ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第九灯 「憎しみの連鎖…」
煉の初仕事が終わり、後始末した後、景太郎はひなた荘に戻って仮眠をとった。
そして翌日の朝―――――いつも通りに起床した景太郎は、皆の朝食を作るために食堂に下りると、
そこには陰痛な顔をして椅子に座っているはるかの姿があった。
はるかは、姿を現せた景太郎を見たとたん渋面になり、重たげに口を開いた。
「……景太郎。昨夜の煉君の仕事、浦島家とブッキングしたらしいな」
「ああ。それがどうした」
はるかの問いを些細なことのように簡潔に答える景太郎。
その答えに眉を少しひそめながら、はるかは質問の続きを口にした。
「そして、お前達はちゃんと戻ってきている」
「……で?」
「それなのに、今回の退魔に送られた浦島の術者二人…
”森”と”菱木”の嫡子がいまだに帰投していないとの連絡を受けた……何か知らないか?」
それは質問と云うよりも、考えられる予想の確認作業…といった感じだった。
当たってほしくはない…そう考えるはるかに対し、景太郎は冷たい笑みを浮かべる。
「あいつらね。今どの辺りにいるかはわからないが、あれからなら少なくとも〈川〉か〈坂〉を通ったのは確実だな」
景太郎の答えに、はるかの顔が強張る。
川と坂…問いただすまでもなく、”三途の川”と”黄泉比良坂”
前者は『仏教』で後者は『神道』だが、共通しているのは”あの世とこの世の境目”ということだ。
それはつまり…景太郎が”浦島”の人間を殺したと言っているのと同義語だった。
「まさか…とは思っていたが……」
信じたくはなかった。景太郎が本当に浦島の…人間を殺すとは……
以前の刺客に関しても、景太郎は一人も殺さなかった。
加奈子の付き添いにしてもギリギリ…本当にギリギリだったが、結局止めたのは景太郎だった。
景太郎は子供の頃と同じ、心の底では優しいまま…そう、思っていた。
そして、とても気の優しかった景太郎なら、人を殺めるなんて事はしない…そう、信じたかった。
「なぜだ…なぜ殺した。分家とはいえ、お前と同じ血筋の人間を…親戚だろうが!
それも、お前だって幼い頃から顔を合わせていた幼なじみみたいな奴を……」
激情のまま怒鳴るはるか。しかし、景太郎はそんなはるかを嘲りの表情で見返した。
「きっかけを作ったのは俺だ。だが、縁を切ったのはそっちからだ。完全無欠にな。
それに…あの時の俺の状況を理解していて、奴等を俺の幼なじみと言っているのなら、あんたは馬鹿以下だな」
「しかし…だからといって殺すことは「三回」―――――なに?」
「三回だ。俺が浦島を見逃してやったのは」
「三回?」
先の二つには心当たりがあるが、後の一つが思い浮かばないはるかは眉をひそめる。
「昨日の連中がな、出会った直後に愉快な挨拶をしてくれたんでな。それで三回だ。
俺はそこまでは我慢してやったんだぞ? 感謝されるいわれはあっても、非難されるいわれはない」
「だが……」
景太郎の言っていることは理解できる。
もし、自分が景太郎と同じ立場で、強い力を持っていたら…考えるまでもなく、浦島を叩きのめしているだろう。
それでも…決して景太郎のやったことは納得できない。
頑なに拒否しているとはいえ、同じ血を引く同胞を…顔見知りの親戚を殺すなど。
「納得できないといった様子だな」
「…………」
「忘れているみたいだから言うが…最初、俺は此処に何をしに来たと思ってるんだ」
「それは、此処の管理人をするべく―――――」
否―――――そうではない。
確かに景太郎を呼び寄せた理由はそうだが、それはひなたの目的であり、景太郎自身の目的は全然違う。
