ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第十六灯・前編 「雨、未だに止まず……」
素子が止水を砕かれて早三日……
あれ以来、素子は何をするにしても上の空…心ここにあらずと云った状態だった。
「と、云うわけで…これより、素子を励ますための会議を執り行う」
「お~!!」
ひなた荘の屋根裏部屋…別名、ひなた荘住民の臨時会議室にて、
キツネの音頭を保って始められる『素子蘇生計画』
だが、それに元気よく反応したのはスゥのみだった。
「どうでもいいんですけど、なんで屋根裏部屋でやるんですか?」
この中で唯一の新参者…景太郎が純粋な疑問を投げかける。
「そら決まっとるやろ。こういう秘密会議は薄暗い場所でやるんが定番なんや」
「そういうもんですか?」
「そういうもんや。更に拘るなら、夜、黒マントを羽織って明かりはロウソクだけでやるんや」
「そうですか…」
少々…いや、かなり呆れ気味でキツネのどこかずれた知識を聞き流す景太郎。
彼の知る限り、そういった怪しいことをする集団はろくな事をしないからだ。
過去、雑魚妖魔を呼び出した…までは良いが、制御できずに逆に喰われて、
後日、余所に被害が出てから退魔士がソレを退治することも希にある。
「まぁ、早い話が素子ちゃんの目の届かない場所でやりたいって訳よ。場所はキツネのこだわりでね」
自分まで同類に見られたらたまらないのか、さりげなくフォロー(?)しながらも自分を除外するなる。
スゥはともかく、しのぶもなるに同意するようにコクコクと頷いている。
「それじゃ、納得したところで素子を元気づける―――――」
「今は何をやっても無駄だ。意味はない」
「先輩!」
素子を突き放す景太郎の口振りに、思わず非難の声を上げるしのぶ。
言ってしまってからハッとして、恐る恐る景太郎を見るが…当の景太郎は構わずに淡々と言葉を続ける。
「青山はな、『刀』を砕かれたと同時に『心』を折られたんだ。それをなんとかしない限りは、どうしようもない」
「そこまでわかってるのなら……」
「しかし、これは青山の『心』の問題だ。青山自身が『答え』を見出さないといけない。
たとえそれが、『剣の道』であろうと『それ以外の道』であろうと…自分で見出さない限り意味はない。
みんなに出来ることは、いずれかの道を選んだ青山を、何も言わず受け入れてやることだ」
それだけ言うと景太郎は立ち上がり、皆を置いて臨時会議室から降りる。
「そないな事言ってもなぁ…うちらには素子をほっとくことはできんのや。
とは言ってもしゃぁないな……景太郎抜きでうちらだけで考えよか」
キツネがそう言うと、景太郎が欠けたままメンバーは会議を開始した。
無論…侃々諤々の議論を繰り広げたものの、答えなど出るわけが無く、
結局いつもの『宴会による励まし会』に行き着いたのは言うまでもなかった……
そして、その日の夕方―――――素子は…………
「青山様、ここ最近様子がおかしいですわね……」
「ええ。何をしても上の空…部活にも身が入っていない様子で……」
学校の剣道場にて…以前、素子と一緒にいた同級生の愛とアリサが、
防具を身に着けたままボケッとして座っている素子を見ながら話をしていた。
ちなみに、気にかけているのは二人だけではない…
素子に憧れて剣道部に入った部員全員が、素子を気にしすぎて稽古に身が入っていない状態だった。
その殆どが一年生とはいえ、部の約半数を占める者達がその状態に陥っており、
はっきり言って部活をするどころではない。このまま続ければ怪我人を出すのがオチだろう。
「青山、少しはシャンとしないか」
「そうだぞ。お前がそう云う風だと、他の部員にも影響が出てしまう」
「先生…それに主将……」
これ以上、この状態を見過ごすことが出来ないと判断して話しかける女性二人。
先に声をかけたのは、黒い髪を首の後ろで一括りにした少々大柄な二十代の女性。
そして、後のは髪を首筋辺りでスッパリと切っているものの、こめかみの辺りだけ伸ばしている女の子だ。
前者は、国語教師であり剣道部の顧問を務めている〈佐伯 浩子〉
そして後者は星陵高校の二年生にして、最近になって剣道部の主将となった〈鷺宮 桃〉
共に、素子が学校で世話になっている者達だ。
「一体何があったんだ?」
「済みません……」
弁解するわけでもなく、俯いてそれだけを言う素子の態度に、二人は困って顔を見あわせる。
「あのな青山…私は何も責めているんじゃないんだ。
ただ、何か悩みでもあるのなら相談に乗ろうかと思ったんだ」
「それとも、私達にも言えないことなのか?」
佐伯顧問はしゃがみ込み、素子の肩に手を乗せながら微笑みかける。
鷺宮も素子をおもんばかってできうる限り優しい口調で語りかけるが、それでも素子は顔を上げようとしない…
「いえ、その様なことは決して………………実は―――――」
数秒の沈黙の後、意を決して語り始める素子。
普段の素子なら…こんな打ちひしがれた表情を見せることも、事情を語ることはなかっただろう。
それほどまでに、今の素子の心は弱り切っていたのだ……
それを知って、そして自分達も興味があった故に、
練習中だった部員達も一時手を休め、素子の告白を聞こうと静かに見守る。
「実は……家族から……勘当されました」
「なっ!」
「勘当!?」
素子の口から出てきた言葉に驚き、絶句する二人。
当然、聞いていた部員達も動揺を隠せず、隣の者と小さな声で囁きあい、静かな喧騒が道場に満ちる。
高校生と云う、親の庇護がまだ必要な身分で、勘当を受けたなど余程のことだと、想像ぐらいは付く。
もっとも、彼女達にしてみれば、自他共に厳しいあの素子が、勘当を受ける程の事をしたのが信じられない、
と云う気持ちの方が圧倒的に強いのだろう……
彼女らにとって、素子は『性格はかたいが、とても真面目な優等生』なのだから。
「お前が勘当された? 一体どうしてそんな事に……」
『あまりにも情けなかったからだ』
鷺宮が素子から詳しい事情を聞こうとした…
その時、不意に道場の入り口からあり得るはずのない声が聞こえ、驚いて入り口に振り返る!
「誰だ!!」
鷺宮が側に置いてあった竹刀を掴み、入り口に立っている男に対して警戒と共に構えをとる。
このご時世、男子禁制の女子校に忍び込む男など、ろくな者はいない。
部員の者達も、それぞれ得物を構え、侵入者に敵意と警戒を向ける!
しかし、侵入者である男はその敵意のこもった視線をものともせず、無表情で受け流す。
「何者だい?」
軽い口調とは裏腹に、佐伯顧問は木刀を片手に鋭い目つきで睨みながら男の前に立つ。
しかし男は、そんな豪傑風の女性を前にしても態度を変えず、無表情で立っている。
「あんたには関係ない」
「そうかい…ならこっちもそれ相応で対応させてもらう。
ここは男子禁制の女子校なんでね。さっさと出ていってもらうか。さもないと……」
「校長に許可をもらってある」
「馬鹿な…いくら校長でもそんな許可を簡単に与えるはずない」
「以前からの知り合いだったんでな。安心しろ、今日一日限りの許可をもらっただけだ」
「(いくら知り合いでも、そう簡単に許可を出すとは思えない)……あんた、一体何者―――――」
「「ああー!! あいつはあの時の!!」」
「―――――なんだ、知り合いか?」
「知っているも何も、この男は……」
「か、神凪……」
愛が『素子様を冒涜した不埒者』と叫ぼうとした矢先、
当の素子が男の名を呼んだ事に、顔見知りらしいと察した佐伯が素子に振り返って問いただす。
「青山、あいつは何者なんだい?」
「あいつは…その……私の暮らしている女子寮の…管理人です」
「管理人!? それも女子寮の?!」
素子が躊躇いつつも告白した内容に、佐伯は思わず眼を白黒させる。
いきなりの来訪者…見た目は二十歳前後(やや童顔気味)の青年が、女子寮の管理人とは信じられないのだ。
管理人と云えば、若い女性か老人…女子寮ともなればそう考える方が普通だ。
余計だが、先程の許可についてなのだが…
ここの校長…実は数年前までは姉妹校である『聖陵高校』の副校長で、当時学生だった景太郎と知り合ったのだ。
当時、色々な意味で問題児だった景太郎(+二人)の事を色々と面倒を見てくれた、ある意味恩人でもある。
彼も景太郎のことをよく知っており、景太郎なら(大きな)問題は起こさないだろうと許可を与えたのだ。
「色々と納得できないことはあるが…まぁ、そんな事は今はどうでもいい。
それより、青山が情けないというのはどう云うことだい?」
「聞いた通りの意味だ。そいつは自分の姉と闘って負けたのさ。
ハンデをつけられた上で、一撃も当てられずに一方的に……な。それで見限られた青山は勘当されたんだ」
「青山の姉の事は少し聞いたことがある。相当強いんだろう?」
「ああ。青山とは比べモンにならないくらいにな」
「そんな相手に負けた事が情けないって言うのかい? あんた一体何様のつもりだ」
佐伯の言葉に、景太郎に向けられている全ての視線に殺意が混じる。
しかし、景太郎はそんな青臭い殺気など微風程度にも感じず、佐伯に静かな眼を向ける。
「勘違いするな。俺が情けないと言ったのは勝敗じゃない。その過程だ」
「勝敗じゃなく過程? それは一体―――――」
「そこまであんたに話してやる義理はない。おい青山」
「な、なんだ?」
「今ここで俺と勝負しろ」
いきなりの景太郎の言葉に、この場にいる一同がキョトンとなる。
脈絡の無さもそうだが、その内容があまりにも馬鹿馬鹿しすぎたからだ。
「あんたと青山が? ぷっ…くくっ…や、止めときな、怪我するのがオチだよ」
笑いを堪えながらそう云う佐伯。部員一同も同じく笑いを堪えるか、馬鹿笑いするかのどっちかだ。
特に、素子の取り巻きである愛とアリサなど、指をさして大笑いしている。
この前、景太郎が素子の技をくらったのを見て、その程度の男だと思っているからだ。
「佐伯先生の言う通りだ。止めておきな。
あんたが病院送りになるのは構わないんだけどね、ここで騒ぎを起こしたら私達に迷惑がかかるんだ」
「それは大丈夫だ。それに関しても校長に頼んである。
もっとも、この前俺に大負けした青山が病院送りに出来るのなら…な」
景太郎の言葉に、鷺宮と佐伯は笑いを通り越して今度は呆れた表情になる。
「青山があんたに負けた? とんだほら吹き野郎だね。どっちが情けないんだか……」
「確かに。はったりを言うのならもっとましなことを言いな。本人のいないところでね。
おい青山、いいから相手をしてやれ。適当に痛い目にあえばこの男も………青山?」
言葉の半ばで素子の暗い表情に戸惑う佐伯。
素子はそのまま沈黙を続けた後…俯いたまま景太郎の言葉を肯定する。
「先生、主将…神凪の言うことは本当です。
私は…神凪に傷一つ負わせることできずに負けました。圧倒的に………敗北したんです」
「そんな…青山、冗談だろ? 管理人を庇っているんだろ?」
「いえ……事実です」
鷺宮の否定の言葉を、素子は押し殺した声音で更に否定する。
言葉自体は短いが、素子の態度とその声音がより真実味をおびさせていた。
「……で、青山。闘るのか、闘らないのか?」
「待て! どちらにせよ、こんな状態の青山と闘わせることは許可できない」
「青山個人と闘うのになんであんたの許可なんて必要はない。邪魔だ」
木刀を突き付け、力ずくでも阻止しようとする佐伯など眼中になく、青山をじっと見据える景太郎。
なんの感情も見せないその瞳に見つめられ、素子は顔を俯かせる。
「わ、私は……」
闘えば待っているのは確実な敗北……それでも、少し前の素子ならその挑戦を受けて立っていただろう。
たとえ今は勝てずとも、その闘いから色々なことを学び、次へと繋げようと。無論、勝つ意気込みで。
しかし、鶴子に負けて以来、自信喪失状態に陥っている素子には、到底それはできない…
むしろ、また負けて何かを失うことに恐れている。恐れ…逃げようとしている。
それが解ったのだろう。景太郎はあからさまに深い溜息を吐く。
「やりたくないようだな。一回負けただけでそんな状態になるんだからな。
まぁ、それも仕方がないな。それが『神鳴流』と云うクソみたいな流派の本質なんだからな…」
「な……んだと?」
景太郎のあからさまな挑発に、素子が怒りの表情で睨み付けてくる。
だが、まだ浅い…いつもの怒りや闘気の半分にも満たない。
「聞こえなかったようだな。ならもう一度、今度ははっきりと言ってやる。
弱者を見下し、強敵と相対すると逃げ腰になるのが『神鳴流』の本質だって言っているんだ」
「だ…まれ……」
「所詮は、弱者をいたぶって悦にひたる屑共の集団だ!」
「神凪ィッ!!」
景太郎の言葉に完全に激昂した素子が、闘気を発しながら竹刀を構える!
「今の言葉を撤回しろ!! 私だけならいざ知らず、『神鳴流』を愚弄することだけは決して許さんぞ!」
「断る。俺が言ったのは限りなく本音だ。(ただし、神鳴流に対してじゃなく、お前に対してだがな)」
「なら、力ずくで撤回させる!!」
「させてみろ。そして証明してみせろ。神鳴流の強さと本質をな」
「当然だ! 行くぞ!!」
身を低く屈め、景太郎に向かって突進する―――――矢先、景太郎が手を掲げ、素子を静止させる。
「まぁまて。今回は少し趣向をこらしてな…お前に合わせて闘ってやる」
「私に合わせるだと?」
「そうだ」
素子の言葉に肯定すると、景太郎は手に持っていた包みから一本の竹刀を取り出す。
「竹刀…まさか、それで闘う気か!?」
「ああ。言葉通り、お前に合わせて…な」
「笑止! 剣で私に挑戦したこと、後悔させてくれる!!」
竹刀を正眼…中段に構える素子。景太郎も竹刀を片手で持ち、中段に構える―――――その時、
「素子様! きっとその卑怯な男のことです、中に鉄が仕込んでいるに違いありません!」
アリサが大声でそんな指摘をしてくる。
その言葉に、周りの者も景太郎の行動に勝手に納得し、卑怯者! と誹り始める。
「ふん…なら、青山のと交換すればいいのか?」
「とか言って交換するのが目的で、その竹刀はちょっとの衝撃で壊れるんじゃないの!」
今度は相方の愛がそう叫ぶ。この二人、余程景太郎のことが嫌いなのだろう。
やることなすこと全てが気にくわないらしい。
「……と、取り巻きは言っているが、お前はどうしたい? 青山。
このまま続行するか、それとも………」
「私は、お前がそこまで卑怯な…
少なくとも、真正面から戦うような相手を騙すような男だと思っていない。そのままで構わない」
「と言っても、みんなが納得しない。これを使え」
その言葉と共に投げられる一本の竹刀。それを景太郎は受け取る。
投げたのは主将である鷺宮だ。自分の竹刀を投げて渡したらしい。
景太郎はその竹刀を軽く振った後、持ってきた方の竹刀を鷺宮に投げ渡した。
「邪魔だから預かっててくれ」
「……わかった」
少々の沈黙の後、了承する鷺宮。
渡された竹刀を軽く振ったり、細部まで見渡したが怪しいところは一つもない。正真正銘ただの竹刀だ。
そんな鷺宮の行為を無視しつつ、景太郎は渡された竹刀を右手で持ち、素子に向かって正眼に構える。
「準備は良いようだな…行くぞっ!」
「………」
竹刀を振りかぶり、数メートルの間合いを数歩でつめ、全力で振り下ろす素子!
対し、景太郎は剣先を少しだけ持ち上げ、ほんの少し目を鋭くさせる。
そして―――――
パン! パパン!! パン! パーーーンッ!!
ほんの数手の打ち合いの後、景太郎の竹刀が素子の竹刀を空高く弾き飛ばした。
素子の竹刀は天井すれすれまで飛んだ後、軽い音をたてて床に落ち、転がった……
「そ、そんな……」
床に転がった竹刀を呆然と見つめながら、信じられないとばかりに呟く素子…
「早く拾え。今回はお前に合わせているからな。待っててやる」
「くっ!」
素子は素早く竹刀を拾うと再び構え、景太郎を数秒ほど睨んだ後、裂帛の気合いと共に打ち込む!
しかし、先程と同じ手順―――――
素子の打ち込みを最小限の竹刀捌きで受け流した後、一瞬で巻き上げて竹刀を弾き飛ばした。
「そんな…青山がこんなにもあっさりと………」
「信じられない」
佐伯顧問、そして鷺宮主将が目の前で起きた現状に呆然と呟く…
それは他の部員達も同様で、剣道部最強の素子があしらわれている様に我が目を疑い、静まりかえっていた。
二回に渡ってあっさりと竹刀を弾き飛ばされた素子……
信じられない事態に、竹刀を拾うことすら忘れ、床に転がる竹刀を呆然と見つめていた……
「青山、お前が鶴子さんに負けた理由を教えてやろうか?」
「負けた…理由だと?」
「お前はな、闘う前から負けていたんだ。あの時も…今もな」
「なに!!」
馬鹿なことを言うな! と言わんばかりに叫び、睨む素子に、
景太郎はなんの感情も籠もらぬ冷たい視線を送る。
「お前は、鶴子さんの強さに憧れている。その反面、自分は鶴子さんの足元にも及ばないと決めつけている。
『憧れ』が『劣等感』となり、最初から敵わないと決めつけ、本領を発揮することができなかった」
「そ、そんな…ことは……」
「無い。と言いきれるか?」
「…………」
景太郎の言葉に、素子は沈黙を返すことしかできない……
そして、その沈黙は百の言葉よりも肯定の意を示していた。
「それが一つ」
「一つだと!?」
「二つ目。物理的、同時に実力的に考えても、真剣を使っていた青山が木刀を斬れない道理はない」
素子は景太郎に遠回しに『未熟』と云われている気がし、悔しさに顔を歪ませる。
反論したいところだが、今の現状ではそれは負け犬の遠吠えでしかない。
佐伯達はと云うと、素子が未熟と指摘された事と、言葉の中の『真剣』と云う言葉に絶句していた。
前者は、言わずとしれた素子が自他共に厳しいから。
後者は、素子が姉と闘ったと言っても、剣道の延長線上―――――防具無しぐらいだと思っていたのだ。
それなのに唐突に告げられた『真剣』と云う言葉に驚き、絶句したのだ。
「あの時、鶴子さんの異常な捌き方をしていたとしても、お前の実力ならそれすら超えて斬ることは可能だった。
俺はそう見ている。鶴子さんもそう思ったからこそ、あんな合格の仕方をしたんだろう。
―――――それなのにお前は斬れなかった。それはなぜだか解るか?」
「解るか…解っていたら、あんな醜態をさらすものか……」
「少しは考えろ。その頭は飾りか。まぁいい……お前が木刀を斬れなかった理由の二つ目。それは『油断』だ」
「油断だと!? この私が姉上に対して油断していたというのか!」
「否定したければ否定しろ。だが、その事のさっきの俺とお前の打ち合いが証明している」
景太郎の視線が床に落ちている竹刀に移る…
素子も、その動きにつられるように視線を竹刀に移した。
「同じ土俵…剣術なら、俺がお前に勝てるわけがない。そう思ったろ?」
「それは……」
「図星だな。断っておくが、剣術は俺の得意分野…
こう云う言い方は至極気に入らないが、お前の父…青山 元舟に認められる程にな」
「な…ん…だと?」
素子の父、元舟が認めた…その事自体驚きに価することだが、それよりも更に驚くべき事は別にある。
景太郎が元舟に修行をつけてもらっていた時期…それは浦島を追放される以前、少なくとも十年前だ。
つまり、景太郎は十歳になる前から、元舟にその腕を認められていた…と云う事だ。
「そんな…まさか……」
「その”まさか”が『油断』をしている証拠だ。
『俺が剣術ではお前に勝てない』と勝手に思ったように、
お前は『いかに姉でも木刀如きを斬ることなど造作もない』と考えた。そうだろう?」
「…………」
それは、頭の片隅で考えていたこと…
『氣』を使えば岩すら砕き、鉄すら断てる。当たり前のように……それこそ、やろうと思えば竹刀ででも可能。
ただの『木刀』と『将霊器』。同じ方法を用い強化すれば…どちらが勝てるかなど自明の理。
そう思いこんでいたのだ。同じ『氣』、同じ『方法』を使えども、使い手が違えば威力も違うことに気づきもせず…
そして、自分と姉とではそもそも全ての『技術』に隔絶な差があったと云うのに……
「鶴子さんは、お前の全ての成長を試したんだ。
自分の小細工を超えて木刀を斬る『技術』。そして、見た目だけで判断しない『心』の成長をな」
「私は……姉上の期待を最初から裏切ってしまったのだな……」
「そうだ。最初から…少なくとも、数ヶ月前からな」
「数ヶ月前だと!?」
「それが三つ目…根元的な問題である『慢心』だ」
そう云うと景太郎は素子から視線を外し、その他の者…顧問と剣道部員達を見回す。
「この面子の中、青山は一番強い。まぁ、仕方がないな、剣術を…『神鳴流』を学んでいるからな」
この場合、『神鳴流』とは武術ではなく、退魔術を指している。
魔と闘うための戦法を幼い頃から学んでいるのだ。一般的な者とは格別に強くなるのはある意味当たり前だろう。
「だが、その程度でお前は『強い』と思っている。その時点でお前は間違っている。いや、自惚れている」
「まて、今の言葉は聞き捨てならんな」
景太郎の言葉に、素子ではなく鷺宮が異を唱える。
「青山は公式な功績こそ無いが、この部内で…県下最強、全国優勝候補の我が部の中で無敗。
その青山が強くないとは到底聞き捨てならない」
「お前達の中…『剣道』ではそうだろうな。
だがな、青山の実家…元・実家の流派『神鳴流』では、その程度は話にもならん。
そこでは青山程度の実力者が百人以上居る。
同年代で、青山を超えている者こそ少ないだろうが、あくまで『少ない』だ。居ないわけじゃない。
その連中からすれば、お前達の実力など児戯にも等しい」
「馬鹿にするのか!」
「鷺宮、落ち着きな。その男が言っているのは本当だよ」
激昂する鷺宮をおさめる佐伯。
こちらは景太郎の言葉に少なからず理解を示しているようだ。
「青山の実家の道場…確か古流武術の道場だったね。
それと剣道が闘えば、圧倒的に剣道が負ける。それは当然だよ。
実戦を想定し、肉体も、技術も、経験と勘も限界まで鍛えようとするんだからね。鍛え方からして違う。
同じ剣道をしても、元の性能が違うんだ。負けるのは当然。
逆に、古流武術の土俵…実戦で勝負しても話にならない…
実戦を突き詰めれば『やった者勝ち』。多対一でも待ち伏せでも勝った方が正しい。
負けた者が何を言おうとも負け犬の遠吠えでしかないんだ…
そんな連中相手に、あんた達じゃあ練習相手にもなりはしないさ」
「その通り。少しは知っているようだな」
「昔ね。ちょっとした縁で古流剣術を見たことがあるんだよ。
その経験からすると、青山の実家の流派は更に特別なような気もするけどね」
「それも正解だ。『神鳴流』は古流の総合武術。
同じ古流の武術の中でも更に特殊で、強さもまた格別だ」
正確には、表の総合武術の道場…その真の姿である『退魔組織』が特殊なのだが、
色々な武術もその影響を受けているので、大きく間違っているとは言えない。
「その『神鳴流』では底辺部分に居る青山だが、それでも外に出れば一般人より格別に強い。
その青山が一般人の中で剣道をやっているんだ。実力が高いのは当然。
そして、その結果…青山は一般人のお前達に『強い』だの『最強』だのともてはやされ、天狗になったんだ」
「わ、私がいつ天狗になったというのだ!!」
「なっていないとでも言うのか? 笑わせるな。言っておくが、お前は俺と出会った頃からさほど成長していない」
「なんだと! そんなはずはない。 私はずっと修行を行っていた。
そして、煉と共に仕事を行った際、自分の未熟を恥じ、更に厳しい修行を行ってきたのだ。
それは、私の修行に付き合ってくれたお前が一番よく知っていることではないか!」
「だから言っている。お前は多少は強くなった。だが、己を高めようとはしていなかった。
今の”技”や”力”を鍛えるだけ…より高い極みに到ろうとはしていない」
「違う! そんな事はない!!」
必死に否定する素子。
だが、否定すればするほど、心の内にその言葉を肯定する自分がいることにも気がついていた。
「それが、鶴子さんがお前に見せたアレだ。アレはお前のレベルなら身に付けてもおかしくない技術だった」
「あれは教えてもらっていなかったから…知っていれば私だって!」
「心底呆れるな…鶴子さんも言っていただろうが。
あれは、『真髄』を極めようとすれば自ずと気がつく技術だと。
つまり、お前は目先の技術にとらわれ、『真髄』を極めることを失念していた…いや、気付こうともしなかった」
「…………」
「実際の話、一人で修行するのは難しい。駆け出しなら尚更だ。
技術を師事する者もおらず、指摘もしてくれない…
自分では厳しい修行のつもりだが、どこかしら甘えが出てくることもある。この程度で良い、とかな。
自分は厳しい修行をしている。強くなった…だが、自分ではどれ程強くなったかわからない。
そこで、お前はその比較対象を無意識の内に剣道部員にしていたんだ。
まともに相手をしない俺や、系統が違うはるかさんでは比較しにくいからな。
この連中なら、部活で剣を交えるから、その力を知りやすく比べやすい…
その結果、お前は自分が強いことを再認識し、そのまま安堵して終わりだ」
「そんな事はない!」
「お前は自分の後ろにいる弱いこいつらを見て満足し、前を見なかったんだ」
「違う!」
「どこが違う。お前は高い位置から下の者を見下し、上にいる存在は眩しいからと目を背けていたんだ。
同時に、そこに至る道にもな…お前はこの学校の剣道部という『低い山』の大将を気取っていたんだよ」
「違う!!」
そう叫ぶや否や、素子は竹刀を拾い上げると猛然と景太郎に打ち込む!
己の激情を吐き出すかのように!
だが、その攻撃も、景太郎は片手で持った竹刀で平然と受け止めた。
「言葉で否定できなくなったら力ずくか…」
「違う! 理屈ではなく、実力でお前に証明してみせる!」
「上等。実力主義の世界に身を置く者同士、それも良いだろう。
だが―――――足腰立たなくなっても文句を言うなよ」
「ぬかせっ!!」
素子は裂帛の気合いと共に竹刀を打ち込んだ!
―――――その2へ―――――