白夜の降魔

 

 

 

暫しの沈黙の後―――――最初に動いたのは、やはりと言うべきか鶴子だった。

 

 

「『五龍』よ―――――名に秘めしそのことわりひとつ、顕現せよ」

 

 

神霊器〈五龍〉を上段に構え、極限まで氣を練る鶴子。

その身体よりオーラの如く立ち上る”氣”が〈五龍〉の力と融合し、強大な水氣へと変換され、

一匹の巨大な蒼き水龍を創りだす。

 

その水龍はまるで意志を持っているかのよう長い胴体をうごめかせ、

その気高き眼で景太郎を睨み付ける!

 

 

「最強の幻想種、破壊の魔獣、神の化身…その名を冠した”刀”の力はいかほどか?」

 

 

闘いの最初、景太郎の”破魔の炎”に対して贈った言葉を、内容を変えて返す景太郎。

それを理解したのか、鶴子はニッコリと微笑む。

 

 

「思う存分、味おうておくれやす」

 

 

水龍がその顎を開き、口内に蒼い霞の如き水氣を集束させる。

その威力は下手な炎など簡単に蹴散らすほどの威力を秘めている。

それこそ、神凪の分家レベルの炎など障害にもならないほどの威力を……

 

 

(煉君でも太刀打ちは難しいかもしれないな。―――――だが、そうでなくてはな。

そうでなくては…俺がここまで強くなった甲斐がない)

 

 

左の掌を前に突き出し、握った右手を後ろに引き、腰だめに構える景太郎。

炎すら顕現させず、奇妙な構えをとる景太郎に鶴子は若干眉を顰めるが、

少々の奇抜な事で心を乱せば今までの二の舞になる―――――と考え、

構わず練氣と技の威力を高めることだけに集中する。

 

 

「吠えよ水龍、その”息吹”をもって敵を滅ぼせ―――――」

 

 

水龍の口内の蒼き光球が一気に集束、高密度の水氣球を形成する!

水氣弾それから放たれる強力な波動に、景太郎は神凪宗家の炎では太刀打ちできないことを確信する。

 

(さぁ―――――来いッ!)

 

「五龍 秘奥義―――――哮龍剣 咆鐘水帝波ほうしょうすいていは”!

 

 

ガァァァァァッッ!!

 

 

極限近くまで集束された水氣が、夜の静寂しじまを裂くほどの水龍の咆哮と共に閃光と化して放たれる!

見た目こそ、景太郎の〈銀星精・閃〉に似ているが、その大きさはゆうに十数倍もある。

 

収束された水氣の奔流は虚空を貫き、凄まじい勢いで景太郎へ襲いかかる。

間合いは十メートルもあったが、その間合いでも避ける間もなく一瞬で景太郎に直撃する!!

 

が、その直前―――――〈金氣〉を纏う左手で水氣の奔流を受け止めた!

そして、水氣の奔流は掌の上で集束、放たれる前のように再び球体の状態に変化する!

 

さらに!

 

 

「―――――ァッ!!」

 

受け止めた水氣砲を―――――否、水氣球を、瞬時に〈土氣〉に切り替えた右手で殴り返した!

 

 

「なっ、そんな馬鹿な!?」

 

 

景太郎がおこなった非常識な返し技に、鶴子は信じられ無いとばかりに目を見開く。

だがそれも束の間、返された水氣球を見据えて〈五龍〉を振り下ろす!

 

 

「轟け水龍、その”牙”をもちて敵を噛み砕け! 哮龍剣 弐ノ太刀  ”水破龍滅”

 

 

返された水氣弾に向かって水龍本体が飛翔し、迎撃する。

その二つの水氣の塊が接触した瞬間、凄まじい爆音と共に対消滅を起こした!!

