白夜の降魔

 

 

そして―――――その日の夜。同じく神凪の屋敷にて。

 

 

昼間から続いている宴会は夜になって酒が振る舞われるようになり、一層の賑わいを見せていた。

昼間はともかく、夜の宴会は分家の子息達(十六歳以上のみ)も出席しているため、なかなかに騒々しい。

普段は厳格である宗主や、退魔より帰ってきた厳馬も今日だけはある程度目を瞑っているらしい。

 

最初こそ、景太郎も宴会に参加していたが、一時もしないうちにその場を辞して、中庭に出て空を眺めていた。

 

 

「よう。こんな所でなに黄昏てんだ?」

「別に…少々空を眺めていただけですよ」

 

 

いきなり背後から話しかけられてもまったく驚く様子も見せず、平然と返事をする景太郎。

気配を殺し、風術で姿まで消していたのに驚く様子も見せない相手に軽く舌打ちすると、

背後にいた男は術を解き、景太郎の隣に立って同じように空を眺める。

 

 

「なんか珍しいモノでもあるのかと思ったが…何にもねぇな」

「星があるだけです…それはそうと、宴会の方に居なくて良いんですか? 和麻さん」

 

 

横目でタバコを吹かしている男―――――親友である『八神 和麻』に向かってそう問いかけると、

和麻は面白くも無いと言わんばかりに口の端を歪めた笑みを作ると、景太郎に向かって…

 

「あんな敵しかいない場所で俺に何しろってんだよ」

「父親と酒を交わしてはどうですか?」

「冗談。あんな仏頂面を眺めて飲む酒なんぞ美味くも何ともない」

 

 

と事も無げに吐き捨てた。

厳馬の息子…神凪宗家の出でありながら、炎術の才がないために神凪全体から蔑まれていた和麻だ。

分家の者…引いては自分を勘当した厳馬が居る席など、彼からすれば一秒たりとも居たくないだろう。

父親とは、景太郎ほど蟠りがあるわけではないが、それでも向かい合って笑えるほど両者は器用ではない。

 

それに、彼は先の『風牙衆謀反』の際、風術師ということで疑われ、神凪に喧嘩を売られたのだ。

その結果、彼は神凪の半分近くの術師を病院送りにしたのだ。

その中に実の父…厳馬も含まれ、彼は半殺しの目にあい、数ヶ月もの入院生活を送るほどだった。

 

闘いにおいて『負けは負け。油断だろうがなんだろうが敗北したのは事実』と考えている厳馬はともかく、

自分から手を出し、瞬殺(死んではいない)された分家の者達は、ほとんどが和麻を恨んでいるのだ。

当の和麻は恨みの視線など何処吹く風で無視しているが、面白いわけではない。

 

その事を十二分に…同じぐらい理解している景太郎は、そうですか…と返事をするだけだった。

 

それから二人は暫く沈黙した後……不意に、和馬が思いだしたように口を開いた。

 

 

「そうだ。おい景太郎」

「何ですか?」

「この前な、お前の可愛い義妹いもうと…可奈子だったか? 会ったぜ」

「……そうですか」

 

 

和麻の言葉にこれといった言葉を返さない景太郎。

だが、その表情はほんの微かながらも穏やかになっていた。

 

 

「それは何時のことですか?」

「お前が用事があるって来るの断った退魔があっただろ? あの時だ」

「確か…廃ビルに巣くっていた妖魔退治でしたね」

「正確には夜の眷属―――――人狼ワー・ウルフだったがな」

人狼ワー・ウルフですか…なかなか手強かったでしょう? あの手合いは身体能力が高いですからね」

「まぁな。綾乃の連れ合い足手まといも居たから特にな。だが、あの娘のおかげで随分楽できたぜ」

 

「そうですか。俺もこの前会いましたけど、随分と成長したようです。

見た限りは術師としての才能はほぼ互角…技術は可奈子に分がありそうですけどね」

 

「ああ。まともに戦り合ったらほぼ間違いなく綾乃じゃ勝てねぇな。

お前の云うとおり、術師としてはともかく技術は圧倒的にぼろ負けだ」

 

「本人の前では言わないで下さいよ」

「もう遅ぇよ。その日に言ってやったからな」

 

 

ケケケケ…と意地悪く笑う和麻に、景太郎はヤレヤレと言わんばかりに溜め息を吐いた。

もっとも、ボロボロに言われた綾乃といえば、それ以来、一心に剣術に打ち込んでいたりするのだが、

今のところやっと目に見えて成長したのが見え始めたか? と云った感じだ。

 

 

「しかし…和麻さんがそこまで言いますか。本当に可奈子も成長したんですね」

 

 

浦島とは絶縁関係にあるとはいえ、可奈子は何かと自分を慕ってくれた…いや、慕ってくれている義妹いもうと

そんな義妹いもうとの成長に喜びを隠せないのだろう。

 

 

「嬉しそうだな。やっぱり義兄あにとして義妹いもうとの成長は嬉しいのか?」

「ええ。(しかし…可奈子。本当に強くなったんだな)」

 

 

可奈子の成長した姿と、出会って間もない幼い頃の姿を脳裏に思い浮かべつつ微笑する景太郎。

事故で両親を亡くし、自分の家へ…否、浦島宗家に引き取られた可奈子。身寄りが無いから…ではない。

水術が使えない景太郎に代わり、溢れるばかりの才能の持ち主である可奈子を跡継ぎにするためだ

宗主『影治』の妹『かなめ』の娘と云う血筋上、そしてその強大な力ゆえに、異論を挟む者は居なかった。

 

景太郎の当て付けだったのか、宗主の可奈子への期待は大きく、同時にとても厳しかった。

それは、両親を亡くしたばかりの可奈子には到底耐えられないほどの仕打ちだった。

周囲の者が心配して止めようとするが、宗主が耳を貸すわけもなく…その行為はエスカレートする一方…

義母である茜や親戚の乙姫親子、そして祖母であるひなたは可奈子を可愛がり、大切にした。

景太郎も…色々と蟠りはあったが、その優しさゆえに常に可奈子の身の回りにいて、世話をしていた。

その甲斐あってか、可奈子は特に景太郎に心を開き、『お兄ちゃん』と呼び慕ってくれた。

まぁ、今ではそれがちょっと行きすぎて、男女のソレとなって結婚を迫るほどになってしまっているが……

〈それがちょっとか!? と云う意見が多々あり〉

 

 

「本気で嬉しそうだな…もしかしてお前、シスコンか?」

「和麻さんが煉君の成長を喜んでいるのと同じですよ」

「別に喜んじゃいねぇよ」

「そう言いつつ、煉君が成長する為に手間を惜しまないんですよね」

「んな事あるか。あいつは俺と違って才能があるからな。ほっといても勝手に強くなる」

 

 

和麻は苦笑しつつ短くなった煙草を庭に向かってペッと捨て、懐から出した新たな煙草をくわえる。

吐き捨てられた煙草は地に落ちる寸前にボッと急激に燃え、瞬時に灰となって一陣の風にさらわれた。

 

 

「才能なんて人それぞれですよ。炎術の才がなかった和麻さんが風術の才があったように…

水術の才がなかった俺に炎術の才があった…煉君や可奈子は親からそのまま才能を受け継いだだけ。

俺はね、才能の有無もまた自分自身の一部…どんな才能も己の一部だと思ってるんです」

 

 

どんな才能があるか…そしてどのような才能が授かるのかは、生まれたときに半ば決まっている。

自分自身で選べるのなら、これ以上のことはないが、そんなことは神ならぬ人の身で出来ようはずがない。

 

だから…

 

 

「だから俺は、俺の持てる限りの力で”己”を鍛えているんです。

『人は”己”を極める事にただ全力を尽くすのみ』って言えば恰好良いですかね?」

 

 

景太郎がそう言うや否や、和麻のくわえた煙草に火が灯った。

景太郎が火の精霊を操り、火をつけたのだ。

 

 

「良いこと言うねぇ、心に沁みるぜ。まさに名言ってやつか?」

「そこまで凄くないですよ。言うなれば『座右の銘』ですね」

「それがお前の座右の銘か…なら、俺の座右の銘は『勝てば官軍』だな」

 

 

ニヤッと笑いながら堂々と胸を張る和麻。

まっとうな人間なら胸を張るどころか、座右の銘にはあまりしたくない言葉を堂々と宣言するその精神…

いっそうのこと”見事”と感心すべきか、呆れ果てるべきなのか…

普通の人間なら対応に困るだろうが、そこは景太郎。常人とは違う。

 

 

「はははは、和麻さんらしいですね」

 

本当に楽しそうに笑っていた。その言葉が、景太郎の勝負への信念に通じている所があるゆえだろう。

そんな景太郎の反応に和麻は、だろう? と、我が意を得たりという顔で同じく笑った。

 

そして短くなった煙草に気がついたのか、先程と同じように庭に向かって吐き捨てる。

その煙草も先程と同じく地に落ちる前に一瞬で燃え、残った灰もまた同じく一陣の風にさらわれていった。

 

 

「それはそうと、いい加減煙草のポイ捨ては止めて下さい。庭が汚れます」

「だから掃除してやっただろうが」

 

 

その言葉から、煙草を燃やしたのは景太郎、灰をどこぞに飛ばしたのは和麻の仕業なのだろう。

素直に灰皿に持って行けばいいものを…まったくもって『才能』の無駄遣いだ。

 

―――――と、そんな折り、

 

 

「ちょっと〜、若い男が二人並んで何話してんのよ〜」

「ね、姉様! 止めて下さい、はしたないです!」

 

 

背後の襖がスパンッ! と景気良く開かれ、顔を真っ赤にした綾乃とその服の袖を掴んでいる煉が現れた。

状況から判断するに、酒を飲んで酔った綾乃を煉が必死に止めようとしている…と云ったところだろう。

今も尚、煉が袖を引っぱって綾乃を部屋の中に連れ戻そうとしているがまったく効果はない。

 

 

「あの馬鹿…また酒飲みやがったな。どうでもいいが酒癖悪ーぞ」

「まったく…誰だ? 未成年の綾乃さんに酒を飲ませたのは……」

 

 

和麻は呆れて…景太郎は頭をかかえながらぼやく。

 

 

「こら〜、そんなとこに居ないで酌しなさい、酌〜」

「頼みますから姉様、止めて下さいよ〜」

 

 

景太郎達に酌しろと絡む綾乃と、半泣きになって止める煉。

哀れというか何というか…煉の姿に涙を誘われそうな光景だ。

 

 

「しょうがないですね…こんな状態の綾乃さんを、煉君一人に任せるのはあまりにも酷ですね……」

「安心しな。明日の朝には二日酔いと宗主の拳骨のワン・ツーフィニッシュでノックダウンだ」

「どこをどう安心しろって云うんですか……」

 

 

ケッケッケッケッと意地悪く笑う和麻にさらに頭痛をおぼえる景太郎。

確かに、明日の朝には和麻の言ったとおりになるのだろう…まぁ、それは自業自得だから仕方がない事だ。

そう考えて、少しでも気を紛らわせるしかない。

 

 

「兄様達も手伝ってくださいよ〜」

「わかった」

 

 

煉の呼びかけに渋々ながらも動き出す景太郎。そして―――――

 

 

「んじゃ、面倒そうだし俺帰るわ」

 

 

と云う一言を置き去りに、風を纏い空高く飛翔してその場を去る和麻。

いきなりの行動に驚いた煉は『兄様!?』と慌てて和麻を呼ぶが、

当の本人からは『達者でな〜』と云う言葉を風に乗せて送ってきただけだった。

 

 

「こら〜、逃げるな和麻〜!」

「や、止めて下さい姉様〜」

 

 

聞こえるはず無いのに、和麻が飛んでいった方向に赤い顔で怒鳴る綾乃。

疲れたのか、いよいよ声に力が無くなる煉。

 

それらの声をBGMに、景太郎はただ一言……

 

 

「…………………逃げられた」

 

 

 

 

そして…さらにテンションが上がる綾乃に対し、夜はさらに更けていった…………

 

 

 

 

―――――第十四灯に続く―――――

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

どうも、ケインです。

今回の話は正月ですけど…もう一つの話、『風の聖痕』での景太郎が何をやったのか朧気に出ています。

もしかすると、『風の聖痕』編を書いているときに変更するかも知れませんけど…(鋭意制作中)

どうしても変更する気がないのは、やはり『操』の婚約と『神炎』の出番ですね。

 

今回で驚いた方が多少は居たのではないでしょうか?

いきなりのヒロイン候補(今現在最有力です)が現れましたからね。

和麻と操のカップリングが大好きな人は済みません。この話では操は景太郎一直線です。

その事は『白夜の降魔・風の聖痕編』でも書いて詳細に報せますので…

 

それはそうと、『その1』に出てきた煉君のお友達の二人…当初は出す予定はなかったんですけどね。

本来の流れは、煉君が景太郎を迎えに来た…だったんですけど、いつの間にやら暴走気味に出てきてます。

正月早々に何やっていると言いたいですけど、この二人にとってまだ控えめでしょうね……たぶん。

でも、私にはこれ以上の事は書けませんので…あまりにもこの二人は過激すぎます。篠宮嬢もですけど……

 

それでは、いつも感想をくださっている方だ方々、まことにありがとうございます。

返事はなかなか書けませんけど、ちゃんと読んでいます。凄い励まされています。

 

では…また次回も読んでやってください。ケインでした。

 

 

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