白夜の降魔・三十灯

ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第三十灯 「闇―――――おぞましき呪い」

 

 

 

「おぅおぅ。派手にやってんな、あいつ……」

 

 景太郎が破壊された門の向こうに行って幾ばくか…聞こえてくる悲鳴や轟音をBGMに、和麻はのんびりと煙草をふかしていた。
 その気になれば、風の精霊を介して視ることが出来るが、好き好んで虐殺シーンを見物する趣味もないので響いてくる音を聴くだけに済ませている。

 それより何より、炎の高まりを感じれば、景太郎が何をしているのか大体予測できる。

 

 そんな時……

 

「来たか……」

 

 和麻がそう呟いて視線を右横に動かすと、その方向にあった雑木林の中から、大きな黒い影が躍り出てきた。
 その大きな影とは一匹の黒豹。その背に二人の少女が跨っているため、余計に大きく見えるのだ。

 その黒豹とは可奈子の式神である〈クロ〉。背にいる二人は当然可奈子と…綾乃であった。

 クロは和麻の前で急停止し、その背より可奈子と綾乃が素早く降り立つ。

 

「おう、珍しい組み合わせだな」

「成り行きよ。それより和麻、景太郎は!?」

「ん? 景太郎ならあそこだよ」

 

 降りたってすぐに景太郎の所在を問う綾乃に、和麻は遠目に見える浦島の屋敷を顎で指し示す。

 そう言われて綾乃がそちらに顔を向ける。そして綾乃にも聞こえたのだろう、明らかに戦闘中であろう響いてくる音に、目つきを鋭くさせる。

 

「もう始めちゃってるみたいね」

 

 様々な力が高ぶり、迸っている事をそれとなく感じる綾乃。いかに鈍いと云われる炎術師でも、此程までの力の高ぶりとなるとある程度感じることができた。

 そして、炎術師であるが故によく理解できることもある。あの中で、神凪宗家に匹敵する巨大で揺るぎない炎の気配が高ぶりつつあることに。

 

「こうしちゃいられない―――――って和麻、あんたなんで此処に居るのよ」

「なんでって……居るから此処に居るんだろうが」

 

 何言ってんのお前…と、和麻が綾乃を呆れたように見る。それに綾乃は苛つくが、いつもの事と自制して胸の内に沈める。そして軽い溜息の後、グイッと和麻に詰め寄る。

 

「そうじゃなくてね…景太郎が戦ってんのに、あんたはなんで何もせずにまったりしてんのかって訊いてんのよ!」

「これ以上のただ働きは御免だ」

「あんたね!!」

 

 この一大事な…綾乃にとっては家族、和麻にとっては友であろう存在が戦っているときに、そんなふざけたことを言う和麻に、綾乃は怒りを感じると共にその身体から朱金の霊氣オーラが立ち昇る。

 

「なんだ、『ゴーゴン』の真似か?」

 

 立ち昇る霊氣オーラに煽られ、浮き上がり揺らめく綾乃の髪を揶揄した言葉なのだろう。

 そんな和麻のあくまで巫山戯た言葉に、綾乃の中で切れかかっていた何かが決定的に切れた。もうプチッと、張りつめた糸にハサミを入れたように。

 

「この薄情者がーーっ!!」

 

 怒りという感情の暴発につられ、火の精霊が次々に集うと共に綾乃は和麻の顔面めがけて拳を突き出す―――――が、和麻はその拳に右手を沿えるとその勢いを逸らし、逆に引き寄せて背後から拘束…つまるところ、背中から抱きしめて動きを止めた。

 

「こら! こんな時に何をしてんのよ!」

「ん…いやな、怪我はないかな~って思ってな。娘を傷物にしたら宗主に何言われるかわからんし」

「誤解を招くようなことを言うな! ―――――ってこら! わざとらしく擽るな、セクハラよ!!」

 

 脇腹の辺りに手を当てたりする和麻に、身を捩らせて逃げようとする綾乃。傍目から見れば完全にバカップルがいちゃついているようにしか見えない。

 そんな二人に残る一人は深々と溜息を吐くと、冷たい視線を二人に向ける。

 

「夫婦漫才はそのくらいにして頂けませんか?」

「何が漫才よ!!」

 

 やっと和麻の束縛から逃れた綾乃が、肩で息をしながら巫山戯たこと(綾乃主観)を言う可奈子をギロッと睨む。

 しかし、『漫才』は反論しても、『夫婦』という部分は反論しなかったところを見ると、対応とは裏腹に満更ではないのかも知れない。もっとも、本人が気付いているかどうかは別問題だ……

 

「ふん……さすがは関西人。この程度の漫才では満足しないか」

「違うって言ってんでしょ!!」

 

 不敵な笑みで可奈子を見る和麻をギロッと睨め付ける綾乃。また始まりそうな雰囲気に、可奈子はやれやれと言わんばかりに首を振りつつ再び溜息を吐いた。

 

「では、百歩譲ってラブシーンという事にしてあげますから、いい加減に話を先に進めましょう」

「譲らんでいい!」

 

 再び可奈子に噛み付く綾乃。そうすると、今度はフリーになった和麻がニヤリと笑って口を開く。

 

「後十歩ほど譲って『濡れ場』になんないか?」

「難しいですね。過激ではありましたが」

「それは確かに。成人指定か」

「ええ。過激な行為は子供に毒です。当事者が当てはまる場合は特に……」

 

 その言葉に、綾乃の形相が般若のそれへと変わる。

 

「ラブシーンでも濡れ場でもない! そもそも、あんた等なに真顔で話しあってんのよ!!」

 

 綾乃の怒声に、和麻と可奈子の二人は途端にまじめな顔(可奈子は元々無表情のままだが)となり、揃って綾乃の顔を見た。

 

「つまりだ。お前の度重なる暴力行為から導き出された結論から、お前は根っからの“S”だと云うことが判明したわけだ」

「度が過ぎる暴力行為の場面シーンは年齢制限がかかります。極当然の事でしょう?」

 

「…………いいたいことはそれだけか」

 

 地獄の底から響いてくるような声音を発する綾乃。いつの間に顕現したのか、その手には炎雷覇が握られている。
 今は辛うじて炎は灯ってないが、綾乃の怒りに集まった炎の精霊はいつ顕現してもおかしくない状態だ。

 そんな半ばキレタ綾乃の怒りのボルテージが限界を迎えつつあることに気付きながらも、当の二人はうんうんと頷いていた。

 

「そんなお前に称号を送りたいと思う。ずばり、【女王クイーン】というのはどうだ?」

「さすが八神さん。見事な称号の付け方です。おめでとうございます、『クイーン・綾乃』。浦島次期宗主としてお祝いの言葉を述べたいと……」

 

「二人まとめて―――――燃えてしまえーーーっ!!」

 

 完全にプッツンした綾乃は、炎を迸らせる炎雷覇を大上段から二人に向かって振り下ろす。

 もはや後先考えていない綾乃の攻撃に、即座に水昂覇を顕現させた可奈子が炎雷覇の刀身に沿わせるように交差させ、円を描くように炎雷覇を絡めて上空へと弾き飛ばした。

 

「落ち着いてください、綾乃さん」

「どの口で言ってんのよ、あんたは!!」

 

 そう態度では激昂しつつも、綾乃は上空へと飛ばされた炎雷覇を素直に己が身に納める。

 

「悪乗りしたことについては謝罪します。少し確かめたかったことがありまして」

「確かめたいこと?」

 

 綾乃の言葉に可奈子は頷くと、その視線を和麻の方へと向けた。

 

「八神さん、私の目は誤魔化されません。貴方は綾乃さんを必要以上に挑発し、この場に足止めしようとしていましたね」

「…………」

 

 可奈子の言葉に視線を逸らし、気怠げに空を見上げる和麻。その態度が答えているようなものだった。

 

「おそらく、兄の頼みで綾乃さんをこれ以上関わらせないようにと。その為には手段を問わないつもりで……」

「誰がそんな面倒なことをするかよ。よりにもよってお前ら二人の相手なんぞしてられるか」

「二人…ではなく、綾乃さん一人でしょう。いざとなったら当て身で気絶させてでも止めるつもりで」

「んなことするかよ」

「私の目は誤魔化されないと言いました。いつでも動けるよう重心を下げていたことがばれていないつもりですか?」

 

 虚偽は許さない…と言わんばかりの熾烈な可奈子の眼光に、和麻は降参と言わんばかりに諸手を軽くあげた。
 それなりに腕の立つ綾乃ですら気がつかないほんの僅かだけ重心を下げた事を見抜かれた以上、何を言おうとも通用しないと諦めたのだ。

 

「参った。その通り、俺はこのじゃじゃ馬娘を先に行かせまいとしたよ。景太郎の頼みでな」

「やはり……」

「なんでそんな事するのよ! 景太郎はあそこで戦って……」

 

 和麻を締め上げようと一歩踏み出す綾乃。だが、その矢先に差し出された可奈子の手によって足を止められる。

 

「綾乃さん、少しは冷静に考えてください。これから先は完璧な浦島の領地です。先程までの社の一件は、兄の使い魔が行った事だと誤魔化しができます。ですが、屋敷を直に神凪次期宗主が殴り込んだとなれば、誤魔化しのしようがありません。例え皆殺しにしようとも、それを行ったという事自体が体面に関わります」

 

 いかに目撃者を皆殺しにしようと、神凪の次期宗主が浦島を襲撃したという事実は情報となって広く流布するだろう。

 もう既に手遅れのような気もするが、現時点では情報操作でなんとでもできる。
 事実、それを見越して社の破壊を景太郎は使い魔に命じていたのだ。ただ、アグニは成り行き上、むつみに破壊を任せ、一箇所は和麻が壊したのだが、その程度はどうとでもなることだ。

 

「じゃあ景太郎はどうなのよ。景太郎だって神凪宗家の人間、十分問題じゃない!」

「肩書きが違いすぎるだろうが。お前は次代の神凪を担う存在。あっちは宗家と言っても養子…所詮は血の繋がらない他人、しかも世間では『神凪の鉄砲玉』なんて言われている下っ端扱い。それに、景太郎あいつが浦島を恨んでいる事は有名だからな。末端が暴走したって程度の言い訳で済む」

「そんな事は……」

「それにな、景太郎は覚悟している」

「え?」

「あいつは、この件によって神凪から除籍されるのも、最悪はその神凪から命を狙われることも覚悟している。たぶんだが、既に根回しをしているんじゃないか? 宗主に自分を絶縁するようにって手紙かなんか送ってたりな」

「そこまでわかってるんなら、なんで止めなかったのよ!」

 

 最悪、次期宗主の役目として同じ宗家の自分が景太郎の始末…身内の恥を身内で雪ぐという行為をしなければならないという事実に、綾乃が本気で激昂する。
 そして同時に、景太郎のそこまでの悲壮な覚悟に、何もできなかった自分への怒りが溢れ出ていた。

 綾乃は和麻の襟首を掴み、引き寄せて怒鳴る。今度は可奈子も止めることなく、和麻も綾乃のするがままにさせていた。

 

「こ…の……黙ってないで何か言いなさいよ!!」

「…………十年」

「な、なによ……」

「十年なんだよ。景太郎はここまでくるのに“十年”かけたんだ。この意味が解るか?」

 

 綾乃の目を真っ直ぐに見返し、襟首を掴む手を優しく解く和麻。

 

「景太郎はある目的の為に、それだけの年月を費やしてきたんだ。それが何かは…お前も知っているだろうが」

「知ってるわよ……」

 

 綾乃が呟くような小さな声で答え、それを聞いていた可奈子が辛そうな顔になった。

 

「文字にすればたった2文字。だが、景太郎にとっては半生近い年月だ。それだけの年月を、心の内に深い闇を抱いたまま生きてこられるか? 俺には無理だ。とても我慢しきれるもんじゃねぇ…狂っちまうぜ」

 

 かつて復讐に身を任せ生きてきた和麻。それを知る綾乃には、すぐに言い返せる言葉を見つけることはできなかった。

 

「『東大に入る』っつう約束を果たしたことや、仇の一つだった【涅槃】をぶっ潰した事であいつも少しチッとは心に余裕ってもんができたようだがな…それでも、あいつの中に貯め込んだもんはでかすぎる。俺にも経験があるから解るが、あれは抑え付けられるもんじゃねぇんだよ。本来ならな……」

 

 和麻でさえ、抑えきれないと言い切った『闇』を景太郎は十年も抑え付けてきた。様々な要因、環境、導く師や友に恵まれたからだろう。だが……それでもいずれ限界というものが訪れる。

 それが、破滅か暴走かは判らないが…どちらにせよろくな結末ではない。

 

「…………だからって、このまま景太郎のしたいままにさせるの?」

「…………俺には止める権利はねぇよ」

「権利なんてどうでもいいわよ。止めたいか、止めたくないかの二つだけ。私は止めたいわよ。義理でも景太郎の妹なんだから。あんたも、言い訳がほしかったらいつもの調子で言えばいいじゃないの。『経験者だからお前を止める』とかなんとか言って」

「はぁ……お前って奴はつくづく………」

 

 深い溜息を吐きつつ、どこまでも真っ直ぐな相方を見る和麻。

 言っていることは無茶苦茶、仮に自分にされたら怒るくせに、そんな事を棚に上げて胸を張って堂々と言っている。

 輝かんばかりの強い意志の光を見せる綾乃に、和麻はそれ以上何も言う気はなくなっていた。

 

 と、その時…………

 

「ま、後の連中も丁度来たし、どうするか相談してみろ」

「「え?」」

 

 綺麗に言葉を重ねる綾乃と可奈子に、和麻は左手の方向を指差す。

 

「あっちから三人と二匹…一緒に来たみたいだな」

 

 確かに、和麻の指し示す方向から軽快な足音が響いてきた。ただし、人間ではなく馬の足音だ。ついでに、何か重い物を引きずる音も聞こえる。

 

「あれは……」

「はるか叔母さんに、むつみさんですね。しかし、あの白い馬は……」

「ああ、あれも景太郎の使い魔。名前は〈フレイ〉よ。しかし珍しいわね、景太郎以外は乗せたがらないのに二人も乗せてるなんて……」

「そうなのですか。しかし、八神さんは三人と言っていたのに、一人足りないような……」

「そう言われればそうね……」

 

 綾乃と可奈子がそうこう言っている間に、〈フレイ〉とその背に跨ったはるかとむつみが綾乃達の元に到着し、同時に、はるかの手より伸びている水のロープで引きずられていた瀬田も、地面に跡を付けながら止まった。

 最後の一人の登場に、綾乃と可奈子は揃って目を見開いて凝視する中、瀬田はむっくりと起きあがり、服に付いた埃をパンパンと払った。

 

「あ~…死ぬかと思ったよ」

「いや、普通死んでるって」

 

 綾乃の突っ込みにあははと苦笑いする瀬田。何とも、地術師というのもデタラメな存在だ。

 

「はるかさん、なんでむつみさんまで一緒に? 担当場所は別々だったはずだけど」

「むつみは此処に来る途中で拾った。まったく…こいつは体が弱いくせに、無茶して屋敷まで走ろうとして倒れそうになったらしくてな。〈フレイ〉が〈アグニ〉…景太郎がむつみに付かせた使い魔から連絡があって合流したわけだ」

 

 綾乃の問いかけに、はるかは呆れたような…それでいて感心したように答えた。

 はるかの答えたとおり、二人が〈フレイ〉に乗って移動中、発作を起こして今にも倒れそうなのにも関わらずなおも走ろうとしているむつみを見かねた〈アグニ〉から念話で連絡があったのだ。
 〈フレイ〉も景太郎…主のために必死になるむつみに好感を覚えたのか、それとも主が昔むつみに世話になった事への義理か、〈フレイ〉は意外なまでにすんなりと了承し、むつみと合流した。

 ……と、そこまでは良かったのだが、ここで問題が一つ生じた。〈フレイ〉の背には既に二人も乗っているのだ。無理をすればもう一人乗れないことはないのだが、元々主以外は乗せたくないフレイは三人相乗りを拒否。
 そこで仕方なく、はるかは瀬田に(鉄拳混じりに)頼んで降りてもらい、水のロープで牽引してこの場までやってきたのだ。

 普段のはるかなら『後から走ってこい』と言うのだろうが、瀬田が「むつみちゃんの方が胸が大きいから、後ろから抱きつかれると大変だな」という余計な言葉の所為でこういう仕打ちとなったこと追記しておく。
 更に言えば、優れた地術師である瀬田には、地面との摩擦による擦り傷等による怪我を負う可能性が限りなく低いので、はるかも遠慮無く引きずったのだろう。

 

 それはさておき―――――

 

 はるかとむつみがフレイの背から降りると、

 

《アルタイル、アグニ、主の元へ戻るぞ!》

 

 〈フレイ〉が仲間に声を掛け、その姿を霞のように消した。景太郎との距離が近くなったため、直接主の元へと戻ったのだ。
 自分達への言葉もなく消え去った〈フレイ〉にはるか達はお礼を言う暇すらもない。

 そして、続いて綾乃とむつみの影からも二人の使い魔の気配が消えたことには、和麻だけしか気付くことはなかった。

 

「まったく、此処に来るまでもそうだったが、つくづく愛想のない使い魔だな」

「きちんとお礼を言いたかったのですけど……」

 

 はるかが主に良く似て…と言っている隣で、むつみが困った顔をして呟く。そして和麻達…可奈子に向き直ると、ゆっくりと頭を下げた。

 

「久しぶりね、可奈子ちゃん。二年ぶりかしら?」

「はい、お久しぶりです。むつみさん」

「それで…可奈子ちゃんはどうして此処に?」

「私は父…宗主に母の事を問い質しに来たのです。何故母の死を黙っていたのか…そして、成瀬川さんを拉致した理由を」

 

 そう、可奈子…ひいてはなつみは、宗主が成瀬川一家を拉致したという事を知らなかったのだ。拉致を指示した影治が内密に行い、関係者各位に箝口令を敷いたからだ。
 その成瀬川一家が逃亡し、その事に対して景太郎が襲撃…という一連の出来事も、宗主が成瀬川を招いた事を誤解した茜が連れだし、更に景太郎が勘違いして襲撃をかけた。という事になっていた。

 半信半疑ながらも、景太郎が浦島を滅亡させようと襲撃する事だけは事実。既に戦いを回避できる状況でもなく、最終手段として襲撃の場にての説得、取り押さえることとなったのだ。

 

「事と次第によっては、宗主といえど容赦はしません」

 

 その声に、殺意も怒気も感じられない。だが、その場にいた一同はその声音を聞いた瞬間に鳥肌を立てた。

 

「だったら…早く行くべきだな。このままでは、それもできなくなるぞ」

「解っています……」

 

 はるかの言葉に頷く可奈子。だが、可奈子には一歩踏み出すことができなかった。
 事の事情はどうあれ、自分は一度兄と敵対する立場を選んだ。このまま向かえば、兄は自分の事をどう判断するか。

 非情にも一度敵となった自分にその刃を、そして炎を向けるのか。
 冷徹に状況を判断し、自分を信じて武器を納めてくれるのか。

 この数年の兄の動向からの推測と、あの優しかった兄を信じたいという気持ちに鈍る足。

 その気持ちから目を背けたかったのか、和麻の尻馬に乗って無為に時を過ごしてしまった。だが…考える時間は、自分の気持ちを切り替えるだけの時間を過ごしたのもまた事実。

 可奈子は一度目を瞑り軽く息を吐くと、瞼を開いて決意を秘めた瞳を露わにした。

 

「行きましょう。兄の元へ―――――」

 

 可奈子の言葉に頷く一同。唯一の例外である和麻は、強い決心を見せて頷く綾乃に、これ以上何も言うまいと諦めた。
 こうなったら梃子でも言うことを聞かないことを知っているからだ。

 父である厳馬も一度決めたら曲げることを知らず、弟の煉もまた意外と頑固なところがある。これも宗家の遺伝か? と、自分の意固地なまでの頑固なところから目を背けつつ、同時に現実の視線も綾乃達から後方の雑木林へと移し、声を投げかけた。

 

「だとよ。あんたらはどうするつもりだ?」

『―――――ッ!!』

 

 和麻の言葉に驚愕し、その視線の先の雑木林に向き直る一同。その皆の視線の中、雑木林の中から二つの人影が、物音一つ立てることなく姿を現した。

 

「さすが世界最高峰の風術師。うちらが隠れとることは既に解っておられはしたんどすな」

「う~ん…結構自信があったんだけどな」

 

 現れた人影は鶴子と彰人、そして鶴子の肩に乗っている疾風だった。おそらく、はるか達から遅れて追いかけた…否、屋敷に向かったのだろう。翠色の氣〈木氣〉をうっすらと纏っている理由は、周囲の木々の氣と気配を同化させていたのだろう。

 その状態の二人に気付くなど本来なら和麻とて至難。だが、ここは敵地…のらりくらりとみせかけているが、常に周囲の状況を細かく把握していたのだ。
 ただ、更に言うのであれば、その状態でも和麻の周囲二十メートル以内に入ればそこそこの確率で気付かれていただろう。

 

「さて。まだるっこしい話は抜きだ。〈敵〉か〈味方〉デッド・オア・アライブか、今直ぐに答えろ」

 

 いつの間に吸っていたのか、くわえていた煙草を吐き捨て大量の風の精霊を集める和麻。鶴子が敵と答えた瞬間、もしくは刀に手を掛ける素振りを見せた刹那に殺すつもりだ。
 無論、それに気づかないはずのない鶴子だが、そんな事などどこ吹く風と云った感じににっこりと綺麗に微笑んだ。

 

「今の段階では、まだどちらとも言えまへん。まあ、しいて言うなら、今は敵対する意思はない…という事だけどすな」

「そうかい……………」

 

 鶴子の答えに一応矛先を納める和麻。もちろん、必要最低限の警戒を怠るまねはしない。

 

「じゃぁ、今更なんだけど僕達も君達と一緒に行っていいかな? 目的地も一緒のことだし」

「同じもなにも、目と鼻の先じゃない」

「ははは、そうだね」

 

 綾乃の厳しい突っ込みを彰人は笑って流し―――――たその時、その顔を強張らせ、突如上空を見上げる。その隣では鶴子が彰人よりも早く屋敷の上空を見上げ、皆も数瞬遅れで同じ方向を見上げた。

 その視線の先には、二本の刀を持った袴姿の男と、煌々と白く輝く馬に似た何かが居た。

 

「父上!!」

「総代!!」

 

 男の名を叫ぶ鶴子と彰人。そう、男は神鳴流総代・青山元舟。馬に良く似た存在は秘奥義により造られた擬似神獣『麒麟』。

 皆の見ている中、今度は元舟の左手に握られた小太刀から放たれた黒い光が、瞬く間に一頭の黒き龍へと成る。
 そして、その黒き龍と麒麟が融合し、黒き麒麟―――――『黒麒麟』となった。

 

「黒麒麟―――――父上は本気で景太郎はんを殺す気どすな」

「僕は初めて見たけど…半端じゃないね。これだけ離れていても肌がビリビリするよ」

 

 氣を扱うものとして、鶴子と彰人は元舟の黒麒麟の強さを肌身で感じ、その威力を推し量る。

 そして、和麻もまたその黒麒麟を物珍しそうな目で眺めていた。

 

「確かに凄いな……『氣』であそこまでできるもんなのか?」

 

 和麻もまた、風の精霊を介してその力を感じているのだろう。分家などでは既に太刀打ちできないほどの氣功術にただただ純粋に感心していた。

 

「あ~…こりゃ景太郎の奴、死んだか?」

「なんてこと言うのよ、あんたは! いかに強くたって、『氣』で景太郎の炎が破られるはず無いでしょ!?」

「確かにそうかもしれんが……景太郎の奴、炎術を使うつもりは無いみたいだぞ」

「なっ!?」

 

 炎をまったく使っていないという和麻の言葉に絶句する綾乃。

 そして、それが合図であったかのように、『黒麒麟』の口から黒き奔流が大地に向かって放たれた。

 

「景太郎!」

「お兄ちゃん!」

 

 二人の義妹いもうとの叫びが一致する中、黒き奔流は全て放たれ視界から消え―――――すぐさま、漆黒の光弾が、今度は地面から黒麒麟へと放たれた!

 

「あれは!」

 

 その現象に心当たりがある鶴子が叫ぶ中、返された漆黒の光弾に黒麒麟の本体が迎撃し、辺りに爆音と衝撃波を撒き散らして消滅する。

 ―――――その次の瞬間、消えた黒麒麟と入れ替わるように一人の男が突如現れた。

 

「景君!!」

「お兄ちゃん!!」

 

 いくら離れていようと愛しい人はすぐ判別できるということか、即座に男の名を呼ぶむつみと可奈子。

 その景太郎は紫電迸る右手で元舟を殴る。接触と同時に凄まじい閃光が放たれ、元舟の姿が消えた。詳細は見えずとも、直後に聞こえた小さな激突音と崩壊音から、元舟がどうなったのかが容易に想像できる。

 

「ぼやっとしている暇はなさそうだ…行くぞ!」

 

 いち早く気を取り直したはるかが、声を掛けると同時に走り出し、その後を皆が続いた。

 

 そして―――――暫しの疾走の後、破壊された門をくぐったその先に繰り広げられている光景に、和麻を除いた全員が息を飲んだ。

 

「キェェーーッ!!」

 

 右手から奇声を上げつつ槍を突き出す神鳴流の戦士。その一撃を景太郎は半歩下がって避けると同時に、刀の間合いに入った戦士を頭頂から股間まで一刀の元に斬り裂く。
 次いで、左手上空から刀を振り上げて跳びかかってくる戦士に、景太郎は素早く刀を切り返し、火氣を纏わせた刃でその腹部を貫く。

 

「ぐ…ぅぅぅっ!!」

 

 腹部を貫かれ、襲い来る激痛に顔を歪めつつも手に持った刀を振りかぶり、景太郎を刺し殺そうとする戦士。だが、その刀を振り下ろすよりも炎帝の刃から発生した炎が戦士を焼き尽くす。

 そこに間髪入れず神鳴流の戦士が更に襲い掛かる。しかし、それよりも早く景太郎は強大な土氣を通わせた炎帝ファーマル・ハウトを大地に突き刺さす。

 

「五霊戦術 黒穿」

 

 景太郎の周囲の大地より黒き錐が迫り出し、後一歩とまで近づいていた第一陣の戦士達を貫き絶命させ、後続の者達を寄せ付けない。

 だが、そこは同じ技の流れをくむ神鳴流。その技が“土”属性と即座に見抜くと大地に木氣の技を叩き込み、地中の景太郎の氣を相剋して『黒穿』を無効化する。

 

「チッ―――――(さすが上位〈仙位〉以上の猛者共、対応が早い)」

 

 予想よりも早く技を破られたことに舌打ちする景太郎。

 その背後より戦士の一人が槍を突き出す。が、景太郎は振り返ることなく、手品のように取り出した三枚の手裏剣を背中越しに投擲―――――

 

「がはっ!」

 

 その三枚の手裏剣は槍使いの男を貫き、男は血を吐き倒れ伏す。しかし、景太郎はそれでも振り返ることなく左右に立つ二人に目を向ける

 

「「我が聖杖(聖剣)に宿りし名のことわり、我が力を受けてその身を顕現せよ!!」」

 

 左右の二人の身体より立ち昇る膨大な火氣が手に持つ剣と錫杖に収束、直後に景太郎に向かって振るい放つ。
 そして、放たれし火氣が形を変え、剣は獅子、錫杖は狼となって景太郎に襲い掛かる。

 二人の聖位の秘奥義による挟撃。先の元舟ほどではないにしろ、その秘めたる力は聖位の名に相応しく強大。

 

 だが、膨大な火氣による秘奥義も、より強大な火力―――――白銀の炎を纏う炎帝ファーマル・ハウトにより分断される。
 最初から勝負になるはずもないその炎に、二匹の擬似聖獣は残滓すら残すことなく消滅。次いで、振るった際に生じさせた炎の余波に二人の戦士とその背後にいた者達を焼却させた。

 

 まさに圧倒―――――『段違い』『桁違い』という話ではない、まさしく次元違いの炎の力だった。

 

 

「お……義兄にいちゃん……」

 

 掠れるような声音で景太郎を呼ぶ可奈子。戦闘に集中していた為か、その時点でやっと可奈子達が来たことに気が付いた景太郎は、周囲を警戒しつつもそちらに視線を向けた。

 

「可奈子か―――――綾乃さん?」

 

 やってきたメンバーの中に綾乃が居ることに、最後尾にいた和麻をきつく睨む景太郎。

 戦闘状態の景太郎の眼光は正直かなりきつく、和麻はフイッと目を逸らす。

 

「そんなに睨むなよ。一応、止めようとはしたけどよ、どうにも俺の手に余ってな」

 

 思いこんだら一直線の猪突猛進気味な義妹いもうとの気質を知る一人として和麻の言い分を理解し、大きな溜息と共に追求することを止めた。

 その隙に―――――と、神鳴流の何名かが跳び掛かるが、景太郎の剣の間合いに入った瞬間、白銀の炎纏う炎の刃に、防御しようと構えた武器ごと斬り裂かれて消滅する。

 

「雑魚が…可奈子、そしてそこの二人。邪魔をするならこうなる。それをふまえてかかってこい」

「お、お義兄にいちゃん!?!」

 

 最愛である兄から敵と認識された言葉に、悲鳴にも似た声を上げる可奈子。半ば呆然とし、戦意を見せない可奈子に、鶴子と彰人が瞳に沈痛な光を浮かべつつ護るように両脇に立った。その時―――――

 

「ま…待て……この方達には……手を出させん」

 

 手裏剣を受けて倒れ伏した槍使いの戦士が、地面を這いずって景太郎の足首を掴んだ。
 投擲された手裏剣は間違いなく急所を貫いているのにも関わらず死することなく動いているその様は、まさに執念の一言に尽きる。

 それを景太郎は煩わしげな顔で見ると、刀を逆手に持ち替え、

 

「邪魔をするな」

 

 その一言と共に男の頭部めがけて切っ先を突き落とした。

 

「がっ!!」

 

 頭蓋を貫かれ、短い悲鳴と共に絶命する戦士。だがそれも一瞬、炎帝越しに放たれた白銀の炎にその骸は消滅する。

 

「さぁ……やるか」

 

 地面から引き抜いた切っ先を、今度は可奈子達に向ける景太郎。対し、

 

「此処に居る以上、仕方があらしまへんな……」

「そうだね」

 

 未だショックの抜けきらない可奈子を庇うように彰人が前に進み、その更に前に刀の柄に手を掛けた鶴子が進み出る。

 形的には鶴子が二人を庇う陣形だが、戦意を失っている可奈子と武器がない彰人には景太郎の相手は荷が重く、仕方がない状況だった。

 

「神鳴流〈神位〉青山 鶴子。いざ―――――」

 

リィィーーーーーン…………

 

 鶴子が柄を握り、抜刀しようとしたその時―――――その刀『五龍』から甲高い鈴の音が虚空に鳴り響き、それと同時に、鶴子が身内ですら滅多に見たことがないほどの驚愕の表情となった。

 

「どうしたんだい? 鶴子さん」

 

 様子のおかしい鶴子に彰人が話しかけるが、当の鶴子は驚愕の表情のまま腰の刀―――――『五龍』に視線を落としていた。

 

「そんなはずは…なんでこないなところで……ありえまへん……しかし…………」

 

 伴侶の声も届かず、小さく何事か呟いた後、鶴子はおもむろに顔を上げて前方を見る。

 最初、真正面にいた景太郎は自分を見たのかと思ったが、その視線は明らかに自分を透かしてその後ろに向けられていた。

 

「…………?」

 

 その行為に景太郎は訝しむと、注意は逸らさぬまま半身となって自分の後ろに目を向ける。

 その先には、一際大きな屋敷…浦島宗家の屋敷の奥へと続いている廊下があった。その廊下は薄暗く、奥まで見ることは出来なかったが、大きくなる足音に誰かが近づいて来るのが判る。

 可奈子、そして乙姫親子ほどではないにしろ、分家とは比べものにならぬほどの圧倒的な水の気配。炎術師たる景太郎には精霊の気配しか分からぬが、同じ水術師の者達にはその者が従える膨大な水の精霊が視えていることだろう。

 

「ふん……やはり元舟でも、お前の相手は荷がかち過ぎたか」

「相手がお前でも大差はない。いや、奥に引きこもっている臆病者の『成り上がり』と比べたら総代に失礼だな」

 

 廊下の奥から姿を現し、見下しながら言い放つ浦島宗主『浦島 影治』に対し、景太郎は嘲笑と共に言い返す。

 

 

これが…十数年ぶりの再会を果たした、血を分けた親子の第一声だった。

 

 

「―――――っ!!」

 

 見下していた相手に逆に見下され、なおかつ痛烈な皮肉を返された影治の表情が負の感情に歪む。

 

「出来損ないの分際で、好き勝手なことを……」

「否定はしない。俺は【水術師の家系】から見れば確かに出来損ないだからな。まぁ、出来損ないの息子が出来損ないなんだ、順当な結果だな」

「貴様……」

 

 自分が出来損ないなのはお前の所為だと暗に言われ、歯噛みしつつ呻くような怨嗟の声を吐く影治。それは景太郎が産まれてから今日まで、ずっと影治の心にのしかかっている事だった。

 

「私にその様な口をきいてただで済むと思っているのか!」

「一体どうなるのか、是非とも教えて頂きたいな。宗家のおちこぼれ」

「教えてやろう…あの時と同じように、半死半生の身で地べたに這い蹲らせてな」

 

 抑え切れぬ怒りに身体を震わせつつ、左手に持っていた刀の柄を右手で握る影治。

 その時になって、景太郎は初めて影治が刀を持っていたことに気が付いた。

 

「浦島宗家の者は浦島流の武芸を一通り修得するのが習わし……だが、水術と同じで武術も凡庸だったお前が、剣術でこの俺に勝てるなんて思ってるんじゃないだろうな」

 

 侮蔑すら通り越して呆れ果てた様子の景太郎に、逆に影治が嘲りの笑みを浮かべる。

 

「その様な技術はなくとも、この刀に秘められた力があれば貴様程度の剣技など無意味だ」

「ほぅ…そこまで言うなら見せてもらおうか。そのご自慢の刀とやらを。その刀ごとお前をバラバラに切り刻んでやる」

「ほざけ……」

 

 そう言って影治が刀の柄を握りしめ、引き抜こうとしたその時、

 

「宗主! それを抜いてはあきまへん!!」

 

 切迫した声の鶴子が影治に制止を呼びかける。

 その鶴子の声を聞いた影治は、酷く歪んだ笑みを浮かべつつ鶴子の方へと視線を向けた。

 

「さすがに気が付いたか。いや、考えれば当然か。これは神鳴流の者達がよく知るモノだからな」

「何故それを宗主が……」

「優れた武器は使い手を選ぶ…そう言うことだ!」

 

 そう言いながら、影治は刀を抜きはなった。

 

 

オオオォォォォッ!!

 

 鞘から解放されたその刀身は闇の如き漆黒―――――だが、それよりなにより、その刀身より放たれるおぞましいほどの邪気が周囲を威圧し、空間が軋みを上げる。

 少しでも霊感能力がある者ならはっきりと視え、聞こえただろう。立ち昇る邪気が描く『苦悶の表情を浮かべた地獄の亡者達』の様を。そして、空間が上げる軋みの音がその亡者共の怨嗟や嘆きの声のように。

 

「ひっ―――――」

「う…ああ……」

 

 その場にいる者達の内、胆力や気力の低い者は次々に地に膝を着き、震える身体を自らが抱きしめる。
 それらの殆どは浦島分家の者達だが、神鳴流の戦士達もそこまでは行かずとも、全員一様に顔色が悪くなっている。

 その様は、まるでその刀の発する邪気に生命力を貪られているかのような錯覚すら覚えた。

 

「その刀は…………」

 

 真剣な顔となった景太郎が影治を…その手に持つ邪気を放つ刀を睨む。

 その自信からどんな能力を秘めているのかと警戒してはいたが……それはある意味、景太郎の想像を超えた隠し球であった。

 

「貴様にも感じるだろう、この刀から溢れ出る力を! 神鳴流の歴史の中でも、もっとも忌まわしき存在として残る、最凶の妖刀【ひな】の力を!!」

 

 よく見ろ! といわんばかりに妖刀【ひな】を掲げ上げ、影治は哄笑を高らかに響かせる。

 しかし、そんな影治の哄笑など聞こえていないかのように景太郎は無視すると、再び視線を鶴子に戻し、きつい眼差しと共に問い質す。

 

「……妖刀【ひな】あのカタナは鳳翔の息子に盗まれたんじゃなかったのか」

「…………そのはずどす」

 

 それだけしか言えない鶴子。これは鶴子だけではない、此処に総代が居たとしてもそれだけしか言えないだろう。必死に捜索している神鳴流の誰一人として、『ひな』が此処にあることどころか、持ち出した『鳳翔 透』の足取りさえ掴めていないのだから。

 だが、この場にはその疑問の答えを知るであろう人物が唯一居る。あれこれ考えるよりも、その人物に訊けば早いこと。景太郎は不可思議な事を問い質すべく、その人物…影治に再び向き直った。

 

「ソレとっておきなのは理解してやる。だから答えろ、その刀をどうやって手に入れた」

「ふん、冥土の土産に……」

 

 得意満面に影治が説明―――――しようとしたその時、影治の脳裏に『言葉』が響く。

 

 

【それは誰も知る必要は無い】

【お前は何も憶えてい無い】

【そして考える必要も無い。お前はなんの感慨も抱かず、無心に『ひな』を振るえ!】

 

 

「―――――お前に教えることなど何一つ無い」

 

 言葉は脳裏に響くと同時に影治の記憶から消え去るが、影治の思考はその言葉に従い、説明を拒絶する。

 その影治の突然の言葉の切り替えに景太郎は眉を潜めるが、一笑すると同時に右手で炎帝を握り直す。

 

「フッ……なら、墓の下までもって行け。どちらにせよ、お前を殺すという予定に何ら狂いはない」

「やってみるがいい、返り討ちにしてくれるわ!!」

 

 その言葉と共に影治は景太郎に向かって走り、上段に構えた妖刀『ひな』を景太郎の脳天めがけて振り下ろす。

 

「所詮はその程度か……」

 

 先に述べたとおり、浦島宗家の者は浦島流の武芸を一通り納める。浦島流は無手に留まらず、ありとあらゆる武具を用いた武術があり、それは変幻自在の武具『水昂覇』を伝えていることが起因する。
 分家は幾つかの系統を習うが、宗家の者は全てを修得する。そして宗家の一人である影治もまた一通りの武術を納めており、本人の努力も相まってそこそこの実力者……なのだが、如何せん、元舟に『天才』といわしめた景太郎の前には、その動きは容易に見切れるものであった。

 

(剣術の腕は表で一流の下……という程度だな)

 

 影治の動きを見てそう判断した景太郎は、さして剣速も威力もない一撃を弾き飛ばし、返す太刀で影治の腕を斬り飛ばす。

 

 ―――――そう考えていたのだが!

 

「何ッ!?」

 

 見た目とは裏腹の、異様とも言えるほどの重い斬撃に弾き飛ばすことが叶わず、景太郎はそのまま影治の一撃を全力で受け止めることとなった。

 

「くくくく……所詮、なんだ?」

 

 斬撃を受け止めている景太郎に、影治が嘲りの笑みを浮かべる。

 そして、この事態となっても未だ右手だけを使っている景太郎に、その笑みが更に深いものとなった。

 

「どうした、左手は使わんのか? それとも、私程度に使う必要もないのか?」

「…………!!」

 

 更に力を込める影治に、圧されつつもなんとか抵抗する景太郎。

 景太郎は左手を使わないのではない、使えないのだ。先の元舟との戦いでの秘奥義を返した際の負荷により、左手がろくに動かないのだ。
 これが切り傷などの負傷なら、常備している魔法薬ポーションで治せるのだが、氣や魔力による内的な過剰負傷までは癒すことができない。

 だからこそ、あの時景太郎は元舟に向かって言ったのだ。腕一本をくれてやる…と。

 炎術を使えば、腕を犠牲にする必要もなかった。相手と同じ条件で戦い、プライドまで完膚無きまで負かす…その意地と意思を優先させた景太郎のプライドと意思による犠牲だったのだが、それが今、景太郎を不利な状況に追い込んでいた。

 

 

「元舟の奴も、無駄に負けたわけではないようだな」

「…………」

「言葉もないか…ならば、そのまま死ねっ!!」

 

 更に力を込め、受け止めている炎帝ごと景太郎を斬り裂こうとする影治。だが―――――

 

「いつまでも―――――舐めるなっ!!」

 

 景太郎は炎帝の角度を変え、『ひな』の刃を刀身の上を滑らせて受け流す。それと同時に、体勢を崩した影治の腹部に蹴りを叩き込み、後方へと吹き飛ばした。そして―――――

 

 

ドンッ!!

 

 景太郎は炎帝を叩き付けるように地面に突き刺すと、遥か前方で倒れている影治を睨み付け、

 

「このクソ野郎がっ! あんまり巫山戯たこと言ってやがると、その腹かっさばいて内蔵抉り出すぞ!!」

 

 身内ですら聞いたことのない、口汚い景太郎の怒号が周囲に響き渡った。

 

 

―――――第三十一灯に続く―――――

 

 

【あとがき】

 どうも、ケインです。今年初の投稿です。

、今回は、綾乃達の浦島邸到着、そして景太郎と影治の前哨戦です。

 和麻による綾乃の足止め…だったんですが、やはり止まることはありませんでした。可奈子も悪ふざけに付き合っていましたが、その内心は…話の通りです。

 そして影治と景太郎の再会…前哨戦です。かなりの方が、影治の持っていた刀が『ひな』であることに気が付いていましたね。まあ、順当に考えればそうなってしまいますけど…なんの捻りもありませんでした。
 ただ、『ラブひな』の【ひな】と白夜の【ひな】はかなり異なっております。能力もさることながら、その力自体もです。はっきり言って少々強力すぎと思うぐらいに。その理由も追々明かされてゆきますので……

 

 それはさておき……前話でチラッと触れた『景太郎の師匠達』ですが、感想を下さった方々のご想像の通りです。あの方達が景太郎の師匠となります。

 構想、及び設定では、景太郎が十四歳…白夜の大体六、七年前となります。あちらの話では大体八巻ぐらいでしょうか。一番ではなく二番です。ちなみに、景太郎と一緒に陸渡も弟子入りし、こちらは三番となりますが。

 予想以上に反響があり…といっても五、六人程度です。いいとこ一人か二人だと思っていました…その方達の後押しに試作品を書いてみたりしています。投稿するかどうかはある程度書いて無理じゃないと判断した場合と、少なくとも浦島編…第一部が終了した後です。今現在は…まぁ、ぼちぼちといったところです。

 

では、次回もよろしければ読んでやって下さい。ケインでした……

 

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