景太郎が此処に来た理由とは、前・宗主であり、前回『水仙の儀』を執り行ったひなたを殺すためだ。
「理解したのなら結構だ。だが、最後に一つだけ付け加えておくなら、あいつらを殺した最大の理由は別だ」
「……別?」
「ああ、そうだ。一番の理由は、あいつらが手を出してきたからだ。
俺だけならともかく、煉君までも巻き込もうとしてな。ついでに青山も居たが……まぁこれは些細な事だ」
「煉君や素子をか!?」
「ああ。俺はな、身内や仲間に危害を加えるような連中に情けをかけるつもりはない。
どんな理由があろうとも、相手が誰であろうとな…」
いつもは素子を半人前扱いしている景太郎だが、その”身内や仲間”の中に、一応素子も入っている。
といっても、ひなた荘にいる以上、とりあえずは身内として認めてやる…という感じではあったが。
もっとも、景太郎はその事を本人の前で口にすることはないだろう。
ただ…一つ誤解しているかもしれないが、
最初、景太郎は素子にきつく当たっていたのに、最近は必要以上にからかっているのは、
素子が”神鳴流”であり、その風潮…”弱者を見下す”ようなことを普段口にしているからだ。
些細なきっかけで溢れ出しそうになる怒気や殺気を、からかうことによって誤魔化しているのだ。
もし、”青山”でなく、居なくなって成瀬川達が悲しまないのであれば、
ずっと前…一ヶ月と経たない内に素子はかなりの確率で(この世から)姿を消していただろう。
なにせ、素子の態度は景太郎がもっとも嫌う神鳴流の驕りの具現化に近いから……
話は逸れたが…
景太郎の言葉を聞いたはるかは表情を一変させ、神妙な表情で納得した。
「そうだったのか…ならば仕方がない。あいつらの自業自得だ」
「ほぅ? 意外とあっさりしているな」
「〈他の命を奪おうとするのなら、自分の命も奪われる覚悟をせよ〉
婆さんが私に…いや、自分の教え子に最初に教え、口がすっぱくなるほど言い聞かせる”闘いの心得”だ」
「道理だな。俺も、ずっと昔に一度だけ聞かされた」
「……だが、こうも言っていた。〈世の中は全て循環する。やったらやり返され、やられたらやり返す〉とな。
景太郎、お前はこの負の循環を断ち切るつもりはないのか?」
「あるさ。相手を完膚無きまで叩き潰し、殲滅して断ち切るつもりがな」
景太郎の湖面のように静かな…それでいて炎の如き強い瞳の光に、はるかは言葉を失う。
今まで幾度も感じさせられた『浦島滅亡』の可能性が改めて頭の中によぎる。
それは遠くない未来に起こるだろう…
浦島から若干離れ、客観的に物事が見えるようになったと自負する立場に居るはるかですら、
自らの思考の不条理さに気がついていないのだから。
先の話にあった〈闘いの心得〉の定義に、事の中心である景太郎を含むことすら考えず、
素子や煉の命を奪う行為に、やり返され死んだ八馬達は仕方がない…と言いつつも、
本当に狙っていた景太郎の命に関しては一切触れず、逆に殺したことを責めているのだから。
「…………これ以上、私は言うことはない。
だが、さすがにこの事は”浦島”に連絡しなければならない。かまわんな?」
「ああ、いいぜ」
どうでもいいと言わんばかりの景太郎の返事に、はるかは椅子から立ち上がり、食堂から出て…行こうとした時、
入り口で突然立ち止まり、頭だけ振り返って景太郎に声をかける。
「景太郎、さっきも言ったが、〈やったらやり返される〉のは誰にでも言えることだ。
浦島にしても、お前にしてもな…今回の件でお前は―――――」
「解っている。あんたよりもな…だが、狙うのなら俺だけにしろ。
あの日、ベランダであんたに言った言葉…忘れるなよ」
「忘れるはず無い。だが浦島には再度伝えておこう」