 

 

(まさか、こないな形でうちの秘奥義の一つが破られるなんて………)

 

爆発によって起こった煙に視界を遮られ、すぐさま刀を構えて氣を張り巡らせる鶴子。

だが、秘奥義を破られた…正確には破られた方法に対して驚愕を隠せない。

 

哮龍剣―――――膨大な氣(今回は水氣)と五龍の力で生み出された龍による必殺の技だ。

生み出された龍による〈息吹〉を持って敵を消し飛ばす。

たとえそれを避け、防いだとしても、続く本体…〈牙〉にて相手を確実に噛み砕くと云う、隙の生じぬ二段構え。

今までだれ一人として防ぎきった存在はおらず、耐えきった上級妖魔などはいても、無傷の者は皆無。

 

しかし、景太郎は〈息吹〉を防ぐどころか殴り返し、弐ノ太刀である〈牙〉で相殺させた。

この瞬間、鶴子の奥義を放たれて無傷ですんだこの世でただ一人の人間が現れたのだ。

慢心していたわけではないが、完璧に破られた鶴子の心情は穏やかなはずはない。

 

 

(落ち着き…いかに景太郎はんとはいえ、力任せにあんな行為は無理。きっと何らかのからくりがあるはずや…

それよりも―――――今は目の前の敵に集中やっ!!)

 

 

鶴子が景太郎の氣を掴むのと、景太郎が煙幕を突き抜けるのがほぼ僅差だった。

いや、僅かながらも鶴子の方が早い!

 

 

「やはりそう来ると思いましたわ!」

 

 

今までの闘い方から景太郎のパターンをある程度予測したため、鶴子の方が僅かに行動が早かったのだ。

その僅かの差こそ、勝負を分ける決定的な差には十分だった。

 

氣を纏わせた五龍を大上段に振りかぶった鶴子と、たった一つの白銀ぎんの火球を連れた景太郎が接近する!

 

 

 

「斬ッ!!」

 

 

 

刀の間合いに入った景太郎に向かって”五龍”を脳天めがけて振り下ろされ―――――る直前!

 

 

ギィィィィィッッッッ!!

 

 

”五龍”の刃が景太郎が唯一連れていた白銀ぎんの火球に受け止められ、

金属同士を擦り合わせ、軋むような音をたてて拮抗する!

 

 

「な!」

「そんな攻撃で斬られるほど、俺は安くないぞ」

 

 

そう言うと景太郎は隙だらけの鶴子の腹部に右の拳を添えるように当てる。

刀の間合いから一歩詰め寄れば、そこは無手の間合いだ。

 

 

「しまっ―――――」

「遅い」

 

 

反射的に背後に跳ぼうとしたが、時既に遅く―――――

 

 

「―――――五霊戦術〈破岩はがん〉ッ」

 

 

ズドンッ!!

 

 

〈土氣〉を篭め、高質化された一撃の衝撃が鶴子を吹き飛ばす。

吹き飛ばされた鶴子は公園の木に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちるように倒れた。

 

さすがの鶴子も、無防備からの一撃には耐えきれなかったらしい。

ピクリとも動かないが、氣をしっかりと感じるため、ただ気絶しているだけのようだ。

 

 

「ちっ…やっぱりどこか手加減してしまったか。そんなつもりはなかったんだけどな……」

 

 

つい今しがた、鶴子を吹き飛ばしたばかりの右手を不服そうに睨む景太郎。

しかし、すぐにまぁいいと云わんばかりに視線を鶴子に向ける。

 

 

「銀星精・じゅん…銀星精はなにも攻撃だけに用いる技じゃない。へきじゅんのように防御にも転用できる。

本気ならともかく、ろくに氣も集束させていないさっきの斬撃を受け止めるぐらいならわけない」

 

 

先程の一撃を受け止めた技を説明する景太郎。

しかし、鶴子は聞ける状態ではない。無論、景太郎も鶴子には説明しているつもりはない。

 

 

「……ということだ。目を覚ましたらそう説明してやってくれ」

「ああ、わかったよ」

 

 

いきなり背後から声をかけられながらもまったく平然としている景太郎。

声をかけた青年も、その事にまったく動揺している様子はない。

 

 

「久しぶりだね、景太郎君」

「………誰だ?」

 

 

久しぶりと言われ、景太郎は振り向いて男を確認するが、まったく憶えがない。

もう一度上から下まで男の服装を…頭にバンダナを巻き、ややワイルドっぽい服装の二十代後半の青年を見た。

 

 

「だ、誰って…傷つくな~。彰人あきとだよ。憶えてないかな?」

 

