白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第二十五灯  「二のやしろ―――――深遠なる水の聖女……その決意」

 

 

 

 二の社―――――其処を担当したむつみが、警護している何十人もの神鳴流戦士達の前に現れる。

 彼らからしてみれば、むつみが何の前触れもなく現れたのだが、数人ほど動揺した様子を見せるだけで殆どの者が慌てることなく…少なくとも外見上は…むつみに向かって身構える。
 時同じくして、はるかと瀬田が三の社に現れたのだが、その対処の速さに雲泥の差がある。この辺りが経験と鍛錬の違いなのだろう。

 そのような中、二十歳そこそこの青年と二人の女性が前に進み出、身構えている戦士達を手をかざして数歩下がらせる。
 殆どの者が青年より年輩……中には歴戦の勇士然とした趣のある者さえいるのに、青年達の行動に何一つ言わず従っている。

 その青年だが、背には大きな二本の刀が交差して背負われている。その傍…青年の両脇を固める女性は双子なのか、顔立ちはまったく同じ。だが、それぞれ身に纏う武器と髪型で容易に見分けがつく。
 右側は青い柄に金の装飾をされた薙刀を持った長髪。反対側は手の甲から肘までを覆う、白い表面に青く装飾された手甲を装備した、後ろ髪を肩ほどに、こめかみの辺りだけ胸元まで伸ばした髪型……という風に。

 この三人……むつみは知る由もないが、去年のクリスマス・イブの日、浦島の分家の一つ〈森家〉の暴走の際の処罰に赴いた鶴子に付いていた者達だった。

 

「お久しぶりですね〈皇夜〉さん。それに〈冥夜〉さんに〈七夜〉さん」

「むつみ様……」

「〈五月〉家の三兄妹が先陣を切りますか?」

 

 顔をほころばせ笑いかけるむつみに、皇夜と呼ばれた男が辛そうな顔を…そして、冥夜と呼ばれた長髪の女性と、七夜と呼ばれた短髪の女性は悲しげな瞳となり、むつみに対して膝を折って頭を垂れる。

 

「止めて下さい。あなた方が『敵』である私に対して頭を下げてはなりません」

「そのお心遣い、感謝いたします。ですがむつみ様、どうかお願いいたします。このまま投降して下さい。今ならまだ間に合います」

 

 頭を下げたまま、強くそう進言する皇夜。脅しとかそういった類ではない、純粋にむつみを心配しての言葉だというのがありありと解る。だが、むつみが首を振ったのは『横』だった。

 

「それはできません。私は自分の意志で乙姫家を…ひいては浦島から離反したのです。今更どのような顔をしてもどれというのですか?」

 

 少し困った顔をするむつみ。まさか、この状況においても裏切り者である自分に投降を呼びかけるとは思ってもいなかった。

 

「その乙姫家は、今、むつみ様の離反によって危機に立たされております。このままであれば、乙姫家のお取り潰しを宗主も仄めかしております。ですから、むつみ様がお戻りになられ、釈明をすればそれは避けられましょう。それに、最悪の出来事も回避できます。なにとぞ……なにとぞお願いいたします」

 

 それでもなお、むつみの説得を試みる皇夜。その必至の態度は決して嘘ではなく、真剣に案じていることが解る。

 彼の言う最悪の結果とは、なつみとむつみ…親子同士の対決のことを指しているのだろう。その可能性が低いことを皇夜は理解しつつも、必至に投降を呼びかける。万が一、その様な事になってはならぬと心配して。

 だが……それでも、むつみの瞳から決意の光は揺るぐことなく、首が縦に振られることはなかった。

 

「それでも………それでも私は退けないのです。私は私の心のまま、素直に生きます。それに、私の行いをお母様はお怒りになられていましたか?」

 

 むつみの厳しくも優しい笑顔に、皇夜は一瞬目を奪われるが、それを誤魔化すように首を横に振って頭を下げた。

 

「いいえ、なつみ様は笑っておられました。そして『「あなたの思う通りにしなさい」』と!?」

 

 むつみと自分の言葉が綺麗に重なったことに皇夜は驚き、むつみは微笑んだ。

 

「そう言ったのでしょ?」

「………はい」

 

 再度、頭を下げて肯定する皇夜。同時に、むつみの説得が不可能であることを、否応なく悟った。

 

 炎の性は『烈火』―――――激甚たる嚇怒を持ち、それを制御できるだけの強靱な自制心を持った者こそが、精霊と強く同調シンクロでき、一流の炎術師となれる資格を持つことができる。冷静で温和、そんな温い人間に炎の精霊はその力を全て委ねようとはしない。

 対し、水は「曇り無き心の鏡」もしくは「穏やかで静か」という印象を持たれがちだが、決してそうではない。それはあくまで一面……水は、波一つ無い鏡面の如き静謐な時もあれば、如何なる存在をもその力で押し流す怒濤の大波となることもある。
 それは人の心も同じ事―――――時に優しく、時に怒りを持って行動することがある。

 〈己の心を偽ることなく受け入れ、水のようにあるがままに・・・・・・生きる〉

 その真に強き心を持つ者こそ、水の精霊と深く同調シンクロする事ができる。

 今、むつみは生まれ持った力だけではなく、全てにおいて一流の水術師としての階段を上り始めたのだ。

 

 長年浦島に仕え、宗家を…真に力ある宗家の者達を何度も目の当たりにしてきた兄妹は、むつみが真に目覚め始めていることを感じていた。

 

「むつみ様のお心は変わらないのですね……」

 

 皇夜は辛そうに呟いた後、そっと目を伏せる。そして立ち上がり、再び開かれた眼は、強い戦士の光を宿してむつみを見据えた。

 

「ならば…神鳴流の一戦士として、敵を迎え撃つのみ。冥夜と七夜は俺と共に前線へと立て。他の者達は手筈通り陣形を組め!」

『はっ!!』

 

 鋭く周囲に響き渡る皇夜の声に、全ての者が返答、即座に動き始める。

 そして皇夜が背中の二本の刀を、冥夜も薙刀を、七夜も手甲をむつみに向かい構える。

 

「聖位【鳳凰】の皇夜―――――いざ、参る」

「同じく、聖位【青龍】の冥夜、参ります」

「右に…聖位【玄武】の七夜、参る」

 

「「「我ら〈殺鬼さつき〉の力、特と見よ!!」」」

 

 五月さつきの―――――否、殺鬼さつきの三兄妹が声を揃え、むつみへと迫る。

 それと同時に、むつみの周囲に直系一センチ未満の無数の水滴が発生、向かってくる三人に飛翔し襲いかかる。
 一つ一つの密度はさほどではないが、フルオートのマシンガン以上に撃ち出される水の滴は、人間など発泡スチロールとさほど変わらず、一瞬でミンチにするだろう。

 しかし皇夜は走るスピードを緩めることなく、自分に当たりそうな水滴だけを二本の刀で弾く。後続の冥夜は薙刀を高速回転させて水の弾丸を防ぎながら前進し、その後を七夜が続く。

 

 三兄妹にまったく効かない状況でも、むつみはなおも続々と水の弾丸を放つ。だが、同時に自分の後方に別に水の槍を十数本ほど形成する。密度、量、共に水滴とは比べものにならない。さらにはその水槍はドリルの如く高速で回転し、貫通力を極限まで高めている。

 これでは水滴のように容易に弾くことはできまい。

 それでも三人は走りを止めない。まるで恐れを知らないかのように走り続ける。そしてそのまま、水槍の群は三人の身体を一切の停滞も見せずに貫いた―――――が、三人の姿は霞のように掻き消え、水槍はそのまま飛んで岩を貫き木を薙ぎ倒して飛んで行く。

 

(幻術…違う、残像!? ―――――上っ!)

 

 突如、後方…しかも頭上から感じた気配に、むつみは確かめることもなく直感だけで横に跳び退く。

 その直後、むつみの居た地面に七夜の拳が突き刺さる。そして七夜はそのまま拳に込めた氣を一気に解き放つ。

 

「捌ッ!!」

 

 爆発的に放出された氣により、土砂が巻き上げられ、土煙により一帯の視界を遮る。

 それに対し、むつみは土煙を払うよりも防御を優先し、自分の周囲を水の結界で、三百六十度、足下を含めた全てを覆い包む。
 それと同時に冥夜の青龍が土煙を切り裂いてむつみに襲いかかる。

 

「奥義 烈風斬!!」

 

 青龍の薙ぎ払いの一撃と結界が凄まじい金きり音を立てながらせめぎ合う。その金きり音に遠方にいた術者達の何人かが耳を押さえるが、むつみと冥夜は顔を少し顰めただけで力を緩めない。

 

「クッ(この程度ではやはり無理か)―――――兄様!

 

 奥義を継続する冥夜に、今度は逆方向から皇夜が疾風怒濤の勢いでむつみに突進、左の刀で結界に斬りかかる。そして―――――

 

「秘剣 双燕交刃そうえんこうは!!」

 

 間髪入れず、全体重を乗せた右の刀を先の左の刀の背に叩きつける。鉄壁を思わせていた水の結界だが、やはり咄嗟に張ったもの。聖位の渾身の奥義の挟撃には耐えきれず斬り裂かれる。

 

「行けっ!」

「承知―――――玄武・相生!」

 

 その結界の裂け目を狙い、皇夜の真後ろから続いていた七夜が跳び上がって姿を現せる。

 七夜は柏手を打つように合掌した後、両手を天に掲げ上げる。同時に、両手に集った木氣が聖霊器【玄武】の秘める水氣と相応を起こし、木氣を増幅する。
 そして膨れ上がった木氣は両の手より真っ直ぐに伸び、身の丈ほどある一本の巨大な剣の形となる。

 

「奥義 樹霊天刃じゅりょうてんじん!!」

 

 巨大な翠の刃がむつみを脳天めがけて振り下ろされる。まがりなりにも聖霊器の力を使い作られた木氣の刃、人どころか岩でさえも薄紙と変わらない。だが、

 

「薙ぎ払え!」

 

 破られた結界の水と、新たに呼び出された水が横薙ぎの奔流となり、翠の刃を砕き、さらには三人をも飲み込もうとしたが、三人はまたもや残像が残るほどの高速移動で水を回避した。

 先程、水槍を避けたこともそうだが、あれほどの高速移動を繰り返したというのに、三人は息一つ乱していない。むしろ、その程度は当然だといわんばかりの顔だ。
 それに対し、むつみは生まれて初めての命のやりとりころしあいに精神を摩耗させ、息を乱していたが、大きく深呼吸して高ぶる心と精神を落ち着かせる。

 

「………さすがは神鳴流でも青山家に並ぶ一族〈五月さつき家〉ですね。〈殺鬼さつき〉と呼ばれるその力、伊達でも誇張でもないと改めて理解しました」

 

 三人を様々な感情を秘めた目で見据えるむつみ。

 

 神鳴流という組織の中、戦士の一族において内外に誇る二つの家柄がある。それが〈青山〉と〈五月〉。

 〈青山〉は代々の研鑽の積み重ねと才能により、内的…生まれ持っての氣の許容量・練氣が優れている。そして、〈五月〉は青山とは違って外的…生まれ持って優れた身体能力を有する。
 両者はそれぞれ特徴が違うが、双方に通じているのはその能力が『桁違い』に凄まじいことだ。

 度重なる高速移動も、木氣の技『旋駆』や瞬動術…縮地法の類ではなく、氣の強化はあれど、ほぼ純粋な脚力だったのだ。

 

 五月の源流となった者は、霊具などを一切使わずその力だけで京に蔓延っていた数多の鬼を討ち取った。
 この鬼とは、妖魔ではなく日本の夜の一族『鬼属』なのだが、その力は世界でも有数である。その鬼を無手で倒すという行為は、英雄を通り越して畏怖の対象でしかない。
 ゆえに、鬼を殺すとかいて〈殺鬼さつき〉と呼ばれていた。
 大抵の者はそんなあざななど嫌がるものだが、鬼退治を行った者は剛胆に笑い、そのあざなをもじったものを自分の名字にしたらしい。

 青山と五月―――――意外に思うが、この両家に優劣はない。代々彼らはお互いを宿敵ともと認識し、切磋琢磨する間柄だった。
 神鳴流の歴史上、総代の中には五月の姓は何度もあり、それが、より強い戦士が上に立つと云うことを組織内に知らしめている。

 だから、この五月の三兄妹が鶴子や元舟を様付けで呼ぶことは何とも思っていない。むしろ、その強さに敬意をはらっている方だ。

 〈氣〉の青山、〈力〉の五月―――――神鳴流を知る者は、両家に敬意と畏怖を込め、そう呼んでいる。

 

 ………今のむつみと同じく。

 

「もったいない御言葉、ありがとうございます。むつみ様に褒められるなど、光栄の極みですわ。ねぇ七夜」

「ええ、そうね姉さん」

「しかし、手心を加えるつもりはありません」

 

 むつみの褒め言葉に誇らしげな顔となる三兄妹。だが、そこには慢心も油断もない、鋭い視線がずっとむつみを捉えたままだ。

 むつみ自身、これで彼らに隙ができると思ったわけではない。ただ、素直に賞賛したのと、息を整え精神を高める時間を稼ぎたかったのだ。
 三兄妹が思いのほか思惑に乗ってくれたことに安堵したむつみだが……それはすぐに間違いだと気が付いた。

 

 社の近くに展開した何十人もの術者達が、直系十センチ程度の珠を持った術者を中心に、複数人ずつ五つに分かれて五芒星を描くように立ち、一心に術式を組み立てていたのだ。
 さらには、前方に立った十人近くの術師がこれもまた必死に防御用の結界を展開している。むつみの攻撃が向いた際、一秒でも長く防ぐためだろう。

 当初、神鳴流は純粋な戦闘集団だったが、ここ数百年は『関西呪術協会』と連携し呪術者の育成にも力を入れており、神鳴流独自の霊具と相まってそのレベルは相当高い。結界もそうそう簡単には破られるものではない。

 とは言っても、むつみがその気になれば破ることなど容易い。だが、そんな事に気を割くという行為は〈殺鬼〉の三兄妹相手に決定的な隙となり、体術で劣る自分は一瞬で倒されてしまう可能性がかなり高い。
 確実性のない賭をするのは人好き好き…だが、むつみはそれを好まない。そもそも、あまりにむつみに分が悪すぎる。

 

 だからこそか……むつみが選んだ選択は、至極シンプルだった。曰く―――――

 

「行きます………」

 

 三人を倒した後、術者達を一掃するという考えだ。順番は間違ってないが、その選択は容易ではない。
 それはむつみも解っているのだろう。目を瞑り、精神を集中して今までとは比べものにならない量の水の精霊を自分の周囲の地中に召還する。

 三兄妹もむつみに力が集まっていることに気が付いたのだろう、三方に展開し、それぞれ別の方向からむつみに向かって疾走する。

 その三人とむつみの距離が後二メートルとなった―――――その時、

 

(今ッ!)

 

 むつみは精霊の力を顕現させ、間欠泉の如く水を高圧で吹き上げる。
 だが、皇夜達は直感で気が付くと直前で足を止めると後方へと跳んで回避する。まるで野生動物並の勘だ。

 しかし、むつみはそうなる事も計算していたのか、慌てることなく全ての精霊を顕現させ、水柱更に巨大化させる。そしてその水柱は途中で無数に枝分かれし、蠢き始める。
 その姿、まるで蛇が鎌首をもたげる仕草にも似ている…いや、そのものだ。

 

九十九つくもなる蛇!!」

 

 九十九の頭部を持つ蛇…数に意味があるのかはむつみしか知らないが、その数と一頭一頭に込められた力は驚異の一言に尽きる。

 おそらく、これ以上別に水を制御することはできないだろう。全ての力を込めていることが解る。

 皇夜は次々に襲いかかる蛇の首を避け、隙を見て蛇の首を両断するが―――――

 

「奥義 斬岩剣―――――なにっ!」

 

 切断した途端、圧縮された水が解放されて皇夜を弾き飛ばす。体勢を崩した皇夜に蛇が襲いかかるが、冥夜と七夜が軌道を逸らし、皇夜を護る。

 さらには、首の半ばで斬られた蛇は水を再度取り込み、僅かな時間で元の姿へと戻る。

 

「ならば、これではどうだ―――――斬魔剣!」

 

 魔を断ち斬る技で蛇の首を両断する皇夜。今度は素早く離脱し、解放された水に巻き込まれることはない。

 思惑通り、首を切断された蛇は再生しない……が、今度は斬られた部位から盛り上がり、やはり元へと戻る。

 精霊獣の類なら有効な手だが、これはあくまでむつみの水術。術式を組み込んで操作しているわけではない、全てむつみの意思だ。たとえ形成している意思を分断したとしても、むつみがいる限り再生する。断ち切られた水を取り込み、何度でも。

 

(無数に枝分かれしているためか、一つ一つは力が弱い……だが、やはり形無き水を相手にするは至難か。大元を断つか、形成する水そのものを消滅させるか…どちらか行わぬ限り、我らには勝ち目はない。素晴らしくも強大な水のわざ。さすがむつみ様、宗家の血を強く引く御方だ)

 

 むつみは生まれつき病弱であった。ゆえに、これまで戦闘らしき戦闘を行ったことはなく、戦闘経験は皆無と言っても差し支えはない。あえて言えば、幼き頃にひなたに仕込まれた棒術と水術の訓練、それとちょっとした弱小妖魔の小競り合い程度。母であるなつみはもちろん、従姉妹の可奈子と比べても経験の差は天と地ほどの差があった。
 戦いにおいて、経験は強みであり武器となる。それが全く無い状態で、経験豊富な五月の三兄妹を追い込んでいることは、まさに称賛に値する。

 それと同時に、本来なら聖位十数人でやっと対抗できるかどうかと言われる【宗家】を相手に、たった三人で……経験はほぼ皆無だが、水術の強さなら宗家でも上位に入るむつみを相手に善戦しているこの兄妹もまた、称賛に値する強さだ。

 

「玄武・相生!」

 

 七夜は再び聖霊器【玄武】の力を使い、練り上げた木氣を増幅、凄まじい翠の閃光がその両手より迸る。

 

「秘拳 樹霊烈波じゅりょうれっぱ!」

 

 突き出した両の掌より指向性の木氣の衝撃波が放たれる。その衝撃波は迫り来る十匹の蛇に衝突、内の八匹を完全に消し飛ばす。しかし、残った二匹の水蛇がそのまま七夜に向かってその顎を広げ襲いかかる。

 だが、その直前―――――

 

「五行相剋―――――奥義 斬岩双!!

 

 七夜の後方より跳躍した皇夜が、二頭の水蛇の頭に土氣が漲る二刀剣【鳳凰】を叩きつける。

 烈光の輝きを放つ黒き氣が蛇の頭部を伝い、その身体を根本まで両断し消滅させた。

 

「お兄様!」

「見事な相生と練氣。だが、次の行動が遅い、もっと精進しろ!」

 

 そう言うや否やその場を跳び退く二人。直後、二人の居た所を四匹の水蛇が殺到して大地を穿つ。水の蛇はまだ八十九匹、そして時をおけば再び元の数へと戻る。安心するのも安堵するのもまだ早すぎる。

 その時―――――

 

「闇のねやを置き八万の獄卒を率いし獄帝【閻魔天ヤーマ】よ………」

 

 五芒星の陣の中心にいる珠を持ちし術師の詠唱が周囲に朗々と響いた。力の練り上げを終え、術の起動準備に入ったのだろう。術の完成まで後僅かと云うことだ。

 当然むつみもそれに気が付き、術者を攻撃しようと水蛇を向けるが―――――

 

「させぬ!!」
「「させませぬ!!」」

 

 意識が逸れた隙を狙い三人が襲いかかる。

 蛇の形を模しているとはいえ水蛇は自立型ではない、水術だ。当然、攻撃の矛先を変えれば意識も逸れる。その攻撃を切り替えた一瞬の隙を見事に突いた奇襲だ。

 

(しまった!!)

 

 絶対的な窮地に立たされるむつみ。 取れる手は二つ。皇夜達の奇襲を対処するか、それとも術者達を攻撃して術の完成を阻止するか。

 双方に力を割くことはできない。半分に力と注意を割けば、三兄妹はその驚異の身体能力で水蛇を避け、瞬く間に自分を倒すだろう。そして、術者の方は前衛の術者達が命懸けで展開している結界を破る程度で終わってしまい、おそらく本命までは届かないだろう。
 かといって、一方の集中すれば、待つのは三兄妹に倒されるか、術者の大規模魔術の餌食となるかの二つの未来しかない。
 仮に防御に徹したとしても、五月三兄妹の奥義と命を賭した大規模魔術の同時攻撃をしのぎきれる自信はむつみにはなかった。

 どの選択をしても、持てる手段を尽くしても、全て同じ『敗北』という名の結末に行き着く。

 

『開け彼の国の扉を、此の者をその裁きの庭へ!!』

 

 そうこうしている合間にも、術は完成へと近づいている。同時に、皇夜達も間合いを詰めながら各々の聖霊器と呼応し、今までより更に強力な奥義を繰り出すべく氣を極限まで高めつつあった。

 この状況を切り抜けられる策を……むつみは持ち合わせていない。

 

(どちらにせよ死ぬのであれば……せめて、景君の役に…………)

 

 精霊魔術師の最終手段…命を掛けた大規模召還を行う覚悟を決めるむつみ。宗家の力を持つむつみが行えば、この周囲一帯―――――数十キロ四方の広範囲が水に飲み込まれ、消滅するだろう。

 

(この周囲一帯を巻き込み、余剰の力を上に逃がせば、景君に迷惑は掛からない……)

「さよなら、景君……」

 

 目を瞑り、遠くにいる景太郎に別れを告げるむつみ。その時―――――

 

『ガァァァァァァッッッ!!』

 

 空間さえ揺るがすかと思われるほどの獣の咆哮と共に、むつみの足下の影から二メートルを優に超える巨大な白熊が出現する。

 突如現れた白き巨獣に皇夜達は驚きつつも、勢いを緩めることなく攻撃を繰り出す。

 しかし、熊が腕を一薙ぎさせ、放った衝撃波により不意を付かれ、後退を余儀なくされた。

 

《無茶する嬢ちゃんだな、旦那が心配するのも当然だぜ》

 

 空気を震わせぬ声がむつみの脳裏に響く。その思念の主は当然目の前の白い熊だろう。

 

「あなたは………」

《話は後だ。奴等の相手は俺に任せて、アレをさっさと片を付けろ!》

 

 いきなり現れた正体不明の存在に、むつみは疑念を感じずにはいられなかったが、今はあえてその言葉を信じ、意識を術者に―――――そしてその背後の社に向け、残る全ての蛇を放った。

 そうはさせじと皇夜達は三度みたびむつみに向かうが―――――

 

手前てめぇらの相手は俺だ! 遊び無しで最初はなっから全力で行くぞ!!》

 

 天に向かって吼える熊の周囲に白銀ぎんの粒子が現れ、瞬く間にその身に吸収される。

 そして輝く白銀の体躯を持つ炎の化身―――――〈白銀炎の狂熊バーサーカー〉へと変生した。

 

《おらぁっ!!》

 

 皇夜達に咆哮と共に熱波の衝撃波を放つ熊。皇夜達は集まって水氣の障壁を張ってなんとか防ぐが、その周囲の大地が紅く燃え上がり、一瞬で草木が蒸発する。

 

「熱波―――――炎だと!?」

《ぶっ飛べ!!》

 

 驚く皇夜達に腕を振るい、更に強烈な熱衝撃波を放つ熊。それをなんとか水氣の障壁で受け止める…が、熱は防いだが衝撃まで緩和できず、熊の言葉通りに遥か後方に吹き飛ばされた。

 

 

 一方、むつみは―――――

 

水蛇みずちよ、束ね集いて大蛇と成せ!」

 

 残っていた八十九の水蛇が次々に混じり合い、一匹の巨大な蛇となる。それと同時に―――――

 

『汝が者よ、科人とがびとに明哲なる裁きを下せ!!』

 

 術も完成する。五芒星のそれぞれの頂点にて術者達が練り上げた霊気が中央の術師に集い、手に持つ珠が煌々と眩い光を放ち、太極の模様を浮かび上がらせる。

 

『カァアアァァッ!!』

 

 術者の前方、虚空より顕れた闇の奔流がむつみに向かって襲いかかる。そして水の大蛇もその顎を大きく広げ、迫り来る闇の奔流を飲み込もうとする。

 破魔の力を秘めし巨大な水蛇は闇を飲み込み破壊せんとし、闇の奔流はその水蛇を内より突き破らんと更にその勢いを増す。

 

「くっ……ううっ!」

『ヌゥゥゥッ!!』

 

 むつみは限界まで更に水の精霊を呼び、術者達は更に力を注ぎ込み更なる闇を招く。

 

 お互いの力は拮抗し、一歩も譲らない――――― 一見しただけでは。その実、その拮抗は限りなく危ういものであった。

 むつみは五月三兄妹との戦いでかなり体力と精神を消耗している。今のむつみは、いつ発作が起きてもおかしくない状態なのだ。
 ただでさえ、長時間の精霊魔術の行使は病弱なむつみにとって命取り…景太郎の仲介により名医に診てもらいはしたが、容態を安定させただけで完治してはいない。むつみの病弱は短時間で治るようなものではない。

 

 そして……また、術者達もかなり危険な状況だった。浦島の宗家と匹敵するほどの霊気を練り上げ、術を行使しているのだ。命を糧に―――――全生命力を使い、強力な術を。

 そして術者達は、その力を更に高めるべく、五芒星の頂点にてそれぞれ五行(木・火・土・金・水)の霊気を練り、相生を使って霊気を循環して増幅している。その循環に限界などはない、あるとすればそれは行う人の限界……
 その限界を超え、霊気を練っている術者達は無理が祟り、身体の至る所から血を流している。そしてまた、それを制御している術者もまた、過ぎた霊気で飽和し、崩壊しかけていた。

 

 本来なら、いかに消耗し、更に持病持ちとは言え、宗家クラスのむつみに術者達がどう足掻こうと太刀打ち出来ようはずはない。
 だが術者達が持つ神鳴流が作り出した強力な霊器、術者達の鍛え抜かれた高い実力、その独特の術式、そして命を捨てる決死の覚悟が、一時とは言え宗家の匹敵する『力』を発揮した。

 

 その時―――――前衛で防御結界を形成していた数名の術者が結界を解き、残る力の全てを闇の奔流へと注ぎ込んだ。

 むつみの力や術者達の練り上げた霊気に比べ、その力は微々たるもの―――――しかし、拮抗を崩すには十分すぎた力だった。

 僅かに勢いを増した闇の奔流は大蛇の内で暴れ狂い、今にもその身体を破裂させんばかりに膨張した!!

 

 


 

 

「くっ―――――何なのこの獣は! こちらの攻撃が殆ど効かないなんて!!」

 

 振り下ろされた薙刀【青龍】の刃を防御しようともせず、平然とその白銀の体毛で受け止める狂熊に、冥夜が悔しそうに歯軋りする。

 聖位が…神鳴流でも上位に位置する者の氣を乗せた一撃が文字通り歯(刃)が立たないのだ。そのショックたるや、想像に難くない。

 

「ただの技ではあの獣を倒すことは敵わん! 二人とも、奥義を持って攻撃しろ!」

「「はいっ!」」

 

 皇夜の言葉に双子は頷き、強大な氣を己の武器に通わせる。

 

「奥義 水月破!!」

 

 冥夜は上段に構えた【青龍】を振り下ろし、青き氣刃を放つ。

 それを熊は右腕を一薙ぎし、打ち砕く。それに合わせ、熊の左側から―――――

 

「奥義 月閃蒼刃げっせんそうは!!」

 

 皇夜が水氣を込めた二刀剣【鳳凰】を唐竹に振るう。

 熊はその攻撃を今度は左腕を持ち上げ、二本同時に受け止める。

 

 ―――――そして準備は完成する!

 

「もらった!!」

 

 両腕を使い、先の二撃を防いだ為にがら空きとなった熊の懐に、七夜が両の拳に水氣を漲らせて肉迫する。

 

「玄武・共鳴―――――奥義 五煌千手ごこうせんじゅ・水!!」

 

 神速で繰り出される水氣を込めた拳の乱撃が、虚空に無数の蒼き軌跡を作りながら熊の胴体に叩き込まれる。

 

「―――――砕ッ!!」

 

 一秒間に百近くもの拳を叩き込み、止めと言わんばかりに強烈な震脚と共に右の拳を突き上げるように熊の腹部に叩き込む。

 震脚で得た運動エネルギーを余すことなく…どころか、身体のバネを使い増幅した打撃。さらには、拳に込めた水氣を浸透剄の要領で相手の体内に打ち込む。
 通常の人間なら、百回死んでもお釣りがあり、妖魔でも爆砕して消滅するほどの破壊力を秘めた一撃。

 

 ―――――だが、

 

《凄ぇな、おい……今のはかなり効いたぜ》

 

 科白とは裏腹に、熊は嬉しそうな口調で懐にいる七夜をその頭上から見下ろす。

 当人は効いたような口調だが、外見上はまったく効果があるようには見えないことにショックを受ける七夜だが、身体は反射的に後ろに跳び退き、熊と間合いを広げる。

 皇夜と冥夜もまた、七夜と共に後方に下がって間合いをあけた。

 

「こいつ、正真正銘の化け物か……」

 

 武器を構えつつ、冷や汗を流しつつ呟く皇夜。妹たちもまったく同じ気持ちだった。

 

《なに、タフさと戦闘力だけは仲間内でも一番なんでな。それでも、炎獣の状態じゃなきゃやばかっただろうぜ》

「貴様、一体何モノだ……むつみ様付きの霊獣は【海の眷属】である『仙亀』だ。貴様のような存在ものではない!」

 

《当たりめぇだ! 俺の名は〈アグニ〉、主人の名は〈神凪 景太郎〉だ!!》

「やはりか……」

 

 呻くように呟く皇夜。アグニが白い……否、白銀の炎を纏い、熱を使っていた時点で薄々と予想してはいたのだ。

 そんな、思わぬ敵に呻いている三人をよそに、アグニは別の方向を向いていた。その視線の先は……今にも闇の奔流に負けそうになっている水蛇と、必死に力を込めているむつみの姿があった。

 

《あんまり思わしくなさそうだな。ちっ…しょうがねぇ、派手に行くぜ!!》

 

 振り上げたアグニの右腕から白銀の炎が盛大に吹き上がり―――――その腕を術者達に向かって振り下ろされた。

 その腕より放たれた炎の波が右側にいた術者達を飲み込み、高熱と言うにも馬鹿らしい圧倒的な熱量が一瞬で人間を消滅させた。
 その消滅した術者は、前衛の結界要因と五芒星の一角―――――力の循環は近郊によって成り立っている。その一角が無くなればどうなるか……当然、術の力が激減すると言うことだ。

 術を維持する霊力の減少に伴い、闇の奔流の勢いは目に見えて衰え、圧していたはずの水の大蛇に飲み込まれ、破魔の力により消滅する。

 そして大蛇はそのまま勢いを持って社に一直線に向かいつつ、その巨大な顎を大きく広げる。

 もうその大蛇の進行を止める術者は居ない。残った術者は膨大な霊力を扱った負担、五芒星の循環を打ち破られた際の霊力の逆流に殆どの者が死に、生きていても瀕死で単に死んでいないという状況だった。

 もはや遮る存在モノもなく、むつみは生き残っている者達をあえて無視し、手を社に向かって翳す。

 

蛇咬じゃこうッ!」

 

 むつみの言葉と意思に従い、水の大蛇が社を護る最後の砦〈防護結界〉を破壊、そして社を土台ごと丸呑みし、その体に内包する。

 それと同時にむつみが広げていた手を握りしめた。

 

「圧壊ッ!!」

 

 大蛇を形成する膨大なまでの水が圧縮、その深海を超える凶悪な水圧を持って呑み込んだ社を粉々に粉砕する。
 その様は、卵を呑み込んだ蛇が体内で圧し潰す行為のように見え、見ている者に恐怖と悪寒をもたらした。

 

 この瞬間、この地にある社は結界器ごと消滅―――――むつみが目的を果たした。

 それは同時に、皇夜達〈神鳴流〉が任務を失敗した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

《………とまぁ、こんな感じで決着ケリはついたわけだが……まだるか?》

 

 脳裏に響く、揶揄するようなアグニの言葉。

 その言葉に、皇夜は戦意を欠片も喪失した様子も見せず、聖霊器【鳳凰】の刃を合わせ、十文字の構えをとり、ただ静かにアグニを見据える。

 

「是非もない………これより後は、どちらが強いかを決める、一介の戦士としての戦いだ」

 

 皇夜の言葉に呼応するかのように、冥夜と七夜もまたそれぞれの得物を構え、更に強く闘気をアグニに向ける。

 

《上等だぜ! おい嬢ちゃん、絶対に手ぇ出すんじゃねぇぞ……此奴等は、俺の獲物だ!!》

 

 アグニの言葉に立ち止まるむつみ。もはや戦う理由もないのに戦いをやめようとしない三人と一匹を止めようとしていたのだ。
 だが、アグニの言葉に立ち止まり、三人と一匹を改めて見たむつみは……制止を断念した。

 狂熊の獣気が、そして殺鬼三兄妹の放つ闘気は鈍るどころか更に強くなっているのを感じ、この戦いはもはや自分では止められない事を悟ったのだ。
 同時に、自分が割って入る隙間など欠片も無いことにも………

 

「最強の奥義をもちて貴様を倒す……行くぞ!」

「「応っ!!」」

 

 その宣言の元、三人は己が氣を極限まで練り始める。

 皇夜は金氣、冥夜は木氣、七夜は水氣―――――限界を超えた氣が身体より炎を発するが如く立ち昇り、己が持つ聖霊器と共鳴させる。

 

「我が聖甲に宿りし名のことわり。流動たる力を持ちて万物を打ち砕く獣王よ、顕れ出よ!!」

「我が聖刀に宿りし名のことわり。汝は木の力を秘めし青き獣王、華厳なる御身を我が前に……」

 

 七夜の身体から立ち昇る膨大な水氣が手甲を通し、黒き色の水氣が収束し、一匹の巨大な亀となって顕現する。
 そして冥夜の薙刀も翠の氣…木氣を吸収し、青い木氣に昇華して一匹の青き龍を顕現させる。

 両存在とも四神の名を関しているが、決してそれそのものではない。使用者の氣を元に、武器であり呪法具でもある【霊器】秘められし力にて作り出された擬似聖獣だ。
 以前、鶴子が景太郎に使った奥義【水氣の龍】や素子に対して放った【火氣の龍】もこれと同じだ。

 だがしかし、擬似と言って侮るなかれ、その秘めたる力は強力無比…聖獣の名を汚さぬ至高の力だ。

 

「秘奥義―――――獣皇拳 二の撃 〈烈震甲武れっしんこうぶ〉!!」

「秘奥義―――――獣皇刃 二の太刀 〈浮翔龍雅ふしょうりゅうが〉!!」

 

 黒き亀『玄武』と青き龍『青龍』がアグニに向かって飛翔する。が―――――

 

《………む?》

 

 一直線に向かってくると思われた二匹の聖獣が、途中で軌道を変え、アグニを挟む形でその周囲を旋回し始める。
 その速度は急速に速くなり、アグニの周りに黒と青の螺旋の奔流を生み、竜巻の如く巻き上がる。

 

《一体何の真似だ。攻撃をするわけでもない、蠅みたいに鬱陶しい……》

「それは―――――こういうことだ!!」

 

 猛々しく響く皇夜の声。何時の間に跳び上がったのか、その身体から恐ろしいほど膨大な神氣が立ち昇る!

 

「我が聖双に宿りし名のことわり。鳳と凰が交じり鳴き、大気を震わすその舞を我が前に!」

 

 皇夜の手の内にある二本の刀が、立ち昇る火氣を吸収し、神々しき朱の霊鳥を顕現させる。

 

「行くぞ! 神鳴流 秘奥義―――――獣皇刃 弐の太刀 〈鳳凰翔破〉ッ!!」

 

 顕現させた深紅の霊鳥を纏い、アグニに向かって急降下する皇夜―――――否、鳳凰!

 それに応じ、青龍が鳳凰に向かって飛翔する。それを見たアグニは青龍を攻撃しようとするが、玄武がその身を挺してアグニに襲いかかり、攻撃の邪魔をする。

 

《チィッ! 此奴等、一体何考えてんだ!!》

 

 通常、炎の化身たる自分に対し、風の〈青龍〉と火の〈鳳凰〉で動きを封じ、水の〈玄武〉をぶつけるのが、五行相生、相剋を扱う神鳴流のセオリー。
 炎術…を扱うアグニ…に対し、相生・相剋は多少有利でしかないが、それでも有利は有利だ。

 それを捨て、水の玄武を足止めに、火の鳳凰を決定打に使おうなど、正直考えられないことだった。

 景太郎の使い魔であり、ある程度知識を共有しているアグニもそれを知っているため、皇夜達の行動はすぐに理解できなかった。理解する間もなく、玄武がアグニに体当たりを仕掛けてきた。

 

《ちぃぃっ! 邪魔なんだよ!!》

 

 右腕に炎を収束させて薙ぎ払うアグニ。玄武はアグニの攻撃に耐えきるが、続いて振るわれた左腕、再度振るわれた右腕の三撃目にしてその身を砕け散らせた。

 

 その間にも鳳凰は更に加速し、アグニにその嘴の先を向ける。

 そして青龍は鳳凰の進行上で尾と頭を接触させ、巨大な輪を作り上げる。その輪の中には青き光が満ち、神々しいまでの光を放つ。その様は、まるでレンズか何かのようだった。

 

「―――――勝負ッ!!」

 

 鳳凰が青龍の輪を潜り抜けた瞬間、鳳凰の身に纏う赤き光が爆発的に増加し、より強大にして壮大な霊鳥となった。

 

《そうか―――――そう言うことかよっ!!》

 

 彼らの行動を納得して叫ぶアグニ。

 彼らは相生の理を使い、『青龍』の木氣を用いて『鳳凰』の力を増幅したのだ。『玄武』で『青龍』の力を増幅させるよりも、同じ火の属性を持って、アグニを純粋に上回ろうとしたのだ!

 

《くくく……はははははっ! 気に入ったぜ、俺もやってやろうじゃねぇか!!》

 

 歓喜の咆哮を上げながら、アグニは己が身体を形成する白銀の炎を盛大に燃え上がらせた。

 その膨大な炎は神凪分家すら超え、マグマにも匹敵する熱量を秘めている。

 

《きやがれっ!!》

「おおおぉぉぉぉぉっっ!!!!」

 

 

 二匹の炎の化身が上げる咆哮に大気が震え、その二匹の激突が地上にもう一つの太陽を作り出した。

 

 

 

 

 

 

 決着は一瞬で着いた。

 赤い無数の燐光が粉雪のように舞い散る中……冥夜と七夜が力尽きたように膝を突き、満身創痍で至る所に火傷を負った皇夜が、表面がガラスみたいな光沢を持ったクレーターの傍に倒れた。

 

「…………我々の負けだ。好きにしろ」

 

 倒れたままそう言う皇夜に、双子の姉妹は何も言わない。ただ悔しそうに目を伏せ、歯を食いしばるだけだ。

 

《そうさせてもらう……って、言いたいところだが、こっちもガス欠だ》

 

 元の姿に戻り、クレーターから上がってきたアグニが、地面に倒れている皇夜を見返す。

 だが、力尽きたガス欠と言っても、アグニがその爪を振り下ろせば皇夜達など簡単に殺せるだろうが……アグニは少しもそんな素振りを見せることなく、皇夜達を愉快そうに見ていた。

 

《後一年…いや、半年でも旦那ケイタロウと契約するのが遅かったら、間違いなくこっちが負けてたぜ》

 

 そう言ってアグニは呵々と豪快に笑うと、視線をよそに向けた。

 

《おい嬢ちゃん!》

「あ…はい!」

 

 いきなり声を掛けられて驚きつつも返事を返すむつみ。先程までの攻防を見て、呆然となっていたのだ。

 

《悪いが俺はもう引っ込むぜ。こいつらをどうするのかは、あんたが決めな》

 

 アグニは一方的にそう言うと、むつみの返事を聞くことなく、一陣の閃光となってむつみの足下…影の中へと入った。

 助けられたとはいえ、最初から最後まで自分勝手な白熊にむつみは軽く溜息を吐いた後、気を取り直して倒れた皇夜達三人を見やった。

 

「すみません、私はもう行きます。きっと景君が待っているから……あなた方はまだ生きている人を助けてあげてください」

 

 むつみは深々と頭を下げると、自分を見る三人に背を向けて走り去った。

 その先にあるのは、景太郎が担当する社―――――ではない、浦島の屋敷だ。
 心配するまでもなく、景太郎はすでに其処へと向かっている。そう確信している迷いのない走りだった。

 

 

 そんなむつみの後ろ姿を見送った三人は……暫くして立ち上がり、お互いの顔を見合わせる。いや、正確には双子の姉妹が倒れたままの皇夜の顔を見ていた。

 

「『景君が待っているから』だって……」

「なんて可哀想なお兄様……」

「おいお前ら、一体どういう意味だ」

 

 二人の妹の言葉に、皇夜は片眉をピクリと動かして睨み付ける。そんな皇夜に二人は……

 

「だって……」

「ねえ?」

 

 何を今更と言わんばかりににやにやと笑う。

 

「っ―――――だからなんだと言うんだ」

 

 もったいぶる妹達の態度に、皇夜はいらいらし始める。

 兄の態度に、そろそろ限界を感じた双子は、お互いを見やった後、憮然とした様子の兄に目を向けた。

 

「お兄様……むつみ様のことが好きなんでしょ」

「たった今、完璧に失恋したけど」

「な―――――なななななな、何を馬鹿なことを!?」

 

 顔を真っ赤にする皇夜。そして、その狼狽する様を面白そうに…そして一抹の憐憫を込めて見る双子の妹。

 しかし、憐憫など本当に一抹だ。その表情を見ればまず間違いなく九十九%面白がっていると誰もが言うだろう。

 

「気付かれてないと思ってたの?」

「あれだけ露骨にむつみ様を見つめていたのに……むつみ様が参られるときは、当番でもないのに屋敷の警護を引き受けたりして」

「ほんと、健気よね…」

 

「ええい黙れ黙れ! 下らん事を言う前に、今は負傷者を一刻も早く助けるのが先決だろうが!!」

 

 恥ずかしさのあまりか、皇夜は疲労と傷の痛みすら忘れて立ち上がると、社跡に居る怪我人達の救助に向かった。無論、思い出したようにふらつきながら……

 そして双子はそんな兄の後ろ姿を見つつ……

 

「逃げた?」

「………わね」

 

 そんな言葉をのたまわった。

 

 ちなみに……これより先、皇夜がこの事で双子の妹に散々からかわれ倒されたのは……まったくもって余談だったりする。

 

 

 

 

 

 

―――――第二十六灯に続く―――――

 

 

 

【あとがき】

 

 どうも、ケインです。なんだか色々と調子が良く、こんなに投稿することが出来ました。

 次の投稿はどちらかといっていたのに、裏切って済みません。

 

 さて…今回はむつみの戦いでした。実力は高いのに、その虚弱さ故に真の力を発揮できず、修行もろくに受けられなかったむつみ。
 その力を百%使えていたなら、こんなにも苦労はしていなかったでしょう。と、云うか、アグニの加勢も必要なかったでしょう。これから景太郎経由で名医に診てもらい、徐々に身体を治してゆくことでしょう。

 

 それはそうと…アグニ。景太郎の四匹目の使い魔、形状は熊です。

 作中、アグニが言っていますが、契約から時が経てば経つほど、その力が強くなります。(その他にも、景太郎が強くなれば比例して強くなったりします)
 そのアグニ君、四匹中最後に契約したのですが、元が元だけあって攻撃力、防御力は四匹中最強です。反面、機動力や敏捷性はダントツの最下位ですけど…局地戦では強力無比です。

 それ故に、景太郎はむつみにつけた……と、云うわけではありません。五月という存在を知ったアグニが、面白そうだからと立候補したんです。真性のバトルマニアなんです。景太郎と初めて会ったときも戦いでしたし。

 

 そして、次はいよいよ景太郎です。相手は……かなりの実力者です。

 

 それでは、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした…………

 

 

 

 

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