ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第十一灯 「剣と炎の戦闘歌」
「話があるって言われたからついてきたが……なんで俺達はこんな場所で一杯やってるんだ?」
かの場所から多少…本人達の感覚で…離れた場所にある一軒の酒屋にて…
個人席に座っている景太郎が、壁に掛けられているメニューを眺めながら疑問を呟いた。
誰かに言っている訳ではない。
しいて言うなら、自分らしくもなくこの人の誘いに素直についてきてしまった自分に対して…かもしれない。
「まぁまぁ、景太郎はんそう言わんと。ここはうちの驕りやから、気にせず飲みなはれ」
”この人”こと青山 鶴子が日本酒を飲みながらやんわりと諭す。
その前には焼き鳥の串が三本、皿の上にのっている。もう既に食べてしまった後だ。
美人というのは得らしく、酒を飲み、焼き鳥を食べる方法は他人とさほど変わらないのに、
その一動作一動作が優美に見え、人の目を惹きつける。
「だからって……まぁいい。それより話ってのはなんだ」
一口も酒を飲むことなく、景太郎は鶴子に話を促す。
「そうどすな。まず、最初に訊いておきたいのは…景太郎はんがうちのことをどう思ってるか、どすな」
ややしなを作りながら流し目で訊ねてくる鶴子の爆弾発言による先制攻撃。
対し、景太郎はおでんの卵をつつきながら、どうでもいいと言わんばかりの表情で口を開く。
「まず、上から92・58・88。身長は162センチ。いまどき珍しい古風な京美人。
座右の銘は〈神仏を尊んで、神仏を恃まず〉―――――」
「ほほほ、成長しましたなぁ景太郎はん。うちの口撃こうげきを難無く流すとは。
昔はあんなに可愛らしい反応をしていましたのに……」
「誕生日は九月十二日、俺より八年早く生まれているから、現在は二十―――――」
卵をつつく動作を休めることなく、景太郎は軽く頭を後ろに下げる。
その次の瞬間―――――先程まで景太郎の頭があった場所を、三つの細長い何かが凄まじい勢いで通り過ぎ、
その何かは直線上にあった柱にトストストスッと突き刺さる。
「ほほほほほ、さすがは景太郎はん。うちの攻撃を難無くかわすとは」
先程とまったく同じ台詞を口にする鶴子。ただし、目が笑っていない。
景太郎はと云えば、つつくことが飽きたのか、ようやく卵を食べつつ柱に刺さった物を横目でチラッと見る。
「行儀が悪いな、鶴子さん。食べ終わった串を投げ捨てるなんてマナー違反だぞ」
「おや、何時の間にあんな所に? 串が独りでに飛ぶなんて不思議なこともあるもんやな~」
「それが本当なら確かに不思議だよな。串がひとりでに人の頭を貫くほどの勢いで飛ぶんだからな」
「世の中、不思議で満ち溢れとるんどすな」
景太郎の軽い皮肉に、いけしゃあしゃあととぼける鶴子。
そして二人は暫しの間見つめ合った後、
「はっはっはっ………」
「ほほほほ………」
仲睦まじそうに笑い合う。
その実、二人からは剣呑な雰囲気を放たれており、余人には立ち入ることのできない場を作り出している。
それは素人にも容易に感じられ、店内の客が一人、また一人とそそくさと勘定を済ませて出ていく。
そんな疫病神な二人に、店長は『出ていってくれ』と言いたいのだが、
二人の作り出す雰囲気に口を挟めず、レジの前で滝のように涙を流している。
「そろそろ出るか。俺は基本的に下戸だから酒はあまり嗜まないし。居酒屋にも迷惑がかかる」
店内の状況に気がついたのか、景太郎はスッと立ち上がりながらそう言う。
だが、既に時は既に遅く、店内にはもうだれ一人として客は居ない。
「そうどすなぁ…そろそろ本題に入ろうにも、確かに此処ではなんどすからなぁ」
じゃぁなんで来たんだよ!! と、思わず叫びたい気持ちをグッと飲み込みながら、二人の勘定を済ませる店長。
勘定をすませた二人が店を出ていくと、店長は店先で塩を盛大にまいたのは…仕方がないことだろう。
その二人は、夜の街…田舎ゆえにやや暗い道を平然と歩いていた。
鶴子が半歩前を歩き、その後を景太郎が何も言わずについてきている。
「なぁ景太郎はん。浦島は置いとくとして…神鳴流の事も恨んどりますか?」
まるで明日の天気でも訊いているかのような口調で質問してくる鶴子。
そのいきなりの問いに、景太郎はまったく反応をみせないまま、暫し沈黙していた。
「………正直、浦島程ではないにしても、神鳴流も嫌いだ」
