白夜の降魔

 

 

「どうだ、神凪!!」

「お~見事見事」

 

 

パチパチという拍手と軽い歓声を素子に送る景太郎。

素子は何か言いたげだったが、氣の使いすぎで倒れそうなのを踏ん張るので精一杯だった。

 

 

「とりあえずギリギリ及第点だな」

「ギ…ギリギリ及第点だと?」

「ああ。理由は二つ、氣の使いすぎによる疲労とアレだ」

「……?」

 

 

景太郎が指をさした方向を見る素子。

そこには、ガラスはいうに及ばず、壁に無数のヒビや破損ができた廊下の姿があった。

 

 

「悪霊如き雑魚に建て物壊してどうする。お前は学校を守りに来たんじゃなくて、壊しに来たのか?」

「うぐ……」

「まぁ、今回は弁償を考えなくてもいいけどな。浦島あいつらのせいにしたらいい」

「景兄様、それは……」

「そ、そうだ。いくらなんでも神鳴流の私が…」

「なら、弁償するか? かなり高いぞ」

 

 

その景太郎の問いへの二人の返事は、沈黙による肯定だった。

煉にしても素子にしても、神凪や神鳴流に請求を回されるのはできるだけ避けたい。

仕事上の問題なので、言えば払ってくれるだろうが、多額だと『無能』に思われかねない。

『出費が少なければ少ないほど良い』というのは、職種を問わない仕事の共通事項だ。

 

 

「そういうこと。だから煉君も対象限定なんて面倒な真似をしなくてもいいからね」

「いや、それはさすがに…僕は炎術、相手は水術ですし」

「大丈夫、炎術の後を破壊すれば分かりゃしないから。俺は証拠隠蔽そーゆーのとか得意だからね

「色々訊きたいような気はしますが…あえて訊かないことにします」

「それが大人への近道だと思うよ」

「やな近道ですね……」

「長生きできる便利な道だよ。特に、綾乃さんみたいな人を相手にするにはね」

「確かに…」

 

 

はぁ~…ッと重苦しい溜め息を吐く煉。

色々と苦労があるんだな…と、素子は失礼ながらも考えていた。

 

 

「それはともかく、まさかあんなに悪霊がいるとは思いませんでした」

「この分では、学校中に一体どれだけの数が集まっているのやら…」

 

「まぁ確かに…さて煉君、それをふまえて、今回の仕事はどういった方法をとるのかな?」

 

 

煉に退魔の方法を問う景太郎。今回の仕事は煉に任された仕事。

ゆえに、手伝いはするがそれ以上のことをするつもりはない。

あくまで、自分は煉の成長を手助けするのが第一目的であり、親友の望みなのだ。

 

当の本人である煉は十秒ほど考えた後、自分を黙ってじっと見ている景太郎を見返した。

 

 

「これだけの妖気が自然発生するなんて考えられません。何処かに原因となる何か・・があるはずです。

朝になれば怪異は消えるらしいから、それさえ排除をすれば、この依頼ははたせると思います」

 

「ああ、それが妥当な方法だろうね」

「はい。それで、その原因の特定なんですけど…頼めますか、景兄様」

「もちろん。そう言われると思って、さっき二人が戦っている間に場所を大体特定しておいたよ」

「それはどこですか?」

 

「一つ上の階の北方、そこに妖気とは違う奇妙な力を感じる。

そして、妖気の流れも其処を中心に渦巻いている感じた。おそらくはそこに……」

 

「ちょ、ちょっと待て神凪!」

 

 

景太郎の説明を遮る素子。

景太郎の言葉の中に、聞き逃せない部分があったからだ。

 

 

「馬鹿なことを言うな! こんな妖気に満ちた建て物、しかもその内部で別の力を感じるなど不可能だ!

その上、妖気の流れを感じるだと!? そんなこと、普通の人間・・・・・では不可能だ!」

 

 

”氣”を操ることでは日本でも最高峰である『神鳴流』を学んでいる者として、景太郎の言葉は信じられなかった。

一人前ではないとはいえ、自分の感知能力でも、この濃い妖気の中では周囲の気配を探るのが限界なのに、

景太郎は、校舎の妖気の流れすら把握している…

信じる、信じない以前に、素子のプライドがそれを認めようとしない。

 

だが、そんな素子の考えを否定したのは、景太郎ではなく、もう一人の言葉だった。

 

「いえ、青山さん。景兄様の言っていることはおそらく本当です。

景兄様の感知能力は神凪で最高レベル…いえ、右に出る者は存在しません」

 

「だが、言っては悪いが炎術師は……」

 

「はい。知っての通り、感知能力は鈍く、索敵系統のすべも、炎術にはありません。

しかし、景兄様のによる感知、索敵能力は別です。

さすがに風術師には敵いませんが、条件次第では、地術師の探知よりも上を行く場合すらあります」

 

 

煉の言葉に素子は正直言って驚いた。

ただし、後半部分の言葉にではなく、景太郎の感知が”氣”によるものだということにだ。

 

それはつまり、同じ”氣”の使い手である自分が周囲の氣を感じられないのに対し、

景太郎は校舎全体の氣の流れを感知し、あまつさえそれ以外の”力”すらも把握しているのだ。

誰がどう見ても、どちらが優れているのか…一目瞭然だ。

 

 

「経験が浅い僕が言っても意味がないかも知れませんが、

僕はいまだに景兄様を超える”氣”の使い手を見たことはありません」

 

 

煉はそう言って言葉を締めくくる。

だが、素子は煉の言葉は疑ってはいなくとも、納得…いや、信じられなかった。

 

 

「そんな…いや、しかし……本当に、神凪が私を超える”氣”の使い手だとは信じられん……」

 

 

”氣”を扱うことに関しては他の追随を許さぬ退魔組織『神鳴流』の厳しい修行を十年以上も受けた者として、

他の者…それも、炎術が主な組織に、自分を超える者が居ることが信じられない素子。

 

そんな素子の苦悩を、景太郎は嘲笑が少し混ざった微苦笑の表情で見ていた。

 

 

「煉君の言葉は少々大げさだと思うけど…青山、お前は自分以上の氣の使い手がいないと思ってたのか?」

 

「ば、馬鹿を言うな。本家に戻れば私以上の者など数多くいる事ぐらいは知っている。

だが、私が信じられないのは、お前が私以上の”氣”の使い手だということだ」

 

「ふ~ん…その様子だったら、気がつかなかったんだな…」

「何をだ?」

「この前青山と戦った際、最後の出した『真・雷光剣もどきあのワザ』をどうやって防いだか」

「それは、お前は炎の精霊で……」

「相殺して防いだってか? ある意味間違っちゃいないがな…」

「ある意味、間違ってはいない?」

「解らないなら教えてやる。俺はな、お前の技を〈相克〉したんだよ。”炎”術ではなく、”金氣”でな」

「なに! まさか貴様、アレを知っているのか!?!」

「ああ。まだ浦島に居た頃、総代に…な」

「父上自らが教えていたのか。それならば、納得できる…な」

 

 

驚愕を含んだ眼差しで自分を見る素子に、懐かしそうな…それでいて皮肉下な笑みを作った。

ただ、素子は一つ勘違いしていた。

先程の言葉通り、景太郎に”氣”の鍛錬を施したのは素子の父、〈青山元舟〉その人ではあるが、

元舟がやったことと言えば、基本的な練氣と、神鳴流の技を見せただけにすぎなかった。

その勘違いに景太郎は気がついたが、あえて指摘することはない。

 

 

「〈真・雷光剣〉…名前の通り使用する属性は”雷”。そして、”雷”は”木”属性…『木』を相克するのは『金』

まさか、お前がアレを…神鳴流の『真髄』を知っているとは思いもしなかった」

 

 

神鳴流…『氣』を用いて戦う”戦闘集団”

その戦闘力は高く、浦島の守護組織であると同時に日本有数の退魔組織でもある。

その退魔組織としての知名度ランクでは炎術の大家『神凪』と並び称されるほど。

無論、神鳴流がそこまで称されるのは、氣を使った退魔武術を扱うから…というわけでは決してない。

そもそも、氣を用いて退魔術・武術は数多あまたある。

その中でも、神鳴流の技が”他を抜きんでている”といわれている理由が、独自の氣功術にあった。

 

その独自の氣功術とは、『木・火・土・金・水』の陰陽五行の思想を元にして作り上げた氣功戦闘術。

神鳴流では、ソレの事を『五行戦氣術』と呼称していた。

すなわち、己が氣をその五行のいずれかの属性に変化させ、敵を倒す…それが神鳴流の戦闘姿勢スタイルだ。

たとえば、〈斬岩剣〉であれば、土の氣を用いて武器の硬質化、及び威力を数倍に上げて敵を斬る。

〈斬空閃〉であれば、風や雷である”木”の氣へと属性変化させ、氣の弾丸にて相手を穿ち、又は斬り裂く。

 

