白夜の降魔・二十九灯・その2

 

 

 

 

 貫かれた―――――はずだった。誰しもそう思った。黒龍を突き出した元舟ですらも。

 

 

 

 だが……現実には、聖霊器【黒龍】の刃が貫いたのは景太郎の右側に在る空間と大気だった。

 

 

 

間一髪ギリギリで……間に合った」

 

 黒龍の軌道を逸らした左手を戻しながら、トンッと軽く地を蹴って後ろに下がる景太郎。奥義を防いだ衝撃に痺れた右手を振って感覚を取り戻すと、改めて炎帝を片手で握り直した。

 

「さすがだよ、あんたは。師事した数年、そしてこの数年で何度も反芻して訓練を重ねて尚ここまで掛かった……正直、読み切るのに此処まで時間がかかったのは数人と…師匠達ぐらいだ」

 

 自然体のまま元舟を見据える景太郎。まるで隙だらけの格好だが、何故か元舟は斬りかかることが出来なかった。
 決して隙が無いわけではない。逆に隙だらけな事に警戒したのでもない。長年の戦いで培われてきた直感が元舟を押し止めているのだ。今、このままでは何をしても無駄だと。

 

「どうした、隙だらけなのに掛かってこないのか。先程までの勢いはどこにいったんだ?」

 

 元舟にかけられた挑発と似たような言葉で返す景太郎。つい先程、元舟に後一歩まで追い詰められたとは思えない余裕の態度は、訝しむのを通り越して不気味にしか感じない。

 だが―――――

 

「ならば、望み通り行くぞ!」

 

 ドンッ!!

 

 爆発音―――――獅隼脚を使った元舟が一瞬で景太郎の眼前に現れ振り上げた麒麟の刃を振り下ろす。だが、景太郎は一瞬早く持ち上げていた炎帝でその一撃を然りと受け止める。

 そして、右、左下、一歩下がって上、左、右上。順に刀を移動させ、元舟の連撃を難なく受け止める。一歩下がったのは、黒龍の一撃を避けるためだ。
 元舟は先程と同じく、麒麟と黒龍を繰り継ぎ目すらみせない連撃を景太郎に叩き込むが、それすらも景太郎は完全に防ぎきる。

 

「それで終わりか?」

「…………」

 

 攻守は変わらず。だが、立場はまるで逆転していた。元舟の攻撃は完全に防がれている。麒麟は受け止められ、黒龍は掠らせず避けて。
 元舟の電光石火の連撃を見事に捌くなど、神鳴流の戦士達からすれば悪夢にも等しい光景だった。

 

「本当に『読み切った』というつもりか」

「そうだといっただろうが」

「この短期間で私の剣を見切るとは…なら、これではどうだ―――――奥義 斬鉄閃!

 

 金氣の奥義・斬鉄閃が竜巻の如く渦巻き景太郎に襲い掛かる。至近距離で広範囲の攻撃は防御しにくい。だが、

 

「五霊戦術 炎狩ほむらがり

 

 直後に振るった景太郎の火氣の刃が金氣の渦を一刀の元に切り裂いた。その瞬間!

 

「奥義 滝牙剣・二の太刀!!」

 

 それを見越していた元舟の〈水〉の奥義が景太郎に襲い掛かる。しかし、

 

「五霊戦術 黒耀こくよう

 

 景太郎は土氣を纏わせた返す太刀で斬り裂く。

 

「(まだだ!) 奥義 百花繚乱!!

 

 三度放たれるは木氣で創られし無数の花弁。それが雪崩の如く景太郎に襲い掛かる。それに対し、景太郎は右手で握った炎帝を水平に、左手を刀身に沿えると、

 

「五霊戦術―――――鋼破こうは!」

 

 その刀身より金氣の衝撃波を放ち、迫る花弁を吹き散らし、相剋をもって消滅させる。

 

(属性の切り替えが早い……下手をすれば、いや、明らかに私よりも。だが、ただ切り替えが早いだけではない。まさか―――――)

「『先読みしているのか?』とでも思ったか?」

「―――――ッ?!」

 

 思考を読んでいたかのようなタイミングの景太郎の言葉に、元舟が軽く目を見張る。

 

「先も言ったはずだ、読み切ったとな。だが、それは見切りじゃない。あんたの剣技はすぐに見切れるほど半端じゃないからな」

「ならば何を読み切った」

拍子リズム…あんたの動きの拍子リズムを読み切った。いつ、どのタイミングで攻撃が来るかさえ判れば、身体の微細な動きや氣の流れで攻撃がほぼ予測できる」

「指導していた時、手合わせで時折動きが良くなっていたのはその所為だったか」

「アレは拍子リズムを少しだけ理解した、ろくな先読みもできない子供がやるお遊戯みたいなものだったが……今は違うぞ」

「…………恐ろしい男だ」

 

 拍子を読み、攻撃を先読みする。この短時間でそれを読み切った景太郎は確かに凄まじい。景太郎自身の才覚もそうだが、おそらく相当な戦闘を重ね、膨大な経験を元に構築されたことは想像に難くない。
 

 だが、元舟の言葉が指しているのはそこではない。元舟の言葉の意味は、景太郎の氣功術だ。
 たとえ拍子リズムを読み、攻撃が来ると判っていても『奥義』に対応することは真に難しい。奥義がくると解っても、五行の内の何れか…斬魔などの神氣を合わせれば『六つ』の内いずれが来るのか、直前になるまで解らない。
 特に、見切られたと思った元舟はそういう放ち方をした。だが、景太郎はいとも容易く反応、相剋した。それは、景太郎が奥義の種類を察知し、氣の属性変化するまでが恐ろしく早いという事だ。

 後の者が、先の攻撃とほぼ同時に仕掛ける…それはつまり、元舟よりも景太郎が【早い】という事だ。

 

「一つ聞く。何故『先読み』の正体を教えた。お前なら、それがどういう意味か理解できているはずだ」

「ああ。あんた程の実力者なら、意識すれば拍子をずらすことも変えることもできるだろうな。事実、俺の師匠達はいとも簡単に変えてきた。ならば、同格のあんたもできるのは道理だ」

 

 元舟の言葉に一つ頷き、至極当然といった感じに答える景太郎。

 

「まぁ、今の説明は所謂『手向け』みたいなものだ。自分がどうして負けたのか、理解できないまま死んだら成仏しきれないだろうからな。
 もっとも、化けて出たら化けて出たで今度は完璧に消滅させるがな」

「ほう。それでは、とうとう本気を…炎を出すか」

「いや、必要はないな。それに言ったはずだ、同じ土俵であんたを倒す…と」

「できるつもりか。この私と【麒麟】【黒龍】を前に、真髄を真に発揮させる霊器も持たぬお前が」

「そうだ」

 

 その場から姿が消える景太郎。同時に元舟が右手方向に顔を向けると、そこには庭石の傍に立つ景太郎の姿があった。

 

「確かに、豪語するだけあって聖霊器は…特にその黒龍は厄介だ。どんな術でも触れれば喰らい、己の力に変える。おそらく、精霊魔術も喰らうんだろうな。精霊自身ではなく、その活力を。
 その黒龍を真正面から突破するには、相当桁外れの『エネルギー』が必要。人一人が捻り出す程度の『氣』ではまず不可能だろうな。〈氣の青山〉と云われているあんた達の一族でも」

「…………そうだ。そして、同じ聖霊器を用いた秘奥義ですらも喰らいつくす。そこまで見切り、それでもなお挑むか」

「繰り返すが、その黒龍は確かに厄介だ。だが、少々見せすぎたな。その黒龍の穴、二つほど見つけたぞ」

 

 そういうと、景太郎は庭石に土氣を纏わせた炎帝を突き立てる。そして…そのまま庭石を軽々と持ち上げた。

 土氣の応用……土氣を庭石に浸透・一体化し、手足を持ち上げるが如く軽々と持ち上げる事ができるようになる術。
 術者の腕が上がれば上がるほど、時間は短く、より巨大なモノを持ち上げる事ができるが、一抱えもある石に対して一瞬で、停滞もなく一動作で行った景太郎の技術に、周囲にいた神鳴流戦士達が軽く目を見張った。

 

「まず一つ目……」

 

 刀を跳ね上げ、刺さっていた庭石を上空に放り上げる。そして庭石が景太郎の眼前まで落下―――――そして、

 

「五霊戦術 破岩・礫時雨れきしぐれ

 

 景太郎の土氣を纏った掌底が庭石に触れた瞬間、粉々になって砕けた石の破片が元舟に向かって襲い掛かる。
 しかもただの飛礫ひれきではない、一つ一つが土氣を纏っており、高速で飛翔するそれの威力は厚い鉄板すらも薄紙同然に貫くだろう。

 元舟は飛来する石礫に対し、黒龍ではなく木氣を収束させた麒麟を頭上に振りかぶり、

 

「神鳴流 秘剣 樹霊烈波!!」

 

 振り下ろすと同時に木氣の衝撃波を放ち、石礫の纏う土氣を相剋、そのまま衝撃波で吹き散らす。

 

「黒龍が喰えるのはあくまでエネルギー、物質までは吸収できない。もっともあんたの腕なら少々の数は斬れるだろうがな。そして二つ目―――――」

 

 瞬動術を使い元舟との間合いを詰める景太郎。元舟は麒麟と黒龍を繰り、間合いに入った景太郎に斬りかかる。

 その斬撃―――――麒麟の斬撃を受け流し、続く黒龍の斬撃を受け止める。当然、刀身に纏わせた氣は喰われるが、景太郎は構うことなく、何気ない動作で元舟の左肩付け根に中指を沿えた人さし指を当てる。そして……

 

「五霊戦術 雷穿らいせん

 

 その指先より迸った雷氣が、元舟の肩を貫いた!

 

「ぐっ―――――おぉぉっ!!」

 

 肩を貫かれた痛み、加えて迸る電撃に元舟は苦悶の声を上げるが、そのまま雄叫びに変じて景太郎を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた景太郎は宙で一回転すると、口から流れ出た一筋の血を袖口で拭き取りながら着地する。

 

「いかに黒龍といえど喰らうのはその刀身。だったら零距離で攻撃すればいい。結界を展開すれば触れる前に喰われるだろうが、常時展開できるというわけでも無いだろう」

「…………」

 

 黒龍を持つ左手をぶら下げながら黙って聞く元舟。その間にも土氣を纏い、大地の氣と呼応して治癒力を高めてはいるが、如何せん傷付けたのは『木氣』の技、相剋対象である為に傷の治りが遅い。

 そして、景太郎にダメージを与えはしたが、あくまで氣で補強した蹴り。土氣の治癒力ならば即座に言える程度で敷かなく、ダメージも軽い。
 『肉を斬らせて骨を断つ』どころか『骨を斬らせて皮膚を切る』だ。

 

「暫くは左手は使えないだろう。勝負あったな……最後は、苦しまぬようにひと思いに殺してやる」

 

 景太郎は口内の血を唾と共に吐き捨てると、その身体より発する氣を『火氣』へと変え、炎帝の刀身に集わせる。

 

「死ね―――――」

「まだだ! 奥義 滝牙剣!!

「―――――閃火!」

 

 元舟は縦一文字に、景太郎は対するように横一文字に刃を振り抜き、弧月状の氣刃を撃ち放つ。
 その二つの氣刃は避けることなく真正面から十字に衝突、一瞬の停滞の後に消滅する。

 その際生じた衝撃が地を削り、土煙を発生させる。

 

「〈水剋火〉、相剋してその程度とは悪あがき…ではないようだな」

 

 上を見上げる景太郎。その先には元舟の姿があった。
 獅隼脚か、それとも瞬動術か。何れかの方法でかなり上空まで跳んだ元舟が、その身から膨大なまでの土氣を立ち昇らせ、それに応じるように右手に持つ【麒麟】の刀身が眩いほどの白き光を放つ。

 

(極限にまで高めた土氣……この場に及んで出す技となれば、秘奥義〔獣皇刃〕しかない)

 

 術者と聖霊器―――――二つの心が同調し、力が極限にまで高まることにより使うことが出来る神鳴流の秘奥義。これが扱えて、初めて〈聖位〉として認められる聖位としての極みへの一歩。

 それは決戦奥義をも上回る破壊力を秘めし究極の奥義。

 その秘奥義を放たんとする元舟を見つつ、あろう事か景太郎は炎帝を地面に突き刺し、左の掌を前に、握った右手を腰に引いた奇妙な徒手空拳の構えをとる。

 

「秘奥義でも何でも使え。全力を出してこい……そして、俺がお前ら・・・の『八百年』を否定してやる」

 

 神鳴流の歴史は百年。それを知らぬ訳ではないのにはっきりと『八百年』と口にしたのは何故か。そして、その『八百年』という言葉に深い憎しみと怒りが感じられるのははたして気のせいなのか。

 そして、その『八百年』という年月は、浦島と神鳴流が『涅槃』を封印してきた年月と合致するのは、ただの偶然なのだろうか……

 

 その真意を胸に秘める景太郎は、鋭い眼差しで『敵』を睨みつつ、両の手より凄まじい神氣を迸らせていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「…………どうやら、元舟は言われたとおりに時間を稼いでいるようだな」

 

 宗家屋敷の一室にて、影治は遠くより鳴り響く音を聞いてそう洩らした。

 ただ、その視線は目の前に置かれている存在から一瞬たりとも外されてはいない。外すことすら忘れたかのようにただじっと凝視していた。

 

「“これ”を使えば、分不相応に力を付けたあの愚か者を倒すことも容易だろう。だが、元舟が腕の一つでもとっていれば、それはより確実となるが…どっちでも良い。これさえあれば……」

 

 影治はそう言うと、目の前に置かれている存在…上座に置かれている一本の刀を手に取った。

 それは黒塗りの鞘に収められ、その刀身こそ拝めないものの、柄や鍔などの造りだけでかなりの一品と見受けられる。
 だが、それより何より、その刀が発する凄みというか、重々しい雰囲気がただの刀でないことを如実に語っているかのようだ。

 

「いかに曰く付きの代物であろうと、【水の精霊王】の祝福を受け、『破魔の血』色濃く受け継ぐ宗家の私が扱えない道理はない」

 

 手に取った刀を魅入られたかのように見つめる影治。その口元には不敵な笑みすら浮かんでいた。つい数日前まで、景太郎が襲撃をかけてくるかもしれないと一抹の恐怖を抱いていた影治が…だ。

 今ではその様な感情など微塵にも感じさせず、むしろその事など忘れ去っているかのようだった…………

 

 

「貴様の力、存分に扱ってやろう……私に従え、この浦島の宗主たる私に。―――――よ!」

 

 

 刀に向かって宣言するかのように言い放つ影治。

 途中、刀の銘であろうか名前が口にされたが、その名はまるで世界に忌み嫌われるかのように闇の中へと吸い込むように消え去った。

 

 

 


 

 

 

 

 

「我が聖刀に宿りしその名のことわり。壮麗にして威厳の霊獣。その白き勇壮たる断罪の力を持ちて、咎人を裁きたまえ!!」

 

 元舟が高らかに高唱すると共に、その莫大な土氣が聖霊器〈麒麟〉に収束する。

 そして、その刀身より白き霊獣―――――麒麟―――――が現象する!!

 

(確かに凄い……だが、以前の鶴子さんの秘奥義よりも力は感じられない。これなら余裕で……)

 

 麒麟より感じる氣の強さに、冷静にそう判断した―――――その時、元舟の次の行動に景太郎は息を飲んだ。

 

「我が聖刀に宿りし名のことわり。全てを喰らい、内にて浄化する黒き神獣よ。神々の化身と謳われるその御身を我が前に顕現したまえ!」

「なっ!」

 

 左手に握られている小太刀の刀身より迸った黒い光が瞬く間に形を整え、一頭の黒き龍へとなり、その黄金の瞳で景太郎を睥睨する。

 

(まさか、先程の斬り合いで顕現するだけの力が溜まったのか!?)

 

 画竜点睛―――――まさに自分が最後の仕上げをしてしまっていたことに気が付く景太郎。だが、その悔しさも次の光景を目にした瞬間吹き飛んだ。

 

「黒龍よ、麒麟と一つとなれ!!」

 

 あろう事か、その黒龍が麒麟に絡みつき、憑依するかのように麒麟の中へと染み込むように消える。
 その直後、純白だった麒麟の身体が漆黒へと反転―――――『黒麒麟』となり、同時に先程までとは比べものにならないほどの威圧感を放ち始める。

 純粋な『足し算』などではない、二つの聖霊器とその術者が共鳴し、途轍もないほどの力を生み出しているのだ。

 

「神鳴流 最秘奥義  獣皇刃 黒・麒麟煌こく きりんこう〉!!

 

 黒麒麟の開かれた口腔に漆黒の波動が収束し、景太郎に向かって放たれる。

 その放たれた黒きエネルギーは激流となり、虚空を貫きながら地にて身構える景太郎に襲い掛かる。

 

「黒龍の力を混合させたとはいえ、『麒麟』の【土】属性は変わらずか」

 

 左手を襲い来る黒き激流にかざす。そして、その左手より放たれていた光が赤い色へと変わり、更に煌々と輝く!

 

「行くぞ、青山 元舟―――――腕一本、貴様にくれてやる!!」

 

 左手から迸る赤い光が、その掌の内に収束する。

 

「馬鹿な! 元舟様の黒麒麟を真正面から受け止める気か!?」

「しかも相剋対象ではなく相生―――――火氣を使うなど自殺行為、元舟様の秘奥義の威力を増幅させるぞ!」

 

 二人の戦いを見守っていた神鳴流の戦士達が口々にそう叫ぶ。
 だが、決して間違いを指摘するためではない、同じ特質の氣功術の使い手として、景太郎の無謀な行動に思わず叫んでしまったのだ。

 対し―――――

 

「ははははっ! やはり無能者、最後の最後でしくじりおったわ!!」

「そのまま消し飛んでしまうがいい!!」

 

 浦島の分家連中は、景太郎の失敗を嘲笑、口々に侮蔑の言葉を吐いた。

 

(一体何を考えている?! このまま麒麟の“息吹”に己が身を晒すつもりか)

 

 火氣漲る左手を未だ突き出している景太郎。このままでは腕一本どころか肉片すら残さず消滅する。

 

 誰もがそう考えていた―――――その時、

 

「『月輪』最大展開!!」

 

 景太郎の左手に集っていた火氣が直径五十センチと三十センチの二重のリングとなり、黒き奔流を盾の如く受け止めた!!

 そして、あろう事か黒き奔流はリングの中心に集い、球状に変化を始めた。

 

「なんだと!?」

 

 その現象に叫ぶ元舟。その威力を感じ取っていた神鳴流、元舟の力を知る分家連中も唖然とした。一体何をどうすれば眼前で行われていることができるのか。さっぱり理解できないのだ。

 そうしている合間にも、黒き奔流は全て集まり漆黒の球体となった。

 そして景太郎は左手を引き赤いリングを消し、引いていた右の拳を漆黒の球体めがけて振るう。

 その拳には、先の二重リングが―――――今度は翠に輝く二つのリングが形成されていた。

 

「弾け―――――『日輪』!!」

 

 翠の二重リングと漆黒の球体が接触した瞬間、漆黒の球体は反発する磁石の如く弾かれ、奔流が辿った軌跡を高速で逆戻りした。

 

「そんな馬鹿なっ!!」

 

 それは周囲にいた神鳴流戦士達の誰かの言葉。だが、それはその場にいた神鳴流の者達の言葉を代弁していた。

 元舟も同じ心境だったが、それは表に出ることなく、返された一撃を迎撃するために聖霊器『麒麟』を振り上げる。

 

「神鳴流 最秘奥義 獣皇刃・弐の太刀 〈黒麒麟撃〉!!」

 

 

 聖霊器『麒麟』が振り下ろされる。それと同時に更に土氣を漲らせた擬似聖獣『黒麒麟』が、漆黒の球体に向かって虚空を駆ける。
 そして『黒麒麟』と漆黒の球体が衝突し、辺りに黒い閃光と衝撃波と言っても過言ではない轟音を撒き散らして消滅する。

 

 その光景は、まさに去年のクリスマス・イヴ―――――鶴子が秘奥義を破られた時の再現だった。

 

「まさか今のは―――――」

 

 今の景太郎が行った術に心当たりがあるのか、小さく呟く元舟。だが、

 

―――――ドンッ!!

 

 獅隼脚を使い眼前に現れた景太郎の、振りかぶる右手に纏わせた凄まじい雷氣に言葉をとぎらせた。

 

「五霊戦術 武御雷たけみかずち!!」

「黒龍―――――」

 

 技の名を発すると共に、拳に集った雷氣が凄まじい雷と閃光を放ち、元舟に向かって振るわれる!

 元舟はなんとかその一撃を『麒麟』で受け止めるが、迸る雷氣にその身を貫かれ、同時に振り抜かれた拳によって弾き飛ばされる。
 そして凄い早さで飛ばされた後、宗家ではない近くにあった別の屋敷の屋根を突き破り、その奥へと姿を消した。

 元舟の安否はその場からは伺い知れない。だが、今の景太郎の一撃を目の当たりにした者達は、元舟がもはやこの戦いに復帰することはないことを直感していた。

 

 それは景太郎も同じ事。だが、その顔は忌々しげに歯噛みしていた。

 

(クソッ……あの一瞬、黒龍の結界を張って威力を弱めたどころか、麒麟で受け止められて威力の殆どを殺された。どちらか一方だけだったら、確実にヤっていたものを……)

 

 風氣を纏い、静かに降り立つ景太郎。その視線は元舟が叩き込まれた屋敷に向けられていたが、すぐにその視線を周囲にいる人間達に向けた。

 その視線に自然と一歩下がる神鳴流と分家達。もはや自分達では絶対に敵わないことを理解した。そして、同時にこの場から逃げる事ができないことも…嫌でも理解させられた。

 

 

「さぁ……次は何奴だ」

 

 壮絶な修羅の如き笑みを浮かべる景太郎に、その場にいた者達は更に一歩下がった。

 

 

 

それが―――――虐殺の宴が再開される合図となった。

 

 

 

 

 

―――――第三十灯に続く―――――

 

 

 

〔あとがき〕

 どうも、ケインです。

 今回はちょっぴり増量してお送りします。仕事が忙しい最中なんですが……現実逃避的に書き上げました。

 ストレス発散にSSを書く。そんな自分を振り返り、なんだかなぁ…と、思ったり思わなかったり。

 

 

 さて、それはともかく……今回の目玉は、かつての師、神鳴流の総代『青山 元舟』との闘いです。前半部分は過去の回想があったりと長々としてしまいまして、前後となりました。

 この闘いは景太郎の勝ちですが…次に戦う機会があれば、七割程度の確率で元舟が勝ちます。練氣や剣術では元舟の方が上回っているためです。今回の戦いで景太郎は拍子(リズム)をある程度読み切りましたが、次からは元舟も拍子を変えるでしょう。
 そして、景太郎は同じ条件で倒すというのに拘りすぎ、手の内を晒しすぎたんです。これは間違いなく景太郎の失策であり、悪癖の一つです。理由(作中で書いた同じ土俵で元舟を倒すという意)があった訳ですけど……失策には変わりありません。

 尤も……景太郎もその事を理解していますから、今度戦うときは最初から炎術を使う可能性も高いでしょうし、他の術方も遠慮無く行使するでしょう。そうなれば、確率は逆転してしまいます。

 

 それはそうと……文中にあった『景太郎の師匠達』ですが、行き当たりばったりで書いたわけではなく、ちゃんと構想した方達です。

 嫌な方もいるかもしれませんが、とある漫画とのクロスオーバーです。今度の正月用の年賀メールのおまけとして書いている作品です。現状では投稿する気はありません。思いっきり賛否両論だと思いますし。

 ちなみに、とある漫画とは凄腕の達人が一ヶ所に集っている者です。解る人には解るでしょうが…あの方達なら、景太郎の武術の師匠として成り立ちます。ええ、絶対に……特に筆頭のあの超人なら、今の景太郎でも敵わないでしょう。

 

 

 さて……話は長くなりましたのでこの辺で。

 次回は『闇―――――』です。はっきり言えば、最終局面―――――ラスボスの登場ですが、そのラスボスはなにやら不穏な動きを見せています。

 一体どんな話の展開になるのかは次回のお楽しみで……

 

 それでは、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした……

 

 

 

 

 

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