白夜の降魔・十七灯・その1

 

 

 

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第十七灯 「姉妹対決・再び―――――そして、闇の胎動」

 

 

 

 

素子が新たな刀、〈明鏡〉を手に入れて二日後…全国的な休日である日曜日となった。

それは、素子と鶴子が闘って一週間が経ったことも意味していた。

 

 

そして、時刻はすでに昼近く……

その時になって、いつもは早起きである素子が自分の部屋からリビングに姿を現した。

 

先週は色々とあって疲れていたのもあるのだろうが、

次の日が休みであることを良いことに、夜遅くまで新たな刀〈明鏡〉を振るい、手に馴染ませていたのだ。

景太郎の『早く寝て明日に備えておけよ。』と云う忠告に耳を貸さずに……

 

 

「随分と遅かったな」

「悪かったな。昨日は夜遅くまで鍛錬していたんだ」

 

 

リビングに姿を現した素子に向かって声をかける景太郎。

素子は寝起きでしっかりとしない頭でおざなりに返事をする。

 

そんな素子の様子に、この場にいるもう一人が呆れたような目で声をかけた。

 

 

「やはり、弛んどるようやな…」

「済みません。姉う―――――えっ!?!」

 

 

意外といえば意外な人物の声に驚き、その場にへたり込むや否や、逃げるように後ずさる素子。

鶴子は素子のいきなりの態度やドタバタした行動に軽く眉を顰める。

 

 

「騒がしい子やな。いつも景太郎はんに面倒かけとるんやありまへんか?」

「しょっちゅうな」

 

 

鶴子の言葉に一も二もなく肯定する景太郎。

そんな景太郎を恨めしく睨んだ後、素子は恐る恐るといった感じで鶴子にお伺いをたてる。

 

 

「あの…姉上? なぜに此処にいるのでしょうか?」

 

「あんたに”姉”呼ばれる筋合いは無いんどすけど…まぁ、良いでっしゃろ。

うちが此処に来たんは、景太郎はんに呼ばれたからや」

 

「か、神凪が?」

「そうだ。俺が呼んだんだ」

「一体なぜ姉上を!?」

 

 

糾弾する素子を無視し、暢気に茶を啜る景太郎と鶴子。お茶請けは饅頭だ。

景太郎が買ってきた…東大饅頭だ。

 

 

「これが東大…饅頭どすか」

「ああ。結構美味いぞ」

「約束を…果たしたんどすな」

「結構苦労したがな。なんとか守れた」

「あの子の為に……」

「ああ…」

 

 

二人だけの世界を創り出す景太郎と鶴子。

事情を知る者だけが入って行ける領域に、素子はどうして良いやらわからず、躊躇いつつなんとか声をかける。

 

 

「あ、あの…姉上? 神凪?」

「ん? ああ、落ち着いたようだな」

「あ、いや…ああ」

 

 

落ち着いたか? と逆に問われて頷く素子。

その様子にニヤッと笑う景太郎に、素子は反射的に後ずさる。

 

今までの経験上、景太郎がこんな顔を見せる時は例外なくろくでもないことが起きる前兆だからだ。

 

 

「それなら結構。今日、鶴子さんが再び此処に来たのはな……」

「景太郎はんの頼みで、もう一回だけうちと素子はんが仕合う事になったんどす」

 

「わ、私が姉上と……もう一度……」

 

 

いきなりの申し出…否、決定事項に呆然とする素子。

そんな素子を余所に、景太郎と鶴子はソファーから腰を浮かせる。

 

 

「では、当人素子はんもやっと起きてきた事やし。さっそく……」

「そうだな。ギャラリーも待ちくたびれているだろうし。さっさと行くか」

 

「ちょ、ちょっと待て神凪!」

 

 

そう言って部屋を出て行こうとする二人のうち、景太郎を慌てて呼び止める素子。

鶴子も一瞬だけ足を止めたが、景太郎と鶴子をチラッと見るとそのままリビングから外に出ていった。

 

 

「なんだ?」

「なぜ私が姉上とまた闘うんだ!? 聞いていないぞ!」

「言ってなかったからな」

「さらりと流すな!」

 

怒り心頭の素子に対し、景太郎はやれやれと言った感じで話しかける。

 

「あのな青山…お前、このまま負け犬で終わるつもりか?」

「なに!?」

 

「決意新たに…っというのも結構。だが、お前はそのままで良いのか?

尊敬する姉に見限られたと云う凝りを心に残したまま、真っ直ぐに先に進めるのか?」

 

「………」

 

 

それは素子にも解っている。誰よりも尊敬し、超えたいと思っている姉…

その姉に『見放された』と云う事実は、何よりも心に大きな蟠りとして残っている。

 

 

「お前は神鳴流を破門されている…だが、心はまだ神鳴流の『戦士』なんだろう?」

「……ああ。いかに破門されようとも、私の心は神鳴流の『剣士』だ」

「なら、今ここで姉と闘い、自分は神鳴流の一員として相応しいことを証明しろ」

 

「し、しかし…私に出来るだろうか……」

 

 

素子の心によぎるのは一週間前の出来事…鶴子との闘いだ。あの時、自分は手も足も出なかった。

一週間経ち、景太郎からの厳しい教訓により心は以前よりも多少は強くなったと思う…と言うか思いたい。

しかし、肝心の実力はさほど変わっていないのに、再戦はまだ早すぎる。

 

それが、素子の心情だった。

 

 

「そんなの知らん…と、言いたいところだが、安心しろ。

鶴子さんだって一週間そこそこでお前の腕前が上がっているなんて欠片も思ってないはずだ」

 

「そ、それはそうかも知れないが…もうちょっと言い方が……」

 

「気休めを言っても意味がない。それよりもお前がもっとも見せなければならないのは中身だ。

一週間前に見せた心の弱さ…『侮り』『慢心』『傲り』をいかに乗り越えたか、それを見せろ」

 

「そうだな…そうだった。お前の言うとおりだ。

わかった。今の私の全てを…曇り無い心でありのままぶつける。私に出来るのはそれだけだったな。

済まなかった。面倒をかけて…先に行っててくれ。私も刀を取ってからすぐに向かう」

 

「ああ。場所は前と一緒だ」

「了解した」

 

 

そう言うと景太郎は庭に…素子は自分の部屋に新たな愛刀『明鏡』を取りに戻った。

 

 

 

―――――そして刀を手に、庭に出た素子が目にしたのは……

静かに佇み素子を待ち受ける鶴子と、庭の一画に座敷を敷いて陣取った日向その住民プラス灰谷達だった。

 

 

「みんな、部屋にいないからどこに行ったのかと思えば……」

 

「素子、気張るんやで!」

「素子ちゃん、ファイト!!」

「素子さん、頑張って下さい!!」

「もとこ~、かっこええとこみせてや~!」

 

 

座敷から応援するキツネ達に手を振って応えた後、真剣な顔で鶴子に向き直る素子。

その顔に若干の緊張の色はあるものの、真っ直ぐな、闘志溢れる顔つきをしている。

 

向き合う二人に、更に声援の声を上げるキツネ達。

それとは裏腹に、景太郎やはるか、灰谷達は声を上げることなく黙って見ている。

 

 

 

「ええ面構えになりましたな、素子はん」

 

素子の表情から心の成長を感じたのだろう、鶴子はほんの少しだけ微笑むと、

手に持っていた竹刀袋の中から一本の木刀…一週間前と同じ木刀をとりだし、片手で構えた。

 

「では…とりあえず一週間前のおさらいといきますえ」

「はい」

 

 

腰に差した『明鏡』を静かに抜き、正眼に構える素子。

それとほぼ同時に、透明だった刀身に仄かな光が灯る。

 

 

「それが〈止水〉の代わりどすか……は?」

「〈明鏡〉といいます」

「そうどすか」

「はい……」

 

 

お互いを静かに見つめる二人。そこに余人が入る隙間はない。

観客が側に居ようとも、二人にとって…少なくとも、素子にとってこの場にいるのは姉と自分の二人きりだ。

『戦場』という名の『この場』には―――――

 

 

「参ります!」

「来なはれ、素子は―――――んっ!」

 

 

カラン……

 

鶴子の言葉の最後と共に地面に落ちる木刀……正確には、切っ先から三十センチほどになった木刀だ。

当然、鶴子の手元には、その分だけ無くなった木刀がある。

 

そして鶴子の背後には…刀を振りきった状態の素子が佇んでいた。

 

 

「見事」

 

 

ただ一言の誉め言葉に、嬉しそうに微笑む素子。

短い言葉とはいえ、姉から誉められたのだ。素子にとっては嬉しい限りなのだろう。

 

 

「よう一週間でこの課題を超えられクリアできましたな」

「はい。みんなのおかげです」

「左様どすか…その努力と友情を評価して、これからはコレで相手をします」

 

 

木刀の残骸を放り捨て、腰の差した白木拵えの刀を…〈五龍〉を抜く鶴子。

素子はその五龍を食い入るように見つめ、固唾を飲み込む。

神鳴流で最高の武器、全ての霊器の頂点にある至高の刀―――――神霊器・五龍を……

 

