白夜の降魔 二十九灯

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第二十九灯 「―――――修羅―――――」

 

 

 

「俺は此処までだ。悪いがただ働きでこれ以上の労働は遠慮させてもらうぜ」

「ええ、ここまでしてくれただけでも充分すぎます」

 

 浦島の屋敷―――――その門前へと続く一本道の途中で歩みを止める和麻と景太郎。

 門前まで約百メートルといった所で和麻が立ち止まり、それより先の同行を拒否、景太郎はそれを快く受け入れたという事だ。

 

「ですが、最後に一つ…頼みがあります。綾乃さんを浦島の屋敷に立ち入らせないでください」

「これから先の戦いに参加させるなってのか? そりゃいいけどよ。なんでまたそんな事を…あいつなら他の連中と違って十分な戦力だろうが。そもそも、あいつがお前が戦っているのを目の前にして止まると思うか?」

「だから、和麻さんに頼んでいるんですよ。和麻さん以外に綾乃さんを止められる人はいませんからね」

「面倒くせぇ……」

「責任はきちんととってください。俺が呼んだのは和麻さんだけなのに、綾乃さんや煉君まで連れてきたんですから。
 本当なら、俺は綾乃さんをこの件に関わらせたくはなかったんですよ? 社を壊した件はいくらでも誤魔化せますけど、さすがにこれ以上は……浦島の本邸で神凪次期宗主が大立ち回りするのは問題ですからね。処罰を受けるのは俺だけで十分です」

「なるほどな、だから連中に…………でもいいのか? そうなったら神凪から除名される…いや、最悪『神凪 厳馬』がお前を処罰するために動くかも知れないぜ」

 

 和麻の言葉に景太郎は答えることなく曖昧な笑みを見せる。それを見た和麻はなにかを言おうとしたが……それ以上追求することはなかった。

 

「それでは……」

「おう……」

 

 お互い、短い言葉を交わしあい、景太郎は敵地へと繋がる門へと歩み、和麻はそれを静かに見送った。

 

 

 

 

 浦島本邸の門―――――その大きな門が、見た目に相応しい重厚な音を立てて開く。

 そして門が人一人通れるほど開いた瞬間、内側より数多の水の槍や弾、色様々に輝く無数の氣の刃や矢が景太郎に向かって乱れ飛んできた。

 

「銀星精・ゆい

 

 その呟きの直後、数多の攻撃が門を破壊し、景太郎に襲い掛かった。

 激しい衝撃波と共に立ちこめる土煙。そのあまりにも無節操な攻撃故に、幾つかが途中でぶつかり合い、衝撃波を撒き散らして土煙を発生させたのだ。

 

「やったな」

 

 それは誰の言葉か…浦島の術師か、それとも神鳴流か。どちらにせよ、この一斉攻撃を放った者とすれば、おのずとその威力は理解しており、それが至極当然の結果であった。

 

 ―――――だが、この世には『絶対』は無い。そして、絶対であるべき事象でも、それすら超える存在もある。それを、この場の一同は目の当たりにした。

 

 晴れた土煙の中から現れた、複数の白銀ぎんの火球から織りなす多角形の結界の中で傷一つ無く立つ景太郎の姿に。

 

「馬鹿な、あのタイミングで……」

「あれが、あの無能者だというのか……」

 

 不意打ち、及び必殺の勢いで放った攻撃を、景太郎が微動だにせず防ぎきったことに、広場で待ちかまえていた浦島分家の術者、そして神鳴流の猛者達は騒然とし始める。

 景太郎はそんな連中を一瞥すると、次いで奥にある一番大きな屋敷を見つつ『結』を―――――炎の結界を解く。

 

「確か、宗家の屋敷はあそこだったな……ふん、相変わらず無駄に広いな」

 

 複数の白銀ぎんの火球を伴い、真っ直ぐに宗家の屋敷に向かって歩き始める景太郎。そんな自分達など眼中にないような態度に、分家の者達が色めき立つ。

 

「なめるな! これより先に行けるなどと思うなよ」

 

 誰ぞの叫びを皮切りに、分家の者が一斉に水の精霊を召喚、顕現させる。

 既に強力な大規模結界『玄武水精界』は解除されたが、数百年に渡り展開されてきた影響で水の精霊に適した空間になっており、通常以上の水が分家達の周囲に顕れる。

 

「浦島の清廉たる水流の前に消え失せろ、『破魔の白銀至高のチカラ』を僭称する邪なる炎よ!!」

 

 一斉に放たれる怒濤の奔流。百人にも及ぶ一流の水術師達の攻撃は、まさに圧巻の一言に尽きる。

 対し、景太郎は歩みを止めることなく―――――

 

「銀星精……爆」

 

 銀星精の炎を爆発という形で解放、迫り来る水の激流を燃やし尽くす。

 

「邪魔だ、全員死ね。先に逝きたい奴から前に出ろ」

「ふざ―――――」

 

 分家の一人が景太郎の言葉に憤り、怒鳴りながら一歩踏み出した瞬間、その者の頭が宙に舞い、地面に転げ落ちて炎に包まれる。

 一瞬で移動した景太郎が、炎帝の刃を持ってその者の首を切断したのだ。
 頭部、そして胴体が燃えたのは炎帝の構成材料である炎の魔晶石『炎精石』のせいだ。景太郎が炎を篭めていたのであれば、刃が触れた瞬間に消滅している。

 

「貴様!」

「二人…」

 

 隣にいた男が景太郎に殴りかかろうとするが、またも一歩踏み込んだ時点で男の首が宙を舞った。

 

「この距離では避けられまい!」

「遅い」

 

 少し離れた位置にいた分家の一人が精霊を召喚、顕現するが放つ間もなく一閃された赤い刃に胴体を分断され、赤い炎に包まれる。

 

「三人…」

「ひっ!!」

 

 言葉と共に向けられた視線に、分家の女性は背を向けて逃げ出す。だが、景太郎はその長い髪を掴んで止めると、炎帝を持ち上げる。

 

