白夜の降魔

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第二十七灯 前編 「残されし者達の戦い―――――前哨戦」

 

 

 

「あたしのターン。ドロー―――――MPマジック・ポイントを150使って魔法を発動、炎の上級呪文『エクスプロード』でラブレスのLPライフ・ポイントに1500のダメージを……」

「その瞬間にリバース・カードをオープン。MPマジック・ポイントを150消費し、氷のフィールド魔法『氷河期アイス・エイジ』を発動。この効果により氷属性の威力は2倍、炎属性の威力は半減する」

「ちっくしょー! とっておきだったのに750ぽっちのダメージかよ!」

「並びにリバースしておいた装備カード『精霊の盾』を装着。精霊魔法によるダメージを五分の一にする」

「げげ、それじゃあたったの150?! 本気マジかよ!!」

「ただし、精霊の盾を装備する際、他の装備、呪具を全て解除、【奈落アビス】に落とさなければならない」

 

 悲鳴に近い叫びをあげるサラを余所に、ラブレスは淡々と向かって左に置いてあったカード…杖やらなにやら描かれているカードを右下に全て置く。

 奈落アビス…というのは、とあるカード・ゲームの【墓地】みたいなものだ。

 

「クソッ! あたしは一枚のリバース・カードを置き、ターンエンドだ」

「では、こちらのターン。ドロー……私は100のMPマジック・ポイントを消費し、『氷結の魔狼』を召喚」

 

 手札から一枚のカードを場に出すラブレス。そのカードには『吹雪の雪原を駆ける銀狼』が描かれている。

 

「更に、50のMPマジック・ポイントを消費し、『氷結の魔狼』の特殊能力〈ブリザード・ブレス〉を発動。フィールド魔法『氷河期アイス・エイジ』の効果により威力が二倍となり、1000から2000となる」

「おっと、そうはいかせないね。リバース・カードオープン、装備カード『赤龍の鎧』炎系の魔法・特殊攻撃を吸収、氷・水系の魔法・特殊攻撃を無効、その他の系統を半分にする。もちろん、物理攻撃もな
 ただし、これを装備するには手札を全部奈落アビスに落とし、LPライフ・ポイントMPマジック・ポイントの半分を消費する。」

「それでサラのLPライフ・ポイントは残り1000…思い切ったことをするな」

「こうでもしなきゃやられてたじゃんか。それに、手持ちの中で氷系を防げるのはこれしかなかったしな」

「フィールド魔法の時点で先を読まれていたか。さもありなん……では、気は進まぬが私も切り札を使おう。
 手札より速攻魔法を使用。MPマジック・ポイント20を消費し、『命令解除コマンド・キャンセル』を使用。無論、対象は『氷結の魔狼』の特殊攻撃。これにより、魔狼の攻撃は物理攻撃となり、フィールドの特殊効果を合わせ攻撃力は1000となる」

「ヘッ、せめて500でも削ろうってのか」

「更に手札から『宵闇の満月ミッドナイト・フルムーン』を発動。これにより魔狼の攻撃力は1000ポイントアップ、魔狼の攻撃力は2000となる」

「ちょっと待て! ラブレスはもうMPマジック・ポイント残ってないじゃないか、その魔法は無効だぜ!」

「言われずとも承知だ。『精霊の盾』の特殊効果発動、この装備カードをゲームから除外する際、1000のLPライフ・ポイントを代償として捧げる事により、精霊魔法なら上級、それ以外なら中級まで無条件で発動することができる。
 これにより、このコンボは成立し、サラに2000の攻撃をくわえるが『赤龍の鎧』によりダメージは半減、結果、1000ポイントのダメージを与える」

 

 そういうと、ラブレスは盾の描かれたカードを手に取り、机の端に移動させる。同時に、

 

「くっそ〜、本気マジで負けた〜〜……しかも殆ど無傷で!」

「しっかりと減っているぞ。1300も」

「その内の1000ポイントは最後の代償で減っただけじゃん……」

 

 サラもそう言って力尽きたように机に突っ伏した……
 これにより、〔ラブレスVSサラ〕のカードゲーム対決―――――B&Wバトル・アンド・ウィザーズの勝負が決着した。

 

 B&Wバトル・アンド・ウィザーズとは…プレイヤーが『魔法使い』となり、様々な魔法カードを駆使して戦うと言うものだ。
 一時期、漫画が発祥の某カード・ゲームにかなり人気を奪われたものの、そこそこ昔から続いている事もあり、世界中で根強く流行っている。

 それが好きなサラはラブレスもやっていることを知り、誘ったのだ。お互い歳が近い者同士、何時の間にやら仲良くなっていたらしい。
 (もっとも、ラブレスにいたっては外見が近いだけで、実年齢は灰谷と同じである)

 

「なぁ白井」

「なんだ?」

 

 今の一戦の感想やコンボについて検証している二人を見ていた灰谷が、傍で何かの作業をしている白井に呼びかける。
 白井は返事はしたものの、振り返る素振りも見せないが灰谷は構わず会話を続けた。

 

「前々から思ってたんだけどな、デュ○ル・ディスクみたいなの作れねぇ?」

「いきなり何を言い出すかと思ったら……」

「面白そうじゃねぇか。なぁどうよ?」

「幻影系と空間系の魔石を加工すれば高度な立体映像ホログラフは作れるけど、さすがにあれはな……
 そもそも、俺に頼むより教授プロフェッサーというそっち系統の専門家がいるだろうが。そっちの頼めよ」

「ん? おお! そういやそうだった。師匠だったらやってくれそうだな、面白そうだからって。前にも『ロ○ト・ユニバース』見てサイ・ブレード作ってたし」

「あれは原動力が雷精石のプラズマ・ブレード.…って言うかビーム・サーベルだったけど……まぁそう言うこった。今度機会があったら言っておくよ」

「頼んだぜ。五つほどな」

「五つ? ああ、彼女達のか」

「ああ、ラブレス達は昔からあれにはまってるからな。普段から何かと世話になってんだし、この際お礼にな」

「ははは、そうか。それを聞いちゃあ急がないわけにはいかないな。よっし、任せとけ。教授プロフェッサーと一緒に最高のヤツを作ってやるよ」

「任せたぜ」

「…………ただし高いぞ」

「…………………まけてくれ」

 

 なにやら男臭い笑みを見せる灰谷と白井。熱い男の友情の一端が垣間見える光景だ。最後の二言さえ除けば……

 

「お〜いあんさん達、えらいまったりしとるが、準備はええんか?」

 

 そんな二人にキツネが声をかけつつ近づく。グラスを片手に持っているが…中身は麦茶だ。さすがに彼女もこんな状況下で酒を飲むことはない。
 なるが居なくなってからずっとやめているので、実に禁酒三日目……普段なら、禁断症状みたいになるところだが、今のキツネは苦にしているようにはまったく見えない。自制心が強いのか、それとも酒飲みというのはポーズか趣味なのか、判断に苦しむところだ。

 それはともかく、キツネの挨拶に白井は作業を再開し、灰谷は片手をへらへら(ひらひらではない)と振って応えた。

 

「俺はもうちょいで終わるよ」

「ははは、俺ももうちょっとぐらいかな。今はその最後のチェックに大忙しだと思うよ」

「とか言って、灰谷のあんさんはなんもしとらんやないかい」

「ああ、そこら辺は頼んであるから大丈夫。下手に俺が手を出すより、あいつ等に任せた方が遥かに効率がいいんだ」

「あいつ…等?」

 

 訳が分からない…とキツネが首を傾げる。それと同じく、灰谷が急に明後日の方向を向くと微笑を浮かべた。優しく…慈しむような笑みを。

 

「戻ってきたな。お〜いラブレス、こっちに来い」

 

 その呼び声に、ラブレスはサラに挨拶をしてから席を立ち、灰谷の元へとやや早足で馳せ参じた。

 ―――――その直後、先程灰谷が見ていた方向…その草場の茂み、森の木の上などから四つの人影が現れ、ラブレスの隣りに並んだ。

 

 茂みから現れたのは三人―――――

 一人目はメイド服に身を包み、黒い犬耳と尻尾を生やした黒のショートヘヤーの十二才の少女。

 二人目は朱と白のコントラストが眩しくも美しい巫女服にその身を包み、キツネの耳と尻尾を生やした金の長髪の9才ぐらいの少女。

 三人目は、ふんだんにフリルが付いたドレスにその身を包み、兎の耳と尻尾を生やし、長い金髪をソバージュにしている。年の頃は二人目と同じ九歳くらいの少女だ。

 そして残る一人は…森の木の上、背から純白の羽根を生やした十三、四歳くらいの少女が空から舞い降りた。翠色のアオザイという民族衣装を身につけ、黒い髪を首筋辺りから一本にまとめて腰まで伸ばしている。

 

 

「準備は終わったか?」

「「「「はい!」」」」

 

 灰谷の言葉に、それぞれ口調は違うもののしっかりとした返事をする四人達。その返事に、灰谷が優しげな笑みを浮かべ、一人一人の顔をしっかりと見返す。

 

「ご苦労さん、エネア」

「勿体ない御言葉でございます、御主人様」

 

 犬耳メイド服の少女が、灰谷の労いの言葉にスカートの裾を摘んで優雅にお辞儀する。本来なら年に似合わぬ仕草だが、彼女の仕草や態度には何ら違和感は無い。

 

「紫苑もご苦労さん」

「苦労はさほどせなんだが、面倒なことをさせおって……この報酬は高くつくぞえ、主殿」

 

 何処より取り出したのか、美しい扇で優雅に自らを扇ぐ狐耳の巫女少女が、やたら古くさい口調で返事をする。

 

「真之様! 私も頑張ったよ、偉い?」

「ああ、偉い偉い。ラビッシュも良く頑張ったな」

 

 幼子が自己主張するような態度でアピールするウサ耳ドレス服の少女に、灰谷が慈愛の笑みを深めつつ頭を撫でる。そして少女……ラビッシュは嬉しそうに、そして照れたようにはにかんで笑った。

 

「ファーナも……」

「親方様、恥ずかしいですからお止めください……」

 

 ラビッシュと平行して頭を撫でてくる灰谷に、アオザイ風の服を着た有翼の少女が顔を真っ赤にして俯く。

 

 灰谷とその子達の関係、及び中を知っている者(この場では白井のみ)には微笑ましい、心温まる光景なのだが、何も知らない者達にとっては現れた四人の姿と容貌……そしてこれが一番だが、ヘラヘラした軽薄そのものといった灰谷が見せた優しげな…素顔を垣間見せた微笑……に驚きの連続だった。

 

「な、なんなんやこの子供達は? 新手のコスプレイヤーか何かか!?」

 

 突如として現れた四人に真っ当な驚きを露わにするキツネ。ちなみに灰谷の顔については信じられないので記憶から抹消したようだ。

 それはともかく………

 

「綺麗な鳥の羽やな〜……」

 

 スゥがそう言いながらファーナの羽をジ〜ッと見ている。なぜか涎を垂らすというリアクション付きだったのだが……あえて追求すまい、と、一同は一致して思った。

 

「なんだよ、ラブレスの友達か?」

「ああ、だが『友達』と云うよりは『同僚』というのがより正しいかもしれん」

 

 子供特有というか…現れた者達の容姿などに物怖じしないサラは、わりと平然にラブレスに近づいて問いかける。それが解ったのだろう、ラブレスもさほど気にした様子もなく答えた。

 サラは金髪碧眼の一見で外国人と判る容姿だ。その為、日本にいると奇異な眼でよく見られており、その為、そういった目で見ることの失礼さが解っているから、進んで声を掛けたのかもしれない。
 無論、気質などもあるかもしれないが…要因となっていることは確かだろう。

 

「ラブレス。これがこの山の詳細な地図、及び罠の配置図です。各自それぞれが二度見直しましたから、間違いは無いはずです」

「わかった。早速準備に取りかかろう」

 

 ファーナより地図を受け取ったラブレスは灰谷と共に森の手前…離れた位置に移動すると、小さな声でアレコレ言いながら地図の内容を頭の中に叩き込み始めた。

 

 

「あの…罠って何ですか?」

「そうだな、私も知りたい。教えてくれ」

 

 しのぶと素子がエネアに問いかけると、エネアは一回御辞儀して事務的に答えた。

 

「皆様もご存じの通り、遠からず浦島の手の者が〈成瀬川〉御一家を…正確には〔成瀬川 なる〕様を狙い、襲撃致します。御主人様の予想では、この様な場所柄を考えて【神鳴流】が派遣されるとのことです。

 昨夜の内であれば、〈神凪 景太郎〉様を初め手練の方々が居りましたので撃退は苦ではありません。ですが、今は戦力が激減しております。ゆえに、真正面から戦うよりも森のあらゆる所にトラップを仕掛け、撃破する方法を御主人様と白井様は選ばれたのです」

 

 懇切丁寧なエネアの長い説明に、しのぶは数秒ほど遅れながらも理解して頷く。

 しかし、素子は不満そうな表情で腕組みをしていた。

 

「どうか致しましたか? 青山様」

「……そんな姑息な真似をせずとも、迎え撃って倒せばいいだけではないか。正々堂々と闘わず、罠みたいな相手をはめて倒す行為は私の流儀に反する」

 

 憮然とした様子で己が不満を吐露する素子。だが……

 

「ならお主だけ山を下り、一人で迎え撃てば良かろう。止めはせん、存分にやるが良い。妾としてはお主が一人死のうが囚われようがどうでも良い事じゃ。戦力的にも些細な違いじゃしの」

「なんだと!!」

 

 直後に掛けられた傲岸不遜な紫苑の言葉に激昂し、怒鳴りつける。
 その怒声を紫苑は嘲笑いながら受け流すが、その紫苑の背に隠れるように居たラビッシュが怯えて首を竦ませた。

 

「なんぞ文句でもあるのか? ならお主は此処で……戦えもせん者達が居るこの場を戦場にし、巻き込んでまで死闘がやりたいと申すのかえ?」

「なっ!? そ、それは………」

「理解したのなら黙っておれ。時と場合を考えず、状況も解せぬ愚かな言葉はお主の格を貶める行為に他ならぬぞ」

「………」

 

 紫苑の言葉に黙る素子。紫苑の言葉を認めている証拠である…が、相手は十にも満たない子供。そんな幼子に叱責されて良い気分であるはず無く、素子は憮然とした表情で紫苑を睨む。

 対し、紫苑はその視線を真正面から呆れ果てたような眼で見返すと、あからさまに溜息を吐いた。

 

「やれやれ…そうも容易く見た目で判断するとはな。それでもアレの弟子か? その様なことでは師事する〈神凪 景太郎〉の足下はおろか、後に流れる影にすら永劫に触れることは叶わぬぞ」

 

 素子を窘める紫苑の言葉に出てきた景太郎という名前に、素子よりも煉が先に反応した。

 

「景兄様を知ってるのですか? ええと……「紫苑じゃ」……紫苑さん」

「あやつに殺されかけてからの縁じゃ。もう5年前になるかのぅ……」

「「「「「ええっ!?!」」」」」

 

 懐かしそうに昔を回顧する紫苑の爆弾発言に、ひなた荘の住人達、及び煉と成瀬川一家が驚愕の声を上げた。

 

「殺されかけたって……それも五年前!? あいつ!!」

 

 九歳児の紫苑の五年前―――――それはつまり四歳頃であり、その様な幼子に手をかけようとした景太郎に成瀬川が憤然と怒り、その身体からまるで炎のように霊氣オーラが立ち昇る。

 

「勘違いするではない、海龍の巫女よ。今も言うたであろう、見た目で判断するなと。妾はこう見えてもお主の十倍以上も生きておるわ」

 

 突如、青白い炎に包まれる紫苑。そして一瞬後にはその炎は消え、後には妙齢の……『絶世』が幾つか付くほどの美女が現れた。

 

「あの姿はほんの気まぐれ。ラブレス達に合わせておるにすぎん」

 

 再び紫苑が青白い炎に包まれると、今度は前の姿…九歳児の姿に戻った。

 

「話は戻すが……先も言った五年前、妾を奉っていた神社の稲荷像を悪戯に壊した愚か者達を祟り殺そうとした時にの、あの者に邪魔されたのじゃ。
 今思うてもあの時は驚いた。妾の幻術を破るは、狐火は効かぬは……ありとあらゆる攻撃が無効化されての。あやつが目の前に立った時、正直妾は『黄泉の使い』だと思うたわ」

 

 その時のことでも思い出したのか、紫苑は眉を潜める。殺されかけた記憶など愉快なはずもない。

 

「まぁ、殺される前に真之が…今の主が割って入り、事情を説明したのじゃ。
 そして、全てを知ったあの二人が色々と便宜を図って事は丸く収まったのじゃが……そのまま神社に住む事まではできんかっての。行く所が無く困っていたところを真之が決まるまで家に来いと言うてくれてのぅ……まぁ、そのまま流れ的に使い魔をやっておるという訳じゃ」

「へぇ、少し見直したわ。それはそうとして…結局、お稲荷さんを壊した連中ってどうなったの?」

「無論、墓の下」

『えぇっ!?!』

「―――――なわけなかろう。主と神凪 景太郎の立ち会いの元、少々トラウマが残る程度に濃い幻術を掛けて懲らしめた後、許してやったわ」

 

 扇を口元に当てて優雅そうに笑う紫苑に、一同はちょっと引きつった笑みを浮かべる。笑えない冗談の上にあまり笑えない結末なのだ。もしかすると単に顔が引きつっただけなのかもしれない。

 その時―――――

 

「楽しそうにしている最中だが……来たぞ」

 

 不意のラブレスの声に、皆の表情が強張った。何が来たのか……問い返すまでもない、敵が来たのだ。

 

「【出口無き迷宮メビウス・ループ】は?」

「既に展開済みです。いつでも空間を組み合わせ、対象を何処へでも誘導できます」

「よし。だが用心は怠るな。奴等の退魔の歴史と技術は半端じゃない。できるだけこれで数を減らしたいからな、慎重に頼むぞ」

「分かりました」

 

 ラブレスはそう言うと目を伏せ、その場に立ち尽くす。意識を外界から遮断し、空間操作に精神を集中させ始めたのだ。
 その直前、灰谷がラブレスの耳元で何か呟くと、ラブレスは小さく頷いていたが、敵襲にあわただしく動いている皆の耳や目に止まることはなかった。

 

 

「さてっ…と。白井、【避難所】の準備はできたか?」

「おう。今しがた設定が出来たところだ。後は刺すだけで完成だ」

 

 白井はそう言うと、テントを含むように、半径十メートルほどの円を画くように複数の短剣を地面に突き刺し始めた。
 その短剣は儀式に用いるような装飾用と見まごうばかりに華美で、同じ物が二十本ほど地面に突き刺される。

 もちろん、ただの短剣ではない。結界器…の末端だ。他の結界器と同期・連結して結界を創成するという代物。使う短剣の数が多ければ多いほど強力だが、その設定に時間が掛かるなどの難点もある一品だ。
 今回は時間に余裕があったため、通常の三倍近くの数を使い、強力な結界を準備したのだ。

 

「はい、それじゃぁ非戦闘員の皆様は此処へ集まってくださいね。結界を張りますから」

 

 なにやらガイドみたいな口調で素子を除いたひなた荘のメンバー、及び成瀬川一家を陣の中へと呼び寄せる白井。

 最後に自分も陣の中に入ると、懐から一本の短剣…二十一本目の結界器を取り出した。

 

「この結界の継続時間はせいぜい半日。その分、言われたとおりに強力に仕上げてあるが……それまでに決着つけろよ」

「いくらなんでも、半日もあれば撃退し終わってるさ。ほれ、さっさと結界器を発動しろよ」

「急かすなよ……それじゃ、頼んだぜ」

「へいへい」

 

 白井は短剣を陣の中央に突き刺す。

 その瞬間、中央に刺された短剣に填め込まれた複数の宝石から発せられた光が天に向かって昇る。
 その光は高さ三メートルほどの位置で雨傘の骨のように枝分かれをし、その分かれた光の一つ一つが周囲の短剣へと伸びて繋がる。そして光の格子が完成すると、次は格子の間に光の膜が形成され、完全なるドーム型の結界となった。
 そしてその光は徐々に光度を落とし、光のドームが闇のドームへと転じ、外からでは中の様子を窺い知ることが出来なくなった。それは中からも一緒で、決して外の様子が見ることは出来ない。

 これは配慮だ。この場が戦場となったとき、殺し合いを一般人に見せないようにと……

 

 

「はー……凄いですね。道具だけでこれだけ強力な結界が出来るなんて」

「うむ、そうだな。呪を紡がずとも行えるとは、頼もしい反面、恐ろしくもあるな」

 

 そうとは知らず、煉と素子は形成された黒い結界を物珍しげな眼差しで感嘆の言葉を呟いた。そんな折……

 

「お〜い煉君。あちらさんが本格的に来るまで、俺達は英気を養おうじゃないか」

 

 何時の間に移動したのか、昨日から出ているテーブルに着いた灰谷が紅茶を片手に煉をティー・パーティーに誘う。そんな灰谷の隣には、既に紫苑、ラビッシュ、ファーナも席に着いており、エネアがテキパキと手慣れた様子で紅茶を入れていた。

 ちなみに、これ以上ないと言うほど完璧なゴールデン・ルールで………

 

 その妙に緊迫感とやる気の無さに、煉と素子が文句を言う気も失せて肩を落とし、深々と溜息を吐いたのは別の話。

 

 

 


 

 

「予定通り、四人一組となって順次侵入する。各班の行動基準はいつもと同じだ。
 解っていると思うが、此処が京都であることを忘れろ。この地は京都にあって京都でない、神凪の聖地だ。今まで足を踏み入れることも叶わぬゆえ、詳細な地図はない。
 ゆえに、罠の配置・種類も予想が付きにくい。総員、努々ゆめゆめ用心を怠るな。そして相手が誰であれ油断するな、敵は神凪の神炎使い〔神凪 景太郎〕の一派なのだからな」

 

『はっ!!』

 

 先頭に立ち、指示を出していた男の檄に神鳴流戦士一同が明確な返事をする。

 

「よし。では各班散開、数分ごとに中へと侵入しろ」

 

 この言葉が実質の任務開始合図となり、各一定ごとに四人一組となった神鳴流の戦士達が神凪の聖地へと…眼前に広がる森へと侵入した。

 

 長き時に渡って隠匿され続けていたため、祠のある場所に続く正規の道などはなく、密度の違いはあれ、木々が生い茂っているために危険と承知しつつもこういった方法を取るしかないのだ。

 何らかの手段を使って空から、木々の上を跳び越えて行く方法もあるが、神鳴流の戦士達は景太郎達を舐めてはいない。迎撃の準備ぐらいはしていると考え、気取られぬように忍ぶ方法を取ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……!? なんだ?」

 

 森の中に侵入して暫く……三番目に侵入した班の一人が急に立ち止まり、残る三人も何事かと足を止め、殿にいた男が問いかける。

 

「どうした?」

「いえ…………今、妙な感じがしませんでしたか?」

「妙だと? お前達は何か感じたか?」

 

 

 殿の男…おそらくこの班の長…が残る二人にそう訊くが、二人は周囲を見回した後で首を横に振った。

 

長船おさふね、一体どんな感じだったんだ?」

「何というか、空気の臭いが変わったって言うか…微妙な違いが解らずに気持ち悪いというか……」

「そうか。直感か勘か…いずれにせよ、安易に無視は出来ない。隊長に連絡して指示を仰ご―――――」

 

 轟ッ!!

 

 突如、発生した地面から上空に昇る雷に言葉を失う男。その雷が上がった場所にいた戦闘の二人は跡形もなく消え去っていた。

 

「気を付けろ、罠だ!」

 

 長の言葉に残る一人が背中合わせとなって警戒態勢をとる。

 

(馬鹿な、前方にいた二人は先鋒と共に罠外しの役目も兼ねていたんだぞ。十分以上に警戒していたはずなのに、罠に気付かずやられたというのか?!)

 

 仲間の死に様に男の心に焦りが生じる。それを感じた男は意思力で焦りを心の奥底に沈め、腰から刀を抜くと共に更に警戒を強め、いつでも動けるように半歩身を引き重心を落とす。

 ―――――その瞬間、二人の足下が大爆発を起こし、二人は悲鳴を上げる間もなくその身を消滅させた。

 

 

 

 

「―――――なにっ!?!」

「どうしたの? 神崎」

 

 戦士達の前で檄を飛ばしていた男の驚愕した声に、傍にいた女性が声を掛けた。

 

「今、中に入った者達の気配が一斉に消えた」

「そんな!?」

 

 翠色の輝く氣を纏う女性。風氣を使い、大気を通して広範囲の氣の捜索を行っているのだ。

 

「…………確かに、先発した者達の氣が一切感じられないわ。となると……」

 

 思考する神崎と呼ばれた男と女性。経験と知識を照らし合わせ、それぞれが答えを捜索する。

 

「考え得る可能性は大きく分けて三つね。一つは、全員が一斉に【氣殺】を行った。二つ目は罠に掛かって全員が一斉に命を落とした。そして三つ目、結界に取り込まれてしまった」

「一はありえないと考えるべきだな。消えたのは全て同じ瞬間、その様な偶然はほぼありえない。二も同じだ。万が一にありえたとしても、悲鳴なり何なりなにかしら音が聞こえないのが解せん。私は風氣をずっと探っていたが、その様な気配は一切無かった」

「なら、三だけど……これも難しいわ。奴等の準備期間はせいぜい一晩。それだけでこの山を覆い、私達に気づかれないほどの結界を張るのは難しいわ」

「ああ」

 

 女性の言葉を肯定するように頷く神崎。そして女性は真っ直ぐ神崎を見つめる。

 

「此処で色々と考えても答えは出ないわ。情報も少なすぎるし。
それに、下手に決めつければ、間違った時に足下をすくわれる結果になる。どうするか、隊長の判断に任せるわ」

「…………………」

 

 女性の言葉を受け、眼前に広がる森を睨むように見る神崎。女性の言う通り、何もかも情報が足りない。だが、このまま手をこまねいて見ているわけにもいかない。これは厳命なのだ。

 たとえ気にくわない命令であっても、放棄するわけにはいかないのだ。

 

 

 ちなみに、罠の正体は二と三の複合だ。神崎の予想しているとおり、森の中に入った連中はすべからく皆罠にかかって死亡している。
 ラブレスの空間把握能力が森の中…否、山全ての空間を余すことなく支配しており、中に入った連中を罠のある場所に跳ばすと共に空間を閉鎖、罠の発動と共に響くはずの爆音などを遮断したのだ。
 一斉に行ったのは、一つ一つ減らせば気取られる可能性があると考えてだ。

 【空間を旅する猫】と言われる種族のラブレスの空間操作を見破るのは至難の業。そして白井が用意した罠は感知式の時限爆弾みたいなもので、さらには『空間魔石』という空間に干渉する魔石を使い空間迷彩をするという凝った一品。
 その二つが合わさった強力な罠の効果の程は……もはや語るまでもなかった。

 そして、神鳴流戦士達が取らなかった方法…森の上を跳び越すという方法も、ファーナが木々の十分な仕掛けをしており、同じ結果になることも明記しておく。

 

 

 

常磐ときわ、今何人残っている」

「私達を合わせて十二人。全て仙位。うち半分が上位、残りの半分ずつが中位と下位よ」

 

 神鳴流には二つの意味で位があり、先の位が階位を、後の位がその中の実力を指している。

 

「そうか……相手の残存戦力は未知数だが、やってやれぬ事はないか」

 

 常葉の返答に神崎は頷くと、この場に残る戦士達を見回した。

 

「常磐と俺を先頭に、残った全員で隊列を組んで突入する!」

『はっ!!』

 

 その言葉に全員が了解の言葉を返す。そして神崎と常磐は顔を見合わして頷き合い、部下を連れて山の中へと突入した。

 

 


 

「主……」

「どうした?」

 

 ラブレスの不意な呼び声に、灰谷がカップを置いて返事をする。

 

「先程、襲撃者達が総員で陣地内に突入しました」

「へぇ……何人だ?」

「十二人です」

「先が四人一組だったな」

「はい」

「なるほど……退けぬ状況下、先発隊の全滅を知り数を頼りに一気に攻勢にでたか。それとも、罠を切り抜けられる手練が居て、それを先頭に突破し、全戦力を持って制圧するつもりか…………」

 

 顎に右手を当て、目を瞑って熟考し始める灰谷。そして……

 

「他の奴等と同様に処理しろ。前者バカだったらそれで始末ができる。後者であっても、始末できたら儲けだと思えばいい」

 

 一笑してそう言いきった。

 

「わかりました」

 

 主の判断を聞き、ラブレスの意識は言われたことを行うべく、意識を再び集中させた。

 

 

 

 


 

 

 森の中――――― 一人の女性を先頭にした袴姿の一団が音も立てずに森の中を進んでいた。

 

「…………………」

 

 先に丸い分銅の付いた鎖を地面に向かって垂らしたまま無言で歩く常磐の後を、十一人の神鳴流戦士達が続いていた。

 ―――――その時、

 

チャリ…………

 

 今まで一切揺れなかった鎖が震えるように揺れ初め、小さな金属音を奏でた。それと同時に常磐はピタリ…と、立ち止まった。

 

「ここ……のようね」

「どうした?」

 

 続いて立ち止まった神崎が常磐に問いかける。

 後続の者…隊の真ん中にいた数名が何事かと二人に寄ろうとする―――――その時、

 

「迂闊に動くな! 罠が無いとは限らんのだぞ!!」

 

 小さな、それでも打ち据えられるような神崎の叱責に、その数名が瞬時に元の位置へと戻り、隊列を戻す。
 その後ろにいた者達は最初から動いておらず、彼らが常磐が言っていた上級…仙位でも手練であることが解る。

 

「それで、此処に何があるのだ? 罠か?」

「空間の継ぎ目よ。たぶん、空間系の結界だと思うけど……見事と言うしかないわね。コレがあったから分かったけど、普通なら気が付かないわ。これじゃあ先発隊が罠にはまったのも仕方がないわ。
 しかし、一体どんな術師がこんな高度な結界を…それも一晩で施したのかしら。匠とか達人なんてレベルじゃないわ、これは完全に神業よ……」

 

 ひたすら感心している様子の常磐に、神崎が胸中で多少呆れつつも、努めて冷静に振る舞って前方の空間を睨む。

 

「とにかく、先へと進むためにはこの“継ぎ目”を断ち切らねばならぬと言うことだな?」

「え? ええ、そうね。先に進むためにはね」

 

 神崎の言葉に我に返った常磐が慌てて頷く。

 

「でも、あくまで元の空間に戻すだけだから、これから先にも無いとは言えないわ」

「その時はまた『断ち斬れ』ば良い。我らには、先に進む意外はないのだからな」

 

 神崎はそう言うと常磐の前に進み出、背中に帯びていた大太刀を抜き放ち、肩越しに大きく振りかぶった。

 

「ハァァァァ……神鳴流 奥義―――――斬魔剣 弐の太刀!!

 

 振り抜かれた刀身より放たれる光の刃。その光の刃は虚空を飛翔し、有るか無いかという僅かな空間の歪みを斬り裂いた。

 そして斬り裂かれた空間の先にはやはり微妙に違う森が…いや、これが本当の姿なのだろう、本当の光景が現れた。

 

 

 【斬魔剣 弐の太刀】

 呼んで字の如く『魔を斬る』事を目的とした神鳴流の奥義。
 通常の斬魔剣は相手の肉体ごと魔を斬る技だが、その発展型とも言えるのが【弐の太刀】―――――その振るわれる刃は『“魔”のみを斬る』事が出来る究極の奥義。精霊魔術で喩えるなら『対象の限定』に当たる技術だ。

 【斬魔剣】そのものは〈無位〉が必ず修得する技だが、【弐の太刀】となると〈将位〉以上の技術・鍛錬が必要不可欠とされている。それほど、神氣をより高みまで昇華することと氣の容量が必要なのだ。

 更に言えば【斬魔剣 弐の太刀】の真価『この世の歪みを斬る』事にあり、技量が上がれば神崎がやったように『空間の歪みを斬る』事も出来るようになる。

 昔、素子を将位と勘違いした景太郎が、【斬魔剣 弐の太刀】が使えないことを呆れたことがあったが、あれは景太郎の勘違いだ。アレは将位になって会得するものであり、上の位である『仙位』を得るために必須技術となっている。
 将位になった鶴子が【弐の太刀】をばんばん使っていたのを見、それを当然のように元舟が言っていたので景太郎は…そして素子までもが勘違いしたのだ。景太郎は『将位ならば使えて当然』と。素子は『青山であれば早々に会得せねば未熟』と。

 

 

 それはともかく……神崎は完全に『歪み』を斬り裂いたことに満足そうに頷くと、再び大太刀を背負い直した。

 

「よし。先に進むぞ。常磐、同じように結界を破りながら進む、しっかりと先導を頼むぞ」

「了解。それじゃ、行くわよ」

 

 神崎の言葉に常磐は頷くと、再び鎖を構え、一団の先頭となって先へと進み始めた。

 

 

 

 


 

 

「主……」

「なんだ?」

「どうやら、相手側は後者のようです。【出口無き迷路メビウス・ループ】を着実に破りつつ、真っ直ぐこちらに向かっております。この様子では、およそ十分後には此処へ辿り着くでしょう」

「やっぱりそうか。さすがにそこまでは甘くなかったか……まぁ、罠で半分以上を減らせたことを喜ぶべきか」

 

 頭を掻きながらそう言う灰谷。そして煉と素子に向き直ると、いつものしまりのない顔で笑い掛ける。

 

「残り十二人。予想で言えば全員『仙位』だけど……どうする? 打って出るも良し、迎え撃つも良し……俺はどっちでも良いよ」

「「…………」」

 

 顔を見合わせる素子と煉。そして二人は頷き合うと、力強い眼差しで灰谷に向き直った。

 

「この場で迎え撃ちましょう。森での戦いはあちらに有利ですし、数でも負けています。だったら、視界が広けたこの場で待った方が僕達には有利です。そして……持てる力の全てを使い、仲間の誰一人として傷つけさせません!」

「煉の言う通りだ。正直、仙位十二名を相手にするのは無謀だが……皆は必ず守り抜く!」

 

 意気揚々とテンションを高ぶらせる二人に、灰谷は苦笑を浮かべた。

 

「OK、それじゃそう言うことで……お前達、悪いが頼むぞ」

「是非もない。主の命令じゃ、いざとなれば本気であしろうてやるわ」

 

 優雅に扇で扇ぎながらそう答える紫苑。ラブレス達も言葉こそ違うが、どれも灰谷の言葉に快く応えていた。

 

「ありがとう。でも、怪我をしないようにな」

 

 使い魔達の言葉に微笑む灰谷。しかし、すぐさま渋い顔になって重々しく溜息を吐いた。

 

「しかし、よりにもよって神鳴流とり合うことになるとはな。覚悟していたとは言え、なんともなぁ………」

「何だ貴様、今頃になって怖じ気づいたのか」

 

 渋るような態度の灰谷を睨み付ける素子。
 元来、彼女は男嫌い…それも、灰谷のようなヘラヘラした男が大嫌いなのだ。今更臆病風に吹かれた(ように見える)灰谷に嫌悪感を抱くのも(酷く身勝手なことだが)彼女にとってある意味仕方がないことだ。

 そんな素子に、灰谷は渋い顔のまま半眼となって視線を返す。

 

「ある意味そうだね。退魔のプロフェッショナル集団であり、日本有数の戦闘組織である【神鳴流】とり合うのは、それなりに勇気がいるんだよ?
 その戦闘力もさることながら、仮に勝ったとしても、こちらに非があれば報復されるのは必然。その独自の情報網から日本でずっと隠れるのは難しいしね。
 むしろ、風牙衆が居ない今では神凪を相手にする方がずっと楽だよ? 新しい情報源との連携もうまくいってないし。何より主だった行動範囲が関東一帯で狭いからね、いくらでもやり過ごす方法はあるよ」

「………………」

 

 組織的に格下に見られている神凪の評価に少々憮然となる煉。しかし、反論はしない。反発する反面、灰谷の言葉に納得しているからだ。

 煉自身、退魔に出るようになって解る苦労、考えさせられること……そして、その関係でその都度聞かされる景太郎の高い評価。反対に、景太郎が出て行ってからの神凪の退魔遂行率、及び評価、依頼率の低下。平行して苦情も……
 年若い煉にまで解るほど、神凪の組織運営の問題点が多発しているのだ。
 従兄弟である厳馬にしか腹を割って相談しない宗主が、煉に思わず「景太郎を呼び戻すべきなのか……」と、ぽつりと愚痴をこぼすほどに……

 

「神凪の事はともかくとして……灰谷さん。今更言うのも何だけど、無理をしなくてもいいんですよ? 僕達が一生懸命頑張りますから……」

 

 神凪の事を酷評されながらも、煉は灰谷の身を案じてそう進言する。

 それを聞いた灰谷はキョトンと煉を凝視すると……急に笑い初め、今度は煉と素子が爆笑する灰谷をぽかんと見た。

 

「あっはっはっはっはっ!! いや〜、本当に良い子だね君は」

 

 ひとしきり笑った灰谷は煉に近づくと彼の背中をバンバンと叩いた。煉は少々痛そうな顔をするが、一応灰谷が好意を持ってしていると理解しており、何も言わずにそれに耐える。

 

「まぁなんだ、その気持ちだけもらっておくよ。それに、景太郎の奴に君たちを頼むって言われてるしね」

「なに、そうなのか?」

「そうなの」

 

 寝耳に水という反応の素子に、灰谷は当然と頷いた。

 

 

「主、後三分ほどでこちらに到着します」

「よっしゃ。相手は十二人、普通に考えて一人あたりの配分は四人だが…俺はラブレス達がいるからな、煉君と素子ちゃんが二人ずつ、俺達が残りを片づけるとしようか」

「確かに、普通に考えればそうだ。が、相手は神鳴流の猛者十二人。大丈夫なのか?」

「そう思うのなら、さっさと受け持ち分を倒してフォローに来てくれよ。何も二人倒したから終わりってわけじゃないんだからさ」

「うむ、そうだな……わかった」

「僕もそれで良いと思います。ただ、たとえ敵でも人を殺すのはやめましょう。命を奪うのは良くないことです」

 

 煉の然りとした言葉に素子はギクリとし、灰谷は傍目には解らないほど眉を潜めた。

 

「…………ま、出来る限り要望にはお応えしましょうかね。ただ、自分の身やラブレス達の身が危なくなった時までは保証しかねるけどね」

「無理を言っているのは重々承知です。だから、出来る限りでお願いします」

 

 灰谷の曖昧な言葉に頭を下げる煉。

 

 かつて、地術師・石蕗と…そして魔獣【是怨ゼノン】と戦った際、煉は和麻や綾乃、景太郎に人を殺さないように頼み込み、また自身も不殺の信念を立てた。
 己の意思を真っ直ぐ貫くゆえに信念を立てた煉はともかく、三人が誰一人として殺さずにいたのは桁外れの戦闘力を有していたからこそ、やってのけた無茶な行為だ。

 贔屓目に見ても、単純な力では一年前の自分よりも劣るであろう二人に不殺を要求するのは酷であることは煉とて理解している。だからこそ、煉は『出来る限り』の線まで譲歩しているのだ。

 もっとも、既に仕掛けた罠によって大半が死んでいるのだが……灰谷はあえてそれを言わない。その立場はともかく、煉そのものはそこそこ気に入ったから。

 

「素子さんもよろしくお願いします…………素子さん?」

「ん? あ、いや、何でもない」

 

 俯いて考え込んでいる素子に声をかける煉。心配して顔を覗き込むが、素子はその視線から逃れるように席を立ち、背を向けた。

 

「私も……出来る限り善処しよう。そろそろ時間も迫っている、迎え撃つ準備をしよう」

 

 それだけ言ってその場から離れる素子に、煉は不思議そうな顔をするが…あえて追求することなく、じきに来る襲撃者を迎え撃つべく、気を引き締めつつ精霊を喚ぶ。

 神鳴流の戦士の恐ろしさは昨夜景太郎に聞かされた。炎術という強力な攻撃手段があっても、油断をすれば死ぬのは自分。
 数年前まで、自分と同程度の実力しか示していなかった景太郎が、体術を併用すれば自分の父にも引けを取らない戦士であったことを考えれば、煉には十二分に納得できる理屈だった。

 

(僕はみんなを護ってみせる。絶対に!!)

 

 煉の強い意志に呼応して炎の精霊は更に集まり、熱く高ぶる。

 

 灰谷はというと、ラブレス達に声を掛けて戦闘準備を始めさせる。
 まずラブレスがテーブル一式をそのまま亜空間に仕舞い、棒やら何やらを代わりに取り出した。おそらく、それが四人の武器なのだろう。

 

「さて……ぼちぼち頑張りましょうかね。怪我をしない程度に」

 

 

 そして…素子は【明鏡】を鞘から僅かに抜き、その透明な刀身を虚ろな…遠い目をして眺めていた。

 

「私は…………」

 

 その行動、その言葉の意味は……素子当人しか与り知らぬ事。

 

 

 

姿勢様々な三人を余所に、襲撃者達の到着時間は刻一刻と近づいていた……

 

 

 

―――――中編に続く―――――

 

 

 

 

 

【あとがき】

 

 どうも、ケインです。 残された者達の戦い―――――前編です。

 

 一番最初のはお遊びみたいなものなので、スルーしてください。お願いします。

 しかし、今回で一気にキャラが増えましたね…灰谷の使い魔達ですけど。四人もです、四人も……

 犬耳メイドのエネアに、キツネ巫女の紫苑、ウサ耳少女のラビッシュ。そしてトリ娘のファーナです。まぁ、何処かで見たことあるような感じがあったりするかもしれませんが…優しい目で見てやってください。

 ちなみに、つっこみが来ると思いますから先に書きますが、ファーナは烏族ではありません。出身は海外ですので、神鳴流の少女剣士とは関係ありませんのであしからず。
 まぁ、種類の体系でわけると同じ鳥族なのは変わりませんけどね。同じ人間でも日本人と外国人みたいな感じだと思ってください。

 

 さて…次回―――――中編ではいよいよ戦闘開始です。中編にて二つの戦闘を、後編にて残り一つを書く予定です。

 

 次回でなるべく残り二つを一緒に投稿したい気持ちですが……無理だった場合は勘弁してください。では……ケインでした。

 

 

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