 

「……私などに五龍で相手をしてもらえること、光栄に思います」

 

 

明鏡を改めて握りしめながら、素子は鶴子に向かって構える。

そんな素子に、鶴子は表面上では冷徹なままだが、心の中で軽く賞賛する。

 

五龍を手にした自分を前にして、どう反応するかを試したのだ。

それを、素子は少し怖じ気付いたものの、下がることなく闘うことを選んだ。

それで良い…心が負ければ、勝てる勝負とて勝つことは出来ない。

戦士として、素子がやっと一歩進んだことを、鶴子は真に喜んでいるのだ。

 

 

「それでは、今度はうちから行かせてもらいます!」

 

 

鶴子はタンッ! と大地を軽く蹴り、素子の前まで一足飛びに間合いをつめると、刀を一閃する!

しかし、それよりも先に素子の姿がその場からかき消え、刀が切ったのはその場に残る翠の燐光だった。

 

―――――その次の瞬間!

素子は鶴子の後方上空に姿を現し、翠色に輝く刀を大上段に振りかぶっていた!

 

 

雷ノ奥義―――――雷鳴剣!!」

 

 

振り下ろされる素子の刀を、鶴子の刀が受け止める!

その瞬間、素子の刀から凄まじい雷が放たれた!

 

放たれた雷は刀を伝って鶴子に襲いかかる―――――はずだったが、

雷は鶴子に触れるどころか刀から弾かれるように地面に落ち、傷一つ負わせる事が出来なかった!

 

その事に驚く素子…だが、そんな悠長な暇を鶴子が与えるはず無く、素子に向かって刀を薙ぎ払う!

素子はそれを受け止めると、踏み止まることなくその方向に跳び、衝撃を受け流すと同時に間合いを空けた。

 

 

旋駆つむじがけから雷鳴剣の繋ぎはまぁまぁどす。

同じ『”木”属性』故に属性を変化させる手間もいらず、技の溜めも少ない。

しかし、それが逆に属性を容易に予測させてしまい、容易に対処されてしまう…よう覚えときなはれ」

 

 

今の素子の攻撃を冷静に評価する鶴子。彼女の言い方は辛口だが、何一つ間違ったことを言っていない。

素子もそれを承知しているのか、反論することなく素直に頭の中に叩き込んでいる。

 

木の初伝・旋駆つむじがけ…『木氣』の一つ『風氣』を足に集束し、風の如く地を駆ける技。

最初、素子はこれを使い鶴子に一瞬で迫り、木刀を斬ったのだ。

使い勝手もよく、相手の『先の先』を取ることもできる。

同じ”木”属性の『雷鳴剣』との連携で、勝てないまでも一撃当てることは出来る。

―――――と考えていたのだが…素子は自分の考えの甘さに恥じ入る。

 

 

「総合計で及第点やけど、合格にはまだまだ遠い…さて、次はどういった手できなはります?」

「……行きます!」

 

 

その場に翠の燐光を残して地を駆ける素子。旋駆つむじがけを使っているのだ。

景太郎など極一部を除き、成瀬川達には素子の姿が消えたように見えるだろう。

 

 

(背後を取った!)

 

 

鶴子の後ろに回り込んだ素子は鶴子に向かって刀を袈裟懸けに振るう。

だが、刀の刃が鶴子に届くと思われた瞬間、鶴子の姿が翠の燐光を残してかき消えた!

鶴子もまた、旋駆つむじがけを使ったのだ。しかし―――――

 

 

(見えたっ!!)

 

 

右に移動した鶴子に向かい、振り下ろした太刀を跳ね上げる!

が、素子の刀は何もない虚空を斬るのみ、鶴子の姿はおろか影すらない。

 

 

「なっ! 確かに見えたのに―――――」

「見えた? うちの残像でも見えはりましたん?」

 

 

背後からかけられた声に、反射的に後ろに刀を振るう素子。

その刃を鶴子は後方に軽く跳び、とるに足らぬと言わんばかりの表情でいとも容易く避ける。

 

 

「それが姉上の…本当の〈旋駆つむじがけ〉ですか……」

「何言っとりますのん。あんなの、ほんの三割程度どす」

 

 

鶴子の言葉に表情が凍りつく素子。

自分を超える〈旋駆つむじがけ〉が三割程度でしかない…その事実に。

 

 

「まぁ、素子はんこそ一週間かそこらで身に付けた〈旋駆つむじがけ〉にしては速いほうどすけどな」

「なんの慰めにもなりません。気付かなかったことに気付いただけですので……」

 

 

素子はそう言ってはいるが、名前もろくに知らなかった技(身に付けた後で景太郎に名前を教えてもらった)で、

それを一日で実戦レベルまで身に付けた才覚は大したものと言えるだろう。

今回は、闘う相手が悪いとしか言い様がない。

 

 

(元より、付け焼き刃の技で勝てるとは思ってない。全ての技は姉上に一日の長があるのだからな。

私に出来るのは攻めて攻めて、全力で攻めて隙を作り出す事のみ!)

