ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第二十二灯 「五の社―――――炎の姫と水の姫の舞踏会」
「ようこそ、浦島を護る守護結界の要の一つに………とでも、言うべきですかね?」
「さぁ、好きなように言えば良いんじゃないの」
いつもと変わらぬ…と言っても、綾乃から見れば以前出会った時と同じ服装とお供を連れた可奈子の言葉に、綾乃はそちらに身体の真正面を向けつつ素っ気なく言葉を返す。
空間を跳び、相手からすれば突如現れたにも等しいはずの自分を見て、可奈子は驚きの声を上げるどころか、それこそ待っていたかのような口振りでので迎えに、綾乃は表情に出さず心の内だけで疑問を呟く。
(なぜ解った?)
「なぜ解った? と、言いたげですね」
自分の考えたことをほぼ同時に口にする可奈子に、綾乃は動揺するが、必死に自制して一瞬だけに止める。が、可奈子にはそれで十分理解できたのだろう、愉快そうに微かに目を細める。
「別に大したことではありません。我ら浦島の前身は『陰陽術師』。占いである程度のことは予測できます」
「なるほどね…目的も時間も、何処に誰が来るかも予測通りだったってわけ?」
「あくまで、ある程度です」
綾乃達からしてみれば、浦島の動向に合わせてそれぞれの担当を決めたつもりだったのだが、浦島の占い…占星術だか何かは判らないが…では、それすらも予定範囲内、浦島に言わせてみれば『運命』だったということなのだろう。
「今朝方に炎術師が此処に現れると占いに出ていました。後は、クロが気配を察して教えてくれたからです。空間転移は見事でしたが、貴方自身は気配を隠していませんでしたからね、すぐに判ったそうです」
褒めるように可奈子がクロの顎を撫でると、クロは嬉しそうに一鳴きして可奈子に身体をすり寄せる。
「やっぱり、あんた達は似た者兄妹ね……それで、私が此処に来ることが判ってて居るって事は、戦う気があるって事よね」
「根本が間違っています。私は占いに出た『炎の子』が兄だと思って此処に居たのですが……ハズレでした。もう一方の『赤き刃』だったのですね」
「それはご愁傷様。でも、結構占いも当たるものね。んで、質問の答えは? 目的は解ってるんでしょ、怪我をしたくなければそこを退きなさい」
綾乃は可奈子の後方に建っている社に右の手を翳す。可奈子がそこを退けば、綾乃の炎術が社ごと中の祭器を破壊する。ただし―――――
「それが、私にできるとお思いで?」
可奈子がその場から退けば…だ。数多の炎の精霊を纏う綾乃を、可奈子は眉一つ動かすことなく冷静な眼差しで真っ直ぐに見つめる。
「あなたに“神凪・次期宗主”としての責務があるように、私にも“浦島・次期宗主”としての責務があります。ゆえに、この申し出は拒否させていただきます」
可奈子の勇壮に言い放つ言葉に、綾乃は不適に笑う。予想通りだといわんばかりに。
「なら、私達が選ぶ手段はただ一つね……」
「まったく野蛮なことですが…それしかないようですね。クロ、離れておいで」
可奈子の言葉にクロは一回鳴くと、肩から跳び下りて近くの木の陰に隠れた。何とも頭の良い猫である。
「それじゃ、三代に渡る両家の因縁、ここら辺で決着をつけましょうか。神凪の勝ち越しでね」
「両家の確執は遙か以前からありますが……私にとってはどうでも良いことです」
フッと一笑しつつはっきりと断言する可奈子。本当にどうでも良いようだ。
「……とはいえ、個人的に負ける気はありません」
「上等、やる気のない相手を倒しても、何の自慢にもならないしね」
「それはよい心がけです。では…戦いましょうか。家名ではなく、己の誇りを持って」
可奈子はそう言うと、右手に持った水昂覇の先を綾乃に向かって突きつけた。
「―――――ッ!」
突きつけられた水昂覇を見て総毛立つ綾乃。ここに来た際、綾乃が見た限り可奈子は手ぶらだった。それがどうだ、今、可奈子の手に内には浦島の神器〈水昂覇〉が握られている。
「いつの間に……」
綾乃の声には焦燥の色が濃い。もし可奈子がその気であれば、綾乃は炎雷覇を出す隙もなく倒すことができていた。戦う以前に…負けていたのだ。
「浦島の神器〈水昂覇〉と神凪の神器〈炎雷覇〉。神器は使い手の内に宿る存在…すなわち、身体の一部も同然。
身体の内より喚ぶのに“時”が必要とはいえ、極めれば極めるほどその“時”は短くなる。多大な時間、大きな予備動作が必要なのは十分に使いこなせていない証拠。精進が足りないようですね、神凪次期宗主殿」
「クッ―――――なめるんじゃないわよ!」
可奈子の皮肉を混ぜた懇切丁寧な説明に綾乃は怒り、それに惹かれた炎の精霊が黄金の炎となって現世に顕現する。
そのまま綾乃は「パンッ!」と耳障りの良い音を響かせて胸元で合掌を行う。そして右手を握りしめ、抜刀するかのように思いっきり右手を引く。
その軌跡によって描かれる黄金の線―――――その線から強烈な炎が発生し、瞬時に緋色の古めかしい剣へとなり、綾乃の手の内に納まった。
「コレを出す前に倒せば良かったって、後悔させてやるわ」
古めかしい緋色の剣…神凪の神器『炎雷覇』より、使い手である綾乃の黄金の炎が迸る。
「それは楽しみです」
綾乃に応じるように可奈子も白銀に輝く水を召還し、水昂覇の先端に収束させて細身の剣―――――レイピアを作り上げた。
そして―――――先手は当然と言うべきか綾乃だった。炎を纏う剣を振り上げ、一足飛びに間合いをつめると可奈子に向かって振り下ろす。
だが、可奈子はその場から動かず身を翻してかわす。
「チッ! (体術ならやっぱり相手が上ね)」
かわされたことに舌打ちしつつ、綾乃は反撃される前に後方に跳ぶ―――――直前、身を翻した勢いそのまま一回転した可奈子の水昂覇を持つ右手が霞み、
―――――ヒュゴウッ!
