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ラブひな IF           〈白夜の降魔〉

 

 

 

壱の外灯・前編 「水の姫、炎の姫と風の王との邂逅―――――」

 

 

 

 

 

街の外れにポツンと立っている廃墟のビル…

これでもか! と言うほどの廃墟っぷりで、まさに荒れ放題の有り様のビルだった。

 

そんな陰気で荒んだ雰囲気が漂う場所に、あまり似つかわしくない…

否、目的に関しては合っているであろうと思われる、男一人に女三人の四人組がいた。

 

それは何故かというと……

 

 

『ゴーストバスターズ・ツアー』

 

 

と書かれた小さな旗を、女性の一人がヒラヒラと楽しげに左右に振っていたからだ。

 

 

「さて、微妙に恒例となってまいりましたゴーストバスターズ・ツアー! 今回は、心霊現象の定番。

真夜中なら肝試しにはもってこい、と言う感じの、いかにもな廃ビルにやって来ました」

 

「パプー♪」

 

 

先程の旗を持った女性が、観光バスのガイドさんよろしく、皆に説明口調で語りだす。

それに同意するかのように、彼女と同い年のもう一人の女性も、玩具オモチャのラッパを吹く。

 

それを聞いた残る一人の女性は、呆れと怒りがないまぜになった表情で二人を怒鳴った。

 

 

「由香里! あんたね、一体いつこの行為が恒例になったのよ。 って言うか、恒例にするな!」

 

「やだな〜綾乃ちゃん、恒例になったのはずっと前じゃない。

それに、そんな事を言っても無駄無駄、聞くわけ無いじゃない」

 

「他人事みたいに言うんじゃないわよ。事の元凶のあんたが……」

「パプー♪」

 

「七瀬も! いい加減にそれ止めなさいよ…

それと和麻。あんたも黙って見てないで、なんとか言って説得しなさいよ」

 

 

綾乃と呼ばれた女性にそう言われた唯一の男で最後の一人…和麻と呼ばれた青年が、

気怠げな表情のまま、タバコを吹かしながら事も無げに返事を返す。

 

 

「何を?」

「何って…ここは危険だから早く帰れ!とか……」

「別にいいんじゃねぇの? 以前も言ったけど、どうせ面倒見るのはお前なんだし」

 

「あ・ん・た・ね〜〜」

 

 

和麻の言い草に、綾乃は肩を怒らせながら詰めより、胸ぐらを掴んで顔をつきあわせる。

どうでもいいが、どちらかが顔をちょっと前に出すだけで接吻キスできる絶妙な近さだ。

 

もっとも、綾乃の餓えた虎ですらすごすごと撤退しそうな眼光を前に、甘い雰囲気など欠片もない。

 

 

「退魔士として、一般人を巻き込まないように気をつけるとかしなさいよ!

って言うか、根本的に仕事に対してやる気をみせなさいよ!」

 

「んな事知るか。お前も今更俺にそんなもんを求めるな」

 

 

なげやり気味…否、完璧になげやりの和麻の答えに、綾乃の怒りがこみ上げてくる。

だがそれよりも先に、由香里が綾乃に話しかける。

 

 

「ねぇねぇ綾乃ちゃん。景太郎さんは? 今回の仕事に来るんでしょ?」

「ああ、景太郎は―――――って、なんで由香里が景太郎が来ること知ってんのよ」

 

 

今回の仕事は綾乃、和麻、景太郎の三人で行う予定だったのだ。

綾乃自身、此処に来る前に宗主である父にそう言われたのだが…由香里が知っていることに正直驚く。

 

そんな綾乃の驚きに対し、由香里の対応はと云えば…

 

 

「てへっ☆」

 

 

―――――可愛く誤魔化すことだった。

元が良いため、普通の男なら問答無用で落ちるだろうが、

友人であり由香里の本性を知る綾乃には微塵も通用しない。

 

 

「てへっ☆ じゃない!」

「そんな事は良いからさ、景太郎さんはどこ? 何時いつ来るの?」

「まったく……」

 

 

いつも通りと云えばいつも通りの友人ユカリの反応に、綾乃は軽い頭痛を覚えながら答える。

 

 

「景太郎は来ないわよ。なんでもあっちの方が忙しくて来られないんだって」

「え〜そんなぁ、久しぶりに会えると思ったのに〜…ねぇ、七瀬ちゃん」

「パプー」

 

 

同意するように玩具のラッパを鳴らす七瀬。

頬が若干膨れているのは、なにもラッパを吹いているからだけではないだろう。

 

 

「せっかく勝負下着まで履いてきたのに……」

「お願い、履かないでよ…」

 

 

かなり本気の言葉(本人曰く、百パーセント本気)に、綾乃はげんなりした表情でなんとか答える…

 