「お、お願い助けて!」

「断る」

 

 そして、女性の首の真後ろから突き刺された赤い刃は口内から突き出、そのまま女性は炎に包まれる。

 そのあまりの凄惨な殺害に、周囲にいた者達全員の顔色が青くなる。

 

「貴様ぁっ!」

 

 その殺された女の夫が怒りを原動力に精霊を顕現、水を右手に収束させ、手刀を延長するように水で刃を形作る。

 

「殺してやる!!」

 

 景太郎に向かって水の刃を突き出す男。だが、男が貫いたのは―――――炎帝に吊されるように持ち上げられた、炎を纏う妻だった。

 故意ではないとは言え、妻の遺体を傷付けたことに硬直する男。景太郎は炎帝を女性から引き抜くと、その女性の遺体もろとも男の首を切断した。

 

「四人……次は…………どいつだ」

 

 景太郎に淡々と―――――そしてあまりにも無雑作に斬り殺された四人の分家の術者達。

 その現実に、初動こそ遅れたが浦島の護衛組織『神鳴流』の戦士達が景太郎と分家の者達の間に立ちふさがった。
 その数、一見しただけでも五十人以上。しかも、〈仙位〉と〈聖位〉の混合部隊。中級の妖魔ですら必滅させる大部隊が、景太郎に向かって各々の武器の先を向ける。

 だが―――――

 

「いい度胸だ。この世と別れをすませた者から掛かって来い。その気概に免じ、それくらいの猶予はくれてやる」

 

 景太郎は怯むどころか、嘲笑、冷笑もその顔に浮かべることなく神鳴流の戦士達に言い放った。

 それに憤ることもなく戦士達は各々の武器に得意属性の氣を通わせ、構える。その瞳に怯えも恐怖はない。宿すはただ敵を倒すという闘志の光のみ。見事なまでに己を御している。

 景太郎は神鳴流戦士達の気迫にうっすらと笑みを浮かべると、炎帝を握り直し、二十近い白銀ぎんの光球―――――銀星精を発生させる。

 

「さぁ……来い」

「いやぁぁぁっ!!」

 

 一番にかかってきたのは、風氣を纏い長槍を構えた四人の戦士。四人は同時に宙に跳び上がるとを蹴り、槍を突き出して上空から急降下する。

 だが、その穂先が景太郎に届くよりも早く、四つの銀星精が高速で飛翔し貫き―――――四人を一瞬で灰にした。しかし……

 

「傀儡…囮か」

 

 炎越しの感触に景太郎が正体を見抜く。一瞬で燃えたため判らないが、おそらくは符術で作り出した虚像。しかも、ご丁寧に大量の氣を注いで造った気配を放つようにしたものだ。

 

「注意が上に逸れた一瞬の隙に囲む…か」

 

 周囲に目を向ける景太郎。そこには、自分を取り囲んだ十人の戦士達。それも、凄まじいまでの水氣を霊器に収束させていた。

 

『神鳴流 決戦奥義―――――』

「その判断、行動力、共に良い。だが……」

『真―――――』

「技が致命的に遅い―――――銀星精・閃」

 

 水の決戦奥義が放たれる直前、十の銀星精より放たれた閃光がそれぞれ戦士達を貫き、焼滅させる。

 

「決戦奥義は威力は大きいが練氣、蓄積に時間が掛かる。使うときには気を付けるんだな…来世で」

 

 囮を使い自分を包囲した事への称賛なのか、死した者達に忠告を送る景太郎。

 そして失った分だけ銀星精を新たに作り出すと、『かかってこい』といわんばかりに右の人差し指を前後に動かし挑発を行う。

 そのあからさまな誘いと挑発に神鳴流は誰一人として乗らなかったが、未だ景太郎を格下と認識している…正確には、上であると認識したくない…分家の者達は水の刃や奔流を放つ。
 だが、それら全ては景太郎に当たるよりも先に、前面に展開された銀星精・結―――――炎の結界に遮られ、形成する炎の燃やし尽くされる。

 

「どうした、ご自慢の水術はその程度か」

 

 景太郎の更なる挑発にムキになって水術を行使するが、全てが『結』に遮断されて消滅する。

 まったく無意味な行動を延々と続ける浦島の術師達。そしてその様を嘲る笑みで見下す景太郎。

 その時、浦島の術師達に目を向けている景太郎の背後に一人の神鳴流戦士が音も気配もなく回り込み、刀を水平に構えて景太郎に背中越しに心臓目掛けて疾走する。

 

(とった!)

 

 未だ振り返ることのない、注意すら向けていない景太郎に戦士は勝利を確信する。だが、突き刺さる直前に銀星精の一つから放たれた閃光が戦士を貫き、消滅させる。

 

「馬鹿が…本人が気配を消しても、霊気を放つ武器を持っていたら無意味だろうが」

 

 チラッとだけ振り返り、戦士が消えた辺りを一瞥して吐き捨てる景太郎。

 そして視線を前に戻すと、そこは相変わらず様々な形をした水が怒濤の如く押し寄せ、白銀の壁に衝突して消え去っていた。

 

「鬱陶しい……先に浦島を消すか」

 

 景太郎のその言葉の直後、水術はピタリと止まり、分家の者達が後ろに後ずさる。連中の脳裏には、等しく先程行われた同朋の虐殺が過ぎっていた。そして―――――

 

「し、神鳴流の者達よ! 何をしている、早く奴を殺さないか!!」

「そ、そうだ! 護衛は護衛らしく、身体をはって私達を護らないか!!」

 

 神鳴流の者達よりも更に後ろに下がりつつ、口々にそう叫ぶ分家の者達。その体たらくと不遜な態度に神鳴流の戦士達は忌々しげに一瞥して歯噛みをするが、特に何も言うことなく一定の間合いを空けて景太郎から護るように立ちふさがる。

 

「愚直なまでに従順だな、貴様等【神鳴流】は……まあ、それは今更か」

 

 炎帝に白銀の炎が灯る。煌々と―――――そして轟々と燃え盛る。景太郎はその白銀の炎を纏う炎帝を右手で握ると、天に翳すように振り上げる。

 

