ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第二十七灯 後編 「残されし者達の戦い―――――召喚師と五人の使い魔の戦い」
「う~ん、追ってきたのは五人か。多いと取るか、少ないと取るか……どう思うよ」
「言うまでも無かろう」
軽く疾走しながらそう呟く灰谷に、併走している使い魔の一人、紫苑が薄ら笑いを浮かべてそう答える。
「そりゃそうだ。さて…と。もうそろそろ良いな」
足を止める灰谷。結界からはさほど離れてはいない。結界にすぐに駆けつけられる距離だ。
「観念したか」
追いかけてきた神鳴流戦士の一人…木崎がそう声を掛ける。そんな木崎に、灰谷は肩を竦めると顔に苦笑を浮かべた。
「まさか。走るのに疲れたんでね、ここいらでさっさと終わらせて貰うだけさ」
「ほう……大層な自信だな」
「当たり前。舐めんなよ……此奴等をな」
灰谷を護るようにラブレス達五人が立ちふさがる。そんな五人に灰谷は優しい笑みを浮かべると、
「と、いうわけでお前達、よろしく頼むぞ」
何ともまぁ、使い魔とはいえ少女達に全てを任せた。
神鳴流戦士達はそんな灰谷の行動に呆れと侮蔑の視線を向けるが、当のラブレス達は至極当然といった感じに頷き、了承の意を示した。
「あの程度であれば、大して時間はかからないでしょう」
「御主人様の御随意に」
「うん、頑張る!」
「親方様の命令とあらば」
「たまには御自分で戦ってみてはどうかえ、主殿」
ラブレス、エネア、ラビッシュ、ファーナが快く返事をする中、紫苑だけがからかいの言葉を返す。そんな紫苑に灰谷はやたら爽やかな笑顔になると、いつの間に取り出したのか一冊の本を軽く叩く。
「だってほら、俺ってば文系だから」
「初めて知ったの。妾はてっきりお笑い系かと思っておったんじゃがのぅ」
どこまでも辛辣な紫苑の言葉に、灰谷ははっはっはっはっと笑いながら器用に指先で本をクルクルと回している。
「別れの挨拶はすませたか?」
「わざわざ待っててくれてどうもね」
「あそこまで隙だらけだと罠かと警戒してしまう。もっとも、杞憂だったようだがな」
「過大評価どうも」
「予想通り、貴様は雑魚のようだな。さっさと始末するぞ」
灰谷の軽い態度を一切無視し、木崎は仲間に号令を掛ける。
武器を手に持ち闘気を向ける神鳴流戦士。それに対し、ラブレスとラビッシュを除いた三人がそれぞれ武器らしき者を握る。
それは、戦いの直前にラブレスが取りだした道具だ。
エネアは己の身長よりも長い棒…棍を構えている。紫苑は白銀色の中華風の鉄扇が二つ、左右の手に握られている。
そしてファーナの得物は両手で構えて撃つスナイパーライフルだ。それも通常の物よりも二回りも三回りも大きい代物。とても華奢な少女が持てるとは思えないが、当のファーナは平然と持ち上げている。しかし、それより目を引くのはライフルのトリガー近く…本来は弾を込める部位だ。ぽっかりと十センチ程度の穴が空いているだけだ。まるで、そこに弾の代わりに何かを填め込むように。
「子供の玩具にしては仰々しいな」
木崎が自分の得物…背負っていた長大な包みを手に取り、その布を剥ぎ取る。そして現れた武器は長い直剣に鉤の様な刃の突起が複数存在する大剣―――――【七支刀】と呼称される武器だ。
およそ実践に向いているようには見えないが、それより放たれる霊気は尋常ならざるものがある。
「―――――ッ!!」
突如、終始無表情のラブレスの相貌が驚愕に崩れる。その視線の先は木崎……その手に持っている武器に固定されていた。
そしてその視線は木崎に戻され…肩を震わせ、射抜かんばかりに睨み付ける。
「ラブレス?」
明らかに異常なラブレスの様子に声を掛ける灰谷。だが、ラブレスは灰谷の声すら聞こえぬ様子で小さく呟く。
「そうか……貴様があの時の…………」
「―――――ッ!! “あの時”だと!? 奴がそうなのか?!」
珍しい灰谷の驚愕の声に、ラブレスは視線を逸らさぬまま黙って頷いた。
二人だけで解り合っている様子に、エネア達は揃って不思議そうな顔をするが、あえて声を掛けようとはしない。自分達より遥かにつきあいの長い二人…おいそれと自分達が割り込めない事情があることを理解しているのだ。
「主…済みません、これより独断で動きます」
「おい、ちょっと待て!?」