 

「そろそろ良いか、さっさと行くぞ。いつまでもこんなクソ寒いところに居たく無いんでな」

 

 

三人の漫才が終わったと判断したのか、入り口から廃ビルに入って行く和麻。

 

 

「綾乃ちゃ〜ん、早く来ないとおいてくよ〜」

「ほら綾乃。さっさと行くよ」

 

 

その後を、なんの気取りもなくついて行く由香里と七瀬。

 

 

「〜〜〜〜ああもう!」

 

 

身勝手な仲間達の行動に頭を掻きむしりたい気持ちを抑え、三人を追いかける綾乃。

 

 

そうして一行は、なんの問題もなく(?)廃ビルの中に入っていった。

 

 

 

さて、ここでその一行―――――四人組の紹介する。

 

 

まず一人目は、『神凪 綾乃』

”神凪”と云う炎術師の大家の者で、頂点に立つ宗家の者。

神凪の至宝、降魔の神剣〈炎雷覇〉を受け継ぐ、次期・神凪宗主の最有力候補と目されている少女。

今更言うまでもないが、景太郎の義理の妹でもある。

 

 

二人目は、この四人組の中で唯一の男性である、『八神 和麻』―――――本名『神凪 和麻』

元・神凪宗家の人間で、炎術師としての神凪に必要な才がないため追放処分となった過去を持つ。

彼は風の精霊王と契約した、世界で唯一確認された”契約者コントラクター”である。

見た目は二枚目半で、いつもヘラヘラした態度をとっているが、実質、世界最強の風術師だ。

 

〈神凪の現宗主が、和麻を心配して神凪に戻そうと色々と考えているが、

本人にその気がまったく無いため、今のところは絶縁状態のままである。〉

 

 

三人目は、『篠宮 由香里』

綾乃と同級生。髪をソバージュにし、”ほややん”とした雰囲気を身に纏っている可愛い少女だ。

中身も雰囲気と一緒なのか? と問われれば、思いっきり首を傾げなければならない。(綾乃・談)

時折、底知れない情報収集力を発揮し、警察関係の人間すら出し抜くことすらある恐ろしい人物。

 

そして、以前、命を助けてもらった景太郎に何故か恋してしまった少女だ。

可愛い外見とは裏腹に凄まじい行動力を持っており、その押しの強さは景太郎も扱いに困るほど…

今現在、景太郎がもっとも困惑し、手玉に取られる人物。

天使の笑顔で悪魔の羽根と尻尾を生やしている恐るべき女の子だ。(景太郎・談)

 

 

そして最後の四人目は、『久遠 七瀬』という少女。

先程の由香里と同じく、綾乃の同級生。髪はショートヘアーで可愛いというよりは美人といった感じ。

常に冷静で、機敏な動作や口調に女らしさがない少女で、

俗に言うと、『バレンタインデーでチョコレートを沢山”貰う”タイプ』(由香里・談)らしい。

 

ちなみに、景太郎に命を助けてもらった人物『二人目』で、

由香里ほどではないが、それとなく景太郎が気になっているらしい。

 

 

由香里と七瀬後者の二人は術者でもなんでも無い一般の人間で、学校での綾乃の親友である。

だが、力が無いといっても侮る事なかれ、『綾乃の親友』をやれる時点で彼女達は只者ではない。

 

そして、綾乃を含めてだが、タイプの違う際立った美少女三人組で、

学校ではかなりのファンが…未確認ながらファンクラブも…存在する程だった。

 

 

閑 話 休 題それはさておき………

 

 

廃ビルに踏み込んだ和麻達が十数メートルの通路を抜けると、そこには朽ち果てた大きなホールだった。

近くには受付らしき場所、遠くには大きめの階段と、幾つかのエレベーターらしき扉があった。

 

 

「ほう……」

 

 

周囲を軽く見回した後、和麻は不意に声を漏らす。

 

 

「なに、なんかあったの?」

 

 

和麻の声に感心しているような響きがあったことに気がついた綾乃は、何事かと問う。

その問いに、和麻は右側にある通路の方を眺め眺めながら答える。

 

 

「なーに、俺達の他にも先客が居るようだからな」

 

 

その答えに、綾乃達は和麻の視線の先…通路を見る。

綾乃達の居る場所からは曲がり角になっており、通路の先は見えず、”先客”の姿は見えない

 

 

「確かに…微かにだけど、足音が聞こえるわね」

 

「私には何も聞こえないんだけど……」

「右に同じく。綾乃達の耳が常識外れにいいんじゃない?」

「綾乃ちゃんって、妙なところで地獄耳だからね」

「それはそうだ。特に、和麻さんが関わるとな」

 

