ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第二十四灯 「三の社―――――女と男の協奏曲」
「来たぞ!」
「何だと、一体どこからだ!?!」
はるかと瀬田が空間を跳んで現れた姿に、警備をしていた二十名ほどの人間達が瞬く間に騒然とし始める。
そんな連中に、はるかは頭痛がすると言わんばかりにこめかみに片手を当てて横に振る。
「何という体たらくだ。これが自分と同じ水術師かと思うと、情けなくなってくるな……」
「あははは、はるかと同じに考えるのはちょっと酷じゃないかな? それに、彼らも色々と歓迎の準備をしていたみたいだし」
苦笑気味にそう言う瀬田。彼の地術師としての感覚が、周囲に設置された呪的な罠を幾つも感じ取っていた。
結果は、それすらも跳び越えて現れたのだが……仮に歩いてきたとしても、百戦錬磨の瀬田とはるかの前には通用などしない。
「ふん……実戦経験の有無が此処まで影響するとはな。態度のでかさは一人前、実力の程は半人前か」
「何だと!!」
はるかの侮蔑の言葉に、警護の者―――――全て浦島の術者―――――の一人が顔を真っ赤にして激昂する。いや、この男だけではない。年齢性別に関わらず、その場にいる全員が憤っていた。
その時、一番最初に怒鳴ってきた男を見ていたはるかは、何かを思いだしたような顔になった後、すぐに嘲るような笑みとなった。
「なんだ、何処かで見たことのある顔だと思ったら、〈各務〉の御当主様じゃないか。それなりの家柄の御当主様が、屋敷じゃなくこんな所の警備だなんて、随分と左遷されたじゃないか」
「ぐっ……」
「まぁ、それも仕方がないか。路上なんかで素っ裸で…しかも野晒しにされてたら、流石に宗主の受けも悪いか」
「だ、黙れ!」
怒りだけではなく羞恥によって顔を更に真っ赤にして怒鳴り出す各務の当主。
ちなみに、今はるかが言ったことはかなり前に景太郎を行った『特殊召還』の一件だ。実は景太郎の座席となった男がこいつだったりする。
「貴様よりはるかにましだ、この反逆者めが!!」
「知ったことか。私が仕えているのは先代当主『浦島 ひなた』のみ」
「そうやって先代に取り入り、浦島の姓を授かったか。この成り上がりが」
「はっ! 文句があるなら実力で私を超えることだな。今のままじゃ、窓際サラリーマンの嘆きか負け犬の遠吠えにしか聞こえん」
「い、言わせておけば貴様ァ!!」
とうとう頭から湯気がでるか、頭の血管が切れるのではないかと思うほど憤った各務の当主は、怒りにまかせて水の精霊をかき集め、はるかに向かって高圧の水流を放った。
しかし、はるかはその場から動くことはおろか、服すら濡れることなくその場に佇んでいる。はるかが張った水の結界が水流を防いだのだ。
しかも、はるかが張った結界に使った水の精霊の量は各務の当主よりもかなり少ない。相当な意志力の差がなければ出来ない芸当だ。
「各務の当主ともあろう者がその程度か……それとも結界内だから私に通用するとでも勘違いしたか?」
くわえた煙草に火を点けながら、嘲るのではなく、何を考えているんだ? という感じに問いかけるはるか。確かに、結界内では水術師の力が飛躍的に強くなるが、それは同じ水術師であるはるかも一緒なのだ。共に力が強くなるのなら、元が強い方が勝つのが道理だ。
「よく見ていろ。水術とは……こういうものだ」
はるかの右手に集まった水が奔流となり、各務の当主達に向かって放たれる。
それは先程、各務の当主が放った水術と同じようなもの。その事に各務の当主以下、全員が失笑する―――――が、それが幾条にも別れ、水槍となったのを見て顔を強張らせ…そのまま胸に貫かれた。
「馬鹿が…油断こそ最大の隙だ。あの世に行っても憶えておけ」
「いや、それにはまだ早いようだよ、はるか」
「なんだと?」
