白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第二十三灯  「四のやしろ―――――風の王の戯れ」

 

 

 

 

 地に仰向けに倒れた綾乃の横で、先に倒れていた可奈子が水となって消え、そして出来た水たまりの上に人型の符と水昂覇が落ちた。

 可奈子は倒れ伏した綾乃の傍に近寄り、肉厚のない小太刀程度の刀をその首元に突きつける。疑うべくもない、この小太刀こそ綾乃の胸を貫いた刃だ。

 

「本当に残念でした。貴女の敗因は二つ…喋れないと云う欠点を知り、それを絶対の判断基準にしてしまったこと。そして、水昂覇を私が持っていると思っていたことです」

 

 あの時、可奈子は腹話術のようなものであたかも綾乃の真正面の偽物…水昂覇を持たせた偽物を本物であるように見せかけたのだ。そして綾乃はその偽物が炎を斬り裂いたのを見て、確信したのだ。それが本物であることを。

 精霊術師としての戦いは引き分けだったが、退魔師としての『格』は可奈子の方が上手だった…それが、結果だった。

 

「さて、結果はこうなりましたが……負けを認めますか?」

「好きにしなさいよ…」

 

 苦しそうに呻きながら、綾乃は己の負けを認めた。

 

「では、遠慮無く……」

 

 可奈子の言葉に、綾乃はこれから来る衝撃―――――または痛みに対して目を瞑る。

 が、数秒経ってもとどめの一撃は来ず、代わりに胸の傷の上に手を置かれた。

 

「え? ……………って、何やってんのよ」

「何って……治療です。急所は外していますし、あなたほどの生命力があれば死にはしないでしょうが……傷跡が残るのは嫌でしょう?」

 

 綾乃の言葉に、可奈子は平然と答えながら治療する。治療といっても包帯などを巻くのではなく、傷の部位に新しい符を置き、その上から更に手を当てて軟氣功を施している。

 

「そりゃ、嫌だけどさ……敵のあたしにそんなまねをしても良いの?」

「構いません。私は敵を撃退しろとは言われましたが、殺せとまでは言われていませんから」

 

 事も無げにそう言う可奈子だが、やはりと言うべきか納得がいかないと言う表情をする綾乃。それが解ったのだろう、可奈子が悲しげな表情になった。

 

「正直に言えば……あなたを殺して、義兄あにに恨まれたくはないんです」

 

 その言葉に綾乃は傷の痛みすら忘れて身体を起き上がらせ、可奈子の胸ぐらを掴んだ。

 

「巫山戯たこと言ってんじゃないわよ!! 景太郎の…あんた達の母親を殺しておいて、なにが恨まれたくはないよ! あんまり寝ぼけたこと言ってると今度こそ燃やす―――――ッ!」

 

 そこまで言って咳き込む綾乃。急所を避けているとはいえ胸を刺し貫かれたのだ、そうなって当然といえる。

 だが、可奈子は綾乃の治療すら忘れ、身体を硬直させ絶句していた。顔など怪我人の綾乃よりも青ざめている。その様子を見て、咳が落ち着いた綾乃は怪訝そうな顔をした後、もしや…という風に恐る恐る声をかけた。

 

「もしかして……知らされてないの?」

 

 コクン…と、頷く可奈子。

 

「あんたの母親は、成瀬川 なるって女の子を庇って―――――ゴホッ!」

 

 そこでまた咳き込み出す綾乃。しかも今度は酷いようで、少量ながら吐血までしていた。

 

「―――――ッ! い、今は安静にしてください。お話はその後で……」

 

 綾乃の咳き込みに正気に戻った可奈子は、荒れる心を落ち着かせつつ綾乃を横たわらせ、治療の続きを開始した。

 そして綾乃は……水のせせらぎに身を任せたような心地よさを感じつつ、呼吸を落ち着かせた。

 

 

 

《ひやりとしたが……どうやら無事なようだな》

 

 上空のアルタイルが綾乃の様子を見て安堵したように呟く。

 最初に綾乃が危なくなった時は和麻が助けたのだが、どうやら二度目はなかったらしく、可奈子の術中にはまって敗れ去った。
 綾乃が刺された時には殺すつもりなのかとヒヤリとしたが、どうやら可奈子にはその様子はなく、逆に治療している。なんとか、最悪の結果は免れたようだ。

 

《儂としてはどうでも良いが、主が気にするしの………ぬっ!?》

 

 突如、急上昇するアルタイル。その空間をクロと大量の水が通り過ぎた。水を噴き上がらせ、それに乗って〈アルタイルの居る位置まで跳び上がったのだ

 

