ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第七灯 「炎の御子、来訪する……」
ひなた荘に可奈子が来訪した日から数日経ったある日の事……
その日、ひなた荘にまた新たな来訪者が現れた。
「やっと到着した……」
来訪者は感慨深げに呟きながら、ひなた荘へと続く石段を見上げる。
その来訪者は、可愛らしい顔立ちのやや華奢な感じがする中学生くらいの子供だった。
その身を仕立ての良いカジュアルな服装で包んでいることから、良家の子供なのだろう。
身に纏う雰囲気も、同い年の子供に似合わず礼儀正しそうな感じがする。
「………ここに、景兄様がいるんだ」
その子供はもう一度確認するように呟くと、目の前の石段をさっさと踏破し、
ひなた荘の玄関前まで近づき、恐る恐る、扉を開けながら声をかけた。
「ごめんくださーい、誰かいらっしゃいませんかー?」
「は~い、ちょっとおまちくださ~い!」
子供の呼び出しに、同じく子供の声…しのぶが返事をし、すぐに姿を現せた。
そして、訪ねてきた子供を見ると、おずおずといった感じで尋ねる。
「あの~…なにかご用ですか?」
「はい。ここに、”神凪 景太郎”という人が居ると聞いたんですけど……」
「か、神凪先輩ですか?」
景太郎を訪ねてきた子供に、どう答えればいいか悩むしのぶ。
この前の可奈子の一件がまだ記憶に新しく、景太郎を訪ねてくる者に対し、少々警戒気味になっていたのだ。
はたして、この子共を素直に景太郎に会わせても良いものかどうか……
そう悩んでいるしのぶの元に、おやつなのか、バナナを食べていたスゥが奥から現れた。
「なんやしのぶ、だれか来たんか?」
「あ、カオラ…この人が、神凪先輩を訪ねてきたんだけど……」
「なんや、そうやったんか」
どうする?と、視線でスゥに相談するしのぶ。
だが、それを額面通りに受け止めたスゥは、ニパッと笑い、くるっと階段の方に振り返った。
「お~い、けーたろー!お客さんが来とるで~~~~!!」
「カ、カオラ!!」
あわわわわ……という感じであたふたするしのぶ。
そんなしのぶを、スゥはあっけらかんとした笑顔で見ていた。
それから十数秒後―――――上の階から、景太郎と他の住民が姿を現せた。
皆もしのぶと同様、この前の一件により、景太郎絡みの用件に敏感になっているらしい。
景太郎以外、皆一様に警戒した顔で…素子にいたっては〈止水〉を持っていた。
しのぶは景太郎の姿を見ると、安心したような、それでいて不安そうな顔をした。
「あ、神凪先ぱ「景兄様!!」い?」
しのぶが声をかけた瞬間、その子供は景太郎に駆け寄り明るい笑顔を見せる。
その顔立ちと本当に嬉しそうな笑みの所為か、その笑顔はかなり可愛らしかった。
「煉君!?」
景太郎も最初は驚いたが、すぐに笑顔になり、その子の頭を優しく撫でた。
そうなると…つまらないのは、事情の説明もなくおいてけぼりにされたなる達だ。
といっても、反応は様々で、キツネは面白くなってきた! といわんばかりの笑みを見せ、
素子は憮然とした表情で止水を軽く握りしめている。
なるも同じく、つまらなそうな顔をしており、しのぶはどことなく羨ましそうな顔で子供を見ていた。
スゥもしのぶと同じ、ただし、平然と『ええなぁ、あれ…』と言っていた。
「ちょっと景太郎、その子は一体誰なの?」
おいてけぼりのまま放っておかれたことに腹が立ったのか、なるは苛立たしげに景太郎に問いかける。
それで気がついたのだろう、景太郎は煉と呼ばれた子の頭から手を放すと、皆に向き直った。
「まぁ、玄関で立ち話もなんだから、リビングで説明するよ」
という景太郎の言葉に、一同は揃ってリビングへと移動し、思い思いにソファーに座った。
テーブルには、しのぶが用意してくれた紅茶やコーヒーが、それぞれの好みで置かれている。
「さて、とりあえず……この子は『神凪 煉』君といって、俺の…なんだろうね? 義理のはとこ?」
事の張本人がいきなりかました間抜けな質問に、その場の全員が脱力する。
煉も、そんな景太郎の質問にははは…と、愛想笑いを返すことしかできない。
「と、とりあえず戸籍上ではそうなりますね。僕的には、義理のもう一人の兄といった感じなんですけど……」
「―――――だそうだ。つまり、義理の兄弟みたいなもんだ」
「へぇ…しかし、あんたこの前、妹は『綾乃』っていう子だけだって言ってたじゃない」
「………? ああ、それがどうした?」
「その子が義理の兄妹なら、その子も妹分ってやつなんでしょ? 認めてあげないと可哀想よ」
家庭に複雑な事情があるなるは、『妹』という部分に妙にこだわる。
そんななるの言葉に、景太郎と煉は少しの間見つめ合うと、
「ぷっ……あはははははは!!」
「……………」
景太郎は大爆笑し、煉はムッとした顔になった。
ただ、煉はその顔立ちから、ムッとした顔も可愛く感じてしまう。
それに面白くないのはなるだ。真剣に話しているのに笑われるなど、馬鹿にされているようにしか思えない。
「ちょっと景太郎! なにがそんなに面白いのよ! こっちは真面目に……」
「いや、悪い悪い…煉君が俺の妹だなんて言うからさ。あ~腹が痛い」
そんな事言われたのは初めてだ、と言いつつ、腹を抱える景太郎。
そんな景太郎の姿に、煉はさらにムッと…というか、拗ねた顔になった。
「妹って言われて笑うんやったら、その子は一体景太郎のなんなんや?」
「もしかしてけーたろーの〈かのじょ〉か?」
「「「「なっ!?!」」」」
その場にいる女性陣はスゥの爆弾発言に絶句し、
異様なものを見るような目で景太郎を凝視する。
「あ、あんた……」
「なんちゅうやっちゃ…まさかとおもっとったが、やっぱり景太郎は……」
「神凪、やはり貴様!」
「せ、先輩が……」
「「「「ロ○コンだったなんて」」」」
「おいこら!なに失礼な事言ってやがる!!」
スゥを除く女性達のあんまりな言葉に、半ば本気で怒鳴る景太郎。
その感情に惹かれたのか、具現化こそしていないものの炎の精霊が集まり始めていることに、
景太郎の同類である煉だけが気がつき、その数の多さにちょっと冷や汗をかいていた。
そんな事とはつゆ知らず…というか意図的に無視…景太郎は、キツネと素子の二人を指差した。
「とくにそこの二人! 『まさか』だの『やはり』だの! おまえら一体どういった目で俺を見てやがる!」
「いや~、だってしゃあ無いやろ? こんな良い女がいるのに、ち~とも反応せんし……
うちらが風呂に入っとる時でも覗きぐらいはするかと思ったけど、その様子もない。
やったら、残る可能性は女に興味がないか、うちやなるとかが対象外なんじゃないかと…」
景太郎の怒気混じりの視線の前に、言葉が尻窄みになってゆくキツネ……
そして景太郎は、完全に沈黙したキツネから素子へと視線を移した。
「青山、お前も同意見なのか」
「うむ…私は貴様がしのぶやスゥに異常に優しいことから、その可能性を考慮しただけだ」
景太郎の視線をうけながらも、凛とした表情で受け答える素子。
ただし、内心では景太郎に集まった力を感じ、冷や汗をダラダラかいていたが…
それでも表面上、無表情を装えるのは、称賛に値するかも知れない。
そんな素子に向ける景太郎の視線は、怒気から冷たいモノへと変わった。
「青山…お前、警察騒動の事を根にもってやがるな」
「さて、知らんな。貴様がやましい所為でそう聞こえるだけだろう」
「いい度胸だな、おい……」
今度は意識的に炎の精霊を召喚し始める景太郎に、
素子は”止水”の鯉口を切りながら、いつでも動けるようにソファから腰を浮かせた。
―――――その時、
「あの~…話を続けたいので、止めてくれませんか? 景兄様」
躊躇いを過分に含ませながらも制止する煉の言葉に、景太郎は術の起動をストップした。
それがわかったのか、素子も”止水”を納め、ソファに腰を下ろした。
「結構冷静だね、煉君」
「それはそうですよ。兄様と姉様に比べればこの位……」
可愛い顔を黄昏色に染める煉……