 

由香里と七瀬の勝手な言い草に、綾乃は言い返そうとしたが、

それよりも先に和麻が綾乃の頭を押さえて黙らせた。

 

 

「少しは静かにしていろ。あちらさんに気づかれ…いや、もうとっくに気がついていたか」

 

「「「えっ?」」」

 

 

綾乃達が揃って驚きの声を上げる。

 

 

チリン……

 

 

綺麗な鈴の音と同時に、通路の角から一人の少女と、一匹の黒猫が姿を現した。

 

その少女とは、景太郎のかつての義妹いもうと…『浦島 可奈子』と、愛猫の『クロ』だった。

そして、その右手には二メートル近い蒼色の棒―――――浦島の至宝・降魔の神器〈水昂覇〉を持っている。

最初の鈴の音は、クロの尻尾に着けられたものが鳴ったようだ。

 

しかし、綾乃達はそんなことを知らないため、凶器を持った可奈子の登場に強く警戒する。

 

 

「ほう、直接見るとやっぱり…なかなかのもんだな」

 

 

和麻が二度ふたたび感心した感じの言葉を口にする。

 

前の時も、そして今回も、可奈子から感じられる力…水術師としての気配の強さ…に感心したのだ。

水と火の違いはあれ、放つ力の気配は綾乃とほぼ同等と言っていい。

 

ただし、本気を出していない現時点では…と、付くが。

 

 

(実力の底が見えにくいな…こいつは本気マジで綾乃よりも……)

 

「ちょっと和麻。何がなかなかなのよ」

 

 

可奈子をじっと見ている和麻に、綾乃はムッとしながら詰め寄る。

 

和麻は可奈子の実力のほどを見切ろうとしていただけなのだが、綾乃にはジッと見つめているように見えたらしい。

そして、綾乃は何故自分が苛つくのかはまったく気がついていない。

 

そんな綾乃の不満げな表情と態度を見た和麻は、フッと一笑した後、再び可奈子に視線を向ける。

 

 

「なに、綾乃ちゃんはまだまだ子供だな〜って思っていたところだ」

「なんですって!!」

 

 

和麻の言葉に怒りの霊気オーラを爆発的に発する綾乃。

 

それを見た七瀬が、またか…と言わんばかりの溜息を吐きつつ、綾乃に声をかける。

 

 

「綾乃。怒るよりも先にやるべき事があるでしょ」

「そ、そうよね」

 

 

立場的に素人である七瀬に注意された綾乃は、誤魔化しの咳払いを一つして可奈子の方に向いた。

 

 

「貴女は何者?」

 

 

綾乃は柏手を叩くように両手をうち合わせ、左右に広げる。

すると両の手の間に一本の緋色の線がはしり、瞬時に一本の剣と化す。

 

その緋色の剣こそ、綾乃の体内に宿る神凪の降魔の神剣『炎雷覇』だった。

 

綾乃は召喚した炎雷覇を力強く握りしめると、切っ先を可奈子に向ける。

 

 

「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ではないでしょうか? 〈神凪 綾乃〉さん」

 

 

凄まじい力の波動を発する炎雷覇を突き付けられても、静かな眼差しのまま返事をする可奈子。

対する綾乃は、見知らぬ相手が自分の名を知っていたことに、ますます警戒の度合いを深める。

 

 

「そうは言ってもね…あんたはあたしの事を知っているようだから自己紹介はいらないでしょ。

それに、私達の所に来たのはあんたの方だから、名乗るのはそっちからじゃない?」

 

 

油断なく炎雷覇を構えながらそう言う綾乃に、可奈子はそうですね…と、表情一つ変えないまま頷いた。

 

 

「失礼しました。私の名前は〈浦島 可奈子〉といいます。そして、この子は猫の〈クロ〉です」

 

 

淡々と自己紹介をする可奈子。

クロは名前を呼ばれたためか、可奈子の肩に飛び乗って甘えるように頬ずりをする。

 

 

「浦島!?」

 

 

綾乃は可奈子の姓を聞いて驚く。

両隣にいた由香里と七瀬も、同様に驚いた表情となった。

 

 

「えっ!? 浦島って、あの和菓子で有名な?」

「けっこうな老舗だったね。私もアレは結構好きなんだ」

 

 

二人の微妙にずれた驚きの声に、綾乃はカクッと倒れそうになる。

 

 

「そんなわけ無いでしょ!大体和菓子職人が朽ちた廃ビルこんな所に居るわけないでしょうが!」

「「だって(〜〜)(ねぇ)」」

 

「いや、あながち間違っちゃいないぞ」

 

 

綾乃のツッコミを気の抜けたような声で否定する和麻。

そんな巫山戯た返事に、こんな時に馬鹿を言っている場合か! と言わんばかりに詰め寄る。

 

 

「そうじゃないでしょうが! ”浦島”っていったら水術師の大家でしょうが!