慌てて制止する灰谷の言葉を置き去りに、ラブレスと木崎が姿を消した。ラブレスの空間転移で移動したのだ。
その突然の事態に、残った四人の神鳴流戦士達が動揺する。
「チッ……しょうがない。俺はラブレスを追う、お前達は適当にあいつらを片づけとけ。ああそれと、できるだけ殺さないように、煉君と一応約束したからな。ただし、怪我をしそうになったら無視しろ。他人の信念よりお前らの身が一番だからな。じゃ、頼むぞ!」
口早に捲し立てると、灰谷は場をエネア達に任せてラブレスの元へと駆け出す。
魔術的な主従関係を結んでいる灰谷に、ラブレスの位置はすぐに解る。離れすぎると感知しにくいが…幸いにも同じ山の中、手に取るようにいる位置が割り出せた。
「逃すか!」
神鳴流の四人の内の一人―――――弓を持った者が四本の矢を同時に射る。だが、
「させません」
進み出たエネアが立ちふさがる。そして右手をかざすと四本の矢が落ち、地面に突き刺さる。
その間に灰谷は先程までとは桁違いのスピードで走り去った。
「この小娘、邪魔をしおって!」
邪魔をしたエネアを睨み付ける男。残りの三名もそれに応じて刀を構える。エネアはといえばその視線を平然と受け止め、この先は行かせんと言わんばかりに共に立ち塞がる紫苑等と共に身構える。
「行くよ!」
最初に動いたのはファーナ―――――背の翼をはためかせて上空へと飛翔する。それと同時に何処かから取り出した『白い水晶球』を銃身の空いている穴に填め込む。
そして木々よりもはるか高みまで僅か数秒で飛翔、ライフルを構え、敵である神鳴流戦士達を捕捉、狙撃体勢に入った。
次いで動いたのはエネア―――――棍を上段に構え、神鳴流の戦士達に跳びかかる。そこそこの距離があったにもかかわらず、エネアは軽やかに…それでいて素早く飛び掛かると、さして力を込めた様子もみせず棍を振り下ろした。
外見が十二、三歳程度の少女が振り回す棒。遠心力が加わろうとも然したる威力など無い―――――と、誰しも思うが、神鳴流の者達は弾かれたように左右に離散する。
直後、エネアが四人が居た空間に棍を振り下ろし……地面が浅く凹み、クレーターが発生する。草の潰れ方から、抉れたのではなく巨大な何かを叩き付けられたみたいだ。
(見た目に惑わされず避けましたか。やはり、先に『能力』を見せたのは失策でしたね)
再び棍を構えながら胸中で呟くエネア。彼女の能力…それは重力操作だ。己の知覚範囲内であれば、任意の空間、場所に展開、自在に操作することができる。
先の灰谷を狙った矢を落としたのも、四本の矢のみに重圧をかけて落とし、今のも棍の先に圧縮した重力場を作り、叩き付けたのだ。
神鳴流戦士達は先のエネアの迎撃の様を見ていたため、今の攻撃をあれほど素早く回避できたのだ。
「なんと……」
「嫌な予感はこれだったか」
潰された地面を見て冷や汗を流す神鳴流の者達。だがそれも数瞬、一人は弓を構えて矢を番え、三人は刀を構えてエネア達に向かって疾走する―――――が、
「なっ!」
「うおっ!?」
突如、刀を持った三人がつんのめって倒れそうになる。しかし何とか踏み堪え、転倒することだけは回避した。そして足下に目を向けると、そこには地中より生えた草が四人の右足首に絡みついていた。
いきなり生えた草が足に絡むなど普通ありえない。そして、これが普通の草程度だったら、『氣』で身体強化した【仙位】の足を止めることなどできない。
だが、今目の前の草はがっちりと足首に絡みつき、そして頑丈なロープのような強度で動きを封じている。
弓を持った者も同様だ。ただし、彼の場合は弓を持つ手に草が巻き付き、地面に引っ張られている。
ありえない現実に、彼らの動きが完全に止まる。それは数秒―――――だが、その隙を見逃すほど彼女達は甘くはない。
特に只一人静観していた紫苑の動きは誰よりも速く、四人に向かって風よりも速く疾走する。
「ゆくぞえ……」
鉄扇を開く紫苑。その鉄扇を構成する鋼板一枚一枚に光の文字―――――梵字が浮かび上がる。
「妾を見切れるかな……分身!」
姿がぶれると同時に八人に増える紫苑。妖弧のもっとも有名な能力の一つ『幻術』を駆使した幻影分身だ。
八人に別れた紫苑は二人一組となってそれぞれ四人の敵に向かう。同時に―――――
「舐めるな!!」
刀を振るい絡みつく草を切り払った四人が、襲いかかってくる紫苑に向かって刀を構える。それに遅れ、弓を持った男も矢を捨て、金氣を纏わせた手刀にて草を切り払う。
『ひゅぅ―――――』
短い呼気で八人の紫苑が神鳴流戦士に向かって鉄扇を翻す。
〈武は舞に通ず〉という言葉がある。まさに紫苑の動きはそれを体現していた。その動きは“一連の舞い”でありながら一切の隙もない流麗な連撃だった。
だが、隙を突いたからと言っても相手は神鳴流の〈仙位〉―――――その程度の奇襲でどうにかなるほど柔な相手ではなく、それらの攻撃を避けて一歩間合いを空けた瞬間、
『かぁっ!!』
三人の気合いと共に放たれた刀の一閃が、そして手刀の一撃が、それぞれの相対する二人の紫苑を一刀の元に切り伏せた。
そして斬られた八人の紫苑は地面に倒れ―――――霞が晴れるかのようにその姿を消した。
「馬鹿な! 全て幻だと!?」
神鳴流の一人が吼える。八人の内の何れかは本物のはずが、その全てが幻だったのだ。我が目を疑い、もう一度見直してもそこには巫女服の狐娘の姿はなかった。
その時、自分達の背後から鈴を転がしたような笑い声が響いた。
その声に驚き、振り返ったそこには……右手に持った鉄扇で口元を隠し、優雅に笑う紫苑が居た。無論、無傷で。しかもあろう事か、後列にいた弓を持った仲間が倒れており、その上に腰掛けていた。
心の底から驚いた様子を見せる三人に、紫苑は鉄扇を畳みつつ目を細めて微笑みかける。見た目九歳の少女が見せるにしては、あまりにも妖艶な微笑であった。
「どうしたのじゃ? まるで“狐に化かされた”ような顔をして……」
その言葉に歯軋りをする神鳴流戦士三名。妖弧相手とはいえむざむざと幻術にかけられたこと…そして、気を取られた隙に背後の仲間を倒されたこと。どちらとも、とんでもない失態である。
そんな彼らの心情を知ってか知らずか、紫苑はニヤッと笑みの質を変えると、閉じた扇の先端を三人の後ろに向けた。
「良いのかぇ? 敵にわざわざ背中を見せて」
紫苑の言葉に慌てて振り向く三名。だがそこには誰も居らず……突如、横手から凄まじい圧力と衝撃が襲いかかり、吹き飛ばされた。
その衝撃が襲った方向には棍を振り抜いたエネアの姿があった。棍に纏わせた重力場を放って三人にぶつけたのだ。
エネアが本気になれば、人間の身体程度は原型も残らないほど潰すことができる。本来であれば、主人である灰谷の害になる存在であるこの者達を殺すことは躊躇わないのだが、その主人である灰谷が殺すなと言ったため、その威力はかなり落とされていた。
それ故に―――――
「く…そっ!」
「おのれ……」
一人しか仕留められず、二人がダメージを負いつつも立ち上がった。
「手加減が過ぎたのもそうですが……少々、神鳴流を侮りすぎました。まさか、あのタイミングで防御するとは」
ギリギリで氣の障壁を展開し防御した二人の神鳴流戦士に、エネアが眉を顰めつつそう呟く。
対し、一人は紫苑、もう一人はエネアに向かって刀を振りかぶって奥義を放つ……その直前、二人の四肢を近くに生えていた木の枝が伸びて絡めとる。
「なにっ!?」
「またか! 一体何事だ!?」
草に続いた植物の邪魔に二人が憤る。そんな二人の視界に、枝が伸びている木の陰からこちらを窺うように見ている兎耳の少女の姿が映った。
「あの娘か!!」
「小癪な真似を―――――」
この一連の植物の不可思議な出来事。それはラビッシュの仕業に違いないと判断する二人。それは正解だった。
―――――植物操作能力―――――
ラビッシュが持つ、草木や樹木等の植物類を自在に操る能力。
直接触れるか、地面を介して植物に意思と魔力を流し込む。するとその植物はラビッシュの意志に従い形状を変え、流し込まれた魔力の強さによってその身を強靱にする。
先の彼らの足を絡めた草もその強度は頑強なロープ並、そして今彼らを拘束している木の枝は数倍は太いワイヤーに匹敵するほどだ。
それほどまでに強化された木の枝を、いかに氣を篭めた刀とはいえ十分な振りもなく斬れるはずもない。
二人は即座にそう判断すると深い息吹を初め、限界ギリギリまで練氣と氣の圧縮を始める。氣を一気に解放し、その威力で木の枝を引きちぎろうと考えたのだ。
だが…二人は失念している。木の陰から出てこないラビッシュはともかく、紫苑、そしてエネアがそんな暇を悠々と与えていることに。
そして、誰よりも先に自分の領域に移動した“翼を持つ少女”の事を!