人生に疲れた…というのは少々行き過ぎだが、背中に哀愁が漂っている。
「止め役が一人居なくなったしわ寄せが、僕一人にきているんです」
「大変そうだね。あの二人のじゃれあいは”災害”レベルだから、仕方がないかも知れないけど…」
「おかげで、少々のことでは動じない胆力が身に付きました」
「身に付かざるをえない…というのが本当だろうけどね」
「兄様と姉様も、もうちょっと仲良くなってくれれば…」
「仕方がないよ。アレがあの二人のコミュニケーションだから」
「それってすごく傍迷惑なんですけどね…」
「まぁね。アレはアレで二人は仲良くやってる証拠みたいなもんだから。
少なくとも、後十年はああいったことは続くんじゃないかな? 二人の関係が少々変わってもね」
「後十年もですか? 僕、耐えられませんよ…」
「ま、それがあの二人の弟である君の役目だよ」
「そんな役目はイヤです」
「ちょっとあんた達、さっきから一体なにを訳のわからない話をしてるのよ」
身内にしか解らない話をしている二人に口をはさむなる。
他の者達も、口ははさんでいないものの、似たような表情をしていた。
「ああ、済まん済まん。ちょっとした苦労話に花が咲いてな。とりあえず、誤解があるようだから改めて紹介するぞ。
この子は〈神凪 煉〉君。さっき言ってくれたとおり、俺の弟分みたいなものだ。
つまり、さっきから勘違いしているが、煉君は”男”だ」
「どうも、煉といいます。以後、お見知りおきを……」
行儀良く皆に一礼する煉。名家の嫡子として躾けられている為、その姿は見事に様になっている。
そんな煉を、皆は一様に驚きに満ちた眼差しで凝視していた。
「―――――うそっ! 本当に男の子なの!?」
「本当です。普通は一目で気がつきませんか?」
思わず否定するなるを憮然とした表情で見ながらキッパリという煉。
中学に上がってからは間違われることが少なくなったため、
『自分は男らしくなった』と少々ついていた自信を傷つけられたのだ。
だがそれは、学生服を着ているため…ということに、煉は気がついてはいない。
実際は、そこそこ男らしくなっているのだが…やはり、可愛らしすぎる顔の印象が強いらしい。
煉は、父様に似ていたら間違えられないのに…と、偶に呟いていたが、
景太郎曰く、父親から受け継いだのは炎術の才だけだろう…だった。
この事を、煉をこよなく愛するとある二人が聞けば、似てなくて良かった!と、力説してくれるだろう。
閑話休題……
煉の紹介を皮切りに、キツネをはじめ、皆も煉に対して自己紹介を始める。
そして、皆の自己紹介が終わった後、素子が煉に向けて口を開いた。
「煉殿。〈神凪〉の姓、神凪との関係からすると……」
「ああ、青山の予想通り、れっきとした神凪宗家の一人だ。俺のような”まがいもの”とは違ってな。
そして、青山。お前の何倍も…っというか、比べるのが失礼なほど強いぞ」
「むっ………」
「そ、そんなことありませんよ」
景太郎の最後の言葉に、素子はムッと…煉は照れた様子で謙遜する。
いつもの素子なら、『馬鹿にするな!!』と怒鳴るところだが、
今回は不機嫌そうな顔をするだけで、何も言わなかった。
退魔などの裏の世界に通じる者達において、神凪を知らない者はいない。
神凪の術者は、念じるだけで人を消し炭にし、物質を灰にする。
その実力はずば抜けており、人の範疇に含むことすら疑わしい…と、まことしやかに言われている。
その中でも、神凪直系である宗家は別次元…人の域を遠く超えた彼方にあるとまで伝えられている。
”日本最強の炎術師”というのは、誇張でもなんでもなく、紛れもない事実なのだ。
裏に属する神鳴流を習っている素子も、それは知識程度に知っているし、
その姓を冠することを許された炎術師と、つい最近戦った(遊ばれたともいう)事もある。
それ故に、目の前の少年がひ弱そうに見えても、その身体に秘められた力が桁違いだということは理解できる。
ついでに、その凄まじい力の波動を、その身で十二分に感じていた。
その事実を前に、素子には何も言えなかった…言えるはずがなかった。
だが………
(反応が薄いな。喰ってかかると思ったんだが……つまらん)
最近、素子をからかうことを趣味にしている景太郎は、素子の反応をつまらなそうに見ていたが、
さすがに神凪の直系にまで手を出す程馬鹿じゃないか…と考え直し、煉に向き直った。
「そう言えば煉君。今日は一体何の用事があって来たんだい?」
「何の用事って…本気で言ってるんですか!?」
景太郎の質問に、煉は怒気も露わに険しい表情になる。
といっても悲しいかな、元が元だけに迫力は皆無だったが……
「景兄様、此処…”ひなた荘”って所に行ってから、全然連絡が無かったから心配してたんですよ。
でも、みんなそれぞれ外せない用事があるからって、僕が代わりに来たんです」
「そう言えばそうだったね…ごめん。此処に来てから、なにかとゴタゴタしていたからね。
でも、便りが無いのは元気な証拠って言うし。しかし、心配してくれるなんて嬉しいな……」
本当に嬉しそうに微笑む景太郎に、煉はジト目になりながら口を開いた。
「僕以外は特に心配はしていないんですけどね…父様と兄様はそろって『心配する必要はない』、
姉様は『今の景太郎を殺せる人間なんて、和麻かお父様くらいよ、心配するだけ無駄無駄』って言ってましたし。
あ、でも宗主は、浦島家が色々と動き回っていることを聞いて、なにかと心配していましたよ」
「和麻さん達らしいな。しかし、そうか……宗主は気にかけてくれていたのか」
「はい。そして最近、浦島の次期宗主が景兄様と接触したっていう情報が入ったので、
事の真偽、そして結果を直に聞くために、僕が遣わされたんです」
「そうなんだ」
煉の言葉に嬉しそうなに微笑む景太郎。
だが、その笑みはすぐに含み笑いになった。
「でも、それだけじゃないだろ? その程度のことだったら、電話で確認すれば良いんだし。
実際、分家からは退魔の斡旋の電話があったしね。
宗家…煉君が直接来たって事は、他に何らかの用事があるんだろ?」
「はい、景兄様の仰るとおりです。
実は僕、そろそろ神凪の一術者として退魔の仕事を請け負おうと思いまして…」
「そうだね…煉君の実力なら、中級妖魔以下なら大丈夫だろうからね」
「宗主や父様もそう言ってくれました。でも、一人でやるにはまだ早いともいわれまして…」
「まぁ、厳馬殿はともかく、宗主ならそう言うかもしれないね…」
景太郎は自分の義理の父にあたる神凪宗主の性格を考える。
宗主の愛娘は、実力的には神凪で№3の実力者なのだが、理由に未だに一人で退魔をおこなっていない。
それは、娘が心配という名目やら、その護衛との関係を促進させるなどの考えがあるのだが…
とにかく、高校二年になる娘が今だ保護者同伴で退魔をしているのだ。
中学一年生である煉を一人で退魔の仕事をさせるなど、おおよそ考えられない。
「一人で仕事をするのは、一人前…っていうか、成人してからだからね」
「そういう景兄様は、僕と同じ年の頃には一人で仕事をしてたそうじゃないですか」
「まあ、俺の場合は特別だからね」
煉の言葉に曖昧な笑みを浮かべる景太郎。
その特別とは、先代宗主の思惑…ひなたに対する間接的な憂さ晴らし…によるものと、
自らの希望…実戦を通しての修行…が合わさった結果のことだが、それを煉が知る由もない。
「それは置いておいて…で?」
「あ、はい。それで、今回の退魔依頼の場所が此処だったので…」
「此処っていうと、日向市かい?」
「はい。ですから、こっちにいる景兄様の様子を見てくるついでに、世話になってこい…ということなんです」
「なるほどね」
「……あの、景兄様。いきなりのことで済みませんが、よろしいですか?」
「ああ、いいよ」
景太郎は煉のお願いを、躊躇も迷いもなく二つ返事で引き受ける。
しかし、その会話の内容に、煉と同い年であるしのぶが異を唱えた。
「あ、あの! 先輩、煉君って私と同じくらいの歳ですよね?
