 

 

「なっ―――――神凪! こんな目立つところで術を使う気か!?

その様なことをすれば一体どういう騒ぎになるのか、貴様も解ってるはずだろうが!」

 

「当たり前だ…が、お前の心配する事じゃないし、気にかける時間なんか無いぞ」

 

 

景太郎がそう宣言すると同時に高まる力を感じた素子は、

景太郎が本格的に精霊を召喚する前に決着をつけるべく、全身に氣を漲らせて最速で跳びかかる!

 

一瞬で氣による身体能力上昇に、竹刀に氣を纏わせるその技術は、大したものだった。

 

 

「先手必勝―――――奥義 斬岩剣!!

 

 

素子が上段に構えた竹刀は、綺麗な弧を描きながら凄まじい剣速で振り下ろされる。

そしてその切っ先は吸い込まれるように景太郎の頭部に激突した!

 

 

「グハァッ!!」

「―――――えっ!?!」

 

 

吹き飛ばされる景太郎!

目の前で起こったことが信じられない素子は、数秒間ほど呆然とする……

よもや、以前〈斬岩剣〉をカウンターで返した景太郎が、こうもあっさりと技をくらうとは思わなかったのだ。

素子の考えでは、紙一重で避けた景太郎に対し、切り返しの一撃を繰り出す予定だったのだ。

 

 

「か、神凪。お前らしくない、一体どうし「そこを動くな!竹刀を持った女子!!」―――――は?」

 

 

 

 

突如かけられた声に素子が後ろを振り向くと、そこには警察官の二人組が居た。

そのうちの一人は、地面に倒れている景太郎に駆け寄ると、手早く介抱し始める。

その間にもう一人は、驚いている素子に近寄るとその手から竹刀を奪った。

 

 

「君、大丈夫か? ……これはいけない、頭から血が出ている。

意識ははっきりしているか? ちょっとの間我慢してくれ、すぐに救急車を呼ぶから」

 

「う……すみません」

「喋らなくていい、君は安静にしているんだ」

 

 

うめく景太郎を横に寝かせながら、警察官Bは救急車を呼ぶべく無線で連絡をし始める。

一方、もう一人の警察官Aは、素子に説教をしていた。

 

 

「君、わかっているのかね! これはれっきとした傷害なんだぞ!

まったく、最近の若い者はすぐに切れて暴力をふるう。

見たところ君は高校生じゃないか。その年でやって良いことと悪いことの区別もつかないのか!!」

 

 

警官Aはそう言うと素子の手をつかんだ。

 

 

「とにかく来なさい。詳しい話は署で聞こう」

 

 

いくら暴行犯とはいえ未成年、街中でこれ以上の説教は何だと判断したのか、

警察官Aは、近くに止めてあったパトカーに乗せようとする。

 

しかし、それを不服とする者が二名いた。

 

 

「ちょっと待ってください、素子様は無実です!」

「その通りよ! 大体、一体何の証拠があって……」

 

「証拠もなにも、今目の前で起こった犯罪…つまり、現行犯だ。証人も大勢いる。

君達だって見たのだろうが。その女子高生が竹刀で暴行する様を」

 

「それはあいつが悪いんです!」

「そうよ! 素子さんをバカにしたあいつが悪いのよ!!」

 

「バカにしようが何をしようが、一方的に襲いかかったのはこの子の方だ。それは我々がこの目で見ていた。

そこまで庇い立てするのなら、君達にも一緒に来てもらおうか。

見たところ、同じ高校の生徒みたいだし、先程の話も詳しく聞きたいしな。着いてきなさい」

 

 

そう言うと、警官は三人を連れて行こうとする。

それとほぼ同時に救急車が到着し、景太郎が乗せられようとしていた。

 

 

「おい、私はこの三人を連れて行く。君はその青年の付き添いを頼む」

「はい、わかりました」

 

 

警官Bは景太郎の付き添いを命じられ、救急車に一緒に乗る。

その様子を、素子は放心した様子でじっと見ていた……

 

その理由は大きく二つ……

一つは、神鳴流の剣士でありながら、怒りにまかせて剣を振るい、人を傷つけたこと…

最後に、この事が親元に知られれば、下手をすれば除名。上手くいっても姉の仕置きがあることだ…

 

決して、人を傷つけたこと自体にショックを受けているのではない。(まったく無いわけではないが……)

素子の学んでいるのは特殊ながらも武術である…それは、他者を傷つける技術でしかない。

多少なりとも裏の側面を知る者として、一般の者と心構えや考え方が違うからだ。

 

しかし、その暗く沈んだ気持ちもあるものを見て吹き飛んだ。

景太郎が救急車に乗る瞬間、素子の方を見ながら舌を出したのだ。

それも、素子は知る由もないが、浦島の刺客に見せた底意地の悪い笑みと共に……

 

 

「なっ!? ―――――ッ!!」

 

 

そして素子は、この一件のからくりに気がついた。

景太郎は警官が居るのを知って、自分の攻撃をわざと受けたのだ。

全ては、このシチュエーションを作り出すために……

 

それを理解した瞬間、素子は自分の中で何かがまとめてブチ切れる音を聞いた!!

 

 

「謀ったな神凪ィ!!」

 

 

素子はそう叫ぶと、景太郎を殴ろうとするが、それを察知した警官が、素子を羽交い締めして止めた!

氣で身体強化することすら忘れた素子に、大の大人を振りほどくほどの力はない。

 

それでも暴れるが、このままこの場にいることは危険だと判断した警察官に、ズルズルと引きずられていった。

 

 

「神凪~! 貴様、覚えていろよ! 神凪ィィーーーーっ!!」

 

 

素子の叫び声が、風に乗ってひなた市街の隅々まで響き渡った……

 

 

 

時は流れて―――――夕刻―――――

夕刻とあるが、どちらかというと夜という方がしっくりくる、そんな時間……

事情のある一名を除き、みんな夕食をすませてリビングで思い思いにくつろいでいた…その時、

 

 

「神凪!! 表へ出ろ! 今すぐ出ろ! 即座に出ろぉっ!!」

 

 

警察署から出てきたおつとめ帰りの素子が、ひなた荘に入った瞬間、景太郎を捜して怒鳴り始める!

同級生二人は、警察署を出た後別れている。というか、走ってふりきっていた。

 

 

「おう、青山お帰り」

「何が”お帰り”だ貴様! よくもぬけぬけと……」

 

 

いきなり怒鳴る素子に、景太郎以外の住人はビックリして目を白黒させていた。

訂正、今だ酒を飲んでいるキツネは、おもろい事でも始まりそうやな…と、期待に満ちた顔をしていた。

 

 

「ところで、警察署は楽しかった?」

「なにぃ! 素子、警察の厄介になるって事はとうとうってもうたんか!」

 

 

景太郎の言葉に、驚いたキツネが思いっ切り誤解する。

しかし、その目にはしっかりとした正気と狡猾な光があることに、素子は気がついていない。

 

 

「と、とうとうって何ですか、キツネさん。あなたは今まで私のことをどう思っていたんですか!」

 

「どうって…いつも道端で声をかけてくる兄ちゃん達を、容赦なく半殺しにしてたからな…

とうとう勢い余って、こう…ズバッとってもうたんかと……」

 

 

キツネは右の人差し指と中指を揃えて立てると、自分の左肩から右脇腹にかけてなぞる。

つまり、袈裟懸けに斬ったんだろう? というジェスチャーだ。

 

 

「し、失礼な。誰もその様なことはしていません!」

「そうだ、キツネさん。青山がやったのは、脳天からの唐竹割りです」

 

「あ~そうやったんか~、でもそっちの方がかなりえぐいな~。

よかったわ、夕飯済んどいて。ご飯時にそんな話聞かされたら、食欲無くすからな~」

 

 

そう言いながら、つまみのスルメをくわえながら、酒をカパカパ飲んでいる。

これ以上ないというほど、説得力の欠片もない台詞だ……

 

 

