白夜の降魔・14灯・2

 

 

 

「―――――で、景太郎に会った感想は?」

 

「気の良い青年だね。ちょっと無愛想だけど…子供にとても優しい良い子だ。

僕としては、決してり合いたくない青年だね。色々な意味で……」

 

「そうか。お前ほどの奴でもそう思うか。まぁ、無理もないな」

 

 

はるかと瀬田が、畳の上で寝てしまったサラの横で景太郎のことを話し合っていた。

喫茶日向でたわいもない話をしているうちに日も暮れ、夜となってサラが横になって寝息を立ててしまったのだ。

サラに聞かせたくない話もあったため、二人はそれを見計らって密談しているというわけだ。

 

 

「僕も、精霊術師としてちょっとは実力がある方だと思っていたんだけどね…

今日、始めて彼と真正面から向き合ってみて、そんな気持ちは綺麗さっぱり吹っ飛んだよ。

なにしろ、彼は実力の底が見えない…いや、眩しすぎて実力の全てを見抜けなかったと言う方が正しいかな?」

 

「……私は、あいつの実力の一端を垣間見たが…正直、恐怖しか感じなかったよ」

「もしかして、白い炎…『神炎』かい?」

「知っていたのか?」

 

「まぁね。はるかから彼のことを聞いた後、僕なりにつてを頼って情報を集めてみたんだ」

「ほ~、お前がか? いつも行き当たりばったりの癖に」

「酷い言い草だなぁ…まぁ、間違っちゃいないけど」

 

 

はるかに意地悪そうな笑みと真実の言葉に、瀬田は苦笑いでそう答えるしかなかった。

 

 

「はるかも知っての通り、考古学なんてものをやってると霊や妖魔と云った存在モノに縁ができてくる」

「ああ。お前と一緒に何度か退治したな」

 

 

考古学の関わる存在…

遺跡などは地脈や霊穴の上に建っていることが多く、霊や妖魔が集まって巣窟になっている場合があり、

遺物にも、同じく取り憑いていたりすることが多々あるのだ。

全部が全部ではないのだが…瀬田のように未発掘の遺跡を探している者には、よくあることだった。

 

 

「そうだね。それに、はるかとコンビを解消してからもある程度のトラブルは一人で解決できた。

でも、やっぱり大事になると他の術師や退魔士と連携をとったり、頼ったりすることもあるんだ」

 

「なるほど、その繋がりで情報を集めたのか」

 

「ご名答。その中には仕事中に景太郎君と鉢合わせた者や、その知り合いがいるって言う者がいたんだ。

その人達の僕は訊ねてみたんだ。『〈神凪 景太郎〉と云う人物はどんな退魔士なんだ』ってね」

 

「それで?」

 

 

相槌を打ち、話の先を求めるはるか。

しかし、瀬田は勿体ぶるかのように懐から煙草を取り出し、口にくわえて火を点ける。

 

 

「おい瀬田!」

「まぁまぁ、落ち着いて…聞く前に少し頭を整理した方がいい」

 

 

そう云って箱を差しだし、煙草を勧める。

はるかは手を伸ばそうとしたが銘柄を見て取るのを止めると、

懐から愛用している煙草を出して火を点け、一息すって紫煙を吐いた。

 

 

「それで…どうだったんだ?」

「それがね、おかしな事に皆の彼に対する評価はてんでバラバラなんだ」

「ばらばら? 大したことないとか、そう云うことか?」

 

「いやいや、そうじゃないんだ。言い方が悪かったね…彼の退魔方法が、聞く人によって様々なんだ。

中には彼が炎術師だって事すら知らない人が居てね、

僕が最初にどんな炎術師だったって訊ねたら、ただの同姓同名だと思われたぐらいなんだ」

 

「しかし、『神凪』姓なら……」

 

「偶にね。普通ならそう思うだろうけど…本当に極々偶に本名を隠して『神凪』の性を名乗る者が裏にはいるんだ。

神凪の名を聞いて退く者は数多いるからね。牽制とか大きな顔をしたいとか…

炎術をまったく使わない彼を、『神凪 景太郎』の名を偽名にしている若手の退魔士だと思ったらしい」

 

「なるほどな…それで、話を戻して退魔方法がバラバラとはどう云うことだ?」

 

「言葉通り、退魔の方法がまったく違うんだ。僕が聞いただけでも彼の退魔方法は六つ。

一つは『神鳴流によく似た退魔術を用いていた』 これははるかの方がよく知っているだろう?」

 

「ああ…あいつが神鳴流の真髄を身に付けているみたいだからな。他には?」

 

「他には…『霊刀、もしくは霊剣を用いて闘っていた』とか『忍者というか、奇術師みたいに妖魔を倒していた』、

それに『陰陽術らしき術を使っていた』とか…『獣形の使い魔で退魔を行っていた』っていうのもあったな。

もちろん、『神凪の名に恥じぬ、凄まじい炎術の使い手』もね」

 

「六つか……うち四つ、『使い魔』と『忍者』以外は納得できなくもないが……

それでも、二十歳程度のあいつがその四つで退魔を行ったと云うのは無茶苦茶だな…」

 

「その意見には僕も賛成だ。退魔術なんてよく修めても二つか三つだって云うからね」

 

 

かなり以前にも語ったが、退魔術と云うのは流派に差はあれ、そのどれも極めるのに長い年月を要する。

同じ術式…魔術と云うカテゴリー内であれこれ手を出すのはよくあることなのだが、

まったく違う種類…氣功術・魔術・精霊魔術などに手を出し、退魔を行えるまで身に付けるのはほとんど無い。

精霊魔術師が体術を身に付けるのはよくあることだが、それはあくまで補佐。

あくまでメインは精霊魔術。その方がもっとも効率的だからだ。

 

中には例外的に…〈浦島 可奈子〉のように、武術、精霊魔術、陰陽術の三つを身に付けている者や、

〈神凪 厳馬〉〈八神 和麻〉のように強力な精霊魔術だけではなく、優れた体術を会得した者もいるが

それは優秀な師が居る恵まれた環境の上に本人の資質、並外れた努力があってこそだ。

 

そして、瀬田の言葉を鵜呑みにするのならば、

景太郎はそれすら超えて(最低でも)六つもの退魔術を身に付けたのだ。

退魔術を一つでも学んでいる者なら、信じがたい事だろう。

 

 

「そうそう、一つだけ共通点があったよ」

「なんだ?」

「彼の退魔術は凄腕の一言に限る…らしい」

「と、言うことは…どれも半端な腕じゃないって事か。本気で化け物じみているな、あいつは……」

 

 

はるかは溜め息と共に煙草を吸おうとしたのだが、ほとんど灰になっているのを見て灰皿に押し付ける。

 

 

「ああ、もう一つ…思い出したことがあるよ」

「なんだ、まだあるのか?」

 

「彼の名は…正確には、彼の『二つ名』は海外でも知れ渡っていたんだ。

なんでも、彼は海外まで退魔に出かけたことがあるらしくてね、その際に有名になったらしくてね。

僕も幾度か耳にしたことがあるんだけど、まさか彼だとは思わなくてね、忘れてたんだ」

 

「ふ~ん…で、どんな二つ名なんだ?」

「破邪の白銀…『ミスリル』なんだって。特にアメリカとヨーロッパ方面で有名らしいよ」

「なんとまぁ……洒落たあざなだな」

 

 

凄まじく景太郎らしい二つ名に、はるかは微苦笑を浮かべて新しい煙草に火を点けた。

 

『破魔』の血統・浦島を差し置いての異名だが……問題はない。

景太郎が活躍した末の事なのだ。浦島に文句を言う権利はない。少なくとも、はるかはそう考えている。

 

 

「さて…夜も結構更けてきたな。そろそろ帰らないとな…サ―――――」

「寝ている子供をむやみに起こすな。そのまま寝かせておけ。奥の部屋に布団を敷いてくる」

 

「あ、そうかい? いや~助かるなぁ、それじゃはるか、今夜は一緒に寝よ―――――ぶぺらっ!!

 

 

瀬田がはるかの肩に手を回した途端、はるかの強烈な裏拳が炸裂し、瀬田が吹き飛ぶ!

吹き飛んだ瀬田は硬い床の上を滑った後、店の入り口ギリギリ…実に数センチと云うところで停止する。

 

 

「は、はるか、絶妙な力加減だね…また腕を上げたかな?」

「言い残すことはそれだけか?」

 

 

近づいたはるかはそう言うと瀬田を容赦なく踵で踏みつける。

ハイヒールでも履いていたらさぞかし似合っていただろうが、残念? ながら履いているのは木のサンダルだ。

 

 

「はるか、ちょっと痛いんだけど…」

「頑丈な地術師が何を言う」

「いや、頑丈でも痛いものは痛いんだよ!?」

 

 

瀬田の戯言など聞く耳持たんと云わんばかりに店の入り口を開けると、容赦なく瀬田を外へと蹴り出す。

 

 

「頑丈なんだから外で寝ても平気だな?」

「だから、地術師でも痛いものは痛いし、寒いものは寒いんだってば!」

「大丈夫だ。地術師ならこれぐらいじゃくたばりはしない。近所迷惑だ、さっさと寝ろ」

 

 

半ば本気泣きではるかに縋り付く瀬田だが、

当のはるかはけんもほろろの言葉を返すと瀬田を蹴り出し、ピシャリ! と、入り口を閉めた。

 

 

「やれやれ…今回はちょっとおふざけが過ぎたかな?」

 

 

はるかの姿が見えなくなった途端、苦笑しつつ立ち上がる瀬田。

アレはアレで瀬田なりのスキンシップなのだろう。少々過激すぎる気もするが……

 

 

「しかし……本当に参ったな、車の中に毛布はあったかな?」

 

 

せめて車で毛布にくるまって寝ようと考えた瀬田だが、つい先日…

ちょっとしたトラブルで海につっこみ、毛布を洗濯したのは良いが、そのまま干し忘れていたことに気がついた。

取りに行こうにも、そこは東大の中…今日、昼食を摂ったところに干してあるのだ。

 

 

「あちゃ~~、これは本気で死ぬかもしれないな……」

「店の前で死ぬなよ。縁起が悪い」

 

 

上からかけられた声に振り向くと、そこには二階の窓から顔を出したはるかが瀬田を見下ろしていた。

そして黒っぽい何かを投げ、瀬田はそれを危なげなく受け取った。

 

 

「寝袋かい?」

「さっきの情報料だ」

「高い寝袋だね…それに、建物の中という選択肢はないんだね」

「何か文句でもあるか?」

「御免なさい、ありません」

 

 

はるかの冷たい視線の前に、瀬田は平身低頭に納得するしか道はなかった。

すでにこの二人のヒエラルキーは決定してしまっているようだ。

 

 

「じゃあな」

「はいはい。おやすみ」

 

 

あくまでも冷たい態度のはるかに対し、瀬田はそう言うと背を向けて車の方に歩き始める。

そんな時―――――

 

 

「………寝ているとはいえ、子供の居る前でデリカシーのないことを言うな。

お前のその時と場合を考えない態度が私は嫌いなんだ」

 

「―――――え?」

 

 

聞こえてきたはるかの呟きに瀬田は思わず振り返るが、その窓はすでに閉まり、鍵をかけられていた。

もし…そのガラスが透き通っていたのなら、瀬田には見えていただろう。

はるかの顔が真っ赤になっているところを……

 

いや、瀬田にはわかったのかもしれない。

磨りガラス越しに奥に入って行くはるかの姿を、瀬田は微笑みながら見えなくなるまでじっと見つめていた。

 

 

「おやすみ、はるか………」

 

 

心が暖かくなる感覚を心地良く感じる瀬田。

 

しかし―――――芯に響くような寒い夜風に、その気持ちはあっと言う間に凍結した。

 

 

「これは……本気で永眠しないようにしなくちゃならないかな?」

 

 

今度は引きつった笑みになりながら、寝袋を抱えて足早に車に駆け込む瀬田。

当然、今まで誰もいなかった車の中に暖かさなど微塵もない。

 

 

「こうなったらエンジンをかけて暖をとるしか……」

 

 

そこで目につく駐車場の看板。

その看板には駐車場にあるお約束の決まり事・数箇条の他に、

 

『近所迷惑、及び、大気汚染の防止の為、駐車中は必ずエンジンを切ること』

 

と、達筆で描かれていた。

そしてその下には…

 

『破った者には厳重注意と共に罰金、追加に折檻も有り。喫茶日向・店長―――――浦島 はるか』

 

とも書かれてあった。

罰金はともかく、折檻は色々と問題があるように思うが…はるかならなぜか納得してしまいかねない。

それは、はるかを知る者全ての総意でもある。

 

ともあれ、『罰金はともかく、はるかの折檻だけは回避しなくてはならない…』

過去の経験上、そう思った瀬田は、車の鍵を手放しつつ、ありったけ着込んで寝袋の中に潜り込んだ。

 

 

 

この瞬間、一人の哀(愛)戦士と真冬の気候との闘いの鐘が、音もなく夜空に鳴り響いた……

 

 

 

結果は―――――瀬田の辛勝であるとだけ言っておこう。

 

 

 

 

―――――第十五灯に続く―――――

 

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

どうも、ケインです。

今回の題名は…まぁ、余り深い意味がありませんのでご了承を。

 

瀬田についてですが…彼は地術師となりました。

と云っても、格別に強いわけではありませんけどね。分家で一、二位を争うくらいです。

ちなみに、サラはごく普通の子供です。”力”は何も持っていませんので。

 

それと、作中にあった景太郎について色々と噂話の捕捉です。

景太郎自身の歳は二十歳ぐらいですけど、退魔歴は八年ぐらいですので、その道ではそこそこ古株です。

そして、依頼があれば日本全国、果ては海外まで数度ほど行っています。

景太郎自身が望んだのと、神凪(宗主以外)が押し付けたのがほとんどなのですが、

それを文句も言わずに僻地に行き、淡々と行った彼の姿を見て『鉄砲玉』なんて呼ばれてたんです。

 

色々苦労をしていたと云うことで……ただ、その殆どが景太郎の技の実験台となって消えたんですけどね。

 

 

 

それでは…次回は素子の話となります。

色々順番がすっ飛んでいますが、もうすぐ浦島編の話が加速しますので、その予兆と云うことで…

ただ、素子が少々痛い目にあってしまいます。話の流れ上仕方がないんですけど……

 

その辺りをご了承の上、よろしければ読んでやってください…では。

 

 

 

 

 

 

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