「そこまで従順なら……黄泉路の果てまで付き合ってやるがいい」

 

 そして振り下ろされる【炎帝】。その赤き刀身より迸る炎は長大な白銀の刃となり、地を走り先にいる神鳴流の戦士、ひいては背後にいる浦島の術者達を消滅させる。

 

―――――はずだった。

 

 その場の一同を消し飛ばすと思われた炎は、彼らの背後から現れた漆黒の龍と白色に輝く馬に良く似た獣と衝突し共に消滅―――――相殺した。

 

「今のは……」

 

 景太郎は今の炎を防がれたことなど些かも痛痒を受けた様子を見せず、割り込んできた二匹の獣の残滓を見つめる。

 黒き龍はともかく、白き獣は作りそのものは馬に似てはいるが、身体は鹿、尾は牛、蹄は馬、額は狼という細部が大きく異なっている。さすがに、景太郎でも実物は見たことなかったが、知識としてその動物…霊獣の存在を知っていた。

 命ある者を慈しむ心優しき存在であり、一度怒れば如何なる悪をも断罪する厳しき獣。五霊の一角である伝説の霊獣『麒麟きりん』を。

 

「『麒麟』に『黒龍』…か。ようやく総代にお出ましか」

 

 景太郎の言葉とほぼ同時に、神鳴流戦士達だけではなく分家の者達すら左右に別れ、中心に道を作る。その先にあるのは、宗家の本殿へ続く道の途中に立つ一人の壮年の男。

 数多く存在する神鳴流戦士の中で、名実共に頂点に君臨する総代『青山 元舟』その人だ。

 

「浦島の宗主を守護するあんたが出るとは、もう出せる手駒が無くなったようだな」

「久しいな、景太郎殿。まさかこの様な形で再び相見えることになろうとはな」

「まさか…か。俺は何度も想定してきた。『この様な形』とやらをな」

 

 一笑する景太郎。言葉通り何度も想定してきたのだろう、浦島を襲撃すると言うことを。

 元舟はその言葉を聞くと軽く嘆息し、周囲にいる者達を見回す。

 

「…………お前達では相手にならぬ、下がっておれ。ここからは私が相手をする」

 

 元舟は部下達を…そして浦島分家の連中を下がらせた。本来なら、分家の者は命令を聞く立場ではないが、元舟の威圧感に呑まれ、文句を言うことなく下がった。

 

「下がるのはあんたもだ。俺が用事があるのは浦島の宗主あのクソやろうだ」

「それを聞いて、私が下がると思っているのか」

「いいや。神鳴流の総代は宗主の守護役を兼ねているからな。真面目一徹なあんたが素直に下がるとは思ってはいない。
 だがな、はっきり言ってあんたじゃ役不足だ。どうしても俺を殺したければ、ツルコと二人掛かりでくるんだな」

 

 炎帝を目の高さまで持ち上げ、その切っ先を真っ直ぐ元舟に向けて鋭い眼光と剣氣をぶつける景太郎。それに対し、元舟は右手に太刀を、左手に小太刀を構え、同じく剣氣をもって真正面から相対する。

 元舟にしても、景太郎にしても、短期間とはいえかつては師弟という関係であった二人であるが、その二人に躊躇いは一切感じられない。お互いがお互い、相手を倒すべき敵と認識、自覚しているようだった。

 

「あまり甘く見ないでもらおう。私が『総代』という地位に立っているのは伊達でも誇張でもない」

「ふん……まさかと思うが、今の炎を防いで勝てると思ったのなら勘違いも甚だしいぞ」

「甘く見るなと言ったぞ。私が居ると知った上で放ったような手抜きの攻撃。それを防いだ程度で増長するほど愚かではない」

「…………」

 

 表情は変えず、胸中だけで舌打ちする景太郎。必要最低限で放った炎を防いで相手の実力を見誤るほど…少々の騙しフェイク程度で隙を見せるほど〈青山 元舟〉は甘くはなかったという事だ。

 

 「神凪宗家に匹敵するの炎。そして至高の炎……どうやっても私は勝てぬだろう。だが!」

 

 元舟の身体より高密度の神氣が放たれ、それに呼応するかのように右手に持つ太刀より霊氣が立ち昇る。

 

「黄泉路の土産に、腕の一本は貰ってゆくぞ」

 

 放つ神氣は他を隔絶するほど高次の域に達しており、太刀からの霊氣もまた他の霊器とは一線を画するほど強力。
 総代という地位に立っているのは伊達でも誇張でもない。景太郎はそれを感知能力の全てをもって知らされていた。

 景太郎は知らずの内に刀を強く握りしめていた手の力を適度に緩めると、内に感じた恐怖を消すかのように鼻で笑い飛ばす。

 

「出来るのならやってみろ。ついでに、その黄泉路が寂しくないように、今になっても姿を見せようともしない臆病者も後を追わせてやるから安心して逝け」

「…………」

 

 狂気の笑みを浮かべてはっきりという景太郎の言葉に、元舟の胸中に悲しみが満ちる。

 

 誰よりも他人を思いやり、優しかった景太郎。
 幼いながらも周囲の関係を気遣い、一人で居た。その歳不相応なまでの態度に、ひなたを初めとする複数の大人が気遣ったが、いつも気丈に大丈夫と答えていた。
 歪んでもおかしくない環境に反し、純粋に真っ直ぐ育った幼子。その健気な…同時に異常な子供に、元舟は幾度と無く恐ろしさと畏敬の念を覚えた。

 その景太郎が、ここまで変貌してしまったことにただ悲しかった。

 

 その悲しみは、本日で二度目……元舟の脳裏に、一度目の悲しみを感じた時の事が過ぎった。

 

 


 

 

「宗主……景太郎殿が屋敷の敷地に踏み行ったようです。今、分家の者達と神鳴流の精鋭が迎撃しているとのことです」

「そうか」

 