そして、五つの属性の技を身に付ければ、

相手の属性に応じて技を使い分ける事によって戦闘を有利に進めることが出来る。

”木”属性なら”金”の技、”金”属性ならば”火”の技…という〈相克〉と呼ばれることわりを利用し、魔性を滅す。

相克の理は―――――

『”木”は”金”に倒され、”金”は”火”に溶ける、”火”は”水”によって消され、

”水”は”土”に流れを塞き止められ、”土”は”木”によってえぐられる』

―――――という、相手を打ち消すの図式になる。

 

だが、それだけでは神凪と並び称される事はない。

神鳴流は”陰陽五行”のもう一つの面…〈相応〉のことわりをも利用し、自らの技を何倍にも高めているのだ。

相応のことわりは―――――

『木は火を強め、火は土を作り、土は金を生みだし、金は水を生みだし、水は木を育む』

―――――という、相克とは逆に、相手を助ける力の関係図となっている。

 

神鳴流では基本的に二人以上で退魔を行い、〈相応〉〈相克〉を用いて魔性を滅するのだ。

それ以外でも多々活用法はあるが、それはともかく…

この『五行戦氣術』の全てを、神鳴流では『真髄』と呼び、常に心得るようにしていた。

 

話は長くなったが、この『真髄』により、神鳴流は如何なる邪妖相手にも即座に対応できるため、

裏の世界でも信用が高く、かの”神凪”に並び称されるほどになっているのだ。

あえて言わせてもらえば、浄化の力が弱まっている神凪分家が火属性の妖魔に相対した場合、

逆に炎を利用されることがあるため、そう云ったことに関しては神鳴流の方が一枚上手である。

 

 

(精霊魔術だけでなく、私以上の”氣”の使い手…弱点らしい弱点がまるで見えない……

私より一枚も二枚も―――――いや、間違いなく姉上レベルだ)

 

 

自分が知る”最強”の存在と並ぶ景太郎に、素子は「はあ~」とため息を吐いた。

これ程の相手にさんざん悪態をつき、喧嘩を売ってきた自分があまりにも情けなく感じたのだ。

 

 

神凪こいつから見れば、私の暴言など『弱者の囀り』でしかなかったのだな…)

 

「おい、さっきからなんなんだ、陰気な溜め息を吐いたと思ったら遠い目でこっちを見て…

青山らしくもない。なんか言いたいことでもあるのならはっきりと言え」

 

「いや、別になんでもない…さぁ、先を急ごう」

 

 

素子はそれだけ言うと、先頭に立って階段に向かって歩き出す。

そんな素子の様子を、景太郎と煉は揃って首を傾げて見ていたが、

特に気にしても仕方が無いというのと、離れすぎるのは危険だということですぐに後を追いかけた。

 

 

―――――そして数分後。

三人は幾度か悪霊に襲われながらも、苦もなく浄霊(素子は除霊)して、

元凶が存在する―――――と思われる―――――部屋に辿り着いた。

 

その部屋の前に立った景太郎は、部屋の扉に張られた名札をなげやり気味に眺めながら素子に訊く。

 

 

「なぁ青山、ここって―――――」

「訊くな……」

「オカルト研究部って―――――」

「だから聞くなと言っているだろうが!!」

 

 

半ば逆切れ的に怒鳴る素子!

そう、景太郎の視線の先…扉の名札には、やたら達筆で『オカルト研究部』と書かれていた。

 

素子としては(部の存在も元凶の可能性も)否定したいところだが、

残念ながらいくら見ても部室の名が変わるわけでもなく、内部から感じる微かな威圧感プレッシャーが消えるわけでもない。

 

 

「いくらなんでも、これはベタすぎるだろ…もうちょっと捻ったオチでもいいだろうに。

第一、お前の学校はなんでこんな胡散臭いのを放し飼いにしてんだよ」

 

「私が知るか……」

 

 

さすがの素子も、今回ばかりは景太郎の言葉に反論することはなかった。

というか、心の中では大いに景太郎に同意していたのだ。

 

 

「と、とにかくこの部屋の中に原因となるモノがあるのは間違いないようですし、早く入ってみましょう」

 

 

煉は二人をおもんばかってか、扉に手をかけたまま中に入ることをすすめる。

そんな煉の心遣いをくんでか、二人は「そうだな」というと肯いて同意を示した。

 

そして煉が扉を開けた―――――次の瞬間! 今までとは比べものにならないほどの霊圧が三人を襲う!!

 

 

「―――――チィッ!!」

 

 

景太郎は舌打ちしながらも、瞬時に氣による防護壁…否、防護結界を作り、霊圧から身を護る。

何があるか分からないため、景太郎は炎の精霊を召喚の準備と、さらに練氣しておいたのだ。

 

 

「妖気と霊気を同時に感じるな……」

「そうですね…それと、凄まじい霊圧ですね」

 

 

結界にも気づかず、開けた扉の前に堂々と立つ二人に眉をひそめる景太郎。

退魔は警戒と用心が命を助ける場合が多い。この場合も、正にその典型だ。

 

もし景太郎がいなければ、二人はこの霊圧に気圧され、その影響を直に受け、一瞬なりとも無防備になるだろう。

その時に中から不意打ちをかけられれば…いや、悪霊が又現れて襲いかかりでもすれば、危険極まりない。

今回は、もし不意打ちがあっても景太郎の結界に阻まれていただろうが……

『有り得る危険性』を考え、気がつかないようでは、二人はまだまだ未熟…半人前でしかない。

少なくとも景太郎から見れば、戦闘力はともかく、退魔士としてはまだまだだった。

 

(綾乃さんの、とくに用心もせず妖魔を力押しで退治するような所を見習わないでくれよ、煉君……)

 

弟分の将来を心配しつつ、景太郎は軽い溜息を吐いた。そして、

 

 

「行くぞ」

 

 

そう二人に言うと、周囲の氣の全てを把握しつつ、部屋の中に入っていった。

そして素子と煉は、そんな景太郎の後を慌ててついて行き、続いて中に入っていった。

 

その部屋の中はというと…濃い妖気と強い霊気が混じり合いながら部屋の中に充満し、渦巻いていた。

景太郎はその二つの氣に微かに渋面しながら、部屋内の随所を一瞥し、今回の原因に気がついた。

 

 

「なるほどな…不安定な力場が巧妙に絡み合って極小の”ゲート”が開いたのか」

「それを作っている原因となる物は、やっぱりアレですよね」

「ああ、その様だね」

 

 

部屋の随所に飾られ、置かれている物々しいインテリアの数々を指差す煉に、景太郎は頷いた。

その『物々しいインテリアの数々』とは、呪術に用いるオカルト・グッズだ。

しかも、水晶球などの割と普遍的ポピュラーなモノをはじめ、やたら存在感がある小型1/10スケールモアイ像やトーテム・ポール、

どうやって手に入れたのか解らない、ジャングル奥地にいる原住民が使っていそうなシャーマンの仮面など。

和洋中どころか、世界の呪術道具がごちゃ混ぜに、所狭しと並べられていた。

 

見た限り、そこそこ稀少な代物レア・アイテムや、立派な呪法具もあるのに、

こんな状況下だとありがたみも何もあったものじゃない。はっきり言って土産物の域だ。

 

 

「ここまでくると蒐集家コレクターというより蒐集狂マニアだな。一体こんな物をどうやって集めたのやら」

「た、確かに凄いですね。ある意味」

「むぅ、なんというか………凄まじいな」

 

「二人とも、正直に言ってもいいんだぞ。すっげ~くだらないってな」

 

 

景太郎は二人の心情を代弁しながら、背後の壁や扉に張られた無数の霊符を一枚一枚を適当に見る。

そして、その霊符は霊気の遮断や結界系の代物だという事を、知識の中から思いだしていた。

 

 

「とりあえず、この状況から察するに…今回の件は、あのオカルト・グッズの力が混じり合ったせいだな」

「それだけでこんな状況下になるのか?」

 

 

素子は自分の知識と現状を照らし合わせながら眉をひそめる。

数は豊富だが、素人が集める事ができる程度の呪術道具オカルト・グッズに其処までの力があるとは思えない。

仮に、その程度でこんな状況を招くのであれば、オカルトショップや呪具の保管庫など悪霊の巣窟だろう。

そんな素子の疑問に、景太郎は霊符を指差しながら答える。

 

 

「ただ集めただけなら良かったんだがな、この霊符とかの所為で霊気が放出せず、部屋の中に溜まったんだ。

しかも、霊気の質は多種多様…ちょっとした混沌だ。それで、極小とはいえゲートを作ったんだ。

幸いか、あまりにもゲートが小さすぎて妖魔が通れないみたいだけどな。

しかし、まさに絶妙なバランスだな。後少しでも霊気が強ければ霊符は弾けとんでいたし、

ほんのちょっとでも弱ければゲートは発生しなかっただろうからな」

 

 

妙な関心をしている景太郎に、話を理解しようと頭を回転させている素子と煉。

数秒ほどして理解したのか、今度は煉が景太郎に質問をする。

 

 