そういうと、はるかは改めて廊下を出ていこうとし、
「本当に変わったんだな、お前は……」
と、小さく呟いて去っていった。
その呟きを聞いた景太郎も、
「変わったか…変わらざるおえないさ。変わらなければならなかったんだ。
どんなに強く想おうとも何も変わらず、力が無ければ何もできないんだからな…
弱ければ…誰も救えないんだ。誰も……それを教えたのは、貴様等だ」
手を強く握りしめながら、自分に言い聞かせるように呟いた……
そして昼前―――――
日向市の市駅、電車前にて、ひなた荘のメンバーは神凪家へと帰る煉を見送りに来ていた。
「皆さん、突然の来訪にも関わらず、どうもお世話になりました」
成瀬川達一同に向かって礼儀良くお辞儀する煉に、
程度の差はあれ、皆は名残惜しそうな表情になった。
「もう帰っちゃうんだ」
「はい、成瀬川さん。僕も学生ですから…」
「そうね。また今度、休みの日にでもいらっしゃい」
「はい。皆さんさえよろしければ…」
「うちはかまへんで! レン、また来いや」
「そやそや、スゥの言う通りや。そん時には、今回の分も合わせて歓迎会するから楽しみにするんやで」
「ははは…まぁ、お手柔らかにお願いします」
キツネの言う歓迎会というものに何か薄ら寒いものを感じ、愛想笑いをするしかできない煉。
とその時、ホームに電車の発車を告げるアナウンスが流れた。
「あ、後少しで電車の発車時刻のようですね。それじゃぁ皆さん、お元気で」
アナウンスを聞いて電車に乗る煉。
「あの…煉さんもお元気で」
「道中、身体を大切にな」
「はい」
皆からの言葉に、煉は嬉しそうに微笑む。
皆からの好意の言葉からわかるように、煉は皆に受け入れられている。
これも煉の魅力…神凪の”炎術”とは違う、彼の力の一つ。
その事を、景太郎はよく知っていた。
「煉君。宗主によろしく…と伝えておいてくれるかい」
「はい、わかりました。でも、言伝は宗主だけなんですか?」
「あははは、『皆』によろしく伝えておいて」
「はい、皆さんに…ですね」
ニッコリと微笑みながらそう言う煉に、景太郎は冷や汗をかきながら、
「なるべく、穏便にね…とくに、彼女には住所を教えないように」
「はははは…分かりました」
誰にも聞こえないような小さな声で煉に頼む景太郎。
煉もその意味を理解しているのか、微苦笑しながら頷いた。
そんな怪しい雰囲気を不審に思ったのか、なるは眉を顰めながら二人に近づく。
「景太郎、どうしたの?急に顔を寄せ合って…何を喋ってんのよ」
「すまん、これに関しては聞かないでくれ」
「そ、そう…わかったわ」
真剣な…というよりは、悲壮な顔をした景太郎の様子に、
なるはその事を訊いてはいけないことを悟り、それ以上追求するのを止めた。
「なんだか必死ですね、景兄様」
「ははは…黙ってこっちに来たからね。事情を知らなかったら急に消えたようなものだし。
だから、もしあの子に場所を知られたら、平日だろうとお構いなしに学校を休んできそうだし……ってそう言えば、
昨日の学校…星陵高校って、綾乃さんが通っている高校と文字が違うだけで同じ名前だね」
綾乃が通っている〈景太郎の母校でもある〉聖陵学園。そして、素子が通っている星陵高校。
”聖”と”星”の文字違いではあるが、読みはまったく同じ。
綾乃のところが”学園”なのは、中、高と並んでいるからだ。素子のところは高等部しかないから高校だ。
「奇妙な偶然もあるものだね」
「あれ、言ってませんでしたっけ?あの高校、姉様の通っている学園とは”姉妹校”らしいですよ」
―――――ピシッ。
煉の口から新たな事実が飛び出た途端、景太郎は凍りついたように硬直した。
そんな景太郎の姿を成瀬川達はもの珍しげに見ていたが、当の景太郎に構う余裕はない。
すぐに硬直から解けた景太郎は、恐る恐るといった感じで煉に伺う。
「あの~…煉君、今回のことはくれぐれも〈彼女〉には……」
「分かっていますよ、景兄様。ただし、僕のことも黙っててくださいね」
「もちろん。元からそのつもりだよ」
二人がそんな会話をしている内に、電車の発車時刻になったらしい。
駅に発射を告げるベルが鳴り響く。
「もう時間です。それじゃ景兄様、近い内に一度家に帰ってきてくださいよ」
「解ったよ。じゃ、元気でね、煉君」
成瀬川達には滅多に見せない優しい微笑をしながら言葉をかける景太郎。
後ろで見ていた成瀬川達も、景太郎の言葉に続いて再度別れの言葉を告げ、
煉も皆に向かって微笑みながら、皆さんもお元気で…と言い返した。
そうして…電車の扉は閉まり、煉は日向市を去り、神凪家へと帰っていった。
「ところで先輩…」
「ん? 何かな、しのぶちゃん」
煉を見送り、駅から出たところで恐る恐るといった感じで問いかけるしのぶに、
景太郎は優しそうな笑みを浮かべて返事をする。
その反応に、しのぶは意を決して続きを口にする。
「さっき…素子さんの学校と先輩が居た所の学校が姉妹校だって聞いたとき、どうかしたんですか?」
「あ、いや、その………」
「それに、彼女って……」
「いや、それはねしのぶちゃん、人には知られたくない事が一つや二つは―――――」
「せやせや、うちらもそれが知りたかったんや。観念して洗いざらい吐いてもらおか、景太郎」
しのぶの後に続き、キツネが『興味と悪戯心満載です』と言わんばかりの顔で詰問する。
面倒なことになったな…と、胸中で呟く景太郎。
なるや素子は言うに及ばず、いつもは脳天気なまでに笑顔なスゥまで興味津々な顔をされている以上、
この場を乗り切っても後々しつこく質問されるだけ…と考え、諦めの表情で深く溜め息を吐いた。
「みんな期待しているところ悪いんだけど、そんなに大したことじゃないよ。
彼女―――――つまり、俺がさっきから言っている女性は、綾乃さんの友人なんだ」
「綾乃…というと、神凪の義理の妹だったな」
素子の言葉に頷く景太郎。
以前…加奈子が訊ねてきた時に言っていたことなので、それは全員承知している。
「それで、綾乃さんの友人…名前は〈篠宮 由香里〉という娘でね。
以前から知り合いだったんだけど、少し前にちょっとしたことがあって二、三度ほど助けたんだ。
それ以来、何故か俺に好意をもってくれているらしいんだよ……」
「なによ。結局の所ただの惚気?」
なるが憮然とした顔で、期限が悪そうな声でそう言うと、
景太郎はげんなりとした表情になった。
「まぁ、第三者が聞けばそう感じるかもしれないけどね…実は彼女、とても押しの強い人でね。
さっきも煉君に言ったけど、俺が此処にいる事を知られたら、平日でも平気で来かねないから」
「はぁ…でも、それだけなら別に……」
「それだけなら…ね。でも、彼女のことだ。姉妹校である青山の高校に即日編入しかねない。
いや、あの手この手を使ってひなた荘に住もうとするかも……」
「神凪、いくらなんでもそれは無理だろう。
いかに姉妹校とはいえ、即日に編入できるはずもない。少しは常識的に考えろ」
「そうよ。ひなた荘だってあんたのものなんでしょう? つっぱねりゃいいだけじゃない」
「いいや、青山達の認識は大甘だ。彼女ならどんな手段を使ってもやりかねない。
編入手続きを聖陵学園の学園長を脅してでも一日でやるだろう。
そして、決まった次の日に、ひなた荘の空き部屋に彼女がちゃっかり住み着いていたとしても不思議じゃない!」
「まぁまぁ景太郎、ちょっと落ち着きや。素子達の言うとおり、それはちょっと言いすぎなんとちゃうんか?
妹の友人なんやろ? だったら素子と似たような歳なんやろうし、そこまでは…」
景太郎の無茶苦茶な言い分に、まだ見てもいない人物へフォローするキツネだが、
対する景太郎はまたもキッパリと断言する。
「いいえ、絶対にします。彼女は行動力の塊みたいな子なんですから。
やると決めた以上、どんな危険性はあってもかまわず行動するんですから」
以前、〈篠宮由香里〉嬢が危険な敵地に乗り込み、捕まえられた出来事を思い返す景太郎。
その時は、ちょっとした偶然と親友の使い魔の協力で、彼女は友達と共に無事助け出したのだが…
下手をすれば、否、通常なら洒落にならない事態になってもおかしくなかったのだ。
友のため…と言えば聞こえはいいかもしれないが、景太郎からしてみれば勘弁してほしい。
彼女になにかあれば、真っ先に悲しむのは綾乃なのだから。
「まったく…彼女の危険を省みない行為に一体何度振り回されたか…」
右手で額を押さえながら、疲れたような溜め息を吐く景太郎。
その脳裏には”地獄の門番”やら”世界最高峰の魔術師”やら洒落にならない存在が肩を組んで踊っていた。
「さ、さよか、なんや苦労しとるんやな」
「でも、おもろそうな人やな~。うち、いっぺんおうてみたいわ」
景太郎の様子に、曖昧に笑いながら少し引くキツネ、そしてスゥは何故か楽しそうだ。
「まぁ、煉君も黙ってくれるみたいだから、そんな心配はいらないと思うし、
それに、今からそんなことを考えてもしょうがないし。さて…そろそろお昼だし、ひなた荘に帰ろうか」
景太郎がそう締めくくって帰ろうとすると、なるがなにかいいことを思いついたと言わんばかりの笑顔になった。
その表情になにやら不吉な予感がして嫌そうな表情になったが、なるはかまわず口を開いた。
「そうだ、どうせ街まで来たんだからさ、どこかでお昼を食べない? もちろん、景太郎の奢りで」
「別に構わないだろうが、帰ってから食べても。それになんで俺が奢るのが”もちろん”なんだよ」
「だってさ、今から帰ってお昼の準備をしたって出来上がるのは遅いじゃない。
それにさ、この中でお金を稼いでいるのってあんただけじゃない。それともなに、未成年にたかるつもりなの?」
「どこかで食べるのは解った。俺としても、未成年にたかるつもりはないが…
金を稼いでいるの人物ならそこにも「いや~、景太郎が奢ってくれるとは、嬉しいな!」………」
もう一人の社会人…キツネの態とらしい大声に、景太郎は冷たい視線を返すが、
当のキツネはその様な視線などものともせず、さっさと歩き始めていた。
「まったく…わかった、奢ればいいんだろ。好きにしてくれ」
「お~! けーたろーはふとっぱらやな!」
「遠慮無く馳走になるぞ、神凪」
スゥと素子の言葉に苦笑するだけの景太郎。
とりあえず、外食することになった以上、とやかく言うつもりはない。
そんな景太郎の態度を勘違いしたのか、しのぶはおろおろしながら景太郎に声をかける。
「あ、あの先輩、私は別に……」
「いや、いいんだよしのぶちゃん。成瀬川の言っていることは確かだしね。
それに、いつもみんなの食事を作っているんだから、偶には楽をしなくちゃね。
それで、しのぶちゃんはなにが食べたい? しのぶちゃんの希望にそうようにするけど」
微笑みながら優しく頭を撫でる景太郎に、しのぶの顔は真っ赤になり、まともに言葉がでてこなくなる。
そこで、先頭にいたキツネはくるっと景太郎達に振り返ると、ニヤッとした笑顔になった。
「その事なら、うちが良いとこ知っとるから、そこに行こか」
「……キツネさん、こんな時間から飲み屋に行くのはどうかと思うんですけどね」
「かたいこと言うなや景太郎、ちゃんと飯もでてくるんやから。それに、そこのおでんがまた良い味がでて―――」
「未成年を連れていってどうするんですか!」
「かまへんかまへん」
「なにがですか……」
昼食を食べる場所をキツネと口論しながら駅を後にする一同。
酒やビールがでる場所を選ぶキツネに、景太郎は頑として拒否している。
そんな二人のやりとりに苦笑しながら、なる達は後をついていった。
―――――こうして、日向市の一日は緩やかに過ぎてゆく―――――
「―――――どうだった?」
「だめだ。私がどれ程進言しても暖簾に腕押し…取り合おうともしてくれん」
京にある浦島家の屋敷の一角にて―――――
四十代半ばの中年男性二人が、厳つい顔をつきあわせて座っていた。
その二人とは、浦島の分家の〈森〉家と〈菱木〉家の当主達であった。
「クソッ! 何故だ、何故宗主は許可を下されない!!」
「………」
森の当主の怒声を黙って聞く菱木の当主。
その声と同様、顔を怒りに染めている森の当主は、憤りをぶつけるように畳を殴る。
対して菱木の当主は渋い表情をしているが、それは森と違って感情を内に抑えている結果だ。
「”義”は我らにあるものを! 何故だ!」
「私もそう進言した…しかし、先に手を出したのはこちらだというではないか。
宗主から手出しはするなと厳命されているにもかかわらず…だ」
「それがどうしたというのだ! わし等の息子が殺されたのだぞ、仇を討ってなにが悪い!!
