白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第八灯 「学校の怪談…」

 

 

 

 

 

―――――午後十一時五十二分―――――

 

 

深夜…もうすぐ今日という日が昨日となり、明日という日が今日となる、そんな時間……

星陵高校の正門前に、大小さまざまな人影が五つあった。

 

右端から、景太郎、煉、素子、そしてキツネとスゥの五人だ。

 

本来なら、後の二人はこの場にいる必要はないのだが、本人達曰く『面白そうだから』らしい。

景太郎達はキツネ達が来ることに反対したのだが好奇心の塊みたいな彼女達を止めることはできなかった。

一番の決め手は、素子の『無理に止めても、後からついてくる可能性が高い』という言葉だった。

それだったら、目の届くところで監視するしかない…と、景太郎は考えたのだ。

 

そういうわけで、仕方なく五人となった一行は、静寂に包まれた星陵高校の前に立ち、校舎を眺めていた。

 

 

ちなみに、なるは『受験生にそんな暇はない』、

しのぶは『私、幽霊とかそういうのはちょっと…』ということで、この場には来ていない。

 

 

「なぁ青山、本当に此処なんだろうな」

「……無論だ」

 

 

星陵高校を眺めながら、景太郎は素子に聞く。

素子も、しばらくの沈黙の後、少々自信なさげに答える。

 

 

「あ、合っていると思いますよ。ほら、校門ここに〈私立 星陵女子高等学校〉って書いてありますし」

 

 

辺りの沈黙と気まずい雰囲気に耐えられず、なんとかフォローを試みる煉だが、それは虚しいばかりだった。

 

それもそうだろう。

夜な夜な怪奇現象が起きている…ということで、退魔の依頼があったにもかかわらず、

今、景太郎達の目の前にある学校は、夜の静寂に包まれたごく普通の様子だったからだ。

異常のイ、怪奇のカどころか、妖気すら感じられない。

 

挙げ句の果て、

 

 

「あはははは! うち、いっぺん夜の学校で肝試しをやってみたかったんやー」

「何や、何もあらへんやんか。つまらんな…ホラーハウスとかやったら、金返せって言うところやで」

 

 

と、一般人のスゥやキツネにぼろくそに言われる始末。

その言葉に煉は少々苦笑しながら、景太郎の方に向き直った。

 

 

「景兄様、なにか感じられますか?」

「いや、まったく」

 

「煉。同じ炎術師の神凪に訊いても意味はないぞ」

 

 

素子は自分の訊ねられなかったことに少々不満を持ちながら、煉にそういった。

その素子の意見は大きな意味であたっている。

攻撃に特化した炎術師は、他の術師に比べて感知能力が低い。はっきりと言えば、最低と言ってもいい。

 

それに比べ、氣を操る神鳴流の剣士である自分ならば、

炎術師である二人よりも、より正確に気配を感じられるはず。と、素子は考えていた。

昼間の、気配を消したはるかに景太郎が気がついたのは、火のついたタバコの所為…

つまり、炎の気配を感じたから、景太郎は自分よりも先に気がついたのだと予測していた。

 

景太郎よりも自分はその点では優れている…という優位性を案に主張している素子を景太郎は無視すると、

嫌悪…とまではいかないが、いやそうな顔で右手側通路の先の暗闇に目を向けた。

 

 

「その代わり、招かれざる客がいるようだ」

 

 

景太郎の言葉に皆も一斉にそちら側に振り向く。

そこには、二つの人影がこちらに向かってきているのが見てとれた。

その二つの人影は景太郎達の近くまで来ると、街灯の明かりによってその姿をはっきりさせる。

その人影は、二十歳前後の二人組の男だった。

 

その男達は、景太郎を見ると露骨に嫌悪した表情になった。

もっとも、その二人を確認した景太郎も同じ様な表情になった。

 

 

「なぜ貴様が此処にいる。日向の地は我ら浦島が仕切る場所だぞ」

「その通りだ。浦島を追放された無能者が居ていい場所ではない」

 

「俺が何処に居ようと勝手だろうが。それに、俺は仕事で此処にいるんだ」

 

 

男達の言い草に、目を合わすのも嫌だとばかりに顔を逸らして答える景太郎。

 

それを見た男達は、景太郎が自分達に恐れをなし、

目を合わすこともできないほど臆病者だと勘違いし、増長する。

 

 

「はっ! 無能の代名詞といわれた貴様が退魔だと?

神凪の炎術師になったとはいえ、貴様に妖魔が倒せるのか?」

 

「確かにな。どうせ、相手ができるのは悪霊程度が限界だろう。

そんな貴様で認められるのだから、神凪あそこも存外たいしたこともないのだな」

 

 

悪意に満ちた侮蔑の言葉に、景太郎本人よりも傍にいた人物の方が怒りを露わにした!

 

 

「あなた達! それ以上景兄様を侮辱するのなら、僕が容赦しませんよ!」

 

 

怒りの表情で景太郎と男達との間に割り込む煉。

そんな煉…いや、庇おうとする子供の態度がおかしいのか、男達は嘲笑する。

 

 

「あ?何だこの餓鬼。餓鬼は家に帰って寝てな」

「まったくだ。こんな所に女子供を連れてくるなんて、退魔をお遊びだと考えているいい証拠だな」

 

 

そういいながら、声をあげて嗤う。

そんな男達を、キツネは見るのも嫌だと言わんばかりに視線を景太郎に移した。

 

 

「景太郎、この胸糞悪くなるやつらは一体誰や」

 

「浦島の分家の人間で、右から〈森 八馬やま〉〈菱貴ひしき 健二〉…だったかな?

俺が浦島にいた頃、特に俺を水術の実験台にしていた奴等だよ」

 

 

その言葉が聞こえたのか、八馬と健二は笑いを止め、景太郎を見下した目で見る。

 

 

「水術の才能の欠片も持っていないようなクズが〈浦島〉に居たなんて言ってんじゃねぇよ」

「そうだ、あまり外に恥を広めないで欲しいな」

 

「ああそうかい、そいつはすまなかったな」

 

 

欠伸を噛み殺しながら、何の感情もこもっていない口調で返事をする景太郎。

 

その景太郎の態度が気に入らず、男達は忌々しそうに舌打ちした。

こういった連中は、見下すのは慣れていても、見下されるのは我慢ならない。

とくに、格下だと信じて疑わない相手なら尚更だ。

 

 

「ふんっ。相変わらず目障りな奴だ…あの時、楔さえ邪魔しなければ、貴様なんぞ溺死させていたのにな」

「その前に、俺の水刃でバラバラに―――――」

「僕は、それ以上の侮辱は許さなと言ったんですよ………」

 

 

言いたい放題の八馬達に対し、煉はとても低く冷たい声で喋る。

そんな煉に、素子達は怪訝な顔をし、景太郎は軽く顔を引きつらせる。

 

(やばいな…煉君がキれかけている)

 

景太郎は煉がキれる前に、八馬達を始末しようと身を乗り出した―――――その時、

睨む煉を鬱陶しいと感じたのか、八馬達は煩わしそう煉を睨み返した。

 

 

「さっきから五月蠅いぞ! この糞餓鬼!」

「どうせ神凪の術者なんだろ。餓鬼が! 強がるのはいいが、火遊び程度で浦島おれたちの水術に敵うと思うなよ」

 

 

八馬達の侮蔑の言葉に、煉は強い眼差しで見据えたまま、はっきりとした口調で名乗る。

 

 

「僕の名前は〈神凪 煉〉。今の…いえ、今までの言葉、神凪に対する宣戦布告ととって構いませんね」

 

 

煉がそう断言した直後、煉の周囲に黄金きんの炎が発生する!

その炎は周囲を気にしてか、派手ではないほど少量だが秘めたエネルギーは凄まじく、

その上、キチンと制御されているため一切なにも燃やさず、すぐ傍にいるキツネ達に熱すらも伝えていない。

見事なまでに完璧な制御だった。

 

 

「き、黄金きんの炎!! ほ、本当に神凪なのか!?!」

「そ、そんな馬鹿な! なぜこんな所に!?!?」

 

 

思わず後ずさった八馬と健二は、驚愕の眼差しで煉を…そして黄金きんの炎を凝視する。

二人は目の前の出来事を否定したかったが、

黄金きんの炎と煉から放たれる凄まじい力の波動に現実を半強制的に直視させられる!

 

 

「も、申し訳ございません、そうとは知らずに大変ご無礼なことを……」

「ひらに! ひらにご容赦を!!」

 

 

黄金きんの炎を纏う煉に、恥も外聞もなく土下座をして許しを請う八馬達。

”浦島”と”神凪”は扱う精霊こそ違うものの、その体系…宗家と分家などの組織の作りはよく似ている。

故に、両家の分家にとって、”宗家”というのは別次元的な力の持ち主…という意識がある。

事実、浦島も神凪も、宗家は分家とは比べものにならないくらいの力の差がある。

神凪の分家はともかく、浦島の分家は、神凪宗家の実力を良く理解していたらしい。

もっとも、浦島宗主の厳命…『神凪と争うべからず。破れば没落の上、追放』…があったからかも知れないが。

 

しかし、はっきりしていることがただ一つ。

圧倒的すぎるエネルギーを内包する煉…神凪宗家の力の象徴『黄金きんの炎』を前に、

自分達など瞬時に消し炭…否、消滅させられる。ということを、八馬達は理解したのだろう。

神凪絶対的な存在に対しての『恐怖心』を心の奥底に刻みつつ!