「景兄様。今の話からすると、このおびただしい妖気はゲートから流出したものですよね」

「ああ。その霊符はあくまで霊気遮断用だから、妖気は素通りみたいだね」

「では、外の悪霊はこの妖気に集まったと……」

 

「その通り。おそらくは無害な浮遊霊も居ただろうけど、妖気に触発されて悪霊になっただろうね。

ついでに、朝になると一匹も居なくなるのは、ゲートが閉じる際に吸い込まれたから…

それで、夜になってまた開いた際、呼吸するように吐き出された…と云ったところだろうね」

 

「そうですか…じゃぁ、原因と元凶を取り除きましょう。それが一番いいはずです」

「そうだね。で? その方法は?」

「はい。あのゲート…というか、形成する力場と、その源である呪術具の力を消せばいいと思います」

 

 

煉の答えに景太郎は満足そうに頷く。

そして、部屋の中を指差しながらにこやか微笑みながらキッパリと言う。

 

 

「その通りだね。それじゃぁ煉君、頑張って」

「ぼ、僕がですか? 僕よりも、景兄様がやった方が…術の腕も、力も強いんですし」

 

「煉君。これは君が受けた仕事なんだ。だから君がやるんだ。

何も一回でやれといってるんじゃない。時間をかけてもいいんだから。大丈夫、煉君ならできるよ。

ほら、精霊達も…煉君の力になろうとしているだろ?」

 

 

その言葉、そして先に景太郎が召喚していた炎の精霊が自分の周りに集うのを見て、煉は奮い立つ。

そして、力場中心…ゲートと、その周囲の道具を視界におさめ、

集まってくれた炎の精霊に感謝の念を送りながら、さらに精霊を召喚し、黄金きんの炎を顕現させる!

 

その黄金きんの炎から発せられる余波ともいうべき波動に、周囲の妖気は凄まじい早さで消え去り、

ゲートから出てきた邪霊も、集まってきた悪霊達も瞬時にして浄化される。

 

これ程となると、景太郎と素子はサポートするまでも、必要すらもない。

二人は邪魔にならないようにと、部屋の外に出て入り口から煉を見る。

 

 

「神凪の力の象徴、浄化の黄金きんの炎…か。ここに着くまで何度か目にしたが、今までで一番凄まじいな」

(神凪の破魔の炎に、煉の浄化の炎…私など、足元にも及ばない凄まじい力)

 

 

煉の炎を見て、神凪に名を連ねる者達の実力を認識(景太郎に関しては再認識)した素子は、

二人に比べて自分の力などたいしたものではない…と考え、気分を沈ませる。

 

 

「青山。お前、今自分なんか大したことないって思わなかったか?」

「―――――っ! 何を突然……」

 

 

自分の心を見透かしたような言葉に、素子は内心の動揺を抑えつつ、景太郎の方に向く。

対する景太郎は、煉の方に目を向けたまま、素子の方にはまったく目を向けていない。

 

 

「図星か…お前、自惚れるなよ」

「な、なんだと!?!」

 

 

あまりの辛辣な言葉に、素子は怒りを露わに景太郎に食ってかかる!

そんな素子に、景太郎は視線を…はてしなく冷めた視線を…無表情で向ける。

 

 

「ああ見えても、煉君はお前よりも修羅場をくぐっているんだ。

大概、傍に心強い味方がいたが、一歩間違えれば死ぬかもしれない場面も、

心が張り裂けそうな辛い時もあった。それらを、煉君は決して逃げ出すこともなく戦った。

ゆえに、煉君は強い…力だけじゃなく、その心も……」

 

「つまり、私は実戦経験もろくになく、辛いこともなかったから弱いと…」

 

「俺が言いたいのはそう言う事じゃない。それに、はっきり言ってお前は並の退魔師・術者よりも強い。

それこそ、裏で二流や三流と呼ばれる奴等なんか、足元にも及ばないほどにな」

 

 

景太郎の言葉に素子はポカンと呆けた顔になった。

まさか、景太郎の口から誉め言葉が出るとは夢にも思わなかったのだ。

しかし……

 

 

「だがそれだけだ。お前は弱い奴には強者だが、強い奴の前では弱者になる」

「は? 神凪、意味が解らないのだが?」

 

 

景太郎の言葉を、訳の解らないといった感じで問い返す素子。

だが、景太郎はそんな素子の問いを無視し、言葉を続ける。

その程度、自分で考え、意味を見つけろと言わんばかりに…

 

 

「煉君とて、炎術師としては申し分ない強さだが”最強”じゃない。

自分より強い存在と敵対すれば、護りたい者を失うだろう。

だから、煉君はさっきも言ったとおり、強くなろうとしている。何も失わないように…な。

その気持ちが…根本的な信念が、お前と煉君の差だ」

 

「何を言う! 私とて強くなるために日々鍛錬し、技を磨いている!

