白夜の降魔

 

 

「神凪流―――――覇炎降魔衝はえんごうましょう〉!!

 

 

 

 

「その戦い、待った!!」

 

 

 

今まさに火の精霊がその力を顕現させようとした直前、結界の外より待ったがかかる。

さして大きな声ではなかったが、その言葉に含まれる強い気迫と凛とした声音は聞く者を引きつける。

それ故…ではなく、聞き覚えのある声に景太郎は術の発動を一時中断する。ただし、結界は維持したままだ。

 

いつ現れたのか…景太郎以外は誰も気がついていない。その場の者から見れば、突然現れたも同然だった。

 

 

「……何か用か」

 

 

声の主に視線を移す景太郎。そこには、先頭に長い黒髪の女性が…その後ろの三人の男女が控えていた。

先頭の女性は一振りの刀を腰に差している。その後ろの三人のうち、青年は背中に二本の刀を、

残り二人の女性は片方が薙刀を、もう片方が手甲を身に付けている。ちなみに三人とも二十歳くらいに見える。

 

武器を装備している時点で只者ではないとわかるが、

その場にいる者にとって、その四人が袴姿であることでその者達の素性が一目で看破できた。

もっとも、先頭の女性は袴姿でなくとも、浦島に関わる者なら一目でわかるだろう。

 

 

「し、神鳴流の者か!!」

「た、助かった……」

 

 

袴姿の四人組…神鳴流の登場に、その場にいる術師達が安堵の表情となる。

通常なら、浦島の水術師自分達が相手にもならないのに、神鳴流の者が四人助っ人に登場ぐらいでは安全とは云えないだろう。

だが、先頭にいる女性―――――この女性が居るだけで、戦況は変わる。

それほどの実力をもっていると、この場にいる全員・・が知っているのだ。

 

そんな術者達の視線を受けているにもかかわらず、

女性は薄い微笑を浮かべつつ、結界の中心人物…景太郎に向かって気安く声をかける。

 

 

「ずいぶんとお久しゅう、景太郎はん。うちのこと、まだ覚えてらっしゃいます?」

「ああ、覚えているよ。本当に久しぶりだな……青山 鶴子」

 

 

挨拶を返す景太郎。ただし、こちらは無表情…なんの感情も見せていない。

そんな景太郎の言葉と表情に、鶴子はショックを受けたような顔になる。

 

 

「そんな冷たい言葉…もううちのことを、昔みたいに『鶴子さん』って気安うは呼んでくれんのどすか?」

「………まぁ、あんたが良いのなら、そう呼ぶがな。鶴子さん」

「ええ、構いまへん」

 

 

ニッコリと微笑む鶴子。京美人な容貌とその微笑みに、世の男性のほとんどが惹かれてしまうだろう。

ただし、その『ほとんど』に景太郎は含まれていない。

 

 

「話を戻すぞ。一体何をしに来た」

 

「いえ、ちょっとそのお方達を引き取りに来ただけどす。そう言う訳で、お渡し願えまへんか?」

「遺骨で構わないのならな」

「できるだけ生きといてくれた方が、うちとしても助かるんどすけど」

「譲歩して灰でどうだ?」

「そういうのは譲歩とは言いまへんやろ? 景太郎はん」

 

 

あくまで穏やかに景太郎と会話―――――否、交渉をする鶴子。

後ろに控えている三人は顔色一つ変えず、ただじっと黙って二人の交渉を聞いている。

全てを鶴子に任せているのだろう。全面的に信用している証拠だ。

 

だが、それは三人だけではない。鶴子もまたこの三人を信用している。

そうでなければ、鶴子がもっとも無防備になりがちな背後を任せることはないだろう。

それはつまり、三人にはそれ相応の実力がある―――――と云うことだ。

 

 

(青山鶴子に五月の三兄妹か―――――本気で厄介だな)

 

「お願いどすから、結界を解いてそちらの方々を引き渡してもらえまへんか?」

「断る。結界を解いた途端に襲いかかられては面倒だからな」

「うちのこと、信用してはくれまへんの?」

「信用できると思っているのか?」

 

「うち寂しいわぁ…じゃぁこうしまひょ。

もし結界を解いて、うちらが攻撃を仕掛けるそぶりでも見せたら、この『青山 鶴子』の”首”を差し上げます」

 

 

白い首筋を自ら晒し、軽く手を添える鶴子。やりたければどうぞ? と、言わんばかりだ。

そんな鶴子の行為に、当事者達よりも控えていた三人の方が狼狽する!