 元舟の報告に影治が頷く。そして、自分に向かって頭を垂れている元舟を見据えつつ、ゆっくりと口を開いた。

 

「元舟。お前も他の者達と同様、あの者の迎撃に迎え。私も暫くして向かう。それまでの時間を稼げ」

「宗主!」

 

 宗主の命に身を乗り出して異を唱える元舟。拳を強く握りしめ、強い眼差しを影治に向ける。

 

「失礼を承知で申し上げます! 結界が破られたと云うことは、その祭器を設置していた社を護っていたなつみ様や可奈子様、並びに我が娘の鶴子を初めとする神鳴流の精鋭が破られたということです。その事から景太郎殿達の戦力はかなりのものと知れます。
 これ以上の争いは避け、話し合いなどをもうけて穏便に済ますべきかと思います。必要とならば、私の首をもってでも―――――」

「その必要はない。奴は話し合う気などありはしない。あるのであれば、先に何らかの手段で行っている。無いからこそ、襲撃をかけているのだろうが。
 それに、姉も可奈子も最初から当てにはしておらん。あやつ等はアレに親しかったからな。大方裏切ったか、本気を出せない所を突かれて負けたのだろう。神鳴流とて同じ事、お前を初めとしてあいつを贔屓にしていたからな」

「宗主、それは―――――」

「ふっ、まぁそれはどうでもいいことだ」

 

 身内、ひいては守護組織すら信用していないような口調の影治に、元舟は声を上げて否定しようとしたが、影治はそれすらもどうでもいいと一笑した。

 

「奴を倒す手段は予め用意してある。あの出来損ないの処分は私の手で行う。お前は私が行くまでの時間稼ぎをしろ。命を差し出すつもりならば、その命を有効に使え」

「………………はっ」

 

 もはや何を言っても宗主は―――――影治は止まることはない。それを悟った元舟は頭を垂れ、その表情を隠しつつ承諾の意を返した。

 

 

 


 

 

(昔から二人の間に軋轢はあった。それが今、父と子が心底憎しみあい、躊躇もなく殺そうとしているとは……)

 

 父と子の現状に、元舟は胸中で大いに嘆いた。

 子が親を、親が子を、憎しみを篭めて『殺す』と宣言している。自身も子をもつ親として、そして影治と景太郎、親子二代に渡って幼い頃から知っている知己として、この後に行われるであろう戦いに、心は締め付けられるように苦しかった。

 

(もし影治殿が宗主とならなければ、この様な事にはならなかったのだろうか……)

 

 

 

 元舟と影治は、共に組織を担う立場になる以前からの友人同士だった。

 浦島の三兄妹、長女のなつみ、長男の影治、次女のかなめ(可奈子の母)の中で、影治が一段と…いや、二段も三段も水術の才が劣っており、影治自身も姉や妹、母に対して強い劣等感を抱いていた。

 次期宗主として名高くその世代で最強の水術師である姉『なつみ』。自由奔放で修行を怠ってばかりだが、水術の才は私を超えるやもしれん…と、母・ひなたに言わしめた天才肌の『かなめ』。その二人に対し、影治には何も誇れるところが…母より優れた水術の才を受け継いではいなかった。
 周囲も言葉には出さぬが、その眼差しが万の言葉よりも雄弁に語っていた。

 それを影治は言われるまでもなく自覚しており、陰日向と努力を惜しまず修行した。しかし、事実は無情なもの…どれだけ長き時を費やそうとも、才能が劣る影治が兄妹に敵うことはなく、その大きな壁に挫折した。

 

 そして挫折した影治は―――――次期宗主となる姉を影から支えようと、雑務を…組織の運営などをこなしてきた。水術の代わりにそちらの才能があったのか、そちらの方面で影治は凄まじく活躍した。時の宗主『浦島 ひなた』が少々の放浪癖持ちのため、居ぬ間の組織運営は全て影治が担うほどに。ひなたが戻った後でも、一部は影治に伺いを立てるほどであった。

 

 そこまでは良かった。それから暫くの時は流れ……ある時、次期宗主と思われていたなつみが、若くして乙姫家の当主となった者と恋仲になり、地位を捨てて嫁いでしまった。

 突如空白となった次期宗主の座は、三番目の子供であるかなめに……と、なるはずだったが、当のかなめはもう一つの浦島…老舗の和菓子屋『うらしま』の若手職人と早々と…兄妹で一番に結婚し、海外に支店を出そうと夫婦揃ってアメリカに渡っていたのだ。
 浦島はかなめを呼び戻そうとしたが、アメリカでの新婚生活、及び支店の運営が順風満帆だったことを理由に拒否、ついでに次期宗主の推薦を『いやだ』の三文字でスッパリと断った。

 そして―――――当然と言うべきか、繰り上がりで宗主の座が影治の元に転がり込んだ。
 よもや自分が宗主となることはないと最初ハナから考えもしなかった影治は、突然の事態に大変困惑し、自身もまた拒否した。自分は宗主の器ではない…と。

 だが、長老方は残った影治に宗主となることを命令、ひなたもまた影治が宗主を継ぐことには異論しなかった。元舟も、友人として…そして次期総代として、影治を支えようと支持した。

 

(今思えば、それが歯車が狂い始めだったのだろう……)

 

 繰り上がりで宗主となった影治を、分家の連中は『成り上がり』と言う目で見ていた。宗家は宗家、自分達とは隔絶した力ゆえに表立って言うことはないが、それとない雰囲気を影治に向けていた。
 それを影治も当然感じていたのだろうし理解していた。だが、だからといって水術で姉や妹を上回ることは出来ない。ならばと、自分に出来ること…政務の手腕を発揮し、裏と表の浦島を見事に扱い、ひなた以上に豊かにした。
 だが、それでも浦島の根底は覆らない……兄弟の仲で才が劣る影治を、成り上がりと見る目が減りはしたが無くなりはしなかった。

 

 この時から、影治の精神は徐々に歪み始めていた。目に見えない奥底で……

 

(そして、決定的だったのが……我が子のことだった)

 