「そうどすか……」
沈んだ声を出す鶴子…
「……神鳴流は浦島と違って俺に何もしなかった」
「ええ。迫害されている景太郎はんに対して、神鳴流は何もしまへんでした」
「間違えるな、皮肉で言ったんじゃない。むしろ、その事に関しては感謝している。
それに、神鳴流は”氣”の扱いに長けていた俺のことを認めてくれていたからな…」
「ええ、それは十二分に認めてます」
「嬉しかったよ。水術の才が無く、塵屑のように扱われていたあの時の俺にとって、唯一の救いだった」
「………………あの時まではな」
その一言に、鶴子は一瞬だけだが痛ましげな顔をする。
あの時…と云うのが何をさしているのか、否が応でもわかっているのだ。
「十一年前のあの夜、響子が『楔』として殺された時…俺は見た。
浦島、そして神鳴流、あの場に参加していた者のほとんどが”笑って”いた。
まるで偉業を成し遂げたかのように晴れやかに…一人の少女の命を、未来を奪っておきながらな……
泣いてくれたのはあんたら親子と、乙姫の当主ぐらいなものだ。それ以外は……
巫山戯るなよ、あの糞野郎共…命を捧げた者を前に笑うなんて一体何様のつもりだ!」
「否定はしまへんし、できまへん。当時、あれ以外の方法が無かったとはいえ、
儀式を行い、”楔”たる響子はんを殺したことには変わりありまへんからな」
静かに肯定する鶴子。対し、景太郎は鼻で一笑する。
「最良? ハッ―――――その時点で傲慢なんだよ。一斗さんにも言ったんだがな、他にも手段はあったんだ。
神凪の『神炎使い』たる宗主『紫炎の重悟』様にその従兄弟である『蒼炎の厳馬』殿、
浦島のあのクソ婆の三人を筆頭に、両家の実力者達と神鳴流の精鋭……
はっきり言って選りすぐりの者達だけを揃えて挑めば、五分の一の欠片如き、苦戦はしても滅ぼせる。
何なら、海外の『魔法使い』にも助力を頼めばいい。
生死不明の『サウザンド・マスター』はともかく、それに準ずる者達も数多くいるのだからな。
それを奴等は…支払う代償とプライドで選ばなかった。いや、あることすら気づこうともしなかった!」
サウザンド・マスター…最高の『魔法使い』に贈られた称号。意味は千の魔法を使いし者。
名は『ナギ・スプリングフィールド』かなり以前から生死不明(今は死亡説が濃厚)
凄まじき魔法使いで、その力を振るえば山一つは容易に消し飛ぶほどの実力者。
彼と対等に並びえるのは魔術師の最高峰、アルマゲストの首領、
数百年に一度の天才であるアーウィン・レスザールしかいない…と、まことしやかに言われている程だった。
確かに、景太郎の言うとおり、彼の協力を…ひいてはウェールズの奥地に隠れ住む魔法使い達の協力を得れば、
神凪の助力が無くとも、浦島と神鳴流を合わせた三つの勢力だけで涅槃の殲滅は十二分に可能だろう。
だが………
「しかし…そういったお方達が簡単に力を貸すとは考えられまへん。
仮に、貸してくれたとしても一体どんな代償を要求されるやら……」
「確かにな…下手をすれば、浦島の財産や権力が著しく減衰するだろう…だがな、それがどうした。
後世の連中に負の遺産を連綿と受け継がせる気か? 間違ったことを正統のように伝えてな……冗談じゃない。
それに、金や権力は取り返しがつくが、命だけは取り返しがつかないんだ…誰にもな」
「だから、その命を奪った『妖魔』と『浦島』を恨んでいる…と」
「厳密に云えば多少は違うが…大方その通りだ。
ついでに言っておけば、命は皆『等価値』なんて事を言うつもりは毛頭ない。
この世には、死んで当然の奴等がごまんといる。浦島の分家みたいな奴等がな」
「景太郎はん………どないすれば、浦島に戻ってくれますか?」
「なるほど、それが本題か―――――答えは『否』だ。その可能性は全く無い」
「どうしても?」
「どうしても…だ」
「そうどすか……ならば、うちも覚悟を決めなあきまへんな」
二人が辿り着いたのは人気のない大きな公園…林があり、街からの喧騒より少し遠い、なかなか良い場所だ。
普通なら、クリスマス・イヴと云うこともあり数組の恋人達が居てもおかしくない場所…なのだが、
誰一人、浮浪者含めて犬や猫一匹として公園内にいない。不自然なまでに……
その静けさに包まれた公園の中央で、鶴子は景太郎に振り返る。
「浦島の守護組織『神鳴流』の一剣士として―――――浦島に弓引くであろう『神凪 景太郎』を此処で討つ!」
ゴゥッ!!