「そういや、青山。お前、向こうで食べてきたから夕飯はいらないよな」

「何を言っている、あそこが食事を出してくれるはずはないだろうが」

「お前こそ何言ってるんだ。取調室といったらカツ丼!至極当然の話じゃないか。で、美味かったのか?」

「食べてはいないと言ってるだろうが!!」

 

「なんだ、そうなのか…残念だったな。カツ丼食えなくて。せっかくあんな所まで行ったのに」

「ふざけるな! それもこれも、貴様が悪いのだろうが!!」

 

 

素子が激昂する様を見て、景太郎はキツネに近寄り耳打ちする。

無論、周りに聞こえるように調整した大きな声で……

 

 

「うわ、キツネさん聞きました? 自分の罪を俺に擦り付けるつもりですよ?」

 

「素子、そりゃ人としてあかんで。やってしもうたもんはしょうがない。

やけど、責任転嫁だけはしたらあかん。」

 

「さっすがキツネさん。住民の年長者らしく良い事言いますね。

青山、この姐さんの言葉をよ~~く心に刻んで、立派に刑務所に行っておつとめを果たしてこい」

 

 

男泣きといった風情で涙を流す景太郎。

キツネも、涙をこらえていると言った表情で、素子を真摯に見つめていた。

 

 

「素子。たとえ何年かかっても、うちは…いや、うちらはは待っとるで。

ひなた荘は、いつでも素子を迎えるからな」

 

「モトコー」

「素子ちゃん!」

「素子さん」

 

 

スゥ、なる、しのぶは涙を瞳にたたえながら、一様に悲しい声を出す。

しかし、それでも何とか笑顔を見せようと頑張るその姿はいじらしく、美しい。

 

第三者から見れば、喜劇が感動劇だが、当の本人…素子からすれば、腹立たしいことこの上ない。

皆が皆、芝居がかって遊んでいることにやっと気がついたからだ。

 

素子は我慢の限界といわんばかりの顔をすると、口をあけで怒声を上げようとする………が、その直前、

素子の真後ろに立っていた人物が皆に注意をした。

 

 

「お前達、もうその位にしておけ。このままだと、本当に死人が出かねんからな」

 

 

一体いつから居たのか、はるかがタバコを吹かしながら嘘泣きする皆を軽く睨む。

それを見たキツネ達住民一同は、うってかわって愛想笑いを浮かべた。

 

 

「あはははは、いややな~はるかさん。ちょっとしたアメリカンジョークやて。

そう目くじら立てんといてな。目尻に皺ができてしまうで」

 

「余計なお世話だ」

 

 

本場のアメリカ人に名誉毀損で訴えられそうなことをさらっと言うキツネ。

そんなキツネを、はるかはピンポイントで強く睨む。

余計な一言の他にも、悪のりしていた者の一人として責めているのだ。

 

なる達もキツネに続いて謝り始める。

 

 

「ゴメンね、素子ちゃん」

「あう~…すみません、素子さん」

「いや~、おもろかったでモトコ。またやろな」

 

「やらん! というか、面白くない!!」

 

 

スゥの言葉に怒る素子。今日一日、からかわれ続けて沸点がかなり下がっているようだ。

それを知っているはずなのに、懲りない奴はまだいた。

 

 

「いや~、すっげー面白かった。こう単純だと、からかい甲斐があってたまんないな」

 

 

景太郎の言葉はまさしく『火に油を注ぐ』…なのだが、

事の張本人が言うと、、それは油からガソリンへと変化する。

 

返してもらった竹刀を構えると、景太郎に襲いかかろうとする!

が、背後のはるかが作り出した水の紐…というよりも蔦に近い…が、有無を言わさず素子を束縛した。

 

 

(本当に楽しいな。和麻さんが綾乃さんをからかっているのって、こういう感じなのかな?

そういや、二人とも今頃何をしてるのかな?)

 

景太郎はそんな素子を見ながら、しばらく連絡を取っていない風術師の親友と、

神凪次期宗主である妹分を思いだし、少しの心配と懐かしさを感じていた。

まだ他にも、可愛い弟分がいることにはいるのだが、そっちはしっかりした子なので心配はしていない。

 

 

「はるかさん、後生です! 後生ですから、せめて一太刀だけでも!!」

 

「ところではるかさん、姿が見えなかったんですけど、何処かに行ってたんですか?」

 

 

騒ぐ素子を完っ璧に無視してはるかに話しかける景太郎。

対するはるかも、横で騒ぐ素子を無視しながらタバコを吹かした。

 

 

「素子の身元引受人として警察に行ってたんだよ。ったく、あまり面倒をかけさせるな。

これでも客商売をしているんだからな。店を空けておくわけにもいかないんだ」

 

「それは俺に言われても困りますね。張本人は青山なんですから」

 

「お前が身元保証人になればいいだろうが。管理人なんだからな。

実際、素子以外の保証人は婆さんからお前になっているみたいじゃないか」

 

「ああ、とりあえず不在の人間が保証人のままなのは都合が悪いと思ったんでね」

「なら、素子も一緒に引き受けろ」

「断る。そんな辻斬り魔の身元保証人になったら、しょっちゅう警察に行くようになるからな」

 

「それは貴様のせいだろうが!!」

 

「おいおい、責任転嫁するなよ。どんな理由があろうとも、暴力を振るったのはお前なんだからな。

それに実際の話、遅かれ早かれ、いつかは捕まっていたさ」

 

「そ、そんなことはない! 今までだって―――――」

 

「今まで? 今まではあのババァのおかげで警察からは見過ごしてもらってたんだよ。

その本人ババァがいなくなったんだ。今度は見過ごしてはもらえないぜ?」

 

「そんなバカな話があるか!!」

 

 

景太郎の言葉が信じられないのか、動揺しつつも言い返す素子。

そんな素子に、景太郎は『やれやれ…』といった感じで溜息を吐いていた。

 

 

「だったらまた警察行って聞いてみな。『青山 素子は、一体どれくらいの危険人物なのか?』ってな。

たぶん、未成年女子のブラックリストのトップだぜ。

なにせ、ナンパ男がお前に声をかけたくらいで病院送りにされてるんだからな」

 

「………」

 

 

景太郎の言葉に返事ができない素子…今まで気にしなかったことを、真正面突き付けられたからだ。

この街に住んで早数年…その間に病院送りにした人数は五十は下らないだろう。

一応気をつけてはいたが、街中で叩きのめすこともあった以上、目撃者は少なからずいるはずだ。

 

 

「止めるつもりはないが、今度からは見つからないようにするんだな。

犯罪ってのは、見つからなければ問題はないんだからな」

 

「お前からそんな言葉を聞くとは思わなかったな……」

 

 

なんて言えばいいのか、微妙な顔をする素子。

景太郎も、普段叩きのめす相手が相手だけに、特に何も言うつもりが無いのだろう。

いわば、警告といったところか……

 

なにせ、自分の義妹いもうとも似たようなものなのだ。

自分が強く言える立場ではないことは、本人自身が良く理解している。

 

 

二人の話が終わった頃合いを見計らったのか、今度ははるかが景太郎に向かって口を開いた。

 

 

「景太郎。一つ訊きたいんだが……」

「何だ?」

 

「素子の話を聞いたところ、絶妙なタイミングで警官が現れたそうじゃないか。

それに疑問を感じた私は、その警官に話を聞いたところ、匿名の通報があったと言っていた」

 

「へぇ…それで?」

 

 

景太郎の見せるニヤッとした笑みに、自分の考えが当たっていることを確信するはるか。

それでも、確認のために一応続きの言葉を口にした。

 

 

「………景太郎、お前が呼んだんだな? この前みたいに……」

 

「ああ、当たりだ。今朝方、警察の知り合いから青山がブラックリストに載ってることを聞いてね。

それで、忠告してやろうと思ってた時に、遠目に青山とその愛人「誰が愛人だ!!」が見えたんでね。

どうせ口で言っても聞きゃしないんだから、身をもって体験させてやろうと思ったんだよ。

まぁ、この前のに引き続き、特殊召喚術第二弾ってところだな」

 

 

その言葉の意味を理解し、暫し呆然とする素子……

 

 

「それは、つまり……先の一件は、全て神凪の策略によって起こったことだと?」

 

「まぁ、厳密には違うんだろうが、大筋ではそうだな。

景太郎は素子が自分に絡んでくることを予想し、警察を匿名で呼んでいた。

要するに素子。お前は景太郎にからかわれていたんだよ」

 

「簡単に言えばそうだな」

 

「神凪…私は、お前の思い通りに動いていたのか?」

 

 

呆然とした表情で景太郎に尋ねる素子……

その問いに、景太郎はいともあっさりと頷いて肯定した。

 

 

「ああ、見事なまでにな。その代わりといったらなんだが、ちゃんと技はくらってやったからな」

 

「―――――ふざけるな! やはり何もかも貴様のせいではないか!!」

 

 

一瞬の沈黙後、素子の叫びと共に爆発した氣の波動がはるかの水の紐の拘束を破る!

力を篭めて作ったわけではないが、はるかの水の紐はそう簡単に消せるものではない。

怒りにまかせた氣の暴発とはいえ、その底力は大したものだ。

 

素子はそのまま跳びかかると思いきや、階段を一気に駆け上がって姿を消した。

そして数秒後、白木拵えの一本の刀を手に、リビングに舞い戻る。

 

 

「表へ出ろ! この〈止水〉の錆にしてくれる!!」

 

 

躊躇無く刀を抜くと、その切っ先を景太郎に突き付けながら言う素子。

その刀を突き付けられた景太郎といえば、動じた様子も見せずにその刀を見ていた。

 

 

「止水…ね。見るのは久方ぶりだな。相変わらず綺麗な波紋をしている」

「なっ!? 貴様、止水を知っているのか!」

「俺を誰だと思ってるんだ? 不本意だが元・浦島だぞ」

 

 

その言葉に納得する素子。

神鳴流は浦島の守護役…十年前、浦島に在籍していた景太郎なら、止水を知っていても不思議ではない。

なにせ、当時は若手最強と謳われた姉『青山鶴子』の愛刀だったのだから。

その姉と、浦島の元嫡子が知り合いであってもなんらおかしくないからだ。

 

 

「それで? 姉のおさがりで俺とり合おうってのか?」

「そうだ! だが、バカにするな。これは姉上から直々に授かったのだ!」

 

「へ~、授かった…ね。なら結構だ。青山、相手になってやるから表に出ろ」

 

 

景太郎はそう言って立ち上がると、玄関から外に出た。

なにげに立場が逆転していることに釈然としなかった素子だが、すぐさま景太郎の後を追って表に出る。

 

いきなりの展開に呆然としていたなる達だが、気を持ち直すと、素子が心配になって、すぐさま二人の後を追った。

 

 

表へ出る…それはそのままの意味で、ひなた荘玄関から階段までの広場で二人は対峙する。

奇しくも、つい数日前の対戦の再現を見ているかのような構図だった。

 

 

「青山。最後に確認するが、〈止水〉は青山鶴子から授かったんだな」

「くどい! そうだと言っておろうが!」

 

「なら、お前が〈止水〉を持つということは、〈神鳴流の剣鬼〉が認めたということになる。

よって…この前みたいな半端なことはせん。最初はなから殺すつもりでやる…覚悟を決めたらかかってこい」

 

 

大量の炎の精霊を召喚し呼びながら、素子に宣言する景太郎。

素子も止水を一気に抜刀すると、一番慣れている構え…正眼の型に構えた。

 

 

「姉上のあざなである〈神鳴流の剣姫〉を汚さないよう…こちらも全力をもって相手をする!!」

 

 

〈剣鬼〉と〈剣姫〉…景太郎の言葉と自分の言葉の違いに気がつかないまま、素子は闘気を高める。

どちらも鶴子のあざなであるが、その内容と意味は凄まじく違っている。

 

いわば、〈昔〉と〈今〉…どちらも知る素子がそれに気がつけば、これからの戦闘はもっと有利に運べただろう。

だが、それに気がついたのは景太郎のみ…その景太郎もあえて訂正せず、自らの周囲の炎を発生させた。

 

もう既に、戦うと決めた瞬間から『戦闘』は始まっているのだから!!

 

 

「せめてもの情けだ。先手は譲ってやる」

「くっ!!」

 

 

悔しそうに舌打ちする素子。先程までなら、『愚弄しおって!!』などと言って激昂するところなのだが、

戦闘開始と同時に景太郎から放たれ始めた威圧感プレッシャーに完全に気圧されていた。

 

最初、素子は不埒者である景太郎を叩きのめす程度にしか考えていなかったのだが、

半強制的に冷静になった頭が冷えた事により、いかに自分が恐ろしい奴に闘いを挑んだのか、今更ながら理解したのだ。

 

 

(体が居竦んで動かない…もし、神凪が先手を譲らなかったら、このまま負けていた。

なんて無様な…姉上の名を汚さないと言ったばかりなのに!!)

 

 

「どうした、闘気が萎えているぞ。何もしないまま負けを認めたのか?

だったらそのまま立ち竦んでいろ…苦痛もなく一瞬で消してやる」

 

 

景太郎の持ち上げた右の掌の上に炎の精霊が集まり、直系十センチ程度の白銀ぎんの火球が作られる。

その火球から放たれる力の波動は凄まじく、掠れば人など一瞬で灰になる事をはるかと素子は感じていた。

それでもなお、素子の体が動かず、一歩踏み出すことも、剣を振り上げることもできない。

 

それを見た景太郎は、あからさまに溜め息を吐いた…

 

 

 

「この程度の力の余波で居竦むとはな…正直ガッカリした。

〈剣の鬼〉が認めたようだから、考えてたよりも強いのかと思ったら…認めていたのは〈剣の姫〉だったようだな」

 

 

景太郎の言葉に、素子は自分と相手景太郎の認識の違いを初めて理解し、

それと同時に、京都にいるであろう『姉』の事を思いだした。

 

もし、姉が自分の立場だったなら? 姉ならば、この威圧感プレッシャーをどうやってはね除けていたのか? と……

 

 


 

 

「退けない一線?」

「ああ。戦いに身を置く者として、退いてはならない最後の一線…」

 

 

それはかつて、京都の山奥にある滝で姉に修行をつけられていた際、

その休憩の合間に、鶴子が素子に語った言葉だった。

 

 

「素子が闘いの道を…神鳴流として歩むのなら、いつか必ず出会うだろう。今の己よりもはるかに強い存在と…

勝機のない闘いを挑むのは愚の骨頂だとしても、退くに退けないこともある」

 

 

その時の姉の顔は思い出せない…思い出の中では、逆光のように表情が隠されていた。

しかし、〈剣鬼〉と呼ばれていた当時には珍しい、厳しくも優しい顔だったように、素子は思えた…

 

 

「退くに退けない…それは、逃げられない事じゃない、何かを護ろうとする時だ。

自分のかけがえのない大切な人、物、絆とかかな…それが賭けられたときは絶対に逃げられない。

”逃げる”ということは、賭けられていたそれら全てを捨て去ること。

それをおこなえば、心は容易く”折れる”―――――戦士としてではなく、人として…な」

 

 

幼き素子は、姉の言葉を一言も聞き逃さないようにじっと聞き入る。

本当はうまく理解できなかったのだが、幼い心ながらも、聞き逃してはならないことを感じていたのだ。

 

それを知ってか、回想の中の鶴子はほんの少し、他人にはわからない程度に微笑し、言葉を続けた。

 

 

「折れた心は二度と元には戻らない。極々希に、戻せる者もいることにはいる…が、

死ぬまでその心に『後悔』という”業”が刻まれる。

薄まりはしても、埋まることのない深い”業”が…そうならないために、誰よりも強くなれ、素子。

だがもし、出会ってしまった時、戦いに赴くためのまじないを教えてやる。

私が、死線を抜けた末に見出した”まじない”をな……………………それは」

 

 

 


 

 

 

「……己の心を〈刃〉とし、猛る魂を〈獣〉と成せ。されば我が身は〈修羅〉となり、恐怖を砕く〈牙〉となる!!」

 

 

まじないを祝詞のように唱えながら、止水を垂直に立て、眼前で構える素子!