 影治が娶った分家出身の茜が子を―――――景太郎を産んだ。影治は心の底から喜んだ。【産まれた我が子が、水術師としての才を欠片ももたぬ存在】だということを知るまでは。

 

この時から…影治の歪みは表にまで浸食した。

 

 影治にとって、水術の才を持たぬ我が子の存在は己の低能の証―――――生きた証拠に見えて仕方なかったのだろう。それ故に、影治は景太郎から目を逸らし、無かったかのように振る舞った。
 そして、景太郎が物心付き、父に構ってもらおうと近づいた時…弾き飛ばしたのが虐待の初め、それからは近づく度に手酷く当たった。
 もし茜が景太郎を愛しておらず、庇っていなければ、おそらく景太郎は死んでいただろう。分家か、それとも父の手によってかは判らぬが。

 それからも、影治の歪みは一層酷くなるばかり。景太郎よりも先に産まれた姉の娘『むつみ』が、体は弱いが母に劣らぬ水術の才を示したことも…数年遅れて産まれた妹の娘『可奈子』が類い希な力を持っていた事も、影治を精神的に追い込み、歪みを加速させていた。

 なりは潜めていたが、長老連中がまだ幼子のなつみや可奈子を早々と次期宗主にと画策していた動きも、それを助長していた。

 

 そんな影治を…親友の歪んでいく様を、元舟はただ見つめるばかりだった。正確には、出来うる限りの手を尽くしたが、結果が伴わなければ無いと一緒…それが元舟の答えだ。

 歴史に“もしも”は無い。その時その時に選択が未来を決定する。影治が景太郎を疎んだことが原因ではない。様々な要因が……過去から続く本当に様々な要因が折り重なりあってこの状況を作り上げた。

 

 だが…影治の景太郎への感情が、原因ではなくとも発端であることは間違いはない。

 

 

 

 しかし……もはや戦いは回避できず、景太郎も、自分も道を譲ることは出来ない。立場は正反対でも、この一点だけは同じ。ならば、やるべき事はただ一つ―――――

 

 

 

 元舟はこの場に現れた時の決意を改めて固めつつ、聖霊器『麒麟』ともう一つの小太刀を構えた。

 

「もはや語る言葉は無し……ゆくぞ!!」

 

 地を蹴り、景太郎に向かって只一直線に疾走する元舟。その馬鹿正直な突進に微かに眉を潜めつつ、景太郎は―――――

 

「銀星精・閃」

 

 元舟に向かい、銀星精・閃を放つ。放たれた白銀ぎんの閃光は元舟を貫く―――――と、思われたが、当たる直前に元舟の足下が突如爆発、瞬動術にも近い速さで上空へと跳んで回避する。
 そしてまたも爆発音が響いた直後、またも凄まじいスピードで景太郎に向かって急降下した。

 

「しまっ―――――!」

 

 完全に不意を突かれた景太郎は、言葉を言い終える間もなく、勘と反射で身体を捻り半身となり、その直後、振り降ろされる『麒麟』の刃がその眼前を通り過ぎた。

 その鋭い剣圧に前髪の一部と頬を浅く切られつつ、景太郎は瞬動術を使い元舟より間合いを空ける。

 

「クソッ……舐めていたつもりはないが、甘いのは俺の方だったか」

「今の攻撃を避けておいてよく言う。完全に不意をついたと思ったのだがな」

「自分でもよく避けられたと思っている。もう一度同じ状況でやれば、今度こそ斬られている」

 

 背を流れる冷や汗を不快に感じつつ、頬から流れる血を袖で拭い、胸中を正直に吐露する景太郎。

 元舟がただ地を蹴って跳び、空を蹴って急降下したのであれば、景太郎はほぼ対処できていた。だが、元舟にはその前兆が何もなかったのだ。『閃』を避ける時、元舟は走っている体勢のまま上空へと跳んだ。そして、急降下した時も、前傾姿勢のまま、空を蹴るという動作もなく襲撃してきた。
 一番可能性のある『瞬動術』『虚空瞬動』であっても、【入り】と呼ばれる初動作がある。

 それはまるで、投げられたボールが物理法則を無視し、真横や真上に急角度で曲がったような唐突さであった。

 

「詫びておく。あんたをまだ過小評価していたことを……」

 

 景太郎は今まで以上に眼光を鋭くし、炎帝を鞘に収めると、やや前傾姿勢の居合いに良く似た構えをとる。それに対し、元舟も二本の刀を鞘に収めると、景太郎と良く似た構えをとり、聖霊器『麒麟』の柄に軽く手を添える。

 

 

「確か……くだりはこうだったな」

「……?」

 

 景太郎のいきなりの言葉に眉をひそめる元舟。しかし、次に景太郎の口から出た詩の如き言葉に顔が強張った。

 

「敵を屠る必殺の襲撃は“獅子”に似て………」

「―――――ッ! 刹那に空舞う飛翔は“ハヤブサ”の如き!」

 

 景太郎の言葉を継ぐ元舟。その次の瞬間―――――

 

ドンッ!!

 

 激しく地を叩き付ける音が二つ同時に鳴り響き、景太郎と元舟の姿が消えた。直後、二人が居た中間に刃を合わせた状態で現れる。
 二人の神速の居合いの打ち合いに刃と刃がせめぎ合い、摩擦に火花を散らす。そして二人はそのまま刀を振り抜くと、お互いの横を通り抜けて再度距離をとった。

 丁度、移動する前の位置を入れ換えたような形となって。

 

「見事だ」

 

 その元舟の衣服の左肩の部位に一筋の切れ目が走り、小さな炎が発生するがすぐに消える。立ち昇る神氣が炎をかき消したのだ。

 そして、それを行った景太郎の衣服もまた、前部分が浅く切り裂かれていた。

 

「我ら『青山』が編み出せし技、無拍子の移動術【獅隼脚しじゅんきゃく】をそこまで完璧に身に着けた。昔、一度だけ見せただけで修得するとは、なんと恐ろしき才能よ……」

 