目標である”姉上”のように強く、気高くあるために!」

 

「それは結構。だが、その”姉上”でも敵わない相手が現れたらどうするつもりなんだ?」

「そんな奴がこの世に―――――」

 

「居る。少なくとも、俺の知り合いに数人ほどな。他にも超越存在オーバーロードとか悪魔大公…それはまぁいい。

そんな相手が目の前に現れたらどうするんだ?

自分じゃ勝てないから何もしないのか? それとも逃げ出すか?」

 

「そ、それは……」

 

 

それ以上言葉を紡ぐことが出来ない素子。

実際にその様な状況になれば、自分など足手まとい…邪魔にしかならない。

 

 

「だがな、煉君は違う。たとえどんなに強い敵が現れようと、戦うやるべき時には戦うやる

大切なモノを護るために…そして、自分の憧れる存在と共に並び、戦えるように強くなろうとしている。

姉の背中を見ているだけのお前とは違うんだよ」

 

「私は―――――」

「否定したいのなら否定しろ。誰よりも自分が答えを知っているはずだ」

 

 

景太郎の言葉に素子は何も言えなくなる。

何を言い返そうと、どんなに言葉を重ねようと、自分の中の答えは変わらない…ただの誤魔化しだから。

 

 

「独り言だが…お前は神鳴流から出るのが早すぎた…もし強くなりたいのなら、死ぬ気でやるんだな」

「死ぬ気で…修行を……」

 

 

強い意志の光を瞳に灯しながら顔を上げる素子。

景太郎がその様子を、皮肉とも純粋ともとれるような微笑で見ていた。

 

 

「神凪、それで私は―――――」

 

 

素子の言葉の途中! 景太郎は目つきを鋭く変えると、背後…部屋とは反対の廊下側に炎の結界を張る!!

 

―――――その直後!!

 

バジュン!!

 

 

白銀ぎんの炎の結界に十数本の水の矢が衝突し、弾けるような音をたてて消滅する!!

 

 

「貴様等、なんの真似だ……」

 

 

景太郎はそう言いながら廊下の角を睨む。

すると、そこからヘラヘラと軽薄そのままの顔をした八馬と、

明らかに不機嫌そうな顔をした健二が姿を現した。

 

 

「凄い妖気を感じたんでな。先手必勝で攻撃したんだが、どうやら間違えたみたいだな、まあ勘弁しろよ」

「悪いな。お前達が居ることにまったく気がつかなくてよ。事故だよ事故」

 

ぬけぬけとそんな事を言う二人に、景太郎は一瞬で間合いをつめて二人の鳩尾に拳を叩き込む。

かなりの力が篭もっていたのか、二人は吹き飛んで壁に衝突し、そのまま崩れ落ちた。

 

 

「いきなりか、神凪」

「こいつらの相手をするだけ、時間と労力の無駄だ」

 

 

崩れ落ち、ぐったりと倒れ込んでいる二人を見て呆れる素子。

実力差を理解できない末の姿を、目の当たりにしたからだ。ちょっと間違えば、自分もこうなっていただろう。

 

 

「お待たせしました」

 

 

そうしている間に仕事を終えたのか、煉は部屋から出てくると、倒れている八馬達を見て目を丸くする。

炎の制御に集中していたため、煉は周囲の騒ぎに気がつかなかったのだ。

 

 

「お疲れさま。結構早かったね」

「はい、一回ですませましたから。でも、ちゃんと全て浄化しました」

「うん、ご苦労様」

「あの…それよりも、この二人はどうかしたんですか?」

 

「あぁ、煉君は気にしなくていいよ。記憶に留めるほど価値のある奴等じゃないからね。

さて、これで仕事は無事に完了。後始末は俺がやるから、二人はもう帰ってもいいよ」

 

「えっ?でも……」

「神凪、どうしたんだ?」

 

 

少々挙動不審気味な景太郎の様子に、煉と素子はいぶかしむ。

そんな二人の疑いの眼差しに、景太郎は右の手をヒラヒラさせながら曖昧に笑う。

 

 

「いいっていいって、遠慮しないで。それに二人はまだ子供なんだから、夜更かしはいけないよ」

「誰が子供だ!」

「法律上では、二十歳を過ぎていない奴は子供なんだよ」

 

 