鶴子の身体から衝撃波にも近い剣氣が解き放たれる!!
「いいぜ、やろうか」
景太郎は凄みのある笑みを浮かべ、鶴子の刃の如き剣氣を受け流す。
「準備運動はいらないよな―――――なんせ、予め人払いの結界を張らせておくんだからな」
俺と闘うことは予測通りなんだろ? と、言外に伝える景太郎。
その言葉に、鶴子は目をスッ…と細め、見る者に寒気を与える笑みを見せる。
「これから起きる事に、つまらん邪魔は欲しゅうありまへんやろ?」
「そうだな…余計な邪魔はいらないよな」
そういった瞬間、景太郎の足下の影がユラリ…と揺らめく。
鶴子はそれに気がついたが、それは電球が切れかかった街灯の所為だと判断する。
「あんたと闘うのはあの時以来か…あの時の借り、返させてもらう」
「それはこちらも同じ事…あの時の強烈な一撃、うちは忘れとりまへんえ」
十一年前のあの日―――――儀式を阻止しようとした景太郎を最初に打ちのめしたのは鶴子。
そしてその際に、景太郎は鶴子の肩に強烈な一撃を加えたのだ。
神鳴流でも有数の実力者であった鶴子に、基礎しか学んでいなかった子供が…だ。
「借りはきっちり返すぜ。延滞料金つけてな」
「それはこちらの台詞どすえ……」
左足を少し後ろに下げ、刀の柄に右手を添える鶴子。
同時に、湖から着いてきていた炎の精霊が景太郎の意志を受けその姿を物質界に現す。
その際、炎の精霊は景太郎の血に宿る力と反応し、破魔の力を宿す『白銀の炎』として顕現する!
「神凪の”浄化”とは違う、浦島の”破魔”の力を持つ炎。その威力はいかほどか?」
「知りたいのなら教えてやる―――――その身をもってな」
顕現した白銀の炎が十数個の火球となり、景太郎の周りに浮遊する。
「炎舞…銀星精」
一つ、約握り拳大ほどの大きさの火球。確かに、名称通り銀色の星に見えないこともない。
それを鶴子はつまらない芸でも見るような目で見る。
「まさかとは思いますが…たかが火球程度でうちを倒せるとでも?」
「そういう言葉はな、全て終わった後で言うんだな。でないと―――――裏をかかれるぜ」
そう言うや否や、景太郎は右手を鶴子に向かって突き出す!
「行け―――――銀星精・閃」
景太郎の言葉と同時に、火球の一つ内包するエネルギーを鶴子に向かって解き放つ!