そりゃ確かに、和菓子のメーカーも同じ名前だったけど……」

 

「根っ子の部分は同じなんだよ。和菓子も水術師も同じ一族。まぁ、表と裏の顔ってヤツか?

皮肉なことに、”水術師”としてよりも”和菓子屋”としての名前の方がはるかに知名度が上だがな」

 

 

綾乃の疑問に淀みなく答える和麻。

黙って聞いている可奈子の方をチラッと見ると、皮肉げな笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「いや、裏の方もそれなりに有名だったか? 別の意味で……」

 

「そうですね。今まで何もしなかった…いえ、好き勝手した分のツケがきただけです。いわば自業自得。

ですので、あなた方に対してどうこう言うつもりはまったくありません」

 

「そりゃどうも」

 

 

自らの一族の置かれている立場、内情をよく知っている様子の可奈子の態度に、

和麻の皮肉げな笑みは感心した感じの軽い笑みに変わった。

 

 

「なに? どういうこと?」

 

 

可奈子の言葉の意味を理解できなかった綾乃は、理解している和麻に説明をねだる。

そんな綾乃の態度に、和麻は呆れ返った。

 

 

「あのな、ついこの間に俺達が何を倒したと思ってるんだ。そして、その行為が”浦島”にとって何を意味する?」

「あっ! そうか」

 

 

和麻のヒントに、綾乃はようやく合点がいった。という感じで頷いた。

 

 

「でもさ、今まで何もしてこなかったほうが悪いんだからさ、

このさい結果オーライって事で良いじゃない? 終わり良ければ全て良しって言うし」

 

 

綾乃の無茶苦茶な台詞に、和麻は深い…本当に深い溜め息を吐いた。

 

 

「悪いな、どうやら神凪の次期宗主はアホらしい」

「………その様ですね」

 

「あんですって!!」

 

 

和麻と可奈子の会話に怒る綾乃。

怒りを露わにする綾乃を、可奈子は無表情のままじっと見つめる。

 

 

「な、なによ………」

 

 

冷徹な可奈子の表情と視線に、綾乃は怒りを忘れてちょっと引き気味になって問う。

しかし、可奈子は何も答えようとせず、フゥ…と、溜め息を吐きながらかぶりを振った。

 

 

「これが、噂に聞いていた〈神凪 綾乃〉の実態ですか…他人事ながらも、神凪家の行く末が心配になりますね」

「俺もそう思っているところだ。こいつが次期宗主かと思うと気が滅入るよ」

「神凪家はこの先どうなるのでしょうね?」

「まさに、お先真っ暗ってヤツだな」

 

 

そこまで言うと、可奈子と和麻は不意に口をつむぎ、暫しの間お互いを見つめ合う。

そして、和麻はニヤッとした笑みを浮かべる。

 

 

「さすがは景太郎の真の義妹いもうと。こっちの『まがい物』とは一味も二味も違うな」

「その口振りからすると、私のことを知っているようですね」

 

「ああ。以前、景太郎から聞いたことがあってな。実家に可愛い義妹いもうとが居るって。

もっとも、あいつは『実家』と言わずに『以前住んでいた所』って言ってたけどな」

 

「そうですか……」

 

 

和麻の言葉に、可奈子は頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。

 

可奈子も綾乃に負けず劣らずの美少女であるため、そんな恥じらった様子はかなり可愛く感じる。

出会った当初から冷徹な表情を一変させたこともあるせいか、通常よりも余計にその感じは強い。

 

だが、そう感じない人物もやはり居るわけで……

 

 

「む……」

 

 

和麻の言葉に恥じらう可奈子の態度に、苛立ちが加速度的に強まる綾乃。

 

綾乃以外は解っていることだが、可奈子は景太郎が自分のことをちゃんと憶えていて、

なおかつ『可愛い』と賞していてくれていたことに紅くなっているのであって、

決して和麻に対して恥じらっているのではない。

 

 

「そんなことよりも。なんで浦島の…それも次期宗主がここにいるのよ」

 

 

不機嫌さも手伝ってか、少々トゲの混じった言葉で可奈子に質問する綾乃。

どうでもいいが、自分も神凪の次期宗主似たような立場の者であることを失念しているのかもしれない。

 

 

「うわ〜、綾乃ちゃんってば本気で怒ってる?」

 

 

綾乃から発せられる怒りの霊気オーラに、霊感のないはずの由香里と七瀬が思わず数歩退く。

 

 