《存外しつこいな……》

 

 主人の可奈子と綾乃の決着は着いているというのに、クロはしつこくアルタイルに襲いかかる。戦闘不能な綾乃と違い、健在であるアルタイルが可奈子を攻撃する前に倒そうとしているのだろう。

 

あるじへの忠信、誠に見事。だが、儂も負けてはおれんのでな……あの小娘が動けん以上、儂が社を壊すしかあるまい!》

 

 アルタイルの体の回りに、数多の白銀ぎんの燐光が現れる。

 白銀ぎんの粒子はアルタイルの周囲を高速で回転し、ついには白銀ぎんの球体を形成する。

 クロは阻止しようと体当たりをかけるが、球体を揺るがす事も出来ず弾かれて地面へと落ちた。

 

「クロッ!」

 

 身体の半分に重度の火傷を負ったクロを見て叫ぶ可奈子。だが、主の呼びかけにも反応することなく、クロは倒れたままピクリともしない。

 

「クロッ! クッ―――――綾乃さん、あれは一体!?」

 

 綾乃の治療が終わり、可奈子はすぐさまクロの治療を開始しながら問いかける。その問いに綾乃は一瞬言い倦ねたが…治療してもらった恩か、素直に答えた。

 

「さっきも言ったけど、あいつは…〈アルタイル〉は景太郎の使い魔よ。そして、アレは……景太郎と同じ“白銀の炎”」

「そんな馬鹿な! 確かに使い魔が術者の力を借り、行使することは手順を踏めば可能です。ですが―――――アレを、血に宿る『破魔』の秘力まで使えるはずはありません!!」

 

 至極正当の答えを言う可奈子。〈使い魔〉は〈使い魔〉、術者の力を借り受け行使しようとも、その本質までは不可能。
 クロは『水の精獣』ゆえに水を使い、更に可奈子と深い契約によりその力を増幅している…だが、それでもあくまで使う水は白銀ではなく普通の水。
 その血に宿る秘力…術者の特質まで使い魔が得ることなど不可能―――――なはずだったのだ。

 綾乃も、可奈子の言い分を頷いて肯定する。

 

「その通りね。普通ならそうなんでしょうけど…でもあいつは、あいつは違う。邪法ギリギリの〈血の契約〉によって景太郎と結ばれたあいつ等は、血に宿る秘力と仮初めの火の精霊の祝福を得たのよ」

「そんな事まで…お兄ちゃんはそこまで………」

 

 治療の手を休めないまま、空に輝く球体を呆然と見る可奈子。

 その時、球体が眩く輝き、卵の殻のように砕け散る。そして―――――炎の化身となったおおとりが現れた。

 

「白銀の……鳳凰」

 

 猛禽の名残を多く残してはいるが、そう呼んでもおかしくない雄々しき炎の鳥の姿に、可奈子が凝視しながら呟く。

 可奈子の…そして綾乃の視線を受けつつ、アルタイルは白銀の翼を大きくはためかせて更に上空へと―――――視認できないほど上空へと急上昇する。

 

「一体何を……」

「そんなの決まってるじゃない。あたしらが何しに此処に来たと思ってんのよ」

 

 空を見る二人の視線に写るは自分達の居る地上へと墜ちる白銀の流れ星。

 その流星は真っ直ぐ社に向かって墜ち―――――突如現れた光の膜を貫き、鼓膜を破るような爆音と閃光を撒き散らし、可奈子と綾乃は耳を塞いでその場にふせる。

 

 そして……音も閃光もすぐに止み、起き上がった二人が見たのは……炎上する間もなく消滅した社と、その跡で威嚇するように白銀の翼を広げ、大空の王者の如き風格を漂わせるアルタイルの姿であった。

 

「これはまた……派手にやったわね」

 

 社の跡地を見ながら呟く綾乃。今の攻撃…というべきか、炎は宗家には宗家には及ばないものの、分家とは明らかに桁違いの力に少し冷や汗を流す。
 綾乃は知っているからだ。今のアルタイルはこれが限界だが、ある条件下だとこれ以上の力を発揮することに。そうなれば……宗家の中でも対等なのは自分を初めとするたった数人しかいない。
 そして、使い魔の主はあくまで景太郎、主の意志一つでその“牙”を自分達かんなぎにも平然と向けることを。

 一方、今現在その牙を向けられている組織の一員、可奈子はというと……

 

「素晴らしい、あれも義兄さんの“力”の一つ『四匹の使い魔』の内の一体なのですね……」

 

 なにやらうっとりした様子で、そんなことを喋っていた。
 今、可奈子の頭の中では景太郎に対して讃美や感動の言葉が、文章にして三千字を軽く突破していることだろう。

 

 炎と水、性格、魂の色……それらを一切合切ひっくるめて、やたら対照的な景太郎の『義妹いもうと達』であった。

 

 

 

 

ともあれ……浦島の結界、五つの要の一つ―――――綾乃の担当した社は、こうして破壊された。

 

 

 

 


 

 

 

 時は大きく遡り、場所は四番目の社へと移る。

 

 そこの担当となった和麻は、前もってラブレスに注文し、社の上空へと空間転移してもらっていた。

 そこそこ離れている上に気配を出来る限り消し、風を使い空中に固定、更に光学迷彩をしているため、警備を担当している神鳴流の戦士達・計四十人は和麻の存在に気が付いていない。

 

(さて……プチッと終わらせるか)

 

 先手必勝といわんばかりに周囲の大気を支配下に置き、更に風を集める和麻。

 その時、戦士の一人が上空を…和麻の居る辺りを見上げる。和麻の呼び寄せる風の力に気が付いたのか、それとも直感か、それはわからないが、その戦士はこれから何が起こるのかわかっているかのように仲間に「散れッ!」と檄を飛ばし、仲間も応じて一斉にその場から散開しようとする。

 ―――――が、

 

「遅えッ!!」

 

 それよりも早く、和麻が周囲の大気を地面に向かって叩きつける。元々あった大気に集めた風を加えたそれは瞬時に戦士達を蹴散らす…いや、押し潰して肉片にする。

 ―――――はずだったが、途中で社一帯を覆う光り輝く幕に阻まれる。風と膜は二秒ほど拮抗したが、風がすぐさま膜を突き破って地面と衝突した。
 その数秒の時間稼ぎは、戦士達の回避行動に十分な時間で、余波の突風で飛ばされる者は数名いたものの、死人は一人としていない。

 

「へぇ……」

 

 神鳴流・戦士達の動きに感心したように呟く和麻。ともかく、奇襲に失敗した和麻は風を纏って地面に降り立った。

 その途端、戦士達の約半分は和麻からある程度離れて何重にも取り囲み、残りの半分が社の前に何列も並んで防護を固める。

 和麻はその一挙一動を観察しながら、口の端をつり上げた笑みを浮かべる。

 

「対・魔術師用の自動防護結界オート・シェルかよ。攻撃を受けてからの発動だから気が付かなかったぜ。あぁ…我ながら格好悪ぃ」

「何を言う。並の術師が何十人も集まらなければ突破できぬ防護結界をいとも容易く破っておきながら……」

 

 和麻の嘆きに、戦士達の囲いの向こうから呆れた感じの返事が響く。和麻がそちらを向くとほぼ同時に、その声の主が他の戦士達の合間を縫って一番前に立った。

 見たところ二十代後半の男…着流しを着ており、顔の上半分を…目元から額に掛けて何重にも巻き付けた包帯が覆っている。しかも、その包帯の上には縦に裂けた大きな“眼”の様な奇抜な文様が描かれていた。
 まるで、覆い隠した目の代わりであるかのように。

 

「よう、一人だけ周囲から浮いてる兄ちゃん。一体何のコスプレだ?」

「フフ……これは私の戦闘衣装でね。もっとも、付与効果など一切無いがね」

 

 和麻の挑発気味の言葉を、男は軽く笑って受け流す。

 

「そういや、さっき俺の事に気がついたのもあんただったな」

「左様。私は見ての通り盲目。目が見えない分、他の感覚が優れているのだよ」

「ほ〜、それはそれは………」

「―――――ッ! 総員〈金の応技〉をもって防御!」

 

 突如そう叫ぶ男。だが、仲間はその言葉に戸惑うことなく、周囲の仲間と組んで【相生の理】を使い、金氣の防御壁を形成する。

 それと同時に和麻を中心に放たれた百にも届く風の刃が戦士達を襲う。

 

 和麻の不意打ちならぬ不意打ち―――――だが、それにも関わらず、四十人も居た神鳴流戦士達の殆どが体中を切り刻まれて絶命した。
 健在なのは六名。先の包帯の男と、男三名、女二名だ。その全員が三十にも満たない若者なのは驚愕だ。死んだ者の中には手練と思わしき風体の者もいるのに。

 だが、

 

「大したもんだな。仲間を殺されても冷静なままとは」

 

 和麻は表情を僅かに変えるだけですませた戦士達六名の精神力に感心した。冷静さを失い、怒りにまかせて襲いかかれば即座にばっさり斬ってやろうと思っていただけに、その感心も強かった。

 

「舐めないでもらおう。戦いに身を置く者として『死』は常に傍にある事を熟知している。仲間の死に悲しむは全て終わりし後だ」

「立派立派。神凪の連中に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいだ」

 

 生き残った一人の言葉に和麻は軽口を返すが、それでも表情は変わらない。

 その代わりに、発せられる氣が一段と強くなる。表面には出ずとも、心では怒り、悲しんでいるのだろう。それがより強い力となっているのだ。思考は冷静なまま……ある意味、戦士としては理想に近い姿だろう。
 そして、この者達も解っているのだ。目の前にいる男が、今まで相手にしてきた人間、妖魔などよりも遙かに強いことに。

 包帯の男は懐から密教法具『三鈷杵』を取り出す。するとそれには仕込みがされており、片方の先端から刀身が迫り出して一本の剣となり、男はそれを片手で構える。

 

 

「長期戦は不利だ。短期決戦、各々の役割を果たせ」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 

 包帯の男の言葉を皮切りに、全員が一斉に動く。

 最初に攻撃に出たのは一番年若い男。五指に三十センチもの刃を着けたグローブ…鉤爪を両手に装着している。

 

「斬空爪ッ!!」

 

 右手を振るい、五指全ての刃から風氣の刃を放つ。
 だが、その五つの風氣の刃は和麻に向かう途中で弧を描いて曲がり、放った本人へと戻った。

 

「やはり効かぬか」

 

 男は返ってきた風氣の刃を左手の爪で切り裂く。

 いくら氣で作られたものといえど風は風。その風を操る『風術師』の最高峰にいる和麻に、風に属する力で攻撃するなど愚の骨頂としか言いようがない。零距離ならまだしも、風による中・遠距離攻撃など、逆に利用されるのがオチだ。

 男の口調からもそれが解っててやったのだろう。今のは本当に効かぬか確かめるための攻撃だったらしい。

 

「ならば―――――これではどうだ!」

 

 女性の一人が右手に持った五つの柳飛剣【柳の葉の形に似た投擲武器】を和麻に向かって投擲する。

 その五つの刃は翠の軌跡を描きながら、和麻に向かって飛翔する―――――と、思われたが、女性が左手を突き出すと軌道を変え、和麻の周囲を高速で回転する。

 

「敵を切り刻め―――――〈切葉きりは〉」

 

 五つの柳飛剣が一際輝くと同時に翠色の輝く刃―――――木氣で作った分身が発生し、和麻の周囲に千以上の刃が高速旋回する。

 

「これで終わり―――――襲!!

 

 無数の木氣の刃が切っ先を和麻に向け一気に殺到、貫き、微塵に切り刻む―――――はずだったが、

 

「凄い凄い、面白い芸だ」

 

 全ての刃が、和麻の手前…和麻を中心に半径一メートル手前で静止する。和麻が張った風の結界が刃の侵入を拒んでいるのだ。木氣の刃も、仙霊器〈切葉〉でさえも。

 

「それじゃ、俺もお返しに芸を見せてやるよ」

 

 ―――――パチン!

 和麻が指を鳴らすと同時に木氣の刃が粉々に砕かれ、切葉が弾かれる。風の結界を振動させて破壊したのだ。流石に仙霊器は砕けなかったが、木氣の刃は全て消滅した。

 

「それで、次はどんな手品を見せてくれるんだ?」

「クッ!」

 

 和麻の皮肉と笑みに女性は悔しそうに歯軋りしながら両手を掲げ、〈切葉〉を操作して和麻の周囲の地面に突き立てる。

 そして両手を合わせて印を組むと同時に、五つの〈切葉〉が翠色の光線で結ばれ、和麻を中心とした五芒星を大地に描き、翠色に輝く光の膜が発生する。木氣の結界を創成したのだ。

 

「今よっ!」

 

 仲間に声を掛ける女性。その先には―――――

 

「我が聖弓に宿りし名のことわり。我が力、我が意志に応えて“紅蓮の力”を呼び覚まさん」

「ナウマクサマバタター ギャテイビヤクサラバボツ ケイビヤク―――――」

 

 美しい装飾の成された紅い弓を番えた男性と、数枚の符を持った巫女服を着た女性が呪を唱えていた。彼女に言われるまでもなく、二人はすでに攻撃準備は終わろうとしていた。

 

「来たれ〈朱雀〉 赤麗たる翼を羽ばたかせ、我が敵をうち倒せ!!」

「全方位の一切如来に礼し奉る 残害破障ざんがいはしょうしたまえ、暴悪大憤怒尊ぼうあくだいふんぬそんよ!!」

 