子供扱いに素子は怒るが、景太郎をよく知る煉はますます困惑を深めるだけだった。

そんな煉に向かって景太郎は微笑みを返す。

その微笑みを別の意味で受け取った素子は、憤慨した様子で踵を返した。

 

 

「ああそうか。じゃぁ先に帰らせてもらう!」

 

 

怒りを体現するというか、ドスドスと足音を立てながら歩き去る素子。

煉は素子と景太郎を心配そうに交互に見やる。

 

 

「景兄様、素子さんを怒らせていいんですか?」

 

「なに、俺と青山とはこれくらいがいいんだよ。

それよりも、表で待っている二人を頼むよ、ついでに青山もね。後始末は俺がちゃんとするから」

 

「……はい、解りました」

 

 

景太郎の言葉に、煉は溜息を吐きながら素子の後を追いかけた。

その煉を見送った景太郎は、静かに振り返り、今だ倒れている二人に向き直った。

 

その顔には表情が無く、視線はどこまでも冷たい……

その表情、雰囲気は、景太郎がひなた荘に来た直後…はるかに向けていたものに酷似していた。

一切の憐れみすらない、冷酷という名の仮面の表情。

 

(そう…後始末だ。これからの事は二人にはまだ早い…)

 

 

心の中で呟く景太郎…もし、実際に声に出して呟き、それを聞いている者がいたら鳥肌を立てていただろう。

そのあまりの冷たさと、深遠の闇から響くような暗い声に……

 

その時、

 

 

「う…あ……」

「ぐ…一体何が……」

 

「起きたか……」

 

 

目を覚ました八馬と健二は、景太郎の言葉に意識をはっきりさせると、

腹部に走る痛みを意思で抑えながら立ち上がり、景太郎を憎悪の視線で睨み付ける!

 

 

「貴様! よくもやってくれたな!」

「この借りは数倍にして返す!!」

 

「俺としては、不意打ちしてきた敵に対して寛大な処置だと思うがな」

(問答無用で殺していない、現時点ではな……)

 

 

八馬達の自分勝手な言葉を景太郎は無表情のまま…いや、見下した感じで流す。

その態度が気にくわない健二は、怒りの形相で景太郎に食ってかかる!

 

 

「俺達の攻撃を防いだからといっていい気になるなよ。

神凪に行って少しはましな力を手に入れたからといっても、生まれついてのくずはどこまで行ってもくずだ。

どうせ〈涅槃〉を滅ぼしたのも、神凪宗家の連中が居たからこそだろうが!」

 

「ああ、まったくその通りだ。力を借りたのも、あの三人が居たから滅ぼせたのも間違いのない事実だ」

 

「は、はははっ! 認めたか! やはり貴様はくずだ、無能者だ!

あのくたばった〈くさび〉がいなければ何もできない、自分の身すら守れない無能も―――――がっ!!」

 

その言葉途中で、景太郎は健二の腹を蹴り飛ばす!

蹴り飛ばされた健二は再び壁に激突すると床に座り込み、蹴られたところを抱えて景太郎を憎悪の視線で睨む。

 

 

「貴様ぁっ!!」

 

 

蹴り飛ばされた健二を見た八馬は、景太郎に向かって殴りかかる!

それを景太郎は下がらずに、逆に前に出てカウンターで殴り飛ばす!!

 

そして八馬も健二と同じく、壁に激突して床にうずくまる。憎悪の感情を含んだ視線で睨み返すところまで同じだ。

そんな二対の視線を景太郎は真っ向から、絶対零度の視線で見据え返す。

 

 

「お前達の下らない御託はいい。時間と空気の無駄だ。

それより本題に入るぞ。貴様等、何故あんな攻撃をしてきた?」

 

「ふん…無能な手前てめぇでも倒せば名が上がるからな」

「いちいちわかりきったことを聞くな」

 

 

二人の答えに、景太郎は深呼吸のような溜息を吐く。

己の中の激情を抑え込むための行為だ。

 

 

「お前達みたいな馬鹿には、ちゃんと言葉にしないと通じないみたいだな…言い方を変える。

あの時、”水の矢”の進路上には煉君が、ついでに青山がいた。

貴様等は神凪と神鳴流をそろって敵に回すつもりなのか」

 

 

八馬達が放った”水の矢”はまとを貫く、いわゆる『貫通』系の攻撃。

もしまったく防御をしなければ、景太郎と素子を貫き、術の集中していた煉をも殺していただろう。

 

 

「答えろ。答えによっては……」

 

 

景太郎の言葉に、健二はいちいち鬱陶しいと言わんばかりに顔を歪め、舌打ちをする。

それを聞いた景太郎は、健二を一瞥する。

 

―――――その直後!!