 

ワイルドな外見に反し、情けない声を出して自分の名前を言う青年に、景太郎は微笑を返す。

 

 

「冗談です。久しぶりですね、古賀こがさん」

「今は、鶴子さんと結婚して〈青山 彰人〉になったんだ」

「それはそれは…おめでとう。と、素直に言っておきます」

「ありがとう。僕も素直に受け取っておくよ」

 

 

景太郎の言葉を笑みで受け取る彰人。旧姓・古賀 彰人。

景太郎がまだ浦島にいた頃に出会った人物だ。

当時から、十年に一度の才能を持つ有望な人材だったが、

同期に神鳴流の歴史上、最高の逸材である鶴子が居たため、陰に隠れて余り目立たなかった悲運の男である。

 

 

「それじゃぁ、そろそろ鶴子さんを連れて行くよ。このままだと風邪を引いちゃうからね」

「風邪をひくような女傑たまとは思えませんけどね」

「世の中には『鬼の霍乱』と云う言葉もあるからね」

 

 

はっはっはっと軽く笑いながら鶴子を抱え上げる彰人。

気絶しているとはいえ、本人を目の前にこんな事を言えるのは彰人元舟父親ぐらいだ。

 

 

「ああそれと、ついでに『結構楽しかった』と伝えてください」

「わかった。伝えておくよ。やっぱり君は優しい子だな」

 

「自分の嫁さんを殺されかけ、なおかつその本人を相手によくそんなことが言えますね」

「君は殺さなかった。どんな闘い方をしても結果は同じだと、僕は思っているよ」

「………少なくとも、俺は殺す気だった。誰が見ても、そう言うはずだ」

 

「他の誰かが何を言うかは関係ないよ。僕はそう確信しているだけだからね」

 

 

彰人の柔らかな微笑を見せながら、キッパリと断言する。

その揺るぎない意志を秘めた純粋な視線を真正面から受け、景太郎は思わず顔を背ける。

 

 

「…………今日はめでたい日ですからね。だから…かもしれません」

 

 

おそらく照れているのだろう。

そんな景太郎の仕種に、彰人の微笑みに優しさが増す。

 

 

「じゃぁ、僕らはここら辺で…またね、景太郎君」

 

 

そう言うや否や、鶴子を抱えた彰人の姿がかき消える。

穏行を行い、超高速で移動したため、姿が消えたように見えたのだ。

 

 

「さすがだな…人一人抱えて行うなんてな」

 

 

軽く賞賛する景太郎。

人一人を抱えてあれ程の行為を行えるのは、神鳴流の中でも上位の者だろう。

 

 

「さて…そろそろ俺も帰るとするか。早く帰らないと、あいつらは何をしでかすかわからないしな」

 

 

宴会好きな人物が多いひなた荘だ。クリスマス・イヴと云うイベントのある日に大人しくしているはずはない。

帰ってみたらどんな状況になっているのやら…

そんなことを考えつつ、苦笑しながらも帰路につく景太郎。

 

 

太陽はとうの昔に沈み、街は燦然と輝く別の光に彩られている。

今日という日クリスマス・イヴは、まだまだ始まったばかりのようだ。

 

 

 

―――――第十二灯へ続く―――――

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

どうも、ケインです。

明けましておめでとうございます。この場を借りて、ご挨拶をさせていただきます。

作中ではまだクリスマスが続いていますが…まぁ、ご容赦の程を。

 

作中の武器の説明ですが…少々長すぎましね。すみません。

でも、この時に説明しておかないと、これから神鳴流の者が多々出ますから。

なにせ、景太郎が浦島と闘うと云うことは、引いては守護組織の神鳴流と闘いますからね。

 

ついでに、この話の中で『扱う武器の位が持ち手の位』とありましたが、中には例外もあります。

その一人が素子で、本来ならば一番下の〈無位〉(扱う武器がただの霊刀)なんですが、

扱う武器は鶴子から授かった〈将霊器〉止水です。(この辺りが景太郎がお下がりだの何だのと云っていた由縁)

青山家の生まれだけあって、生来の素質はありますが、まだ開花していないんです。

 

 

それでは…次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした。

 

 

 

 

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