「相手は浦島と神鳴流…想像通りの二つの組織を同時に相手にする」
浦島襲撃の会議にて、開口一番に発せられたのは和麻のその言葉だった。
皆はまたもやラブレスが亜空間に収納していた丸い大きなテーブルに、それぞれが囲むようにイスに座っている。
ちなみに、非戦闘員である成瀬川一家、及びひなた荘のメンバーは離れた場所で設置されたテント内にて、術を使って無理に就寝させた。この後のことも考え、体力回復のためだ。もちろん、騒ぐのを防ぐためでもある。
それはさておき……
「神凪と同じ様な感じの浦島はいいとして、神鳴流ってどれくらい強いの?」
景太郎に問いかける綾乃。その意見はもっともであった。神凪と浦島の組織体系はよく似ている。綾乃は可奈子以外の浦島の術師を知らないが、かなりの腕前と認知している。そこから宗家、ひいては全体のレベルはなんとなく理解できる。
だが、問題は神鳴流の内情。段階があり、上にあがるほど強いだのなんだのと噂程度に聞いたことがあるものの、それ以外の情報はあまりなく、基本的に不明なのだ。
「それにはまず、神鳴流の事を少々詳しく話さなければならないけど……」
「構わないわよ。相手もろくに知らないまま戦いたくないし」
「それなら私かはるかさんが説明をした方がいいのではないか? 神凪が知っている神鳴流は十年前まで、そう変わったことはないだろうが、現在を知る者の方がよいと思うし……」
自分が所属する神鳴流の事となり、そう切り出す素子。だが、はるかは首を横に振った。
「私が知る神鳴流の内情も修業時代の時のだ。むしろ、最近まで本山にいた素子の方が適任だ」
「そういう「そういうことなら、俺は景太郎に話をしてもらう方がいい」―――――なっ!」
素子の説明を拒絶する和麻。素子は和麻に怒気を向けながら刀の柄に手を掛ける。
「それはどういう意味だ……」
「どうせ下っ端だろ、お前」
「くっ!」
柄を持つ手が怒りに細かく震えるが、それ以上は自制する。この数ヶ月間の景太郎から受けた仕打ちによる耐性がなければ、まず間違いなく切れていただろう。
「第一、敵側に所属する奴に聞いたところで本当かどうか判らんしな。最悪、騙されて全滅なんてごめんだ」
「この刀と命に賭けて、私はそのような下劣な真似はせん!」
「そういいつつ、平然と裏切った奴を俺は何十人も知ってるんでね、信用はできんな」
「荒んだ人生送ってんのね、あんた」
「人生経験が豊富なんだよ」
綾乃のつっこみを軽くいなす和麻。だが、『何人も』なら解るが『何十人』となると些か人生経験が豊富と言えるかどうか怪しいところだ。
「神凪の手前、我慢していたが…もはや勘弁なら―――――」
「止めろ」
素子が鯉口を切った瞬間、何時の間にか移動した景太郎が柄頭を押さえ込み、刀を鞘に収めさせる。
「しかし神凪……」
「それ以上抜けば死ぬぞ。あの人は殺気も出さずに殺る人だ」
「冗談…ではないな」
「ああ」
景太郎の警告に押し黙る素子。その口調から嘘ではないことを悟ったのだろう。
「おいこら景太郎、人を危険人物みたいに言うんじゃねぇよ」
「自分の立場を考えろ。会って間もない人間に信じてもらえるとは思うな。身の潔白は行動で示せ。いいな」
「………そうだな、わかった」
景太郎の言葉に素直に頷く素子。和麻が「無視かよ……」と、呟いていたがそれこそ本当に無視だ。
「それでは、一応俺が説明します。青山、間違いや変更が有ればその都度注意しろ」
「解った」
頷く素子に、周囲からも特に異論はない。今度は和麻もそれで了承したらしい。もしくは、無視されたことを根に持って黙っているのかも知れないが……まぁ、これは静かで良いと判断し、景太郎は何も言わない。
「では……神鳴流には五つの位があります。下から〈無位〉〈将位〉〈仙位〉〈聖位〉〈神位〉。一番下に存在する〈無位〉は文字通り位の無い者…退魔に出ることも許されない程度の実力ですので、闘いの場に出ることはありません。そうだな、〈無位〉の青山」
「ああ、そうだ。基本的に出ることはない。未熟者なんでな……」
先の和麻の『下っ端発言』を気にしているのか、少々憮然とする素子。それが解ったのか、景太郎が珍しく慰めの言葉を口にした。
「気にすることはない。今の青山の実力は十分〈将位〉に値する」
「そ、そうか?」
本当に珍しい景太郎の褒め言葉にどもる素子。本人は素っ気ない態度のつもりだろうが、紅くなった頬を見ればばればれだ。
「そんなことはどうでもいい。それぞれの実力的にはどうなんだ? 要点だけで良いから教えてくれ」
催促する和麻の言葉に、景太郎は一回頷く。
「わかりました。単純な個人戦闘力で言えば〈将位〉は分家以下です。〈仙位〉ですが…これはピンキリで、分家を明らかに上回っている者もいれば、なんとか闘える程度の者もいます。総合的に言えば互角かやや下でしょう。
次に〈聖位〉ですが…これまでとは勝手が違います。この時点で明らかに分家を超え、相手にならない。そして頂点に存在する〈神位〉は……宗家に匹敵します」
「ちょっと待った! 本当に宗家に匹敵するの? 浦島じゃなく神凪に?」
驚いたように疑問を投げかける綾乃。まさか、いかに古い退魔組織とはいえ氣を操るだけの人間。神凪の宗家に匹敵するとは思えないのだ。同じ宗家の煉…ひいてはその場の皆も驚きのあまり目を大きく広げている。和麻ですら、少々目を瞠っていた。
「間違いありません。以前、実際に戦って炎を斬られました」
追い打ちするように肯定する景太郎の体験談に、綾乃達は何も言えなくなった。心の中の言葉はきっと一致しているだろう、そんな化け物がいるなんて…と。
「そ、それじゃあ景兄様、僕たちはその〈神位〉の人だけを注意すれば良いんですか?」
景太郎の言葉を逆に捉えれば煉の言う通りだ。宗家に匹敵する〈神位〉にさえ気をつければ、綾乃や煉は大丈夫と言うことになる―――――が、景太郎は首を横に振って否定する。
「それはあくまで単純な戦闘力。実際の戦闘では、闘い方次第で〈仙位〉でも宗家に勝てる」
「え、でも……」
「論より証拠だ。青山」
「なんだ?」
「旋駆から風迅剣。標的はアレだ。できるな」
「無論」
その場から立ち上がり、皆から離れた所で重心を落として柄に手をそえる素子。その身体からは翠色の光…木氣が静かに、そして力強く発せられている。
その眼光の先は、景太郎が示した標的―――――大きめの岩に向けられている。
「行くぞ……ハッ!」
鋭く息を吐いた直後、その場から消える素子。その一瞬後、斜めに切れ目が走った岩がずり落ち、その向こうに全く同じ体制の素子の姿があった。
順に説明すると、『旋駆』にて高速移動して間合いをつめながら抜刀、風氣を纏わせた刃で岩を切り上げ気味に斬ったのだ。
常人なら、風迅剣を使うまでもなく旋駆を見切れず、気付いた時には死んでいるだろう。だが―――――
「確かに速いけど、反応できないほどじゃないわね」
綾乃はさほど驚いた様子もなく、十分対処できると言い放った。隣にいる煉も同意するように頷いている。ただし、こちらはぎこちない。
「腕を上げましたね、綾乃さん。失礼ながら俺が家を出た半年前の時点では、そこまで余裕ではなかったのに。煉君も、かなり強くなったね。今の二人なら、油断しない限りは仙位に負けることはないだろうね」
「まぁね、日進月歩ってやつ? 日々精進してんのよ」
「僕の場合は、景兄様がひなた荘に行って以来、父様に厳しく鍛えてもらいましたから……」
ふふん! と胸を張る綾乃。その自信を得るだけ腕は上がっていることは確かだ。それは、その隣で苦笑している煉も同じ事だ。二人とも、それまでの下地があったとはいえ、この数ヶ月で飛躍的に強くなっている。相当密度の濃い訓練をしたようだ。
景太郎の賞賛に嬉しそうにしている二人だが、次の言葉にその表情が凍りついた。
「では今のと同等、またはそれ以上の攻撃を同時に、または時間差でこられたら。そして多方向から攻撃されたら? 綾乃さんや煉君は対処しきれるかな? 炎術師も分類は魔術師。彼らは対魔術師、魔法使いの闘い方も熟知している。すなわち、術を起動させる瞬間がもっとも無防備であることを。
そして、神鳴流は一対一では戦わない、必ず複数で連携して戦う。そして絶対勝利のみを主としている。武器も刀だけではなく槍などありとあらゆるものを使う。それでも、対処できると言い切れるかな?」
「「…………」」
景太郎の問いかけに何も言えない綾乃と煉。『数の暴力』と言う言葉があるように、人は多対一となると殆どの場合が負ける。それでも勝てるのは、相手のレベルを大きく上回っている場合だ。
だが、少なくとも綾乃や煉は強いが、体術などをみれば神鳴流の方が明らかに上だ。しかしそれは、長い研鑽の積み重ねが違うだけだ。神凪は炎術を、神鳴流は武術を磨いたのだ。
神凪も体術方面に力を入れているとはいえ、あくまでそれなり…命を賭け磨いてきた神鳴流の武術には及ばないのが現実だ。
「それで、私達は一体どうすればいいの? 景太郎のことだから何か対策の一つや二つ考えてあるんでしょ」
「ええ。神凪は神凪らしく…炎術を使えば良いんです」
「そうは言ってもね、炎術を使っても多方向から攻められたら……」
「あほ。なんでお前はそんなに猪突猛進なんだよ。チッとは頭を使え」
「頭を使えって言われても……」
「ちなみに、頭突きしろって言ってるんじゃねぇぞ」
「わかってるわよ!!」
和麻の言葉に加熱する綾乃。そんな二人の日常の一コマを余所に、景太郎は煉に向かって答えを求める。
「煉君はわかるかい?」
「………わかりません。僕たちが炎術師である以上、最大の武器を使うのは当然…だと思います。でも、景兄様に言われた状況になったら、僕は防御するしか……」
「そう、それが正解だ」
「え?」
「炎で防御する。それしかない」
「でも、防御したままでは勝てません。もしかして、手を出すなと言うことですか?」
「違う。そもそも、俺には防御一辺倒の考えは無い」
煉の言葉を否定しながら、持ち上げた右の掌の上に炎を発生させる景太郎。銀色の炎が揺らめいている。煉はその炎をジッと見つめ……気が付いたようにハッとした。
(防御に使うだけじゃない、攻防一体…なら方法は)
「炎を身体に纏い、体術と併用して相手を倒す」
煉の言葉に頷く景太郎。同時に、銀色の炎が景太郎の右腕を包み込む。当然、衣服は一切燃えていない。
「正解。ただし半分。無理に体術と併用することはない。普通に炎を放っても良い。ただし、相手の攻撃を完全に防げるだけの炎を纏ったままという前提で」
常時、炎を纏ったまま戦う。ある意味それは炎の鎧。ただし、纏っていても炎は炎、それも神凪宗家の炎となれば…触れれば燃える程度ではすまない、即座に消し炭決定だ。ある意味、これ以上なく凶悪な鎧だ。
相手は退魔武術の達人とはいえ人間。神位の鶴子はともかく、仙位クラスの人間なら普通に水氣で防御しようとも宗家の炎には耐えられない。
「煉君の比率で言えば……仙位クラスの武器なら、きちんと意志さえ込めていれば八割で防げるはずだ」
「はい」
「ただし、神鳴流と戦う際は常に炎を纏っておくんだ。たとえ相手が木氣…翠色の光を纏っていなくてもね。神鳴流はどんな手を使うかわからない。今の煉君はまず生き残ることを第一に考えるんだ」
「はい!」
「綾乃さんも同じです。気をつけて下さい」
「はいはい、わかったわよ」
和麻と睨み合いながら、景太郎の忠告におざなりに返事をする綾乃。返事は頼りないが、ちゃんと理解しているだろう。たぶん……
「和麻さんは良いとして、瀬田さんは大丈夫ですか?」
「ああ、僕は大丈夫。数年前、ちょっとしたことがあってね、神鳴流の人とは戦ったことがあるから」
「それなら結構。好奇心で聞きますが、結果は?」
「勝敗つかずだから、痛み分け…にしておくよ。相手はピンピンしてて、僕はボロボロだったけどね」
苦笑してそう答える瀬田。瀬田は決して弱い部類ではない、むしろ強い。その瀬田をボロボロにし、自分はピンピンしていたとなればかなりの使い手だ。
景太郎の推測では、おそらく聖位…もしくは、仙位の中でも上位だろう。
「再戦の機会があればいいですね」
「いやいや、僕としてはごめんだけどね…もしかして、僕に押し付けようと思ってない?」
「気のせいですよ。さて、神鳴流に関しての注意事項はこれくらいです。細かく説明すればもっとありますが…この程度でしょう」
「ん、そうか。じゃ、今度はこっちの番だな」
景太郎による神鳴流の説明が終わり、今度は和麻が口を開いた。
「さっきも言ったとおり、相手にするのは浦島と神鳴流の二つの組織だ。だが、幸いなことにこの二つの組織は連携がうまくいっていない。準備に色々と動き回っている連中を何度か見たが、そのどれもが浦島なら浦島、神鳴流なら神鳴流で分かれている」
「昔ならいざ知らず、今ならそうだろうな。さほど戦闘というものを知らずに勝手に出しゃばって威張りちらす浦島の分家ども。そして実戦のなんたるかを知り、用心に用心を重ねる神鳴流。浦島は神鳴流を臆病者とそしり、神鳴流は口には出さずに浦島を考え無しのわがままと相手にしない、足並みが揃わないのも当然だ」
「それはこっちにとって好都合だ」
はるかの言葉に嘲りの笑みを浮かべる和麻。足並みが揃わず凸凹した布陣など、如何様にでも切り崩すことができる。攻めるに易く護るに難しと言ったところか。諸手をあげて有り難うと感謝しても良いほどだ。
「それはそれでいいが……一番の問題は、浦島の屋敷を含めた広範囲に張られた結界だな。その中はまるで水中みたいな感じだ。水の精霊が桁外れに多いんだろうな。しかも、いい感じに昂ぶっているようだったぜ」
「それは【玄武水精界】だ。屋敷を中心に正五芒星の形に結界器を奉ることによって結界を作っている。正式名称は―――――祭器設置型・大規模結界創成術・玄武水精界―――――浦島の最秘奥の術の一つだ。効果は…景太郎なら知っているだろうが【五方水招陣】の強化版で、限定された空間内に水の精霊にもっとも適した霊的世界を創成する」
「それはつまり、その結界内では水術の威力が飛躍的に増し、逆の属性である火の精霊を操る炎術が使えないんですか?」
和麻のもたらした情報を補足するはるかの説明に煉が問いかける。これは炎術師にとって死活問題である以上、当然の質問だ。
「煉君の言う通り、結界内では火の精霊を召還することはできない。だが、分家ならともかく宗家…景太郎に綾乃殿、煉君ほどのレベルとなれば、ある程度威力が削られるだろうが炎術の行使は可能だろう」
「そうなると、浦島の分家は問題ないけど同じ宗家である連中が面倒よね。こっちは弱くなって相手が強くなるんだから……面倒だけど、結界を先に潰しておくべきね」
「そうですね。それが確実だと思います」
綾乃の言葉に賛同する煉。色々と隠し手の多い景太郎と違い、炎術メインの二人には結界内で戦うことは無謀でしかない。
「やはり、結界を崩すのが先決となるか。なら長期戦か、短期戦か……判断に苦しむな」
「どう言うこと?」
「結界を崩すには、それぞれの社に奉られた五つの祭器を破壊する必要があるからです」
綾乃の疑問に答えるはるか。だが、綾乃はそのはるかの説明に更に首を傾げた。
「なんで? あの手の結界術ってさ、一つでも潰せば結界が崩れるんじゃないの?」
「確かに、普通の魔導具を使った結界なら、そう言うこともありますが、浦島が使用している五つの祭器の役割は結界の【創成】と【維持】の二つ、前者は五つ揃って初めて為し得る術の要ですが、その後の維持に関しては一つでもあれば事足りるのです」
「ゲームとか漫画なら、決死隊が一つの祭器を壊して結界を崩すってのがセオリーだけど、現実はそう甘くないって事だね」
「瀬田、茶化すんじゃない」
「実際、現実ってのはそんなもんだ。それに、一時的じゃなくて永劫の守りの要として作ったんだ、一つ壊した程度で駄目になるような作り方なんかするかよ。余程の間抜けでもないかぎりな」
浦島の結界を賞賛する和麻。これからソレを破壊しなければならないと言うのに、何とも豪気なことだ。
「さて、同時攻略か、一つ一つ潰すか、どうする景太郎。そうそう、言い忘れていたが、相手もそれを予測して五つの社にそれぞれ迎撃要員を配置するらしいぞ。何処にどんな奴が配置されたのかも調べておいた。そこら辺も吟味して決めろよ」
結界の破壊についての意見を景太郎に求める和麻。今回の一件のメインはあくまで景太郎。そこまで出しゃばる気は和麻には無い。
「…………………少数精鋭で五つを一気に攻めます。残りはこの場で成瀬川一家やキツネさん達の護衛をしてもらいます。攻めては危険ですが、五つ同時に攻めれば戦力を此処に向ける余裕は少なくなるでしょうし。浦島の宗主は無能じゃありません、成瀬川を取り戻し、人質にするでしょう」
「そうなりゃ、景太郎の動きは止められるからな。良い手ではある」
「感心するところじゃないでしょうが」
しきりに感心する和麻につっこむ綾乃。人の弱点を平気で…否、喜んでつつく和麻を放っておけばとんでもないことになると知っている故のつっこみだ。もっとも、和麻も成瀬川を人質にするという手段を取るつもりは毛頭ない。好きこのんで龍の逆鱗に触れる馬鹿じゃない…と、云うのが和麻の素直な気持ちだ。
「それで、攻め手と守り手を決める前に、相手の布陣の情報を教えて下さい」
「ああ、とりあえず、五芒星の北の社を一として、時計回りに二、三と番号を打つぞ」
「よしきた!」
和麻の言葉に今まで黙っていた灰谷が威勢良く返事をすると、ラブレスが用意したキャスター付きのホワイトボードに手早くミニチュアの屋敷を書き、それを囲むように五芒星を描く。しかも、定規で測ったかのような正確さで。
そして、上の五芒星の頂点に一と書き、和麻の言う通り時計回りに番号をふった。
「それで、一の社だが……」
和麻からもたらされる配置の人員を次々に書き込む灰谷。それは二、三と続き、全てを説明し終えるのにさほど時間は必要なかった。
「ま、こんな所だな。少なくとも、俺が聞いた時点ではそうだ。その後での変更までは保証できないぞ」
「十分です。少々予想外の名前が幾つかありましたが…俺の予想とさほどずれていませんでした。五つの社と屋敷の守りのバランスを考えれば、配置換えはそうないでしょう」
景太郎はホワイトボードに書かれた社を警護する人名を見ながらそう答える。と言っても書かれてあるのは、そこの警護の責任者の名前だけだが、それで十分。後の雑魚など有って無いに等しい。要注意する人物だけをピックアップされた、実に合理的な情報だ。
「さて……配置はともかく、攻め手の人員が難しいですね。こちらも攻め手と守り手のバランスを考えなくてはならないし……」
「攻め手に外せないのはまずお前と俺、綾乃だ………後の二ヶ所は―――――」
「私も連れていってください」
和麻の言葉に、自ら名乗りを上げるむつみ。そんなむつみを和麻は冷めた目で見据える。
「解っているのか? 仕掛けるのは戦争、やるのは殺し合いだ。池の時みたいに相手を気絶させてすまそうなんて考えてんのなら話にもならねぇ、やめとくんだな」
「進んで殺し合いをするつもりはありません。殺したいとも思いません。ですが必要とあらば……覚悟はあります」
キッパリと言い放つむつみ。その強い意志を秘めた眼差しで和麻を見返す。数秒間、両者は睨み合った後、先に視線を逸らしたのは和麻だった。
「そうかい。なら結構だ」
「和麻、本当に良いの?」
少し納得できていない綾乃は眉を潜めながら問いかける。力はどうあれ、見た目むつみはおっとりとした感じが強い。とてもじゃないが、覚悟はしていると言っても土壇場でどうなるか、それが不安なのだろう。
「別に良いんじゃねぇのか。もし邪魔になるようだったら即座に切ればいいしな」
「あ…そ……」
勘定から外すという意味ではなく、物理的な意味でそう言う和麻に、綾乃は「またこいつは……」と言わんばかりに溜息を吐いて項垂れる。浦島の屋敷、それぞれの社は離れているが、十分和麻の射程範囲内なのだ。
そんな綾乃と和麻を余所に、景太郎は真っ直ぐ自分を見るむつみを見返す。
「いいんだな」
「ええ」
「そうか……」
短いながらも、その言葉でお互いの想いを察した二人は、小さく頷き合った。幼い頃、幾度とそうしたように。
「これで、四人目は決まった。後は………」
「景兄様、僕が―――――「いや、私が行く」―――――え!?」
名乗りを上げようとした煉を遮るようにはるかが名乗り出た。
景太郎は煉…そしてはるかを順に見た後、微かに眉を潜める。煉とはるか…戦闘力で言うなら、神凪宗家である煉の方が圧倒的上だ。だが、祭器の破壊の為の突入においては、状況を考慮すれば二人の差はほとんどない。
煉の炎術、結界内では少なからず弱まるが浦島分家など相手にはならない。はるかでは水術師ゆえに力は上がるが相手も同じ。だが、身につけた武術と培ってきた経験が分家を圧倒する。
だが、二人には決定的な違いがある。それは……覚悟だ。はるかは人を殺す覚悟をしている。煉は人を容易に殺さず制する覚悟をしている。それは美点ともとれるが、殺し合いの場では欠点でしかない。
景太郎は、そんな煉の覚悟を認めてはいるが、今回においてはそれは邪魔にしかならない。ゆえに……
「はるかさん、良いんですか?」
景太郎はさほど悩むことなくはるかを指名した。
「京都に来る前も言ったことが全てだ。それに…面子を潰してくれた借りは、返さんと気分が悪い」
「なら、はるかが行くなら僕も行こうかな。正直、そのメンバーじゃぁはるか一人が見劣りするしね」
はるかに続き、立候補…いや、サポートを申し出た瀬田に、はるかが顔を顰める。それは嫌がっているとかそう言うのではなく、嬉しいが困っていると云った微妙な顔だ。
「瀬田、お前が浦島とやり合うことは……」
「気にしない気にしない、ここではるかの心配するぐらいなら、一緒に行った方が気が楽だからね」
「しかし、サラの事はどうするつもりだ。心配じゃないのか?」
「心配だよ。でも、大丈夫だろ。景太郎君がなるちゃん達を護る為に、色々と手を打っているだろうしね」
「だがな………」
「やかましい、それ以上ガタガタ言うなら煉にするぞ」
和麻の一喝に二人が押し黙る。
「そいつの言った通り、お前ら二人がこの中で一番弱い。だから二人一組だ。文句はないな」
その隙に更に断言し、反論を封じる。この瞬間、五つ目の攻め手が決定した瞬間だった。
おいてけぼりにされる煉はやや不満そうな顔だったが…景太郎は煉の肩に手を置き、頭を下げる。
「煉君。君は此処に残ってみんなを護ってほしい。大切な仲間を……頼む」
「さっきも話したが、俺達が居ない間に此処を攻めるのは確実だろうしな。できるな?」
「景兄様、兄様……はい! 任せてください、僕の全力をもってみんなを護ります!!」
尊敬する兄たちに期待され、全身に力が漲る煉。特に、幼い頃から尊敬している兄にできるかと問われれば「できない」とは答えられない。
任された重大な役目に、煉の心は熱く高ぶる―――――
「んじゃ、そう言うことで頼んだぞ。さて、それぞれの担当を決めるぞ」
が、煉の返事をあっさりと流す和麻に、その心に冷たい風が吹いた。
その風で、煉の和麻に対する尊敬の念が少し冷めたとかしなかったとか………
―――――そして、それから一行は体調をベストに整えるべく、そのまま一夜をその山で過ごした。
警戒している自分達に対し、後先考えない夜襲を仕掛けると思ったが……やはり、そこまで馬鹿ではなかったようだ。
今、深い夜は明け、姿を見せた朝日が全てを照らし始める。長い……長い一日の始まりだ。
「それじゃ、これから一気にそれぞれの担当の場所に送るが……準備は良いか? 送った後でちょっと待ったはないぞ」
ラブレスを連れた灰谷が、これから襲撃をかける六名に問いかける。
「いつでも良いわよ」
体から闘気を立ち上らせつつ返事をする綾乃。何があったのか興奮気味のようだ。
「行ってらっしゃいませ、兄様達」
「安心しな、お前の兄様は無敵だぜ」
煉の激励に、和麻が笑って答える。そんな二人の姿を、皆がほほえましく見守る。
しかし、この暖かさは今だけ…もうすぐ、もう一分後には戦闘に入る。
いや、だからこそだろうか……皆が、この光景を微笑ましいと感じるのは。この暖かさを忘れず、もう一度感じるために生きて帰る。それを心に刻むために。
「んじゃ、きっかり五秒後に跳ばすぞ。その間に辞世の句を考えるなり、覚悟を決めるなりしろよ」
どうしてこの男は一言余計に付け足すのだろうか……皆がそう思う中、全く表情の変わらぬラブレスはカウントダウンを始める。
「五……」
はるかの拳が強く握りしめられ、瀬田がその手をそっと包み込む。
「四……」
綾乃の闘志が目に見えて高まり、周囲の空気が物理的に熱くなる。
「三……」
和麻は懐から煙草を取り出すと、火をつけて大きく吸う。その顔に緊張の欠片もない。
「二……」
むつみはただジッと景太郎を見る。慈愛と悲しさを秘めた目で……
「一……」
景太郎は目を瞑り、ただ静かにその身体から高濃度の神氣を立ち上らせる。
―――――そして―――――
「零―――――座標確認、転移させます」
六人はラブレスの手によって同時に―――――それぞれの襲撃場所へと空間を跳んだ。
―――――第二十二灯に続く―――――
〈あとがき〉
どうも、ケインです。二十一灯を投稿させていただきました。今回は決戦前夜と言うことで、それぞれの心情がメインとなりました。ちょっと微妙ですが……
次回からは戦闘がメインとなります。一話ずつ社を攻略し……屋敷になる予定です。
一番最初の話は……いきなり派手なバトルになるかも知れません。
それはそうと……風の聖痕・六巻が発売しました。水術師も出ましたが……まぁ、読みながら色々とフォロー可能だと判断しました。書き直す箇所もあまりないと思いましたし。
少々無理矢理かな? と、思うところもありますが、まぁ2次創作ですし、大きな目で見てください。
しかし…なんですね、水術師が持っていた神器? 〈水霊〉ですが、なんとなくどんなものか予測できますね、アレ……
でも、神器だの三十センチほどの棒だのとでたときは、正直びびっていました。まさか! と……形も攻撃方法もピンポイントでしたけど。本当に焦りました。
それと、水術師…ちゃんと水を召還できていましたね、ホッと一安心です。地術師と一緒と知ったときには、私はてっきり地術師が大地を割って水を噴き出させてそれを使って戦う―――――みたいな事が頭をよぎりましたから。局地戦闘用の精霊魔術ってどうよ? などとか……
でもまぁ……今回のボス格ですが、精霊術師には致命的ですが、景太郎なら対処…まともに闘えるんでしょうね、炎術抜きでも闘えるように鍛えていますから。
正直、ボス格の実力が判りませんから何とも言えませんけど……場合によれば、景太郎の奥の手―――――最秘奥を出す必要があるかも知れないとか考えたり。
そんなのあるのかよ! というつっこみは勘弁してください。一応は考えていますから。一応……
しかし…こういった二次作品を書いている弊害というか、癖というか…新刊を読みつつも、白夜バージョンなら……とか考えてしまうんですよね。これパッと頭に浮かんでいる内はまだまだ書けるということなのかも知れません。
それでは、ちょっとあとがきが長くなりましたが……次回もよろしければ読んでやってください。
ちなみに次回の投稿予定は〔聖痕編〕です。それでは……ケインでした。