 

健二の身体が白銀ぎんの炎に包まれ、断末魔の声を発する間もなく消滅する!

 

 

「な……け…」

 

 

目の前で起こった出来事に八馬の思考は半ば停止し、上手く言葉が紡げない…

自分の目を疑い、今の出来事を信じたくはなかったが、いくら凝視しようとも健二の姿はない。

 

時間が経ち、その事実が頭に浸透するにつれ、恐怖のあまりに身体がガタガタ震えだす。

健二の死に…ではない、景太郎の支配する火の精霊の量を直視し、恐怖に震えているのだ。

かつて、はるかが景太郎の実力を垣間見た時と同じように……

 

 

「貴様等の考えはよく解った……」

 

 

ひなた荘に来てからこっち、景太郎はいい加減我慢の限界にきていた。

東大帰りの時の浦島からの刺客、加奈子が来た際の傍にいた女の発言、

そして三度目はこの学校に来た時の八馬と健二こいつら二人の言葉。

 

ここまでの事なら景太郎は馴れているし、表立って事を構えるつもりはなかった。

〈涅槃〉の一件で、浦島は自分に対して悪い感情しかないため、

いちいち相手をしていたらキリがないと考えていたからだ。

もっとも、それは今に限ったことではなく、生まれたその時からずっとだったが…

 

先の三つ以外にも、色々とフラストレーションが溜まることは多かった。

そして、この四度目…八馬達の行動が限界だった。

自分だけならまだしも、弟分である煉と、ついでに素子まで巻き添えにしようとする腐りきった二人の根性、

その行為を当たり前だという傲慢な思考に、景太郎の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「やはり、貴様等を『生かしたまま嬲る』というのは甘い考えだった」

「くっ、来るなっ!!」

 

 

一歩一歩と近づく景太郎に、八馬は必死に水の精霊を召喚して攻撃を仕掛ける。

水の矢、刃、最後の方はろくに集束もされていない水流…

そのどれも、景太郎に触れる前に前触れもなく霧散し、かき消える!

 

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!! た、頼む! こ、殺さないでくれ!!」

 

 

自分の後ろには壁があることすら忘れて必死に後ずさろうとする八馬。

その事に気がつくと、今度は泣きながら景太郎の命乞いを始める。

 

 

「か、金ならやる! お前が望むのなら浦島に戻るのを手伝う!

お、俺は森家の次期当主だから不可能じゃない!

そ、そうだ、お前が宗主になるのも手伝う。その後もずっと力になってやる。だから命ばかりは……」

 

 

景太郎が立ち止まったことに、八馬は自分が助かったことに安堵する。

そう考えた瞬間―――――景太郎の右手が八馬の顔を鷲掴み、へたりこんでいた八馬を持ち上げる!

 

 

「寝言ばかりほざいてんじゃねぇぞ……」

 

 

景太郎の周りに集まる精霊チカラを感じた八馬はなおも命乞いをする。

 

 

「ま、待て、待ってくれ! 俺は森の次期当主だ!

その俺を殺せば”浦島”と全面戦争だぞ! それでも―――――」

 

「望むところだ。全員そろってお前の後を追わせてやるよ」

「い、嫌だ! 俺は死にたくない!!」

 

 

八馬は自分の中にある力全てを振り絞り、水の精霊を召喚する!

集まった水の精霊は具現し、周囲から怒濤のように景太郎に殺到する―――――が、

景太郎の一瞥しただけで散り散りになって消え去った。先程と同じく……

 

その時になって、なぜ水の精霊が霧散したのかを八馬は理解した。

 

水流を形成する水の精霊を、景太郎は具現化していない炎の精霊をぶつけて散らしたのだ。

その様なこと、桁違いの意志力の差が無ければ到底成し得ない。とくに、扱う精霊が違えば違うほど…

 

それを理解した八馬は、絶望に意識が途切れそうになったが、頭を締めつける痛みにそれすら許されない。

そして―――――

 

 

「あの世で〈涅槃〉によろしくな……」

「や、やめ―――――」

 

 

言葉の途中で、先の健二と同じく八馬は白銀ぎんの炎に包まれ一瞬で消滅した……

後には灰すらも残っておらず、二人が存在していたことを示すものは何一つ無い。

 

それを確認した景太郎は、沈黙したまま踵を返し、学校を後にした。

 

その際…ひなた荘に着くまで、景太郎の顔は無表情のままだった…

その心内を知る者は…誰もいない。

 

 

 

―――――第九灯に続く―――――

 

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