 獅隼脚―――――『青山』家が、身体能力で大幅に優っている『五月』に対抗するべく編み出された高速移動術。原理は至って単純。足の裏に氣を集中させ、それを爆発的に放出して急激な加速力を得るという技。

 しかし、扱いが難しく、強すぎれば思わぬ加速力に体勢を崩し、敵に無様とも言える隙を晒すこととなる。更には、爆発力が強すぎれば自爆する可能性もある。そして逆に弱すぎれば、大した加速力が得られず、意味の無いものとなる。

 戦闘中に微細な氣の操作コントロールを必要とするこの技はかなりのセンスを必要とし、神鳴流でも『青山』の元舟を初めとするほんの数名しか扱い手は居ない。
 だが、それだけの利点はある。名前の通り、場所を選ばず急激な加速力を得られ、更には元舟が先に行ったとおり、なんの前兆も見せることなく高速移動できる。
 過去、景太郎が海外にて『黄金の騎士』と戦った時に見せた、着地した姿勢のままでの高速移動、最後の技を放った際に見せた移動も、この獅隼脚を使ったものだ。

 ただし、だからといって『獅隼脚』が『瞬動』よりも優れているというわけではない。ただ単純に別系統の移動術でしかない。だが、同じ高速移動術でも、『瞬動』と無拍子の『獅隼脚』を駆使した攻撃は、それだけで驚異の戦闘術となりえるのも事実だ。

 

「古い記憶を掘り返し、何度も失敗した末に会得したんだ。才能の一言で終わらせてもらいたくはないな」

「ならば言い直そう。優れた戦士に成長したものだ」

 

 表情には出さずとも、口調で景太郎が憮然としていることを理解し、ほんの少し…口の端を数ミリ程度動かして苦笑する元舟。今の景太郎の態度に、幼き日の面影でも見たのだろう。

 そんなほんの微かな表情の動きを景太郎も理解したのだろう。眉をほんの少し顰め、更に憮然とした様子となった。

 

「無駄口はそれまでだ…………第二幕、行くぞ」

 

 炎帝に神氣を収束させるや否や、今度は純粋な脚力を持って間合いを詰め唐竹に斬りかかる景太郎。

 元舟はそれを受け止め、そのまま刃の上を滑らせて受け流すとそのまま切り返し、今度は接近戦で激しい斬り合いを始める。

 

 

「フッ―――――」

「シッ!!」

 

 二人は既に相手の刃が届く範囲内に入っている。つまりは間合いの中だ。しかし、二人はその場から一歩も退くことなく、相手の刃を受け流し、斬りかかる。

 繰り出す一撃一撃の威力は必殺、人一人を両断するに十分な鋭さを有している。しかも、神鳴流の上位には及ばずとも、武術を高いレベルで納めている浦島の者達ですら目で追いきれないほどの速さで振るわれている。

 それほどの攻防を繰り返しつつも、二人の刃は相手の身体に触れることが敵わない。

 

 ―――――いや、

 

「ハァッ!!」

「―――――チッ!」

 

 元舟の振るった刃が、閃光の如き速さで景太郎の衣服を軽く切り裂く。いや、それだけではない。よく見れば、いつの間にやら景太郎の服の端々が幾つか切り裂かれている。
 そして更に見れば、受け止める際に見える火花…防御は景太郎の方が若干多いように見える。

 元舟の剣技が、景太郎の剣技を上回っている証拠だ。

 今はギリギリ均衡を保っているが、ほんの僅かなきっかけがあれば状況は一気に―――――と、その矢先、

 

 一際大きな金属音と火花が迸った後、景太郎の炎帝が大きく上にはね上がった。元舟の切り上げの一撃が景太郎の刀を大きく弾いたのだ。
 辛うじて刀を手放さなかった景太郎。だが、その跳ね上がった刀を引き戻そうとしたその時には―――――景太郎の刀を弾いたため、同じように上に振り抜いたはずなのに―――――既に元舟は刀は鞘に納め、最速の一撃を繰り出す『居合い』の構えをとっていた!

 

ドンッ―――――
 キンッ―――――

 

 空間に響くは小さな金属音つばなりと爆発音。虚空に描かれるは一本の白銀の線と黒い残像。そして……斬り裂かれるは大気と布と―――――人間。

 

「…………」

 

 周囲の者達に抜く様、そして納める様すら見せない神速の抜刀を行った元舟は、軽く落としていた腰を上げ、自然体となって前方にいる景太郎を見た。

 先程居た位置より数メートルほど後退し、着ていた服と、その奥にある皮膚一枚を斬られた景太郎の姿を。

 

「よく避けられたな。正直、斬ったと思ったのだが……」

「………………」

 

 褒め言葉にも聞こえる元舟の言葉に、景太郎は無表情のまま何も答えない。

 咄嗟に…本当に咄嗟に、そして頭が考えるよりも身体が…生存本能か勝手に体内の氣を四肢に漲らせた。そして景太郎はその氣を足に集め、『獅隼脚』を使って後方に下がった。

 発動に一動作が必要な『瞬動術』を使っていれば、退がるよりも先に元舟の刀が景太郎の胴を真っ二つにしていただろう。
 これもまた、獅隼脚の利点の一つだが…咄嗟に行えるのは、使い手の中でも元舟と鶴子アオヤマのふたりだけだろう。

 

 だが……景太郎にとってそんな事はどうでも良かった。一番の問題は……

 

(くそっ―――――)

 

 純粋な剣術で、完全に元舟に後れをとったことだ。

 浦島を追放されて十数年。身を、魂を削るように鍛錬を繰り返し技を磨いてきたというのに、元舟には敵わなかったのだ。

 

「あれから鍛えてきたつもりだったが……未だ追いつけずか」

「ふん……たかが十数年研鑽を重ねた程度で勝てるつもりだったか、私も随分過小評価されたな」

 

 景太郎の言葉を一蹴する元舟。だが、その胸中は景太郎と同じく苦いものであった。
 同じ十数年という研鑽の年月を経て、再び相見えたその時には、才を認めていてもあの幼い子供ケイタロウが自分に渡り合えるほどの腕前となっていたのだ。

 

(この十年で本当に強くなった……)

 

 自分に迫り、また追いつこうとするかつての弟子の姿に、元舟は感慨深いものを覚える。

 今現在『神鳴流で最強は?』と問われれば、それは間違いなく【神位】の鶴子だ。だが、剣術だけで言うのであれば、未だ最強は【総代】の元舟なのだ。
 元舟は鶴子が自分を越すのは後数年と見ているが、景太郎もまた同じ段階まで至っていることを、剣を合わせてヒシヒシと感じていた。
 景太郎を自分の後継として【最強の剣士】に育てたかった…自分が鍛えたかったという軽い後悔も同時に。

 

「後一歩か二歩といったところか。まぁいい、それだけ解れば十分……それに、後少し・・・だからな」

「なに?」

 

 景太郎の言葉に眉を潜める元舟。『後少し』の意味を測りかねているのだが、長年の勘が警告のようなものを発している。一気に片を付けた方がよい…と。

 元舟は知る由もないが、少し前…同じく景太郎と相対したなつみが言われた言葉に酷似していた。

 

「剣術は推し量れた。次は……これだ」

 

 景太郎の身体から立ち昇る赤き光。それは火属性の氣の色だ。

 

「五行戦氣術―――――本家本元の神鳴流とソレで戦うつもりか」

「ああ。同じ土俵であんたを倒す」

「だから炎術を使わぬのか」

「そうだ」

 

 景太郎が炎術を使用したのは、初撃の牽制のみ。それ以降は炎を顕現することなく戦っていた。
 もし、炎術を…炎を顕現し刀に収束させていれば、獅隼脚を用いた『居合い』勝負の時、掠った時点で元舟は焼滅していただろう。

 だが、景太郎は炎術を使用する素振りすら見せない。元舟の目には、景太郎の瞳に強い信念の光が見えた。

 

「若造が…私と同じ条件で勝つと豪語するか」

「ふん……格の違いを見せてやる」

「見せてみるが良い。最後までその信念を貫ききれるかもな」

 

 元舟は腰に差した二本の刀…【麒麟】と小太刀を抜刀、その身体より水氣を立ち昇らせつつ構える。

 そして―――――二人は同時に地を蹴った。

 

「「―――――ッ!!」」

 

 打ち合わせられる火氣漲る刃と水氣漲る刃。此処までは先とほぼ同じ―――――だが、今度は元舟の左手には小太刀が握られている。

 

「ヌンッ!」

 

 景太郎の胴に向かって薙がれる小太刀。景太郎はそれを無理することなく、あっさりと下がって避ける。

 その景太郎に向かって追撃するべく大地を踏みしめて跳躍―――――する直前、

 

「五霊戦術―――――閃火せんか!」

 

 景太郎が振り下ろした刃の軌跡に沿った火氣の刃が、その名の通り閃光の如き速さで放たれる。

 その一撃を元舟は避けるどころか迎撃する様子すら見せず、小太刀を前に突き出す。そして、

 

「喰らえ―――――【黒龍】!」

 

 景太郎の放った火氣の刃が小太刀の刃に触れた瞬間、火氣が消えた。相殺や相剋した様子はない、本当に消えたのだ。

 

「チッ……五霊戦術 雷光―――――閃火!

 

 連続で、それも雷氣と火氣の刃を放つ景太郎。雷氣の刃は直進し、火氣の刃は大きく弧を描き上空から襲い掛かる。

 神鳴流戦士からすれば、信じられないほどの属性変化の早さ。だが、元舟は挑発するように一笑すると小太刀を振るい二つの氣刃を斬り裂き―――――その二つとも先と同じく消滅する。

 

「無駄だ。この【黒龍】の前に、生半可な力など通用しない」

「………五霊戦術 斬花!」

 

 三度振るわれし刃から迸るは木氣で創られた数多の花弁。一枚一枚が剃刀以上の切れ味を秘める花吹雪が元舟に襲い掛かる。

 

「そのアギトを開き 喰らえ!」

 

 元舟がその言葉と共に小太刀を掲げるや否や、天蓋ドーム状の半透明な防護膜が発生、花弁がその膜に触れた瞬間、先の氣刃と同じく消滅する。

 

「なるほど……基本的に刃に触れれば喰われる。やろうと思えば結界のように展開して喰うことも可能か」

「確かめる為にわざわざ喰らわせたか」

「知識としてはあんたから聞いていたが、直に見るのは初めてだからな。その【黒龍】とそれを使うあんた自身もな」

「後に不利だと承知しても、あえて確かめるか。英断か、それとも愚挙か」

「好きに言え」

 

 元舟の言葉を今度は景太郎が一蹴する。しかし、正直に言えば景太郎としては前者であると考えている。【黒龍】の能力を直に確かめなければ、下手な攻撃が出来ないのだから。

 【黒龍】 それはあらゆる力を無差別に喰らう悪食あくじきの龍。この武器の前に、殆どの術、氣は吸収・無効化されてしまう。三度、景太郎が放った氣刃の如く。
 そして―――――黒龍は喰らった力を己が糧とし、その姿を現す。持ち手を守護するその猛々しき姿を、その刀身に。

 最初はただの白鋼だった小太刀の表面には、今ではうっすらと龍の輪郭が浮かび上がっていた。景太郎の氣を喰らった確たる証拠だ。

 

 

「だが、確かに厄介だな。麒麟と黒龍…二つの聖霊器もそうだが、それを完璧に操るあんたが。さすが、二つの聖霊器に選ばれた前代未聞の剣士だ」

 

 【聖霊器】を得るには、儀式を通じて【聖霊器】自身に選ばれなければならない。通常…否、常識として、聖霊器が選ぶのは一人。そして、聖霊器は複数あれど選ぶのもただ一つ。
 だが、九百年続く神鳴流の歴史の中、その絶対不変だと思われていた常識に異常が生じたことがたった一回だけあった。それが元舟だ。彼だけが、二つの聖霊器【麒麟】と【黒龍】に同時に選ばれたのだ。

 聖霊器一つでも、人は扱うだけに十数年、極めるに至っては人生そのものとも言える。
 その聖霊器に二つ同時に選ばれた元舟に、当時の総代や長老達は一方を選び、片方を再び納めよ…と、命令した。青山の者とはいえ、二つ同時に極めることはおろか、扱いきることは不可能。逆に中途半端となってその類な才能の芽が潰れるには惜しいと判断したからだ。

 だが…元舟は拒否、総代を含めた命令に反抗し、見事極めてみせた。その傑出した才を見事に開花させて。

 

「刀剣系最強の聖霊器【白龍】の担い手、『【白龍】の永春えいしゅん』をも差し置き、【剣聖】を冠するだけはある…か。だが……俺が勝つ」

「戯け…十年早い」

「早いかどうか、その身を以て知れ」

 

 身を低くした直後、景太郎は瞬動術を使って元舟との間合いを一瞬で詰める。

 

(『氣』による遠距離攻撃は全て【黒龍】に喰われる。だったら、直接攻撃ならどうだ)

 

 右薙ぎに振るわれる炎帝の一撃を【黒龍】で受け止める元舟。その瞬間―――――景太郎が炎帝に収束させていた『氣』が消失した。
 黒龍が刀身に収束させた『氣』すらも喰らったのだ。

 

「―――――ッ!」

「カァッ!」

 

 そこにすかさず右手に持つ【麒麟】を袈裟懸けに振り下ろす元舟。だが景太郎はその一撃を刃を翻した炎帝で受け止め、逆に力任せに押し返して元舟を弾き飛ばす。

 

「ほう…今ので刃こぼれ一つしないとはな」

 

 軽く下がり、炎帝を軽く見つつそう呟く元舟。その元舟に、景太郎は口の端を吊り上げるような笑みを浮かべた。

 

「新進気鋭の天才魔工技創師エンチャンター〔白井 公明きみあき〕が造った渾身の一品、炎の魔晶剣『炎帝ファーマル・ハウト』。奥義でもないただの攻撃で破壊できると思うな」

 

 白井への称賛を口にしつつ、見せつけるように炎帝を水平に…一文字の構えをとる景太郎。

 元舟の渾身の一撃は〈将位〉の奥義にも匹敵する。その一撃を『氣』の補強無しに受けても刃こぼれ一つ起こさないとは、正真正銘とんでもない一品といえるだろう。
 白井が炎帝を渡す際『今までで最高の一品』と口にしたのは嘘偽り無いようだ。と、景太郎は素直に感心した。

 

(だが、そう何度も受けるのは得策じゃない。特に、素のままでは……)

 

 黒龍に触れれば氣を喰われ、次の瞬間には麒麟の一撃が待っている。
 『力』ならなんでも喰らう黒龍で身体に纏う『妖気』の鎧を喰われ、神氣漲る麒麟の一撃を受ければ、いかな強力な妖魔といえど重傷は免れない。ある意味、凶悪な連撃コンボだ。

 

(厄介だが…活路は必ずある。無ければ―――――斬り開くのみ!)

「行くぞ―――――」

 

 再び元舟との間合いを詰め、炎帝を振るう景太郎。その一撃を元舟はやはり黒龍で受け止めると、すかさず―――――

 

「奥義 斬岩剣!」

 

 奥義を放つ。だが、景太郎は受け止めることなく身を退いて避け、再び剣を振るう。

 

「一撃離脱の戦法か…その程度の策が私に通用すると思うな!」

 

 景太郎の剣を今度は麒麟で受け止め、押し返す元舟。そして今度は元舟が一歩間合いを詰めると二本の刀を矢継ぎ早に繰り出し、反撃の暇も与えずに追い込む。

 息もかせぬ連撃を避け、受け流す景太郎。前者は主に黒龍、後者は麒麟だ。
 だが、元舟の繰り出す黒龍の斬撃を全て避けきれるはずもなく、三撃に一度は受け流す羽目になるが、今度はそれを承知しているために即座に炎帝に神氣を纏わせ麒麟の一撃を受け流す。
 刀身に『収束』ではなく『纏う』という半ば応急的な処置だが、その為の〈受け流す〉という防御。柔らかい防御が元舟の斬撃を見事なまでに流していた。

 もっとも、それは防御に専念している故にできること。逆に言えば、景太郎は攻撃に転じれないと云うことだ。

 

「どうした、大口を叩きながらこの有り様か。先程までの気勢はどうした!」

「……………」

 

 元舟の挑発に無言で返す景太郎。元舟の連撃をただ黙々と受け流す。

 

(後少し……間に合うか?)

 

 景太郎の視線が一瞬だけ元舟の持つ小太刀の刀身に浮かび上がった【龍】に向けられる。その龍は刃が触れあう度にその姿をより鮮明に浮かび上がらせ、もうすぐその鱗まで見えようかというほどにまでなっていた。

 

 その時―――――

 

「余所見とは随分と余裕だな―――――神鳴流 奥義 崩山衝!!」

 

 前触れもなく元舟の身体から爆発的に放出された膨大な土氣が麒麟に収束、直後に斬り上げ気味に放たれた〈土〉の上位奥義の一撃が炎帝を打ち据える。
 その強力な一撃と不意打ちに、景太郎は受け流す間もなく炎帝を大きく弾き飛ばされる。

 辛うじて右手が炎帝を手放さなかったが、その手と武器は大きく頭上に跳ね上げられた。

 その構図は、最初に剣術のみで競い合った時の最後の再現のようであった。だが、今決定的に違うのは、元舟の左手には二本目の武器が握られていることだ。

 

「終わりだ―――――」

 

 身体の捻りを最大限に使い、心の臓目掛け神速で突き出される【黒龍】。剣を弾かれた景太郎は為す術もなく、また、纏う神氣も黒龍の前では無意味に過ぎず、一瞬の停滞もなく景太郎の心臓は貫かれた。

 

 

 

 

―――――その2へ―――――

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