ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第十六灯・後編 「強き決意、生まれし刀」

 

 

 

 

「なにやってんだ? お前等……」

 

素子を伴い、ひなた荘に戻った景太郎の第一声がそれだった。

 

「なにやってんだ? じゃねぇ!! 手前テメェ、ここの連中に俺達が来ること言ってなかったな!」

 

 

床に転がされた物体…まとめて簀巻きにされている二人の男の内、痩せ形で眼鏡をかけた男が、

景太郎を見るや否や噛み付かんばかりにそう怒鳴る!

 

 

「そうだ! 来た早々いきなりこの待遇はなんだ!!」

 

 

もう一人の方…ふっくらというか、ぽっちゃりとした体型の男も、先の男に続いて文句を言う。

そして更に文句を言おうとした―――――その矢先、

細長い何かが床を叩き、パシッ! という音を室内に響かせる。

 

 

「うるさい、ちょっと黙れ」

「「は、はいぃ!!」」

 

 

ヒュンッ! っと細長い何か…鞭を一振りし、束にして手に持つはるか。なにげに鞭捌きがプロだ。

その女王様チックな態度とオーラに、二人の男はおろか、成瀬川達まで顔を引きつらせ、腰が引けている。

 

 

「景太郎。その様子からすると、こいつらを呼んだのはお前か」

「ああ。用事があったから呼んだんだが…もしかして、言ってなかったか?」

 

確認に成瀬川達を見るが、四人はそろって首を縦に振り、言ってなかったことを主張する。

 

「やっぱ言ってなかったのかよ!」

「って言うより、そろそろほどいてほしいなぁ…」

 

 

なおも怒鳴る太形の男に、ヘラヘラした笑顔で解放を望む痩せ形の男。しかし…

 

―――――パシンッ!!

っと、はるかが再び鞭を振るった途端、ピタッと口を噤む。しっかりと躾けられてしまったらしい……

 

 

「あ~あ、景太郎の所為でこんな目にあうなんて…」

「でも、この人にやられるのならちょっと良いかも」

「お前の特殊な趣味に俺を巻き込むんじゃねぇ!!」

 

 

太形の男のちょっと愉悦の入った言葉に、本気で泣きが入る痩せ形の男。

そんな二人は余所に、景太郎ははるかに目を向けた。

 

 

「どうして二人を縛ったんだ? 何かやらかしたのか?」

「別に…ひなた荘に入り、私を見た途端ナンパしてきたから、不審者として扱っただけだ」

 

 

ふん。と、少々不機嫌そうな感じでそう言うはるか。

事の真相は、訪ねて来た二人が玄関口にいたはるかをナンパしたのだが、

後から出てきたなるとキツネにすぐに移ったので、それが感に触ったからだ。

ちなみに、これはこいつらの半習性的な行動なので、全くの他意はない。

前後が逆になったら、そのまま逆になっていたのはまず間違いはないだろう。

 

 

「ま、とりあえずそのままじゃ話ができない。奥のリビングで話をしよう」

 

 

そう言って奥のリビングに向かう景太郎。そして、その後に続く二人の男。

縛られていた縄は解かれて…いや、結び目の所が燃やされている。

景太郎がやったのは間違いないが、はるかにはいつ行ったのかまったくわからなかった。

 

いつの間に…と、唸りながら先の三人に続くはるかと成瀬川達。

そして最後に、少々よたよたしながらその後に続く素子だった。

 

 

 

「さて。拷問―――――もとい、質問されている時にも言ったけど、俺の名前は〈灰谷 真之まさゆき

そこの景太郎と、小学生時代からのつきあい…まぁ、友人ってやつ。よろしく」

「俺は〈白井 功明きみあき〉。右に同じく景太郎の友人なんだ」

 

「ふん……その『友人』が此処…女子寮に何の用だ。下らん用事だったら承知せんぞ」

 

「あんた勘違いするなよ。店ならともかく、此処の責任者は俺だ。

不審者「「失礼なこと言うな!」」を撃退したことについては礼を言うが、承知するしないまで口を出すな」

 

 

少々怒気の籠もった視線に黙るはるか。景太郎の言っていることが正論だからだ。

この寮に誰を招こうと、自分が口を出せる権利はもう無いのだ。あったとしても極々低いものでしかない。

 

 

「まぁ、その事についてはもういい。色々と世話になっているからな。

それよりも、この二人を呼んだ用件は青山の事についてだ」

 

「私の?」

 

「そうだ。お前の刀…新しい武器の事で二人を呼んだんだ。

一応、お前が神鳴流の戦士に戻るのであれば、武器は必要不可欠だからな」

 

 

景太郎の言葉に驚くキツネ達。

素子の晴れた表情から元に戻ったことは気付いていたが、はっきりと口に出されて安心したのだ。

 

 

「ちゅうことは、この兄ちゃん達が素子の新しい刀でも持ってきたんか?」

「そんな…神凪、そこまでしてもらうのはさすがに……」

 

「気が引けるか? ならどうするつもりだ。お前の押し入れの中にある『なまくら刀』で体裁だけ取り繕うつもりか?

やめておけ。あんな鉄屑で『止水』の代わりになるか。話にもならん」

 

 

景太郎の言葉になにも言い返せない素子…

素子の武器コレクションは数こそ多いが、霊力…力の秘めた武器は極々僅か。

その武器も、止水と比べれば一段も二段も…はっきり言って比べるのが失礼なほど格下だった。

 

 

「しかし、止水…まがりなりにも『将霊器』クラスの武器はそうそうない」

 

「確かにな。それに『神鳴流』は武器と技が合わさって、その真の力を発揮する。

ただ力を秘めた武器では、神鳴流の真髄の本領を発揮することはまず不可能だろう」

 

「だったら……」

「安心しろ。無ければ製作つくるまで…その為のこの二人だ」

「作るやて!? このパッとせん兄ちゃん達がか?」

「そうです」

 

 

キツネの言葉にショックを受け、景太郎のフォロー無し(むしろ肯定)に更に落ち込む二人…

キツネはともかく、景太郎は解っててやっているから質が悪い。

 

 

「そうは言うけどさ、この人達で大丈夫なの?」

「確かに、一見不審者のこの二人を信じられないのはよく解る」

「「誰が不審者だ!」」

「お前等だ、お前等。訪ねて来ただけで不審者扱いだっただろうが」

「誰の所為だと思ってやがる!」

 

「誰だ?」

 

「この野郎…真面目な顔でぬけぬけと……」

「冗談だ。それはともかく……この白井は『魔工技創師エンチャンター』だ。刀自体はこいつに作ってもらう事になる。」

「俺の専門は『鍛冶』じゃなくて『魔石加工』なんだけどね。ま、安心して任せてくれ」

「そして灰谷には材料を…って、おい、なんで手ぶらなんだ」

「なんでって、白井そいつひなた荘ここの場所知らないって言うから連れてきたんだよ」

「それじゃあ材料の方は?」

「ああ、大丈夫だ。物はラブレスが持ってくるから…」

 

 

その時、灰谷と景太郎がほぼ同時に玄関の方に振り向く。

 

 

「―――――っと、ちょうど来たな」

「そうだな。まるでタイミングを見計らったようにな」

「まぁな。昔からおいしい場面で出てくるからな」

「そういやそうだったな…ちょっと迎えに行ってくる」

 

 

そう言うと景太郎はリビングから出て行く…

そして一分少々経過した後、一人の少女を伴った景太郎がリビングに戻ってきた。

 

 

「連れてきたぞ」

「邪魔する」

 

 

その少女が現れた途端、成瀬川達は一様にその少女に視線を向ける。いや、惹きつけられる。

ロングのプラチナヘアー。左が青、右が赤のオッドアイ。顔立ちは整いすぎて現実味が希薄なほど美しい。

白い装束を着ている事から、全体的に現実味が薄く感じてしまうが、それでも少女は一目を惹きつけてやまない。

ただ、惜しむらくは…少女の表情がなんの感情も表していない、完全無欠の無表情だと云うことか。

声も可愛らしいのだが、やはりこちらもなんの感情も感じられない声音だった。

 

少女はリビングにいる者達を見回した後、灰谷に向かってトコトコと歩み寄る。

 

 

「主、ただいま参りました」

「おう、ご苦労さん。ちょうど良いタイミングで来てくれた。ご褒美に撫でてやろう」

 

 

灰谷が少女…ラブレスの頭を優しく撫でる。

いつものヘラヘラとしたしまりのない表情ではなく、優しく微笑みながら。

顔の作りは悪くないため、そう云った顔になるとなかなかの二枚目に見える。

 

 

「よしよし……」

「……………」

 

恥ずかしそうに俯き、頬を赤く染めるラブレス。

 

 

(うわっ! 可愛い……)

 

なる、キツネ、しのぶにはるかの心の声が一致する。

全くの無表情から突如見せる恥じらいの顔のギャップが非常に萌える。

 

 

「んじゃ、さっそく物を出してくれ」

「はい、ここに……」

 

 

ラブレスは灰谷が手を離すと同時に元の無表情に戻ると、横手に向かって手を伸ばす。

すると、何もなかったはずの空間が水のような波紋を立て、その中に手が沈み込んだ!

 

 

「「「「「なにっ!?」」」」」

 

 

語尾の違いこそあれ、成瀬川達は驚きの声を上げながら、何もないところに沈んだラブレスの手を凝視する。

少女の手がいきなり消えてしまったら、誰でも驚いてしまうだろう。

 

だが、景太郎達三人はもちろん、はるかは一瞬驚いたものの、すぐに平静な顔に戻っていた。

 

 

「意外に冷静だな」

「気配を感じた瞬間、人間じゃないことには気付いていたからな」

「ふ~ん…さすがと誉めておくよ。同時に、むやみに狩ろうとしないところもな」

「それはどうも」

 

 

日本の退魔士には、魔に属する存在を全て妖魔と判断し、問答無用に滅する悪い所がある。

詳しい話は今は省くが、魔に属していようと、人と共存を望む種も存在する。

そして、一見すると魔に近い種族…ピクシーなどの異種生命体である精霊種も存在している。

それを、日本の退魔士はろくに確認もせずに滅する場合が多いのだ。

西洋でも少なくはないのだが、日本ほど問答無用で酷くはない。

 

 

余談が長くなったが…その間に空間の揺らぎからラブレスが手を引き抜き、

大の大人が一抱えしなければ持てないほどの、大きな風呂敷を取り出した。

そしてテーブルの上に置くと、ドスンッ…と重々しい音が響いた。かなりの重量がある様子だ。

 

 

「ありがとう」

「我が主の望みのままに……」

 

一礼するラブレスに灰谷は微笑むと、風呂敷の中を覗き込み、満足そうに頷いた。

 

「良し…品質は注文以上に最高だぞ。ほい白井」

 

「よしきた。それじゃあさっそく取り掛かるとするか。

じゃ、俺は一旦帰って準備をしてくるから。また明日の朝にでも顔を出すよ」

 

「材料を受け取ってすぐに帰るのか? それなら此処で行う必要はないではないか」

 

材料を受け取って家に帰ろうとする白井の行動に疑問をはさむ素子。

そんな素子に疑問に、景太郎は微苦笑を浮かべつつ答える。

 

「今回は顔合わせの為だ。青山も、顔も知らない奴が作った『刀』を本当に信頼できないだろう?」

「それは…確かに」

 

「だから、面倒でも一度此処で顔合わせをさせたんだ。

それよりも白井。道具をこっちに持ってくることはできないか?」

 

「あ、ああ…それはできるが?」

「ならこっちで…そうだな、長い間使っていない『離れ』があるから、そこで作ってくれ」

「良いのか!?」

「此処なら、お前の家よりかなり上等なものができるだろう?」

「ああ! こっちから願いたいぐらいだ! こんな上質な霊穴の上で作れば、今までにない一品ができるぞ!」

「話は決まったな。灰谷、悪いが白井の道具を離れに運んでやってくれ」

「いいぜ。ただし、依頼としてならな」

 

つまり、無料タダ働きはしない…と云うことなのだろう。ちゃっかりしているというか…商売人の鏡だ。

しかし、そこはつき合いの長い景太郎。懐から一枚のカードを取り出す。

 

「あ! B&Wバトル・アンド・ウィザーズのカードや!」

 

景太郎の持っていたカードを一目で看破するスゥ。

まぁ、『B&Wバトル・アンド・ウィザーズ」は最近流行のカードゲーム。知っていてもおかしくはないだろう。

 

それはともかく、景太郎は灰谷にカードを投げ渡す。

 

 

「これでどうだ?」

「う~~ん……ラブレス」

 

渡されたカードをまじまじと眺めるが、判断がつかなかったのかラブレスに渡す。

渡されたラブレスはカードをじ~っと眺める。

 

 

「光属性の上級魔法『解放の聖光ホーリー・ディスペル』。

場にある『光属性』以外のいかなる魔法・呪いを全て打ち消すレアカード」

 

「へぇ…いいのか? レアカードらしいが」

「構わないさ。偶々手に入ったものだし。そもそも俺は興味がないしな」

 

 

事も無げにそう言う景太郎。

だが、後ろにいるスゥはもの欲しそうに見ていたりするが…まったく気付いてもいない。

 

 

「ラブレスも良いか」

「構いません」

「よし、商談成立!」

 

「話はまとまったな。白井、下拵えはいつ頃までにできる?」

 

「さっきも言ったが、下拵えは自体は明日の朝までにはできる。実際に作るのはそれからだ。

お前の考案した、俺にしかできない特殊な刀だからな。根性入れて作ってやるよ」

 

「頼もしい限りだ。灰谷はどうする?」

「そうだな…なんか面白そうだから、此処にでも泊まらせてもらうよ」

「わかった。ただし、俺の部屋で寝ろ」

「わかってるって。俺は嫌がる女の子を襲うほどケダモノじゃないからな」

 

 

戯けたように肩をすくめる灰谷。しかし……

 

 

「ちょっと待った!!」

「なんだ、成瀬川」

「何を平然と『泊める』とか言ってんのよ!」

「嫌か?」

「嫌に決まってるでしょ。こんな不審者と一つ屋根の下で寝るなんて」

「そう言うな。あいつは安全だから気にするな」

「どうしてよ?」

 

灰谷あいつはな、十歳前後の子供じゃないと反応しないんだよ。

大人の女性をナンパするのはあくまでカモフラージュだ」

 

 

ズザザザッ!!

 

 

景太郎の言葉を聞いた途端いっせいに後ろにさがる成瀬川達。

灰谷に向ける視線はどこまでも冷たく、軽蔑の光に満ちている。

 

その成瀬川達の態度に慌てた灰谷は、事の元凶たる景太郎に掴みかかる!

 

 

「おい、ちょっと待て景太郎てめぇ! なに人聞き悪いこと言ってやがる!」

「なにって…本当じゃないか」

「本当じゃねぇ! 嬢ちゃん達も景太郎こいつの言うことを真に受けないで……」

 

 

「うるさい、このケダモノ!!」

「よるな、このえんがちょ人間」

「下衆な……」

「いやぁ………」

「はんのうって、なんに反応するんや? 化学反応か?」

「景太郎。悪いことは言わん、こんな奴とは早く縁を切れ」

 

 

成瀬川、キツネ、素子、しのぶ、スゥ、はるかの順番で拒絶の言葉(若干一名違う)が灰谷に浴びせられ、

当の灰谷はひどい…と云いながら泣き崩れる。

 

景太郎はそんな灰谷の横に立つと、もの悲しい顔で肩に手を置く。

 

 

「辛いな……解ってくれないのは」

「お前のせいだろうが! 一発殴らせろぉ!!」

「気にするな。言わせたい奴には言わせとけ。きっと…理解してくれる日がいつか来るはずだ」

「やかましぃ!!」

 

 

怒声と共に景太郎に殴りかかる灰谷。そしてその灰谷のパンチを避ける景太郎。

かなり殺伐とした光景ながらも、二人のどことなく楽しげな雰囲気に笑いが誘われる。

 

しかし…事の発端が発端だけあって、それを見ていたラブレスは、

 

 

「はぁ………」

 

 

言外にやれやれとばかりに大きく溜め息を吐くばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――――翌朝。ひなた荘リビングにて……

 

 

「みんな、おはよう!!」

 

元気よく朝の挨拶をする灰谷。

しかし、そんな灰谷を皆は冷たい目で見る。

 

「ううっ、誤解なのにみんな冷たい……」

 

 

昨日と同じように、よよよ…と部屋の片隅で一人泣く灰谷。

そんな灰谷の姿に、皆は冷たい目を一変させてクスクスと笑っている。

『灰谷・ロリコン疑惑』の件は昨日の夜に景太郎からちゃんと聞いているため、

今はただ単に(景太郎の案で)からかっているにすぎないのだ。

 

 

「そういえば…あの子がいないわね?」

「あの子?」

「ほら。あの綺麗な子…ラブレスっていったっけ?」

「ラブレスなら、そこにいるよ」

 

 

そう言って背中を向けていじけている灰谷を指差す景太郎。

正確には、灰谷の頭の上に乗っかっている一匹の『白い子猫』を指差している。

 

 

「わぁ、可愛い……じゃなくて! あんた馬鹿にしてんの!?」

「してない。人の話を聞け。あれはラブレスの本来の姿だ」

「本来?」

「使い魔が術師の力によって人の姿をとったと云うことだ」

 

景太郎の言葉を引き継ぐはるか。彼女にはある程度理解できたようだ。

素子も同じく頷くと、自分の知識を語る。

 

 

「確か、『使い魔』と言うのは『式神』と同じ様なものでしたね」

 

「大きな意味で言えば似ている…同じというわけではないがな。

話は逸れたが、使い魔を人の姿にできるのはそう簡単ではないだろう。

どうやらこの男、ただの変態というわけでは無さそうだ」

 

 

推し量る様な目つきで灰谷を見据えるはるか。

この時になって景太郎は、あの後、早々に帰ったはるかだけ灰谷の誤解を解いてないことに気がついた。

 

………が、些細なことだと考えさらりと流すことにした。

 

 

「灰谷はラブレス以外にも、色々な使い魔を”仲魔”にしていてな。そいつ等を使って情報屋をやってるんだ。

それ以外にも色々と副業を営んでて、頼めば情報以外も…今回みたいに品物を仕入れてくれる」

 

「ほう…品物もか。他には?」

 

「基本的には犯罪に関わる物や危険物以外はできうる限り仕入れると本人は言っているが…

あえて言うなら、コンビニで夜食とか、ジュースを買って来いなんかだな」

 

「なんだ、ただのパシリか」

「パシリじゃねぇ!」

 

 

いつの間に復活したのか、はるかの言葉を大きな声で否定する灰谷。

その言葉に、景太郎も大いに同意を示した。

 

 

「その通りだ、はるかさん。灰谷はただの幼女嗜好の変態だ。そこの所を間違えたら失礼だ」

「お前のほうが数百倍は失礼だ!!」

 

 

灰谷は身体を一回転させると強烈な回し蹴りを景太郎に繰り出す。

しかし、景太郎はソファーに座った状態からバック転を行い、綺麗にかわす。

 

 

「お、るか?」

らいでか! 昨日の分もまとめて叩き込んでやる!」

 

 

そう云って二人はそれぞれ得意の構えをとる。

灰谷は合気道に似た構えを…景太郎は右足を軽く前に出した自然体の構えだ。

 

 

「二人ともそれぐらいにせぇや。朝っぱらから騒々しいで」

「俺は喧嘩を売られたから買ったまでですよ」

「それは俺の科白だ」

 

 

そう言いつつも、キツネの仲裁のおかげか灰谷と景太郎はあっさりと構えを解き、ソファーに座り直す。

その時、今まで灰谷の頭の上に乗っていた子猫が、テーブルの上にスタッと跳び降りる。

 

そして、子猫の赤と青の知的な光を宿す瞳が、景太郎に向けられる。

 

 

「神凪景太郎。余り我が主を挑発するな。お主は良いかもしれぬが、他の者が誤解するのは見過ごせん」

「そうだな。悪かった」

 

 

子猫…ラブレスに向かって頭を下げる景太郎。

その光景を見たしのぶをはじめとする皆は、一様に驚いた顔になる。

 

 

「この声…昨日の……」

「かわええなぁ、この猫」

 

「どうも……」

 

 

スゥのストレートな誉め言葉に、ラブレスは短く礼を返す。

 

 

「話は戻すが…灰谷はかなり広い範囲で品物を取り寄せる。

以前、しのぶちゃんの誕生日に送った鍋…あれも灰谷に頼んで取り寄せてもらったんだ。

当然、なんでも取り寄せると言ってもそれなりに金額はかかるけどな」

 

「ま、情報にしろ物品にしろ、手間がかかったりレアだったりすればそれなりの代償が必要だって事さ。

逆に言えば、それなりの代償さえ用意してもらえば、大抵のモノは揃えられるって事だけどね」

 

 

出された紅茶を飲みながら、器用にウィンクをしてそう答える灰谷。

元の顔立ちは良いせいか、その動作はなかなか様になっている。

 

そんな灰谷に向かって、はるかは変わらず厳しい視線を向けている。

 

 

「一つ訊く」

「なんだい?」

「使い魔なのは解った。妖魔ではなく、精霊種であることも気配でわかる。だが、種族はなんなんだ?」

「教えると思う? いくらお姉さんでも無料タダで情報を教えられないな。俺は情報屋なんだよ?」

 

「なら、危険な種族と判断しなければ「止めとけ」なに?」

「止めとけと言ったんだ。それ以上言ったら死ぬぞ」

 

 

はるかは景太郎に忠告されて気がついた。

自分を見る灰谷とラブレスの瞳に、かなり冷たいものが含まれていることに……

 

しかし、それは数秒の間だけ。ラブレスはそのままだが、灰谷はニカッと笑った。

 

 

「精霊種でも、危険な存在が居るからね。お姉さんの心配はもっともだ。

ま、これからも景太郎絡みで付き合うかもしれないから今回は無料タダで教えるよ。

ラブレスはね、〈猫の妖精ケット・シー〉族なんだ。種族の名前は〈次元の猫ディメンジョン・キャット〉」

 

「なにっ!」

 

灰谷の説明を聞いた途端、はるかはいつもの冷静な表情ポーカーフェイスをかなぐり捨て、驚きに満ちた顔となる!

 

「まさか…あまりの目撃例の無さに、空想上の生物とまで言われたあの猫の一族か!?」

「そうだよ」

「〈ディメンジョン・キャット(以後、D・キャット)〉は空間操作ができると聞いていたが?」

 

「まぁね。D・キャットは〈空間把握能力〉を持っているから、高度の空間操作ができるよ。

それこそ、人間の魔術なんか遠く及ばないくらいにね」

 

「な~兄ちゃん。空間把握能力って鷹がもっとるんやなかったか?」

「お嬢ちゃん、よく知ってるね~」

 

スゥの言葉に灰谷が軽く感嘆する。

 

 

「でも、鷹と違うのは空間の定義。鷹は三次元的な把握だけど、D・キャットは空間そのものの把握。

そして、空間を把握する範囲の二つ。

D・キャットにかかれば、十キロ四方の空間の乱れや歪みが手に取るように解るらしい」

 

「空間操作ってのは、昨日見せたアレなんか?」

 

「ああ。昨日のは、自分の周りの空間にちょっとした隙間を作って、そこに物を収納したんだ。

結構簡単だし便利だから、人間の魔術師でもかなり使っているらしいよ」

 

「へぇ~」

 

 

灰谷の説明に皆が一様に感心する。

途中に理解しづらい事が少々あったが、大方は理解できた。

今、自分の目の前にいる猫が、とても凄い力を持つ存在であることが……

 

 

「んで、その力で世界各地を自由奔放に旅することから、D・キャットは〈旅する猫達トラベル・キャッツ〉なんて呼ばれてもいるんだ。

それは良いんだけど、元々個体数が少ない上に旅なんかしてるから、雄と雌の出会いが極端に少なくてね。

そのせいで徐々に数が減って魔術世界じゃ『絶滅危惧種レッド・マーク・アニマル』的な扱いにまでなってるんだ」

 

「その数少ないD・キャットを貴様は使い魔にしているのか」

「まぁね。ちなみに、使い魔の登録を『関東魔法協会』でしているから、そっちに問い合わせてもらっても結構だよ」

「いや、そこまでするつもりはない。その話を信じよう」

 

 

関東魔法協会…名前の通り、東日本に居る魔法使いなどの団体。

日本では一族での組織運営が主なため、それ以外の者達の為の協力団体が発祥の元となっている。

神凪や浦島などの『血族組織』は烏合の衆の集まりと蔑んだりしてはいるが、その力は馬鹿にならない。

西洋の魔術や魔法を取り入れたりしているので、外部の想像よりもはるかにその技は奥が深いのだ。

 

その協会の利点の一つに、灰谷が述べた『使い魔の登録』がある。

早い話、使い魔を登録し、他の魔術師や退魔士に退治されないように注意したり、

その使い魔が悪いことをすれば即座にその主に勧告、もしくは強制処分されるのだ。

使い魔の登録をされているのに、野良の退魔士が退治したりした場合、報復する場合もある。

 

もし、(可能性を除外して)はるかがラブレスを退治すれば、関東魔法協会がはるかを糾弾することは間違いない。

浦島も昔ならともかく、権力失墜している今なら、前面抗争よりもはるかを進んで差し出すことは想像に難くない。

 

 

(良かった…迂闊に手を出すような馬鹿な真似をしなくて……)

 

 

表面上は無表情で煙草を吹かしているが、内心ではホッと安堵しているはるか。

彼女は関東魔法協会よりも、その長と懇意であったひなた婆さんの怒りを喰らうことを恐れているのだ。

 

 

 

―――――と、そんな時。

リビングに疲労感を漂わせた男の声が響き渡った。

 

 

 

―――――その2へ―――――

 

 

 

 

―――――中書き―――――

 

途中、カードゲーム云々がありますが、適当なことですのでつっこみは勘弁して下さい。

後々、色々とでるかもしれませんが…まぁ、お遊び半分のものですので。では続きを……

―――――その2へ―――――

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