それなのに、その”退魔”っていう危険なことをしても大丈夫なんでしょうか?」
しのぶは控えめながらも、心配するような目で煉を見ている。
それは、煉の力を知らない事もさることながら、純粋な心配からきている言葉であった。
それを知ってか、心配の表情をしているしのぶに、景太郎は微笑み返した。
「大丈夫だよ、しのぶちゃん。さっきも言ったけど、煉君は神凪宗家の嫡子なんだ。
解りやすく説明すると、俺なんかよりも凄い炎術の才能の持ち主で、
その力は、そこにいる青山やはるかさんなんか足元にも及ばないくらい強いんだよ」
「素子さんやはるかさんよりもですか!?」
しのぶをはじめとする素子を除いた一同は、その言葉に驚き、目を大きく広げる。
見た目が華奢で、およそ荒事には無縁に見える少年が、
自分達が知る二強(景太郎を除く)など足元にも及ばないほど強いと言われても、にわかに信じられないのだろう。
「景兄様、それは言いすぎですよ。聞いた話だと『はるか』と言う方は宗家の人らしいじゃないですか」
「一応な。だが、それは婆さんが養子にしたからで、元々の出身は宗家の血筋じゃないんだ。
まぁ、婆さんに鍛えられたせいかそこそこ強いみたいだが、それでも宗家ほどじゃない。
よくて、分家最強…ってところだろう。沖縄にある分家を除けばな」
「確かに、そう言われているらしいな」
景太郎の背後から返ってきた答えに、景太郎を除いた一同は揃ってそちらを向いた。
すると、そこには何時からいたのか、火のついたタバコをくわえたはるかが立っていた。
「はるかさん、気配を消して近づくのはそろそろ止めませんか?」
「すまんな、つい癖でな」
「なにが”つい”だ」
はるかの言葉を軽く吐き捨てる景太郎。
ひなた荘に入る直前から気配を消し始めておきながら、『つい癖』もなにもない、明らかに故意である。
しかも、先程景太郎が言ったとおり、はるかは何度も景太郎の背後を取っていた。
「心臓に悪いんですよ。驚いてショック死したくないから止めてくれませんかね」
「最初から気がついていた奴の言葉じゃないな」
景太郎の軽口を一笑するはるか。
そして二人の会話に言葉を失う一同…とりわけ、素子は他の者よりもショックが大きい。
なにせ、はるかがいつ来たのかすら気がつかなかったのだから。
「でも、本当にやめておいた方がいいですよ。
俺も”つい癖で”気配を消して後ろに回ろうとする奴を排除しますからね」
「……忠告、聞いておこう」
「いえ、警告です。俺がやる前に、あいつらが排除しますからね」
はるかは景太郎の意味深な言葉に眉をひそめると、真偽を確かめるべく口を開いた。
「おい景太郎、あいつらとは「なぁなぁはるかー、はるかってレンより弱いんか?」」
スゥに話の腰を折られて不愉快そうな顔をするはるか。
当の景太郎は、そしらぬ顔で煉と話をしている。
話す気はないようだな…と判断したはるかは、スゥの質問に答えるべく、皮肉げな笑みを浮かべた。
「…はっきり言って弱い。比べること自体がおこがましいほどにな。
そもそも『浦島』と『神凪』は扱う力こそ違うが、その実力は分家でも他の一般術者よりもはるかに高い。
それが宗家ともなると、その分家よりも桁が…いや、次元そのものが違うと言っていいほど凄まじい」
はるかから明かされる言葉に、素子以外の者達はへぇ~…と軽く驚いた。
あまりに凄まじい力故に、キツネやなる達の理解力を超えているために曖昧な想像しかできないのだ。
実際、キツネ達の想像と現実は、焚き火と火山ほどの違いがあった。
一般人が理解するはずもないか…と、胸中で呟いたはるかは軽く一笑すると、真面目な顔で煉の方に向いた。
「神凪最強の炎術師と名高い〈神凪 厳馬〉殿の御子息〈神凪 煉〉殿ですね。