空気との摩擦音を立てながら、綾乃に向かって高速の突きが一閃―――――否、数閃放たれる。
それを綾乃は直感と最大限の運動能力を駆使して全てを回避するが、それでも完璧とは言えず服が数ヶ所切り裂かれていた。しかし、綾乃にとってそれはさしたる問題ではない、一番なのは……急所への攻撃だ。
(危なかった……これがほんとに紙一重ね)
後方に跳んで間合いをあけつつ、首筋に残る剣圧の感触に冷や汗を流す綾乃。後数センチ…いや、数ミリでも近かったら首の動脈を切られていただろう。
「今のどっかで見たことあるわね。確か、マタドールってやつだっけ?」
「御婆様と世界を巡った修行の旅の途中、パリに行った際に手ほどきをそれなりに……後は、それを自分のものにすべく我流で磨きました」
最初とまったく変わらぬ淡々とした口調で言う可奈子に、綾乃は炎雷覇の柄を強く握りしめる。
「正直に凄いって思うわ。でもね、あたしも一応努力はしてんのよね!」
先程と同じように斬りかかる綾乃。対し、可奈子は右手を後ろに引くと、こちらも同じく綾乃に向かって高速スラストのラッシュを放つ。
「こ……の~っ!!」
綾乃も然る者、可奈子の刺突の乱撃を何とか捌くと、攻撃が止んだ一瞬の隙に袈裟懸けに炎雷覇を振るう。
「まだまだ……」
綾乃の袈裟斬りの一撃を後方に跳んで避ける可奈子。しかし、炎雷覇の描いた軌跡にそって発生した炎の波が下がる可奈子に襲いかかる。
「やりますね……」
水昂覇を一閃させて炎を斬り裂く可奈子。だがその斬り裂かれた炎の後ろから綾乃が迫り、連続で繰り出される炎雷覇の斬撃を流し、受け止める。
「どうよ、これならさっきの突きは出せないでしょ!」
不適に笑いながら、綾乃は鍔迫り合いに持ち込む。
綾乃の判断は正しい。確かに、可奈子が先程の技を行うには一定の溜め、もしくは勢いが必要。鍔迫り合いまで接近されたこの状況では行えない技。更に言えば、レイピアは突き長けた武器、斬撃などは不得手。反対に炎雷覇という強力な剣を持つ綾乃に有利な距離だ。
可奈子の技を恐れず、更に踏み込んだ綾乃の勇気と為し得るだけの実力に見事に形勢が逆転された―――――と、思われたその時、可奈子はフッと笑った。
「確かに、以前よりも動きが数段良い。相当な努力を重ねたご様子ですね……しかし、残念でした」
可奈子がそう言うや否や、レイピア状の水の刃が蠢き、まるで蛇のように炎雷覇の刀身に巻き付いた。
普通の水なら炎雷覇が纏う炎に一瞬で消滅させられるが、相手は浦島次期宗主の扱う破魔の水。消滅どころか蒸発することなく、炎雷覇に巻き付いてその動きを封じた。
―――――その直後、
「なんてインチキ!」
綾乃は些かも躊躇うことなく、炎雷覇から手を離して後ろに跳び下がった。
「やっぱ厄介よね、その神器……そして、あんたも」
「そちらも、素晴らしい判断力です」
炎雷覇を体内に戻し、召還して再び構える綾乃。可奈子も突き出した左手と踏み出した右足を戻して自然体となる。
あの時、綾乃が少しでも下がるのが遅かったら、可奈子の繰り出した掌打が綾乃の腹部…丹田に直撃し、その瞬間に勝負は決まっただろう。丹田への攻撃による魔術の一時使用不可と、強烈な打撃による肉体的な衝撃に。
その威力を物語るかのように、可奈子の踏み込みは地面を穿っていた。
「では、第二幕……行きます」
今度は先に動いたのは可奈子だった。水昂覇の水を剣へと変え、少し屈んだ直後、地面を滑るように綾乃との間合いを詰める。
「かかってきなさい!」
対する綾乃は炎雷覇を正眼に構え、どんな攻撃にも対処できるよう精神を集中する。
「はっ!」
「なんのっ!!」
可奈子の胴を狙った右薙ぎを、炎雷覇を垂直に立てて防御する綾乃。だがただ単に受け止めず、一歩下がって刀身の上を滑らせていなすと、切り返し気味に逆袈裟に斬る。
その攻撃を可奈子は右斜め前にしゃがんでやり過ごし、立ち上がり様に水昂覇の刃の突いていない方を綾乃の喉元に叩きつけようとするが、炎雷覇を巧みに切り返した綾乃がその鍔元の平で受け止める。
だが、その一撃は想像以上に強力で、下から打ち上げる一撃に炎雷覇が弾き上げられた。
「しまっ―――――」
その言葉を言い終える前に、可奈子が大きく一歩踏み出し、氣を乗せた体当たりぶちかまし、
「ぐふっ!」
綾乃は身体をくの字に曲げて大きく吹き飛ばされた。
それを可奈子は見届けることなく、振り上げた水昂覇を大地に叩きつける。するとその直線上に走った水の刃が大地を切り裂きながら綾乃に襲いかかる。
「ぬ……ふんっ!」
綾乃は腹筋だけで身体を伸ばし、足を地面につけ、二筋の跡を残しながら何とか制止する。体当たりされる直前、身体を氣で防御し、更に少し跳び上がって宙に浮き、ダメージを出来うる限り最小に止めたのだ。
「この程度で―――――負けるかっ!」
炎雷覇が纏う炎が爆発的に強まった直後、その炎は緋色の刀身に収束。その動作をほぼ一瞬で行った綾乃は炎雷覇を左薙ぎに振るい、黄金の炎刃を放って迫り来る水刃を迎え撃つ。
そして―――――
神凪宗家の操る黄金の炎と浦島宗家の操る白銀の水が衝突した瞬間、水と炎に込められた意志がお互いを喰らい合い、その殆どが消滅―――――それから逃れた万分の一が反応し、水蒸気爆発を起こした。
それによって発生した衝撃波に綾乃はまたも吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ何回か転がった後、すぐさま起きあがって体勢を立て直す。
それと同時に、爆発によって巻き起こった霧が徐々に消え去り、晴れてきた視界に現れた可奈子を見て、綾乃は歯を噛み締め悔しそうな顔となった。
衝撃によって吹き飛んだ自分と違い、可奈子はその場から一歩たりとも動いていない。それはすなわち、綾乃の炎を可奈子の水が上回ったと言うこと……自分に向かって若干深く地面の刻まれた衝撃の痕跡からも、それは明らかだった。
(あたしが競り負けた!? 冗談やめてよ…十分に力が乗ってなくて収束も完全じゃなかったけど、結構全力に近かったのに、最強の攻撃力を誇る火の精霊が打ち負けるなんて)
水は火に強い…というのは常識だが、事、精霊魔術となると少々話は違う。精霊魔術のぶつかり合いで、勝利するのは秘めるエネルギーと収束率だ。確かに水は火に有利だが、あくまで些細な程度でしかない。
この場合、競り負けたのは純粋にあちらが上だということなのだ。
神凪宗家に生まれ、その力に絶対の自信を持っていたが、真正面からの純粋な精霊のぶつけ合いに負けたことによるショックは大きい。
もし、これが一年以上前の…和麻と再会する以前であれば、強い力を相手にする恐怖に綾乃の意志は折れ、この瞬間に敗北が決定していただろう。
だが、綾乃はあの頃から格段に心身共に強くなった。
(切り札にはまだ早い……あたしはまだやれる。もっと強く炎を喚び……更に収束させる!)