瀬田の言葉に驚きを隠せないはるか。今の攻撃に確かな手応えを感じたのだ。いかに水に耐性があるとはいえ、『貫く』という意志を込め、高密度に収束させた水の槍は奴等を貫いたはず。
だが、目の前には倒れた分家の者達が立ち上がっていた。傷一つ付いていない…倒れたのも、当たった衝撃で倒れただけのようだ。
「ふふふ……随分と驚いているようだな。なぜ我らが怪我一つ無いか、気になるか?」
厭らしく勿体ぶる各務の当主に、はるかはこめかみに手を当てながら盛大に溜息を吐く。
「どうせ、神鳴流に命じて〈耐水呪〉を練り込んだ服でも作らせたんだろうが。ついでに、服に呪を込めた鋼糸でも編み込んでるんだろう。勿体ぶるほどのものでもないな。
むしろ、お前らに耐性があるとはいえ、今の攻撃に耐えるほどの服を作った神鳴流を賞賛するよ」
はるかの言葉に押し黙る各務の当主。はるかの言った事は全て図星なのだ。
各務の当主は何も言えず歯を食いしばった後、開き直ってはるかに指を突きつける。
「確かに貴様の言う通りだ。この服の効果でお前の水術を防いだ。だが、逆に言えば貴様の攻撃は我々には効かないと言うことだ。そして、いくら貴様とて総勢二十名の水術で―――――」
パパパパパパン!!
突如響き渡る爆竹のような破裂音。その音の発生源は……はるかの手に握られたリボルバー式の拳銃。はるかの抜き撃ちが、各務の当主の傍にいた六名の額に小さな穴を空けた。
絶命した六名が倒れる中、はるかはリボルバーをスライドさせ、空の薬莢を出すと新たに弾を込める。
はるかのくわえた煙草から立ち上る紫煙が、弔いの煙に見える。
「二十名? 十四名の間違いだろうが、耄碌したか?」
「き、貴様!! 水術師としてのプライドは無いのか!」
「無いな」
キッパリと断言するはるか。同時にまたもや引き金を引き、六発の弾丸を撃ち放つが、各務の当主達が張った水の結界に阻まれた。
「不意打ちならともかく、そんな拳銃如きで我らに勝つつもりか?」
「まさか……そこまで無謀じゃないさ」
「そういうこと」
はるかの言葉に同意する瀬田。各務の当主達はその言葉に訝しむ―――――事はなかった。その機会は、永久に奪われたのだ。自分達の足下から伸びた土の槍に、その命と共に………
はるかが連中を挑発し、注目を集めている間に瀬田が気付かれないように地の精霊と感応し、一気に術を発動させたのだ。同じ水術で勝負するよりもはるかに早く、効率的な方法だ。
はるかは三度銃に弾を込めながら、土の槍に貫かれ絶命した十四の死体に顔を顰める。
「さすがにえぐい。さっさと消せ」
「はいはい」
瀬田は刺し貫いた土の槍から地の精霊を死骸に流し込む。すると死体は瞬く間に石化し、砕け散った。そして、それと同様の事を先にはるかが銃で殺した六名にも行い、その場から死骸を無くす。
「さて……とっとと片づけるぞ」
「そうだね―――――って、言いたいところだけど、本命が来たよ」
「さすが地術師の〈瀬田 記康〉はん。うちらが居た事に気づいとったんどすな」
「だから地術師相手に気配を隠すだけじゃ駄目だって言ったんだよ、鶴子さん」
「過ぎた事はどうでもええやないどすか、彰人はん」
社の裏手から姿を現す二人組の男女。神鳴流の戦士〈青山 鶴子〉と〈青山 彰人〉の夫婦だ。
〈青山 鶴子〉は腰に五龍を差している。そして彰人の腰にも、五十㎝少々の棒が差してあった。鶴子の五龍は言わずとしれた《神霊器》。彰人もその位は『仙位』なので、持っている短混は《仙霊器》であることは間違いない。
「やっと出てきたか」
「ほう……その口振り。うちらが此処に居ると気付いとったようどすな、はるかはん」
「事前の調査で居ることは知っていた。だが、そんなところに隠れて居ることまでは気が付かなかった。てっきり、分家の連中に追い返されたのかと思ったがな」
「よくわかりましたね。『貴様たち神鳴流の力など要らぬ、帰れ帰れ』なんて言われまして。一応、浦島の命令に従うのが規則だから、他のみんなには隣の社に行ってもらったけど、念のために僕達が残ったって訳なんです」
ワイルドな服装に反し、苦笑しながら説明する彰人。
ちなみに、その隣の社に行った仲間達だが、数十分後に瀕死の伊舎那たち六名を助けるべく奔走する事になるとは、さすがの彰人も夢にも思ってなかった。
「馬鹿な奴等だ、此処に来たのが景太郎や〈八神 和麻〉だったら、認識する前に瞬殺されてたぞ」
「まぁ、あんたはん達が来ることがわかっとって、此処に居座わっとったんどすけどな」
「ほぅ? そうか、〈占い〉か」
「その通り。五つの中で一番敵が弱いこの場をうちらが死守する。そういう手はずどす」
「ほほぅ、一番弱いとはな……否定はせんが、良くもまぁ本人達の前で言ってくれるな」
「事実どすからな」
しれっと言う鶴子に、はるかは不快そうな顔をして吸いきった煙草を地面に吐き捨てる。
「それでは、仕事はちゃっちゃとすませましょか」
「そういうなら最初から出てこい。まとめて片づけてやったのに」
「時と場合によりますけど、うちは戦いに余計な邪魔は欲しゅうありまへん」
「だから、分家の連中が死ぬまで黙って見ていた…か。相変わらず性格がねじ曲がった奴だ」
「ほほほほほ、性格云々ではるかはんに非難されるんは心外どすな」
「………それはどういう意味だ?」
「どうもこうも、そのまんまの意味どす」
静かに会話を続ける二人。その会話のやりとりが繰り返される度に両者の顔が笑顔になり、反面、目は射殺さんばかりに強烈な視線を相手に叩きつけていた。
「私の方が性格が悪いだと? 言ってくれるじゃないか。なら、中学二年の時の事はどう説明するつもりだ?
試合に出てくれと剣道部の奴等に頼まれ、土下座したら出てやると言って土下座させ、あまつさえ対戦相手を全て叩きのめして没収試合、その後もお礼参りに来た連中を全部病院送りにしやがって……」
「あれは冗談で言ったら相手が真に受けただけどす。それに、あれは叩きのめしたんやのうてちょっと撫でただけ。そしたら逆恨みして放課後呼び出されまして……大学生やら高校生やら仰山連れてきはりまして。あれはか弱い女生徒の自衛行為どす」
「はっ! 何が“か弱い”だ。阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出しやがって。大半が、以前からお前に恨みを持ってたそうだぞ。声を掛けただけで半殺しにされたとかな。あの後、事件のもみ消しに私がどれだけ苦労したことか……」
言っている内に当時の苦労でも思い出したのか、恨みがましい目で鶴子を睨むはるか。どうやらこの二人、幼なじみらしい。まぁ、家の関係を考えればそう不思議な話でもないが……
それはともかく、そんなはるかに向かって、鶴子は優雅に口に右手を当てると、流し目で見返す。
「うちの事ばかり悪いように言うのはいけまへんえ。そういうはるかはんこそ、中学三年の頃、クラスの担任・当時三十二才を裸に剥いて学校の屋上から吊しはったやないどすか。しかも〈亀甲縛り〉やなんて『まにあっく』な縛り方で……あの時、うちは本気で友達の縁を切ろうか思いましたえ」
「ば、馬鹿! あれは浦島の技の一つだ。それに、アレは女生徒の弱みを握って猥褻行為に及んでいたから、少々あいつを懲らしめてやっただけだ。大体、嬉々としてヤツを吊し上げたのはお前だろうが。立派な共犯者のくせに何を言う」
「はて……『社会的抹殺』とかなんとか言うて、裸に剥いたんは首謀者はんやったと記憶しとるんやけどなぁ」
人のこと言えた義理か? という感じの鶴子のすました笑みにうっと唸るはるか。だが、すぐに気を取り直して―――――
「なんだと、ならあれは……………」
「そうやったら、あの時の………………」
お互いの過去の暴露―――――というより、罵り合いに突入した。
幼なじみという二人の間に割って入れない男連中は、それぞれの相棒の過去の悪行? に何とも言えない顔をした後、お互い見つめ合い、
(苦労してますね?)