 

 

「鶴子様お止め下さい!!」

「いきなり何を仰るのです!」

「お気は確かですか!?」

 

 

異口同音に鶴子に詰め寄る三人。無理もない…

少なからず自分達に対し敵意を持っている者に、その様なことを言うなど自殺行為…正気の沙汰ではない。

 

 

「下がっておりなはれ。あんたらがなんと言おうとも、うちはそう決めました。

その条件を守る以上、景太郎はんは手を出すような御仁やあらしまへん」

 

「ですが……」

 

なんとか説得しようとする神鳴流の青年だが、鶴子の凛とした視線に言葉を失う。

 

「ずいぶんと買ってくれるな……わかった、好きにしろ」

 

景太郎はそう言った直後、火柱がかき消え、同時に白銀ぎん色の膜も消え去った。結界が解かれたのだ。

ただし、その場に集まった火の精霊はそのまま…顕現することもなく、還る様子もない。

景太郎がそのまま膨大な数の火の精霊を留めているのだ。

 

 

「ありがとう、景太郎はん」

 

 

鶴子ほどの手練てだれがそれを感じないはずはない。

だがそれでも顔色一つ変えることなく、平然とした顔で大和に歩み寄った。

 

 

「森家当主、森 大和殿。神鳴流『神位』青山 

鶴子が、浦島宗主〈浦島 影治〉様のお言葉をお伝えします」

「そ、宗主が私に……」

 

 

結界が解除されたのを好機と見て水の精霊をかき集めようとした矢先、鶴子に話しかけられて術を止める大和。

いつもなら神鳴流の者如きの言葉など無視するのだが、宗主の名を出されては止めざるおえない。

 

 

「森家当主〈森 大和〉、その子息と共に浦島の決定に逆らった罪にて、汝を森家当主より廃する。

なお、これは決定事項である。速やかに受け入れ帰投せよ。そして次の沙汰を待て―――――以上どす」

 

 

鶴子からの伝言を聞いた大和は(自分にとって)あまりにも理不尽な内容に一瞬呆け、

次の瞬間には凄まじい剣幕で伝言訳たる鶴子に怒鳴る。

 

 

「わしが当主より降ろされる!? 巫山戯たことを言うな、わしは八馬の仇を討ちに来たのだぞ!

それでなぜわしが当主の座から降ろされなければならん。納得がいかん、儂は決して認めんぞ!」

 

「そうどすか…今一度確認しますが、どうしても了承してもらえまへんか?」

「くどい! それに神鳴流の小娘如きがわしに口答えするなど十年早いわ!」

 

 

大和の言葉に鶴子の後ろに控えていた三人の表情が一瞬だけ険しくなったが、結局は何も言わない。

内心はどうあれ、外面は何もする必要はないと言わんばかりに沈黙を保ち続ける。

 

 

「神鳴流は神鳴流らしく、あやつから我らを護る盾に「なら仕方りまあへんな……」な―――――れ!?」

 

 

ボトッ………

 

突如、大和の首が宙を舞い大地に転げ落ちる……

頭部を失った身体はしばらくの間、首があったところから噴水のように血を噴出した後、

思い出したように地面に倒れ、さらに大地を赤く染める。

 

即席の血の雨を術者達はまともに浴び、身体を赤く染める。

だが、もっとも近くにいた鶴子は一滴も返り血を浴びていない。見えざる障壁が返り血を遮っているのだ。

 

 

「見事……」

 

 

血で染まる大地を顰めた顔で見ながら、景太郎は鶴子の剣技・・・・・を賞賛する。

それだけ言えば解ると思うが、鶴子が大和の首を切断したのだ。凄まじいほど速い抜刀術で…

 

まさに神速。それが見切れたのは、景太郎と控えている神鳴流の戦士三人だけだろう。

 

 

「そうそう、言い忘れとりましたけど、宗主からもう一つ言われとりましたんや。

『命を受け入れない場合、強制処置をとれ。殺生もやむをえず…』と。

まぁ、今更思い出しても遅かったどすけどな。堪忍しておくれやす」

 

 

(わざとだな…)

(絶対わざとだ)

(わざとよね)

(わざとに決まってるわ)

 

 

景太郎と神鳴流三人の心の声がほぼ一致する。

鶴子の本性を知っている者にとって、先の言葉はあまりにも白々しい。

 

そんな四人の心情を知ってか知らずか、

鶴子は人を惨殺した後とは思えない綺麗な笑顔を浮かべつつ、大和の亡骸に謝罪していた。

 

 

 

「噂に違わぬ神速の剣技…いや、それ以上か」

 

 