「仕方ないよ。好きな男が他の女と楽しそうに会話していたら、普通の女の子はああなるんじゃない?」

「んもう♪ 綾乃ちゃんってば純情な乙女なんだから」

 

「そこ! ゴチャゴチャうるさい!!」

 

 

二人のヒソヒソ声を聞いた綾乃は怒りの矛先を向けるが、

由香里と七瀬は不自然なまでに綺麗な笑顔で『ごめんね〜』と謝る。

 

そんなやりとりをしている間に元に戻った可奈子は、何事もなかったかのように先程の質問に答える。

 

 

「私達の方にも退魔の依頼があったのです」

浦島そっちにも? 神凪うちにも依頼があったんだけど…なに? もしかして依頼のブッキング?」

 

「いえ、そうではありません。そちらに行った依頼の内容までは知りませんが、

こちらには『複数に依頼したので、その者達と共に問題の解決に努めてほしい』とありました」

 

神凪うちには単純に退魔依頼だったんだけど…つまり、共同作業ってこと事?」

「そういうことです」

 

「そりゃまたえらく仰々しいことだな」

 

 

依頼内容を理解した和麻は肩を竦めながらそう言う。

確かに、浦島と神凪…日本内で右に並ぶほどのない水術と炎術の大家に同時に頼むなど、前代未聞に近い。

 

もっとも、双方の次期当主が揃うなど、依頼主は夢にも思ってもなかっただろうが。

 

 

「おまけの二人はともかく、この面子で一体何を相手するんだよ。魔界の爵位持ちの悪魔か?」

 

「退魔の対象は今のところわかりません。

ですが…依頼主に聞いたところ、私達の前に何人かの退魔士に仕事を依頼したそうです」

 

「へ〜。で、失敗したってわけか。そいつ等はどうなったんだ?」

 

「その方達は全員、翌日に惨殺死体となってこのビルの前で見つかりました。

血痕が少なかったことから、どうやらビルの内部で殺された後、外に放置されたようです。

それで、今回こそは確実にしたいらしく、複数同時に依頼したということです」

 

 

淡々とした口調で語る可奈子。その内容は限りなく重い。

 

 

「あの〜、ちょっと聞いていいかな?」

「はい、なんでしょう」

 

 

何故か小さく挙手しながら質問する由香里に、可奈子は顔をそちらに向ける。

 

 

 

「あの〜、複数同時にって事は、綾乃ちゃん達や貴方以外にもまだ居るって事?」

「正確には『居た』と言うべきでしょう」

 

「それってまさか……」

 

「ご推察の通り、私達よりも先に来ていて既に殺されていました。

場所はあの通路の先です。なんなら、ご自分の目で確かめてみますか?」

 

 

可奈子は背後の通路を指差して綾乃達に聞くが、和麻以外は揃って首を横に振った。

 

 

「確かに…見事にバラバラだな。普通のヤツが見たら、当分肉が食えなくなるぞ」

 

 

風を使ってその『惨殺死体』を視た和麻は、眉を顰めて少し嫌そうな顔をする。

その和麻の言葉に、由香里と七瀬は引きつった表情になる。

 

 

「もしかして…あたしと由香里って、実はもの凄くやばいんじゃない?」

「やばいでしょうよ。あんた達は度胸はともかく、ごく普通の一般人なんだから」

 

 

七瀬の状況確認の言葉に綾乃は、何を今更…とばかりに答える。

そんな綾乃の言葉に、由香里と七瀬は同時に顔を見合わせ、

 

 

「「それじゃ、あたし達はこの辺で帰る(わ)(とするか)」」

 

 

声を揃えてそう言うと、二人は回れ右をして来た道を引き返そうとする。

そして全力で駆け出そうとした―――――その時、和麻の制止がかかる。

 

 

「今更言うのも何だが…もうとっくに手遅れだぞ」

「「えっ!?」」

 

 

和麻の言葉と通路の先から聞こえる複数の獣の唸り声に動きを止める二人。

その唸り声は徐々に近づき…皆の眼前に姿を現した。

 

唸り声の正体とは―――――

一目で死んでいると解る犬…簡略に言えば『ゾンビ犬』だった。それも六匹も…

 

 

「うわ〜、なんだかベレッタとかで撃ちたくなるような相手ね」

「あんたけっこう余裕だね…」

 

 

いつの間にやら綾乃後ろに退避した由香里の言葉に、同じく退避した七瀬がつっこみを入れる。

由香里の言葉は解る人には解るが、解らない人にはまったく解らないネタだ。しかも微妙に古い。

 

 

「明らかに敵のようですが、本命ターゲットではありませんね。

こんな雑魚ザコに時間をかけても仕方がありません。さっさと片づけてしまいましょう」

 

 

普通なら嫌悪感をもよおすゾンビ犬の姿を真っ直ぐに視認しながら、皆の前に出て水昂覇を構える可奈子。

 

その瞬間、可奈子の身長ほどもあった水昂覇が三十センチほどまで縮む。

そして可奈子が召喚した大量の水が水昂覇に集い、

幅五センチ、長さ一メートルほどの刀身となり、一本の剣と化した。

 

(ほぉ…見事なもんだ)

 

使い手の意志、力量次第で如何なる武具にも変わる浦島の至宝『水昂覇』

その真の力…そして完璧に制御している可奈子に、和麻は心の内だけで称賛を送る。

 

 

「むむ……」

 

 

可奈子…正確にはその手に持つ『水昂覇』浦島の至宝に目を向ける和麻に、綾乃はムッとした顔になる。

そしてズカズカと可奈子に歩み寄り、隣に立つ。

 

 

「ちょっと、あたしを無視して前にでないでよ」

 

 

綾乃はそう言うと、黄金きんの炎を纏った炎雷覇の切っ先をゾンビ犬に向ける。

 

通常の獣なら炎を、妖魔であれば浄化の力を警戒するだろうが、このゾンビ犬にはそこまでの知能はないのか、

ゆっくりと、そして可奈子達の退路を防ぐように広がりながら歩み寄る。

 

 

「あんまり直視したくない姿よね」

「あんなのを相手にしなくちゃならない綾乃達も大変だね」

 

 

ゾンビ犬の姿を見た時は驚いていた由香里と七瀬だが、今は軽口をたたけるほど余裕を取り戻している。

これもひとえに、和麻と綾乃の実力を信じているからなのだが…いささか余裕がすぎるかもしれない。

 

元に、二人の言葉を聞いていた綾乃の眉がピクリ…と、微かに跳ね上がる。

 

 

「余所を気にしている場合か。来るぞ……」

 

 

やる気のない和麻の声を皮切りに、生前よりもはるかに速い動きでゾンビ犬達が一斉に飛び掛かってくる!!

 

 

「この程度!」

 

 

逆に迎え討ってやる! という感じで強く大地を蹴り、一気に駆ける綾乃。

しかし、そんな綾乃の横を黒い影が凄まじい速さで追い抜いた!

 

 

「なっ!?」

 

 

確実に、自分よりも一呼吸も二呼吸も後に動いたはずなのに、

あっと言う間に追い抜いた黒い影―――――可奈子―――――に対し、綾乃は驚きの声を上げる。

 

綾乃を追い抜いた可奈子は、ゾンビ犬達にむかって水昂覇を水平に一閃させ、そのまま通り過ぎた。

 

可奈子がゾンビ犬を討ち損じたと判断した綾乃は、

炎雷覇を振りかぶり、浄化の炎で一掃―――――させようと思った瞬間、

 

全てのゾンビ犬が真っ二つに分断し、直後に塵となって消え去った。

 

つまり、可奈子の攻撃は傍目には一太刀にしか見えなかったが、

その実、その一瞬で六匹ものゾンビ犬を真っ二つに斬っていたのだ。

 

 

「そんな…あの一瞬で?」

 

 

可奈子のやったことを悟った綾乃は、驚きのあまりこれでもかというほど目を見開いている。

和麻は軽く口笛を吹いた後、

 

 

「凄い速さだな。気を抜くと剣の軌跡すら見えねぇぜ。これは完璧に綾乃以上の腕前だな」

 

 

手放しで可奈子を誉める。なにげに”完璧”という箇所を強調しながら。

綾乃は反射的に言い返そうとしたが、可奈子の太刀筋すら見えなかったため、何も言えなかった。

 

 

「すっご〜い!何がなんだか解らないほどすご〜い!」

「ほんとだね…あまりにも速すぎて太刀筋が見えなかったよ。そういう事って本当にあるんだね……」

 

 

由香里と七瀬も綾乃と同じ意見だったが、素人と同じ意見というのはなんの慰めにもならない。

むしろ、逆にへこんでしまいそうな綾乃だった。

 

和麻はそんな綾乃の頭に軽く手を置いた後、

 

 

「ほれ、そろそろ本命の所に行くぞ」

 

 

とだけ言うと、奥にある階段に向かって歩き始める。

その後を続いて可奈子が、そして綾乃達三人が慌てて後を追いかる。

 

 

「行くぞ…と言うことは、本命ターゲットの居場所が掴んだので?」

「ああ、少し前から居場所がわかった」

「わかったって、和麻でもわからなかったの?」

 

 

和麻は風術師…それも『世界最高』のだ。感知能力に関しては右に並ぶ存在モノはそうそう居ない。

この廃ビルが十数階程度のそこそこ大きい建築物とはいえ、

和麻であれば隅々まで感知するのに数秒とかかりはしない。

空気があるところであれば、和麻が感知できない場所はない。と言っても過言ではないのだ。

 

 

「言うまでもないが、廃ビルここに入る前に何度か探ってみたんだが、やっこさんがうまく身を隠しててな。

居場所を確定できなかったんだよ。それが、あんたが犬っころを倒した後、すぐに居場所がわかった。

どうやら、俺達の実力を試していたみたいだな………舐めやがって」

 

 

腹立たしいと言わんばかりに吐き捨てる和麻。

隣を歩く綾乃も憮然とした表情で吐き捨てるように言葉をつむぐ。

 

 

「つまり、試験は合格したってやつ?」

「そういうことだ」

「上等じゃない…その思い上がった根性ごと焼却処分燃やしつくしてやる!」

「おお。今回は止めないから、思う存分やってやれ」

 

「当たり前よ!」

 

 

普段以上に気合いの入った綾乃の姿に、由香里と七瀬がヒソヒソと会話する。

 

 

「わ〜、綾乃ちゃんってば燃えてるわね」

「さっき、あの可奈子ってに良い所全部持ってかれたからね。今度こそ和麻さんに良い所を見せたいんだろ」

 

「そこ、うっさい!」

 

 

燃える綾乃(一部比喩抜き)に、由香里と七瀬は愛想笑いで誤魔化そうとする。

が、それよりも先に、和麻が歩みを止めた。

 

 

「いつまで馬鹿やってるんだ。着いたぞ」

 

 

和麻の言葉に綾乃達は口を噤む。

どうやら三人がじゃれあっている間に目的地に着いたらしい。

 

綾乃は炎雷覇を握りしめ、由香里と七瀬は邪魔にならないようにと少し後ろに下がる。

可奈子は横目でチラッとその様子を確認すると、和麻の隣に立って話しかける。

 

 

「賑やかですね。いつもこうなのですか?」

「いや、今回はおまけが二人いる分、特に騒がしい」

「そうですか……」

 

 

和麻の言葉に、さすがの可奈子も些か脱力感が否めない様子だった。

 

しかし、可奈子は知らない。

和麻と綾乃、二人っきりの場合の方がより騒がしく、派手であることに……

 

 

「どうやら、今回の退魔士は無駄に騒がしい連中のようだな」

「うるさくして悪かったな。お詫びと言っちゃ何だが速攻で片付けてやるよ」

 

 

部屋の中央、やたらくたびれたソファーに座る一人の男の皮肉に、和麻は挑発で返す。

 

その男の見た目は、そこいらで量産されているようなチンピラ風。

だが、その身から漂う濃い妖気は並ではない。

男自身、実力にかなり自信があるのか、和麻の挑発をニヤリ…とした笑みを返す。

 

 

「頼もしい限りだな。そう言うからには、せいぜい俺を楽しませてからくたばってくれよ」

 

 

ふらり…と、立ち上がる男。まるで隙だらけだ。

はだけた胸元から、拳大の白い水晶のようなペンダントがぶら下がっている。

 

 

「好き勝手なこと言ってくれるじゃない…楽しむ前に火葬してやるわ!」

 

 

炎雷覇を構えて皆の先頭に立つ綾乃。

 

綾乃が前衛で直接闘い、和麻が後衛で支援をする。

それがこの二人の基本的な陣形であり、もっとも適した役割だった。

 

 

「気をつけてください。アレはそこらの妖魔とはレベルが違うようです」

 

「言われなくても解ってるわ。この妖気を感じれば誰だってね」

(それに、和麻から身を隠し通すようなまねまでできるんだからね……)

 

 

可奈子の忠告に肯定の意志を返しながら、心中でそう呟く。

 

現れていない悪霊などの類ならまだしも、実体のある妖魔が和麻の探知から逃れるなどかなり難しい。

その『難しい』をやってのけるほどの猛者なのだ。

和麻の実力をよく知る者ほど、この男の実力、もしくは能力が高いことが解る。

 

 

綾乃は男から一瞬たりとも目を逸らさないまま、自分の後ろに居るであろう可奈子に声をかける。

 

 

「私が前で攻撃、和麻が後ろで支援。あんたは?」

 

「どちらでも。前衛、後衛、どちらもこなせます。

少なくとも、どちらにしてもあなた方の足手まといにはならない自信があります」

 

「なら、私と一緒に前衛ね。後衛は和麻一人に任せればいいわ」

「わかりました」

 

 

”剣”の状態の水昂覇を軽く握りしめながら綾乃の横に立つ可奈子。

 

 

「どうやらそっちの作戦は決まったようだな―――――なら行くぞっ!!」

 

 

男がそう吠えた途端、男の身体が急速に変貌する!

 

全身を深い毛が覆い、身体が一回りも二回りも大きくなる。

そして顔が人以外のモノへと変化し、爪や牙が急速に伸びる!

 

その姿は人と狼の特徴が融合した姿…『人狼ワーウルフ』と呼ばれる存在へと変貌した!

 

 

「へぇ…人狼ワーウルフかよ。何度か見たことはあるが、これ程のヤツは初めてだな」

 

 

人狼ワーウルフから放たれる突風にも似た妖気の圧力を、和麻は纏う風で受け流しながらそう呟く。

 

―――――その直後!!

人狼はグッと身を下げると、獣が獲物に襲いかかるが如く、全身のバネを利かせて綾乃達を襲撃する!

 

 

「速いっ!!」

 

 

予想以上の速さに目を見張る綾乃!

人狼ワーウルフの速さは先程の可奈子以上、まさに”目にも止まらぬ”と言っていいほどだ。

 

 

「まず一人!」

 

 

綾乃があまりの速さスピードに気をとられた一瞬で人狼ワーウルフは間合いをつめる。

そして、その鋭い牙を綾乃の首筋に突き立て、噛み千切る!

 

―――――と思われた瞬間、何を思ったのか人狼ワーウルフは寸前で止まり、後方へと跳び下がる。

 

 

「ククククク…危ない危ない、もう少しで首が落とされるところだった」

 

 

何が嬉しいのか、狼の顔を愉快そうに歪めながら笑う。

よく見ると、綾乃の手前の床には一筋の傷が作られていた。

 

人狼ワーウルフが綾乃の首に牙を立てようとした直前、和麻が風の刃を放ったのだ。

放たれた風の刃は、ギロチンの如く人狼ワーウルフの首めがけて真上から襲いかかったのだが寸前で回避したのだ。

 

完全な死角から、しかも無音の攻撃であるにも関わらずに…

身体の半分を構成する狼の強い『生存本能』や『野生の勘』がなせる業か。

 

 

「か、和麻。ありがと……」

「この馬鹿! ボサッとしてんじゃねぇ、次が来るぞ!!」

 

 

綾乃の礼の言葉を和麻が叱責で遮断する。

それに対して綾乃は言い返したいのをグッと我慢し、炎雷覇を握りしめて闘いに集中する。

 

 

だが、人狼ワーウルフが二度目の襲撃をかけたのは綾乃ではなく、可奈子だった!

 

攻撃対象が自分に移ったことを悟った可奈子は待ち受けるのではなく、自らも疾走し、高速戦闘に持ち込む!

 

 

「ほぅ! こっちの女はなかなかやるじゃねぇか」

「………」

 

 

可奈子は高速で走りながらも、まったく変わらぬ、否、更に速くなった剣速で人狼ワーウルフに攻撃する!

だが、人狼ワーウルフはそれら全ての斬撃をかわし、隙を見て鉤爪による攻撃を繰り出す!

 

 

 

「くはははっ! この俺の速さスピードについてくるとはな」

「…………」

 

 

人狼ワーウルフの賞賛の言葉を沈黙で受け流す可奈子。

そんな可奈子の反応を人狼ワーウルフは逆に愉快そうに見た後、放出される妖気がより一層強くなる。

 

 

「だが―――――本気マジになった俺はもっと速いぞ!」

 

 

人狼ワーウルフの姿が霞んで消えた―――――次の瞬間!

可奈子の眼前に現れ、振り下ろそうとしていた水昂覇の白銀ぎんの刃を左手で鷲掴みした!

 

こうなれば可奈子は圧倒的不利だ。脚力スピードはともかく腕力パワーでは人狼ワーウルフに敵うはずもない。

 

 

「これで一人目―――――」

「そうなるとは限りませんよ」

 

 

追い詰められた状況でありながらも、まったく相好を崩すことのない可奈子に、

何かを行動を起こす前にることにした人狼ワーウルフが右手の鉤爪を振り上げる―――――その直後!

 

 

「人を無視してんじゃないわよ!!」

 

 

黄金きんの炎を纏った炎雷覇を振りかぶった綾乃が、神速の踏み込みで人狼ワーウルフとの間合いを一瞬でつめる!

 

この時の綾乃の速さスピードは、可奈子の見せた速さスピードとなんら遜色のない。

綾乃とて神凪宗家の炎術師として鍛えられている身、

実力さえ十二分に発揮できれば、この位の動きは不可能ではないのだ。

 

 

そして、あらゆる魔性を滅する降魔の神剣『炎雷覇』が、人狼ワーウルフを斬り裂き滅する!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――その2へ―――――

 

 

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