炎雷覇の刀身に今までよりも強い炎が宿る。その勢いは綾乃の予想を超え、眩いほど輝き猛々しく燃えている。
「なに? 力が強くなったの?」
一瞬、『自分の才能がさらなる開花をした』みたいなくだらない考えが頭の中をよぎったが、すぐに違うことに気が付いた。
(そうか…そういうことだったわね、すっかり忘れてたわ、あの中は炎術師に不利な…水術師には最高の空間だったのよね)
いつも通りとなった炎を操り、炎雷覇に収束させる綾乃。
そう、この場は浦島が展開している結界の中。この中では水の精霊の力は強まり、さらには常に傍にある状態。逆に火の精霊の力は弱まり、普通なら喚ぶことも難しい。
特に、今のように放出する技は結界の影響を強く受け、時が経つほどに急速に力を削られる。ゆえに綾乃と可奈子の力が互角でも、結界内では競り負けるのは至極当然の結果なのだ。
(まったく、こんな事にも気が付かないなんて、自分の感知能力の低さには呆れるわ)
自分でも理解している低い感知能力でも解る。結界の外と内ではまったく違う。まるで水中と陸だ。その境界は丁度、綾乃と可奈子の中間…常人には見えない光の壁が真っ直ぐに天へと向かって伸びており、空間を区切っていた。
今まさに、外の空間を綾乃が操る炎の精霊が満ち溢れ、結界内の空間を可奈子が操る水の精霊に満ち溢れている。
跳ばされた場所があの中だったので、今まで気が付かなかったと言えば言い訳がましいだろうが…吹き飛ばされたおかげで結界の外に出て、それに気が付いたのはまさに不幸中の幸いだ。
(さて……なら、まず同じ土俵に引きずり出さないとね)
結界内では可奈子が断然有利。かといって、外から炎を放っても、結界内に入った途端にその威力は減衰する。可奈子を結界の外に引きずり出さない限り、綾乃の不利は変わらないのだ。
「考えている暇はありませんよ」
その場から綾乃に向かって水昂覇を突き出す可奈子。すると水の刃が綾乃に向かって真っ直ぐに伸びる。が、綾乃は上半身を軽く反らして余裕で避ける。先の高速スラストに比べると避けることなどわけもない。
「こんな半端な攻撃であたしが倒せると思ってんの!」
「もちろん…思ってませんよ」
可奈子がそう言うと同時に水の刃が歪み、綾乃の首に巻き付いて締め…いや、切断しようとする。
綾乃は慌ててしゃがみ込んでそれをかわすが、水の刃は更に曲がり、しゃがみ込んだ綾乃の脳天めがけて鋭い先端が襲いかかった。
「うひゃっ!」
変な悲鳴を上げながら前方へと跳び、串刺しを辛くも避ける。その背後では『ズドン!』という重い音と共に水の先端が地面に突き刺さっていた。脳天串刺しどころか、頭部破壊だったようだ。
「元気な方ですね」
「うっさいわよ、あんた」
痛烈な皮肉にふてくされる綾乃。戦闘が始まって以来、圧倒的に綾乃が動き回っているのだ。
可奈子は伸びた水の刃を手元に引き戻す。水は時間を遡りするかのように戻って行く―――――その時、綾乃が可奈子に向かって疾走する。それも目にも止まらぬ高速移動だ。
「瞬動術! (迂闊、綾乃さんを侮りすぎた!)」
悠長に刃を戻していた自分の迂闊さ、自分よりも下だと綾乃の事を侮っていた油断に自分を叱咤する可奈子。同時に水を一気に自分の元へと引き戻す。
―――――が、
「はぁーーっ!!」
それよりも早く、可奈子の元へと移動した綾乃は、黄金の炎が迸る緋色の刃を然体重を乗せて振り下ろす。その直前に水は戻ったが、綾乃の全力の一撃を受け止めるほどの力はないと判断した可奈子はその一撃を何とか避ける。
そして、可奈子はカウンターを狙って剣を振るおうとしたが、その前に振り下ろされた炎雷覇の刃が地面に叩きつけられ、黄金の炎が活火山の噴火の如く吹き上がる。
「味な真似を……」
水術で水の障壁を張って炎を防ぐ可奈子。と、その時、背後から首筋への殺気を感じた可奈子は咄嗟にしゃがむ。それと同時に、黄金の炎を纏った刃が通り過ぎた。綾乃が爆炎で視界を封じ、背後に回ったのだ。
そして、振りぬいた炎雷覇を頭上に振り上げ、そのまま振り下ろす綾乃。
「クッ!」
可奈子は水昂覇の水刃でその一撃を受け流す。しかし綾乃はそれに構わず一心不乱に何度も斬りつける。
可奈子は今度こそカウンターを狙おうとしたのだが、炎雷覇の振りぬかれた軌跡に沿って残された炎がそれを邪魔する。綾乃はそれと同じ事を繰り返し、制空権を徐々に確保、支配して可奈子の反撃を封じる。
そして触れた相手を灰塵とする神凪の炎と、次々に炎の精霊を炎雷覇に供給し続ける綾乃の並外れた実力ゆえの戦法だ。
そんな半ば力任せの戦法に、可奈子は一時後方に下がり体勢を立て直す―――――が、
「これは―――――さっきのお返しよ!」
綾乃の狙いはそれだった。距離を取った可奈子に向かい、かなり本気気味の炎の奔流を放つ。
これもまた力任せの技だが、怒濤の奔流を水の剣で対処し切れるものではない。よしんば斬り裂いたとしても、それによって生じる隙を綾乃は見逃しはしない。
それを可奈子も理解しているのだろう。迫り来る炎の奔流を真っ直ぐ見据えると、それに対し水昂覇を垂直に構え―――――
「はっ!」
水昂覇を取っ手として刃となっていた水と新たに喚んだ水が集まり、巨大な壁の白銀に輝く盾となり、炎の奔流を受け止め、逆に散り散りに砕け散らせた。
しかし、
「それで防いだつもりっ!」
すぐ後にいた綾乃が、黄金の炎を纏う炎雷覇を今度は直接叩きつける。が、刀身は受け止められ、纏う炎はまたもや砕け散った。
だが、完璧に防御はしつつも、綾乃の腕力と炎の勢いに負け、可奈子の足下が地面に二条の傷を刻みながら後退する。
「まだまだぁっ」
それでもなお、綾乃は炎雷覇を振り上げ、炎を纏わせて三度叩きつける。結果は同じ。可奈子は水の盾で炎を防ぐ。だが、可奈子の足によって刻まれる地面の二条の傷跡は更に伸びる。
それを見た瞬間、綾乃の目が鋭さを増した。
「今ッ!」
「何をっ!?」
「これで―――――ラストッ!」
綾乃は纏う全ての炎を刀身に収束させた炎雷覇を胸元に―――――刺突の構えをとり、瞬動術を使って突進する。
「いっけーーーーっ!!」
「貫かせません!」
黄金の軌跡を残し、全身全霊で突進する綾乃。力を込めて水昂覇を握り、大地を強く踏みしめて水の盾を構える可奈子。
綾乃の勢いに耐える可奈子だが、足下が数センチずつ後退し…三十センチほど下がった時、水でぬかるんだ地面に足を滑らせる。
ぬかるんだ地面は水と地の混合。水術師といえど気が付かねば足をとられてしまう。
「迂闊っ!?」
「吹っ飛べ!!」
刀身に収束していた炎が一気に解放され、その爆炎と衝撃に可奈子が吹き飛ばされた。
「よしっ!」
綾乃は吹き飛んだ可奈子が結界の外に出たのを見てガッツポーズをとる。
「外に出ればこっちのもんよ、覚悟なさい!」
自分の勝利を確信し、炎雷覇に炎を再び纏わせた綾乃が可奈子に向かって疾走する。その時―――――
「ガアアアァァァッ!!」
結界からでる直前、横手から黒い何かが雄叫びを上げながら綾乃に襲いかかる。綾乃は咄嗟にそちらに向かって剣を構え…顔を引きつらせた。
「嘘ッ! 何で日本に『黒豹』がいるのよっ!!」
そう、黒い何かとは“黒豹”。立派な体格をした豹が自分に向かってもの凄い勢いで迫ってくるのだ。綾乃でなくとも叫びたくもなる。
日本になど生息していないはずの黒豹に襲われるという展開に、綾乃の思考が一瞬停止してしまう。
その一瞬が致命的だった。数メートルまで迫った黒豹が横に跳んで視界の外に回ると、綾乃の喉元めがけて鋭い牙を立てようと飛びかかる―――――直前、
クオオオオオオオオオオオッ!!
上空から鳥の鳴き声が響くと共に、その方向から飛来した白い何かが黒豹と綾乃の間にマシンガンの如く降り注いだ。その事に黒豹は三度地を蹴って方向転換すると、今度は可奈子の元へと駆け、守るように傍に寄り添った。
一方、綾乃は自分の目の前に突き刺さった無数の『何か』を凝視していた。
「羽根?」
そう、降り注いだもの…それは鳥の羽根だった。しかしその大きさはとんでもなく、大型の鳥のものより一回りも二回りも大きい。そんな大きい羽根が地面に突き刺さった光景に、普通なら先の黒豹と同じくらい驚くのだが…綾乃はそんな様子を見せず、逆に何処か嫌そうな顔をした。
「っていうことは……何時から居たのよ、あんた」
《最初からお主の傍に居ったわ》
空気を震わせる声ではない『思念の声』と共に、上空から大きな翼をはためかせながら一羽の鷹が近くの岩の上に降り立つ。先の羽根の大きさから予想していたとおり、その身体は大きく、大人の一人、子供の二人くらいなら背中に乗りそうなほどだ。
白き巨大な鷹〈アルタイル〉……此の存在は〈フレイ〉と同じく景太郎の四匹の使い魔の内の一体だ。
「久しぶりね〈アルタイル〉。とりあえず助けてくれて御礼を言うわ。ありがとう」
親しそうに挨拶と御礼を言う綾乃。でも、やはり表情の何処かに苦手そうな色があった。
「それよりも、あんたが此処にいるって事は、景太郎にそう言われたの?」
《無論。御主の闘いは全て見させて貰った。かなり腕を上げたようだの、見違えたわい》
「そう?」
どこか照れた様子を見せる綾乃。しかし…次の一言にその表情は固まった。
《しかし、詰めが甘いな…敵が本拠地において、伏兵を忍ばせているのは想定されることだぞ》
「はいはい、悪かったわよ………ったく、主人に良く似た使い魔ね。言い方とか褒めて持ち上げてから落としたりする所なんかそっくり……」
《何か言ったか、小娘……》
「いーえ、別に」
綾乃の小声を耳聡く聞きつけたアルタイルに、綾乃は素知らぬふりしてとぼける。
「でもね、あんなのが居るなんて誰が想像するのよ。黒豹よ、黒豹」
可奈子の傍にいる黒豹を指差してアルタイルに理不尽さをアピールする綾乃。写真やテレビならともかく、生の黒豹など見たことある者の方が圧倒的少ない。いきなり見れば動揺して当たり前だ…と、言っているのだ。
そんな綾乃の言葉に、アルタイルは心持ち項垂れた後、黒豹に視線を移した。
《容姿に惑わされるではない。一見では仕方があるまいがすぐに気付かぬか。あれはあの娘が最初から連れていた黒猫の……いや、式神と言うべきかの、それの本来の姿だ》
「あの黒猫!?」
《左様。擬似生命ではなく、何かを媒介に召還する方の式神だ。ほぼ使い魔に近いな》
猛禽類特有の鋭い目を向けて黒豹の存在を判断するアルタイル。主人である景太郎よりも高い感知・探査能力を持っており、その推測はほぼ当たっていた。
「まさか伏兵を潜ませていたなんて…とてもそうは見せませんでした」
水昂覇を盾から剣の状態に戻しつつ、服に付いた砂埃を払い落とす。そんな行為をしておきながらも、その目は綾乃とアルタイルから一時も外さない。
そんな可奈子の意見に、綾乃は軽く肩を竦める。
「正直、私も知らなかったんだけどね。こいつは景太郎の使い魔だし。それに、その言葉はそっくりあんたに返すわ。〈クロ〉なんて猫みたいな名前で呼んでいるから油断したわ」
「可愛いでしょう?」
クスッと笑う可奈子に、綾乃の口元が思いっきり引きつる。クロはクロでも黒猫からなら確かに可愛げもあるが、黒豹のクロとなるとそうは到底思えない。特に、その姿を目の当たりにした状態では……
「一応、確認するけどさ…本気で言ってるの?」
「無論です」
何かおかしいですか? といわんばかりの顔をする可奈子に綾乃は、
(まぁ、好みや感覚なんて人それぞれよね……)
と、色々突っ込みたいところを、口には出さずに心の内だけですませた。
《戦闘中に呆けるな!!》
突如、頭の中にアルタイルの思念が響く。それと同時に、身を低くしたクロが一気に疾走する。その対象は―――――綾乃ではなくアルタイル。どうやら、綾乃は可奈子に任せて自分はアルタイルを引き受けるつもりなのだろう。
アルタイルは即座に飛んで襲撃を逃れるが、クロはその後を追う。それを見た綾乃は、
「そっちは任せたわよ!」
と、自分から離れた位置に移動したアルタイルに向かって声を張り上げ、アルタイルもまた了承の意を返した。
《任せておけ。こやつに格の違いを教えてくれるわ》
上空へと飛翔したアルタイルが翼をはためかせて羽根を放つ。クロはそれを疾走して全てを避けきると、社を身軽に駆け上がり、屋根の上から跳躍してアルタイルに襲いかかる。
空が飛べないクロの圧倒的劣性かと思われたが、式神でもさすがは猫科の獣。桁違いの瞬発力と身軽さでほぼ互角の戦いに持ち込んでいる。
「なかなかやるわね、あの黒豹」
「それはどうも」
自分の呟きに答える可奈子の声と気配が近いことに気が付いた綾乃が慌てて振り向くと、そこには、
「げっ……」
水昂覇を伸ばし、その先に水で一対の扇状の大戦斧を作り上げた可奈子が、大きく跳躍して今まさに振りおろさんとしていたところだった。
綾乃はそんな化け物級の一撃を受け止める気にはならず、後方に跳んで避ける。そして構わず振り下ろされた大戦斧は地面に突き刺さり凹ませた。
(受け止めなくて正解ね、あれじゃ押しつぶされてたわ)
その惨状に顔を青くしつつ、武器を振り下ろして隙を作った可奈子に迫る綾乃。だが、可奈子はあろう事か綾乃に背を向けると、左足を軸にして水昂覇を野球のバットのように横に薙ぎ払う。
「その程度!」
しゃがんでその一撃をやり過ごそうとするが、迫り来る炎雷覇の先を見て、うげっ! と、乙女にあるまじき声を上げた。
水昂覇の先には斧ではなく、叩き潰すための鈍器『ハンマー』が形成されていたのだ。
「ちょっと! 一瞬で変えるなんてそんなの有り!?」
炎雷覇を垂直に構え、刃の平を正面に刀身に手を添える綾乃。その一瞬後、水の槌と衝突し、まるでトラックにはねられたかのように吹き飛んだ。
圧倒的な質量にコマのように回転して得た遠心力を乗せた一撃は綾乃の予想以上に重く、吹き飛ばされてもなお身体を貫いた衝撃に意識が遠くなるが、必死に歯を食いしばって意識を繋ぐ。
「く……やばっ」
着地して片膝を着いた状態から動けない綾乃。怪我は負わずとも、重いダメージに行動不能に陥っているのだ。一時的なものだろうが、この状況下ではそれは決定的な隙だった。
「これで終わりです」
動けない綾乃の眼前に立つ可奈子。上段に大きく振りかぶった水昂覇の先には、扱う本人ほどもある巨大な刃『斬馬刀』が形成されている。
圧倒的な質量で形成された刀身、重力の加速も加わればその一撃は凶悪の一言。炎雷覇で受け止めようとも耐えきれるはずもなく、炎の結界で受け止められるほどやわではない。そもそも、結界を展開する暇すらない。
何をするにももう遅い。
―――――ザンッ!
その場に、斬り裂かれる音が鳴り響いた。
一方、時間は少し遡り……空を舞う白き鷹〈アルタイル〉は黒豹の姿となったクロと三次元的な闘いを繰り広げていた。
《ふむ……予想外に出来るな。さすがは主の義妹、良い式神じゃ。だが……ワシに勝つのはまだ早い》
大きく翼をはためかせ、何十もの羽根を弾丸のように射出するアルタイル。対し―――――
「グガアアアアァァァッ!!」
クロも咆哮と共に口から水流を放ち、羽根を撃墜する。
さすがは浦島次期宗主の可奈子の式神か。クロ自身の属性もまた水で、その力を制御、行使していた。
《ふむ、羽根だけではちと不利か》
水の奔流に羽根を散らされる様に、現時点での不利を悟るアルタイル。単純に考えても、いかに勢いがあろうと大量の水の奔流に羽根が勝てるはずはない。質量が違いすぎる。
(かといって近接戦闘はあちらが断然有利。くく、久々に面白い………ぬっ!?)
不利な状況でも態度を崩さなかったアルタイルが焦ったような声を上げる。その視線の先には、今まさに可奈子の振り上げる水の斬馬刀の餌食にならんとしている綾乃の姿があった。
《小娘ッ!!》
急降下して急ぎ綾乃の元へと向かおうとするアルタイル、だが、それを妨げるべく跳び上がったクロに妨害される。
《この―――――邪魔をするなっ!!》
怒声の思念をクロに放つアルタイル。同時に、アルタイルの身体が輝き始めた―――――その時、
可奈子は水昂覇を振りぬいた―――――
空高く舞い上がる―――――水昂覇の刀身部分。綾乃はその場から動くことなく、全くの無傷だ。
可奈子は刀身を半ばから失った水の刃を……綾乃は舞い上がった刀身を見つめる中、空でその圧縮が解かれた水の刀身が、大量の滴となって豪雨のように二人と大地を打ち付ける。
【ぼさっとしてんじゃねぇ、ちゃっちゃと気張れ!!】
綾乃の耳に響くこの場には居ない男の声。風術の一つ〈呼霊法〉という術で風で声を運んだのだ。誰と言うまでもない、綾乃の相棒である『八神 和麻』が……
「まったく…大きなお世話よ」
離れていても、自分を気にかけてくれていた。悪態をつきつつも、綾乃は嬉しそうに微笑んでいた。
「なんと恐ろしく強い風…不意を付かれたとはいえ、水昂覇の水をこうも容易く斬り裂くとは」
綾乃から距離を取り、散った水を集めて再度刀身を作りつつ呟く可奈子。
そう、先程水昂覇の水を斬り飛ばしたのは和麻の手によるものだった。和麻が居る隣の社まで数百メートル…そこまで離れていながら、風の刃で水昂覇で作った水の刃を切断したのだ。
そのとんでもない行為に、可奈子の背中に冷たい汗が流れる。
「これが、涅槃を倒した彼の力の一端ですか……」
「どう、恐れ入った?」
少し呆然としている可奈子に、綾乃が胸を張って威張る。
「別に、あなたを褒めたわけではないのですけど……」
「あら、負け惜しみ?」
水を差す可奈子の言葉にも綾乃はビクともしない。そんな綾乃に、可奈子は深々と溜息を吐いた。
「そうですね。保護者同伴で戦われるとは思ってもみませんでした」
「何ですって……」
「違うのですか?」
「違うわよ。今のはただ単なる手助け…これ以上は、あいつもあたしを助けてくれないでしょ」
半ば確信してそう言う綾乃。綾乃自身、これ以上手助けされたくはない。綾乃の目指しているのは護られる存在ではなく隣に立つ相棒なのだ。
「って言うことでさ、そろそろ終わらせるわ」
「奇遇ですね。私もそう思っていました。いつまでも貴方に掛かりきりというわけにはいけませんので」
「上等、特別なのをお見舞いして上げるわ」
澄まし顔の可奈子に不敵に笑む綾乃。双方とも数多の精霊を召還し、顕現させる。
「はっきり言って、あんたの方が技術は上。それは素直に認めるわ。だから……小細工無しの本気で行くわ」
その言葉と同時に、綾乃の身体から朱金の霊氣が吹き出し、喚び出された黄金の炎と混じり合い“朱金の炎”へと……現在、神凪において四人目の神炎使い【紅炎の綾乃】の真の力が顕現した。
さらには、その朱金の炎が炎雷覇に集い、更にその力を増幅する。
「これがあたしの本当の炎…この力に抗える?」
紅炎迸る炎雷覇の切っ先を可奈子に突きつける綾乃。その自信に相応しく、炎雷覇から次元違いのエネルギーが感じられる。
可奈子はその朱金の炎を静かに見据えた後、そっと目を伏せた。
「誠に素晴らしき炎です。まさに、神の名を頂くに相応しい至高の炎……」
「解ったのなら降参なさい。今ならまだ間に合うわ」
今の綾乃には、まだ神炎の微妙なコントロールが出来ない。出来ることは全力で放つことだけ…それを行えば、可奈子の死は必至。ゆえに、可奈子を降参させようとしたのだが……
「ご冗談を。勝てる戦いを放棄するほど愚かではありません」
可奈子はその提案を遠慮無く一蹴した。
「正気? それとも、この力がわからないほど鈍いの?」
「違います。私は至って正常…神炎の力もヒシヒシと感じていますよ」
「ならどういうつもりよ」
「それは……こういうことです」
可奈子の身体から、先程の綾乃と同じく霊氣が噴き出る。ただし、その色は蒼銀―――――蒼銀の霊氣が白銀に輝く水と混じり合い“蒼銀の水”へと変わった。
「な………」
「『神水』……理屈は、そちらと同じです」
術者の魂を秘めた水…まさしく、神凪の神炎と同じ存在といえる、いわば浦島の神水だ。
現役世代・最強と謳われる〈乙姫 なつみ〉ですら持ち得ていない最強の力。神水を得ている者は前宗主〈浦島 ひなた〉と〈浦島 可奈子〉の二人。
【翠流のひなた】に次ぐ二人目の神水使い【蒼流の可奈子】の真の力が顕現されたのだ。
更に、蒼銀に輝く水は可奈子の持つ水昂覇に収束して刀身を形成……神々しき『蒼銀の神剣』が創造された。
「まさか、あんたがそんな力を隠し持っていたとわね」
「驚いたようですね」
「まぁね。でも、正直納得した……いえ、納得できたわ」
綾乃は可奈子の言葉に素直に頷き、その力になにやら納得した様子を見せた。そんな綾乃の予想外の反応に、可奈子は訝しげに眉を潜めた。
(ほんと、良く似た兄妹ね……)
訝しげにこちらを見る可奈子を見返しながら、綾乃の脳裏に昨日の夜の事……自分が可奈子の担当するこの社に行くことを強く望んだ時の事が思い出された。
「お前があの浦島の次期宗主と戦うだ? お前正気か?」
「な、何よ。なんか問題でもあるって言うの」
可奈子の担当する社に立候補した綾乃に対する第一声が…和麻のこれだった。
あまりの言葉…あげくには正気すら疑われた…に、綾乃は剣呑な雰囲気で詰め寄るが、和麻は臆することなく平然と流した。
「せっかく、『神凪 頼道』の黒星を今の宗主が帳消しにしてくれたんだぞ? それもついこの前に。なのに、そう時を置かずにわざわざ黒星を増やさんでも……」
「あたしが負けること前提ってわけ?」
和麻の軽口に剣呑な声音になる綾乃。
ちなみに、一回目は頼道とひなた、二回目は重悟と影治である。一回目は完膚無きまでに頼道…と云うか神凪が叩きのめされ、二回目は重悟の不戦勝である。
「お前のためにはっきり言うがな、あの時…退魔でかち合った時に感じた限りな、いろんな意味でお前を超えてるぜ?」
「馬鹿にしないでよ。あの時よりは成長してるんだからね。それに今回は“神炎”も使うつもりよ。それでもあたしが負けるとでも思う?」
「確かに、神炎を使えば勝てるかもしれねぇが、ただな………」
「ただ……なによ」
珍しく口ごもる和麻に眉を潜める綾乃。何でもずけずけ言う和麻にしては非常に珍しい反応だ。
「あの女は俺の知る限り嫌なタイプだ。それが引っかかる」
「嫌なタイプ?」
「まぁ、言うなれば〈バトル・スタイル〉ってやつだ。自分の手の内を隠すためなら仲間や身内でも平気で騙す。そういう奴は厄介だぜ?
文字通り誰も手の内を知らないから、いきなりなにをやらかすか判らない。しかも、そういう奴に限って『奥の手』とか『切り札』ってヤツがとんでもないんだ。どんなに形勢が有利でも一瞬で覆される危険性が高い」
「彼女はそういうタイプってこと?」
「そうだ。仲間や身内まで完璧に騙すんだからな、よっぽど正確がねじ曲がってないと出来ないぜ」
「あんたが言うと現実味が増すわね」
そう言う綾乃に、和麻は睨みもせず笑いもせず、真っ直ぐに景太郎を指差した。
「なんと言っても、あそこに好い具合にひねくれた素晴らしい実例がある。何年も家族に実力を隠し通した見本がな。
ちなみに、今言ったことは全部あいつを元にしている」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「ああ、そう言うことにしといてくれ」
和麻のにやっとした笑いを、景太郎は微苦笑をしながら肩を竦めた。
憎まれ口を叩いても、お互い啀み合うことをしない。昔の二人の関係を朧気ながら覚えている綾乃の目には、今の二人は本当の親友なんだとわかる光景だった。
「どうかいたしましたか?」
「別に…なんでもないわ。さぁ、始めましょうか」
「ええ」
綾乃が気を取り直して得物を構えると同時に、可奈子もまた己が得物を構え直す。
そして――――― 一拍の時を置き、両者は同時に大地を蹴った。
―――――交差する紅と蒼の刃―――――
一太刀切り結ぶと両者はそのまますれ違い、立っていた場所を交換して再び構えをとる。
両者の刃は一歩も譲らず、押し切ることも押し切られることもない互角。だが、その事に綾乃は表情には出さずに舌打ちした。
属性の違う精霊魔術の勝負において、勝敗を決めるのは要素は三つ。『精霊の量』と『術者の意志力』、そして『技術』。しかし、そのどれもが互角の場合、一番攻撃力に特化している火の精霊が勝つ。
つまり、綾乃の神炎と可奈子の神水がぶつかり合って、炎は水を負かすことが出来なかった。それはつまり、可奈子の実力の方が綾乃より上であると証明しているのだ。
それぞれは神器に精霊を収束しているため三つ目の要因以外…量か意志力のどちらか、もしくはそのどちらもが綾乃を上回っていると言うことになる。
その事実が、綾乃に少なからずの動揺を与えた。薄々予感はしていても、目の当たりにするとやはり動揺してしまうのは当然だ。
その事と、綾乃の表には出さない動揺も察しているのだろう、可奈子は綾乃が立ち直る前に勝負を決める気なのか、猛烈な勢いで斬りかかる。
一瞬の動揺を衝かれた綾乃は対処が遅れ、避ける間もなく初太刀を何とか受け、そのまま防戦一方に追い込まれる。
以前、和麻が可奈子の剣筋を見て綾乃以上と判断した。綾乃もそれ以降からずっと剣技を磨いたが、やはり可奈子の長き研鑽による剣技にはまだ遠く及ばないようだ。綾乃には反撃の糸口すら見つからない。
「こ…のぉぉおおおっ!!」
切り結んだ状態から炎雷覇に収束した神炎を解放する綾乃。吹き上がった炎が可奈子を飲み込もうとしたが、それすら読んでいたかのように軽やかに後方に下がって避けた。
「逃がさない!!」
綾乃が追撃に四発の火炎弾を放つ。しかし、それすらも可奈子は軽やかに、舞うように避ける。
対象を失った四つの火炎弾はそのまま飛翔し、後方の塀やら岩やらを蒸発させてそのまま何処かに飛んで行った。
可奈子はその有様を見た後、綾乃に向かって些か険しい目を向ける。
「破壊が炎の本質とはいえ、できれば対象を限定してくれると嬉しいのですが。このまま無闇に者を壊されてはたまりませんし。無論、修繕費の請求はさせていただきますが」
「悪かったわね、なにせ未熟者なもので。それと請求は景太郎にね、首謀者だから」
しれっとした態度でぬけぬけと言い放つ綾乃。この辺りは確実に和麻の影響を受けている。
「それでは仕方がありませんね…兄に賠償請求などして印象を悪くしたくありません。これ以上壊される前に、片を付けましょうか」
「同感ね」
お互いが申し合わせたように半眼となり、精霊達を喚ぶ。
(まだ足りない……もっと力を………皆、力を貸して!!)
真摯に精霊達に呼びかける綾乃。決して命令ではなく、純粋なる願い。それに応えて火の精霊達は次々にその力を顕現させ、綾乃という存在に身を任せて紅炎―――――至高の炎となる。
(精霊達よ……大いなる存在、その偉大なる力を私に御貸し下さい)
言葉こそ違うが、可奈子もまた心の中で精霊達に祈りにも似た想いで呼びかける。その願いに応え、水の精霊達はその力を現世に顕せる。そして可奈子の魂に触れ、蒼銀の輝きを宿す流水となる。
交差する二人の視線
氣の高揚に反応する数多の精霊達
二人は申し合わせたかのようにそれぞれの得物を頭上に掲げ上げ―――――振り下ろした!
綾乃の炎雷覇からは紅炎。圧倒的という言葉も生易しい熱量を秘めた炎の刃。
今までとは比べものにならないほど研ぎ澄まされ、洗練された〈紅炎〉が可奈子に放たれる。
対し、可奈子の水昂覇からは蒼流。膨大な量の蒼き水が収束・凝縮され、レーザーの如くただ一点を貫くために放たれる。
驚異的な収束率に超高速で撃ち出された蒼流は、全てを貫く槍の如き蒼き奔流が虚空を貫き綾乃に襲いかかる。
両者の全身全霊を駆けた一撃が、先の衝突と同じく二人の中間で接触、お互いを喰らい尽くして消滅する。
だが、今度は数億分の一が消滅を逃れ、水蒸気爆発を起こして衝撃波を撒き散らし、巻き上げられた土砂が濃い土煙をを作り両者の視界を妨げる
お互いがお互いの姿は見えない。だが綾乃は少しも躊躇うことなく炎雷覇を構えて土煙の中に突っ込む。
そして貫いた先にいた可奈子を確認すると同時に炎雷覇を振りかぶり、袈裟懸けに斬りかかった。
可奈子は水昂覇でその攻撃を受け止めようとしたが、炎雷覇はさしたる抵抗もなく蒼銀の刃を切り落とした。
(やっぱり! 思った通りのようね)
斬り飛ばされて彼方に飛ぶ蒼銀の刃を後目に、綾乃は心の中で歓声を上げる。
綾乃が立てた推論はこうだ。水昂覇はともかく形成する刃は水。それを使用すれば当然、形成している水は減る。その仮説を裏付けるように、先の水泡を放った前と後では水昂覇から放たれる力が自分でも判るほど激減した。
それは神炎を放った自分も同じだが、根本的に違うモノがある。それは神器…どちらも精霊の力を増幅することには違いはないが、もっと即物的な事…元々剣の形を取っている炎雷覇と、少ない水で剣の形をおざなりに保っている水昂覇。現状で斬り合えば負けるわけはないと判断したのだ。
もしかすると、すでに水を補填している可能性もあり、今の攻撃はある意味賭だったのだが―――――綾乃は勝ったのだ。
「これで―――――終わりよ!」
綾乃は剣を振り下ろすと共に身体を沈め、その起き上がる反動で可奈子の鳩尾に氣を乗せた肘をたたき込む。
プロレスラーでも良くても内臓破裂の一撃だが、可奈子なら行動不能に―――――
パンッ!
「なっ!!?!」
風船が割れるような音と共に破裂した可奈子に、綾乃の目が大きく見開かれる。
「そんな、そこまで力は入って―――――」
「まぁ、偽物ですからね」
後ろから聞こえた声に、綾乃はドキリとしながら振り向く。するとそこにはなにも変わっていない可奈子が……五人に増えた可奈子が居た。
いや、綾乃が周囲を見回すと、いつの間にか込まれたのか正面の五人に更に五人を加えた十人が、水昂覇を構えて円陣を作って自分を取り囲んでいた。
「確か……水影だったわね。景太郎に聞いたわ」
「それは勉強熱心なことで……」
「偽物は所詮偽物、気を付けさえすれば驚異じゃないともね。ま、所詮は子供だまし。二度も三度もは通用しない手ね」
「クスッ、驚異じゃない…ですか。一度見ただけで見切ったつもりですか?」
綾乃の減らず口に揶揄するように笑う可奈子。綾乃もまた薄ら笑いを浮かべ、炎雷覇をバットを振りかぶるように構えた。
「わからないから…燻り出す!」
身体を軸に剣を振り切る。その軌跡にそって発生した紅炎が放射状に広がり、取り囲んでいた九人の可奈子を蒸発させた。
残る一人は手に持った水昂覇で紅炎を斬り裂き―――――後に続いた綾乃に、炎雷覇で胸元を刺し貫かれた。
「な……ぜ………」
口から血を吐きながらやっとの事でそう言う可奈子。言いたいことは解る。今の綾乃の行動は、自分がそうだと判っていないとできない反応だったからだ。
「あんた喋りすぎ。その術ってさ、偽物は喋れないんでしょ。言ったでしょ、景太郎に聞いたって」
「わからない…と言って……全部に炎を放ち…それを隠れ蓑に……」
「ま、そう言うこと。それ以上喋らない方がいいわよ」
炎雷覇を引き抜く綾乃。可奈子は膝に地をつき、そのまま倒れた。
先の炎で炎雷覇の中身を使い切り、故意に力を止めて可奈子を刺し貫いたため、可奈子に刺し傷以外の怪我はない。
その気になれば、今の一撃で…切っ先が触れた時点で可奈子は焼滅していたが、綾乃にはそこまでする気はなかった。
「急所は外しておいたわ。早く治療したら助かるわよ」
「ご心配どうも」
「―――――ッ!?」
聞こえるはずのない声が背後から響き、綾乃は驚いて振り向こうとした―――――その時、
ゾブリ……………
綾乃の胸元から、あるはずのない銀色の鋼の突起が生える。
「な……んで………」
「残念……でしたね」
可奈子の言葉が、遅れてやってきた痛みに悶える綾乃の耳に響いた。
―――――二十三灯に続く―――――
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。新年最初の投稿となります。
今回は〔五の社〕綾乃と可奈子の対決でした。前話にて、綾乃が闘志高ぶらせていた理由です。
自分によく似ており、なおかつ自分を超えているかもしれない可奈子と戦うことに、そして和麻に敵わないと断言されたゆえにやる気満々だったんです。
さて……今回のツッコミどころ(自爆)ですが………
最初は黒猫ですね。あれはまぁ……ネコ自身が異常ですしね。本編でも空を飛んでいましたし……それをかけて、白夜では式神になったんです。それと、何処か景太郎と似ているところがある、という印象も持たせたかったですし。
次に……可奈子の戦い方。変幻自在の武具、水昂覇の見所でもあります。武器だけではなく盾にもなる、かなり便利です。風の聖痕でも出てきた水の神器(自称)は水の鞭、接近戦では剣でした。本当にニアピンですね……
それと、可奈子の戦法…戦斧、ハンマー、そして剣。外灯の二で出した景太郎のコンボとそっくりです。こんな所も似たもの兄妹でした。あまり関係ありませんが……
そして最後に……これも可奈子ですが、【神水】ですかね。神凪と同じ原理の、持ち得た力を更に超えた神の名を冠する力です。
なにげに、綾乃の霊氣の色『朱金』と相対するような色ですが……ほぼ偶然です。初期設定では可奈子の色は蒼だったのですが、私が書き加えたんです。これも、一の外灯の時点で可奈子の霊氣の色が出ていましたので、気付いた方がもしかしたら居るかも知れません。
ともかく……そこら辺はあまり深く突っ込まず、面白く呼んでいただけたら幸いだと思います。
さて……銀色の刃に貫かれた綾乃の運命は。一体何が起こったのかは、次回までお待ちください。
それでは、次回……『四の社』にて………
並びに、私の投稿を引き受けてくださったアンギットゥ様、以前の所から応援し続けてくれている『時の番人』様、そして応援してくださった方々、去年一年、誠にありがとうございました。感謝しきれないほど感謝しております。
今年もまた、本当によろしくお願いいたします。それでは…………