虚空に白銀の軌跡を描くその様は、正しく名前通り”閃”光だ。
「ハッ!」
襲来する白銀のエネルギー閃を横に跳んで避ける鶴子。
続いて飛来してきた複数の閃光も、そのまま疾走して掠らせもせず全てを避ける。
(火球の状態である以上、仕掛けてくる攻撃は限られる。
故に攻撃方法は至極読みやすく…いかに速くとも避けるのは容易。
しかも、全ての火球を使い切れば…次の補充まで半端な攻撃しかできない―――――)
避けながらも景太郎の戦闘パターンを冷静に監察、分析する鶴子。
火球を作り出す手順は”顕現”そして”集束”の二つ。その僅かな時間が好機なのだ。
無論、宗家クラスの炎術師の炎が人一人など容易く無に帰すことなど熟知している。
それでもなお、技ではない炎を”半端な攻撃”と切って捨てるとは…
鶴子の実力がどれ程のものか、凄まじさだけは伝わる。
そして鶴子の狙い目…作り出した火球が消え去り、攻撃が止まる瞬間が訪れた!
「今ッ!!」
タンッと軽く大地を蹴り、景太郎に向かって一気に間合いをつめるべく疾走する鶴子。
軽く大地を蹴った見た目に反し、その走る速度が尋常ではなく速い!
しかし、鶴子が間合いをつめるよりも景太郎が次の行動を起こす方が早かった。
「簡単に近づけさせるかっ!」
景太郎は頭上に右手をかざした後、穴を穿たんばかりの勢いで大地に叩きつける!
その直後、景太郎の前方に白銀の火柱が大地より吹き上がり、鶴子の前に立ち塞がる!
(即座に反応したのはさすが。しかし―――――)
刀の鯉口を切り、神速の抜刀術をもって炎を斬り裂く!
ただ具現化しただけ、集束も、意志もろくに篭もらぬただ熱いだけの炎では彼女は止められない。
そして鶴子は、斬り裂かれた炎の先に居る景太郎をその視界に捕捉する!
「もろうたっ!!」
先の抜刀術で振りきった刀をひるがえし、そのまま袈裟懸けに景太郎を斬り裂く!!
灼熱の炎ですらも容易に斬り裂く鶴子の剣技と”愛刀”の前に、
優れた炎術師であろうと身体は普通の人の身である景太郎は、容易く…そして深く斬り裂かれる。
「………さらばや、景太郎はん」
己が行ったことに決して目を逸らさず、左肩より袈裟懸けに切られた景太郎をしかと見据えながらそう呟く鶴子。
だが―――――確実に致命傷、いや、ショック死してもおかしくない状況の景太郎が、にやり…と笑う。
そして、斬り裂かれながらも一滴も血を流さない景太郎の身体がグニャリ…と崩れ、
「なっ―――――」
ゴアッ!!
白銀の炎の奔流となり、鶴子を驚きの声ごと飲み込む!
しかも、その炎は拡散することなく膨大なエネルギーを一点に留め、巨大な火球と転じる。
「………殺ったか?」
火球よりもさらに後方…暗がりから姿を現せる本物の景太郎が、巨大な火球を見ながら一人呟く。
―――――次の瞬間!
いきなり火球が膨張した瞬間、一気に四散し、その内より蒼い色の竜巻が発生する!!
「何だとっ!?!」
目の前の出来事に驚きの声を上げる景太郎。
疑う余地もない、鶴子が技…色からして水氣…を使い、炎を蹴散らしたのだ。
「やはり、ただの炎が効く甘い相手じゃないか…なら、これなら―――――なっ!」
右の掌に炎を集束させた火球を作り上げる景太郎。
だが、放つべき相手…鶴子は炎の晴れた先―――――いるべきはずの場所にいない!
(周囲に移動した気配は無い。となると―――――上かっ!)
はるか頭上より迫り来る微かな殺気を感じた景太郎は、即座にその場を飛び退く。
それと同時に、鶴子が刀を振り下ろして着地する。
「チッ―――――外しましたか」
必殺の間合いにありながらも、その斬撃を避けられたことに舌打ちする鶴子。
しかし、景太郎も完全に…というわけではなく、左肩が浅く斬られていた。
「やられたぜ…技と同時に上空へ跳び上がっていたとはな。
あれ程の氣を放てば、普通ならすぐには身動きはとれないのにな……」
「神鳴流・秘剣〈螺旋水昇〉と云います。如何どす?」
「見事だよ。さすがと言っておく」
「それはどうも」
再び抜刀術を仕掛けるのか、刀を鞘に納める鶴子。
彼女もまるで無傷というわけではなく、服の端々が焼け焦げ、顔なども煤けている。
その中でもっとも目を引いたのは服…焼けこげた端々が蒼色の光を纏っている。
「水氣を纏う……そうか。耐火の呪を編み込んでいたか」
「無論。炎術師相手にこの程度は当たり前。もっとも、宗家の炎の前には気休め程度どすがな」
鶴子の言ったことは虚言ではない。事実だった。
鶴子の服に施された耐火の呪は最高のモノとはいえ、単体では宗家の炎の前には大した抵抗力はない。
それでもなお耐えられたのは、ひとえに鶴子の水氣が服の能力を数十倍に高めたからだ。
「それに今の技…初めて見るな。さすがは神鳴流…
技の多彩さ、強さを磨き抜いた九百年の歴史は伊達じゃないな。
もっとも、強さという点においては、あんただから…だろうがな」
「誉めてもなにもでませんえ。そないなこと言う景太郎はんかて、先程の戦略はまことに見事。
わざと火球を使い切って攻撃を誘い、それを防ぐふりをして火柱で視界を遮り、その一瞬で”身代わり”を行う。
うちとしたことが、まんまと引っ掛かってしまいましたわ」
顔に付いた煤を軽く拭いながら微笑する鶴子。
多少汚れた状態でも、その艶やかな美貌は些かも損なわれていない。
「それにその”身代わり”…水の精霊を媒体に己の分身を創り出す浦島の秘術『水影』の流用、
いえ、景太郎はん用に造り替えられた独自の秘術…『火影』と云うべきどすな。
しかし、まさか浦島の秘術を独学で修得するとは…さすがは景太郎はんや」
己の背中に流れる冷たいものをしっかりと感じながらも、景太郎を賞賛する鶴子。
それだけの価値が、景太郎にあると素直に思っているのだ。
「名前も含めてあんたの推察通りだ。
実際の所、質量のある水と違って炎で”秘術”を完成させるのには骨が折れたがな。
それはそうと、あんたこそ”さすが”だよ。相克である水氣でとはいえ、あの炎を消すんだからな。
あれでも、人間を百人以上は灰も残さず消すぐらいの火力があったつもりなんだがな……」
軽く肩をすくめながら、景太郎も鶴子を賞賛し返す。
景太郎は先程の攻防で、勝てないにしろそこそこのダメージを与えられる…と、予測していたのだ。
しかし、結果はほぼ無傷に近い状態。
昔の鶴子の強さを基準に、十年近い年月による修行を加味して実力を予想していたのだが、
現在の鶴子はそれを軽く凌駕し、より一段と高い極みに達していたのだ。
「この十年、優れた才に驕ることなく余程の修練を積んだようだな」
「おかげ様で。必死に修練をかさねましたわ」
(そう…おかげ様で。強うなる度に、まるでうちを戒めるように肩の傷が疼きましたからな)
「どういうことだ?」
「お気になさらずに…しかし、いかにうちでも普通の霊刀ではあの炎をあない簡単に斬ることは不可能どしたろな。
でも、これがあったからこそ…ああも容易く成し得たんどすえ」
鶴子の言葉に、白木拵えの刀に視線を移す景太郎。
神鳴流の剣姫、青山 鶴子が愛用にしている以上、並の刀だとは最初から思ってもいないのだが…
「あんたがそこまで言うとはな。余程名のある聖霊器……」
(いや待て―――――あの時、森の連中に対して鶴子さんはどう名乗った?)
『森家当主、森 大和殿。神鳴流『神位』青山 鶴子が、浦島宗主〈浦島 影治〉様のお言葉をお伝えします』
「なるほど…既に答えはでていたわけか」
「気づいたようどすな。そう、これが神鳴流・神霊器二刀が内の一刀…〈五龍〉どす」
「神鳴流の秘刀中の秘刀。”木・火・土・金・水”五行全ての属性を全て兼ね備える唯一の武器。
知識として知ってはいたが、まさかこんな所でお目にかかれるとはな…」
鶴子の刀を見て―――――いや、鶴子の刀が何であるかに気がついた瞬間から、真剣な顔つきになる景太郎。
それもそうだろう。神鳴流の武具は、他の退魔士が用いるものとはかなり異なっているのだ。
普通の退魔士が用いる武具、道具は己の力を上昇、補助するもの。
それには変わりはないが、その特質、上昇率が半端ではないのだ。
そもそも、神鳴流はその武具を特殊な製造法を用い、自らが創り出しているのだ。
製法は秘密にされ、鍛冶師の一族しか知らないのだが…簡単に言えば、
厳選された材料を使い、霊力の高い鍛冶師が常時霊力を注ぎ込みながら武具を創りだす…らしい。
そうして出来上がったのが、霊刀などの霊力を秘めし武具。
その時点でも、それらは優れた霊具であるが、そこから彼らは別の技法を用いてさらに力を加える。
その技法こそ、秘中の秘なのだが…その根元には一つの呪法『言霊』があった。
『言霊』……様々な存在には必ず名前がついている。
全ての”存在”は名を持つことによって己の存在を確定する。
それを応用したのが〈言霊〉と呼ばれる呪法。
神鳴流の鍛冶師は創りだされた霊器に名を与え、力のあり方…属性を固定する。
例えば素子の刀である『止水』―――――『”水”を”止”める』と云う意味を与えられた刀。
それは五行で〈土〉を意味しており、その名を持つ刀は〈土〉の属性を備える。
その止水を使えば、五行戦氣術における〈斬岩剣〉などの”土”属性の技の威力が増加するのだ。
さらに、止水の霊気を使えば、相応である”金”属性の技を劇的なまでに高めることすらできる。
だがその反面、相克である”水”属性の技を著しく損なってしまうというリスクも背負うこととなるのだ。
上手く使えば強大な力となる武具…
神鳴流はそれらの武具をまとめて『霊力の宿る器』―――――〈霊器〉と呼称していた。
その霊器にも無論のこと霊力…秘めた力の差があり、それぞれの段階で格付けされている。
下から〈将霊器〉〈仙霊器〉〈聖霊器〉〈神霊器〉の四段階。
霊器に宿る属性は一つのみだが、それが格を変えているわけではない。内包する霊力が格を変えている。
そして武器の位に準じ、神鳴流の位も下から〈無位〉〈将位〉〈聖位〉〈神位〉の五段階。
扱う武器の位がそのまま己の位となっている。
そして、名乗った位の通り、鶴子の刀〈五龍〉は神鳴流の秘刀の中で最高位にある『神霊器』
秘めたる霊力の総量、威力は他の武具とは比べものにならぬほどずば抜けている。
だが、本当に恐ろしい所はそこではない。景太郎の言ったとおり、”五行”全ての属性を兼ね備えている事だ。
「まさしく、『鬼に金棒』と云ったところか。最強最悪の組み合わせだ」
神鳴流の歴史上…いや、ここ千年の内、間違いなく最強の剣士である〈神鳴流の剣鬼〉青山 鶴子と、
どの属性においても〈相応〉〈相克〉を自由自在に行う非常に強力な神霊器〈五龍〉
その二つが揃えば、神凪や浦島の宗家に匹敵するほどの力となるだろう。
いや、宗家でも名うての実力者でない限り、勝率は極々低い…
それが、景太郎の一切の感情を挟まぬ、冷静な計算結果だ。
「悪かったな。そんなつもりはなかったんだが…あんたを少々侮っていたようだ。
手加減をしようものならこっちが殺られる……本気で行くぞ」
言葉通り本気なのか、景太郎の周囲にいきなり無数の火球が発生する。
ざっと数えるだけで五十は越えている。
それだけの数を、景太郎は『精霊の顕現』と『集束』同時に行ったのだ。
「やはり…その気になったら火球は一瞬で作れたんどすな。
では、こちらも本気で行かせてもらえますえ」
重心をさらに落とし、抜刀術の構えをとる鶴子。
景太郎も炎を制御しつつ、いつでも動けるように自然体で構える。
「…………」
「………」
お互い、なにも言わぬまま微細な動きすら見逃さぬようじっと見つめ合う。
その静寂は時間にすればほんの十数秒……
しかし、端で見ている者がいれば、その僅かな時間を何倍にも感じただろう。
そして―――――先に動いたのは景太郎だった。
「行け―――――」
景太郎が右手を天にかざし、無数の火球を上空に飛ばす!
それと同時に、鶴子も景太郎に向かって疾走する!
「炎舞・銀星精―――――降!」
景太郎が右手を振り落とすと同時に、上空から凄まじい数の火閃が降り注ぐ!
だが、狙いは定めていないのか無差別に降り注ぎ、鶴子に襲いかかる。
「そう来ましたか…でも、予想範囲内どすえ」
降り注ぐ火閃を紙一重で避け、さらに最小限の動きで景太郎に向かって歩み寄る。
その動きは流水の如く滑らか、舞の如く優雅。緩急自在の歩法で景太郎との間合いを見る見るうちにつめる!
「さすが! これが〈剣姫〉」
鶴子の動きを見て笑う景太郎。
皮肉ではなく、純粋に楽しそうに、そして素直に賞賛してだ。
「だが、そこまでだ―――――壁!」
鶴子と景太郎の間に銀色の光の壁が発生する!
上空からの火閃が隙間無く降り注いで作り上げた炎の壁だ。
「目眩ましは二度も通用しまへん―――――」
炎の壁に視界を遮られる一瞬、景太郎が”人型”の符を持っていたのを見た鶴子は、
先程と同じ手…もしくはそれを囮にしての攻撃…だと判断し、周囲全てに氣の結界を張り巡らせる。
高密度の炎の所為で景太郎の気配は探りにくいが、『氣』だけは変わらない。
仮に”氣”を隠す技、”氣殺”もあるが、その状態からは攻撃に転じることはできない。
”氣殺”から攻撃に転じる際に生じる僅かな隙を鶴子は絶対に見逃さず、景太郎の命取りになるからだ。
故に―――――景太郎は”氣”を隠すことはできない。
そして、その氣を感知するのは鶴子にとって一瞬で事足りた!
(景太郎はんの氣は―――――真正面!?)
鶴子が真正面に景太郎の氣を感じると同時に、人の右手が炎の壁を突破する!
その突き出された右手は鶴子を頭を儂掴みしようとするが、間一髪、鶴子は上半身を逸らしてその手から逃れる。
しかし―――――安堵するのも一瞬。
そのたった一瞬の間に炎の壁のエネルギーが右手に集い、炎がレーザーのように放たれる!
「チィ!!」
上半身を反らせた状態から身体を捻り、しゃがみ込むことによって火閃を避ける鶴子。
そのまま身体を捻った反動を利用し、右手の主―――――景太郎の足下を狙って回し蹴りを繰り出す!
足払いなんて生易しいものではない、完全に足を粉砕する一撃だ。
まともに受ければ間違いなく足は破壊される。だが、景太郎は跳躍してそれをかわす。
そしてそのまま、鶴子の顔面…頭部破壊を狙って足を思いっきり踏み降ろす!
全体重を余すことなく、さらには氣を込めた、人の頭部を破壊して有り余る必殺の一撃!
その一撃を鶴子は―――――
「はっ!」
刀の柄を使って受け止める。
その鶴子の背後で、大地がボゴッ! と云う重い音と共に陥没する。
「フッ―――――」
一撃を止められた景太郎は、軽く息を吐くと同時に蹴った反動で後ろに跳び、再び間合いをとる。
鶴子も、その間に立ち上がり体勢を立て直す。
僅か一分もない短い攻防。だが、二人の繰り出した攻撃は全て必殺の威力を持っている。
しかし、二人はその攻撃を一撃も喰らわず、体力を消費したのみ……
二人の実力が伯仲している証拠だ。
「防御と同時に氣と衝撃を背後に逸らしたか……やるな」
「景太郎はんこそ。精霊術師が己の喚びだした精霊では傷つかへんことをすっかり忘れとりましたわ。
まんまと裏を…計二回もかかれるとは。うちもまだまだ精進が足りまへんわぁ」
自分の判断の甘さを素直に認め、ニッコリと微笑む鶴子。
この状況下においても微笑む胆力は大したものだ。
「ほんま、楽しい闘いでしたわ」
もう終わったかのような言葉―――――いや、終わらせるのだろう。
鶴子の…そして景太郎の頭の中は、既に最終局面に入ったようだ。
先の言葉を最後に、二人は十メートル少々の空間をはさみ、
再び沈黙と共に相手を睨みあい始めた。
―――――その2へ―――――