 

 

「木ノ秘剣―――――百花繚乱!!」

 

 

大上段から振り下ろされた素子の刀から、無数の花弁を含んだ衝撃波が放たれる。

しかも、その花弁は〈木氣〉で創られたモノで、一枚一枚が剃刀以上の鋭い刃をもっている凶器。

 

その花吹雪を真正面からに喰らえば、その身は微塵に切り刻まれるだろう。

 

しかし、鶴子はその花吹雪を見ながら軽く嘆息した後…

 

 

「また木氣…下手な小細工に頼らず、得意な氣で攻めるのは結構やけど…もうちょっと考えなはれ」

 

 

片手で持った五龍を上段に構える。

その刀身には金色の光が…金氣が集束していた。

 

 

「金ノ奥義―――――斬鉄閃

 

 

静かな声と共に振り下ろされる刀。

その直線上に衝撃波が―――――否、金氣の斬撃が走り、花吹雪を二つに断ち、消滅させる!

 

しかし、その花吹雪の向こうには素子の姿はない!!

 

 

「とった!!」

 

 

鶴子の背後に現れる素子!

花吹雪で視界を塞ぎ、鶴子が奥義を繰り出した一瞬の隙をつき、旋駆つむじがけで背後に回ったのだ。

 

 

「風ノ奥義―――――風迅剣!!

 

 

翠の閃光が鶴子に迫り―――――その細い胴体を断ち、上下真っ二つにした!!

 

 

「なっ!?」

 

 

虚を突いたつもりだが、姉上なら防いでしまう―――――半ば確信した状態で振るった奥義の刃が、

まさか鶴子を斬り裂いたことに驚き、硬直してしまう素子。

同時に感じる、始めて人を殺した…それも実の姉を…というショックに、頭が真っ白になる。

 

 

―――――その次の瞬間!!

 

 

ボンッ!!

 

 

軽い爆発音と共に鶴子の身体が消え、後に残ったのは二枚の紙切れ。

ちょうど、人型の符が胴体の部分で切られた―――――そんな感じの紙切れだ。

 

 

「か、変わり身!?」

「その通り」

「なっ―――――姉うっ!?」

 

 

 

ドンッ!

 

 

背後から聞こえた姉の声に振り向くや否や、五龍の柄頭に腹部を強打されて吹き飛ぶ素子!

数メートルほど飛ばされた後、地面を転がって倒れ伏せた。

 

 

「う……ぐ………」

 

 

素子はなんとか立ち上がろうともがくが、身体に走る激痛に呻くことしかできない……

そんな素子を、鶴子は刀の背で自分の肩を軽く叩きながら見据える。

 

 

「惜しかったどすなぁ、素子はん。でも、この程度の〈空蝉うつせみ〉で我を忘れるとは、まだまだ未熟…

うちやったからこの程度ですんだものの、

これが景太郎はんやったら、えらいえげつない〈空蝉〉で今頃死んではったで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――景太郎。あんな事を言っているが、お前は一体何をやったんだ?」

「別に対した事じゃない。〈水影みかげ〉をやっただけだ。炎術でな」

 

 

事も無げにそう言う景太郎に、はるかは暫し絶句した後、なんとか言葉を口にした。

 

 

水影みかげを炎術で…だと!?」

「ああ。名前はそのままで〈火影ほかげ〉って云うんだがな…それをやった」

「…………」

 

 

何も言えずに再び絶句するはるか…

二人しか解らない会話に、成瀬川達は訝しげな顔ではるかに訪ねた。

 

 

「はるかさん、一体どう言うことなんですか? 水影だか火影だか訳が解らないんですけど……」

 

「あ、ああ。簡単に言えば……身代わりに爆弾を置いたといえば解りやすいか。

いつかは知らんが、景太郎こいつは鶴子にそれをやったらしい……」

 

〈〈〈〈〈それは確かにえげつない……〉〉〉〉〉

 

 

声に出すことはなくとも、成瀬川達の心が一致する。

 

 

「しかし、あの様子からすると鶴子は寸前で避けたようだな。さすがと云うべきか…」

 

「いや、しっかりと引っ掛かってくれた。

火力もそれなりに…手堅く人を百人ほど軽く火葬できるほど力を篭めたんだが、平然と切り抜けられた。

怪我一つ無く、服が少し焦げただけ…まったく、洒落にならない相手って言うのはああ言うんだって思ったよ」

 

〈〈〈〈〈どっちもどっちです………〉〉〉〉〉

 

 

またもやそろう心の声…

そんな時―――――

 

 

「お……やっと立つみたいだな」

 

 

景太郎の言葉に一斉に視線を戻す皆。

そこには、歯を食いしばりながら立ち上がり、刀を構える素子の姿があった。

 

 

「まだやるんどすか?」

「と…当然です……」

 

「それでええ。倒される直前まで…いや、倒されてもなお立ち上がろうとするその不屈の闘志。

神鳴流の戦士として十二分な心構えや。しかと見させてもらいました」

 

 

そう言うと後ろにさがり、素子との間合いを更に広げる鶴子。

そして、強い意志を宿す瞳で、真っ直ぐに素子を見る。

 

 

「では素子はん。今回の合格内容をお伝えします」

「………はい」

「内容は実に簡単や。これからうちが放つ技をどないな手を使ってもええから防いでみせなはれ」

 

 

五龍を頭上に掲げる鶴子。

その身体から発せられた赤き燐光…〈火氣〉が五龍に集結し、その刀身から一匹の赤い火竜を創り出す!

 

(あれは、あの時の……)

 

その光景を見て心の中で呟く景太郎。

その光景は、以前に自分に向かって行われた奥義に似ているのだ。

そして、大きな違いは二つ…一つは属性。もう一つは―――――

 

(龍の輪郭がぼやけている。力もあの時と比べてずっと低いな…一割弱ぐらいか)

 

そう。景太郎の時に比べ、その龍は内包する〈氣〉が格段に下なのだ。

だが、それでも今の素子にはその力は強大すぎる。いつもならまだしも、今は氣をかなり消費しているのだ。

正直、景太郎が見積もって今の素子があの技を凌ぎきれる可能性は五割。

心に迷い、戸惑い、逃避などの感情を抱けば、その可能性は途端に五割を切る。

 

 

(絶妙な力加減だな…青山の心一つで生死を左右する。

これで確かめるつもりだな…青山の心と精神の強さを……)

「みんなよく見ておけ。下手をすれば青山の最後の勇姿だ」

 

「そんな―――――素子ちゃん!」

「逃げぇや素子! 誇りやなんやいっとる場合やないで!」

「素子さん!!」

 

 

景太郎の言葉に皆は驚き口々に逃げろと言うが、素子は皆の言葉に応えることなく、明鏡を上段に構える。

確かに、キツネの言うとおり死ねばそれまで…何事も命あってのものだねだろう。

しかし…人には絶対に退いてはならない時がある。

退けば、命より大切な存在を無くすときもあるのだ。

 

もし、素子がこの場から逃げれば…二度と剣は持てないだろう。

剣術家としてではない、退魔士として…神鳴流の後継者の一人としての命を失う。

 

それは―――――素子にとって、死に勝る苦痛となるだろう。いわば『魂の死』だ。

 

 

(私は避けない…逃げない…この場から逃げれば、私の全てを否定する。

この場に立っているのは私一人の力じゃない……皆の力も一緒なんだ。

それを否定することなど…私にはできない! 私は絶対に逃げない―――――そして超える!!)

 

 

素子の体内で限界まで練られた”氣”が”水氣”と化し、明鏡の刀身の集束される!

それにより、今まで翠に輝いていた刀身は瞬時に目の覚めるような蒼となり、今までにないほど輝く!!

 

あまりの光の強さに、成瀬川達は刀身から素子自身に視線を移す。

その素子自身も、刀身の輝きに染められ、蒼い光を纏っているかのようだった。

 

 

 

「準備はよろしいようやね……素子はん、死ぬんやあらへんで」

 

 

輪郭の定まらない火龍がその顎を開き、その口内に赤い光球を創り出す!

それと同時に、火龍の姿がどんどん薄れて行く…その一撃に全てを篭めているのだろう。

 

つまり―――――『二ノ太刀』はなく、一撃を凌げば素子の勝ちだと云うことだ!

 

 

「行きますえ―――――火ノ秘奥義  哮龍剣  咆鐘炎帝破!!

 

 

集束された火氣が、一陣の赤い閃光となって素子に迫り襲いかかる!!

素子は迫り来る火閃を前に目を閉じ、明鏡の柄を力の限り握りしめ―――――カッと瞳を開く!