 

そんな八馬達の態度を確認した煉は、炎を納めつつ、軽く溜息を吐いた。

 

 

「……いいでしょう。今回だけは見過ごします」

「ありがとうございます」

「ですが、一つ応えてください。あなた達は何故なにゆえに此処にいるのですか?」

 

「は、はい。実は、我々もそちらと同じく、こちらの学校から退魔の依頼を受けてまして…」

「そ、その通りです」

 

 

土下座したままの八馬達の答えに、煉は眉を少しひそめた。

自分達…神凪が依頼を受けているのに、学校が別の所に依頼するとは考えられないからだ。

例外として、規模が大きいことや、危険性があるため複数に合同依頼をする場合もある……

 

真実は、学校のお偉方…理事長が『神鳴流』に依頼し、『浦島』が受けたのと、

校長が―――――とある理由で『神凪』に縁があったため―――――姉妹校を通じて『神凪』に依頼した。

という、ただ単にブッキングしただけ…ということを、煉達は知る由もなかった。

 

 

「まあいいです。そちらの理由はわかりました。それならば先に行ってください。

この退魔は、先に解決した方が依頼達成という形にしましょう。それで良いですか?」

 

「は、はい。わかりました。おい、行くぞ!」

「あ、ああ………」

 

 

煉の言葉に頷いた八馬達は、素早く立ち上がると校門を開け、校舎に向かって走り去っていった。

 

ちなみに、普段なら門には鍵が閉まっており、色々な警報装置(非常に厳重)が設置されているのだが、

退魔を行うために、景太郎が学校に言って一晩だけ警報を切ってもらっていた。

 

 

「良かったのかい? 煉君。初仕事で”浦島あいつら”に先を越されでもしたら……」

 

 

煉を色々な意味で心配する景太郎。

初仕事を他人に横取り…つまり失敗でもすれば、これからの仕事にマイナスになりかねない。

そして、その相手が”浦島”ともなれば、あそこを恨んでいる前・宗主に嫌味を言われるかも知れない。

 

だが、そんな景太郎に煉は明るく微笑み返した。

 

 

「かまいません。誰が解決しようと、この学校が普通の人達が安全に過ごせる場所になるんですから。

それが退魔士の本来の目的のはずです。それが果たせるのであれば、僕の面子などは二の次です。

でも景兄様、心配してくれてありがとうございます」

 

「煉君……」

 

 

弟分の成長に嬉しさを隠せない景太郎。

そして、そんな煉の殊勝な態度に感動したのは景太郎だけではなかった。

 

 

「レンはえらいな~」

「うむ、退魔士としての立派な心がけ。いたく感心した」

「ほんまえらいし、あいつらにもよう言うた! うち感動したで!」

 

 

煉の立派な心がけにスゥ達は褒め称え、

キツネに到っては、ガシッと右腕を煉の首に回して引き寄せ、頭をぐりぐりとする。

キツネにとっては親愛行動だろうが、やられた煉は慌てふためく!

 

 

「ちょ、ちょっと止めてください! 紺野さん!」

「キツネでええで、煉」

「わ、わかりました。けど、放してください!」

「ええやないか」

「よ、よくありません! 恥ずかしいし、それに胸が……」

 

 

真っ赤になりながらゴニョゴニョと言葉を濁す煉。

確かに、煉の横顔はちょうどキツネの豊かな胸(87㎝)に押しつけられる体勢となっていた。

煉も正常な男の子。頭をぐりぐりされるより、そっちの感触を意識してしまうのは仕方がないことだろう。

 

煉は助けを求めようとしたが、スゥは楽しげに笑っており、素子も微笑ましいと言わんばかりの顔をしていた。

そして煉は景太郎に助けを求めようとした―――――その時、

 

 

「時間だ」

 

 

その一言と同時に、景太郎は視線を腕時計から校舎へと移した。

 

―――――その直後!!

校舎全体からおぞましい妖気が放たれる!

実際、その妖気の強さ自体ははそれほどでもないが、その量と気配が凄まじく、

感知能力が無い一般人…キツネやスゥですら肌身で感じ、不快に感じるほどであった!

 

 

「なんやこの感じは…気分悪……」

「う~…あかん、きもちわるい」

 

 

あまりの不快感にキツネは煉を放し、無意識の内に学校から二、三歩遠ざかる。

スゥも様子は同じで、いつもの快活さも潜んでいる。

素子も、納刀したままの止水を握りしめ、強い眼差しで自分の通う高校を睨んでいる。

 

一方、神凪組はというと…少なくとも、目の前の妖気に怖じ気づいたり、怯んでいる様子は微塵にも見られない。

それどころか、キツネの腕より抜け出した煉は、別の意味で焦る心を深呼吸しながら静めようとしており、

その様子を、景太郎は生暖かい目で眺めている…という、余裕すら見られる。

 

それはさておき…

動悸の治まった頃を見計らい、煉に近寄った景太郎は、ポン…と肩に手をおいた。

 

 

「……煉君、良かったね」

「な、何がですか!?」

 

 

景太郎の冷やかしの言葉に、煉の動悸と心は再び急上昇し、顔が真っ赤になる!

それを生暖かい視線で見守りながら、景太郎はニッコリと微笑む。

 

 

「だって煉君、キツネさんの胸を堪能してたじゃないか」

「た、堪能なんかしていません! 恥ずかしくてそれどころじゃありませんでした!!」

 

 

大声で反論する煉。彼にしては珍しいほどの大声だった。

そんな煉に、景太郎は動じることなく平然と言葉を返した。

 

 

「恥ずかしがることないじゃないか。綾乃さんに似たようなことをしょっちゅうされているだろ?

後ろから抱き抱えられたり、真正面から抱きしめられたり……」

 

「そ、そんな事いわれても、キツネさんと姉様とでは胸のサイズが違いすぎ…て………」

 

 

自分の言ってしまった言葉に沈黙してしまう煉……

何だかんだで胸の大きさを感じてしまっていることは仕方がないとして、(男の子としてやむなし)

後の言葉は危険すぎた。ありとあらゆる意味で……

 

 

「………あの~、景兄様」

「武士の情け。黙っておくよ」

「ありがとうございます……」

 

 

景太郎の言葉に、涙を滲ませながら感謝の言葉を口にする煉。

 

景太郎にとって義理の妹であり、煉にとって『姉様』と慕う綾乃という女性は、

神凪の至宝〈炎雷覇〉を受け継いだ、神凪の次期宗主と期待されるほどの実力者。

見た目も可憐な十六才の少女であり、心根は善いのだが、反面、怒らせるととてつもなく怖い。

 

今現在では、戦闘力では景太郎の方が上であるのだが、怒り状態の綾乃には一度も勝てたことがなかった。

景太郎にしてこれなのだから、煉に関しても同じ様なものだ。

 

”神凪綾乃”をよく知る者として、景太郎はわざわざ藪を突っついてまで〈人喰い虎〉を出す気はない。

ただでさえ、綾乃は一年近く前からある人物を”女性らしさ”で敵視しているため、

その話題に関しては怒りやすくなっているのだから…

 

 

「ここに綾乃さんが居なくて助かったよ」

「本当ですね…」

 

「お前達! そんな下らない事を言って、この状況を理解しているのか!」

 

 

あまりにも暢気な会話(素子主観)に、素子は額に若干青筋を浮かべながら怒声混じりに注意を促す。

凄まじい妖気を前に、あまりにも気が抜けた様子の二人に腹立たしいのだろう。

 

だが、そんな素子の言葉に、今度は反対に景太郎達が怒った!

 

 

「なにが下らない事だ!!」

「そうですよ! 姉様を怒らせることに比べたら、この程度の状況、どうって事ありません!」

 

 

景太郎はともかく、見た目はおとなしい煉にまで怒鳴られるとは思っておらず、思わずたじろぐ素子。

そして逆に、この二人をここまで怯えさせる”綾乃”という人物に興味を抱いた。

 

(同じ宗家の者でありながら、この二人がここまで取り乱すとは…綾乃という者は、一体どういう人物なんだ?)

 

会いたいような、会いたくないような…相反する気持ちを抱く素子。

その判断は、ある意味究極の選択なのかも知れない。

 

そんな時……

 

ズガガガガガ…ガシャーーーン!

 

 

校舎の方から小さくも、はっきりと騒がしいと判断できる音が響いてきた!

皆はそろって校舎を見るが、表面上には、特にこれといって変化は見られない。

音の反響などから判断して教室内、もしくは反対側の壁や硝子が砕けたのだろう。

 

 

「なんやあの音は!」

「たぶん、分家の連中あの二人が中で暴れているんだろ」

 

 

驚いた感じのキツネの言葉に、なんでもないような口調で答える景太郎。

その言葉を聞いた素子は、訝しげに景太郎に問う。

 

 

「暴れている…ということは、学校内では害意のある何かが居るということか」

 

「当たり前だ。何も居ないのに暴れだす奴等がいるかよ。

いくらあいつらが頭の中に蜘蛛の巣が張っていそうな阿呆共でも、さすがにそこまでは……いや待てよ」

 

 

言葉の途中で押し黙る景太郎。

しばらくの沈黙の後、何かに気がついたように顔を上げた!

 

 

「そうか…ここは女子校。だから……」

「だからなんだ、神凪」

 

 

訳の解らん…といった感じの素子。

女子校だから、中に入った男が暴れるという関連性も理屈もさっぱりだからだ。

キツネ達も同じような表情で景太郎を見ている。

 

 

「女子校…それはまさに、男にとっては禁断の聖地!

そんな所に踏み入ってしまえば最後、聖地の影響に健全な男は正気を失ってしまう!!」

 

 

グッと握り拳を作りながら断言する景太郎。

どうでもいいが、自分が管理している建て物…女子寮も、似たようなものだという事を失念している。

 

 

「あの二人は、その影響を受けてしまって…クッ! 敵とはいえ、なんと哀れな」

 

 

一滴も涙を流していないのに、さも泣いていますというかんじで目元を拭う景太郎。

キツネと煉から呆れた視線を受けているのが、まったく気にしていない……が、

 

 

「キツネさんとスゥは危険ですので、ここに残ってください。

幸い、怪異は校舎内に止まっていますから、立ち入らない限りは安全でしょう。

さて煉殿、そろそろ仕事を開始しましょうか」

 

「はい。ああ、それと僕のことは呼び捨てで結構です、青山さん」

 

 

景太郎の言葉を完膚無きまでに無視し、テキパキと皆に指示を出して仕事現場自分の高校へと向かう素子。

煉も、そんな素子に同意を示すと、後に続いて校門をくぐり、校舎の入り口へと歩いていった。

 

 

「お~~~い」

 

 

一人残された景太郎(実際にはキツネとスゥがいるが)は、寂しそうに呼びかけるが、二人は振り向きもしない…

そんな二人の態度に、景太郎は泣きたくなる衝動にかられたが、グッと我慢し、素子達の後を追いかけた。

 

 

「景太郎の冗談に、もっとも有効な手を使うとは…素子も成長しおったな……」

「これから楽しくなりそうやな~~」

 

 

キツネは素子への賞賛の言葉を…スゥは、これからの楽しくなるであろう毎日に期待する言葉を口にする。

 

そんな軽い態度故に、二人は気がついていない。

学校から発せられた妖気の所為で気分が悪くなっていたのに、今ではすっかり治っていることに…

 

 

それはともかく…景太郎はというと、先に行った素子と煉に、すぐさま小走りで追い付いた。

 

 

「おいおい無視するなよ。ちょっとしたジョークだろ?」

「………」

 

 

景太郎の言葉など聞こえていないかのように、スタスタと歩く素子。

 

 

「まったく、ユーモアの欠片もない奴だな…そうは思わないかい? 煉君」

「さすがに、アレは状況をわきまえていないとしか言いようがないですよ」

「まったくだ」

 

 

あくまでも景太郎に対して冷たい素子と煉。

本人も解っていて巫山戯ているので、今度は大して気にした様子もなく、言葉を続けた。

 

 

「それはそうと、青山。この学校では『百合の花』は繁殖していないのか?」

「何故その様なことを聞く」

「そうですね…百合の花と今回と、何か繋がりでもあるんですか?景兄様」

 

 

その質問の意図が理解できない…と言う風に首を傾げる煉。

素子も同じで、困惑した顔をしていたが、

自分に向ける景太郎の薄ら笑みの表情を見て、きっとろくでもないことだと予想した。

 

 

「いいかい煉君、こういう女子校では、百合の花が自然に発生するんだ」

「何でですか? 普通の花ならともかく、百合の花は……」

 

「なに、簡単な話なんだよ。女子校というところはね、男との出会いが極端に少ないから、

ごく身近で親密な相手…同姓を相手に恋愛関係になることが多いんだ」

 

 

真面目くさった顔でとんでもないことを、さも真実のように語る景太郎。

真剣に女子校に通う方々が聞けば、非難の嵐にあいかねない。

此処にも一人、真面目に学校に通っている人物が、怒りに肩を震わせていた!

 

 

「そういった関係になったカップルを、隠語たとえで『百合の花』って言うんだ。

だから、こういった女子校は百合の花を栽培しているのかなって……」

 

「馬鹿なことを言うな! 私の通う高校に、そんなことがあるわけ無いだろうが!!」

 

 

景太郎のあまりに偏りすぎて倒れていると言っても過言ではない”偏見”に、素子は顔を真っ赤にして怒鳴る!!

しかし、その剣幕もなんのその、景太郎はニヤ~っとした笑みを作り、首を少し傾げた。

 

 

「あっれ~、おかしいな…実は、少し前に『両手に花』といわんばかりに女の子をはべらせていた、

此処の学校の制服を着た女を見たんだがな?」

 

「ええ!? 本当にそういう人がいたんですか、景兄様!!」

 

 

煉の驚きの言葉に、強く頷く景太郎。

その横にいた素子といえば、景太郎の言葉に顔を引きつらせていた。

 

 

「ああ、この目で見たぞ。ちなみにその女の特徴は、好きな色は白で、得意科目は日本史に国語、

好きな食べ物は和食系、スリーサイズは上から86・58・84の、身長175㎝の長髪黒髪の……」

 

「やめんか!!」

 

 

スラスラと述べる景太郎に、素子は赤面しながら止水を抜いて斬りかかる!

だが景太郎は、上半身をちょっと後ろにずらしただけで迫り来る刃を紙一重で避けた。

 

どうでもいいが…やはりと言うべきか、キツネが感心するほどには成長はしていないようだ。

 

 

「日本有数の退魔組織、神鳴流の使い手”青山 素子”嬢その人だったりするんだな、これが。

あはははは、こりゃ大変。そのうちしのぶちゃんやスゥちゃんも青山の毒牙に―――――」

 

「止めろと言っているのがわからんのかっ!!」

 

 

次々に斬りかかる素子の斬撃をヒョイヒョイ避けながら人を食った笑いをする景太郎。

当の本人達の気持ちはわからないが、傍から見るとじゃれあいに近い喧嘩にしか見えない。

 

 

「おのれ嬲るかっ!!」

 

 

頭に血が上った素子は滅茶苦茶に刀を振るい、景太郎はそれすらも飄々と避ける!

その行為と表情の二乗効果に、素子の怒りはさらに増大する!!

 

その様子を、煉は妙に感心したような視線で眺めていた。

その視線に含まれているものに気がついたのか、素子は景太郎をそっちのけで、慌てて弁解する。

 

 

「れ、煉。そうじゃないんだ、その二人は部活の仲間で、同級生なんだ、つまり友達な訳で―――――」

 

「別に弁解なんかしなくてもいいですよ。僕はそういったモノに偏見は持ちませんから。

それに、認めたくはありませんけど僕の身近に似たような人がいますから……」

 

 

素子の弁解に、煉は力無く首をフルフルと振った後、黄昏に満ちた儚い笑みを作った。

いっそ”悲しげ”と評したい笑みを見せる煉に、素子はさらに慌てて弁解する!

 

素子の頭には、誤解を解きたいという考えもあるのだろうが、それよりも、

自分の所属する組織『神鳴流』に対する認識を間違えて覚えられてはたまらないという考えだった。

神鳴流の一員として…というよりも、神凪にそんな間違いを覚えられたとあれば、

間違いなく、”姉”からの折檻が待ち受けているからだ。

 

 

(な、なんとしても誤解を解かねば!姉上に知られれば…”お仕置き”されてしまう!!)

「か、彼女達は、私が剣術を習っていて剣の腕が立つから、

なんというか…私に〈憧れ〉と言えばよいのか、そんな気持ちを抱いているらしく……」

 

「そして、いつしかその〈憧れ〉が〈愛情〉となり、愛と欲望の泥沼の中へと……」

「神凪! 貴様は黙っていろ!!」

 

 

誤解をさらに招くような景太郎のいらぬツッコミに、素子は怒鳴り散らす!

今にも”止水”を投げつけそうな剣幕に、景太郎は『怖い怖い』と戯けたように怯えた仕種をする。

その態度に、素子の怒りは限界を超え―――――

 

 

「とりあえず解りましたから、そろそろ先に進みませんか?」

 

 

遅々として進まない歩調に…もしくは、景太郎と素子の悪辣な漫才に、

煉は少々げんなりした表情で、二人にそういう。

そんな煉の言葉に、素子は止水を納刀し、気持ちを切り替えるように一回咳払いをする。

 

 

「そ、そうだな。こんなつまらぬ事で立ち止まるのはいかんな」

「そうだ。青山の性癖については後でじっくり語るとして、先に仕事を片づけよう」

 

「貴様は! その口を一生開かないようにしてくれる!!」

 

 

二人が制止したのも束の間、再び始まってしまう漫才。

しかし、一応意識はしているのか、危険なやりとりをかわしながらも、二人は校舎へと向かっている。

 

(兄様と姉様に続いて、この二人を相手にしないといけないなんて…いくらなんでもあんまりだ)

 

危険なド突き漫才を繰り広げる二人の声を聞きながら、煉はそっと嘆息する……

その背中に哀愁が漂っているのは、見間違いでもなんでもないだろう。

 

 

 

そんなこんなで、紆余差曲をえて、三人はようやく校舎の中へと続く玄関の扉を開けた。

煉の、妙に長い道のりだった…という呟きを、景太郎と素子は黙殺した。

 

 

「ほう、こいつは思ったよりも凄いな…」

「そうですね。強さは大したことないですけど、量が半端じゃないですね」

 

 

中に入った途端、凄まじい量の妖気が圧力となって三人にのしかかってくる。

だが、景太郎と煉はその圧力などものともせず、平然と立っている。

 

景太郎は言うに及ばず、煉も初めての仕事はいえ、幾つもの修羅場を潜り抜けた経験がある。

数こそ少ないが、その修羅場自体はとんでもなく、戦った相手は半端じゃない。

故に、この程度の妖気に煉が萎縮する事はなかった。

しかし、残る三人目の素子は、大量の妖気の圧力に萎縮し、身体を硬直させていた。

 

(なんという妖気だ! とてもじゃないが洒落にならない!)

 

”止水”を強く握りしめるあまり、腕が小さく振るえる素子。

景太郎はそんな素子の様子に気がついたが、これも経験の内だと考え、何も言わない。

言わないつもりだったのだが…

 

(少しばかり萎縮しすぎだ。これじゃいざというときにやばいな…

あの人だったら、『邪魔なら殺せば良いだけだ』って言うんだろうが、さすがな……)

 

この場にはいない、煉の兄がとる行動パターンに若干魅力を感じながらも、

色々とある理由からそれを却下し、一番穏便な手段を取ることにした景太郎は、

仕方なしに話しかけようとしたが、それよりも素子が口を開く方が早かった。

 

 

「神凪…感じるか?」

 

 

素子は若干の怯えが混じった声を景太郎にかける。

その声を聞いた途端、景太郎の心の中に少々の落胆とちょっとした悪戯心が芽生えた。

 

 

「ああ、これだけ濃いんだ。すぐに気がつく」

「そうか」

「『百合の香り』がすることだろ?」

 

 

―――――その直後!

素子は目にも止まらぬ速さで止水を抜刀すると、景太郎に向かって唐竹に斬りかかる!!

 

 

「き・さ・ま・は! いい加減にその話から離れろ!!」

「わはははは! 冗談だ、面白かったろ?」

 

 

止水を白刃取りで受け止めながら景太郎は笑う。

本人はわざと笑っているつもりだったが、十年近いつき合いの煉には、その笑顔がごく自然なものに見えた。

それはともかく、景太郎のからかいで怒ったせいか、素子の調子は元に戻っていた。

手段はともかく、景太郎が自分の為にやったのだということに、素子が気がつくには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

「景兄様に青山さん。僕は先に行きますよ」

 

 

それだけ言うと、二人に背を向けて一人奥へと歩いて行く煉。

そんな煉を見て、景太郎と素子はじゃれあい(?)を止め、慌てたように追いかけた。

 

 

「はははは、ごめんごめん。煉君」

「済まない、少し大人げなかった」

 

「かまいませんよ。一応、慣れていますから」

 

 

重々しい溜め息と共に吐かれた煉の言葉を聞き、素子は『意味が分からない』と首を傾げ、

その事をよく知る景太郎は、少々複雑そうな苦笑いの表情となった。

 

 

 

それからしばらく…といっても、ほんの一・二分ほど…校舎の中を歩く素子達。

あまりに濃い妖気(もはや瘴気に近い)を含んだ空気は、

まるで粘着性を持っているかのように肌にまとわりつき、素子は強い不快感に顔を軽く顰めていた。

 

あくまで『軽く』だ。景太郎はともかく、年下の煉が妖気を気にせず平然としている以上、

年長者であり、『神鳴流』の一員である自分が、無様な姿を見せるわけにはいかない…そう、素子は考えていた。

 

(しかし…何故この二人は濃い妖気をまったく苦にしていないんだ?

”慣れ”や”精神力”でどうにかなるレベルではないぞ?)

 

何故? という気持ちいっぱいで景太郎と煉に目を向ける素子。そして、やっと気がついた。

景太郎と煉の身体から発せられる霊気オーラに、妖気が浄化、及び駆逐されていることに。

景太郎達は、霊気オーラによって妖気から身を護っていたのだ。

 

それを理解した素子は氣を練り上げ、『神の如き清浄なる氣』と喩えられる”神氣”を纏った。

それにより、今まで素子を蝕んでいた妖気の圧力は霧散し、体調も元に戻り始めた。

 

 

(気がついたようだな…しかし、本当に退魔の経験がないんだな。

姉とは随分と違う育て方をしたんだな、総代も何を考えて外に出したのやら……っと)

「どうやら、本日最初のお客さんのようだな」

 

 

景太郎の向く先…通路の先の方から、悪霊の団体が津波のように押し寄せてきている。

それとほぼ同時に、今まで歩いてきた方向からも、同じく邪霊の団体が近づいている!

 

景太郎は双方の霊団を一瞥した後、隣にいる煉に顔を向ける。

 

 

「さて…どう対処するつもりなんだい? 煉君」

「前は僕がやります。よろしければ、景兄様は後ろをお願いします」

「わかった」

 

 

煉の言葉を躊躇なく了承すると、前方の霊団に集中する煉に背を向ける景太郎。

素子はどちらを援護すればいいのか数秒ほど迷ったが、

決断を下す前に景太郎に引っぱられ、半ば半強制的に後ろを振り向かされる。

 

 

「いきなり何をする!」

「何をするもない、お前は遊びに来たのか?」

「ば、馬鹿なことを言うな! 私はこの学校の怪異を祓うために…」

「なら、こっちだ」

「しかしだな、お前よりも煉を援護した方が―――――」

 

 

その時! 突如背後に凄まじいエネルギーの波動と黄金きんの閃光が発生し、素子の言葉を途中で遮る!!

いきなりの出来事に素子が振り返ると、そこには煉と黄金きんの炎の残滓があるだけだった。

その光景に、素子は煉が一瞬で霊団を浄化したことを悟る。

 

 

「あの大量の悪霊をたった一瞬で…これが、神凪の浄化の炎……」

「おい、余所見している暇はないぞ」

「―――――ッ!!」

 

 

景太郎の言葉に素子は再び振り返ると、ちょうどそこには襲いかかってくる一匹の悪霊がいた!

素子は頭で考えるよりも早く”止水”の柄に手をかけると、

 

 

「―――――ハァッ!!」

 

 

居合の一撃で悪霊を斬る!

咄嗟のことで氣も込められていないが、”止水”自体が格の高い霊刀であるため、悪霊は霧散して消滅する!

 

 

「油断大敵だ、阿呆」

「グッ!!」

「ほれ、次が来たぞ。しっかりやれ」

 

 

正論だがあまりにも辛辣な言葉に何も言えない素子に、悪霊は容赦なく襲いかかる!

その余りの多さに、素子はいつの間にか数歩下がって見物している景太郎に向かって怒鳴る!

 

 

「神凪、貴様も手伝え!」

「……情けないな、この程度で弱音を吐くなんて」

「なんだと!?」

十年前のオレの知る青山鶴子なら、この程度の悪霊なんぞ数秒で蹴散らしていたんだがな。余裕で……」

「なにがいいたい!!」

「解らないか?」

「―――――!!」

 

 

景太郎の冷たい視線と言葉に、素子は怒りのあまりに強く歯を食いしばる!

十年前…つまり、青山鶴子が十六・七素子と同じ歳の頃には、素子よりもはるかに上にいたと、遠回しに言っているのだ。

それは、何よりも素子のプライドに触る言葉であった。無論、景太郎はそれを知っていて言っている。

 

そして、景太郎は指をコキコキと鳴らしながら一歩踏みだす。

 

 

「さて…青山の要望リクエストに応えて、少し手伝ってやるとするか」

「いらん! 貴様は後ろに下がっていろ!!」

「ふ~ん…いいのか?」

「結構だ! そこで黙って見物していろ!!」

 

 

手伝おうとした景太郎を引き下がらせると、素子は素早い斬撃で周囲にいた三体の悪霊を一太刀で斬る。

そして手早く納刀すると、今までとは桁違いに氣を練り上げる!!

 

 

「この一撃で終わりだ! 奥義 拡散・斬光閃!!

 

 

抜刀と同時に、刀身に蓄えられた氣が無数の弾丸と化し、数多あまたの悪霊を一つ残らず貫く!

拡散しているため、本来の斬光閃より威力は格段に下だが、それでも悪霊を滅するには十分らしい。

廊下を埋め尽くすほど居た悪霊は、一体残らず消滅した!!

 

 

 

 

―――――その2へ―――――

 

back | index | next