 

そのまじないに力があるわけでも、あるいは『言霊ことだま』というわけでもない。

だがそれだけで、素子の心と体は、景太郎の威圧感プレッシャーの束縛から解き放たれた。

 

(姉上…勝ち目が低くても戦います。私が、私であるために!!)

 

 

高まる闘気と、強い意志の輝きを瞳の中に見た景太郎は微笑した。

その笑みは、今まで見せた意地の悪い、あるいは蔑んだ笑みではない、称賛を含んだ笑みだった。

 

 

「今まで見た中で一番良い目をしている。どうやら、やっとる気になったようだな」

「待たせて悪かったな」

 

 

静かな表情で軽く息を調える素子。

それに比例して、素子の体内では凄まじい速さで”氣”が活性化し始める。

 

 

「神鳴流・次期継承者〈青山 素子〉……いざ、参る!!」

 

 

高らかに名乗りを上げた直後、”地刷り八双”の構えをとると同時に景太郎に向かって疾走する!!

 

 

「先手…遠慮無く貰い受ける! 秘剣 〈斬光閃〉!!

 

 

景太郎から数メートル手前で止水を振り抜き、纏わせた氣を刃にして放つ素子。

放たれた氣の刃は、閃光の如く空間を翔て景太郎に襲いかかる。

 

―――――だが!

 

 

「気概は認める…が、まだ甘い」

 

 

景太郎は氣の刃が放たれると同時に、右手に集まった火の精霊を解き放つ。

解き放たれた精霊は、三つの炎の帯となり、螺旋を描いて景太郎の周囲を旋回する。

 

素子の放った氣の刃はその炎の帯に遮られ、無情にも消滅する。

 

しかし、防がれることは予想の範囲内なのか、素子は一片の動揺もみせず、

止水に迸る程の雷を纏わせ、景太郎に向かって一足飛びに斬りかかる!!

 

 

「奥義 〈雷鳴剣・弐の太刀〉!!」

 

 

炎の帯ごと景太郎を消し飛ばすつもりで斬りかかる素子。

雷を纏う刃と炎の帯が衝突し、激しい爆発を巻き起こす!

 

その爆風に後方に飛ばされた素子は、空中で体勢を立て直して着地する。

爆発した地点…景太郎が立っていた場所は、土煙が立っているため視認はできない。

 

一瞬、やったか!? と思った素子だが、まったく衰えることのない景太郎の気配に気がついた。

 

 

「”雷鳴剣”の”弐の太刀”か。今の青山程度の実力でできる技じゃないが…さすがは『青山』というところか」

 

 

螺旋を描く炎によって生じた風により、土煙は散らされ、中から怪我一つ無い景太郎が現れる。

よく見ると、怪我一つどころか、その場から一歩も動いてすらいない。

景太郎の炎が、素子の『雷鳴剣・弐の太刀』の威力を完璧に上回っていたのだ。

 

 

(しかし、将霊器である”止水”の属性を無視して雷鳴剣とはな……馬鹿か?

だが、それでも雷鳴剣の『二の太刀』を発動させるとは…二重の意味で非常識だ)

 

 

武器の特性を理解せず闘うことと、それすらも超えて技を行使する素子に呆れる景太郎。

 

一方、素子は―――――

 

 

「くそっ、斬空閃!!」

 

 

今、自分の扱える最高の奥義を容易く防がれた事に、内心の動揺を無理矢理に抑えると、

間合いを空けるために後方に跳びながら、牽制に氣の弾丸を放つ。

 

しかし、その氣の弾丸も炎に衝突するとあっさりとかき消えた。

牽制用なので大して力は篭もってないが、素子は少なからずのショックを受ける。

 

 

(クッ! こうやって”雷鳴剣・二の太刀先程の技”も防がれたのか)

 

「もう終わりか? なら、今度はこちらからいくぞ」

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

 

周囲の炎を本格的に操り始める景太郎。

その景太郎から少しも視線を外さないまま、素子は上がった息を整えていた。

 

 

 

 

 

その2へ……)

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