 

 

「神鳴流 水ノ奥義―――――水迅剣!!

 

 

蒼く光る太刀を赤い火閃に向かって振り下ろした!!

 

 

ギギギギギギッ!!!

 

 

二つのエネルギーが衝突し、何かが擦れ合うような音が辺りに響く!!

一進一退―――――威力がほぼ同じなのか、完全な拮抗状態に陥る。

 

こうなれば、直接太刀を振るっている素子次第で全てが決まってしまう!

 

 

(く―――――そっ! 押し切れない!!)

 

 

なんとか拮抗状態を保っているものの、心の片隅に焦りが生まれ始める。

 

 

五行において、水は火を相克する位置にある。

言わずと知れて、鶴子の技は”火”で素子の技は”水”。

本来なら優勢である素子の『水氣』が鶴子の『火氣』と拮抗している状態なのだ。

全力で技を放ち、維持をしている素子に焦るなという方が無理だ。

 

 

そんな素子の焦りが影響してか、ギリギリの拮抗状態が崩れ、徐々に素子の刃が押され始める!

 

 

「~~~~ッ!!」

 

 

歯を食いしばり、なんとか押し戻そうと―――――均衡状態に戻そうとするが、それもままならない。

必死に押し戻そうとするが、足下が地面を削りながら後退している。

 

あまりの必死さに、食いしばりすぎて破れた唇から流れる一筋の血にも気付かないほどだ。

 

 

(負けてなるものか―――――負けてなるものかっ!!

私は誓ったのだ。折れた止水と、私を支えてくれた人達に―――――強くなると!

だからっ!! 絶対に負けられないっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間―――――素子の中で何かが変わった。

今まで熱くなっていた思考が明瞭となり、心がどこまでも澄み渡った―――――

 

 

(なんなんだこれは…闘いの真っ最中なのに、心が凄く穏やかだ)

 

 

火閃を受け止めている…その圧力は変わらない。だが、なぜか心が穏やかだ。

周囲から音が消え、視界も自分と鶴子しかいなくなっていた。他は真っ白な空間だ……

 

それと同時に、自分の氣の流れや大きさが手に取るように感じることもできた。

故に―――――

 

 

(ああ、私はこんなにも無駄に力を使っていたんだな……)

 

 

この状況下、自分がいかに”氣”の無駄使いをしているのかを理解し、

その『無駄な部分』の氣を『本当に必要な部分』に移した。

 

 

 

その直後―――――刀身を形成していた氣が前面に…刃のみを形成し、より蒼く、より一段と輝きが増す!

 

 

そして―――――

 

 

「はぁっ!!」

 

 

火氣の奔流が、蒼き刃にて二つに裂かれた!!

 

 

「よっしゃぁ! って、ちょっとまたんかい!!」

 

 

素子が火閃を斬り裂いた事に喜ぶのも束の間、

裂かれた火閃の一つが自分達―――――観客席に向かってきたのを見て思いっきり焦る!!

 

 

「あかん! もう逃げられへん!!」

 

 

キツネと成瀬川はしのぶとスゥに覆い被さり、身体を強張らせる。

―――――が、

 

 

「ラブレス」

「御意」

 

 

そんな四人の前にラブレスが進み出ると、火閃に向かって手を翳す。

 

その途端、真っ直ぐに直進していた火閃がカクンと九十度近く折れ曲がり、天に向かって飛んでいった。

空間に干渉して火閃の方向を変えたのだ。

なんの下準備もなく、しかもまるで片手間程度にいとも簡単にやってしまえるあたり、ラブレスの凄さが解る。

 

 

「もう大丈夫だ」

「―――――はっ? そうなんか……」

 

 

周囲を見回し、誰一人怪我していない状況を見てホッと安堵するキツネ。

隣では成瀬川も身体を起こしながら助かった…と言いつつ一息吐いていた。

 

 

「ありがとうな」

「礼は結構。私は主の命に従っただけだ」

 

 

キツネの感謝の言葉に素っ気なくそう言うと、ラブレスは元の位置…灰谷の隣に戻った。

灰谷はそんなラブレスにご苦労様と言いながら頭を撫で、ラブレスは無表情のまま微かに頬を赤く染める。

 

その対応の差にちょっと釈然としないものを感じたが、すぐに一番大切なことを思い出して視線を元に戻した。

 

 

「素子は!」

「大丈夫よ。素子ちゃんは怪我一つ無いみたい」

 

 