「神鳴流 秘奥義 獣皇刃―――――〈火翔烈破〉!!」

「常住金剛!」

 

 放たれた火氣の矢が激しく燃え上がり火の鳥―――――朱雀が創成され、もう片方は、呪によって生まれた炎が巨人を象る。

 

『混合奥義 〈不動明王・迦楼羅カルラ炎〉』

 

 朱雀の突撃と炎の巨人の拳が和麻を襲う。対し、和麻は懐から取り出した煙草に火を付けて大きく吸い込みながら、遠くの景色を見るかのように眺めていた。

 

「木〈生〉火―――――五行相生のことわり 木氣は火氣を増幅せん!」

 

 二つの炎の化身の攻撃を、木氣の結界が相応により威力を跳ね上げる。

 二つの炎の塊が結界を透過した瞬間、凄まじい爆発が起こり、爆音と業火が空間を震わせ生じた熱風が吹き荒れる!!

 

 

「やったか?!」

「まだだ! 佐々木、火氣が納まらぬ内に追撃だ!」

「承知! 我が聖霊器・白虎よ、その内なる霊氣を今此処に解放せよ!!

 

 包帯男の命令に、鉤爪の男―――――佐々木の身体から立ち昇った土氣が、掲げ上げた鉤爪に収束する。

 

「神鳴流 決戦奥義―――――〈真・重王剣〉!!

 

 その全てを圧縮・破壊する土氣の決戦奥義【真・重王剣】が消えゆく炎の海に向かって飛翔する。そして炎に透けて見える黒い人影に激突する―――――直前!

 

―――――斬ッ!!

 

 風の刃が炎を断ち、漆黒の破壊球を縦に寸断した。

 

「なんだとっ!」

 

 土の決戦奥義〈真・重王剣〉をいとも容易く破られたのを見て、佐々木は我が目を疑う。
 金属性の聖霊器【白虎】故に相生はできなかった。だが、【白虎】自身の高い格や霊力を使用し、想像を絶する破壊力を秘めていた。それが一瞬の停滞もなく、無雑作にまで斬り裂かれたのだ。

 そして、次いで発生した突風が炎の海を吹き散らして霧散させる。そこには火傷どころか服にすら焦げ目一つない和麻の姿があった。
 和麻の風が、火氣と熱を完全に遮断、防ぎきったのだ。

 

「あの混合奥義を…相生まで行ったものを完全に防ぐなんて……」

 

 呪術師の女性がそう呻いた。はからずも、その言葉はこの場にいる全員の心情を代弁していた。

 

「さて……と。そろそろ気はすんだな?」

 

 和麻がそう呟くと右手をゆっくりと挙げる。この場に現れて初めて見せた明確な攻撃の意思表示に、全員が思わず一歩下がって身構える。

 その時、和麻が急に顔を明後日の方向に向け、そして―――――

 

「ぼさっとしてんじゃねぇ、ちゃっちゃと気張れ!」

 

 などと空に向かって怒鳴りつけた。

 その行為に戦士達は怪訝な顔をする。いや、ただ一人…皆が怖じ気づいている中、最初からまったく変わらない包帯の男が、気が逸れた僅かな隙を見逃さず、音も気配もなく和麻の背後に一瞬で回り込み、後頭部めがけて三鈷杵を突き出す。

 だが、和麻はそれを見ることなく、余裕の表情で紙一重でかわす。しかし男はそのままの状態から刃を振り下ろし、腕を付け根から切り落とそうとしたが、和麻はそれもまた紙一重で避け―――――たのだが、剣はいきなりに跳ね上がるように軌道を変え、和麻の首を狙って襲いかかる。

 そのいきなりの攻撃に和麻は目を瞠りつつ、咄嗟に右手の裏拳で刃の平を弾き上げ、強引に軌道を変えて斬撃をかわすと、身体を少し沈め、振り返る勢いそのままに男の丹田めがけて氣を乗せた左拳による打撃を叩き込んだ。

 だが、男はその攻撃が来ることが判っていたかのように、左手で拳を受け止めると、そのまま後方へと跳んで氣と衝撃を受け流した。

 

「フッ……」

 

 先程の一瞬の攻防など無かったように薄ら笑いを浮かべて佇む包帯男。
 それに対し、和麻は不愉快げに鼻で笑うと、微妙にタイミングをずらした四発の風刃を異なる軌道で放つ。初撃をかわせば二撃目が、それを避ければ三撃目が、四撃目が……と、避ける度に回避が格段に難しい三連撃だ。

 しかし―――――

 

「正面、唐竹―――――左右上空からの袈裟懸け、逆袈裟の二連―――――広範囲の横一文字」

 

 見えぬはずの風の刃の軌道を正確に言いつつ、衣服に掠らせもせず最小限に避ける。そして四撃目をかわしたと同時に三鈷杵を投擲する。

 それを和麻はなんて事はないと言わんばかりに半歩右に移動したが、それとほぼ同時に、いや、僅かに早く三鈷杵から伸びた糸を男が操り、その軌道を和麻が『避ける予定の位置』へと修正した。

 

「………?」

 

 まるで動く前と変わらぬ状況に和麻は眉を潜めるが、慌てることなく風の刃を放ち、三鈷杵を地面に叩き落とした。

 

「フム……やはり、これでも駄目か。神凪の姫君の危機に気を取られた隙に……と、思ったのだがな」

 

 些か残念そうにそう呟く包帯男。それと平行し、再び糸を操って三鈷杵を手元に戻すことも忘れない。

 

「最初、俺が会話途中で攻撃するのがわかっていたかのような防御への指示。投げた武器を、俺が避けるよりも先にその避けようとした位置に軌道修正。んで、今の言葉……てめぇ、俺の思考を読んでやがるな?」

「ご名答。ただし、読んでいるのではなくているのだがな」

 

 包帯男は空いている左手で目の辺りを押さえる。

 

「私の名前は『伊舎那いしゃな』 神鳴流より〈仙位〉の位と金の仙霊器〈金剛剣〉を預かる身。
 私は生まれつき強い霊力を持っていたが、それを活かすだけの霊能力もあった。が、肝心な霊感能力が無くてな、霊的な存在ものが一切見えなかった」

 

 霊感能力とは、霊能力の中でも霊的な存在を知覚する感覚の事。これは分類では霊能力の一つとなるが、術者にすれば微妙に違っており、霊能力は霊力を術として行使するための器官で、術などの操作の器用さでもある。
 そして霊感能力は五感のようなもの……例えば、『霊視力』とった霊を視る能力であったり、他の霊気や妖気、魔力を察知する『超感覚』である。

 そして、それがないということは、ある意味退魔師や魔術師などには致命的な欠陥といえる。何しろ、祓うべき対象や相手を感知することができないのだから。

 

「私の家系はそういったことには過敏でね、随分と冷遇されたよ。生きていることが不思議なほどにね。その境遇が私には我慢成らず、強い霊感能力が欲しかった…全てを見通すほどの力が」

「それで、自分の目を犠牲にしたってのか? 産まれつきじゃねぇんだろ」

「そうだ。自分の目を聖火で焼き、呪法による三日三晩におよぶ儀式を行い、この〈心眼〉を得ることに成功した。結果、光を失いはしたが、今では見えていた時より良く視える。森羅万象も、妖魔も、人の醜い内面までもな」

「ほ〜、そりゃご苦労な事で」

 

 和麻がヘラヘラと笑う。この男にとって、他人の苦労話など知ったことではない、聞くだけ時間の無駄ぐらいでしかないのだ。

 

「身の上話はその辺でいいだろ。俺もあんまり暇じゃねぇんだよ」

 

 そう言った途端、和麻の周囲に風の精霊が凄まじい勢いで召還される。その恐ろしいまでの勢いと量に、伊舎那以外の者達は身体を硬直させる。

 

「全員一ヶ所に集まり、全力で結界を張れ!!」

 

 伊舎那の鋭い声に我に返ると、即座に一ヶ所―――――伊舎那の元へと集い、柳飛剣を持った女性が木氣を篭めながら周囲に投擲する。

 

 

「神鳴流 木ノ絶対防御―――――五天結界 木角護法陣!!」

 

 五つの〈切葉〉の内、四本を四角へ、残り一本を上空へと投擲し、翠の四角錐の結界を形成する。そして―――――

 

「分割せよ〈火具数珠〉!」

 

 今まで何もできなかった最後の一人が、首から下げた直径五p近くもある大球の数珠をばらし、そのうち五つを柳飛剣に向かって放つ。

 

「火ノ絶対防御―――――五天結界 火角護法陣!」

「「五行相生―――――火氣よ、木氣の恩恵を得給え! 《轟炎ごうえん 護法界ごほうかい》」」

 

 木氣の結界に火氣の結界を添え、相生の理を以て強力な火氣の結界を創成する。その直後、空気の弾丸がその結界に衝突、弾けて周囲の大気を震わせる。

 そして―――――

 

 ガガガガガガガガッ!!

 

 次々と空気の弾丸の連撃ラッシュが一瞬の隙間もないほど放たれ、貫くことこそ無かったが、徐々に結界を大きく揺るがせ始める。

 

「くっ、俺が補強する! 地の脈動 地の激動 揺るぎなき大地の力で我を守護せよ―――――〈守護・地陣〉!!」

 

 呪術師の女性が取りだした霊符を用い、“地”属性の呪術で結界を補強・強化する。そして伊舎那も金剛剣を三鈷杵の状態に戻し、片手で印を組みながら呪を唱え、金氣をもって結界のさらなる強化、属性変化を促した。

 その効果はあったのか、金氣の結界は揺るぐことなく空気の弾丸を全て防ぎ、砕いていた。

 

「手加減しているが……結構丈夫だな。しかも無節操に強くしてるし」

「風の属性は“木”―――――相剋により、金氣の力は有利となる。とは言っても、精霊魔術相手には気休め程度の有利性だが、それでも有利には変わるまい」

「へ〜…それじゃ、これならどうだ?」

「いかん! 総員散開しろ!!」

 

 和麻の思考を読んで離脱するよう指示を出す伊舎那。だがそれよりも早く、今まで無造作に放っていた風を一点に収束、凝縮させて撃ち放った。

 無造作に放っていてでさえ、ヘビー級ボクサーのフィニッシュ・ブローを遙かに超えた破壊力を持つ空気の弾丸。それを十数発分を集め、凝縮した弾丸など即席で作った結界で防ぎ切れるものではなく、さほどの抵抗もなく結界は貫かれて破壊され、追撃で放たれた空気の弾丸の群が戦士達を―――――金剛剣で捌いた伊舎那を除いた全員を須く叩きのめした。

 地に伏したままピクリともしない五人。かろうじて生きてはいるようだが、明らかに戦闘不能……むしろ、全身にあの攻撃を浴び、生きていることが僥倖だろう。体を鍛えているからこそ、生き残れたようなものだ。

 

「あと一人……勝ち目ないのに挑むのか?」

「勝敗はすでに決した。だが、私の満足のため、暫しつきあってもらうぞ」

「面倒くせぇなぁ……」

 

 深々と溜息を吐き、身体全体で面倒臭いとアピールする和麻。だが、伊舎那はその挑発に乗ることなく、右手で金剛剣を構えて和麻との距離を詰める。

 

「奥義 滝牙剣ろうがけん

 

 水氣を刃に纏わせて斬りかかる伊舎那。対し、和麻は一歩踏み込んで振り下ろされる伊舎那の腕の左手で止めると、腹部めがけて右拳を突き出す。

 だが、やはりと言うべきか伊舎那はいとも容易くその一撃を左手で受け止める。

 

「やるな」

「ありがとよ」

 

 伊舎那は和麻に向かって蹴りを放つ―――――と思われたが、その足は大気を蹴り、伊舎那は後方に跳んだ。それとほぼ同時に、伊舎那が居た空間を風の刃が通り過ぎる。

 ついで、和麻は下がった伊舎那に向かって追撃の風刃を立て続けに放つ。

 

「横薙ぎ、唐竹、ついで右切り上げ…首と右足、右手を狙った同時攻撃。直後、全方位からの空気の弾丸」

 

 伊舎那は余裕の薄ら笑いを浮かべたまま、攻撃の軌道をいちいち説明しながら避け、最後の空気の弾丸を避けきれないものだけ斬り裂く。服の端々はいくらか千切れ飛んでいたが、ダメージは一切無い。

 

「見事見事、サトリでも今の攻撃は避け切れねぇと思うぜ、たぶんな」

「あのような猿紛いの存在と一緒にしないで欲しい」

「そりゃ失敬」

 

 まったくそうは思っていなさそうな表情で謝る和麻。おもむろに懐から煙草を取り出し、火を点ける。

 伊舎那はといえば、気づかれないように冷や汗を流している。表情は余裕のままだが、内心では底知れない和麻の力に恐怖を感じているのだ。

 

(遊ばれている内に決めなければ……)

 

 金剛剣を軽く握りしめる伊舎那。彼が最初に『短期決戦』と言った理由がそれだった。よく視える眼を持っているがゆえに、誰よりも和麻の力を理解していたのだ。

 

「〈心眼〉って言ったっけな。サトリと同じ、相手の思考が読める……ああ、視えるんだっけ? まぁどっちでもいいか。性質タチの悪い力だな。魔術師にとって最悪の相性だ」

「そうだな。魔術はこの世に己の意志を顕現させる術。無意識では決して行えず、どんな術でも意志を伴う。その意志が視える私は、必然的にその攻撃がわかるというわけだ」

「解りきった講釈をどうも。そこまで言うのなら、魔術師がどういう対処をとるのかも解ってるな」

「避けきれない攻撃を行う。逃れきれない広範囲か、一手一手追い詰めるか……」

「そういうこった」

 

 そう言うや否や、辺り一帯の大気の気配が変わる。和麻の制御下に置かれたのだ。

 

「なんとッ!」

「さて……〈サトリ〉は五十手は逃げ切ったぞ。お前は何処まで避けきれるかな?」

 

 四方八方、全方位から絶え間なく次々に襲いかかる風刃の嵐。伊舎那は地を駆け空と跳んで避け、剣を振るって幾度も迎撃する。

 だが―――――

 

「―――――がッ!!」

 

 とうとう避けきれず、

 一発の空気の弾丸が伊舎那を掠り、体勢を崩した瞬間に風刃が右腕を付け根から斬り飛ばした。

 

「百八か。なかなかやるじゃないか」

「化け物か、貴様……」

「よく言われるよ。自分の力の無さを棚に上げた奴等ほど…な」

 

 傷口を押さえる伊舎那に、和麻が嘲笑しながらそう言葉を返す。 そして右手を天に翳し―――――地に向かって振り下ろす。

 その瞬間、上空から社に向かって剛風が叩きつけられ、自動防護結界オート・シェルを一瞬で破壊、社を押し潰して中の祭器ごと破壊した。

 

「フッ……何という強大な力。最初から我らは遊ばれていたということか」

 

 和麻はその気になれば、地に下りることなく上空から社ごと周囲一帯を圧し潰すことが出来たのだ。いつでも容易く、然したる労力もなく自分達を皆殺しにも……

 

「見事だ、風の王よ。私を殺せ…貴様にはその権利がある」

 

 覚悟をしたのか、こちらを見る和麻に楽しげに笑いかける伊舎那。彼が言ったとおり、満足したのだろう。彼しか解らぬ、何かに……

 

「そこまで言うなら望み通りに……と、言いたいところだが、今回は基本的にただ働きなんでな。これ以上は無駄な労働はしたくねぇんだよ。それに、そのままほっといても死ぬしな」

「どこまでも巫山戯たやつだ……心の底からそう思っている分、余計にな」

「ほっとけ。んじゃ、あばよ」

 

 和麻が風を纏って空へと舞い、何処かに跳び去った。

 

 そして伊舎那は、力尽きたようにその場に仰向けに倒れ、微苦笑を浮かべる。

 

「これはいよいよ………危ないか………」

 

 自分の身体から流れ出る血と力を感じつつ、薄れゆく意識の中、遠くからこちらに近づく複数の気配を〈心眼〉で捉えていた。

 

 

 

 

―――――第二十四灯に続く―――――

 

 

 

 ―――――あとがき―――――

 どうも、ケインです。

 綾乃は敗北、代わりにアルタイルが社の破壊をしました。予想された方はどうやら少なかったようですけど……存在感が薄かったのかな?

 そして、四の社は和麻です。和麻の相手にしては相手が弱いと感じられる方もいますでしょうが、これには理由があります。はっきり言って、浦島側は和麻の実力を一般の『風術師』程度の尺度でしか測っておらず、神鳴流に丸投げ。対し、神鳴流は和麻の実力を侮っておらず、むしろ実力をきちんと理解していました。無論、和麻がアレである事とも知っています。

 だから、神鳴流の手練…破格の仙位・伊舎那と朱雀や白虎といった【聖位】の上位…を複数配置していたのですが、結果はこれだったのです。総代や鶴子はどうした!? という意見の方、ごもっともですが、その辺りもちゃんと理由があります。これは後々にでますので、それまでお待ちください。

 

 さて、次は三の社ですが……一体誰なんでしょう。お楽しみにお待ちください。

 

 それでは、次回もまたよろしければ読んでやってください。ケインでした。

 

 追記……次回は聖痕編か本編か、どちらかにしようと思います。感想をくださる皆様、ご要望があれば感想の最後にでも書いてください、出来る限り要望に応えますので。では…………

 

 改訂……白虎は金・属性―――――というご指摘を受け、放った奥義を聖位の秘奥義から仙位の決戦奥義に変更しました。
 白虎云々もそうですが、聖位はその属性のみでしか顕現・創造できません。ですから、本来なら木属性である風術師・和麻には有利ですが、『火〈生〉土』の相生の法則に従い、土氣を使ったという事です。

 気を付けるつもりですが、これ以降もちょくちょくとポカミスをするかもしれません。ご指摘をお願いします。できれば優しく…凄い貶しと共に指摘する方も居ますから、かなり凹みますんで。では……

 

 

 

 

 

 

back | index | next