先程の鶴子の抜刀術を頭の中で再現しながらそう呟く。

十年前、鶴子の才覚は神鳴流の歴史でも一、二を争うほどの使い手とされていた。

生まれもった類い希な美しき容貌、そして闘いにおいて鬼神の如き強さと見る者を惹きつける美しき闘いに、

 

―――――〈神鳴流の剣鬼(姫)〉―――――

 

と、呼ばれていた。それは今でも変わらず…否、それ以上の畏怖と羨望で評価されている。

 

 

 

「さて…次はあんさん達どすな」

 

自分達に顔を向ける鶴子に、術者達の血で染まった顔が揃って青ざめる。

 

「わ、わしは当主の命令故に仕方なく、嫌々やったのだ!」

「そ、その通り! 力尽くだったのだ、そうでなければが影治様のご命令に背かなかった!」

 

 

口々に見苦しい言い訳をする分家の術者達。

皆同じ様な言葉なので割合するが、そのどれも『私』『儂』とか言って『私達』と言わない。

あからさまに『自分だけは違う』と云う自分だけは助かろうとする行動には呆れるほか無い。

 

しかしながら、その言葉を聞いた鶴子はにっこりと笑い(目は笑っていない)ながら言葉を返す。

 

 

「そうなんどすか。あんさん達は”仕方なく”やっただけ…

でも、うちはあくまで伝令役と見極め役。宗主様の言葉に従うか否か…それだけしか求めてまへん」

 

「し、従う。従うぞ!」

 

一も二もなく従うことを叫ぶ術者。その後に続き、殺到するかのように他の者も口々に叫ぶ。

 

 

「解りました。全員”従う”と云うことで…ちなみに、釈明は宗主様にしておくれやす。

今回の『森家の独断行動』で、宗主様はずいぶんとお怒りの様子でしたからなぁ」

 

 

その言葉に顔色を青から白へと変える術者達。

その様子を大変楽しそうに眺めながら、鶴子は後ろを振り向き、三人組に声をかける。

 

 

「ほな、そう言うことらしいので…あんたらはこのお方達を、迷わない・・・・ように宗家に送り届けておくれやす。

くれぐれも、寄り道・・・はさせぬように…ああ、元・当主殿の首も運ぶように。

それと、一斗様も途中まで御一緒に願います。

最近夜は物騒どすからな、うちら神鳴流が責任をもって家まで送り届けさせてもらいますからに……」

 

 

一斗の扱いに目を細めて厳しい目つきをする景太郎に、

鶴子は言葉以外に他意は無い…と言わんばかりに微笑み返す。

 

そんな鶴子に、神鳴流の青年が鶴子に質問する。

 

 

「鶴子様はどうなさいますので?」

「うちはこれから景太郎はんとお話がありますんで。後のことは頼みます」

「承知ししました。鶴子様のご随意に……」

 

 

三人は鶴子に頭を下げた後、森家の術者と一斗を連れてその場を去った。

 

 

「さて…景太郎はん。此処は冷えますさかいに、どこか良い場所へ行きますえ」

「少し待て…」

 

 

この場にいる火の精霊…その十数分の一ほどを顕現させる景太郎。

火の精霊は景太郎の身体に流れる血の力に反応し、白銀ぎんの炎として現れる。

 

 

「これが…神凪の『浄化』とは違う、浦島の『破魔』の力を受けし白銀ぎんの炎

 

 

一切の邪悪なる”魔”を”破”壊する炎に、鶴子が軽く目を見開きながら呟く。

 

 

「……燃やし尽くせ」

 

 

景太郎の意志を受けた火の精霊は、

その場にある不要物―――――森 大和の身体と、大地に染み込んだ血のみを一瞬で燃やし尽くす。

一緒に血生臭い空気も燃やし、清廉な空間を作り上げる。

 

それにより、この場が最初の…いや、それ以上に澄んだ場に変わる。

 

 

「これで良い…待たせたな」

「いえ、うちもちょっと用があるんで…気にせんといておくれやす」

 

 

そう言うと鶴子は景太郎に背を向け、石碑に近づくと合掌して黙祷を捧げる。

そんな鶴子の行為に、冷たい光を宿していた景太郎の瞳が一瞬だけ揺らぐ…

 

 

「お待たせしました。さぁ、行きまひょか」

「………」

 

 

先導するように先を歩く鶴子。その背中を一瞥した後、景太郎は石碑に視線を向ける。

 

 

(また来るよ…それと、今回は騒がしくしてしまってごめん)

 

 

そう、景太郎は心の中で詫びると、随分と先に行ってしまった鶴子の後を追って歩き始めた……

 

 

 

 

―――――第十一灯に続く―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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