そもそも、あのような屑の命と息子の命、比べものにもならんわ!!」
森の当主は知ったことではないと言って騒ぎ立てる!
それに対し、菱木の当主は幾分か落ち着いていた。
「その事について大いに同意する。健二達もあの者だけを討つのであればなんら問題は無かった。
だが『浦島はるか』からの報告には、一緒にいた青山の次女どころか、神凪の者まで巻き込もうとしたのだ。
神凪を…そして神鳴流を敵に回しかねない状況を作りだした以上、あまり深くは追求できん」
「神鳴流がどうした! 我ら浦島一族の役にたつのが奴等の務め、一人や二人犠牲にすればいい!
それに神凪とて同じこと、最強の炎術師であった宗主は闘えぬ身体、なにを臆することがある!!」
息子を殺された怒りのためか、冷静な判断を失っている森の当主。
その程度が酷くなるにつれ、逆に菱木の当主は冷静になってゆく。
「馬鹿なことを言うな。神鳴流はともかく、神凪にはまだ現役最強の神炎使い『蒼炎の厳馬』がいるのだぞ。
さっきも言ったが、ただでさえあの者に手を出すことを禁じられているのだ。
神凪と全面戦争をするぐらいなら、元凶である者達の家を取りつぶす…おそらく、宗主はそう決断するだろう。
これ以上騒ぎ立てたとて、回り回って己の首を絞める結果になるだけだ。諦めろ……」
「なんだと!? では貴様はこのままなにもせず、泣き寝入りするというのか!!」
「そうだ。私は父である前に〈菱木〉の当主だ。息子一人の命のために、家を潰すわけにはいかん。
当主である以上、家を存続させる義務があるのだからな。
〈森〉の当主よ。御主もその事をくれぐれも忘れぬようにな」
それだけを言うと、菱木の当主は静かに立ち上がり、部屋を出ていった。
後に残された森の当主は、項垂れるように下を向き、ブツブツと暗く呟いていた……
「……殺してやる………八馬を殺したあの男を……
命令など知ったことか…必ず……必ず殺してやる!」
頭を上げ、その瞳に闇と狂気を宿しながら天に向かって吠える森の当主。
闇は限りなく増大し、増大した闇は更なる狂気を招く。
その狂気の行き着く果ては…景太郎の死か、それとも自らの破滅か……
―――――第十灯に続く―――――
あとがき……
どうも、ケインです。
これにて『炎の御子来訪』が終わりです。
今回は色々と報告をお詫びを……
まず、素子の通う高校は本来は『雷華高校』です。しかし、今回のネタに使うため、名称を変更しました。
次に、感想をくれた方々から、『雷や風は木気ではないか?』と云う御指摘をいただきました。
調べたところ、正しくその通りでして…さっそく、訂正させていただきました。
最後に…
今回、煉君を出場させたことに色々な感想がありました。
『良かった』や『出てきてくれて嬉しい』等は良いのですが、
『キャラを食うような奴は出すな』等と、否定的な言葉もチラホラとありました。
この作品はあくまでクロスオーバーであり、設定も『風の聖痕』に偏ったところが多々あります。
そして、これからはさらに他の作品(例として『ネギま』等)からアイデアや考え、名前が出てくるかもしれません。
それらが気に入らない…と云うのであれば、これから先は見ないことをお勧めします。
本来、この作品は前に投稿していたところから削除する際に、もう二度と投稿はしない…と、考えていました。
しかし、多数の方達が読みたい! と仰ってくれたから、再度投稿する気になりました。
苦情ではなく指摘、もっと良い作品を作ってほしいから言っている…と言う方もいるでしょう。
ですが、今現在の所、指摘は数件、苦情や非難に近いメールの方が多いです。
(それ以上に、励ましのメールが多いので嬉しいのですが……)
ですので、繰り返して言っておきます。
風の聖痕からのキャラ、設定に応じて変わったラブひなのキャラを見るのが嫌な方、
これから先は見ないことをお勧めします。
そして、注意した以上、それを見て文句、苦情、非難のメールは出さないでください。
本当にやる気が削がれますので……
それでは、お目汚しとなりましたが…
先の注意を了承された方、次の話もよろしければ読んでやってください。
では………