キツネの声に成瀬川がそう答える。

しかしそれも束の間―――――素子は力尽きたように体勢を崩す。

だが、素子は膝は着いたものの明鏡を大地に突き刺し、これ以上倒れまいと必死に踏ん張る。

あの攻撃を防げば合格と言われたが、なんとか凌いだがすぐに倒れた…などという無様な姿は見せたくない。

その想いが、素子の途切れそうな意識を繋ぎ、身体を支えているのだ。

 

 

「まだ…私…は………」

 

震える膝を叱咤し、立ち上がろうとする素子。

体力は限界近く、倒れないようにするだけでも必死なのに…それでも素子はなおも立ち上がろうとする。

 

そんな素子に、穏やかに微笑した鶴子が優しく声をかけた。

 

 

「よう頑張りましたな、素子はん。文句無しに合格どす」

「あ…あり……ありがと………」

「無理して言わんでええよ。今はゆっくりとお休み」

 

 

素子の肩に手を置き、労る鶴子。

素子に返事する気力はもう無く…それでも嬉しそうに微笑みながら、今度こそ力尽きてその場に崩れ落ちた。

 

 

「ほんと。よう頑張ったな」

 

 

鶴子は素子を担ぐと、景太郎達の元へ歩み寄る。

 

 

「あ、あの! 素子ちゃんは大丈夫なんですか!?」

「大丈夫。疲れて寝とるだけやから心配せんでもええよ」

 

 

鶴子は素子を座敷に横たわらせると、しのぶを初めとする皆が素子の介抱を始める。

もっとも、鶴子の言うとおり”氣”の使いすぎで寝ているだけなので、

はるかが用意した濡れタオルで汗を拭き、身体に付いた泥を拭ったりするのが主だったが……

 

そんな素子達を嬉しそうな目で見た後、離れた所にいる景太郎に向かって歩み寄った。

 

 

「あの時、うちに『一週間後に来い』言うた時にはどうなるものかと思いましたけど…何とかなりましたな」

「なんとか…な。あんたからすれば及第点すれすれだろうがな」

 

「そんな事あらしまへんよ。素子はんはよう頑張った。しかし…なんでうちに頼んだんどす?

別に景太郎はんでも、素子はんの尻を叩くのはかまへんかったやろうに」

 

「いや、鶴子さんあんたでないと駄目だ。俺でも…はるかさんでもな。

同じ神鳴流の者で、『憧れ』と『目標』であるあんたじゃないと、青山の心は先に進めなかった」

 

「重ね重ね妹がお世話になったようで……」

 

 

深々と頭を下げる鶴子。年下だろうと関係ない。世話になった者には躊躇無く感謝の意を示す。

父である元舟もそうであり、景太郎は二人のそんなところが好きだった。

 

しかし、景太郎はそんな考えを表に出すことなく、ぶっきらぼうに返事をするだけだった。

 

 

「気にするな。一応、寮生の面倒を見るのも管理人の仕事らしい。

それに…青山があのままじゃ、成瀬川達が心配するからな。それだけだ。

あんたを呼んだのだって、俺は手加減が苦手だから押し付けただけだ。

ただ単純に叩きのめすだけならいいんだが、ああいったギリギリの手加減ができないんでな」

 

 

景太郎の闘い方は極端に言えば『完全殲滅』形。

敵対する存在を完全に倒す事を目的として、戦闘スタイルを作り上げた。

問答無用で相手を叩きのめしたり、無力化する術は身に付けたが、

今、鶴子が行ったような相手をギリギリの一線まで追い込む闘いが苦手なのだ。

 

 

「とにかく、これであんたが起こした面倒も無事に解決したわけだ。もう二度とするなよ」

「さぁ、面倒事を起こすつもりはないけど、妹に会いにちょくちょく寄らせてもらいますわ」

 

「前言を訂正する。もう二度とこっちに来るな。おっと、そうそう…壊した扉の代金、きっちりと払ってからな」

「ああ、帰るときに渡された請求書どすな。ほほほほ、お構いなく」

「少しは構え。一週間前と同じ事を言ってるぞ」

「おや、そうどしたろか? とんと覚えてまへんなぁ」

「なんなら思い出させてやろうか。頭に大きな衝撃を受けると良いらしいぞ」

「遠慮しときます」

 

 

氣を篭めた握り拳をする景太郎に対し、お淑やかに笑う鶴子。

一触即発…と云うほどではないが、やや剣呑な雰囲気だ。

 

 

―――――が、二人の馬鹿がそんな雰囲気を容赦なくぶち破った。

 

 

「始めまして綺麗なお姉さん! 私、情報屋の〈灰谷 真之〉と申します!」

「エンチャンターの〈白井 功明〉です! この度、妹さんの刀を作らせて貰いました!!」

 

「お前等な…少しは場の雰囲気を―――――」

「やかましい! お前は黙ってろ!」

「まぁまぁ、喧嘩なさらずに…」

 

事の元凶の一人(もう一人は景太郎)がにこやかに二人をやんわりと止める。

そして白井と灰谷に向き直ると、深々と…たおやかに頭を下げる。

 

「この度は御二方にも妹がえらい世話になったようで…なんと御礼を申せば良いのか……」

 

「お美しいお姉さん、頭をお上げ下さい。

御礼だなんてそんな―――――是非、この灰谷めとお付き合い下さい」

 

「すみませんが」

「ならば、この白井と結婚を―――――」

「うちは人妻どすので……」

 

 

二人の要求をにこやかなままはね除ける鶴子。

どうでもいいが、二人の要求はあまりにも無茶苦茶だ…特に白井は。

これが成瀬川だったら即座に鉄拳制裁だっただろう。

まぁ、それ以前に素子が二人を吹き飛ばすか叩き斬る方が早いかも知れないが……

 

それはともかく、鶴子が既婚者であることを聞いた二人はと云うと……

 

 

「なんと!」

「人妻だったなんて!」

 

「「”萌”える!!」」

 

 

俄然やる気を出していた。

灰谷の横で大きく嘆息するラブレス…主人がこんなのだったら仕方もない。

 

 

「お前等、その程度で止めとけよ」

 

「うるさい! こんな萌える展開で誰が止まろうか!」

「その通り! お前は隅っこで雑草でも抜いていろ!」

 

 

鶴子の本性を知る者として、親切に止めてやっている自分に対しての言い草に、景太郎はカチンとくる。

そして懐から一枚の符を取り出し、氣を通わせる。

 

 

「そうか、そんなに『モ』えたいのか…」

 

「景太郎く~ん、なんで符を取り出すのかな~?」

「って言うか、なんで精霊を集めているのかな~?」

 

 

優しく訪ねながらも後ろに後ずさる灰谷と白井…だが、もう遅い。

 

 

「なら、言葉の通りに”燃”やしてやるよ」

 

 

景太郎が宙に『符』を放り投げる。

すると『符』を中心に炎の精霊が集い、顕現して銀色の火球が発生する。

それも大人が一抱えできるほどの大きさ……化け物サイズの巨大人魂だ。

 

 

「おい、ちょっと待て!!」

「本気で洒落になってないぞ!」

 

「問答無用……行け」

 

 

その直後、銀色の火球から握り拳大の炎の礫が放たれ、白井と灰谷を襲う!

二人は意外にも素早い動きで火球の攻撃を避けると、

 

 

「「てめぇ、後で覚えてろよ~!」」

 

 

などと捨て台詞を残してその場から脱兎の如く逃亡する。

ちなみに、ラブレスはこの場に残ったまま…無表情の中に呆れた感じを含ませていた。

 

 

「行け。適度にあいつらを追い詰めろ」

 

 

景太郎がそう言うと、巨大な火球はフワリと動いた後、音もなく二人を追いかけ始める。

何度も言うようだが、これが真夜中であったら本当に人魂にしか見えない…

 

 

「大丈夫なんどすか? あの二人……」

 

「大丈夫だ。あの程度でどうにかなるほどヤワな連中じゃない。

それに、見た目が派手なだけで全然力を篭めてないからな。夕方ぐらいには炎が尽きて消えるさ」

 

 

本当に友達か!? と、疑いたくなるようなことをさらっと云う景太郎。

 

そんな二人から離れたところでは、偶に火を吐きながら追いかける火球と、

ギリギリでかわし、悲鳴を上げながら逃げまどう白井と灰谷の姿が……

 

ついでに、座敷ではその光景を肴に、キツネ達が宴会を始めていた。

いつの間にやら『素子、神鳴流復帰記念パーティー』などと云った幕まで掲げてある。

素子を信じていたと言えば良いかも知れないが…

キツネが馬鹿騒ぎをして酒を飲むその光景だけ見ると、宴会がしたかっただけじゃないかと思えるから不思議だ。

 

そして、そんなキツネの行動が皆を明るくしている…

それを知っているからこそ、景太郎も強くは言えないでいたりする……

 

 

「ほんま、素子はんはええ友達に恵まれましたなぁ」

「本当にな」

 

 

つい数分前までの殺伐とした雰囲気はそこになく…

ひなた荘の昼は、とても暖かく、穏やかに過ぎていった……

 

 

 

 

―――――その2へ―――――

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