(いやいや、そちらほどでは……)
と、視線で語り合っていた。同じ境遇の者同士というか何というか……なにやら友情が芽生えたようだ。
一方、女性二人の罵り合いはピークが過ぎたのか徐々に熱が下がり―――――
「ええい、言い合っても埒があかん。そもそも、私達はこんなくだらない事をしに来たんじゃない!」
「そうどしたな」
話を打ち切っていた。やっと本来の目的を思いだしてくれたそれぞれの相棒に、瀬田と彰人は深々と安堵の溜息をこっそりと洩らした……
「いくぞ瀬田! もたもたしてたら蹴り飛ばすぞ」
「いきますえ、彰人はん。へましたら後で折檻どすえ」
それぞれの相方の言葉に、男二人は………
「「はいはい、仰せのままに……」」
背負った哀愁と共に、見事に言葉が合致した。
「先手―――――貰いますえ。 秘剣 〈百花繚乱〉」
抜刀と共に振るわれた刃から花吹雪が放たれ、はるか達に向かって吹き荒れる。
その花吹雪にはるか達はそれぞれの精霊を使って防ごうとした矢先、花吹雪の進路上に彰人が躍り出た。
「ちょっとごめんね」
腰に差してある棒を引き抜き、一振りする。するとその棒は一瞬で槍へと変化した。刃の部分が十字になっている槍、十文字槍だ。
「共に舞おう〈銀翼〉―――――火包炎舞」
槍を一回転させ、虚空に紅い燐光―――――火氣を散らす彰人。その火氣と木氣の花吹雪が混じり合い、花吹雪は紅い花弁の乱舞へと化す。
『応技 桜火乱舞』
相生を以て威力を増した紅い花吹雪が怒濤の勢いで二人を襲う。
「これはこれは。いきなり派手だね~」
地面に右手を叩きつけるように当てる瀬田。すると眼前の大地から分厚い岩の壁が迫り出す。優れた地術師が作り出したその岩の壁は鋼以上の強度を有している。
その岩壁と紅い花吹雪が衝突―――――紅い花弁が無惨にも砕け散った。
「退けっ!」
突如叫ぶはるかの声に、瀬田の頭が考えるよりも先に直感が身体を突き動かす。直後―――――
「応技 斬岩剣」
鶴子の涼やかな声と共に岩の壁が真っ二つとなる。砕けて空に散った火氣を利用して土氣の技を強化、鋼鉄にも匹敵する岩を容易く斬り裂いたのだ。
はるかの言葉がなければ、瀬田は岩壁と同じ運命を辿っていただろう。
「おやおや…ならこれは?」
―――――パチンッ!
瀬田が指を鳴らすと同時に真っ二つになった岩壁が爆発したように四散し、大小さまざまな破片が鶴子に向かい高速で飛来する。次いで、はるかも拳銃の引き金を引き、六発の弾丸を撃ち放つ。
―――――が、その間にまたも彰人が割り込む。
「させないよ―――――応技 守護鋼陣」
彰人が大地に槍を突き刺すと、その大地から金色の光の壁…金氣の障壁が発生する。そして、虚空に残る斬岩剣の残滓が障壁に吸収され、相生によって強化、飛来する岩と鉛の弾丸を遮断する。
「瀬田、一斉攻撃だ」
「了解」
限界近くまで精霊を集めるはるかと瀬田。
そんな二人に鶴子はフッと笑うと、水氣を纏わせた刀を上段に構え……振り下ろす!
「応技―――――滝牙剣・弐ノ太刀」
振るわれた刀の軌跡に沿って放たれる強力な水氣の刃。その水氣の刃が金氣の障壁に触れた瞬間、二つが融合し、金色の障壁が一瞬で蒼に染まった。そして―――――
「―――――散れ」
蒼い障壁から無数の刃が打ち出され、はるかと瀬田に向かって襲いかかる。
四連続で相生、昇華された水氣の刃群―――――しかも最後は鶴子の『弐の太刀』。分散したとはいえ、度重なる相生で強化された水氣は強力、一つでも当たれば人の身体など容易く砕け散る。
「クソッ!」
はるかは舌打ちすると集めた水を使い、かなり前方に水の結界を形成して無数の水氣の刃を防ぐ。
威力もさることながら、その数の多さに迎撃は無理と判断し、防御に専念したのだ。
結界内で力が上がっているためか、それともはるかの底力か、全員の予想を超えて水の結界が水氣の刃を防ぎ続ける。
「随分とがんばりますなぁ。でも、それも………」
水氣の刃に圧され始める水の結界。一つ防ぐ度に結界が振動し、それが徐々に大きくなり―――――
「時間の問題」
―――――半分以上を過ぎたところで水の結界が破られた。
だが、その瞬間、地中から岩の壁が複数迫り上がり、何枚か砕かれながらも何とか攻撃を防ぎきった。
「ほほぅ、随分と前に結界を張ると思うたら……瀬田はんの防御まで計算に入れてたとは」
瀬田とはるかが申し合わせた様子はない。はるかがやったことを、瀬田が理解し防御の準備をしていないとこうも完璧には防がれてはいなかっただろう。
ついで、この攻撃も―――――
「鶴子さん!」
「ええ、わかっとりますえ」
岩壁の向こうから大きな力を感じて身構える二人。同時に、岩壁を迂回し、左右から飛んできた見えない何かが二人に襲いかかった。
いや、見えないわけではない。正面からでは見えにくいだけだ。一ミリにも満たない厚さの水の円盤が高速回転しながら二人に飛来しているのだ。
「ふぅぅ………かぁっ!!」
土氣を収束させた刃と裂帛の気合いを以て水の円盤を全て斬り飛ばす鶴子。その術をよく知っている鶴子には容易いことだ。
「〈月水刃〉懐かしい技どすな―――――はるかはん!」
岩壁の上を見上げる鶴子。そこには何時の間に登ったのかはるかが居り、鶴子達に向かって飛び降りた。
「喰らえ!!」
右手を天に掲げるはるか。その手の先で水が渦巻き、瞬く間に数十もの水の槍を形成される。そしてはるかが右手を突き出すと同時に水槍が鶴子達に向かって高速で飛翔する。
ついで、瀬田が岩壁に拳を叩きつける同時に、岩壁の一部から複数の突起が迫り上がり、それもまた鶴子達に向かって撃ち出された。
上空からの水槍、真正面からの岩槍。共に速い上に数が多く、彰人はともかく水の円盤を迎撃したばかりの鶴子が回避できるタイミングではなかった。
だが、鶴子は刀を振りぬいた状態から逆手に持ち替えて刀に金氣を通わせ、彰人は地に刺さったままの槍を握り、土氣を通わせる。
「行きますえ?」
「いつでも―――――」
鶴子は逆手に持った五龍を振り下ろし―――――地面を斬りつける。
『応技―――――地刃金轟!!』
鶴子は一瞬の溜めの後、勢いよく斬り上げる。同時に大地から金氣の奔流が噴き上がり、水と岩の槍を一掃して消し飛ばす!
彰人の用意した地面の土氣の塊に向かって鶴子が金氣の刃を切り込み、相生によって爆発的に増幅した金氣を噴き上がらせて迎撃したのだ。
「いやはや……危なかった。息も吐かせぬ連続攻撃に、鶴子さんに向かって自ら躍り出て注意を引くなんて、僕なら怖くてできないよ」
「巫山戯ていろ。貴様こそ、この鶴子に合わせて五行相生を自在に行うなんてな……良くもまあこの滅茶苦茶な女にそこまで合わせられるものだ、感心したぞ」
両者ともお互いの行為を賞賛する。特にはるかは、鶴子の動きに完璧なタイミングでサポートする彰人に心底賞賛していた。
とにかく、鶴子は速いのだ。動きも、剣も、属性の切り替えも。『神位』を除く最高位『聖位』でも彰人ほどサポートできる者はいない。
『理に沿う者』 ―――――陰陽五行・相生相剋の理を相手に合わせて自在に操る彼の二つ名は、伊達でも洒落でもないという証明でもあった。
「うんうん、まさに夫婦の愛の力があってこそ成せる行為だね。よし、はるか。僕達も愛の力で―――――ひでぶっ!?」
いらないことを言ってはるかの裏拳を顔面に受ける瀬田。氣も上乗せされた一撃に、普通なら有に長期入院確実なのだが……
「あ痛たたた……いきなりは酷いな、はるか」
さすが地術師。鼻先を赤く腫らし、少量の鼻血だけですんでいる。もっとも、これもほんの数秒で治るのだろうが……本当にタフである。
「馬鹿な事を言って現実から目を背けるな。気持ちは解るが……これからが正念場だぞ」
「僕は全部本気で言ってるんだけど……まぁ確かに、ちょっとばかり不利だよね」
苦笑気味にそう言う瀬田。だが実際には『ちょっとばかり』というレベルではない。今までと同じ調子で戦いを続ければ、そう遠くない内に“厄介”が“絶体絶命”に変わるのは誰の目から見ても明らかだ。
「解っていたつもりだが…やはりこの二人の相手は無茶だったか」
「遠距離攻撃は完全に防がれ、接近戦は相手の方が得意だもんね……正直、八方塞がりだよ」
瀬田もはるかも武術の腕前は達人級。その実力は裏の世界でも十分に通用するレベルだが、いかんせん鶴子に通用するほどではない。彰人と戦っても一対一では敗北確実。
「クソッ…後一人居れば、一人一殺の覚悟で最低でも社を破壊できるのに」
「それは怖いどすなぁ…ほな、念には念を入れさせて貰いましょか」
「なにっ!?」
はるかの驚く声をよそに、鶴子は左手に符を持ち、右手の指先に氣の光を灯し、空中に五芒星を描く。
「大空を飛翔せし存在 我が勅命により 勇壮なるその身を顕せ降臨せよ 〈疾風〉!!」
空中の五芒星より吐き出される風と共に大きな体躯の一匹の鳥が現れる。
その姿は鷹などの猛禽類とは違う、孔雀のような優雅な姿を持つ鳥だ。
「青山家の式神〈疾風〉か! しまった、それを忘れていた」
「これで三対二……遺言はあります? 辞世の句を書くぐらいは待ってあげますえ」
にっこりと微笑みながらそう言う鶴子に、瀬田とはるかは半ば本気で辞世の句を考えてしまう。
元々、力の差は歴然としていたのだ。宗家に匹敵する鶴子に、その力を十二分に発揮させる様にサポートする彰人。この二人が相手の時点で、強いとはいえ分家レベルであるはるか達に勝ち目など無かった。
はるか達は社を破壊したらさっさと逃げるつもりであったが、それすらもさせてくれないだろう。この点は、はるか達の認識が甘かったと言わざるをえない。
今は、なぜか鶴子が全力を出さず、自分達と互角の戦いを繰り広げている。そこを突いて一気に鶴子達を突破しようとしたが、それも尽く失敗。力を〈仙位〉並にセーブしつつも、卓越した技術とコンビネーションがはるかと瀬田を圧している。
唯一の希望は、他の社に行った者達が援軍として駆けつけてくれることだが…鶴子達に疾風まで加わった以上、それまで持ちこたえる事自体が難しくなっていた。
「絶体絶命……か。こんな時は、童話だと白馬の王子が助けてくれるものなんだがな」
「はるかにしては、随分と可愛らしいことを言うね?」
「ほっとけ。それぐらい助けが欲しいって言ってるんだ」
珍しい…ひなた荘の住民には絶対に聞かせない弱音を吐くはるか。そして瀬田はそれを聞き、はるかを絶対に死なせない覚悟をする。
《やれやれ、主の予想した通りの展開となったか》
この場にいる全員の頭に直接響く声。空気を震わせる“音”ではなく“思念”の言葉。
その聞き覚えのある声の主をはるかと瀬田が思いつくと同時に、はるかの足下―――――その影が揺らぎ、そこから一頭の馬が飛び出した。
白い毛並みを持ちし、清廉なる気配を纏う聖馬―――――景太郎の『四匹の使い魔』の内が一つ〈フレイ〉だ。
「お前は景太郎の………なぜ此処にいる」
《知れたこと。私が主の傍を離れるのは、主の命がある時のみ……ずっと貴様の影に潜んでおったわ。この様な事態を予測した主に命じられてな。そうでなければこの場になぞ居らぬわ》
はるかの傍に立ちながらも、一切はるか達の方を向こうともしないフレイ。今の言葉が嘘偽りではないと言わんばかりの態度だ。
「まぁ何にしても心強い援軍だよ。これで、数の上では互角になったしね」
予想だにしていなかった援軍に微笑む瀬田。頼もしい味方にかなり元気づけられた様子だ。
《お前達、甚だ不本意だが私の背に乗れ。一気のこの場を離脱する》
「ッ! ………解った」
何かを言いかけたはるかだが、すぐに言葉を飲み込む。このまま戦っても負けるのは目に見えているからだ。フレイが参戦しても、敗北までの時間が伸びたに過ぎない。
「じゃ、まずは僕が……」
フレイの背に跳び乗る瀬田。そしてはるかに向かって手を差し伸べる。
「さぁはるか。『白馬の王子様』が助けに来たよ」
《振り落として良いか? コヤツを乗せておくのは我慢ならん》
「ついでに踏み潰してくれ。その方がいっそ清々する」
「嘘です、御免なさい」
フレイとはるかの言葉に本気を感じたのか、すぐさま平謝りする瀬田。どう考えても瀬田が全面的に悪い。状況的にも、はるかの心情的にも……
そしてはるかは瀬田の手を借りずにフレイに乗る。それと同時に、二人を含めたフレイの周囲に無色透明の結界が形成される。
一見して『強力』と解るほどの結界だ。フレイを中心とした一定の空間内が、もはや別世界に思えるほどだ。
「なるほど、さすが景太郎はんの使い魔。大した結界どすな。で? そのまま二人を乗せてこの場から逃げるおつもりどすか?」
《左様―――――だが、ただでは逃げん。土産を貰うぞ!》
馬の身でありながら後方へと跳び下がるフレイ。そして前足を上げて大きく嘶く。
その時、フレイの周囲の白銀の粒子が発生し、その身体の中に収束する。
―――――瞬間、白銀の炎に包まれるフレイ。だがそれもすぐに散り、中から炎の化身と化したフレイの姿が現れた。
白銀の炎の鬣を持ち、頭部に一本の角を有した聖獣―――――一角獣となった姿を!!
「はは、もう言葉もないよ……」
背に乗る瀬田が顔を引きつらせ上がらそう曰う。いきなり炎に包まれたこともそうだが、白馬が一角獣に変わった事にだ。はるかも同じで、フレイの角を驚愕の眼差しで見つめていた。
《死にたくなければその場から退くがよい!!》
宣告と共に地を駆けるフレイ。そして身体より発せられた白銀の炎が結界と融合し、白銀の光球となる。
宗家に準ずる炎と融合した結界による体当たり―――――その破壊力は下手な宗家の攻撃を超えている事は想像に難くない。
「だってさ。どうする?」
「それはもちろん……死にとうはありまへんから避けますえ」
「だろうね」
鶴子の言葉に同意しつつ、両者と一匹はその場から離脱する。その直後、たった数歩で最高速に至ったフレイが閃光となって地を駆ける。
「でも、責任問題があるから邪魔はさせてもらうよ―――――奥義 極鋼壁!!」
彰人の投げた槍がフレイの進路上の地面に刺さり、金氣の障壁を形成する。
だが、フレイはそれを意にも介さず突破、次いで社自身に施された防御結界をも容易く貫く。そして社に直撃すると共に炎を解放、社を土台ごと消滅させ、そのまま真っ直ぐ駆けていった。
《このまま敵の本拠地に赴き、主と合流する。異論はないな》
確認と言うよりはただの説明といった感じのフレイの言葉に、はるかと瀬田は頷くしかなかった。
その遠ざかる姿を鶴子と彰人は何もせず見送った。
「疾風」
疾風の名を呼ぶ鶴子。すると疾風は一鳴きすると体のサイズを三回りほど小さくし、鶴子の肩に止まった。それでも並の鳥よりもやや大きいのだが、鶴子は重さも感じていない様に、肩に乗った疾風の頭を撫でる。
「鶴子さん。彼女達を行かせてよかったのかい?」
「はるかはん達だけなら、ただで行かせるわけにはいけまへん……けど、あれほど強力な霊獣が加わったとなるなら、『防げませんでした』と言い訳もつくでっしゃろ。何せ、彰人はんがわざわざ金の仙霊器〈銀翼〉を使って張った最高の防護壁すら、あない容易う突破したんやから。立派な理由になりますえ」
「なぜ全力を…『“五龍”を〈開封〉しなかったのか』と総代……というか、元老院に言われたら?」
「『使用許可が下りていない』と言えばいいでおまっしゃろ。一応、うちが進言したにも関わらず『必要は無い』の一点張りで無視したんどすから。それにこの場の責任者も『必要ない』と言って共同作戦を蹴ったんどすから。つべこべ言われる筋合いはありまへん」
「ま、そうだね。彼らの言葉もしっかり録音しているから、証拠には事欠かないしね」
懐からMDを取り出す彰人。その中には各務の当主が神鳴流との共同作戦を拒否し、追い出したときの会話を録音されていた。
「さすが彰人はん、抜け目がないどすな」
「まぁね。長年、鶴子さんと一緒にいるとこれぐらいは……ね」
「それでこそ、うちが選んだお人や」
「お褒めに預かり光栄で御座います。〈神鳴流の剣姫〉殿」
わざとらしく恭しくお辞儀する彰人に、鶴子は軽やかに笑う。そして彰人もそれにつられ、二人は暫しの間、楽しそうに笑った。
それは、社を護る任務を失敗した者の顔ではない。
二人に一体どのような思惑があるのか………それは、今は誰にも解らなかった。
―――――二十五灯に続く―――――
【あとがき】
どうも、ケインです。
今回は…はるかと瀬田の話でした。お相手は鶴子と彰人の最強夫婦……結果は敗北ですが、フレイの助力で社はなんとか破壊しました。
まぁ、試合に負けて勝負に勝ったと言うところでしょうか。最初のかませ犬的な分家で終わりと思った人、そこまで甘くないです。
本来なら、此処は景太郎か和麻が受けるべきなんでしょうが…本人が志願したんです。相手を良く知っているからなんとか出し抜ける、といって。それと、疑惑を受けているから、身の潔白を晴らすためにも一番難しい場所を受けたんです。
甘い見通しですが……景太郎も使い魔を付けたり、万が一には和麻にサポートを頼んでいたりしていたので、一応了承したんです。後のはサポートする前に終わりましたけど。
さて……残るは景太郎となつみ。次は―――――なつみで、最後に景太郎です。此処まで来れば、もう隠す必要もありませんし。
なつみの相手も、一筋縄でいく相手ではありません。かなり強い相手です。相手は占いでなつみと知っていますからね……浦島宗家の恐ろしさを知る故に、強力な対処をすることは必然でしょう。
それでは、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした……