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白夜の降魔・聖痕編

 

〈白夜の降魔・風の聖痕編〉

 

第一部・風の聖痕

 

 

第一幕 『帰還』

 

 

 

 

 

「後五分か…一体いつになったら来るんだ? 頼んだ仲介屋ってのは……」

 

 東京の都心―――――そのほど近い公園にて、男は公園に設置されている大時計をチラリと見てぼやいた。しきりに時計を気にし、今の科白から、何やら誰かと待ち合わせしているのだと推測できる。

 

(時間より少し手前に来るのが礼儀だと思ってわざわざ早めに来たが…これだったら時間ぎりぎりまで他で適当に暇でも潰してから来りゃよかったぜ)

 

 約束の時間まで後五分であることを確認しながら、胸中でそう愚痴る男。たった五分では満足に何かを行うことすら出来ない。せいぜい自動販売機でジュースを買えるぐらいか、煙草を吸うぐらいか……

 男はどちらにするかほんの少しだけ迷った後、懐から煙草の箱を取り出し、一本取り出してくわえた。動くのが面倒だったからだ。幸い、近くには灰皿まである。まぁ、無かったとしても遠慮無く吸っていただろうが……

 ともかく、至れり尽くせりの状況に男は煙草に火を点けると、煙を吸い込み、肺を満たした後大きく吐き出した。

 

「しかしまぁ、なんだ…日本って所は本当に平和な国なんだな」

 

 誰から見てもだらけきった顔で視界に広がる世界を眺める男。大勢の人間が安心しきった顔で舗装された道を平然と歩いている風景。そして、この平穏がこれからも先ずっと続く……それを誰も疑っていない。そんな『平和』な光景だ。

 

 その中でも一際目を引くのが一人の青年。へらへらとした笑い顔で道行く若い女性に手当たり次第に声をかけている…つまりナンパだ。
 どうやら成果はまったく上がっていないようで、話しかけた先から無視されている。しかしまぁ、手当たり次第と云っても、似合いもしない色に髪を染めた者や、元の顔が判らないほどべたべた化粧を塗った者、いまいち感性の解らない恰好の者には目をくれ無いところから、その青年の審美眼は確かであると言えるだろう。ちなみに、ナンパの範囲は二十歳前後みたいだ。

 その青年なのだが…妙な特徴があった。右肩に一匹の白い子猫が乗っているのだ。余程躾けられているのか、青年がどんなに動こうとも子猫は暴れることもなく、大人しく肩に乗っている。端から見れば、まるでその子猫は青年の一部のようにすら感じる。

 

(よくまぁ飽きないもんだな。さて、後一分か……ん?)

 

 約束の時間まで後一分…と云ったところで青年はナンパを中断すると、煙草を吸っている若者に歩み寄ってくる。一瞬、若者はイチャモンでもつける気か? と、頭の片隅で考えたが、青年の表情からその様子はないみたいだ。

 それに、青年の歩き方は明らかに素人。玄人である男からすれば警戒に価するほどではない。

 そして青年が男の前に立つと同時に待ち合わせの時刻となり…青年が若者に向かってヘラッと笑いかけた。

 

「あんたが『八神 和麻』だな。どうも、俺が仲介屋の『灰谷 真之』だ」

「お前がか?」

 

 

男〈八神 和麻〉が青年〈灰谷 真之〉を胡乱そうに見る。和麻には、この灰谷という青年が『若手の中でやり手』と噂される仲介屋には見えなかったのだ。もっとも、今の今まで目の前でナンパに勤しんでいた奴がそうだと云われれば、誰でも信じられないだろう…が、和麻はすぐにその疑問を捨てた。

 

「信じられないか?」

「別に…この世界、見た目だけで判断できるほど浅くはないしな。特に、その猫なんか…な」

 

 灰谷の肩に乗っている猫に目をやってそう言う和麻に、灰谷はやや賞賛をこめて苦笑する。

 

「ご理解頂けて結構。それじゃ此処じゃなんだから、そこらの喫茶店でも入ろうぜ。”ビジネス”はそれからだ」

「金はないぞ」

「それぐらいは出すさ。なんて言ったって『上物』の客だからな。あ、変な疑問をもたれたら困るから言っとくけど、俺の本業は『情報屋』だから。仲介は兼業してるだけだからな」

 

 その言葉に、和麻は目の前の青年やはり見た目通りの人間ではないことに確信した。

 つい先日、この日本に着いたばかりで、なおかつこの地ではまだ無名である自分を『上客』と灰谷は言ったのだ。それはつまり、自分が一体どういう”存在”であるかを、どれ程の力と価値があるかを知っていると言うことだ。

 和麻は表情は変えずに、心の底だけで気を引き締めた。

 そんな和麻の警戒など気がつかないのか、それとも無視しているのか…灰谷はとある喫茶店に案内した。そこはカフェテラス形の喫茶店で、ペット同伴可能なのか肩の子猫を見てもウェイトレスが咎めたりしない。そもそも常連なのか、ウェイトレスも知ったような感じでにこやかに注文を取りに来るほどだった。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「何にする?」

「コーヒーで良い」

「んじゃ、コーヒー二つで」

「ご注文はコーヒー二つでよろしいですか?」

「ああ。それだけで良い。あればその時に頼むから」

「かしこまりました」

 

 お辞儀してテーブルより離れるウェイトレス。それを見てから灰谷は視線を和麻に移し、さっそく本題に入る。

 

「さてさっそくだけど依頼の話だ。確か、そっちの注文は『楽して手っ取り早く稼げる』のが条件だっけ?」

「ああ。とりあえず当面の軍資金さえ手に入ればいいからな。それからのことは追々考えるさ」

「そうか……と、言われてもそんなおいしい話は大抵が安いしなぁ…」

「ま、退魔なんてそんなもんだな」

 

 退魔…『魔を退治』する事をさし、それを生業としている者を『退魔士』と呼ばれている。

 この場合は、和麻がその退魔士で灰谷はその仕事の仲介、斡旋をしていると言うことなのだろう。それと、今の和麻の発言は、世の中の退魔の相場を指している。

 当然だが、どのような仕事も難易度、危険度が増せばそれなりの金額となるのだ。逆に言えば、簡単な仕事は難易度も低く、はした金(相場では…の話し)しか手に入らない。和麻の言うような『楽して手っ取り早く稼げる』等、極々希な仕事を除いてまず無い。

 ―――――のだが。

 

「……と、いつもなら言うところだが、今回はとても良い依頼があるぜ」

「あるのか?」

 

 灰谷の言葉に思わず聞き返す和麻。自分で言っておきながら何だが、まさかそんな条件にあった依頼があるとは思ってなかったのだ。

 

「今回だけな。山手にある高級住宅街にある屋敷…その主人が依頼主だ」

「金持ち相手か……確かに、羽振りは金払いは良さそうに感じるがな。だが、そういうのに限ってろくな仕事じゃねぇんだよな。面倒事は嫌だぜ?」

 

 灰谷から斡旋された依頼を聞いた途端、和麻はさらに気怠げな表情を強めた。

 金持ちという存在は、大なり小なり他人から恨みを買うことが多い。知らない所で恨みを買うこと自体は誰であれ多々あること…富んでいる者にはそれが顕著と言ってもいい。そしてそれが不当な恨みならまだしも、法律すらも味方できない正統な恨み事もある。

 そこまでは、社会的な問題…表の世界で解決するべき問題だ。

 しかし、その恨みを持つ者が裏の世界に足を踏み入れると、今回のような話になる。その人物が死んで悪霊になったり、呪術者に『呪殺』を依頼すれば、対処もまた同じ裏の世界の住民…魔術師や退魔士…和麻のような人種がすることとなる。

 そして和麻が『面倒事』と言ったのは主に後者…呪殺に関してだ。それはつまり他の術者との争いとなり、負ければ呪いのとばっちりを受け、勝てばその術者から恨みを買う。
 日本の術師は血族による繋がり…一族構成で成り立っていることが多く、術師を返り討ちにすれば、『名誉を護る』などと言ってその一族が報復行動に出る可能性が高い。そして、最悪なことに金持ちや権力者は『呪殺』の割合が他よりも高いのだ。

 両者が組織に属していれば、後は上層部の話し合い…判断任せになるのだが、今回の和麻のような後ろ盾もないフリーの退魔師はほぼ間違いなく『名誉』を護るために狩られるだろう。

 もっとも、彼の性格上、そんなことになろうとも『他人の事情なぞ知った事か』で終わるし、それらをはね除ける実力も自信も十二分にあった。

 ……が、彼が一番気にしているのはその後…悪い風評でも流れ、これからの仕事メシのタネに差し支えることだ。

 その可能性が高いからこそ、和麻は「金持ちの個人的な依頼なんかろくな仕事ではない」と言ったのだ。そんな和麻の心配が解ったのか、灰谷は手をヒラヒラさせて軽薄そうに笑う。

 

「大丈夫、ただの悪霊祓いだよ。期限は今日中。ま、初仕事ならこんなもんだろ?あんたの実力チカラが噂通りなら、片手で……いや、小指で捻れる相手だよ」

「なら良いがな…で、場所はどこなんだ?」

「さっきも言ったが、山手…代官坂を登ったところにあるぜ」

「あるぜって…それだけかよ」

「一応、詳細な地図は渡しとくが、そんなの見なくても行ったらわかるよ。もし分かんなかったら、近所の人に『この辺りで一番悪趣味な家はどこですか?』って聞いてみな。あそこら辺に住んでいる人間なら、即答で教えてくれるはずさ」

「一体どんな依頼人だよ」

「行けば解るさ」

 

 そう言うと、灰谷は懐から分厚い封筒と一枚の紙切れを和麻に差し出した。

 

「ほい。前金の五十万と詳細な地図ね。残り五十万は成功報酬だってさ」

(既に準備してたのかよ…)

 

 まるで引き受けることがわかっていたような灰谷の行動に、和麻は面白く無さそうな顔をして、差し出された二つのものを受け取った。

 

「それはいいが、お前の取り分…仲介料は良いのか? 後で寄こせと言ってもやらんぞ」

「いや、今回は無料だよ」

無料タダだ?」

 

 胡散臭いものを見るような目で灰谷を見る和麻。そんな和麻の視線に灰谷は苦笑しながら頭を掻く。

 

「なに、ちょっとした迷惑料と考えてくれればいい。それ以外に意図はないよ」

「…………まぁいい、それも行けばわかることだしな」

 

 これ以上は何も言う気の無さそうな灰谷に見切りをつけると、和麻は金と住所が書かれた紙をポケットに入れ、席から立つ。 

 

「なに、今すぐ行くのか?」

「面倒はとっとと済ませて、ゆっくりと寝たいからな」

「は、左様で……」

 

 あまりと言えばあまりの理由に、灰谷は呆れると共に苦笑する。そして和麻はその場を立ち去ろうと一歩踏み出すが、急に何かを思いだしたように振り返る。

 

「そういや、お前『情報屋』だっていったよな」

「ん、そうだけど?」

「〈神凪 景太郎〉って知ってるか?」

 

 その質問に灰谷は一瞬キョトンとした顔になるが、すぐに質問の意味が解ってニヤリと笑う。

 

「ああ、よく知ってるぜ。この世界でその名前を知らない情報屋はモグリだって云うぐらいに有名だからな」

 

 この場合、灰谷の云う”世界”とは、日本の裏の世界を指しているのだが、日本内とはいえ、裏の世界で個人の名前が轟くと云うのは尋常ではない。例え名字の威光があったとしても…だ。

 

「何、情報でも欲しいの? いいぜ。ただし有料だけどな」

「聞いてみただけだ。じゃあな……」

 

 人差し指と親指で丸を作りながら答える灰谷に和麻は首を横に振って否定すると、今度こそ喫茶店から立ち去った。

 灰谷はその様子を冷めたコーヒーを飲みながら見送ると、肩にいる子猫に目を向ける。

 

「ラブレス、空間にジャミングを。これからの会話を風に運ばせるな」

「御意……」

 

 灰谷の言葉に子猫が短く応える。双方とも囁くほどの声なので、誰も気づきはしない。そして灰谷は胸元のポケットから携帯電話を取り出すと、登録してある番号を呼び出し、発信した。

 

 


 

 

ピリリリリ………ピリリリリ……

 

 薄暗いトンネル…その前に立つ景太郎の懐から無骨な電子音が響く。普通ならその電子音はトンネル内に反響するはずだが、おかしな事にその現象はまったく起きていない。

 

「兄貴、電話が鳴ってるよ」

「解ってる。こんな時に一体誰だ?」

 

 携帯電話を取り出しながら不機嫌そうに呟く景太郎。いざ仕事―――――と云う時に出鼻を挫かれたからだ。それでも大切な用件だった場合を考え、無闇に切らずに携帯電話の画面に表示された名前に目を向け……今度は不可解そうに眉を顰める。

 

「灰谷?」

「灰谷って…あの、いつか宙に浮くんじゃないかって思うほど軽い情報屋の?」

「本人が居ないからって、随分な言い草だな……」

 

 隣に立つ帽子を目深に被った少年の言葉に、景太郎が微かに苦笑する。

 

「そんなことより、早く出た方がいいんじゃないかな?」

「それもそうだな…」

 

 少年の指摘に景太郎は頷くと、通話ボタンを押して耳に当てる。その間、周囲への注意が薄れた景太郎に代わり、少年が、より一層”風の精霊”と意識を同調させ、警戒する。

 

(しっかりと警戒をしているな…陸渡りくと

 

 少年の名は『風巻 陸渡りくと』。神凪一族に三百年の永きに渡って仕える風術師の組織『風牙衆』の一人。そして彼の名字は、風牙衆の首領たる一族の名字でもある。つまり少年は、風牙衆の首領『風巻 兵衛』の二人目の子供だった。

 風牙衆は探査・戦闘補助を主とし、神凪の術師が退魔に出る際は常に側に付いている。陸渡もそうだが、彼は少し特別…『神凪 重悟』の義息むすこ、景太郎の”専属”の風術師だ。齢十五と云う若さでありながら、首領である父をも超える才覚と実力を示している。

 

 幼い頃…陸渡は風術師の才能が乏しく、風牙衆の全員が風術師として大成できるのか不安だった。そんな折り、人手が足りないために景太郎に陸渡を任せたのだが、それがきっかけで彼の才能が開花したのだ。
 それを見た首領…兵衛が、重悟に『景太郎専属の御付』とすることを申し出たところ、重悟もそれを承諾した。昔から基本的に誰かと組むことを良しとしない景太郎も、陸渡なら…と、了承したため、それ以来、景太郎と陸渡はコンビとして仕事に取り組んでいた。陸渡も、景太郎を『兄貴』と呼んで慕い、景太郎も陸渡のことを弟のように可愛がっていた。

 

―――――閑話休題それはともかく―――――

 

「何の用だ、灰谷」

【よう景太郎。今暇か?】

「生憎と仕事中だ」

【ああ、知ってる】

「切るぞ」

【待て待て待てっ!! 悪かった、ほんの冗談だから切るな。お前に伝えたいことがあるんだ】

 

 すかさず電話を切ろうと動く景太郎の指を制止する灰谷。さすがつき合いが長いだけはある。電話越しでもまるで見えているかのような対応だ。

 そんな灰谷の行動に景太郎は嘆息すると、微かに苛立ちを混ぜた表情で再び携帯電話を耳に当てる。

 

「それは俺が仕事中であるにも関わらず、電話をかけざるをえない程のものなんだろうな…」

【そう怒るなよ。ちょっとした冗談だろ? 人生には潤いが必要だぜ?】

「これから先、一介ボケるたびに〈シリウス〉の歯形をプレゼントだ。十個溜まると豪華『〈アルタイル〉に乗って空の旅』 追加特典としてパラシュート無しのスカイダイビングだ」

 

 いつまで経っても本題に入ろうとしない灰谷に、景太郎は少々本気でけしかける。それを灰谷も理解したのか、おちゃらけた口調を控え、まじめな声で本題を語り始める。

 

【実はな、さっき日本に着いたばかりの退魔士に仕事を斡旋したんだ】

「それで?」

 

 一見、海外のフリー退魔士のことなど景太郎に関係するとは思えない。だが、灰谷は普段は巫山戯てはいるが仕事は意外と忠実まめなことを景太郎は知っていた。その彼が仕事中だと解っておきながらも連絡するぐらいだから、何かあるだろうと怒鳴らず続きを促す。

 

【日本じゃまだ無名だが、海外ではそれなりに鳴らしたほどの『風術師』だ】

「風術師? まさか……」

【その通り、その風術師の名前は『八神 和麻』。旧姓『神凪 和麻』。お前が知っている人物だ。もっとも海外でも『凄腕の風術師』と云う存在がそこそこ有名であって、名前自体はまったく売れていないようだけどな。ま、世界の行く先々で破壊活動してりゃあ名前もふせたくはなるわな】

「そうか…和麻さんが日本に帰ってきたのか」

【おっと、しんみりとするのは後にしろよ。本題はここからなんだからな】

「本題?」

【ああ。以前伝えた情報なんだけどな。おそらく十中八九間違いない。あいつは―――――だ】

「そうなのか…わかった。情報感謝する。料金はいつもの口座に振り込んでおく」

【今回は別に構やしねぇよ。親友兼お得意さんへのサービスってやつだ。で? 会いに行くのか?】

 

「……いや、彼はもう神凪とは関係ない。それなのに俺が会いに行っては迷惑になるだけだ。何らかの機会があれば別だが…それ以外では、会わないつもりだ」

 

キッパリと否定する景太郎に、電話越しから灰谷の【ふ〜〜ん】と云う声が漏れる。

 

【ま、俺には関係ないことだけどな。伝えたいことはそれだけだ。お仕事頑張れよ。もっとも、その程度の相手にお前の心配をしたところで取り越し苦労がいいとこだけどな。じゃあな】

「ああ、じゃあな」

 

 

 自分達はこれから正体不明の妖魔を退治するのに、既に相手を知った口調の灰谷に苦笑する景太郎。灰谷がああ言った以上、今度の妖魔はとるに足らない相手だろう。まったくもって、情報という武器に関しては彼は自分よりも明らかに強者だった。

 

「仕事中に悪かったな。で、何か変化はあったか?」

 

 携帯電話を胸のポケットに仕舞いながら、景太郎は辺りを警戒、索敵している陸渡に問いかける。

 

「兄貴が電話している間にトンネルの中を調べようとしたけど、結界が張られて無理だった」

「結界の範囲、種類、形状は?」

「範囲はトンネルの入り口から出口にかけてスッポリ……トンネルそのものにって感じだね。種類は空間に干渉するタイプ。風を入れても向こうから出てこないんだ。逆も同じ。たぶんだけど、トンネル内の空間がループしてるんじゃないかな?」

 

 風の精霊に頼んでできうる限り外部から調べた陸渡の報告に、景太郎は素直に頷いた。陸渡の言葉に疑いすら抱くことはない。全幅の信頼を寄せているのだ。

 

「いったん中に入れば最後、死ぬまで…いや、死んでも外には出られない。と云うわけか」

「みたいだね。聞いていた通りだけど」

 

 トンネル内の闇を見ながらそう言う景太郎に、陸渡は相づちを打つ。

 

 今回の二人の仕事の内容は『トンネル内に起こる怪奇現象の究明、及び解決』

 数日前、完成間近のトンネル内に突如黒い闇が発生したのだ。不審に思った工事関係者が調べるために中に入ったのだが、そのまま行方不明になってしまった。さほど長くない、ただの一本道のトンネルであるにも拘わらずに、そこに入った人間…犬や猫でさえも入ったが最後、二度と出てくることがなかった。

 残った工事関係者が警察に届けたところ、国が毒ガスの疑い有りとして特別な調査員を派遣したが、中に入った調査員…対毒物用の装備をした者達も、二度と陽の光を浴びることはなかった。だが、その調査員達からは、辛うじて特殊無線の緊急連絡があったのだ。

 

〈トンネルから出られなくなった。もう五時間以上も歩いているのに、どこまで行っても外に出られない〉

 

 入ってものの五分程度しか経っていないと云うのに、その切羽詰まった最後の連絡に残った調査員は戦慄した。すぐさま救助の者が数名入っていったが、その者達も出てくることはなかった。気の利いた者が着けていた命綱も、闇の境界線でぷっつりと切れていたという始末だ。

 この事を重く見た国のお偉方は、この一件を怪奇現象とし、神凪に依頼。引き受けた神凪宗主…重悟自らが、景太郎達に事態の解決を命じたのだ。

 そして今…二人は問題となっているトンネルの前に立ち、状況を確認していたというわけだ。

 

「外での一分が約一時間か…」

「試す気にはなれないね…それよりも、空間はともかく時間まで干渉できる程の妖魔かな?」

「さぁな…そっち系統の力を持っていれば可能かもな」

 

 程度に差はあれ、妖魔という存在は能力はともかく『力』は人間をはるかに越えている。見た目が小さくとも、内包された妖力はビルを消滅させる程…と云うのは、ままあることだ。今回の一件も、空間などに干渉する能力を持った妖魔…その類の仕業だと景太郎は睨んでいる。

 

「―――――で? どうするんだ兄貴。恐らく、この結界を張ってるヤツはこっちが結界テリトリーの中に入るまで出てこないと思うぜ?」

 

 問いかける陸渡に対し、景太郎は薄く笑って右手を軽く持ち上げる。

 

「そんなこと…聞くまでもないだろう?」

 

 そう云うと、景太郎の右手が清らかな光を放ち始める。

 体内で錬磨され、〈神氣〉へと昇華した『氣』が景太郎の右手に集い、収束されている。その神氣が、霊視力のある者には清らかな光となって視えているのだ。

 

「出てこないのなら、無理にでも出てきてもらうさ―――――五霊戦術 〈凶断・弐式〉!!」

 

 景太郎は手刀の形にした右手を振り上げると、トンネルに向かって袈裟懸けに振りきる!

 その軌跡にそって発生した光の刃―――――神氣の刃がトンネル内に飛んで行き……パァンッと云う風船の破裂音にも似た音と共に、闇が散り散りに砕け散った!

 

「捉えた―――――もうすぐ来るぜ、兄貴」

 

 結界が壊れたため、風の精霊による探知が可能になったのだろう。妖気を捕捉した陸渡が警戒を促す。景太郎も妖気を感じていたのか、手早くも炎の精霊を召喚していた。

 陸渡はその事に内心さすがと賞賛しつつ、両腕を眼前でクロスさせた後、左右に大きく振る。すると両腕の袖口から二振りのナイフが飛び出し、両の手の内に収まり、すぐさま構えをとる。

 通常、妖魔には普通の武器は通用し難いのだが、そのナイフは普通ではない。刃の部分が金属ではなく、透き通った翠色の水晶―――――エメラルドのような鉱石で作られていたのだ。その美しく磨き上げられた光沢に、そのナイフは武器と云うよりも一種の芸術作品のようにも感じられる。

 

「来た!」

 

 既に戦闘態勢に入った二人の前に、トンネルの中から今回の原因が姿を現す!

 

「キシャァァァァーーーーッッ!!」

 

 耳に響くような叫び声と共に現れたその存在は、頭から尾まで優に十メートルは超える大蛇であった。元々この様な形の妖魔だったのか、それとも蛇の骸等に憑依した妖魔なのかは解らない。解るのは、これが人に仇成す妖魔で、退治する意外に道はないことだ。

 

「先手必勝!」

 

 そう言うや否や、陸渡は右手のナイフを逆手に持ち替えると、横薙ぎに思いっきり振りぬく。その軌道にそって―――――いや、その軌道の数倍もの風の刃が放たれ、大蛇に向かって飛翔する!

 

った!!」

 

 渾身の攻撃に勝利を確信する陸渡。だが、大蛇はその顎を大きく開くと襲いかかる風の刃に牙を立て、そのまま噛み砕いた!!

 

「げ、そんなのあり!?」

 

 あっさりと噛み砕かれた自分の風を視て、顔を引きつらせる陸渡。そんな陸渡の焦りを見て勝利を確信したか、大蛇は目を愉悦に細めると、その巨躯をうねらせて迫り、己の間合い―――――約十数メートルまで迫った瞬間、一気に飛び掛かってきた。

 再度顎を大きく開き、放たれた矢の如く襲いかかる大蛇。蛇だけに、陸渡―――――並びに景太郎をそのまま一飲みにする気だ。

 

「喰われてたまるかよっ!!」

 

 腕を交差させる形でナイフを振り上げる陸渡。こちらももう一度風の刃を…今度は二つ同時に放つ気だろう。陸渡の意志を受け、風の精霊も急速に集まり、両手のナイフに集束している。

 大蛇と陸渡―――――スピード勝負は陸渡の方に分がある。飲み込まれる直前に、交差した風の刃が大蛇を四分割するだろう。

―――――そう陸渡が思った瞬間、陸渡の側を一筋の白銀ぎんの閃光が走り、蛇の頭から尾の先まで一直線に貫き、大蛇は断末魔の絶叫を上げる間もなく、ボッという音と共に塵と化して消滅した。

 

「さすが兄貴。一発で決めちまったな」

 

 妖蛇を一撃の下に倒した攻撃の主…景太郎を見ながら褒め称える陸渡。しかし、その賞賛に景太郎は厳しい眼差しで陸渡を見る。

 

「陸渡。先手必勝なのはいいが、武器の特性による増幅に頼りすぎて、ろくに集束できていなかったな」

「う……」

「道具に頼ることは誰でもできる。だが、自らの力を錬磨・制御できるのは自分だけだ。それを忘れるな」

「う〜〜っす……」

 

 景太郎にたしなめられた陸渡は、肩を落とし、帽子を目深にかぶりながら暗い口調で短く返事をする。誰よりも何よりも、尊敬する景太郎に叱られるのが一番堪えるのだ。

 戒めの言葉がしっかり身に沁みたことを確認した景太郎は表情を和らげ、陸渡の頭に手を置く。

 

「だが、敵を感知してから戦闘状態に移るまでの動作は淀みがなかった。それに最後の一撃は、精霊の召喚速度も速く、集束もできていた。その集中力を何時でも引き出せるようにするのは、これからおいおい身に付ければいい」

「へへ…解った」

 

 景太郎の賞賛の言葉に、陸渡は先程までとはうって変わって元気よく頷く。

 

「よし。それじゃあ次に行くぞ。今度は悪霊退治だったな」

「うん。廃ビルに住み着いた悪霊。未確認ながら複数だって」

「そうか。後二件残っていたな、さっさと終わらせて飯でも食って帰るか」

「おぉ!」

 

 元気よく返事をする陸渡に景太郎は微笑むと、次の現場に向かうためにその場を去った。

 

 

 

 

 

―――――第二幕に続く―――――

 

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

 どうも、ケインです。風の聖痕編・第一部の一話を投稿させていただきました。

 十名を越えるかどうかかな? と、思ったんですけど、実際は五十人以上……これほど読んで下さっていたのかと思うと、嬉しい限りですが……正直、驚きました。感想もいつもは十少々でしたし。

 

 さて…本誌と白夜の違いですが、最初からです。なんと和麻に仕事を紹介したのが灰谷でした。これは、和麻の事を景太郎経由で知っていた灰谷が、和麻が仕事を探していることに乗じて接触したんです。興味本位ですね。

 そして、景太郎の方……仕事の相方は『風巻 陸渡』と言う名の風牙衆の長、風巻 兵衛の子供です。一番目が流也で二番目が陸渡。白夜でのオリジナルキャラです。ビジュアル的にはテニ・プリのリョーマみたいな感じです。
 十三灯にて景太郎が墓参りした際、語りかけていたのがこの陸渡です。何名かは、流也と勘違いしていたようですけどね。

 

 この聖痕編ですけど、大体二ヶ月に一回程度の投稿となります。メインは白夜の方ですから。

 とりあえず、二幕の予告は…和麻の初仕事風景と、帰ってきた和麻に対する神凪の動向です。神凪内での景太郎の立場がわかります。はっきり言って悪いですけど……

 

 それでは、楽しんでいただけたのなら幸いです。ケインでした。

 

 

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