「標的捕捉―――――発射っ!!」
上空にて、二人に向かって銃口を向けたファーナがトリガーを素早く二回続けて引く。そして銃口に光が灯った瞬間、光弾が二発放たれた。
その光弾は虚空を貫き風を裂き、一瞬で二人に接触―――――凄まじい衝撃だったのか派手に大きく体を弾ませ頭を垂れた。未だ木の枝に四肢を掴まえられているため、倒れようにも倒れられないのだ。
一見、グッタリとしてピクリともしないが……生きてはいるようだ。
これで四人全てが気絶……ラブレスが連れていった一人を除き、全てを倒したこととなる。
「強さは想像以上。しかし、警戒していたほどでもありませんでしたね」
「いかな神鳴流といえど、全てが全て強者というわけでもあるまい。そもそも、我らを追ったのは余りもののようじゃしの。それに、我らを子供と侮った油断を突き、立ち直る前に畳み掛けたのじゃ。むしろ、よく善戦したと言ってやれ」
エネアの重力操作とラビッシュの植物操作で倒した四人を一箇所にまとめつつ、エネアと紫苑が四人の実力、そして戦闘の評価を下した。
「それでどうする。主殿を追うか?」
「いえ、結界の元へ戻りましょう。御主人様とラブレスには込み入った事情があるご様子。お二人にお任せしましょう。本当に必要であれば、御主人様が召喚なさるでしょうし」
「それもそうじゃの。では、我らは我らの役目をするかのぅ」
「あのお姉ちゃん達を護ることだよね?」
「ええ、そうです」
四人が気絶したことにより、皆の元へと駆け寄ったラビッシュが元気良く答え、エネアがそのラビッシュの頭を撫でながら微笑んで肯定する。
「なら、さっさと行こうぞ」
「そうですね。ファーナ! …………?」
上空にいるファーナに声を掛けるエネア。だが、ファーナは手を振って拒否を示すと、何処かを指差しながら口をパクパクさせていた。
「ラビッシュ、ファーナはなんと言っているのですか?」
「うんとね、『青山っていうお姉ちゃんと神凪の男の子がピンチみたいだから、フォローしてくる』って言ってるよ」
さすがはウサ耳、聴覚がずば抜けて素晴らしい。伊達や飾りではないという事だ。
ともあれ、エネアはファーナに向かって手を振って了解の合図をする。するとファーナは翼をはためかせ、先程指をさしていた方向へと向かっていった。
「それでは、私達は元の場所へと戻りましょう」
エネアの言葉に紫苑、ラビッシュと頷き合うと、結界のある場所へと駆け出した。此処へ来る際の比ではない、まさしく疾風の如き速さでこの場を去った。
そして後には…折り重なって気絶している神鳴流の戦士達四名が放置された。
「面妖な術を使うな……空間転移か?」
前兆も(限りなく)無く、いきなり別の場所に強制移動させられた木崎は、七支刀の切っ先をラブレスに向けながら訊いてくる。
しかし、ラブレスはそれに答えることなく、逆に木崎に向かって詰問する。
「お前に訊きたいことがある。今より7356日前、お前は何をしていた」
「……? 七千……何だ?」
「訊き方を変える。約二十年前の冬、お前は『ディメンジョン・キャット』を二匹斬ったか?」
「ディメンジョン……キャット?」
ラブレスの問いに熟考する木崎。おそらく、自らの記憶を遡っているのだろう。
そんな木崎の様子をラブレスは一言も発することなく、ただただ冷たい眼差しを向け続けている。
「キャット…猫? ああ、そう言えば……確かそれくらい前に『化け猫』の親子連れを退治したな。それがどうした」
つまらぬ事を思い出したという感じの木崎に、ラブレスの…常に無表情で、滅多に感情を露わにしないラブレスの顔が、怒りに僅かながら歪む。
それは底なしに溢れる怒りが限界を超えて篭もれ出た印象を受ける。
「“化け猫”か……我々『ディメンジョン・キャット』は【猫の妖精】の一種族。妖魔や妖怪などと一緒にされるなぞこの上ない侮辱だ」
「はっ…妖精も妖魔も似たようなもの、人を害する存在だ。この世で産まれたか余所で産まれたかの違いでしかない。妖精であろうと妖怪であろうと“化け猫”は“化け猫”、邪妖から人々を護るのが我ら神鳴流の使命。感謝されるいわれはあっても、恨まれる筋合いなど無い」
恥じるべき事など一切無いという感じにキッパリと、胸を張って答える木崎。
神鳴流は浦島の『守護組織』である同時に、世に蔓延る邪妖を討つ『退魔組織』の一つでもある。彼らにとって妖魔や邪霊を討つことは、誇るべき事であっても恥じることではない。
それは善や悪を超えた場所にある理屈。妖魔と人間の関係…否、世界と異物との関係。
妖魔と世界は決して相容れる存在ではなく、妖魔は世界を汚し、その世界の存在…人などの生き物を滅ぼす。
そして世界は妖魔を否定する。その世界に住む存在が様々な力を使い、妖魔を討つ。
その理屈から言えば、木崎の言い分はほぼ間違っていない。同時に、世の魔を討つ存在がこの男と似たような思考である。
しかし、その『ほぼ』……妖精のくだりが問題を含んでいる。
確かに、妖精の中には悪戯に人を惑わしたり、害したりする存在がいる。だが、それは全てではない。人という存在が善悪の一口で括れないよう、妖精にも様々…種類が数え切れないほどあるから、ある意味千差万別に…いるのだ。
退治すべき存在を正しく理解しようともせず、人以外の種族を妖魔と一括りにし、ただただ『邪』と決めつけ排除するこの男は、『退魔師』としてではなく、人としての器が現れているかのようだ。
「しかし…その話の流れからすると、貴様はあの時始末し損ねた化け猫の子供か。二十年の時を経てまた私の前に現れるとはな。猫は執念深いと言うが……親子揃って馬鹿者よ」
木崎が七支刀を構え、その身体より金氣が立ち昇る。
「だが、私とて鬼ではない。この神鳴流〈仙位〉木崎 柳道が苦しまぬよう両親の元へ送り届けてやろう…………灯せ 【七星】! 七の光で魔を滅ぼせ!!」
木崎の発する金氣が七支刀…仙霊器【七星】へと収束、七つの刃が金色の輝きを発する。
「あの時とは違い、苦しまぬよう一撃でな―――――秘剣 斬鉄閃・弐の太刀!!」
唐竹に振るわれた七星より、金氣の刃が同時に『七撃』放たれる。一つの技を分割したり、連撃ではない、まったく同じ技を七つ同時に放ったのだ。
その七つの金氣の刃に対し、ラブレスは右手を目の前にかざし、右から左へゆっくりと振るう。すると七つの斬撃は見えない壁にぶつかったように砕け散った。
ラブレスの【空間操作】により空間を遮断して壁を作り、金氣の刃を防御したのだ。
「空間の壁か。確か、貴様の親も同じ事をしていたな。まったく芸のない……その程度の小細工で、神鳴流の…私の刃を止められると思うな!!」
再度、木崎の持つ『七星』の七つの刃に光が灯る。今度は金色ではなく純粋な光……神氣だ。その光は急速に輝きを増し、七つの星が燦然と煌めく。
「神鳴流 奥義 斬魔剣・弐の太刀!!」
右薙ぎされた【七星】より放たれし七つの神氣の刃が、空間の壁を斬り裂きラブレスに襲いかかる。
だがラブレスは些かも慌てることなく、滑るように少しだけ右に移動する。そして……
「…………」
七つの氣刃は、ラブレスに掠ることなく横を…または真上を通り過ぎ、遥か後方へと飛んでいった。高い空間把握能力を持つラブレスにとって、当たらない場所を予測することなど至極容易なことだ。
「もらった!!」
瞬動術…いや、神鳴流の言い方で表すならば『縮地法』にて一瞬で間合いを詰めた木崎が、土氣を秘めた【七星】を上段に構えた姿で現れ多。
「奥義 斬岩剣!!」
振り下ろされる七つの刃を持つ剣。しかし、振り下ろされる寸前にラブレスの姿が忽然と消え失せる。
対象を失った剣はそのまま振り下ろされ、迸る剣圧が地面に七つの刀傷を付ける。
「おのれ化け猫め、どこへ行った!!」
眼前から忽然と消えたラブレスの気配を探る木崎。だがその矢先―――――
「後ろだ、愚か者」
自分の背後から探していた存在の声が響いた。直後、木崎は振り向き様に神氣を纏わせた【七星】を横薙ぎに振り抜く。
約一メートル…声と気配から木崎が割り出したラブレスとの距離だ。腕と刀身の長さを計算しても、十二分な距離だった。むしろ、絶好の間合いだ。
短い時間のため【七星】の能力を発揮する間も無い。だが、それでも僅かな時間で空間を斬り裂くことを想定した『奥義・斬魔剣』を発動させている。
避ける間もないタイミングに、空間の防御をも確実に斬り裂く奥義。
木崎は確信した。確実に小生意気な“化け猫”を一匹、仕留めたと…………
その後に起こった、光景を見るまでは―――――
「な……に…………!?」
『信じられない』『ありえない』―――――木崎の頭の中には、その二つの言葉しかなかった。
その木崎の大きく見開かれた眼の先には……【七星】があった。いや、もう七星ではない…四星と三星だ。自分の手元に刃が三つとなった折れた剣が、ラブレスの手元には刃が四つある刀身が握られていた。
木崎にはいつ切り取られたのかも解らなかった。切断された感触も、音も一切無かったのだ。まるで、その瞬間の記憶を自分は失ったのではないか……そう錯覚させるほど、目の前の出来事は木崎にとって唐突だった。
「そ、そんな馬鹿な……神鳴流の仙霊器が……私の【七星】が、こんな化け猫如きに……」
木崎がよろめきながら後方にふらふらと下がる。
そんな木崎を見ることなく、ラブレスはその手に握っている七星の刃を無表情で…怒りと憎しみを秘めた目で睨み付けていた。
「こんなものに……父と母は………」
そう呟いた瞬間、握られていた七星の刃が微塵に砕け散る。いや、正確にはラブレスの放った無数の不可視の“空間の刃”がそう思わせる程までに細かく切り刻んだのだ。
七星の刃を切り取ったのもこの“空間の刃”だ。ナノメートル以下の極薄の空間の断層が、七星の刀身を…空間を斬る意志を込めた神氣を纏わせた刃を切断したのだ。
神鳴流でも高位の実力者……仙位に、音はおろか違和感すらも感じさせずに。
その光景を見たのだろう、木崎は青い顔をして更に一歩後ずさった。そんな木崎にラブレスは氷の視線を向けつつ、右手を振って掌に残る七星の残滓を払い除ける。
「この程度の事など、我らの種族にとって雑作もない。だが、父と母は貴様に殺された。何故か……それは、元々我らの種族は『争いを好まぬ』からだ。ゆえに父と母は最後まで戦うことを拒否し、逃走に専念した。産まれたばかりの私という足手まといを連れて。
母も私を産んだばかりで弱っていたのだろう。父は母と私を庇いつつ逃走し……ついには、貴様に追い詰められて殺された。私という足手まといがいなければ…いや、父がその気にさえなれば、貴様など瞬く間に殺せていた。それなのに…………」
「ぐ…ぬ……」
ラブレスの眼光に木崎が更に一歩下がる。そして、すぐに一歩下がった自分に……恐怖に負け、怯え逃げようとした自分に気付き、愕然とした。
(私が『怖い』だと!? 物の怪の類とはいえ、こんな小娘を相手に私が怯えているというのか!)
自分の半分も生きていないように見える小娘の姿をした存在に…明らかに格下にしか見えない相手を恐れている自分に対し、木崎は身体を怒りに震わせる。
「私は……私は神鳴流の仙位だ。こんな化け猫如きに怯えるなどありえない……認められるか!」
七星の残り三つの刃に光が灯る。刀身を半ば失っても能力は失わないところは、さすが仙霊器というべきか。
「神鳴流 奥義 斬魔剣・弐の―――――」
半分となった七星を振り上げ、渾身の奥義をラブレスに放とうとした―――――その時、剣を持った木崎の右腕を含めたその周辺の空間が目に見えて歪んだ。
グジュ―――――
「ギャアアァァァッ!!」
歪みが戻ると同時に木崎の右腕がひしゃげ、その激痛に絶叫を上げた。
空間を歪ませ、その戻る反動で右腕を破壊したのだ。ラブレスがわざと手加減をしていた故に、氣を篭めていた七星は耐えきりはしたが、その反動に弾かれてかなり遠くの方まで飛ばされた。
これで木崎には武器も、それを操る利き腕さえも失った。
「まずは右腕……次は」
「き、貴様…よくもっ!」
「左腕だ」
木崎の左腕を中心に空間が歪み、すぐに戻る。そして同じ音を響かせ、左腕も右腕同様ひしゃげた無惨な姿へとなった。
あまりの激痛に立っていることもできず地に蹲る木崎。両腕は辛うじて繋がってはいるが、それが逆に絶え間ない激痛を伝え続ける結果となっている。
こうなれば、自我を失わないよう精神修行を行っている事が逆に仇となり、気絶することもできない。仙位という実力が、木崎を気絶させることなく嬲っているとも言えた。
「次は……」
「も、もうやめてくれ。私が悪かった、このとおり謝る。だから、これ以上は……頼む!」
ラブレスの冷淡な言葉に、今までの強気がすっかりと失せた木崎が、恥も外聞もなく額を地に擦り付けながら赦しを乞う。
この瞬間、木崎は己の中で今まで気付き上げてきた『誇り』や『自尊心』が崩壊してゆく音が聞こえた。
神鳴流の一員となり、退魔の世界に入って三十年。才能に恵まれており、僅か十年で【仙位】にまで上り詰め、仙霊器【七星】を授かった。化け猫の親子連れを退治しようとしたのも、授かった武器の力試しと功名心からだった。更に上の『聖位』に登りつめんとして。
それから二十年……木崎は数多くの『魔』を斬り、滅ぼしてきた。
二十年。見習いを合わせれば三十年。死にかけたことも何度もあり、自分よりも強い妖魔と戦ったこともある。
だが……ある意味幸運で、不幸であったのは、そこそこ強い敵と皆で戦ったことはあっても、圧倒的な存在と出会い、真の恐怖を憶える経験がなかったことだ。
それが今、目の前に現れていた。無慈悲なまでの実力差を自分の身をもって示してきたのだ。
今の木崎は、いつもの『敵』を狩る存在から、狩られる存在……いつもは圧倒的な力を持って妖魔を滅ぼす立場が、今度は真逆のそれ以上の力を持った相手に殺される『無力な人間』という立場となったのだ。
「……左足」
「ぐげあああああっ!! ゆ、許してくれ、殺さないで……」
ズタズタにされた左足からの痛みに、地面に転がりつつ、涙と鼻水を盛大に流しながらなおも赦しを乞う木崎。
だが……それでもラブレスの攻撃は止むことはない。
「右足」
「ヒギャァァァァアアアアッ!!」
四肢を潰され、立ち上がるどころか這うことすらできず地に転がる木崎。さながら芋虫のような姿をさらす木崎を、ラブレスは害虫以下の存在を見るような目で見つつ、ゆっくりと右手を掲げる。
「次は何処にしようか……耳か、鼻か、それとも目か。好きなものを選ばせてやる。それ以外でも良い。ただし、主要な器官を除いた部位ならな」
「や…め…てくれ……この…ままじゃ…死んでしまう」
「……そうだったな。私としたことが失念していた」
掲げていた右手を降ろすラブレス。その事に喜ぶ木崎。この地獄が終わった…と。だがしかし―――――次のラブレスの言葉に、その気持ちは消え失せた。
「このままあっさりと死なれては困るな」
左の手の平を上に向けるラブレス。次の瞬間、その手の平の中に一本の注射器が現れた。鮮やかなパステルピンクの詰まった注射器が。
「これはさる筋から手に入れたものだ。これを注入されれば生命力ははね上がり、精神が安定する。これで容易には死なん。発狂することはもちろん、脳内分泌で痛みを誤魔化すこともない」
「や、やめてくれ!」
木崎の懇願を無視し、ラブレスが一歩進んだ―――――その時、
「は~いストップ。お医者さんごっこはもっと楽しくやるもんだ」
そんな声と共にラブレスの後ろから伸びた手が注射器を取り上げた。
その声にラブレスが驚いて後ろを振り向くと、そこにはやはりと言うべきか……手の中で注射器を玩んでいる灰谷の姿があった。
「主、なぜ止められるのですか。こいつは―――――」
「親の仇ってんだろ、お前の態度で解ったよ。お前とは産まれた頃からのつきあいなんだぜ、一目見りゃわかるよ。思い上がりかもしれないが、俺は誰よりもお前の事を理解しているつもりだぜ」
「ならばなぜ!」
自分の事を理解しているのなら何故止めるのか。納得ができず、ラブレスは感情を露わにして主である灰谷に問いかける。
灰谷は注射器を玩ぶ手を止めると、優しい…そして悲しげな瞳で反対の手でラブレスの頭をゆっくりと撫でる。
「お前の両親は仇討ちなんて望んでいない」
「何の根拠があってそんなことを?!」
「お前の両親は仇討ちじゃなく、お前に生きて幸せに幸せになって欲しかった。だから、お前を親友である俺のお袋に託したんだろうが。お袋の所にお前が送られたとき……お前は、汚れ一つ無い真っ白な布に包まれて幸せそうに眠ってたそうだぜ。最後の最後まで…お前を大事に愛していたんじゃないのか? 少なくとも、俺もお袋もそう思ってる」
「…………」
「お前達は『空間と共にある猫』……その生まれ持った力は生きる為に先祖から受け継いだもの。強力な力であるにもかかわらず、お前達の種族は平和を愛し、戦いを嫌った。お袋の話だと、お前の父や母はまさにそうだったらしい。
そんな両親が、その生きる為に受け継がせた力で、自分達の仇を倒すためとは言え愛する娘が負の感情に任せてその力を振るうなんて、喜ぶはずはない。絶対に……」
「…………父様、母様」
命を張って自分を親友の元へと送った父と母……その両親のことを想い、涙を流すラブレス。そんなラブレスに、灰谷は地に両膝を着き、目線を同じ高さにしてラブレスを力強く抱きしめた。
「もし……ありえないが万が一に、お前の両親がそれを望んでいたとしても、俺は今のようにお前を止める。手前勝手な言いぐさだが…俺はさっきみたいなお前を見たくない。誰よりも、お前の事が大切だから……見たくない」
「主……」
更に力強く抱きしめる灰谷に、ラブレスもまたそのか細い手を灰谷の背に回し、抱きしめ返す。
「幾星霜、幾万幾億の昼と夜を繰り返そうと、主と我を繋ぐ『絆』は消えることなく。そして、共にあろうと…離れないと交わした『誓い』もまた……」
「ああ。ラブレスが俺に愛想を尽かさない限りは、いつまでも一緒だ」
「それでは、永遠にありません」
「ありがとう、ラブレス…………」
二人は何を言うまでもなく自然と身体を離し、灰谷は立ち上がってラブレスの頭を再び撫でる。
「俺は親友に頼まれたことを守りたい」
「御意に」
「お前は結界の元へ戻ってくれ。エネア達もたぶん戻っている頃だ」
「主は?」
「俺は歩いて戻る。今戻っても皆の足手まといにしかならないからな。もし神鳴流の奴等がいたら露払いを頼む」
「しかし……」
離れた場所で地面に転がっている木崎に視線を向けるラブレス。木崎は注意を引くまいと…同時に、土氣を纏い大地の氣と呼応して怪我を癒しているのがばれないようにと、必死になって息を潜めていた。
「大丈夫だろ、さすがにこのおっさんもここまでやられたら二度とやり返そうなんて思わんさ。それに、煉君もできるだけ殺すなっていっただろ」
木崎を親指で指差して笑う灰谷に、ラブレスも僅かながら微笑みを浮かべる。
「全ては我が主の思うがままに……」
「おう。んじゃ頼んだぞ」
「わかりました……」
そう短く言葉を返すと、ラブレスは空間を渡ってこの場から姿を消した。
その数秒後…………
「お…おのれ……この屈辱、絶対に忘れんぞ。この傷が癒えし日、それが貴様等の命日だ」
ラブレスがいなくなり、ひ弱な召喚師…灰谷しかいなくなったのを見て、怨嗟の言葉を吐く木崎。恐ろしい相手がいなくなった途端にこの態度……ひたすら無様と言うしかない。
それを聞いた灰谷はゆっくりと振り向く。その表情はラブレスに見せた笑顔でも、怒っている顔でもない、いつものヘラヘラとしたゆる軽い顔だ。
「来い」
灰谷がそう呟いた途端、右の手の内に一本の杖が現れる。
「貴様、何をするつもりだ」
「何って…召喚師がする事って一つしかないでしょうに」
杖を召喚した灰谷を睨む木崎。しかし灰谷は木崎の視線などまったく気にした様子も見せず、杖の先で地面を削りながら、木崎の周囲を縦横無尽に歩く。しかも……
「エロイ~ムエッサイム、エロイ~ムエッサイム、さぁバランガバランガ呪文をと~なえよう―――――」
十二体の悪魔を召喚して戦う少年が主人公のアニソンを歌いながら。
おそらく、同じ召喚繋がり故の選択なのだろうが……最近の歌よりもこの歌を選ぶ辺り、彼の性格が見え隠れする。
そして、彼が歌を歌い終えると同時に木崎を中心とした魔法陣も完成した。むしろ、合わせるように書いた……と、言う方が正解かもしれない。地面に書かれた緻密な魔法陣を見る限りでは。
「き、貴様、あの化け猫を止めておきながら、私を殺そうというのか!」
「もち。当たり前だろ」
相も変わらぬ表情で、くだらないこと聞くなよ…と、言わんばかりに返事をする灰谷。その顔、言葉に、人を殺す罪悪感や躊躇など一切見られない。
「さっき止めたのは、お前なんぞを殺させてラブレスの手を汚させたく無かったから。ただそれだけ」
去れ…といって杖を消し、魔法陣のギリギリ外側から木崎を見下ろす灰谷。
木崎は土氣の治癒効果で容態は安定したようだが、手足の怪我は想像以上に深く、治る様子はない。つまり、文字通り足掻くこともできず木崎はただ恐怖を秘めた目で灰谷を睨むしかできないという事だ。
「あいつの苦しみは俺の苦しみでもある。だから…………俺がお前を殺す」
灰谷の表情が一変―――――感情という感情が抜け落ち、逆に瞳が憎悪の光に爛々と輝く。
同時に、地面に描かれた線から魔力の光が立ち昇り、薄暗い森の中にくっきりと浮かび上がる。
「や、やめろ! 貴様何をする気だ!」
尋常ではないほどの魔力の奔流に恐れを抱き、身悶える木崎。本人は必死になって逃げようとしているのだろうが、四肢を潰され、這いずって逃げることすらできない。
「しっかりと目に焼き付けておけ。この俺がわざわざ陣を描かないとできない、最高の召喚術の一つをな……」
〈灰谷 真之〉……情報屋にして召喚師。若手ながら双方で凄腕で知られている男。特に召喚師としての才能は桁違いで、中堅以下の存在を魔法陣などの触媒無しで喚ぶというとんでもない事すらやってのける。
景太郎に…そして魔法使い達に『真の天才』と言わしめる灰谷が、愛用の魔導杖を使い、わざわざ緻密で壮大な魔法陣を書く程の存在となると、とんでもないほど高位だと伺い知れる。
「混沌より生まれ出でし貪欲な狼よ 天空を巡り星々を追う闇の獣 幻惑を意味する汝のその名を 呼び求めし我が元に来たりて応えよ―――――」
一際魔法陣が輝いた直後、忽然と消え―――――木崎の真下の大地に獣の、狼の顔が浮かび上がる。
その強大な存在の波動を直に感じたのだろう、木崎が涙を流しながら顔で灰谷に懇願する。
「た、助けてくれ! もうお前達には関わらない、退魔からも足を洗う。だから―――――」
「大狼スコル…その分霊の中の一つだが、繋がっている先は同じだ。貴様は肉体も魂も、そいつの腹の中で消滅する」
「嫌だ! 死にたくない!!」
「消えろ―――――大狼スコル! 汝が腹に贄を与える!!」
「嫌だ、嫌―――――」
全てを言い終える前に狼の顎は開かれ、その口内に木崎は呑み込まれた。
そして狼の顔もすぐに消え去り……灰谷が脱力したようにその場に膝を着いた。ろくな触媒も無しに高位召喚をやらかした反動だ。
「屑が……」
灰谷はそう吐き捨てると、気合いを入れて立ち上がり、奴が吐いた空気すら汚らわしいと言わんばかりの顔でその場を去った。
後には刀身を半ばから失った『七星』が大地に突き立っていた。まるで、消えた主の結果を知らせんとするかのように…………
―――――第二十八灯に続く―――――
(あとがき)
どうも、ケインです。今回は三つのグループの最後、灰谷達の話でした。
正確にはエネア達、灰谷の使い魔の話でしたけど……一気に能力やらがでて混乱させてしまったかもしれません。その方々にはどうもすみませんでした。簡単に説明すると…………
ラブレス ―――――空間把握能力・空間操作。
エネア ―――――重力操作。ついでに家事能力。
シオン ―――――幻術・狐火…など、妖弧の基本能力全般。及び自己開発の術方。
ラビッシュ―――――植物操作能力。それと驚異的な聴力(ウサ耳だけに)。
ファーナ ―――――飛行能力・狙撃能力。その他幾つかの能力(双方とも空間系との噂有り)。
という事です。最後のファーナですが、いずれ来る出番の時に明かされることでしょう。
そして、今回のメインはラブレスと灰谷の事です。
ラブレスの過去は作中通り……産まれて間もない頃、ラブレスの両親が最後の力で親友であった灰谷の母の元に転移させました。
それ以降、灰谷の母は産まれたばかりの息子と共に愛情一杯に育てました。(かなり偏りはありましたが……)
さて、次回は……居残り組の締め括りとなります。端的に言えば事後処理ですが……それだけではすまない雰囲気もあったりします。
では、次回もよろしければ読んでやって下さい。ケインでした…………