お初にお目にかかります。私は〈浦島 はるか〉と申す者です。以後、お見知りおきを…」
「始めまして、〈神凪 煉〉です。ですが、今回は退魔の用事で来訪したとはいえ、今の僕はただの一術者です。
『神凪』と云う名前を背負えぬほどの若輩者。ですから、そう格式ばったことはしないでください」
たとえ、ただの一術者であろうとも、若輩者でも『神凪』は『神凪』。
しかも、宗家の人間がただの術者に分類されるかどうかは甚だ疑問なのだが、
煉の心遣いを理解したはるかは、珍しく優しい笑みを店ながら一回頷いた。
「わかった。では、君のことは『煉君』でいいかな?」
「はい。よろしくお願いします。ええっと…はるかさん」
「駄目だぞ、煉君。ちゃんと正確に『はるかおばさん』と言わなくちゃ」
と、景太郎はニヤ~っと意地の悪い笑顔でチャチャを入れたが、
煉とはるかにものの見事に黙殺され、一変してつまらなさそうな顔をした。
はるかも景太郎の性格を理解し始めたのだろう。的確で有効な反応を示すようになってきていた。
しかし、煉は内心で少し驚いてもいた。
景太郎がこういった行動をとるのは、仲間や友達がいる安心できる場所だったからだ。
少なくとも、神凪の分家の前や仕事中は、悪ふざけをすることはない。
(景兄様…少し、性格が穏やかになったのかな?)
煉はそう考えながら、景太郎の顔を見ていた。
その視線を別の意味で捉えたのか、景太郎は真面目な顔をすると、煉に向き直って口を開いた。
「さて煉君。退魔の依頼だけど…正確な場所は、日向市のどこなんだい?」
「は、はい。なんでも〈星陵高校〉という所です」
「せ、星陵高校だと!?!」
煉の言葉に過剰に反応する素子に、景太郎は目を向ける。
「なんだ青山、知っている高校か?」
「し、知っているもなにも、私が通っている学校だ」
信じられないと言わんばかりの表情で返事をする素子。
それもそうだろう。素子は神鳴流の剣士…退魔の世界では、神凪と並び称される組織に所属する者。
今だ一人前ではないとはいえ、自分の在籍する学校に退魔依頼があってはならない。
というか、いつも行っている場所に魔がいることに気がつかないなど、素子にとって”恥”意外のなにものでもない。
案の定……
「お前、自分の通っている学校のことなのに気がつかなかったのか?」
「う…ぬ……」
景太郎に気にしていることをズバッと言われてうめく素子。
そんな素子に気がついた煉はフォローをしようと、慌てて知っていることを話す。
「そ、その事なんですけど、聞いた話だと深夜にだけ怪奇現象が起きて、
朝になると綺麗さっぱり消えてしまうそうです。だから、気がつかなくても仕方がないですよ」
「そ、そうなのか?」
ちょっとだけ立ち直った感じに素子が問うと、煉は、そう聞きました…と答えた。
「しかし、深夜だけに起こる怪奇現象か……」
「景兄様、どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね。まさかとは思うけど……」
景太郎の脳裏に、三十センチ少々の脳内に悪知恵を満載した非常識な生物がよぎった。
出会ったことがあるのは若干二回ながらも、もう二度と会いたくない思うには十分な回数だった。
「まさかとはなんだ。神凪、貴様なにか知っているのか?」
「いや…子供の夢を壊す、悪逆な未確認生命体を思いだしていただけだ」
「景兄様、それって…」
「可能性の問題なんだけどね。前例があるから……」
イヤそうな顔をする景太郎。
煉は微妙な顔、その他の者達は訳のわからないといった感じの表情だった。
「まぁ、情報がこれだけしかない以上、後は行ってみないとわからないな…対処はその場で考えるか。
青山、今日の夜に退魔をするからお前もついてこい」
「私もか!?」
景太郎の突然の誘いに驚く素子。
まさか、景太郎が自分を連れて行くと言うとは思わなかったのだ。
それがわかったのか、景太郎は理由を口にした。
「俺達はその”星陵高校”の正確な場所を知らないからな。それと、学校内の配置も知らん。
だから、道案内がてらに一緒に来てもらおうと思ってな」
「わかった、引き受けよう。そもそも、自分の通っている学校のことなのだ。
こうして知ってしまった以上、知らない振りをするわけにはいくまい」
ギュッと”止水”を握りしめながら、真剣な表情で景太郎の言葉に頷く素子。
やや緊張し過ぎている様子に、景太郎は眉をちょっとひそめたが、結局は何も言わなかった。
なにせ、行かないと言われたら景太郎は困るからだ。
あの性悪生物がいた場合の生贄の羊になってもらわなくてはならない。
あの生物は、素子のような生真面目で、その実からかい甲斐がありそうな者を標的にするからだ。
(犠牲者は少なく…まぁ、死なない程度の実力はあるし、いざとなったら守るぐらいはしてやるか)
景太郎は気楽そうに心の内で呟く。
もし素子が聞いていれば、間違いなく残ることを選択していただろう。
そんなとき、今まで黙って聞いていたキツネが、何かを思いだしたように口を開いた。
「そういや、素子の通う学校は女子校やなかったか?」
「ええ。そうですけど…なんだ、神凪」
キツネの言葉を聞いた途端、にやける景太郎を殺気混じりで睨む素子。
”女子校”と聞いた途端にやけるのだ。素子の行動は正常な反応ないだろう。
だが、景太郎はそんな素子の視線などものともせず、フッと笑った。
「いや、納得しただけさ」
「なにを納得したのかわからないが、気色の悪い顔をするな。
それと、なにを考えているのか分からないが、もし不埒なことをするのであれば……」
素子の考えは、景太郎が女子校に入り、女子生徒の着衣の窃盗…
果ては、隠しカメラの設置などによる盗撮をするのでは? という心配だ。
まぁ、昨今の性犯罪などを考えれば、そういった行為におよぶ男は掃いて腐るほどいる…かも知れない。
「さっきも言ったが、俺は納得しただけだ」
「………何が言いたい、神凪」
その問いに答えず、含んだ言葉しか返さない景太郎を、変なものを見るような目つきで見る素子。
そんな素子に、景太郎はニヤッとした笑みを見せると、気にするな…と言った後、
訳のわからないといった感じの煉に向き直った。
「煉君。さっきも言った通り、退魔は今夜におこなう。構わないね?」
「はい。よろしくお願いします」
「よし」
「青山もいいな」
「ああ、異論はない」
煉と素子は景太郎の言葉に異を唱えることなく、素直に頷いた。
―――――そして、その日の夜……深夜十二時直前、星陵高校の校門前に、数人の人影があった。
―――――第八灯に続く―――――
あとがき
どうも、ケインです。
とりあえず、中途半端な気がするかもしれませんが此処で次の話に続きます。
次は素子の学校で退魔…まぁ、ただでは終わりません。いろいろと……
残酷なシーンも出るかもしれませんので、ご注意を…
それはそうと…『風の聖痕』より、煉君が久々登場です。
風の聖痕一の苦労人。正ヒロイン(?)との呼び声が高いお方です。
それと、今回の話の所々で本編ネタが出ていますが…まぁ、わかった人は笑ってやってください。
最後に…いつも感想をくださる皆様方、誠にありがとうございます。
少しずつ手が空いてきましたので、ちょっとした質問等があればお返事しますので…
できる限りです。この後どうなるのか、教えてください…なんて言われても、困りますからね。
それでは…次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした……