「凄い…聞いてはいたけど、想像以上です……」
「モトコー、けーたろー、どっちもかっこええでー」
「素子ちゃん相手に、あそこまで圧倒的なんて……」
「強いとは思っとったけど、あの素子がまったく相手になっとらへんとわ…」
しのぶ、スゥ、なる、キツネは、眼前で繰り広げられた攻防に驚きを隠せない。
先日の闘いでは、この四人が見たのははるかと素子の二人と対峙していた場面のみ…
景太郎の闘いぶりをはっきりと見るのは、今日この時が初めてなのだ。
「でも、景太郎って『殺す気でいく』なんて言っておきながら、大したことないわね」
なるはそう言うと、景太郎と素子の攻防をじっくりと観察する。
今現在、景太郎はその場からまったく動かないまま炎の塊を放っている。
素子は、その攻撃を体術を駆使し、大地を疾駆したり跳んだりして完璧に避けていた。
景太郎は強いだのなんだのと聞いていたので、
アニメや漫画ででているような派手なものを想像していたのだが、今の状況を極端に言えば、
『景太郎が投げているボールを素子がひらりひらりと避けている』ようにも見えなくもない。
もし二人が楽しそうだったら、あんたら遊んでんの!? と、なるは思わずつっこんでいただろう。
「でも、素子さんは必死で避けているみたいですけど……」
なるはしのぶの言葉を聞いて、素子の表情と一挙一動を観察する。
確かに、素子は景太郎の放つ炎を必死な顔で避けている。
それも、地面に当たって細かく千切れた炎までも細心の注意をはらって用心深く回避している。
「ほんとだ。種火みたいなものまできちんと避けてる」
なるは、服が燃えないように気をつけているのか? と考えただが、
今の素子にそれを気にするほどの余裕があるようには見えない。
どうしてだろう? と呟いたなるに答えたのは、観戦者の中で一番二人に近い存在の、はるかであった。
「あの千切れた炎…些細な飛沫でも、その密度は洒落にならんぞ。
掠っただけでも人間なんぞ一瞬で消し炭になるほどの威力がある。一般の常識で考えるな」
「そ、そんな……」
「け、消し炭って……嘘でしょう? はるかさん」
「事実だ」
はっきりと告げられた事実に、なるとしのぶは絶句する…
『殺す』という言葉が急に身近に感じた二人は、その言葉のあまりの重さに身体を震わせた。
そんな二人の重い雰囲気に耐えられなかったのか、キツネは話題を変えようと口を開く。
「ま、まぁ大丈夫やろ? 景太郎も何だかんだ言って本当に殺すつもりはないと思うし。
そんなことよりも、なんであの炎は周りを燃やさへんのやろな?
はるかさんの言うた程の温度なら、周りはもっと酷いことになるやろうし…
うちらはこないな近くにおるのに、まったく熱さを感じんっちゅうのもおかしいで?」
表の世界にいる者なら誰だって疑問に思うことを素直に口にするキツネに、
系統こそ違うものの、同じ精霊魔術師であるはるかがそれに応じた。
「さっきも言っただろう? 一般の常識で考えるなって。
これは火に限った事じゃないが、一流が扱う精霊魔術は効果をおよぼす対象を限定できるんだよ。
だから、景太郎の炎は周りに燃え移らないし、私達に熱を伝えることすらしないんだ」
「へぇ…精霊魔術って、本当に常識超えちゃってますね」
はるかの説明に興味を持つなる。
元々、勉学に勤しむ学生なので、解らないことには好奇心が疼くようだ。
しのぶも同様…というか、こちらは景太郎を少しでも理解しようとしているのかも知れない。
「そもそも、魔術という存在そのものが一般常識を越えているんだがな…
話は戻すが、対象限定ができるのは、日本でもそうそうはいない。
しかし、景太郎はあの若さで精霊を完全に制御している……やはり、血の成せる業なのかもな」
はるかは、景太郎の祖母…浦島の生きた伝説である『浦島ひなた』の実力を思い出しつつ呟く。
やはり、宗家の者は宗家…属性は違えど、その才能は桁違いなのだな…と、考えつつ。
もっとも、景太郎に聞かれでもすれば、即座に燃やされそうだが……
「はるかさん、話がずれとるで」
「ん、そうか…まぁ、精霊魔術の真髄というのは、〈己が意思を精霊を媒介にしてこの世に具現化する〉ことだ。
その意思と精霊との繋がりが強ければ、それは時として物理法則すら超える」
「ぶ、物理法則ですか?」
人が超えることのできない絶対的な壁の一つ、物理法則を超えると聞いて呆気にとられるなる。
そして、効果の対象限定という時点で、確かに超えているわ…と、納得した。
「私みたいな水術師なら水、景太郎のような炎術師なら炎で、意思をこの世に具現化する。
炎なら、先程の対象限定以外に酸素を使わず燃焼したり、沸騰させることなく水中で炎を形成したり…だな。
水でも同じ、対象限定の他にも、逆に劫火の中で水を発生させたり、なにも濡らすことなくモノを包んだりできる」
「完璧に物理法則を超えていますね…そこまでいくとデタラメですよ」
「まぁ、景太郎の世代でそこまでできる術者はあまり居ないだろうがな……」
驚きを超えて呆れ気味ななるに、はるかはタバコをくわえたまま皮肉げな笑みを浮かべるだけだった。
「それじゃ、景太郎が使こうとる炎が白銀色なんも、その所為なんか?」
「いや、あれは……それより、そろそろやばいみたいだぞ」
「えっ!?」
はるかのあからさまな誘導に乗るなる達。ことがことだけに、そちらも相当危険なことを思いだしたのだ。
皆の心配を一身に受けている素子といえば、かなり息を切らせた状態で立っているところだった。
そんな素子の疲労度を見てとったはるかは、少々険しい顔をする。
「素子の奴、景太郎が手加減してくれている間に決着つけないと、本気でやばいぞ」
「なに? 景太郎の奴、素子を殺す気でやっておきながらまだ本気やなかったんか!?」
「本気というのは、『殺す気』の事を言ったんじゃない、『実力を出す』ということだ。
もし、景太郎が最初から”本気”で殺す気の上に、”全力”で戦うつもりだったら、
今の素子程度の実力では、間違いなく始まった直後に抵抗する間もなく消滅している」
たとえそれが私であったとしても、素子とは五十歩百歩かもしれん。
はるかは、あの素子を苦もなく相手にしている景太郎を見ながら、心の中で呟いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
(本当に強い…私の出す技など、あの炎の前には微風と同等ということか。
避けるどころか、闘いが始まってからずっと、神凪はあの場から”一歩”も動いてすらいない…必要すらないのか)
攻守が逆転してから以降、素子は必死に避けつつも斬空閃などの技を幾度か繰り出したのだが、
そのどれも、景太郎の周りを飛び回る複数の白銀の炎の塊によって完璧に防がれていた。
無論、景太郎は本気を出してはいない。最初は解らなかったが、今の素子はそれを肌身で感じていた。
「準備運動はもう終わりだ」
その言葉と共に、景太郎を護るように飛び回っていた複数の炎の塊が右の手の平上で一点に集束する!
それは、この闘いで見せた炎の中で、輝きも力の波動も一番強い!
「ほんの少し力を込めた…青山、死にたくなかったら、全力を振り絞れよ」
(これで”ほんの少し”だと!? こいつの実力には底がないのか!?!)
まったく底を見せない景太郎に、素子は無意識の内に止水を強く握りしめる。
その底は、今の未熟な素子だから見えないのか、それとも見せないようにしているのかは解らなかったが、
そのどちらにせよ、『勝機がまったく見えない』という点では、素子にとっては同じだった。
(勝機がまったく見えない…これが、名だたる炎術師の大家”神凪”の実力なのか。
退魔の世界で、我が神鳴流よりも最強と名高い…あの……)
今更ながら、噂程度でしか知らなかった”神凪”の実力を思い知る素子。
今の自分程度では、歯牙にもかけられる程ではない…それを、思う存分知ったのだ。
しかし、景太郎から見る素子の評価は多少なりとも変わっていた。
戦う前までは、神凪分家の術者の二歩手前程度の実力だと思っていたのだが、
実際に戦って見ると、その実力はもう少し上で、分家の並程度ならば闘い方次第だと判断した。
(まぁ、生まれもった才能と環境の上に胡座をかいているようじゃ、まだまだだがな……)
見透かすような景太郎の眼差しに素子は身体を震わせると、止水を納刀し、抜刀術の構えをとる。
その表情から、その震えは恐怖などではなく何らかの決意の現れだと解る。
(現時点で使える最強の奥義は無力。かといって、下手な小細工は無意味…
ならば…かつて一度だけ、姉上に見せてもらった、最強の破壊力を秘めた技を使うしかない!)
軽く目を瞑り、体内の氣を練り上げ、できうる限り…いや、限界以上に活性化させる素子。
身体より放たれる氣の波動が、軽い衝撃波の如く辺りに放たれる!
(できる、できないのではない…やらなければならない。
余計なことを考えず、ただあの技を繰り出すことのみに集中する!
私は今までの人生の大半を辛い修行に打ち込んできた。それは確実に私の糧となり、力となった…
今更、相手が圧倒的でもかまうものか! 無理が通れば道理が引っ込む!!)
半ば自棄のように感じられるが、当の本人はこれ以上ないほど真剣であり、必死だった。
その気迫に応じるかのように、素子の身体から信じられないほどの雷の氣『雷氣』が放出される。
そしてその雷氣は、納刀されたままの止水に集束し、爆発的にその威力を上げた!
(これは…おそらくあの技か。しかし、青山のヤツ……
止水の霊気の所為で技の威力、集束が落ちているのに気がついてないな)
景太郎は一目で素子の技を看破すると、火球を霧散させ、代わりに氣を集束させた右手を前に突き出した。
霊視力のある者なら気がついただろうが、景太郎が集束させた氣は金色の輝きを放っている。
「これが、今の私の、全身全霊を篭めた一撃だ!!」
景太郎の行為など気がつく余裕もなく…又は、気がついたとしても躊躇もしないだろうが…
素子は、十メートル以上あった景太郎との間合いを一足でつめながら、止水を一気に抜刀した!!
「神鳴流 決戦奥義! 〈真・雷光剣〉!!」
抜刀された刀身より放たれる凄まじい雷氣が景太郎を包み込み、
さらに繭のように膨張し、その限定された空間を破壊、蹂躙する!!
その余波だけでも凄まじく、砕かれた土砂が弾き飛ばされ、周囲に弾丸の如く撒き散らされる!!
幸い、なる達ははるかの張った水の防御結界で事なきを得たが、そのあまりの凄さに一同は絶句していた…
「まさか…あいつ、死んじゃったんじゃないの!?」
「だ、大丈夫やろ?たぶん……」
最悪の事態になったのでは…そう思い、顔を青ざめさせる一同。
例外なのは、素子の勇姿を格好いいと思っているスゥと、
あれでくたばる程度のかわいげがある奴だったら、私の苦労はもっと少ないよ…と、考えているはるかだ。
「………やったのか?」
閃光は数瞬で収まったが、その際に発生した爆風と土煙などで視界は覆われ、景太郎の姿はなかなか見えない。
素子は刀を杖のようにしてなんとか立ち上がると、周囲をゆっくりと見回した。
「さすがにアレの前では一溜まりもなかったのか…済まない、私が未熟な所為で……」
「確かに未熟だな…」
土煙の中から聞こえてくる男の声。
その直後、一陣の風が土煙を取り払い、その声の主である景太郎の姿を皆の前にさらした。
景太郎の周囲の大地は大きく穿たれ、まるで小さなクレーターのような有り様だった。
だが、不自然なことに、景太郎の背後にはまったくその被害が及んでいなかった。
まるで、景太郎が壁となり、その破壊力を受け流したといわんばかりに……
その周囲の被害状況と、景太郎の掠り傷一つ無い姿を見た素子は脱力し、その場に仰向けに倒れた。
「……もう抗う気力も使い果たした。私の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「そんな気は毛頭ない。元を正せば、俺が挑発したのが原因だからな。
それより、あの技…未完成もいいところだ。あまつさえ、立てないほど氣を消費するなんてな…
生来の氣の容量に甘えて、練氣が半端だから、余計な力まで必要な上に威力が低いんだ。
本当のあの技は空間そのものを消滅させるんだからな…もっと氣の鍛練を積むことだ」
消滅ではなく破壊…それが、今の素子の技の威力だった。
自分よりもこと詳しい景太郎に、いつもならムッとするところだが、
完敗した今の素子は、自分でも不思議なほど景太郎の言葉を素直に受け入れていた。
「前向きに善処する……」
「ああ、そうしておけ」
(もっとも、そこそこの実力じゃないと”止水”であの技を扱うのは難しいだろうがな…)
空を見つめて返事をする素子に、景太郎はフッと笑った。
その微笑は、今まで素子には向けたことがない、皮肉といったものが一切混じっていなかった。
その様子に、闘いが終わったことを察したキツネ達は、倒れている素子に駆け寄った。
「モトコー」
「素子さん!」
「素子! しっかりしいや」
スゥ、しのぶ、キツネは素子を抱き起こしながら声をかける。
そんな心配する皆に、素子は逆に澄みきったような笑みを見せて、大丈夫だと返事をする。
その様な光景を見ていた景太郎に、はるかはタバコを噴かせながら近づいた。
「優しいことだな。私はてっきり素子を殺すと思っていたんだが…」
「べつに…神鳴流は浦島ほど嫌いじゃないからな…」
はるかは景太郎の言葉を聞きつつも、心の中の不信感を拭えなかった。
例え言っていることに嘘偽りはないとしても、景太郎は刃を向ける相手には容赦はしない性格だ。
最悪、殺しはしないまでも『死んではいない』という状況までやりかねないと用心していたのだが…
「信じられないといった顔だな」
「…ああ、正直に言えばな」
「なら、『昔、世話になった人の身内だからな』と、付け加えておくよ」
その景太郎の言葉に、はるかの頭の中に神鳴流総代と剣姫と恐れられる女性の姿が思い浮かんだ。
景太郎が浦島だった頃、公私に渡って何かと庇っていた、数少ない人達の内の二人を。
「なるほどな…それなら納得だ。しかし、素子がまだ未熟とはいえ、あの攻撃に対して無傷だと?
炎で防御したのだろうが、そろそろ化け物じみているのもいい加減にしてもらいたいな」
素子と同様、実力の底を見せない景太郎に内心冷や汗をかいているはるかは、皮肉混じりに言う。
その様子をさほど気にした様子は見せないまま、景太郎は何気なく答える。
「ああ、あれか?あれはただ単に〈相克〉しただけさ。大したことはない。ちょっとたコツはあるんだが……」
「〈相克〉だと? まさか神鳴流の……」
「ああ……ん?」
「どうしたんだ?」
いささか気の抜けた声を出す景太郎に、はるかが不思議な顔で問う。
景太郎は素子達の方を見たまま、首を捻る。
「いや、成瀬川がちょっとやばい感じみたいなんでな」
「なに!?」
はるかは慌てて素子達の方を見るが、確かにそこにはなるの姿はなかった。
そして、先程まで自分が居た方向に振り向こうとした瞬間!
景太郎ははるかの腕をつかみ、強い力で引っぱった!
「なにを!?」
いきなりの事に怒鳴ろうとするはるかだったが、それよりも若干早く、自分の耳元をなにかが高速で通り過ぎた。
その風切り音にヒヤッとしながら、その通り過ぎた”なにか”から素早く距離をとる。
はるかは先程の風圧と殺気から、もし景太郎が自分を引っぱらなければ、
死なないまでも痛烈なダメージと共に弾き飛ばされていたことを感じていた。
(クソッ!!)
危険に気がつかなかった自分に怒りを感じながら、
攻撃してきた”なにか”に反撃しようと、水の精霊をかき集めるはるか。
だが、その”なにか”を確認すると、驚きのあまりに、その召喚が止まってしまった。
「なる!?」
「シャァァーーッ!!」
はるかの言葉に奇異な声で返事をするなる。
その瞳は濁っており、とてもじゃないが正気のある者の目とは思えない!
「妖魔に取り憑かれたのか…」
「私としたことが!!」
すぐ傍にいながらも、なるが妖魔に取り憑かれたことに気づかなかったことを恥じるはるか。
先程の戦いで、景太郎の実力を見極めようと集中していたのだが、それは言い訳にもならない。
世界の均衡を望む精霊に力を借りる者『精霊術師』が…例え感知能力が低くとも、
すぐ隣まで接近した”歪みの元”である妖魔に気がつかないなど、恥以外の何ものでもない。
悔しがるはるかを見たなる―――――に取り憑いた妖魔―――――は、異質な声で笑い始める。
「クックックッ…シトメソコナッタカ。マァイイ、ツギハ…ハズサン!!」
人を超えた身体能力で景太郎とはるかに襲いかかるなる!
その動きは速く、プロの格闘家であっても、油断していたら一撃で挽肉になりかねない!
(まさか、ここまで浸食が早いとはな……青山なんぞほっといてさっさと滅ぼすべきだったな。
しかし、これも成瀬川の血か…妖魔自体は力が低いが、力は倍以上に跳ね上がってやがる)
なるの異常な力を見ながら予測する景太郎。
その目には、忌々しいものを見るような光があった。
「くそっ、下級妖魔の分際で図に乗るな!」
はるかは右手に霞のような白い霧を作り出し、なるに向かって放つ!
はるかとて、分家とはいえ浦島の血を引く術者であり、先代宗主・ひなたの直弟子。
先程の景太郎の如く、対象を限定することはできる。
その白い霞は、なるの身体には一切の傷をつけず、中にいる妖魔を消滅する―――――
―――――はずだったが、突如、虚空に発生した白銀の炎にあっさりと霧散させられた。
「なにをする景太郎。邪魔をするな」
「力の込めすぎだ。あのままやったら成瀬川の精神にショックが大きい。
ただでさえ、あの力は妖魔に対して威力が高すぎるんだからな」
「………」
そう言われて言葉を詰まらせるはるか…
確かに、あのまま攻撃が通っていれば、なるに取り憑いた妖魔は消滅していたが、
一日か二日ほど、精神的に衰弱するか、寝込むかのどっちかだろう。
黙ったはるかを一瞥すると、景太郎はなるの攻撃を軽く跳躍して避け、素子達のすぐ傍に降り立った。
「青山、”斬魔”の”弐の太刀”は使えるな。それで成瀬川を…」
「いや…私はまだ”斬魔剣・弐の太刀”を身に付けてはいない」
「なに!? できないって…お前、『将位』じゃなかったのか?」
「わ、私は…免許皆伝だ…表向きのな」
「つまり、『無位』かよ…やっぱり、ソレはお下がりか」
態とらしいまでに溜息を吐きながら、ソレ…”止水”を見る景太郎。
「まったく、”将霊器”クラスの霊刀を持っているからと期待したが…まぁいい。
俺のは我流だからあまり見本にはならないが…とりあえず、後学のためにでも見ておけ」
そう言うや否や、跳びかかってきたなるの額を右手で鷲掴みする景太郎。
さして力を込めていないように見えるが、なるは…正確にはなるに取り憑いた妖魔が苦悶の声を上げる!
「グギャァァァッ!!」
「やかましい!さっさと成瀬川の身体から出てこい!」
なるを鷲掴みにしたまま、右手を持ち上げる景太郎!
なるも一緒に持ち上がると思いきや、なるの身体からは小汚い何かが引きずり出され、
なるは糸が切れた操り人形の如く、崩れ落ちるようにその場に倒れた。
「なっ!?!」
今目の前に起きた信じられない光景に目を見はる一同!
その中でも、氣を扱う流派では”最強”の名を冠している神鳴流の門下生である素子の衝撃はかなり大きい。
氣による退魔の術式は元より、神鳴流の『”魔”のみを斬る術』はかなり高位なのに、
景太郎はさらにその上…妖魔をいとも無造作に引きずり出したのだ。
そんな素子の驚きを余所に、景太郎は掴んでいた妖魔を地面に叩きつけると、
ドカンッ!! と、その妖魔を容赦なく踏みつけた。
その時点で、皆はその妖魔がどんな姿かをはっきり見ることができた。それは……
「餓鬼…か?」
「みたいだな」
素子の言うとおり、それは百鬼夜行や地獄絵図などで見ることがある、『餓鬼』と呼ばれるモノに酷似している。
それそのモノなのか、それとも形状が似ているだけなのかは知らなかったが、
景太郎はさして興味は無さそうに、足元で足掻いている”餓鬼”を冷たい眼差しで見ていた。
「霊穴に惹かれて現れたんだろうが…憑く相手を間違ったな。
赤の他人に取り憑いたんだったら、もっと楽な死に方だったのにな」
景太郎はさらに強く踏みつけながら、手の平に小さな炎が作り出す。
いや、炎というほど凄いものではなく、ロウソクの灯り程度の種火だ。
景太郎が手の平を傾けると、その種火は滴のように滑り落ち…餓鬼の額に触れた。
―――――直後!!
「―――――ッ!!」
餓鬼は断末魔の悲鳴をあげる猶予もなく、瞬時に消滅した!
その種火には、さして力が篭もっていなかったにもかかわらずに……
「なぁ、けーたろー…なるやん、いったいどないしたんや?」
さすがのスゥも、今目の前で起こった現象に戸惑いを隠せないのか、心配そうになるを見ている。
そんなスゥに、景太郎は軽く笑みを見せながら頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「成瀬川は悪霊…というか、妖魔に取り憑かれてたんだ。もういないから心配はいらないよ」
「そうかー、ならよかった!」
「しかし景太郎…なぜいちいち妖魔を引きずり出した。
お前なら、なるに負担をかけずに妖魔のみを焼けたはずだ」
回りくどい手を使った景太郎を疑問に思うはるか。
「そこの未熟者にお手本をな…それに、こっちの方が精神に負担がかからない」
なるの体調を第一に考えて行動する景太郎に、はるかは一応の納得を見せた。
それと同時に、景太郎の行動に隠されている意味を理解した。
それは、ああいった現象を間近に見せて、キツネ達に馴れてもらうためだ。
この地が強力な霊穴である以上、これから先、同じ事が頻繁に起こりうる可能性がある。
その時に、キツネ達がパニックを起こせば、護る者としては厄介以外のなにものでもないからだ。
「しかし、先輩ってすごいんですね! 炎を使っていたのに、何も燃えてないですし。
それにあんな小さな火で悪霊を倒すんですから。炎術師って、みんなあんな事ができるんですか?」
心底関心…というか、景太郎自身に感心しているしのぶに、はるかはフッと笑った。
「さっきも言っただろう? 対象限定ができるのは極一部だって。
それに、あんな力のない種火程度で妖魔を消せるのはもっと居ない。
できるのは、”神凪”宗家の黄金の炎か、景太郎の白銀の炎ぐらいだ」
「えっ?それはどう言う意味なんですか?」
「一切の邪悪な〈魔〉を完膚無きまで〈破〉壊する降魔の秘力……
神凪一族の破邪の秘力『浄化』とは異なる、浦島一族以外は持ち得ない白銀の輝き…
炎と水の違いはあれ、その眩いほどの白銀の輝きこそ、浦島宗家の嫡子たる絶対無二の証」
下の街に唯一通じる石段の方から、しのぶの疑問に答える涼しげな声。
その声を聞いた瞬間、景太郎とはるかは瞬時に石段の方向に振り返ると、
そこには、一歩一歩、石段を上がっている少女の姿があった。
その人物は、はるかと景太郎…二人を驚かすに十分な人物だった。
「お前は………」
「…………可奈子」
二人の絞り出すような声に、可奈子は静かな眼差しをはるかに…微かな笑みを景太郎だけに向けた。
「お久しぶりです。はるかおばさん。そして………お兄ちゃん」
今ここで、十と余年になる兄妹が再開した……
―――――第六灯に続く―――――