「人が徹夜で頑張ってるってのに、随分と楽しそうだな……」
目の下に隈…と言うほどではないが、どことなくやつれた感じのする白井がリビングに現れる。
おそらく、『下拵え』ができたため、離れからこちらに顔を出したのだろう。
「お、来たな。で、出来はどうだ?」
「ああ。一言で言えば最高だな。灰谷の用意したブツが最高純度だったのもそうだが、
何より此処…『ひなた』の霊気が澄んでいる所為か、”石”の結合が無茶苦茶良くてな。
自分でも信じられないくらい最高の出来になったよ。間違いなく、最高の一品になるね」
「それは何よりだ。それと、ご苦労さん。朝飯を食うか?」
「頼む。夕飯を抜いてたからすっごい腹が減ってな……」
「お前の悪い癖だ。集中すると睡眠や食事を忘れるんだからな。よし、みんなも朝食にしよう」
景太郎は苦笑すると、食事にするために皆を伴い食堂に向かった。
そして十数分後……朝食を終えた皆は再びリビングに集まった。
今度は白井の姿も最初からある。
その場の皆は、それぞれ好みの飲み物を用意し、食後の茶を楽しんでいた。
そんな中、景太郎は神妙な顔で白井に向かって口を開いた。
「それで、予定ではいつ頃完成するんだ?」
「そうだな…想像以上に結合が良かったからな、順調良く行けば今日の夕方には完成予定だ」
「思ったより早いな…だが、こちらとしても都合の良い。頼むぞ、白井」
「任せとけって」
親指をビッと立てて頼もしい笑みを見せる白井。
やや憔悴した顔で見せた笑みなので、少々頼りない感じがしないでもないが…それでも心強い印象を皆に与えた。
「それじゃ、さっそく最後の準備だ。素子ちゃん…だったかな? 悪いけどちょっと手を見せてくれる?」
「は? ああ、解った」
なんの脈絡もない白井の申し出に躊躇いながらも、素子は両の掌を差し出すように見せる。
そして白井は丸眼鏡をいじりながら、素子の両の掌をじっと見つめる。
まるで、目に焼き付けようとしているかのような熱心さだ。
景太郎と灰谷は白井の奇行に何も言わないが、素子を含めた皆は些か気味悪げに見ていた。
「あの…先輩。白井さんは何をしているんですか?」
「ああ、白井は指フェチなんだ」
―――――バッ!!
素子が急いで手を引っ込め、白井から隠すように身体の後ろに回す。
「おいこら! いたいけな少女達に誤解をまねくようなことを言うな!!」
「気にするな、軽い冗談だ」
「お前の冗談は偶に本気で洒落にならないんだよ」
「だったら、なんで手を視るのかぐらい説明しろ。言わないから気味悪がられるんだよ」
景太郎の言葉に白井は周りを見回すと…やや引きながら、愛想笑いを浮かべるキツネ達が居た。
つまり、景太郎の言葉通りな訳で……それを理解し、白井もははは…と笑う。
「え~っと…まぁ今の行為を説明するとね、俺は素子ちゃんの手の平をただ見てたんじゃないんだ。
手や指の形はもちろん、手の平から放たれる氣の波紋…氣紋と呼ばれるものを視ていたんだ。
なにせ、作るのは”刀”。それも魔具だからね。ごく普通の作り方じゃないんだ」
白井の懇切丁寧な説明を聞いた皆はほ~っと一様に納得する。
景太郎も、皆が納得した様を見てうんうんと頷いた。
「ま、そう言うこと。最初からそう説明すれば変態疑惑もかけられなかったのにな」
「かけたのはてめぇだろうが!」
「あっさりと信じられたと云うことは、お前にそれだけの素質があると言うことだ」
「まだ言うか!!」
怒鳴る白井に、微笑を浮かべてのらりくらりとはぐらかす(少々からかい込み)の景太郎。
その様子はどう見ても友達とは…仲が良いようには見えない。
灰谷とのこともそうだ。今朝など殴り合い寸前まで発展しそうだった。
「先輩……」
友達と言いつつも喧嘩する景太郎の態度に、しのぶが不安げな顔で泣きそうになる。
生憎と、席が離れていたため景太郎は気がつかなかったが…代わりに、灰谷がその様子に気がついた。
「どうかしたのかい? お嬢ちゃん」
「はい……先輩達は友達なんですよね?」
「友達というか悪友というか…まぁ、そんなもんだけど?」
「ならなんで喧嘩するんですか? 友達なら仲良くして欲しいのに……」
「ん~…あまり深く考えない方がいいよ。あれは喧嘩じゃなくてじゃれあってるようなものだから。
ただ単に一緒になって馬鹿やってるだけなんだよ。ああ見えて、二人とも楽しんでんのさ」
笑いながらそう言う灰谷に、しのぶはそうですか? と首を傾げながら言い争う景太郎と灰谷を見る。
確かに、そう言われて改めて見ると、どことなく楽しんでいるように見えなくもなかった。
「そう…ですね」
「そういうこと。そこの馬鹿二人、こんな可愛い娘を泣かしてんじゃないぞ」
「なに!? どうしたんだいしのぶちゃん。灰谷に泣かされたのかい?」
「なんでそうなる。お前のせいだ、お前の。だから炎を出すなっつーの」
「そ、そうです先輩。違います」
涙の跡が残るしのぶを気遣いながら、掌に白銀の炎を灯す景太郎。
無論冗談半分だが、しのぶが否定しなければ軽く炙っていたかもしれない。
「そうならいいんだけど…そんな事より、そろそろ時間じゃないのかい?」
「え? あ! そうでした!!」
「いっけない!!」
しのぶと成瀬川が時計を見て慌てて自分の部屋に向かう。
「白井、まだか? もう学校に行かせる時間なんだが」
「ああ、ちょうど終わったところだ。もういいよ、素子ちゃん」
「そうか…時間がないため不作法で済まぬが、白井殿。私の刀、よろしくお願い致します」
「任せておいて。最高の一品にしてみせるよ。神鳴流の刀にひけをとらないほどにね」
「お願いします。では……」
素子は白井に向かって丁重に頭を下げると、学校の道具を取りに自分の部屋に向かった。
「スゥちゃんもだろ」
「う~ん…白井の兄ちゃんの仕事に興味あるんやけどな~…しゃあないな」
渋々と云った感じでスゥが部屋に戻る。
そしてすぐに皆が慌ててひなた荘から飛び出すように学校へと向かっていった。
後に残ったのは景太郎、灰谷、白井の眼鏡トリオ。
そしてフリーターのキツネ、社会人であるはるかの五人だ。
「んで、景太郎に兄ちゃん達。あんさんらはこれからどないするんや?」
「俺はすぐに『離れ』に戻って製作に取り掛かるよ。可愛い子に頼まれたんだ。気合いを入れないとね」
「俺はこの後、大学へ行きます。午前中だけなんですぐに帰ってきますけどね」
「そうか。なら、うちはバイトの時間まで二度寝でもしょうかな……」
「それじゃ、俺は添い寝でも……」
背伸びして欠伸をするキツネの肩に手を回そうとする灰谷。
だがその寸前、端からのびた手に耳を掴まれ、思いっきり引っぱられる。
「痛たたたた! お姉さん、ちょっと痛い!」
「お前は暇そうだな。ちょうど良い、私の店でも手伝え」
「あ、俺は今日暇じゃないです。だから放して…いや、本当に放して~~」
抵抗する灰谷だが、はるかは問答無用でそのまま耳を掴んで連行して行く。
その後を猫形態のラブレスがちょこちょことついて行き、去り際に景太郎に向かって一礼して出ていった。
使い魔と主と言うよりも、情けない旦那を補佐する女房並の気配りだ。
「店を手伝えって…ろくに客も居ない店を同手伝うんだ?」
はるかの行動に疑問を抱き、首を捻る景太郎。
しかしすぐに、『ま、いいか』と判断し、連行された灰谷もろともその疑問を忘れた。
そして、その夜……夕食も終わり、朝と同じく皆がリビングにそろった。
朝と違うのはただ一点。最初から白井がいることだ。
「出来たよ。これが…素子ちゃんの新しい武器だ」
そう言った白井が、テーブルの上に黒塗りの鞘に納められた一振りの刀を置く。
今まで素子が使っていた刀…止水は『白木拵え』だったため、
こういった刀然とした装いは逆に皆に新鮮さを感じさせる。
「これが……私の新しい”刀”なのか……」
「素子ちゃん。まずは抜いてみてくれないかな」
「………わかった」
白井に促され、鞘を掴んで刀を手元に寄せる素子。
固唾を飲みながら柄に手をかける。
「凄い…まるで手に吸い付くような感じだ。違和感が全く無い」
これが今朝、白井が自分の手を見ていた理由とその結果なのか…と、肌身で感じる素子。
よく、武器は身体の延長線…と聞くが、本当に一体感を感じていた。
柄だけでも見事な仕事をしている事がわかる。では刀身は?
強い期待に胸を膨らませながら素子は鯉口を切り……刀を抜き放つ!
刀身が鞘の束縛から解き放たれた……解き放たれた、はずだったのだが、
「なんにも……無い?」
柄より先が無いことに驚く皆を代表し、そう呟く成瀬川。
だが、すぐにその考えを撤回する。刀身は…確かにそこにあったからだ。
「こ、これは……まるで水晶か硝子のようだ」
透明な何かで形成されている刀身をまじまじと見つめながらそう呟く素子。
かなりの透明度であるが故に、成瀬川達には一目でその刀身を見極められなかったのだ。
「一体どれ程の切れ味があるのか…試してみたいな」
「そう言うと思ってな。用意しておいた」
どこからともなく(本当に唐突に)大根を取り出す景太郎。
どこにそんなものを持っていた! と、つっこみを入れたいほどだ。
「おまえな、せっかくの試し斬りに大根はないだろ、大根は……」
「そうは言ってもな、他に都合の良い試し斬りに出来るものは…………」
言葉を途中で切り、じっと白井を…正確にはその腹を見る景太郎。
言わずとも全てを悟った白井は、慌てて大きく頷いた。
「いや、やはり切れ味を試すには大根が一番だな、うん」
「なんならお前の身体の余計な部分を「大根が一番だ!」―――――チッ」
不満げな景太郎。ホッとする灰谷。
こいつならやりかねないと本気で思っているのだ。
「神凪、ソレを上に放り投げてくれ」
「わかった……そら」
投げられた大根が放物線を描き、離れた位置に立つ素子に向かって落ちる。
素子は静かに刀を振り上げると…落ちてくる大根に向かって刀を振り抜く!!
バコンッ!!
真っ二つになって床に落ちる大根。斬れて…ではなく、折れてだ。
その大根を見て素子が怒りのあまり身体を震わせる!
「ふざけるな!! なんなんだこれは! なまくらにもほどがあるぞ!!」
まさに怒髪天を衝くとばかりの怒りようだ。
それもそうだろう。大根すらまともに切れない刀など、『斬る』事においては包丁にも劣る。
素子の怒りはもっともだ。だがしかし…制作者である白井は、呆れ返った顔で素子を見ていた。
「当たり前だよ。そのままで使ってもリンゴの皮むきだって出来やしないよ」
「なに!?」
「自信満々でさっそく試し切りしたいって言うから、解っているのかと思ったんだけど…ぜんぜんみたいだねー。
素子ちゃんってさ、機械を扱う場合、わからなくなってから取扱説明書を読むタイプじゃない?」
「う…そんな事はどうでもいい、どういうことなのか説明してくれ」
「はいはい。まず、刀身の材料なんだけど…それには〈精吸石〉を使ってあるんだ」
「「「「「精吸石?」」」」って美味いんか?」
成瀬川達が聞き慣れない単語に思わず問い返す。最後の言葉は言わずとも知れているだろう。
景太郎達は知っているが、あえて何も言わずに白井の説明に耳を傾けていた。
「〈精吸石〉ってのはね『魔石』…魔の力を秘める石の一種で、精気を吸収する力があるんだ。
この場合は精気よりも『氣』って言えば理解できるかな?
とにかく、その石を一つに結合し、作り上げたのがその刀の刀身なんだ。
通常の状態では大根も切れないなまくら刀でしかない……そこまで言えば解るだろう?」
「ああ、よく解った」
透き通った刀身を持つ刀を正眼に構える素子。
息を整え、体内に流れる生命エネルギー『氣』を錬磨して昇華させた『神氣』を掌から刀へを送る。
素子としては、神鳴流の初歩『氣纏』のつもりだったが、
予想に反し、纏わせるつもりだった『神氣』は刀に吸い込まれ、刀身が淡く輝き始めた!
「おぉ! なんか光り始めたで!」
光を灯す刀身にもの珍しそうに騒ぐキツネ。
霊視力の無い彼女に見えるということは、この光は霊的なものではないのだろう。
もしくは、霊的なモノであることは変わらずとも、刀…吸精石を介してなら見えると云うことかも知れない。
「なるほど……」
「青山、もう一回行くぞ」
またもや、どこからともなく大根を取り出した景太郎は、それを再び素子に向かって放り投げる。
同じ軌跡を描き、素子に向かう大根。素子は刀を真っ直ぐに立て、大根を迎える。
そして―――――
スッ…………コトン。
大根は音もなく真っ二つに切断され、軽い音を立てて床に転げ落ちた。
凄まじい切れ味…切断面をくっつければ再び一つになるのではないかと思えるほどだ。
「篭めた”氣”にて刀身を創るわけか……」
淡く輝く刀身とは別に、”氣”が新たな刀身を形成している様をじっと見る素子。
その新たな刀身の方は純粋な”氣”で出来ており、霊視力がなければ視ることは出来ない。
「そう。篭めた氣で刀身を形成するのがその刀の特性。
つまり、篭めれば篭めるほど破壊力が高まり、集中すればするほど切れ味が増す。
”氣”そのもので刀身を創っているからね、生半可な霊刀よりも力があるよ。
ただし、使い手がそれなりに力を篭めれば…って前提付だけどね」
「なるほど…私の実力がそのまま出る訳か。では……」
精神を集中させ、送る氣の属性を変化させる。
すると、火氣を篭めれば紅色に、水氣を篭めれば蒼色に、土氣を篭めれば黒色に…
木氣は翠色、金氣は金色と云った感じに、刀身は色鮮やかに変化する。
「お? なかなか綺麗やないか」
「素子もっとやって~!」
まるで手品でも見ているかのように囃し立てるキツネとスゥ。
成瀬川達はただ見ているだけだが、その瞳は面白そうな物を見ているような目つきだ。
「色も属性に対応しているのか……今度は―――――ぬんっ!」
渾身の力を篭めて練り上げた『木氣』を送り込む素子!
その量に反応して、刀身の輝きが更に増し、色も鮮やかなまま色合いを濃くする。
そして、キツネ達には視えないが、柄元から凄まじい氣が放出され、巨大な刃を発生させる。
「凄い…確かに力を篭めれば下手な霊刀より圧倒的に上だ」
発生しているエネルギーの奔流を視て嬉しそうに喜ぶ素子。
だが、素子は気がついていない。
放出された氣の容量は確かに凄いが、刀身の形をしていないのは素子の力不足。
集束もろくにされていない氣の刃など、風船にも等しい見せかけだけの軽さだと云うことに。
その事に気がついたのは、景太郎達メガネコンビにラブレス、そしてはるかだけだった。
その時…突如、素子の身体がふらつき、刀から氣が急速に消えていった。
「……し、しまった……」
自分の身体が支えきれないのか、その場にへたりこむ素子。
そんな素子の様子に、今まで面白そうに見てた成瀬川達が慌てて駆け寄った。
「素子ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけですから……」
「当たり前だよ。それは氣をそのまま刀身にしているんだよ?
威力を上げようとしてあんな無茶な事をすれば、すぐに氣が尽きるのは当たり前だよ。
上手く調整しないと、無駄に氣を消費するだけなんだから…もうちょっと考えないと」
「それを早く言いなさいよ!!」
へたり込んでいる素子が心配なのか、暢気に説明する白井に食ってかかる成瀬川。
白井は申し訳なさそうに謝ろうとしたが、それを景太郎が止めた。
「成瀬川。悪いのは白井ではなく青山だ。
少し考えれば解ることなのに、なんの考えもなくあんな事をしたんだからな。
確かに『吸精石』は持ち主の氣を必要以上に吸い取るが、残り少なくなれば青山が止めれば良かったんだ」
「その通りです、なる先輩。力が残り少ないことにも気がつかず、無茶なことをした自分が悪いんです。
白井殿、最初から最後まで申し訳ありません。
そして、この刀…まことに見事な一品です。ありがとうございます」
丁寧な言葉で非礼を詫び、そして素直に感謝する素子。
いつもの口調でないのは、本当に感謝している証拠だろう。
「なになに。気にしなくて良いよ。俺は注文を受けて作っただけだからね。報酬もそれなりに貰うし。
それはそうと素子ちゃん。その刀に名前を付けてくれないかな?」
「私が?」
「そうだよ。それは君が使う、『君の為の刀』だからね」
「私の為の刀…私だけの為の……ならば、付ける名前は一つしかない」
素子はふらつきながらも立ち上がると、刀を目の高さまで持ち上げ、皆に見えるように掲げる。
「この刀の名は―――――〈明鏡〉―――――
『明らかなる鏡』の如く、私の心を写す存在としてあるように……
そして、私の不甲斐なさ故に砕かれた〈止水〉。その〈止水〉と共にあるこの名で、私は強くなる。
私を信じてくれる人達を二度と裏切らないように……私はこの刀に誓う」
それは誓いの言葉。
なんの制約があるというわけではないが、自分自身の心に誓う言葉。
今度は裏切らない為に……
尊敬する姉の期待を…そして自分の誇りを。
高らかに、ふらつきそうになりながらもしっかりとそう誓う素子を、皆は暖かい目で見守っていた……
―――――第十七灯に続く―――――
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
……と、まぁこういう流れで、素子は新たな刀を得ることとなりました。〈ひな〉だと予想された方、残念でした。
〈ひな〉の出番はもっと後になりますので……
さて…次回は、今回の一件がとりあえずの形で収集します。
どんな結末になるかは…次回をお待ち下さい。今度は少々長くなるかもしれませんけど……
では、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした……