ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第二十六灯 「一の社―――――燃ゆる炎……どこまでも熱く」
一の社―――――そのやや手前に、ラブレスの手により空間を跳ばされた景太郎が現れる。
その姿は、黒のベストを着込み、腰に朱塗りの鞘に納められた一振りの刀を差しただけという簡素な出で立ち。刀さえ外せば、散歩途中か何かの通りすがりにしか見えないだろう。
服装はともかく、突如として現れた景太郎を一人の女性を先頭に十数人の者達が見つめる。前者はにこやかな笑みで、後者は驚きとどよめき、そして忌々しいと言わんばかりの表情で。
その連中の顔を一通り見た後、景太郎は先頭にいる女性に目を向け、口の端を吊り上げて笑った。
「随分と久しぶりだな、乙姫家当主」
「昔のように“なつみさん”と呼んでくれないのかしら? 景太郎君」
完全に敵を見る目つきの景太郎に、青を基調とした稽古着のようなものを着た女性―――――なつみが少し寂しそうな顔になる。
そんななつみに、景太郎は笑みを…否、表情を消し、静かに見返した。
「これから殺し合う人間と仲良くする意味はない」
「そう………」
景太郎の無機質な声音の返答に、なつみは悲しみをより一層強め、目を伏せた。そんななつみに―――――
「なつみ様、我々はこれより社の守護に集中いたします。後はよろしくお願い致しますぞ」
「ええ、解ったわ」
後方にいた分家の術師がそう言葉をかけ、なつみただ一人を残して全員が社の傍まで下がった。
そんな浦島の内情をはっきり現した行動を目の当たりにし、景太郎は呆れたような溜息を吐いた。
「全てを押し付け、後は高みの見物か……まったく、良いご身分だな」
するとなつみは右手を頬に当て、困った顔をして首を傾げた。
景太郎と同い年の子供が居る年齢なのに、こういう事をしてもまったく違和感がない。というか、むしろ似合っているところがなにやら恐ろしいというかなんというか……
「私は宗主にね『自分の子の不始末は親がつけろ』って言われててね。実のところ、あの人達は社の守護というのは建前で、私の監視がお仕事なのよ」
「ふっ………」
「景君?」
突然鼻で笑う景太郎に、怪訝そうな顔になるなつみ。
「どちらにせよ、高みの見物には変わらないだろうが」
「それはそうだけど……」
「安心しろ。あいつらにもちゃんと仕事を用意してやる」
「それはどういう意味なのかしら?」
景太郎の言葉の意味を図りかね、問い返すなつみ。その問いに答えることなく、景太郎はただ静かに呼びかける。
複雑な術式、呪文、召喚の儀式など要らない。己の魂から繋がる別の存在……今は別の空間にて控える“獣”にただ念じ、呼びかける。
そう、たった一言だけを―――――
「……来い」
瞬間―――――景太郎の影が歪み、そこからが白き獣が現れて景太郎の傍に控える。
その獣とは狼……気高き風格を纏い、孤高の王者たる存在感を放つ白き狼〈シリウス〉であった。
「悪いな、シリウス。雑魚相手にお前の手を煩わせるつもりはなかったんだが………」
《全ては主の意のままに……なんなりと》
シリウスの念話に微笑む景太郎。その場違いなまでの優しい笑みに、なつみは現れた獣への注意すら忘れ、昔の景太郎の笑みをダブらせた。
だが、その笑みもすぐに消え、真面目な顔つきでなつみの後方にある社を見やった。
「シリウス……社を破壊しろ」
《御意―――――して、あの者達の処遇は?》
社の警護という面目を担っている分家の面々を遠目に眺め、景太郎は冷笑する。
「邪魔になるなら殺せ。お前には丁度良い障害だろ?」
《では、瞬殺して見せましょう》
「別にどうでもいい〈その他大勢〉だ。お前のしたいようにしろ」
《承知……》
シリウスがそう答えると、その周囲に白銀の粒子が発生する。白銀の粒子は瞬く間にシリウスの身体を覆い尽くす。
そしてその一瞬後―――――体躯を一回り大きくし、炎の毛並みを持つ炎狼が現れた。
―――――白銀炎の狼王―――――
かつて、今と同じ状態のシリウスを見たある者が付けた『賞賛』と『畏怖』を含めた名称だ。
気高くも孤高の迫力に、強大な炎の気配が合わさったその姿は、まさにそう呼ぶに相応しい。
「景君、おばさんを除け者にするなんて悲しいわ」
本当に悲しそうな顔になるなつみ。だが、その瞳はシリウスと景太郎を捉え、これより先は行かせないと如実に語っていた。
景太郎も、当然そんななつみの意思表示に気が付いている……が、一笑に付した。
「行け」
景太郎の言葉と同時に疾風の如く疾走するシリウス。
なつみは即座に精霊を召喚し、十数本もの水の矢でシリウスを射抜く―――――が、それは残像。その虚像が掻き消えると同時に、なつみの横をシリウスが閃光の如く通り過ぎようとしていた。
「なっ―――――!?」
その速度に驚きつつも、己の横を過ぎ去ろうとするシリウスを更に迎撃しようとするなつみ。だが―――――
「俺を前に余所見とは……随分と余裕だな」
すぐ背後から聞こえた声と凶悪な殺気になつみが振り向くと、其処には自分の頭部めがけ突き出される景太郎の右の抜き手だった。
「くっ!!」
頭で考えるよりも先に、身体が回避行動をとり、背を弓のように仰け反らせてその一撃を回避する。
そこを景太郎はすかさず足を刈ろうとローキックを放つが、なつみはそのままバク転し、その一撃を回避、さらにはそのまま数回転がって距離をとった。
(本気なのね……景君)
頭を貫く手刀、文字通り足を刈る下段蹴り……本気で自分を殺す気で攻撃している景太郎に、なつみは瞳に悲しみの光を宿しつつ、自分もまた本気で戦うために意識を切り替えた。
「なぜ、我らがこの様なことをせねばならないのか……」
「そう言うな。相手はあの無能者だぞ? 多少の炎が使えようともこの結界の中では達磨同然。即座になつみ様がお消しになられるさ」
「それもそうだな」
景太郎となつみが対峙しているのを遠目に見ながら、分家の術者は悠長にもそんな事を話し合っていた。
「しかし、なつみ様はあの無能者を何かと構っていたじゃないか。もしかすると……」
一人の術者が口を挟む。それは誰もが心の何処かで考えていたことだ。
【占い】で此処には『赤き刃』を持つ〈神凪 綾乃〉が来ると思っていた分、景太郎の襲来をまったく考えていなかったため、今更ながら懸念しているのだ。
「だからどうした。奴の様子から戦いは避けられまい。よしんば、なつみ様が奴を見逃したとしても、後は我々が後始末すればいいだけだ。どのような状況になろうとも、あの無能者相手にさして手が掛かる事もあるまいて」
一笑に付す術者に、他の者達も忍び笑いを洩らす。その時……
「おい、何だあれは?」
「あれは……犬か?」
景太郎の足下から現れた一匹の白い獣に、術者達が訝しそうに目を凝らした。しかし、
「ふん、炎が使えぬからといって、そんな犬の使い魔如きでなつみ様に歯向かおうなど―――――ッ!」
その視線も突如白い獣が炎の化身へと変生したのを目の当たりにし、驚きに変わった。
直後、自分達―――――正確には背後にある社に向かってくる獣に怖じ気づくが、なつみの水の矢に貫かれたのを見て安堵と共に冷笑へと変わった。
「所詮はあ………」
言葉を遮るようにガラスが砕け散るような音が鳴り響く。
おそらくは…使い魔をあっさりとやられた景太郎への嘲笑の言葉だったのだろう。だが、その男がそれ以上言葉を紡ぐことは叶わない。
それ以上言葉を紡ぎたくとも、男には口どころか上半身が消え去り、あまつさえ背後の社に大穴さえ穿たれていたのだから。
無論、それを行ったのは倒されたと勘違いされた〈シリウス〉だ。
シリウスは社の中にある祭器を破壊するために突進…偶々進路上にいた男を焼滅させたに過ぎない。ガラスの割れた音は防護結界が砕けた音だ。
いきなりの出来事に頭が追いつかず、ただ呆然としてしまう術者達。
その時、貫かれた社の中より一条の閃光が屋根をぶち抜いて現れ、空高く跳び上がった後、綺麗な放物線を描いて景太郎の傍へと降り立った。
一体何が……それは問うまでもなかった。
「随分と穏やかにすませたな?」
《歯牙に掛けるほどの価値も無く……》
「まぁ、それはそうだがな……」
にべもないシリウスの言葉に、景太郎は肩を竦めながら微笑する。
何しろ、誰もシリウスの動きを追えなかったのだ、相手にする価値もないと思って当然だろう。例外はなつみ…彼女はなんとかとはいえ反応できていた。だからこそ、景太郎は軽く仕掛けて注意を逸らしたのだ。
「景君……その子は何なの?」
引き締まった表情とは裏腹に、やんわりと問いかけるなつみ。その言葉に、景太郎はシリウスの頭を撫でながら自慢げな笑みとなった。
「俺の使い魔であり、“仲魔”であり、八年来の家族だ。結構強いぞ?」
「そう……それは楽しみね」
静かに…ただ静かに水を喚び戦闘態勢をとるなつみ。そしてまた、景太郎とシリウスも戦闘態勢に入―――――ろうとしたその時、景太郎とシリウスに向かって水槍の大群が襲いかかってきた。
それを景太郎は白銀の炎をもって全てを消滅させる。その光景に水槍を放った分家の術者達が騒然とした。
水蒸気爆発すら起こさず水を消滅させる―――――それは炎術師と水術師にかなりの力量差がないとできない行為だ。しかも、渾身の力を込めた数多の水槍を、一瞬で顕現させた炎で焼滅させた。
つまり、この場にいる分家総員よりも景太郎一人の方が圧倒的だと言うことだ。この水術師の力を増幅する結界内においても、なお………
「雑魚が………」
白銀の炎を繰り、白銀の火球【銀星精】を分家の術者達の数だけ作り出す景太郎。一個一殺…という意味なのだろう。
だが、それが解き放たれる前に、シリウスが景太郎の前へと進み出た。
《攻撃されたのは私の失態…責任をとります》
「そうか……なら、任せよう。頼んだぞ」
《―――――承知》
その場から姿を消すシリウス。それとほぼ同時に、シリウスが自分の横を通り過ぎるのを見過ごすなつみ。
態と…ではない、できないのだ。隙を見せれば、自分へと照準を変えた炎の塊がすぐさま襲いかかってくると理解しているゆえに。
なつみとて超一流の水術師。二つの事を同時に行えるほどの器用さはある。だが、今回は些か相手が悪すぎる…としか、言いようがない。
「助けないのか?」
「…………」
景太郎の挑発紛いの言葉に答えることなく、シリウスの咆哮と分家の者達の悲鳴が響く中、なつみは景太郎から目を逸らすことなく手を腰の後ろに回す。
そして再び手を戻すと、その手には中華風の柄だけが握られていた。
その柄に一ミリたりとも刃の部分はない。さらには、柄尻というものが無く、両極が刃の差込口になっているとても奇妙なモノだった。
そして、景太郎も腰に差していた刀を静かに抜き放つ。
その刀身はガラスの如き透き通っている。それだけを見れば素子の【明鏡】と同じだが、決定的に違うのはその色。【明鏡】は透明なのに対し、景太郎の持つ刀の色は赤。氣によって染まっているのではなく、構成素材から赤だ。
色は違えど【明鏡】と同じ―――――つまり、この刀は魔工技創師・白井が作りし一品と云うことだ。
構成素材は言うまでもなく魔力を秘めた石―――――魔石―――――
そして、その魔石の中でも高純度で内包量も桁違い、さらには扱いまでも桁違いに難しい〈魔晶石〉を使い、作り上げられたのがこの赤い刀。
魔晶石の中でも炎の魔力を秘めた『炎精石』を使った刀―――――『炎帝』と銘打たれた、景太郎の為だけの炎の刀だ。
「赤い刃……」
占いに出た『赤い刃』の意味を理解し、別の社を担当した可奈子に哀れに思うなつみ。兄を説得すると意気込んでいた結果がこれなのだ。
だが、その気持ちもすぐに安堵へと変わった。義理とはいえ兄妹で戦うなど、悲しすぎるからだ。
「何をしている。待ってやるから早く刃を作れ」
「………あらあら、景君ったらおばさんのやることなんてお見通しなのね」
なつみは軽く溜息を吐いた後、周囲に水の精霊を顕現させる。
虚空より顕れた白銀の輝きを放つ膨大な水がなつみの柄の両端に収束、瞬く間に白銀の双剣となった。
それと同じくし、景太郎もまた炎の精霊を顕現させ、白銀の炎を【炎帝】の赤き刀身に纏わせた。無論、先に作った銀星精も一緒にだ。
「準備はいいな」
「ええ、いつでも良いわよ」
「なら―――――行くぞ」
言葉通り、最初に動いたのは景太郎。最初の一歩で数メートルの間合いを詰めて斬りかかる。
「ひゅっ!」
景太郎は迸る炎の刃を袈裟懸けに振るい、なつみはその刃を片方の刃で受け止め、そのまま受け流す。そしてその動きに逆らわず手首を動かし、受け止めた方とは逆の刃で斬りかかった。
(速い―――――)
僅かに横に動き、刃を避ける景太郎。そのまま幾度も斬りかかるが、なつみはその都度に受け流し、その反対側の刃にてカウンター気味に攻撃を仕掛ける。
切り返して受け止める間もなく振るわれる水の刃に避けるしか術は無い。
「チッ―――――」
なつみの防御を打ち破る突破口が見つからず、舌打ちしつつ後方に下がって水刃を避ける景太郎。その間際、牽制をかねて炎帝を横薙ぎに振り抜き、炎をレーザーのように放つが、なつみの一太刀により両断される。
(さすがあのくそ婆の一番弟子、本気で強い……)
なつみの剣術は言うに及ばず、双剣という武器の特質、その威力に明らかに景太郎は不利だった。
そして何より、双剣でありながらその扱い辛さ…武器の動きが限定されない動きが厄介だった。なにせ、構成する刃は水…なつみの水術なのだ。
喚びだした精霊は術者を傷つけない。どのように振るおうとも、反対の刃が使い手を傷つけることはなく、自由自在に刃を振るえるのだ。
「なかなか良い武器だな、正直戦いづらい」
景太郎の言葉になつみはにっこりと微笑むと、柄をよく見えるように前にかざした。
「これは水昂覇の代わりに、神鳴流の鍛冶師の人に頼んで作ってもらった水の霊器なの。名前は【海霊】よ」
双剣をバトンのように回転させ、再び構えると、今度はなつみの方から攻撃にでた。
なつみは海霊を右手で持つと、左手を前面にかざして数十トンもの水を収束させた一メートルほどの水球を作り出す。
「行きなさい……」
景太郎に向かって放たれる水球。高速で飛来する水球を景太郎が回避しようとした矢先、水球が膨張、弾けた!
「散れ―――――彗星針!」
ただ弾けたわけではない、散った水は視界を覆い尽くすほどの無数の針となり、景太郎に向かって高速で降り注ぐ。
さらには一本一本の密度は高く、なおかつ全てがドリルのように回転している。これの前では分厚い鉄板も薄紙と変わらない。
「おおおおおっ!!」
数多の水針を迎撃すべく、景太郎は即座に火山の噴火にも匹敵する数の炎の精霊を召喚、炎帝に収束させ―――――上段から真っ直ぐに振り下ろす。
その刀身より放たれた怒濤の如き炎の奔流が水針の雨と衝突し、消滅させる。
白銀と白銀のせめぎ合い―――――水針が炎の波を貫こうとし、炎の奔流が水の針を呑み込み消し去ろうとし、お互いを相殺する。
通常なら、この時点で水蒸気爆発が起こるのだが、お互いが込めた強き意志がそれすら許さず消滅させる。
「今度は俺の番だな……銀星精」
景太郎の周囲に十数個の白銀の火球【銀星精】が現れる。そして―――――
「―――――閃!」
全ての火球からレーザーの如くエネルギーの奔流が放たれ、なつみに襲いかかる。
「水壁!」
なつみは双剣を形成する水を使い、ドーム状に水の結界を展開する。
そして放たれた十数条の火閃が結界を貫かんと水の膜に衝突し―――――その表面を滑ってあらぬ方向へと軌道を逸らされた。
「受け流した―――――いや、そんな感じじゃない。何らかの方法でいなしたのか?」
炎越しに感じた水の結界の奇妙な手応えに、景太郎は驚きつつも冷静に分析する。
そんな景太郎の言葉に、なつみは嬉しそうな顔をした。まるで、聡明な我が子を喜ぶように。
「その通りよ。精霊魔術の中で最強の攻撃力を秘めるのは『火』。いくら私でも、景君の炎をまともに受ける気はないもの。全然勝てる気もしないし。だから、おばさんちょっと小細工をさせてもらったわ」
「小細工?」
「そう、小細工よ」
手品のタネは秘密なのよ~…とでも言いたげな、子供をあやすような感じでホホホと笑うなつみ。別に挑発でも何でもなく、これが彼女の地という事を知っている景太郎はあえて無視し、なつみの周囲に張られた水の膜を凝視する。
(………試してみるか)
なつみの言う小細工を見破るために、景太郎は再度炎を召喚、数多くの銀星精を作り出す。
「銀星精・閃!」
十の銀星精が再び火閃を放つが、やはり先程と同じく水膜の表面を滑り、軌道が逸れる。それでも景太郎は立て続けに火閃を放つが、そのどれ一つとして例外なく同じ末路を辿った。
(ドーム状とは言え結界は結界。『閃』が当たれば結界を『貫く』か『弾かれる』、または弾かれる前に力に負けて『消滅する』の何れかしかない。
それなのに、どこに攻撃しても表面を滑るように『いなされる』とはどう云うことだ? まるで………まさか?)
景太郎はある確信の元、幾度目になる『閃』を放つが、やはり逸れも水膜の表面を滑って軌道を逸らされてしまう。それは今までとまったく同じ結果。だが、景太郎の眼には徒労感はなく、むしろ逆の光を灯していた。
「なるほどな……」
「あらあら?」
景太郎の確信したような笑みに、なつみが困ったような顔をする。彼女もまた、自称・小細工が見破られようとしているのに気が付いたのだろう。
「銀星精・繰」
景太郎の周囲にあった銀星精、その内の五つをそのままなつみに向かって高速で飛ばす。そして白銀の火球が水膜と接触した―――――その瞬間、
「―――――爆!」
内包するエネルギーを解放、五つの火球が爆発して炎を撒き散らし、なつみを水膜ごと覆い尽くした。
「あらあら、困ったわねぇ……」
しかし、なつみの困ったような声が響くと同時に爆炎は渦を巻き、散り散りとなって消え去った。無論、水膜の中にいるなつみは火傷一つ負わず、完全に防がれたのだが…二人の状況は逆転していた。
「思った通り、それが小細工の正体か」
「そうよ。まさかこんなにあっさりと見破られるなんて、おばさんショックだわ」
とても困ったようには見えない表情でそう言うなつみ。
なつみが行った〈小細工〉とは【回転】だ。ドーム状に張られた水の結界を高速で回転させ、全ての攻撃を受け止めることなく逸らしていたのだ。
それを確かめるべく、景太郎は態と爆炎を起こし、生じた炎を回転で吹き散らさせたのだ。
「確かに、それの防御力は半端じゃない。が、反面、かなりの集中力が必要」
「そこまで分かっちゃった?」
「さっきから、防御一辺倒だからな。ばれないように半端な攻撃を控えたんだろう?」
景太郎の言葉に苦笑を返すなつみ。景太郎の推測が全て当たっているため、何も言えないのだ。
同時に、ここまで聡明かつ強く育った景太郎に強い寂しさと悲しさを感じた。可愛がっていた息子が自分の見えないところで成長してしまったことに……そして、ここまで強くなった原動力を考えて。
「その世代で最強のあんたがそこまで集中力を要する防御だ。半端な力じゃ破れないだろう」
「だったらどうする? ちなみに、この防御を破ったのは人や妖魔を合わせて十人もいないわよ」
ちょっとした自慢と警告のつもりなのだろう。なつみの穏やかな言葉に、景太郎はフッと冷笑し、炎帝に今までとは比べものにならないほどの炎を収束させる。
文字通り、なつみの言葉に火が点いたのだ。なつみが言った十人の中に〈浦島 ひなた〉が含まれていることを察して。
「ならば取る手はただ一つ……半端じゃない、圧倒的な力で破壊する!!」
存在する火球を集め、密度の高い四つの銀星精を作る。
そして白銀の炎が迸る刀を手に、四つの火球を引き連れてなつみに向かって疾走する。
その景太郎に対し、なつみは結界で受けようとせず、あっさりと解除すると再び海霊に水の刃を形成し、景太郎を迎え撃つ。
「ハっ!」
「フッ―――――」
最初と同じく、景太郎の繰り出す斬撃を受け流し、もう一つの刃を持って切り返すなつみ。だが、そのカウンターの斬撃は、景太郎の腕を切り落とす直前に割り込んだ銀星精によって受け止められた。
「なっ!」
「銀星精・盾―――――炎術は攻撃力特化…だが、だからといって防御に使えないことはない」
「やるわね、景君」
その言葉を最後に、激しい斬り合いを開始するなつみと景太郎。
刀と双剣―――――今まで通り、カウンター攻撃と手数の多さでなつみが圧している。が、当たる直前になると銀星精が割り込み、その斬撃を受け止める。
(斬れない―――――なんて意思力!)
『火球諸共斬り裂く』つもりの渾身の一撃を受け止めた銀星精に顔を微かに顰めるなつみ。
大量の炎を凝縮し、【攻撃を受け止める】という強い意志を込めた火球の盾の強度に、強い賞賛と畏怖を覚える。
(斬れないのなら…手数で圧す!)
ならば…と、なつみは海霊をバトンのように回転、さらには自身の身体をも回転させ、凄まじい切り返しと併用して目にも止まらぬ乱撃を繰り出す。
が、景太郎の赤き刀と四つの銀星精が入れ替わり立ち替わりし、全てを受け止め、捌ききった。
「強くなったわね、景君」
「死ぬ気で鍛えたからな」
「頑張ったのね……でも、御免ね」
突如〈海霊〉の水の刃が伸び、炎帝の刃に絡まりついて動きを束縛する。そしてなつみは反対の刃を構えて景太郎との間合いを詰める。
だが、迫り来るなつみを見て景太郎が一笑した。
「それで攻撃を封じたつもりか?」
「―――――ッ!」
轟ッ!!
周囲にあった四つの内の一つの銀星精が爆発し、巻き起こった炎の奔流が間近にいた景太郎を巻き込み、そのままなつみをも呑み込もうと迫る。
だが、それよりも一拍早くなつみは海霊の刃を形成していた水を使い、前面に壁を展開、高速回転させて炎の奔流を受け流した。
「もらった……」
背後より響く景太郎の声と共に、なつみは背中を深く斬られる。
先も述べたとおり、己の呼び出した精霊に術者は傷つけられることはない。爆炎により刀を拘束する水を消し、炎に紛れて背後に回り、なつみを斬ったのだ。
感づかれないよう気配を消し、武器には炎も氣も込めてはいない。だが、達人たる景太郎が振るえば人を両断することなど容易い。
―――――が、
「チッ―――――」
景太郎は舌打ちすると同時に後方に跳び下がる。
それとほぼ同時に、背中を斬られたなつみの姿が溶けるように崩れ、爆発するように膨張、竜巻の様に渦巻いて周囲の炎を薙ぎ払った。
「【水影】か」
「ご名答」
真後ろから聞こえるなつみの声にと共に数条の高圧水流がレーザーの如く飛来する。
対し、景太郎は振り向くよりも―――――否、声が聞こえるよりも一瞬早く、残る三つの銀星精を背後に移動させる。そして、
「―――――結!」
光の線で結ばれる三つの銀星精。直後、光の線で作られた三角形の内部に白銀に輝くガラスの様な壁が発生し、なつみの放った高圧水流を阻む。
「〈銀星精・結〉―――――火球を連結させ、防御結界を展開する術だ。ちょっとした小細工だが、なかなか強力だぞ」
「その様ね。おばさん困っちゃうわ」
本当に困り顔で景太郎の周りに浮遊する銀星精を見るなつみ。
先程の攻撃…高圧水流は、十分に力を載せ『貫く』という意志を込めた水術だった。それを、半ば不意打ちに近い状態からほぼ一瞬で結界を展開し、完全に防いだのだ。
銀星精…炎が予めあったとはいえ、あそこまで強固な結界を瞬時に展開する。そして、おそらくだが攻撃にも防御にも瞬時に切り替えることができるだろう。
なつみも系統は違えど同じ精霊術師。『精霊魔術』という概念に基づき、それがいかほどに桁外れの技術なのかを嫌でも理解していた。
その時―――――
《待たせました……》
景太郎の元にシリウスが疾風の如く駆け付け、傍に控える。
「その子が来たっていうことは、他の人達は……」
《始末した…一人残らず》
それは問うまでもなく、判りきったことだった。だが、なつみは問わざるおえない事でもあった。
そして改めて本人から聞かされ、なつみの背に冷や汗が更に流れる。
分家とは云え、『力』は一流の術者達複数をこの短時間で一人残らず掃討する使い魔が合流したのだ。いや、単純な考えでも『二対一』という状況に追い込まれてしまったのだ。
「不利な状況になったわね………」
「……………シリウス、戻れ」
《……御意》
有利な状況を崩す景太郎の命令に暫し沈黙するものの、意を挟むことなく速やかに影の中へ姿を消すシリウス。逆に、敵対しているなつみの方が納得いかないといった顔をしていた。
「意外……と言った方がいいのかしら。優位な立場を捨てるなんて。普通の人なら間違いなくそうしているし、今の景君なら確実に勝てる戦法を取ると思ったんだけど」
「別に……深い意味はない。一人で十分なのに、わざわざシリウスの手を借りるまでもないだけだ」
景太郎の平静とした言葉になつみの眉がピクリと反応する。さすがに可愛い甥の言葉といえど、さすがに癇に障ったらしい。海霊に再度…今まで以上の水を喚び…刀身を形成して構える。
「大した自信ね。今まで防戦一方だったのに」
「後少しで読み切れそうだからな……」
言い終わると同時に炎帝に炎の精霊が集い、赤い刀身から白銀の炎が迸る。
「行くぞ―――――」
最初と同じく、景太郎からなつみに仕掛ける。なつみも最初と同じく、景太郎の刃を受け流し、反対の刃で切り返す。前と違い今回は銀星精が無く、景太郎は返す刃を避けるしかない。
景太郎が刀を振るい、なつみが受け流すと同時に繰り出す第二の刃を景太郎は避ける。
その構図は、戦い始めた時とまったく同じだった。
「さっきの自信はどうしたの? 景君」
「……………」
なつみの軽い挑発に応えることなく、黙々と剣を振るい、カウンターを避ける景太郎。
一見すれば、流れはなつみにあり、景太郎は主に攻め手だが逆に追い込まれている状況だ……しかし、なつみの中で何かが強く叫んでいた。今の内、一気に勝負を決めろ―――――と。
確かに、景太郎は実力を出しきっていない。シリウスもそうだが、銀星精を出せば先程と同じく戦況を同等、もしくはそれ以上にできるはず。
それなのにあえて何も行わず、ただ剣を打ち合っている理由。それが判らなかった……その時、
―――――キンッ!!
切り返しの一撃を景太郎が受け止めた。
偶々か、それとも単に防御に間に合っただけか……今まで避けるだけだった攻撃を防いだことに軽く驚くなつみ。
だが、その驚きもすぐに驚愕へと変わった。
(―――――そんな!)
景太郎の剣を振るう速さはさして変わっていない。それなのに、なつみの振るう水の刃は全て景太郎の赤い刀に受け止められる。
つい数秒前までは三撃の内一度は避けなければならなかった。だがどうだ、今はなつみが振るう水の刃は…カウンターですら景太郎の繰る赤い刃に阻まれている。
いや、阻まれているという感じですらない。まるで自分は景太郎の赤い刀に向かって振るっているのではないか…もしくは、水の刃が赤い刃に吸い寄せられているのではないかと錯覚してしまいそうだった。
まるで、この攻防が予め決められているかのような“殺陣”であるかのように……
「どうした、先程までの余裕が無くなっているぞ」
「………―――――ッ!」
景太郎の揶揄する言葉になつみは余裕の笑みを浮かべ―――――その顔を凍らせた。全てを見透かすような……それでいて、真冬の月を連想させる冷厳な輝きを秘めるその眼を見て。
そして、なつみは知っていた。ひとたび戦闘となれば、今の景太郎と同じ眼となり、相手の動きを予知したように動き、圧倒的な力を持って完膚無きまでに勝利する存在を。
(この眼は―――――先代・宗主!!)
それを理解した瞬間、なつみの思考がクリアとなり―――――頭の片隅にあった、景太郎を殺さずに制するという考えが消え去った。
「ああああぁああっっ!!」
腹の底から絞り出すような叫び声と共になつみの足下から間欠泉の如く水が噴き上がる。そしてその水が全て海霊の片方の刃に集い、一本の身の丈もある巨大な大剣と化す。
反対側の刃もない。全ての力らを一本の刀身に集めたのだろう。景太郎を―――――殲滅対象を叩き潰すために。
(何がきっかけかは知らないが…とうとう本気を出したな)
その世代で…景太郎から言えば一つ前の世代で最強の水術師である『浦島 なつみ』―――――ひなたの後継と呼ばれた最強の退魔師が、完全に牙を剥いた瞬間だった。
「………ッ!」
水の大剣を横に振りかぶり……振るうと同時に景太郎の眼前に移動するなつみ。景太郎は振るわれた大剣を刀で受け止めるが、半歩下がってそのまま受け流す。
もしそのまま受け止めていれば、刀諸共、景太郎の胴体は切断されていただろう。それほど、圧倒的な水の質量、それを感じさせない振りぬき…実際になつみは感じていないのだろうが…による剣圧は凄まじい。
しかも―――――
(速い!)
なつみが大剣を振り抜いた瞬間に一歩踏み込んで切り込もうとするが、すでに次の太刀が襲いかかっている。
いかに重さを感じないとはいえ、大剣は大剣。空気抵抗を大きく受けているはずだが、なつみはまるで小枝でも振っているかのように軽やかで速く、そして巧みに振るっていた。
回避するには間に合わず、景太郎はその一撃を受け止めると、その剣圧に逆らうことなく後方へと跳び下がる。否、跳び退かざるを得なかった。
(振り抜いたと思ったらすでに次の太刀が目の前にある。さすが…剣術では先代を超えていると言われることだけはある)
地面に二条の足跡を着けて止まる…と同時に、頭上から感じた強烈な殺気に目を向ける。そこには、何時の間に跳び上がったのか水の大剣を振りかぶったなつみの姿があった。
そしてなつみは水の大剣を何の躊躇もなく景太郎に向かって突き降ろした。
その一撃を後方に跳んで避ける景太郎。目標を失った水の大剣はそのまま地面に突き刺さり、大地が威力に負けて小さなクレーターを生み出した。
そして、後方に跳んだ景太郎が着地―――――する直前、
「浦島流 水術―――――針水の舞」
景太郎の着地する先の地面から数十、数百もの白銀に輝く水の錐が突き出す。
先のなつみの一撃はフェイク。このための布石だったのだろう。だからこそ『切り落とし』などではなく、避けられやすくとも技を繋げる『刺突』を繰り出したのだ。
景太郎が避けるのを計算し、その着地点から水の突起を突き出し、串刺しにするために。
タイミングも完全、景太郎が炎を呼び出すよりも、刀を振るうよりも早く数百もの水の錐が串刺しにするのは明らかだった……………が、
―――――ドンッ!!
爆発音と共に景太郎が一瞬で上空へと舞い上がり、白銀に輝く水の錐が何もなくなった空間を虚しく貫いた。
(今のは“虚空瞬動”? いえ、何かが違う)
ノーモーションで景太郎が行った回避行動が理解できないなつみ。だが、それも一瞬のこと。即座に思考を切り替える。
「―――――貫け!」
なつみの更なる意思を受けた水の錐が目にも止まらぬ速さで伸び、螺旋を描くように絡まり合って一つとなり、上空へと逃れた景太郎の心臓を貫いた。
だが、
(この感触は !?)
水越しに伝わる感触になつみが目を見張ると同時に景太郎の姿が崩れ、直後に大爆発を起こした。
発生した爆炎により水の錐が蒸発、水蒸気爆発を起こして強烈な衝撃波を撒き散らそうとするが、直前になつみが制御して抑えつけ、視界をクリアにするが…やはり、そこには景太郎の姿は影も形もなかった。
「まさか、炎を使った【水影】なの?」
「ご名答。名前もそのまま【火影】だ」
背後からの声に振り向くなつみ。そこには、十数メートルほどの位置に佇む景太郎の姿があった。
服の胸の部分が裂けていることから、完全には回避できなかったのだろう。だが、残念なことに身体の方は無傷のようだ。
「何故何もしなかったの。今のは、自分で言うのも何だけど結構致命的な隙だったわ。景君なら、気配を消したままでも私を殺せていたでしょ」
「ああ。やろうと思えば首を刎ねることも、心臓を貫くこともできたかもな。せいぜい、可能性は五割だったが」
「…………」
景太郎の言葉に沈黙するなつみ。今の自分…感覚が研ぎ澄まされている自分なら、景太郎の言葉通り半分の確率で気が付いていただろう。
「殺す前に礼を言いたくてな」
「お礼?」
「本番前に良い準備運動ができた。感謝する。これからは本気で……殺す気でゆく」
「―――――ッ!」
景太郎がそう言うと同時に発生した八つの火球…それから感じる莫大なエネルギーになつみは全身総毛立たせながら、全力で水の精霊を召喚する。
「銀星精………」
景太郎がなつみに向かって掲げる右手の前に、火球の一つが移動する。
それと同じくして、なつみも強固な意志を込めて水の障壁を張り、さらには未だ景太郎に破られていない絶対防御―――――回転による防御力の強化を図る。
それは、先の【銀星精・閃】を防いだ時よりも遥かに強固な結界だった。
全身全霊を賭けた防御結界…神炎、神水でも、手を抜いた攻撃なら防ぐ自信がなつみにはあった。
そして、仮に景太郎が神炎を使おうとしても、発動には数瞬の時が必要となり、隙を作ることとなる。その隙に…もしくは、火球を使い切った瞬間に、結界を形成している水を一気に放出、圧倒的な質量を持って景太郎を潰す。
仮に使い魔を呼び出そうと、そう簡単にこの防御結界を貫けるとは思えない。
この状況となった時点で、自分の勝利まで…景太郎の敗北まで『後数手で詰み』の状態となった。なつみはそう結論した。
「―――――穿」
景太郎の手の内にあった銀星精が一瞬の閃光の後に消え、直後に結界に穴が空き、自分の髪の一房が消滅するまでは―――――
「い…まのは……」
「ほう、その様子だと今のが理解できたようだな。もっとも、理解できても反応できるとは限らないが……」
「―――――ッ!」
景太郎の言葉に自分の想像が当たったことを理解するなつみ。それと共に水の結界を解き、形成していた水、そして万が一に備えて確保していた水の精霊をも顕現し、巨大な水柱として噴き上がらせる。
そして、その水柱は七つに分かれ、直径五十センチ程度の水蛇―――――否、水の龍となり、なつみの周囲の空間を舞う。
制作過程こそ娘であるむつみの『九十九なる蛇』と似ていたが、その内包する力と意思は娘のそれとは明らかに一線を画していた。言うなれば『少数精鋭』―――――いや、『一騎当千』か。
景太郎の今の技を防御不可能と判断し、攻撃に切り替えて、神炎を使われる前に一気に押し切るつもりなのだ。
対し………
「炎舞 銀星精・穿―――――七曜」
景太郎は残る七つの火球を…おそらくは態とであろうが…北斗七星の並びに配置しする。そして更に炎の精霊を注ぎ、収束させる。火の粉のようなものが火球に集う様は、エネルギー充填中のレーザー砲の銃口を連想させた。
「その牙持ちて 我が敵を貫き砕け―――――〈咬牙七覇龍〉!!」
なつみの命令に、一斉に景太郎に向かって飛翔する七匹の水龍。
一匹だけでも驚異的な力を秘める水龍…それが七匹も迫り襲いかかる光景に、景太郎は炎帝をゆっくりと持ち上げると、その切っ先を七匹の水龍に向けた。
「貧狼……」
北斗七星に配置された銀星精の、一番右下の火球が瞬き消える。
「巨門……禄存……」
そしてその一つ上、もう一つと瞬き消える。残る銀星精は後四つ―――――それも、
「文曲…廉貞…武曲…破軍」
景太郎が【北斗七星】それぞれの名を呼ぶと共に、瞬き消え去る。
それと共に、虚空を滑るように飛翔していた水龍が突如として停滞する。見れば、七匹全ての龍の口に火球が咥えられていた。
【銀星精・穿】 それは、簡単に言ってしまえば火球を直接ぶつけただけだ。ただし、目にも写らぬほどの超高速で、通常の銀星精とは桁違いの精霊を凝縮したものを…だ。
その速さはとてつもなく、余程でない限りは発動時の瞬きぐらいしか見えず、【閃】のように奔流の残光…火閃の軌跡を見ることすらできない。
これが景太郎の切り札の一つ、“絶対破壊”の意志を込めた銀星精の最終奥義の一つだ。
しかし、なつみの召喚した水の精霊もまた膨大で、それを七つに収束させた水龍もまた強力だった。四大元素の中で最強の攻撃力を誇る“火”に些かも劣っていない。いや、それどころか徐々に圧している程だ。が、
「く…う…うぅ……」
その代償も大きく、それを維持するためになつみは全力を傾けなければならなかった。
そんな時、景太郎の傍に白銀の閃光が発生し、なつみがそちらに向けると……
「銀星精・穿―――――七曜」
景太郎の周囲に七つの銀星精が浮かんでいた。
「―――――ッ! (そんな、更に炎を喚べるなんて)」
胸中で悲鳴にも近い叫び声を発するなつみ。そんななつみの心情など知る由もなく、景太郎は無慈悲にも北斗の星々の名を呼び撃ち放つ。
新たに放たれた七つの【穿】は七匹の龍の眉間を撃ち抜き、
「―――――爆」
押し止められていた先の【穿】が内包する炎を解放、形を崩した水龍を一瞬で蒸発させ、極大な水蒸気爆発を起こした。
その発生した水蒸気の圧力に、術の維持に集中していたなつみは対処する間もなく吹き飛ばされ、何十メートルも空中を飛んだ後、地面に叩きつけられて転がり…そのまま力無く横たわった。
「……………死んだか?」
自分を包むように張られた銀星精・結…白銀の結界越しになつみを見る景太郎。暫しそのままなつみを観察した後、結界を解除してなつみに歩み寄る。
無論、警戒は怠らない。油断して近づいたところに反撃を喰らうなど、間抜けか馬鹿のすることだ。
見たところ、なつみの胸が僅かに上下している。ただ単に気絶しているようだ。もっとも、その原因が爆発の衝撃と地面に叩きつけられたことなので、打ち身もしくは骨折があるかもしれないが…関係のないことだ。これから死ぬのだから。
景太郎は静かに炎帝を持ち上げると、なつみの心臓に向けて切っ先を向けて構える。
その表情に、何の感慨も浮かんではいない。かつて、自分を可愛がってくれた叔母に対する愛情も、幼なじみの母親を殺す後ろめたさもない、能面の如き無表情だ。
「死ね……………」
炎帝の切っ先が、なつみの心臓めがけて突き出された。
「……………何のつもりですか」
表情と同じく、静かな口調で…やや険のこもった声でそう言う景太郎。突き出された赤い刃は、なつみに突き刺さる数センチ手前に発生した不可視の壁に阻まれている。
その不可視の壁とは風の結界……寸前まで気付かれず、これほど強力な風を操る者など、景太郎が知る限り世界でただ一人だ。
「その辺でやめとけって事だよ」
風を纏い、上空から軽やかに舞い降りる和麻。景太郎は背後に下りた和麻に目を向けることなく、刀を強く握りしめる。
「………邪魔をする気ですか」
「そうじゃねぇ…そんな事よりも先にすることがあるって言ってんだよ。お前の目的は浦島の宗主をぶっ殺すことだろうが。だったら、たかだか分家の当主如きにかかずらってんじゃねぇよ」
「敵はなんであれ殺す……それを実践した人の言葉とは思えませんね」
「ま、それはそうなんだがな」
いつも通りの口の端を歪めた皮肉な笑いを浮かべる和麻。景太郎に改めて言われるまでもなく、それは和麻自身が一番理解していたことだった。
「でも、恩義のある奴を殺すってのはどうかと思うぜ」
「………」
「お前はあのむつみって女にこう言ったな。『全ての者がそう望んだ』ってな……あの女は何の事だか解らなかったようだが、俺は少しは解っているつもりだ」
「なら、邪魔をしないでください」
若干強めの口調で言い放つ景太郎。しかし和麻はそれに構うことなく言葉を続ける。
「だったら、何故お前は母親を優しく看取った? 『全ての者が望んだ』というのなら、お前の母親も例外じゃなかったはずだ」
「…………死に逝く者に、あえて鞭打つ必要もないでしょう」
「はっ…そんなのは建前だ。お前は憎みきれてないんだよ。昔、優しくしてくれたヤツらをな。たとえ同じ神凪でも、どんなことがあっても〈操〉を殺す選択を選ばなかった俺みたいにな」
様々な事情で自分を殺そうとした〈大神 操〉の事を持ち出す和麻。景太郎もその一件には深く関わっており、なおかつ操と親しいゆえに、その事は良く知っていた。和麻が何故〈操〉を頑なに救おうとしたのかも。
「もし、それでも殺すって言うんなら……殺せよ」
途端、風の結界が解除され、なつみと刃を阻んでいるものが無くなる。
「今度は止めねえ。でもな、殺して後悔すると少しでも思うんならやめとけ。絶対にろくな事にはならねぇからな」
切っ先をなつみに向けたまま静止する景太郎。 後数センチでも進めば肉を裂き、更に数センチ進めば心臓に到達するだろう。
「……………」
切っ先を進め、なつみの服に触れるが和麻は何も言わない。
景太郎は暫しの間、そのまま静止した後……静かに切っ先をなつみから外し、刀を鞘に収めた。
「………………これで、借りは返した」
「随分と手前勝手な言葉だな」
幼少の頃の恩を持ち出し、なつみにそう言った景太郎にツッコミを入れる和麻。
和麻の身の程知らずな言葉に、もしこの場に綾乃がいれば『あんたが言うな!』という盛大なツッコミがあっただろうが、生憎と彼女は隣の社にて治療中であった。
それはともかく、踵を返した景太郎は和麻を一見した後、浦島の屋敷のある方に向き直った。
「行きましょう。気を失っているだけですし、放っておいても死ぬことはないでしょう」
「そうだな。それに、他の連中もケリが着いたみたいだしな」
和麻がそう言うと同時に、浦島の守護結界【玄武水精界】が消え去ったことを感じる二人。水の精霊の密度が下がり、昂ぶりもだいぶ鎮まったようだ。
もっとも、あくまで先程と比べてであり、余所と比べて水の精霊は濃いのだが…長年による強力な結界を布陣し続けた影響だろう。この一体の空間自体が、水の精霊に適したものへと変質したのだろう。
それでも、風の精霊は元より、炎の精霊の集まりが段違いに良くなっていた。
「先に行きます」
翠色の氣―――――風氣を纏い飛翔にも似た跳躍でその場を後にする景太郎。
和麻は倒れたままのなつみを一瞥した後、何も言うことなく風を纏って景太郎の後を追って跳躍した。
向かう先は浦島の屋敷―――――そこで、今回の真の戦いの始まり、そして終焉を迎える。
それが、たとえどのような結末であれ………
―――――第二十七灯に続く―――――
【あとがき】
どうも、ケインです。
最後はもちろん景太郎でしたが、お相手はむつみの母、なつみでした。元舟ではないか? という意見が多かったですが、残念でした。決してわざと外したわけではありませんよ? 最初の予定通りなんですから。もし当たったという人がいれば、さすがと言うしかありませんね。
ともあれ、今回で全ての社の破壊は終わりました。次は浦島の本邸―――――の前に、その頃の居残り組の面々のお話です。
感想の中で、戦闘が長く続いて飽きてきた…という方が居ます。居残り組の一人、灰谷がいい感じに馬鹿をやってくれれば良いんですけど……結局、真面目な話しになっちゃうかも知れません。
それと…『マブラヴ・オルタネイティヴ』をようやくクリアしました。途中の仲間達の死が結構辛かったです。
同時に、ゲームを行いつつも此処の景太郎がこの世界に介入すれば、どういった結果になるのだろう? と、ついつい考え、構想してしまいます。
例えば、妖魔退治の事故により、景太郎があの世界に跳ばされたりとかなんとか……主人公と違い、帰りは別の方法になりますけど。
ついつい無駄な話が続いてしまいました、どうもすみません。これ以外にも、『ネギま』ネタ(修学旅行編)もあったり、色々と考えてしまいまして。
さて―――――それでは、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした。