ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第二十七灯 中編 「残されし者達の戦い―――――炎と剣の戦い」
煉、素子、灰谷とその使い魔達の前に、十二人の神鳴流戦士達が森の中から姿を現した。
小細工は無用と判断したのか、それとも戦う相手へのせめてもの礼儀なのか、臨戦態勢に入ってはいるものの伏兵など用いず、真正面から姿を現した。
なる達を護っている結界はラブレスの空間操作で隠しているため気付かれていない。どこにいるか判らないからこそ、神鳴流戦士達が姿を現したのかもしれない。
「神鳴流〈仙位〉神崎 葛士郎。この隊の隊長だ。女子供を傷付けたくはない、素直に〈成瀬川〉の娘を渡していただきたい」
「これはこれは、お優しいお言葉どうも」
前に進み出た男…神崎が穏やかになるの引き渡しを要求するのに対し、灰谷が飄々とした笑みで対応する。
「お仲間を罠に掛けた俺達に対してそんなことを言ってくれるんだから、有り難くて仕方がないな~」
その一言に数人の神鳴流戦士が武器を構えて飛び出そうとするが、神崎がそれを手で制した。
「いくら言葉を重ねようと我らはお前達の敵だ。敵を倒す行為において是非を問うつもりも無し、その結果についても同じ。その事について怒りは感じても恨むことない。筋違いだ」
キッパリと言い放った神崎の言葉に、灰谷が賞賛するように拍手した。
「いやはや、立派なお覚悟と信念でいらっしゃる。お見それいたしました。んで、それは『逆も然り』って言うことなんだろ?」
「その通り、聡明で助かる」
「だよね~」
神崎の肯定に、灰谷が面倒くさそうな顔をして頭を掻く。つまり、神崎は『自分達が敵であるお前達を殺すのもまた戦いの道理、恨むな…』と、言外に語っているのだ。
「こちらも……って言うか、俺的には神鳴流と事を構えたくはないんだけどね。そんな事をするとおっかないお兄さんに燃やされるんでね、却下させてもらうよ」
「神凪 景太郎か……では、致し方あるまい。力ずくで成瀬川の娘を渡してもらおう」
そう言って抜刀する神崎に続き、残りの神鳴流戦士達が己の武器を構える。
「それじゃ、まぁ……手筈通りに」
灰谷の言葉に身構える神崎達。
仲間を罠にかけたのが灰谷…正確には、首謀者がこの者だと判断した神崎達は灰谷の一挙手一投足に注意する。
―――――その時、
「逃げるぞ!!」
やたら気合いの入った声と共に踵を返し、灰谷とその使い魔、素子、煉はそれぞれ別の方向に走りだした。
「何っ?! ―――――常磐、獅堂を連れて素子様を追え! 俺は荒巻達を連れて少年を追う。木崎、残りの四人を率いて男を追え」
「「はっ!」」
「常磐、素子様は無位なれど青山の者。くれぐれも油断はするな。木崎、お前もだ。あの男は油断がならん、決して侮るな」
常磐は神崎の言葉に頷くと一人の男…獅堂を連れて素子の後を追う。木崎…大きな包みを背負った壮年の男…は一瞬眉を潜ませたものの、すぐに頷くと四人を連れて灰谷の後を追った。
そして神崎も、先の二班に遅れることなく煉の後を追った。
(ここまでは相手の思い通りというわけか……)
神崎は煉の後を追いかけながら思考する。
煉達の作戦は容易に察することが出来た。何処かに隠れている成瀬川達から注意を逸らす為に、ひいては自分達の戦力を分散し、迎撃するために三方に分かれて逃走した。
しかし、これは神崎達の方が大きな利点があった。数はこちらの方が多いのだ。戦闘力は未知数ながら、五匹も使い魔を連れている灰谷に五人を当て、〈無位〉の素子に〈仙位〉の手練二人を。そして自分達はもっとも攻撃力のある存在を五人で相手にする。
そして、おそらく残ったであろう三人の戦力を片づければ、後は背後を気にすることなく成瀬川の娘を捜すことが出来る。
相手の正確な戦力が判らず、やや未知数ながらも十分に勝率の高い振り分けだと、神崎は確信した。
「相手は【生きた伝説】である神炎使い〈神凪 厳馬〉の嫡子、〈神凪 煉〉だ。見た目は子供なれど神凪宗家、決して侮るな。火の粉が掠っただけでも消滅と思え!」
「「「「承知!!」」」」
神崎の言葉に、四人が異口同音に応えた。
「よし……灰谷さんの言ったとおり、広けた場所に出られた。ここで……迎え撃つ!」
やや広けた場所に移動した煉は走るのを止め、振り返って追ってきた神鳴流戦士達を相対する。と、煉は思っていたのだが、戦士達は走るのを止めることなく一斉に煉に襲いかかった。
「なっ!?」
あからさまな誘いに、罠などを警戒するかと思いきや、何の躊躇もなく飛びかかってきた戦士達に驚く煉。
そんな煉の隙を見逃すはず無く、一際大きく跳躍した男が煉に向かって降下しつつ槍を突き出す。
「うわっ!!」
我に帰った煉はすぐさま後ろに跳び下がってその一撃を避ける。その直後、その男の背後から現れた女が手に持った短刀を投擲する。
(追撃が速い―――――けど、間に合わない程じゃない!)
「はぁっ!!」
右手を右から左へと一閃し、黄金の炎の波を発生させる煉。投擲された短剣は炎の波に触れた瞬間に蒸発する。
そして炎の波はそのまま二人に襲いかかるが、全力でその場を離脱して炎を避けた。
「霊器では無いとは言え、氣を込めた得物が一瞬で消滅するなんて……」
女性が驚きも隠せないと言った感じに呟く。
対し、煉は炎を手元に戻し身体にまとわりつかせる。身近に景太郎という氣功術の達人が居たため、只の木の棒でも氣を込めれば驚異の武具となる事をよく理解しているからだ。
その直後―――――
「秘剣 斬鉄閃!!」
何時の間に回り込んだのか、煉の後方に回り込んだ神崎が金氣の刃を放つ。しかし、その必殺の秘剣も振り向いた煉が操る炎に呑み込まれ、瞬時に燃え尽き消滅する。
その光景に舌打ちする神崎。だが、同時に煉も表情には出さずに驚いていた。炎越しに感じた、神崎の放った〈秘剣 斬鉄閃〉の感触に。
(凄い威力だ。これが〈仙位〉の実力!?)
仙位の実力は戦い方次第で分家にも匹敵する。昨夜、景太郎にそう言われて半信半疑だったが、今の攻撃にその言葉を確信した。
しかし、煉が考え事をしていられる余裕はない。左右から残る二人の男女の戦士が、それぞれ日本刀を構えて挟撃する。
「奥義 〈斬鉄閃 弐の太刀〉!!」
「奥義 〈滝牙剣 弐の太刀〉!!」
男の放った金氣の刃と女の放った水氣の刃が煉の頭上にて融合、相生により水氣が爆発的に増加し、蒼き球体となって煉を被い囲む。
「「金〈生〉水―――――神鳴流 決戦奥義 瀑流剣!!」」
煉を被い囲む蒼き球体が回転、水氣の嵐となって内部の空間を荒れ狂う。並の術師であれば、為す術もなく原形すらも留めないほど削り、微塵にされるだろう。だが―――――並の術者であれば、だ。
轟ッ!!
蒼き球体は発動間もなく前触れもなく弾け、内部から溢れ出る黄金の炎が水氣の残滓を燃やし尽くす。
十代前半とはいえ神凪宗家の炎術師。仙位二人が相生させ発動させた決戦奥義程度に破られるほどその黄金の炎は温くはない。
「くそっ!」
「やはり駄目か」
渾身の決戦奥義が無駄に終わったことに歯軋りする二人。同時に煉の姿が消え去り―――――一瞬後に二人に向かって両手を突き出した状態で現れた。
「な―――――ッ!?」
驚きも半ばに、両手から放たれた炎の奔流に二人は呑み込まれる。
神崎達は仲間の死を悔やみ、歯を食いしばる……が、収まった炎から現れた二人の無事な姿に安堵すると共に驚いた。
見たところ、二人は気絶しているだけの様子。火傷一つ、服にすら焦げ目一つ無く倒れているようだった。
「神凪の御子よ。どういうつもりだ」
神崎が煉に問い質す。
今のは、煉が攻撃の対象を限定し、身体などを一切燃やす事無く、意識に衝撃を与えて二人を倒した。それはすぐに解った。
しかし、問題はそこではない。こちらは最初から『抗うのなら殺すのもやむなし』と言っているのに、煉は自分達を殺すことなく、それどころか怪我負わさないように細心の注意をはらっている様子でもあった。
「こちらは殺す気で戦っている。それを承知で二人を殺さずに倒したか」
「はい。あなた達の意思は理解しています。でも、僕はあなた方を殺すつもりはありません」
「それは、我々なぞ殺すほどでもないと云う訳かな?」
「いいえ」
神崎の軽い挑発に、煉は真っ直ぐに目を逸らすことなく否定する。恥ずるべき事など無い、嘘偽り無い事を証明するかのように。
「そうじゃありません。僕はを人殺したくないだけなんです。それがたとえ敵であっても……」
「甘いな……はっきり言って甘すぎる。それでお前自身が死んだらどうするつもりだ?」
「僕もそう易々と死ぬつもりはありません。でも……そうなったとしても、最後までこの信念を曲げるつもりはありません」
煉の戯れ言…否、主張に、神崎は顔を僅かに綻ばせて苦笑する。
その神崎の好意ともとれる表情に煉は戸惑ったが、真剣な表情に戻った神崎に煉も気を引き締めた。
「少なくとも口だけではない様子。その覚悟は見事……言っておこう。だが、我々とて容易く退くわけにもいかぬ」
「はい」
刀を構え、身体より神氣を立ち昇らせる神崎達。それに呼応するように、煉の纏う黄金の炎も更に猛々しく燃える。
「行くぞ―――――奥義 斬岩剣!!」
土氣の刃を放つ神崎。それとほぼ同時に、残る二人も木氣、金氣の氣刃を放つが、煉の纏う炎に触れた瞬間に燃やし尽くされる。
「無駄です。その程度の攻撃で消えるほど、僕の炎は弱くありません!」
煉の身体を取り巻く炎が膨張、枝分かれして八つの触手……いや、それは八岐の大蛇か幼き火龍か。直径三十センチ以上もある炎の帯が神崎達に襲いかかる。
「おのれっ!」
戦士の一人が水氣を収束させた刀で火龍の胴体を断ち斬る。直後、刀の刀身は水氣と共に蒸発・消滅しする。炎の先も黄金の燐光となって消えた。
仙位の武器の代償と共に八つの炎の帯の内の一つを斬り裂いた代償は大きいか小さいか。
その判断を男が下すよりも早く、斬られた炎の帯が伸び、男の身体を貫いた。そして男は力尽きたようにその場に倒れ込む。やはり傷一つ無い状態で。
(愚か者が、あのような罠にみすみすかかりおって!)
多角方向からの火龍の攻撃を避けつつ、気を失った仙位になって間もない仲間に舌打ちする神崎。煉の態と作った隙に踊らされ、返り討ちにされたのだから悪態の一つも付こうというものだ。
確かに、八岐の炎からは術者本人が纏う炎ほどの密度はないが、それでも神凪宗家の炎。末端でも強力無比、仙位を倒すなどそれだけで十分を超えてあまりある。更に言えば、今の男が炎を断ち切れたのも態と煉がそうさせ油断を誘ったからに過ぎない。
(だが、強引にも切り込むその気持ちも解らなくはない。このままでは……勝てん)
縦横無尽に動く八岐の炎は、神崎達が幾度となく放つ氣刃を容易く砕き、刃の届く距離に近づけさせない。もし実体があるのなら、互いの動きが絡まりあったり邪魔しあって切り込める隙ができるのだが、元が炎であるゆえにそれもない。
それより何より、仮に切り込めたとしても、〈仙霊器〉クラスの武器では、煉の纏う炎を超えて刃を届かせるのは不可能。〈神鳴流の剣姫〉ならば可能かもしれないが、仙位個人では不可能だ。
【相生】を幾度か繰り返せば、一度くらいは可能かもしれないが……この現状では無理な話だった。
(神凪でもせめて分家であれば、二人でも勝てたかもしれんが……やはり、真っ向では勝てぬか)
神崎は意を決すると、襲い来る火龍の攻撃を避け、地に落ちていた刀……最初に倒された仲間の刀…を拾い、二本の刀を構える。
「〈火〉の仙霊器か……仕方がない、無いよりはましだ。吉野!」
刀を手に持ったまま、吉野…最後の仲間に向かって器用に何かを投げる神崎。吉野はそれを受け取り、確認すると少しだけ目を見開き、神崎を見返す。
「全力で金の技を放て! 後の事は頼んだ」
「委細承知……奥義 〈斬鉄閃 弐の太刀〉!!」
何を聞くまでもなく、全力で〈斬鉄閃 弐の太刀〉を神崎に放つ吉野。
神崎は凄まじいまでに水氣を纏わせた二振りの刀でそれを受け取り、相生の理を用いて水氣を増幅させる!
「神凪の御子よ! 我が渾身の一撃、防げるものなら防いでみよ!!」
振り上げた二本の刀より迸る水氣が一本の巨大な水氣の刀身となる。身体には一切氣を纏っていない。それどころか、身体強化すらしていない。正真正銘、全てをこの一撃に込めていた。
巨大な水氣の刀身を振りかぶり、煉に向かって疾走する神崎。その神崎を迎撃しようと、煉は炎の帯を巧みに操るが、神崎はそれらを体術だけで全て避け、一呼吸の間に煉の眼前まで迫った!
「金〈生〉水―――――応技 滝牙閃刃!!」
振り下ろされる水氣の刃。煉は纏う炎を両手に集め、盾のように水氣の刃を受け止め―――――消滅、そのまま炎を押し出すように放ち、神崎を炙ると同時に吹き飛ばした。
吹き飛ばされた神崎は地面に叩きつけられる直前、吉野が受け止めた。
「大丈夫ですか、隊長」
「…………………なんとかな……今にも意識が途切れそうだが」
吉野に支えられながら立ち上がる神崎。その二人に、煉を警戒するそぶりはない。なぜならば…………
「俺の……いや、神鳴流の勝ちだな、少年」
煉は力尽きたように大地に伏せていたからだ。炎も僅かな燐光を残すのみで、既に殆どが消え去っていた。
あの時……神崎の狙いは煉を倒すことではなく、自分に炎と煉の意識を引き付けることにあった。そして注意が逸れた…それでも意識の三割程度は向けられていた…吉野が粉末状の眠り薬を風に乗せ、煉に嗅がせたのだ。
その薬が無味無臭とはいえ、普通に行えば煉の纏う炎に燃やし尽くされていただろう。だからこそ、神崎は煉の意識を吉野から逸らそうとしたのだ。
予め意識にショックを受けて気絶すると知っているのだ。神崎は気をしっかりと持っていればいい。そして、幸運にも吉野は風上に立っていた。後は煉の注意が薄くなった隙に薬を風に乗せれば良かった。
最後の神崎を吹き飛ばした爆風は予想外だったが、わずかな差で薬が届いたようだ。
そして……神崎達は勝った。だが、その実それは神崎達にとってかなり危うい勝利だった。
煉がもう少し炎術に長けていれば、気が付く付かない以前に薬を焼いていたのだから。そして、煉が自分達を殺す気がないことを知っているがゆえに出来た行為だ。
もし、煉が最初から殺す気でいたら……否、最初の定義通り炎術に長けていれば、この場におびき寄せるまでもない。あの場で全員が焼かれていた。森を、そして仲間を一切燃やさず、自分達だけを。
そして、何もかも気にせず、その力を単純に全力で解放していれば…この場は壌土となり、煉しか残っていなかっただろう。
全てが、煉の未熟さゆえが……そして変わらぬ信念ゆえに得られた勝利だった。
「末恐ろしい少年だな。私が全力で氣を込めた仙霊器がこれだからな……」
もはや柄しか残っていない仙霊器を懐に仕舞いつつ、倒れている煉を見る神崎。その煉に向かい、吉野は刀の切っ先を向ける。
「殺りますか?」
「こんな子供を殺す気か? 俺は御免だ。この少年は誰一人として殺さなかったのだぞ。それなのに手を出すなぞ、神鳴流の名を汚す行為。これで借り貸しは無しだ。
それに、今は敵とはいえ、この少年は己の信念を最後まで貫いたこの少年、俺は尊敬するよ」
敬意ではなく尊敬。遠回しに、この命令を不服としても受けざるをえない自分を皮肉った言葉。
そんな神崎の言葉に吉野は「そうですね」と答え、刀を納めた。そのあっさりとした引きに、神崎は吉野もまた自分と同じなのだと感じる。
それは、気絶した仲間達も同意見のはず。神崎はそうも思った。
「では、どうしますか?」
「その辺に放っておけ。縛っておいても炎で焼かれるだけだからな。それに、後数時間は起きん」
それだけ言うと、神崎と吉野は煉を木陰に運んで横たわらせる
「じゃぁ、急いで元の場所に戻るぞ」
「この者達はどうします?」
気絶した仲間達を見ながら訪ねる吉野。指をバキバキ鳴らしているところを見ると、殴ってでも起こすつもりなのだろう。
だが、神崎は首を横に振ると仲間の刀を拾い、腰に差す。
「放っとけ風邪をひいても自業自得だ。それに、子供じゃあるまいし目を覚ましたらすぐに追いかけてくるだろ」
「そうですね」
「それと、俺の名前と『煉殿には手出しは無用』と書いた紙でもそいつ等に乗せておけ。破れば処罰するともな」
「わかりました」
「任せたぞ」
神崎はそう言うと踵を返して元の場所に向かって駆け出し、吉野も言われたことを手早く済ませると急いで神崎の後を追った
敬意を表し風邪をひかぬように服をかけられた煉と、そのまま転がされた仲間を残して…………
一方―――――
こちらもやや広けた場所にて……素子は自分を追いかけてきた二人の神鳴流戦士達と対峙していた。
「〈青山 素子〉殿ですね」
最初に口を開いたのは神鳴流の女性……常磐からだった。
「人の名を訊くときは、まずそちらから名乗るのが礼儀だと思うが?」
「それは失礼しました。私は神鳴流〈仙位〉常磐 薫。そしてこっちは……」
「神鳴流〈仙位〉獅堂 琢磨」
紹介された獅堂という男が頭を下げる。しかし、その視線は素子より一瞬たりとも外されてはいない。
「私はそちらの言う通り、神鳴流〈無位〉青山 素子だ」
礼は礼で返す。素子もまた名乗り返す。そんな素子に、常磐は厳しい視線を向けて語りかける。
「青山 素子 殿。貴方は神鳴流の一員であるにも関わらず、何故そちら側にいるのですか」
「『そちら』も『こちら』も無い。私は仲間を攫われたから、そして今また攫われようとしているから、護っているだけだ。神鳴流こそ、何時から誘拐組織などに成り下がったのだ」
「浦島宗主の御命令です。組織の一員であれば、上からの命に従うのは道理。素子殿もこちらに従ってください」
「断る! たとえ浦島宗主であっても、仲間を差し出せなどという命令には従えん」
決然とした素子の言い様に、表情は厳しいまま、常磐の視線に幾分か暖かみが混じる。
常磐もまた、この度の命令を承服しているわけではない。だが、先も言ったとおり上からの命令には絶対服従。それが組織というもの。そう易々と覆せば組織自体が崩壊する。
いかに不服があろうとも、〈仙位〉程度の権限、実力でどうにかなる問題ではないのだ。
「それは、厳罰を覚悟の上での言葉ですか」
「無論」
「貴方は〈無位〉です。その貴方が命令に逆らい、処罰されようとも神鳴流には些かも損害はありません。
ですが、貴方は【青山】です。貴方の勝手な振る舞いにより、青山家が大変な痛手を受けるとしても同じ事が言えますか」
「……………」
常磐の台詞に言葉がない素子。
常磐の言う通り、退魔組織【神鳴流】の中での素子の地位は最下層。末端の一人が処罰されようと、組織自体には些かの損害も支障もない。
だが、素子は神鳴流の中で最高の家柄『青山』家の次女。その様な身分の者が敵側に寝返ったなど、その厳罰は素子はもちろん、元舟や鶴子といった一族全てにまで及ぶことは想像に難くない。
父を…そして姉を慕う素子には、これ以上と無い揺さぶりの言葉だった。
そんな素子の心の揺れを察しているのだろう、常磐は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「こちらに戻れ…とまでは言いません。ただ、大人しく投降して下さい。そうすれば、神鳴流の方からも何とか口添えし、神鳴流内での処分で済ませられるでしょう」
このまま素子が破れ、その処分が浦島に委ねられれば、おそらく死刑は免れないだろう。だが、その権利が神鳴流に委ねられれば…最悪でも、技を封じた上での一生軟禁で済ませられるだろう。
更には、後数年内に浦島の宗主が影治から可奈子となるので、その際の恩赦で放免となる。
これは浦島側が勝つという事が前提だが…常磐にはそれを確信していた。
いかに景太郎が強くとも、浦島には次期宗主の可奈子、最強の退魔師・なつみ、神鳴流の総代や鶴子を初めとした聖位達。尤も、聖位は全て集まっているわけではないが、そのそうそうたるメンバーは上級妖魔にも絶対勝利するだろう……と。
「素子殿、決断を……」
決断を迫る常磐。だが、素子には決断のしようがなかった。
自分自身の事だけで収まるのであれば、素子は迷うことなく仲間をとった。景太郎達からの再三の忠告、警告に、素子の決意は決まっていた。素子自身も、何を言われても揺るがないと思っていた。だが、その決意は自分自身の事であり、家族が巻き込まれることまでは考えていなかったのだ。
これは、素子がそこまで解っていての決意だと勘違いした景太郎達の落ち度とも言えるし、素子の見通しの甘さとも言える。
だが、今更そんなことを言ってもせんはなく……全ての決断は、助言もないたった一人の状況で素子が下すしかない。
しかし、仲間か家族か……狭い、そして片方を選べばもう片方を犠牲にする二択は、誰にとってもそう易々とは選べない。
―――――そう、誰しもが…常磐も思っていたが、
「ありがたい提案。だが、断らせてもらう」
意外なまでにはっきりと、そして早い決断を素子は下した。
「なぜ? ご家族がどうなっても良いと?」
「青山の名はそこまで軽くはない。私が処刑されようと、家が死滅処分されることはまずあるまい」
「御家族がどうなっても良い…と?」
「大切な人を護れ、その為に我が剣はある。それを教えてくれたのは他ならぬ家族だ」
正確には、それは師である姉の言葉。だが、その姉の言葉もまたその師である父より受け継いだもの。直に教えを受けずとも、青山の信念は脈々と受け継がれていた。
「それに、厳罰を受けようと死ぬことのない家族と、捕まればどうなるか判らない仲間。どちらを選ぶかは自明の理であろう」
「…………では、どうあっても考えを変えるつもりは」
「ない。改めてはっきりと言おう。私は投降などしない。護るべき人達の為に、我が身を〈修羅〉とし、この剣を振るう」
その宣言と共に魔石剣〈明鏡〉を鞘から抜き放つ素子。外気に晒された硝子の如き刀身は、素子の氣を吸収し淡い光を放つ。
―――――暗き未来を切り払う光明の如く。
その素子の答えを、常磐は嘲ることも責める事もなく、如何なる感情も見せず受け止めた。
「そうですか。なら、仕方がありません。我らは神鳴流の戦士として、敵対者を排除しましょう」
常磐は左手に分銅、右手には鎌―――――鎖鎌を構える。
それと同時に、獅堂も両手に填めた武器を握りしめ構える。パッと見た目はメリケンサックに似ているが、拳の先には半月状の刃が付いている。“殴る”と“斬る”を同時に行える『日月牙』と呼ばれる武器だ。
「行くぞ……」
最初に口火を切ったのは、今まで沈黙を保っていた獅堂だ。身を低くした直後、素子に向かって一直線に疾走する。武器や見た目通り、一気に間合いを詰め、接近戦による力押し相手を倒す戦闘スタイルなのだろう。
素子はそうはさせじと刀を正眼に構えた…その時、獅堂がいきなり上空へと跳び、その背後から猛烈な勢いで分銅が飛んできた。
「くっ!」
半歩横に移動する素子。その素子の喉があった空間を分銅が通り過ぎ、後方にあった木を貫く。
鎖を引き戻すまで、常磐の動きは制限される。そう判断した素子は即座に常磐めがけて走る。が、その寸前で上空から土氣を纏った獅堂が降下した。
「奥義 破岩衝!」
土氣の奥義…剣術で〈斬岩剣〉に当たる技…を、踏みつけるような踵落としで繰り出す獅堂。既に走る体勢で、避ける間もない素子は明鏡の柄本で受け止めるが、その重い一撃に素子よりも地面が負け、足下が沈み込む。
「ぬぅぅ……はぁ!!」
押し返すように弾き飛ばす素子。獅堂はそれに逆らうことなく跳び下がり、それと入れ替わるように鎖を手元に戻した常磐が素子に迫る。
「その首、貰い受ける」
「そう易々と渡すつもりはない」
常磐が右手に持つ鎌を振るい、素子は明鏡でそれを受け止める。だが―――――
「なっ!」
そのまま常磐は止まることなく左足を震脚の如く踏みだし懐に潜り込むと同時に、素子の胸部目掛けて左肘鉄を打ち込む。
「―――――ッ!!」
まったく予想外の攻撃に踏み堪えることすら出来ず、吹き飛ばされて後方の大木に叩きつけられる素子。
身体に趨る軋むような痛みに素子は歯を食いしばって耐えつつ、即座に起き上がって追撃してくる獅堂の正拳突き…否、斬撃を明鏡の刀身で受け止める。
「終わりだ」
左手…もう片方の手を振りかぶる獅堂。だが、その拳が振り下ろされるよりも早く、素子が獅堂を蹴り飛ばした。普通なら体格負けしていたが、背に支えとなる木があったために出来たのだ。
次なる追撃に明鏡を構え直す素子。その素子の眼前に一枚の紙が舞っていた。
「これは―――――『爆火符』!?」
その瞬間、素子は紅蓮の炎に包まれた。
【爆火符】 その名の通り、爆炎を発する符。符術の一種で、そうそう珍しくはない代物。
ただし、神鳴流のモノは独自に改良され、氣を流し込んで数秒後に爆発するようになっている、いわば簡易的な手榴弾に近い。更には込める氣の量により威力が変化し、最大でもダイナマイトに匹敵する。
今の獅堂の【爆火符】も、その最大威力を発揮していた。
「せめて、遺髪ぐらいは総代や鶴子様に届けたかったわね」
「……済まぬ」
常磐の呟きに、後方に下がった獅堂が短く返した。
あの爆炎と衝撃…本来は対妖魔妖のもの。最下級の妖魔に手傷しか負わせないとは言え、人の身では肉片すら残らないだろう。
「青山家の末娘といっても所詮は【無位】。警戒していたほどでもなかった……事はないみたいね」
おさまった爆炎の中から現れたのは、右手で柄を握り、左手を刀身の平に添えて前方に突き出した姿の素子であった。その素子の周りには氣の障壁…光の膜があり、それをもって身を守ったらしい。
「やるわね、あの一瞬で障壁を張って防御するなんて。少々焦げてるみたいだけど、ほぼ完璧に防いだみたいね。さすがに、氣の属性変化まではできなかったみたいだけど」
「あのタイミングでそこまでできるのは〈将位〉でもそうは居ない。障壁の展開速度・強度に関してもかなりのものだ」
「彼女、既に〈将位〉でも上位クラスの実力ってわけね。さすが青山の娘」
常磐が、そして獅堂が素子を素直に賞賛する。その二人が見つめる中、素子は氣の障壁を解いた。
―――――その瞬間、素子は明鏡を納刀し……即座に抜刀する。
「秘剣 斬空閃・弐の太刀!!」
横真一文字に振り抜かれた軌跡に沿った風氣の刃が放たれる。それはまだ収まらぬ土煙を切り裂き、常盤達に襲いかかった。
常磐と獅堂は左右に別れて跳んで避ける。
「土蛇―――――我が敵を喰らえ!」
常磐は避けるや否や、己が仙霊器〈土蛇〉に火氣を込めて分銅を投擲する。
素子はその分銅を木氣を込めた明鏡で払った―――――が、
「巻き付け!」
その分銅がその名の如く蛇のように明鏡の刀身に巻き付き、束縛する。
「しまった!」
「私の蛇は狙ったエモノは逃がさないわよ」
素子の刀を奪い取ろうと鎖を引く常磐。素子は手放すまいと抵抗する……と、思いきや、突如明鏡を手放し、その場にしゃがむ。
その直後、素子の首があった空間を、背後からの獅堂の一撃が通り過ぎた。
「疾っ!」
風氣を纏わせた素子の足払い。足を刈ると言うよりは切断するその一撃を獅堂は下がって避けると、素子は追撃すること無く常磐に…明鏡を手繰り寄せて掴み取ろうとしていた常磐に向かって走る。
「奥義 斬光掌!」
斬る光と言う名に相応しく、振るった右手の軌跡に沿った神氣の光刃が常磐を襲う。
常磐はその氣刃を斬り裂こうと鎌を振り上げた―――――その時、
「―――――拡散!」
神氣の刃が拡散して閃光を発する。素子の目的は攻撃ではなく目くらまし―――――高い霊視力を持っていた常磐はそれが仇となり、まともに目をやられた。
「我が愛刀、返して貰うぞ!」
「―――――ッ!」
眼前にまで迫った素子に向かって鎌を振るう常磐。目が眩んでいても氣ははっきりと補足しており、更には今の素子の声から距離を、そして目的から軌道を推測できる。まさに、目を瞑っていても攻撃を当てることができる。
だが―――――
(なにっ!?)
素子は予想とは裏腹に、刀とは逆…鎌を持っている右手方向へと避けた。そして―――――
「神鳴流 浮雲・旋一閃」
風氣を纏った素子が常磐の鎌を持つ手、足を絡め、巻き込むように……それこそ旋のように空中を二回転半し、地面に叩きつけた。
「ぐぅっ!」
「チッ!」
だが敵も然る者。地面に叩きつけられる直前に纏う氣を土氣に変え、ダメージを最小限に抑える。
しかしダメージはダメージ、手の力が緩んだ隙に刀を奪い返し、その場から跳び離れて明鏡を構えた。
「見事な『浮雲・旋一閃』ね」
「仙位の方にお褒めいただくとは光栄です」
立ち上がった常磐の言葉に、油断無く構えたままそう答える素子。獅堂も仕切り直しのつもりなのか、常磐の隣りに立って構えをとる。
「見たところ、かなりの練度のようね。風氣への属性切り替えから決めに至るまで、淀みのない一連の技の流れは見事としか言い様がないわ」
「どうも。どうしても決めてやりたい相手が居まして」
「へぇ……その言い様だと、その相手は決められてないようね」
「ええ。逆に返されました、ものの見事に…気がついたら地面の上に叩きつけられていたという体たらくで」
素子の言葉に軽く目を見張る常磐と獅堂。仙位から見ても素子の『浮雲・旋一閃』は見事だった。その技を逆に…ものの見事に返すなど、仙位でも体術に秀でた者ぐらいだ。
それもある意味仕方がない。言うまでもなく相手は景太郎…対・神鳴流を想定し、技を磨いた男なのだ。
「恐ろしい相手ね。それよりも……素子殿。あなた、今躊躇ったわね」
「なんのことです……」
常磐の言葉にいぶかしむ素子。そんな素子に、常磐は苦笑する。
「隠さなくてもいいわよ。この道を歩むものなら誰しも一度は当たる壁、私にも経験はあるわ。人を殺す事への躊躇いと恐怖はね」
「っ!?」
「さっきの〈浮雲・旋一閃〉、叩き付けるのに一瞬の躊躇があったわね。思いっきり叩き付けていいものか…堅い地面は普通の投げでも十分な凶器になるから。
それに、斬り合いでも貴方は致命傷となる部位は避け、足などの動きの妨げになる部位を狙っていた」
「…………」
「当たり……のようね」
押し黙り、言外に肯定してしまった素子に、常磐は嘲るわけでも侮蔑するわけでもなく、優しげな微笑を見せた。未熟な後輩を見る先輩の顔で。それが気にくわなかったのか、素子は刀の切っ先を常磐に向けて睨む。
「黙れ! 確かに私は人を殺したことも、斬ったこともない。だが、殺さずとも貴方達を倒してみせる!!」
「相手を殺さず、制する戦いで私達を倒す…か」
素子の言葉に、常磐は鼻で笑う……そして、
「自惚れるな!!」
表情を一変させ、裂帛の気迫と怒声を放つ。
そのあまりの声と気迫に、隣にいた獅堂は顔を顰め、素子は衝撃に打ち据えられたように体が竦む。
「位は〈無位〉なれど、その実力は当に〈将位〉に達している。それは認めましょう。しかし、どう贔屓目に見ても〈将位〉の上位がせいぜいの貴方が、仙位二人に勝てると思っているのか!!」
歴然たる事実……素子は自分が〈将位〉の上位程の実力に達していることに半ば驚きだが…に何も言い返せない素子。【位】一つと思われるが、そのくらい一つの違いはかなり大きい。
そして、素子の目から見て、常磐は上級仙位、獅堂は中級仙位。どうやっても将位一人で勝つ可能性などありえるはずもなかった。
「常磐、時間を掛け過ぎた。早く仕留めて戻るぞ」
「そうね。さっさと片づけましょうか」
「クッ…………」
二人の言葉に素子は唸るが、それ以上言葉は無かった。
(確かに、力の差は大きい。先程までは、私を侮っていたところがあったから何とか互角…いや、凌げたが、もうそれもない。次は確実に『勝利』するために本気で来る)
先程よりも格段に強い氣を発する『仙位』二人。今までも殺す気だったのだろうが、今度は全力で…と、付く事は明白だ。
だが、素子も自分の発言に嘘偽りはない。格上である二人を倒すため、素子もまた全力で練氣を開始する。
そして―――――今度も、最初に動いたのは獅堂だった。
「猛り狂え―――――火狂」
己が武具、仙霊器〔火狂〕の力を以て相応、拳に纏わせた土氣を増幅する。対し、素子は即座に氣を相剋である【木】に変じ、明鏡に収束させ大上段に振りかぶる。
「奥義 百花繚乱!!」
「神鳴流 奥義 五煌千手・土!!」
素子の放つ翠の数多の花弁を、獅堂の拳が繰り出す黒き乱打が迎え撃つ。相剋上、土よりも木が有利。だが、獅堂の拳の弾幕はその翠の花弁を次々に粉砕し、その花弁を瞬く間に散らす。
素子は奥義を継続させる形で次々に花吹雪を放つが、それよりも獅堂が打ち砕く方が明らかに早い。
「見事な百花繚乱。この分であれば【将位】は確実……修練さえ積めば、数年の内に【仙位】まであがれるだろう」
技を繰り出しつつも冷静に素子の技を分析する獅堂。その声には焦りも傲りもない。それが、獅堂と素子の実力差を如実に語っているかのようであった。
「だがそれも……生きていれば、だ!」
獅堂の拳が花吹雪を突破する。素子は一歩下がって間合いを空けると、更に強力な技を放とうと刀を振りかぶる、が―――――
「神鳴流 奥義 〈破岩衝・二ノ撃〉!!」
正拳突きと共に放たれた土氣の塊が先んじて襲いかかる。素子は木氣を纏わせた明鏡で迎え撃つが、相剋対象でもあるに関わらず力負けし、相殺したものの反動で明鏡を弾かれた。
「どきなさい、獅堂!」
常盤の声に獅堂がその場から跳び退く。
「土蛇・相生―――――奥義 〈空蛇衝〉!!」
分銅を投じる常磐。金氣の奔流に包まれ高速で虚空を突き進むその様は、金色の蛇が空を貫き獲物に襲いかかるが如く。
(対応は…無理だ。避けきれない。防ぐにも手元に刀も無いし、仙霊器を使った相生の奥義は素手で防ぎ切れるものではない)
「クソッ!」
向かってくる金氣の奥義の一撃に、素子は舌打ちしながら袖口より一本の苦無を取り出しす。
その苦無は通常の物とは異なっており、全体が金色に輝き、持ち手の柄尻の黒が唯一色違いだった。
(神凪、頼むぞ!)
その苦無を迫り来る分銅に向かって振りかぶった瞬間―――――素子の脳裏に、この苦無を景太郎に渡された時の事が甦った。
「青山、これをお前にやっておく」
作戦会議も終わり、明日に備えて仮眠をとろうとテントに戻ろうとした時、景太郎が素子を呼び止め、手に持っていた物を差し出した。
素子はとりあえずそれを受け取ると、まじまじと見つめて首を傾げる。
「何だこれは? 一応、形状は苦無のようだが……」
「ああ、苦無だ。だが、同時に白井の作った魔具でもある。銘は〈氣鏡刹・二式〉」
「白井殿が? それでは、この様な色をしているのは……金氣か?」
「そうだ。俺がそれなりに金氣を篭めた」
「では、明鏡と同じなのか……」
腰に差してあった明鏡を抜刀、その透明な刀身と苦無を並べて見る。
「確かに基本的な構造、材質はお前の『明鏡』と同じだ。ある意味、明鏡の前期型と言ってもいいな」
「なるほど……」
「ただ、『明鏡』と唯一にして決定的に違うのはその用途だ。『明鏡』が氣を吸収して刃にする〈常時展開型〉に対し、『氣鏡刹』は〈蓄積開放型〉……一度氣を篭めれば、使うまで無くなることはない。つまり、先に篭めておけば、その時まで携帯して持ち歩き、必要に応じて解放する事ができるということだ」
「それは便利だな。咄嗟の対処が素早くできる。五つもあれば、どんな状況に置いても全てをカバーできる」
金に輝く苦無を熱心に見つめる素子。
つまり、五つ苦無があり、そのそれぞれに五行の力を別々に篭めれば、どんな状況にも咄嗟に対応できる。さすがは根っからの神鳴流戦士というところか、苦無の利点を素早く導き出す。
「しかも、一度使っても再度氣を篭めればまた使える。それはくれてやる、いざという時の護身用にでも持っていろ」
「そうか、ではありがたく貰っておこう」
「最後にそれの発動条件を教えておく。何も難しいことをする必要はない、念じればいいだけだ。後は投擲して衝撃が加わった時点で自動的に中身を解放する。慣れれば任意の時をおいて…つまり、時限的に解放させることもできる。まぁ、今はただ投擲用とだけ覚えていればいい」
「ああ、解った」
「そうそう、言い忘れるところだったが……名前に『二式』と付けるだけあってその苦無は特別製でな、ちょっとした仕掛けがある。俺の切り札の一つだけあって強力だからな、使うときには気をつけろよ」
「お前の切り札の一つ……か。感謝する、大切に使わせて貰おう」
「行け、氣鏡刹!!」
慣れない内は只念じるよりも言葉を伴わせた方が念じやすい。景太郎のアドバイスに従い、言葉と共に念じた、素子は苦無『氣鏡刹・二式』を投擲する。
(信じるぞ神凪、貴様の切り札!)
金色の輝く分銅と苦無が真正面がら衝突する。その瞬間、
―――――カッ!!
苦無より発生した強大な金の波動が相手の金氣を一瞬で消し飛ばし、分銅を弾き飛ばす。そして金の波動はそのまま常磐に向かって一条の閃光となって放射される。
「なっ―――――」
驚愕の言葉も半ば、迫り来る金氣の奔流に火氣を纏い防御する常磐。だが、金氣の奔流に弾かれ、大木に衝突して力無く崩れ落ちた。
無様…と、嗤う無かれ。仙霊器と相生して放った奥義を、素子が放った苦無の一撃が一瞬で打ち破ったのだ。それも、相剋たる〈火〉ではなく同属性の〈金〉で。つまり、霊器を持たない素子が霊器を持つ自分を遥かに凌駕した。実際には勘違いだが、それを知らない常磐には直視しがたい現象に見えたであろう。
その為、思考に一瞬の空白が生じ…何とか火氣で防御はしたが、弾き飛ばされた際に受け身をとれなかったのだ。
トスッ―――――
気絶して倒れた常盤と共に、地面に突き刺さる苦無。込められた力を全て解き放った今では、素子の明鏡と同じく硝子のような刃と化している。
その苦無を素子は……苦々しく見つめていた。
「神凪め……なにが『それなりに』だ。仙位の奥義を消し飛ばしたぞ。それに『ちょっとした仕掛け』だと? 冗談じゃないぞ、こんな危険な物を渡しおって……」
正確には『それなりに本気』だったのだが、そうとは知らない素子は景太郎の底知れない実力に毒づく。そして、この苦無…氣鏡刹・二式の『ちょっとした仕掛け』にかなり腹を立てる。
氣鏡刹・二式の仕掛け…それは、相生攻撃だった。柄尻の黒い石。それは刀身とは独立しており、別の氣…土氣を篭めていたのだ。それが刀身の金氣と相生し、威力を更に爆発的に高め、仙位の奥義を容易く消滅させたのだ。
今のは投擲したから良かったものの、もし間近で行っていれば、その余波に自身も巻き込まれ自爆していた。
そんな大切な事を言わず軽く注意した景太郎に素子は腹を立てるが、同時に大いに感謝していた。本人が居ないところでも口にしない辺り、本当に素直ではない性格だ。
「よもや、それほど大きな切り札を持っていたとはな」
倒れ伏した常磐に目を向けることなく素子の前に立つ獅堂。冷酷かもしれないが、これが戦闘のプロなのだろう。
その残る仙位、獅堂に対し素手で構えをとる素子。
「素手で構えるか。もはや切り札も無いと見える」
「…………」
獅堂の言葉に沈黙で返す素子。その沈黙が素子の状況を如実に語っていた。
神鳴流は武器を問わずとはいえ、相手は格上の仙位。しかも武器の形状からして徒手空拳が特に長けている戦士。対し、素子は素手でも戦えるが基本は剣士、元より格上の相手に素手では敵うとは思えない。
だが、明鏡は拾いたくとも不幸なことに獅堂の後方に転がっていた。氣鏡刹はそれよりも近く、別方向だが獅堂が易々と拾わせてはくれまい。
常磐に使った目眩ましを使おうとも考えたが、一度見せた技が通用するほど容易い相手ではないだろう。
他に色々と考えるが、これといった打開策は思い浮かばない。まさに、万策尽きたと言っても良い状況だった。
「それでも諦めぬか。その心意気は見事」
状況を理解しつつも闘志を些かも失わぬ素子に、獅堂は言葉短く賞賛する。そして……
「その心意気の俺も応えよう。余力を考えず、全力をもって相手をする!」
「―――――ッ!」
後方に跳ぶ素子。直後、素子の居た地面を獅堂が振り下ろした拳が大きく穿つ。そしてすぐさま獅堂は素子との間合いを詰めると、息も吐かせぬ連続攻撃を繰り出す。
(速い!)
風氣を纏い、高速移動の歩法『旋駆』を織り交ぜた素早い動きで辛うじて避ける素子。
獅堂が纏っているのは土氣なれど、その卓越した体術は『旋駆』をもってしても確実に避けきれず、徐々に追い込まれる。
「これで―――――終わりだ!」
とうとう追い詰められた素子に、獅堂が土氣を纏う拳を繰り出す。その拳が…否、日月牙の刃が素子の頭を分断する―――――寸前、
「遅い!」
紙一重で……いや、頬を薄皮一枚切らせて避けた素子が獅堂の懐へと潜り込む。
確かに獅堂は強い。だが、素子は常日頃から景太郎という更に強い存在に稽古で叩きのめされているのだ。技術はともかく、素子の目は更に速い世界に慣らされている!
「奥義 〈雷鳴拳〉!!」
拳に収束された風氣が雷氣へと転じ、凄まじい電光と共に獅堂の鳩尾に突き刺さる。
「やったか!?」
しっかりとした手応えに半ば勝利を確信する素子。だが……次に目にしたのは、全身に金氣を纏い、右の拳を振り上げた獅堂の姿であった。
「残念だったな……さらばだ!」
技を放った直後で、回避する間もない素子に、その拳が直撃―――――する直前、今度は何処からか飛来した光弾が獅堂を直撃、大きく弾き飛ばした。
獅堂は五メートルほど空中を飛んで地面に激突、うつ伏せに倒れてピクリともしない。生きてはいるが、完全に気絶したようだ。不意を突かれたのもそうだが、あの光弾自体の衝撃が相当のものだったのだろう。間近にいた素子にまで衝突した際の獅堂の衝撃が伝わるほどだった。
「一体何が起こったんだ?」
いきなりの出来事に驚いたまま、素子は光弾が飛んできたであろう方向…上空に視線を向けた。そこには遠目ではっきりはしないが、鳥のようなシルエットが見える。
それを見た素子は一瞬目を大きく見開き、すぐに微苦笑した。
「感謝する」
相手には見えないかもしれない。だが、素子は一礼すると、疲労に倒れそうになる体を気合いで動かし、明鏡と氣鏡刹を拾い上げて元の場所…なる達を護る結界のある場所へと一歩一歩歩き始めた。
―――――後編に続く―――――
〔あとがき〕
どうも、ケインです。二十七灯 中編……煉と素子の戦いでした。結果、煉君は敗北、素子は辛うじて勝利ですが…戦いそのものは敗北でした。
素子は元から勝負にならない戦いでしたが、煉君は…意外といえば意外でしょうか。戦闘力で言えば煉君は仙位五名など問題にならないほど格上ですからね。本文中にも書きましたが、煉がその気にさえなったら戦闘開始直後に勝負は決まっていましたしね。
勝負を決めるのはただ単純な戦闘力ではなく、状況や搦め手、此処の信念といった様々な要因に簡単に左右されてしまう…と、言うことなのかも知れません。
さて…次回ですが、皆様の予想通りに灰谷とその使い魔達の戦いです。そこで、思わぬ因縁により戦いが予想外の展開を迎えてしまいます。
その因縁とは……次回をお待ちください。
それと、実は灰谷は強いではないか? と、質問をくださった方、後編にてその答えが明らかとなります。
それでは…次回〔後編 召喚師とその使い魔達の戦い〕もよろしければ読んでやってください。ケインでした…………