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「……で、それをどうするつもりなんだ?」

 

 

床に落ちているペンダントを拾い上げた加奈子を見ながら和麻が聞いてくる。

 

 

「本当なら、コレはあの人狼の子供の墓に埋めてあげたいのですが…

その様なことをすると、欲深い者達が掘り返してしまうのがオチでしょう。

かといって、浦島に預けるわけにもいけません。あそこもあそこで問題があります」

 

「また随分な言い方だな…」

 

 

平然と浦島身内を卑下…もとい、正統な判断を下す加奈子に、和麻が微苦笑を浮かべ、

これなら意外と浦島も持ち直すかもな…と、心の中で呟く。

 

 

「これは私個人が信頼できる方に預かってもらおうと思います。それでよろしいですか?」

「ああ。元々俺には関係ないことだからな、あんたの好きなようにすればいい」

「そうね」

 

「ありがとうございます」

 

 

あっさりと『関係ない、好きにしろ』という和麻と綾乃の言葉に軽く礼を言う加奈子。

 

月の魔力を秘めし人狼の宝『満月の涙石フルムーン・ティア

その魔宝石は人狼ワーウルフだけでなく、他の妖魔、ひいては魔術を扱う人間にも興味を惹く一品。

その力を我がモノとしようとする者など、この世の中には掃いて腐るほど居るだろう。

いや、力無くとも、それをソレ関係に売れば莫大な金になることを知れば、欲する者は格段に増える。

 

なのに、和麻達は『関係ない』の一言で一切干渉しようとしてないのだ。ゆえに、加奈子は感謝したのだ。

一個人として…そして宝を使われることを望んでいなかった人狼族の代理として。

 

 

『ミャ〜〜』

 

 

辺りに響く猫の鳴き声。

その声を聞いた加奈子は、声のした方向…クロと由香里達に顔を向けた。

 

 

「そうでしたね。そこのお二人、こちらに来てもかまいませんよ。危険はもうありません」

 

「ほんと? や〜っと終わったんだね。

でも、あれが綾乃ちゃん達がいつもやってる退魔ってやつなんだ…凄かったね」

 

「本当、迫力が全然違うよ。アクション映画なんか目じゃないぐらいだね」

 

 

離れた所に避難していた由香里と七瀬がちょっと警戒しつつ三人に近づく。

先程までの戦いは常人ならゆうに数十回…何百回と殺されていたほどの激しさだ。

悲鳴を上げたりしていたのは仕方がないが、素早く後方に避難したのは正しい判断だ。

 

そして、いまだに警戒しているのはガノッサの”最後の足掻き”が原因。

終わったと思った瞬間に、あんな事があったのだ。もしかしてもう一度…と、警戒しているのだ。

 

そんな由香里と七瀬の状況を察した綾乃は、少々きつい目で二人を見る。

 

 

「どう、これで少しは懲りた?」

「うん、懲りた」

「そうだね。こんなのは二度とごめんだ」

 

 

素直に綾乃の言葉を肯定する由香里達。

だが、その表情は一見真面目くさった顔だが、裏ではまったく別であることにつき合いの長い綾乃は感じた。

 

 

「あんた達、あれ程の目にあっても懲りてないようね……」

「そんなこと無いよぉ、綾乃ちゃん」

「そうそう。由香里の云うとおりだ」

 

「………本当でしょうねぇ」

 

「うん、本当。だから、次からはもっと安全なときに招待してね」

「前のような面白い仕事だったらベストだね」

「景太郎さんが居るときは特にね」

「良いね、それ」

 

「こいつら、ぜんっぜん懲りてないわ……」

 

 

そんな二人の態度に綾乃は頭痛を覚え、頭をかかえた…

その隣では、由香里達の言葉を聞いた加奈子が冷徹な顔で…眉をピクリと反応させていた。

 

そんな加奈子の冷たい視線に気がついたのか、由香里がニッコリした笑顔で加奈子に歩み寄る。

 

 

「ところで、あなたって景太郎さんの妹なんだって?」

「ええ。正確には義理の妹です。血筋的には従妹いとこにあたります」

「じゃぁ、綾乃ちゃんと同じなんだね」

「え、ええ。一応…そうなりますね」

 

 

ややどもりながら答える加奈子。どもる理由は、今の加奈子と景太郎は血の繋がりしかないからだ。

口では義兄あに義妹いもうとだの言ってはいるが、戸籍上は縁が切れている。

加奈子としては、一刻も早く昔のような…あわよくばもっと上の…関係になりたいのだ。

 

そんな加奈子の内心での葛藤などつゆ知らず、

その答えに由香里はニッコリ微笑んだまま加奈子の手を両手で握る。

 

 

「じゃぁ、私のことは『お義姉ねえちゃん』って呼んでね☆」

「なんですって!?!」

 

 

由香里の爆弾発言に、加奈子は沈着冷静のスタイルをかなぐり捨てて驚きの声を上げる!

ついでに、握られていた手を振り払い、強い視線で睨む。

 

 

(確かに、いきなりそんな事を言われれば誰だって驚くわよね…近い歳の子由香里に言われれば特に)

 

 

そんな二人の様子を綾乃は達観した様子で眺めながら胸中で呟く。

以前、由香里は綾乃にも同じ事を言って驚かせたのだ。正直な気持ち、綾乃は加奈子にかなり同情している。

 

当の本人達はというと……

 

 

「巫山戯ないで下さい! なぜ貴女のことを”義姉あね”と呼ばなければならないのです!!

そもそも、貴女は私と同じぐらいの歳でしょう!?」

 

「歳は関係ないでしょ? 景太郎さんと私が将来的にはそうなるんだから。ね☆」

 

 

加奈子の剣幕を前に、あくまでニッコリと、そして可愛く微笑む由香里。

この様な状態となった由香里を言い負かすことは至難の技…綾乃と七瀬は同時にそう思った。

 

 

「み…み…み……」

「み?」

 

「認めません! 誰が何と言おうとも、絶対に私は認めません!!」

 

 

戦闘時ですら聞いたことの無いほどの加奈子の大声が辺りに響く。

ずっと沈着冷静だった加奈子が取り乱したことにも驚いた綾乃だが、今の行為もかなり驚いた。

 

 

「ええ、認めませんとも…絶対に……」

「え〜」

 

 

まるで自分に暗示をかけているような加奈子と、その言葉にブーイングをする由香里。

 

 

「じゃあさ、どういった人なら認めるわけ?」

 

 

そんな時、この中で二番目に平静だった七瀬が逆に加奈子に問う。(ちなみに一番は和麻)

その問いに、加奈子はちょっと視線を逸らしつつ、頬を赤らめる。

 

 

「そ、そうですね…例えばですが……私とか」

「ぶっ!!」

 

 

加奈子の発言に思わず綾乃が吹き出す。

珍しいことに、その隣にいた和麻もやや呆気にとられた表情となっていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あんた景太郎の義妹いもうとでしょ!? 兄妹である以上結婚できるわけないじゃない!」

 

「先程も言いましたが、私は義理の妹で、血筋的には従妹いとこです。

その上、今現在は籍も外れ…いえ、最初から居なかったことになっていますね、不本意ながら。

ともかく、浦島 景太郎なる人物は居ないことになっているんです。それは本人も認めています。

つまり、私と景太郎さんの間にはなんの問題もないのです!」

 

 

かつてひなた荘で景太郎に言った台詞と同じ様なことを言う加奈子。

それも立て板に水の如く、息継ぎもなく圧倒するかのように一気に言いきる。

 

 

「え〜! でも、私と景太郎さんって愛し合ってるし〜」

 

「平然と嘘をつかないで下さい! 今の兄には彼女など絶対にいません。

そもそも、なぜ貴女と兄がそんな関係にならなければ…………」

 

 

 

延々と続く言い合いに嫌気がさしたのか、綾乃達三人は加奈子達から少しばかり距離をとり、

その様子を生暖かく見守ることにした。

 

 

「しかしまぁなんだな。精霊術師の家では、弟や妹が兄を慕わなければならないって法則でもあるのか?」

「そうなんじゃない? 大変ね、お兄様」

「あんたも似たようなもんでしょ」

 

 

皮肉っぽく和麻を揶揄する綾乃につっこみを返す七瀬。

両者とも、”煉”という弟(分)に『兄様』『姉様』と呼ばれて慕われているのを知っているからだ。

 

 

「でもさ、あの子…加奈子だっけ? あの子も精霊魔術師ってヤツなんだよね」

「そうよ。私とは違って水を使う『浦島』って家の人間よ。それがどうしたのよ」

「最後のアレも精霊魔術ってヤツなの? なんか素人目で悪いんだけど、ちょっと違うような気がするんだけど」

 

 

最後のアレ…加奈子がガノッサに対して行った『変わり身』みたいな術についてなのだろう。

それについては綾乃も疑問をもっていた。同じ精霊魔術師として、あんなのが可能なのか? と。

単純に属性の違いだけで片付けられるものではないことぐらい、綾乃とて解る。

それに、アレは決して”残像”や”幻術”のような虚像ではなく、間違いなく水の精霊が形作っていた。

しかし、質量もあり、形が変わりやすい”水”だが、精霊魔術であのような事が可能なのだろうか…

 

綾乃が少ない知識を絞って思考していたその時、その答えは意外な人物からもたらされた。

 

 

「あれは、かつて陰陽術者として名を馳せた浦島の”技術”と精霊魔術を組み合わせて創った秘術の一つだ。

ほれ、そこに落ちてるだろ。その証拠がな」

 

 

そう言って和麻が顎をしゃくり、綾乃と七瀬がそちらの方向に目を向ける。

そこは先程、加奈子が空蝉の術(擬き)を行った場所だ。

綾乃達がそこを注意深く見ると、床に変わった形の白い何かが落ちていることに気がついた。

 

 

「………やっとこ?」

「確かに形は似てるけど、それは折り紙でしょ。あれは俗に”人型ひとがた”って呼ばれるヤツよ」

 

 

七瀬の(わざとではない)ボケにつっこむ綾乃。珍しく立場が逆だ。

 

ちなみに、”人型”とは陰陽術を代表とする魔術などで用いられる符の一種だ。

使用例としては、”式神”に用いるのが一番有名だろう。

 

 

「簡単に言えば、精霊で体を作り、”人型”を媒介に術で姿を映し出すらしい。

陰陽術師としての力量次第では、どんな姿にもなり、自由自在に動かすことができる。

もっとも、さすがに喋ることまでは無理だがな。

効果はさっき見た通り、下手に攻撃すれば手痛いしっぺ返しを受けるってわけだ」

 

「へ〜、そうなんだ。なんだか聞いてると『精霊獣』に似てるような気がするわね」

 

 

以前、アメリカから来た炎術師が喧嘩を売ってきた際、操っていた『精霊獣』を思い出す綾乃。

アレは一群の精霊に魔術で仮想人格を与え、強力な使い魔として使役するというもの。

利点は、精霊の制御を分担できることにより、通常以上に精霊を操ることができることだ。

精霊魔術と儀式魔術を融合させることによって生み出された『魔術兵器』の一種。

ちなみに、日本では流行っていない…ほとんど使い手がいない魔術だ。

 

 

「ああ、あれの簡易版みたいなもんだろ。余計な機能を無くしたらああなるんじゃないのか。

アレの目的は一瞬で作り出し、変わり身みたいに使うんだ。余計な機能が無用なんだろ」

 

 

事実、先程の使用の際、加奈子が作り出した瞬間はおろか、入れ替わった行為を見た者はいなかった。

和麻とて、かろうじて知覚できたのであって、完全に見切れたわけではなかった。

 

 

「もっとも、浦島のアレは『精霊獣あの魔術』を模倣したんじゃなくて独自に作り上げたものらしいがな」

 

「ふ〜ん…って、なんであんたが浦島の秘術をそこまで詳しく知ってんのよ」

 

「昔、景太郎に教えてもらった。実演付きでな。

他にも色々とあるらしいぞ。俺が教えてもらったのはそれ一つだけだがな」

 

「なにそれ! あたしだって見せてもらったこと無いのに何で和麻だけなのよ」

 

「アレは陰陽術…正確には『浦島流・陰陽術』だったか?

それと精霊術師として、ある程度の技術スキルが必要らしいからな。

お前は精霊術師後者としてはともかく、陰陽術師前者の素質が全く無いから…と言ってたぞ。

だから、お前に教えても無駄だと思ったんだろ」

 

「だからって、隠し事されるのは…」

「それと、これは俺の勘なんだが、たぶんお前がそれを見ても『姑息な手』と言って馬鹿にしたんじゃないのか?」

「う……」

 

 

今現在―――――和麻と再会してある程度世界の広さを知った今は―――――ともかく、

それ以前の自分なら…炎術を至上の力と信じて疑わず、自分よりも強い敵などを知らずに慢心していた頃なら、

今の技を『卑怯な技』とかなんとか言って蔑んでいたかもしれない。と、綾乃は考えた。

 

その考えは、無類の攻撃力を持つ炎術師の大家”神凪”の思想そのままの答えと言ってもいい。

だからこそ、景太郎は神凪の枠外にいた親友『八神 和麻』に教えたのだろう。

 

 

「そ、それよりも…和麻はどうなのよ。教えてもらったんでしょ?」

 

「いいや、正確な意味だったら教えてもらってねぇよ。単純に見せてもらっただけだ。

俺は陰陽術師としての修行も積んでないし、今更積む気もない。面倒くさいしな」

 

(そんなふざけた口調で言ってるけど、その実は無茶苦茶に強いんだから、ある意味質が悪いわよね)

 

心の中で毒づきながら、小さく嘆息する綾乃。

 

 

「もし霧香が分家程度の精霊術でも使えてたなら、間違いなくアレが使えただろうな」

「ああ…確かに、陰陽師としてなら一流だったわね」

 

 

眉をヒクリと吊り上げながら、どこか棘のある言葉を吐く綾乃。

余程、その”霧香”という人物とは不仲なのだろう。

 

 

ちなみに、霧香…名を〈橘 霧香〉と云い、麗しい美女の陰陽術師。

たちばな”と云う名うての陰陽術の大家の傍流で、その腕は超一流。

同時に警察官で、日本で唯一の国立の退魔機関『特殊資料整理室』の長。

 

和麻と浅からぬ縁を持っており、それが気にくわない綾乃が何かと突っかかっているのだ。

 

 

 

 

そんなこんなと、実のあるような無いような話を綾乃達が繰り広げている間に、

激論を終えた加奈子と由香里が三人の元へ戻ってきた。

 

ニコニコと終始微笑みを浮かべたままの由香里に対し、加奈子は肩で大きく息継ぎをしている。

人狼二人ガルとガノッサを相手に闘っても息切れ一つしていなかった加奈子が…だ。

もっとも、肉体的ではなく精神的に疲れているのだろうが、

加奈子を口でそこまで追い込む彼女由香里は、和麻とは別の意味で侮れない存在といえるだろう。

 

 

「まぁなんだ……ごくろうさん」

「どうも………」

 

 

和麻の労いの言葉に、大きな溜め息を吐きつつ返事をする加奈子。

かつて同じ様な経験がある綾乃は、元気づけようとあえて明るい笑顔で話しかける。

 

 

「あんた凄かったわね。あんなに大きな人狼をカウンターで殴り飛ばすなんて。結構やるじゃない」

「どうも。綾乃さんこそ、最後の一太刀…手加減していたとはいえ、大変素晴らしい一撃でした」

 

「まぁね。私だってあのぐらいは楽勝よ。でも、あの武器…水昂覇だっけ?

あれが弾き飛ばされたときは焦ったけど、よく素手で闘う気になったわね」

 

 

”炎雷覇”という神剣を使っている為か、闘いを剣と炎術に限定する癖を持つ綾乃。

もし同じ状況下に置かれた場合、自分はカウンターなどせず(できず)、炎術で対処していただろうと考えた。

常識に考えれば、精霊術師である以上、素手で殴り合うよりはよりもっとも効果的な対処方法に思える。

 

そんな綾乃の言葉に、加奈子はきょとん…とした表情になった。

 

 

「あれ、言ってませんでしたか? 私はどちらかというと、武器を扱うよりも〈徒手空拳〉の方が得意なのですが…」

「言ってないわよ…でも、それだったらなんで徒手空拳そっちで戦わないのよ」

「それもそうだね。素人であるあたしが言うのも何だけど、この仕事って命懸けなんだろ?」

「確かに、自分の得意分野で戦った方が勝率も生存率も上がるし……」

 

 

綾乃のもっともな言葉に、頷きながら同意する七瀬と由香里。

純粋に心配する様子の三人に、加奈子が微笑みながら返事をする。

 

 

「あなた達が仰るとおり、そちらの方が良いのかもしれません。

ですが、私は退魔士であると同時に”浦島”の次期宗主。

そして、水の精霊王から賜りし破魔の神宝〈水昂覇〉の継承者です。

その力を十二分に発揮し、能力を自由自在に引き出せなければ風が悪いですからね。

そう言う訳で、前宗主であるひなた御婆様に徒手空拳…浦島流・柔術のみならず、

刀剣術、槍術、その他諸々のありとあらゆる武具の扱いを学び、会得したのです」

 

 

自分はまだまだ未熟ですが…と、少し苦笑しながら付け加える加奈子。

強い信念を見せながら語る加奈子の姿に、綾乃達は気圧されたようにちょっと引いた。

同じぐらいの歳で、ここまで(力も心も)強い人がいるなど、想像もしなかったからだ。

 

ちなみに、水昂覇の前・継承者、なつみが得意としているのは刀剣術。

そして加奈子の師にして前・宗主、ひなたは武器全般と豪語している。

 

 

「おら、少しは見習え。このへっぽこ剣士」

「う、うるさい!」

 

 

自分の未熟な剣の腕を和麻に揶揄され、顔を真っ赤にして怒る綾乃。

それでも怒鳴ることはない。なにせ、自分よりも腕が上である者が目の前にいるから。

 

 

「ま、未熟者はおいといて…話は戻るが、あの犬ころガノッサを叩きのめした攻撃は見事だったぞ。

確か名前は〈浮龍〉だったな。ソレからの〈竜牙〉のコンボはたいしたもんだ」

 

「よく御存じで。兄からですか?」

「ああ、ある程度実演付きで教えてもらったんでね」

 

 

 

〈浮龍〉とは雲の上をすべるように移動する龍の如く、相手の攻撃を避ける浦島流 柔術の歩方術。

そして〈竜牙〉とは、掌に氣を集束して相手に叩きつける、同じく柔術の基本攻撃技。氣弾として放つことも可能。

 

 

「そうですか……兄が……」

 

 

浦島から離れたとはいえ、景太郎はその技術を独学で会得マスターしているらしい。

おそらく、その理由は使える技術だからこそ…強さを求めているから、身に付けたのだろう。

だが、それでも景太郎の中には『浦島の技術』が息づいている…

そう思うだけで、加奈子は胸の中に、安堵感のような暖かいものを感じた。

 

 

「そこら辺はやっぱり兄妹だな。あの攻撃のつなぎ方、景太郎とよく似てたぞ」

「そ、そうですか?」

 

 

意外なところで景太郎と繋がっていることを和麻に教えられた加奈子はちょっと頬が緩む。

離れていても兄妹…ちょっと不満は残るが、繋がりがあるのは凄く嬉しいからだ。

 

 

「確かにね。そろって素手での闘いの方が得意だなんて特に何を言っているのですか何を言ってんだ?」……え?」

 

 

言葉を途中で和麻と加奈子に揃って否定されて驚く綾乃。

 

 

「え? だ、だって景太郎ってば、炎術を使わないで戦うときは大抵素手だから……」

 

 

加奈子の無機質で責めるような視線に引きながらも、そう言いわけする綾乃に対し、

和麻はあからさまに『はぁ〜』と、長々と深い溜め息を吐いた。

 

 

「お前な、”まがいもの”とはいえ景太郎の義妹いもうとだろ。なんでそんな事も知らねぇんだよ」

「ま、まがいものってなによ!」

 

 

和麻の言葉に怒る綾乃。仮にも義兄妹きょうだいとなって十年近く経っているのだ。

確かに、普通の兄弟のような仲ではないが、それでも一言で否定されると腹が立つのだろう。

 

 

「大体、義妹いもうとだからってなんでも知っている訳じゃ「その事ならあたし知ってる」って何でよ!!」

 

 

手を挙げながら『知ってる』と宣言する由香里に、思わず突っ込みを入れる綾乃。

そんな綾乃に対し、由香里は満面に笑みで、

 

 

「えへへ〜、ひ〜み〜つ〜」

 

 

との言葉を返した。

なんとしてでも口を割らせたくなる衝動にかられた綾乃だが、

まかり間違って、その口からとんでもない内容が気がし、寸前で思い止まった。

綾乃とて由香里とのつき合いが長いのだ…口から出てくるのがとんでもないことだと直感しているのだろう。

 

 

「………ま、まぁいいわ」

 

 

精神的に訊かない方が良いと結論づけた綾乃は、無理矢理にその話題を流す。

 

 

「それで…景太郎の本当の得意分野ってなんなの?」

「剣術だよ。それも、とびっきりの腕前だ」

 

「そうだったんだ…でも、なんで景太郎は剣を使おうとしないのよ」

「それは私も気になります。なぜ兄は天武の才がある剣を捨て、素手での闘いを選んだのですか?」

 

「簡単に言えば、好みの合う得物が無かったからだな」

 

「簡単も何も、余計訳分かんないわよ」

「そうですね…好みが合わない、というのはどういう意味なのですか?」

 

 

二人の言葉に和麻は少し遠い目をした後、景太郎の〈二人の義妹いもうと〉に語りはじめる。

 

 

「……十余年前、神凪に拾われた景太郎は貪欲に力を求めていた。なぜだか解るか?」

「それは……」

「復讐…ですね」

 

 

加奈子に遠慮をして言い難そうな綾乃に代わり、はっきりと答える加奈子。

辛そうな表情は表に出さず、全てを受け止める強い意志の光が瞳に見える。

 

 

「その通りだ。”自分の大切な人を殺した奴等” ”大切な人の命を奪った〈楔〉という名の制度”

”自分を無能と罵り、蔑みながらも何もしようとしない連中”

そして、”何もできなかった無力な自分自身”―――――それら全てに対して」

 

「「「「…………………」」」」

 

「その為には力が必要だ。なにものにも屈しない強い力を…あいつはそう言い、炎術だけではなく、

氣功術、武術、退魔術、様々なものに手を出し、使えるものを取り込み、自分の力へと昇華した。

あれこそがまさしく『死にもの狂い』というんだろうな。いつも自分を死の一歩手前まで追い込んでいた」

 

『……………』

 

 

景太郎の修業時代を淡々と語る和麻の言葉に、綾乃達四人は絶句する。

つき合いに関しては和麻よりも長いはずの綾乃ですら、その事は知らなかったのだ。

思い返してみれば、確かに景太郎は生傷が絶えなかったが、それは退魔のため…と、思っていたのだ。

 

 

「その甲斐あって、景太郎は凄まじいスピードで強くなった。

当時の俺が嫉妬するほどにな…いま考えるとお笑いだな、どれだけ苦労したかも知らずに嫉妬してたんだからな」

 

 

自虐的な笑みを見せる和麻。当時の和麻と景太郎は仲はさほど良くなかった。

かといって、お互いを無視しているわけでもなく、ごく普通の友達つき合いをし、

組み手の相手となったり、共に氣の鍛錬をする程度の仲ではあった。

神凪の仲で冷遇されていた和麻にとって、ある意味くつろげる時間だったと言ってもいい。

 

だが、内心では…

自分でも気がつかないほど心の奥では、自分をおいて強くなってゆく景太郎を嫉妬していたのだ。

日々、裏で自分に苦行をしいて強くなる景太郎を…浅はかに。

だが今なら解る。何度も自分を死の淵まで叩き込み、這い上がって強くなった自分なら…

あの時の自分の嫉妬心がいかに愚かしいかを。そして、景太郎の心の一部を。

 

だからこそ、自分は…和麻は景太郎の親友をやっていられる。やれるだけの度量はある、と自負している。

 

 

「日進月歩…って言うのか? 正しく景太郎の成長はその言葉通りだったよ。

だが、景太郎あいつは自らを鍛えるだけではまだまだ足らないと考えたんだ。

そこで目をつけたのが自分の得意分野である『剣術』だ。

自分の剣技に強力な武器、さらに自らの力を合わせることにより攻撃力を飛躍的に上げようと考えたんだ。

そしてそれは成功し、強い力を会得した―――――までは良かったんだ…が」

 

「「「「―――――が?」」」」

 

「どれもこれも、武器が景太郎の力に耐えきれなかったんだ。全て…な。

聞いた話だと、かなり危険な橋を渡ってまで強力な武器を手に入れたんだが、それも無理だったらしい。

いや、正確には耐えられた武器もあったらしいが、消耗が激しく、数回使っただけで壊れたらしい」

 

「だから、しょうがなく素手での闘いに切り替えた…と」

 

 

神妙に納得したという顔で頷いている綾乃。

しかし和麻は、先程までとはうって変わり、ゆるい表情でおどけた口調で言葉を繋いだ。

 

 

「いやぁ…実はな、『耐え切れて長持ち、なおかつその力を増幅する』というものはあったんだぜ。ごく身近にな」

「え、どこに?」

「ほれ、そこにあるだろ」

 

 

和麻はそう言って綾乃の胸の辺り…正確には身体の中心部を指差す。

 

 

「あ、あたし!?」

「あほ。お前が持っている〈炎雷覇〉神凪のお宝だよ」

「え? ああ、なるほど。そう言われてみれば、確かにこれ以上に良い武器なんて他にはないわよね」

 

 

千年前、神凪初代が『炎の精霊王』と契約した際に授かったと言われる『炎雷覇』。

炎術の力を高める、炎術師にとって最強の呪法具である『破邪の神剣』。

綾乃の言うとおり、景太郎の理想が形となった剣…といっても過言ではないだろう。

 

 

「そうだ。正直な話し、景太郎にしてみれば炎雷覇それは喉から手が出るほど欲しかっただろうな」

「でも、綾乃が持ってるんだよね。なんで?」

「なんでって…あのね、七瀬。これは私が正式に継承したのよ。武闘会みたいな儀式をしてね」

「景太郎さんは出なかったのか?」

 

 

至極当然といった感じに疑問を口にする七瀬。

七瀬の頭の中では、昔から景太郎は綾乃よりも強い…という印象があったからだ。

実際は別…というか、事実は巧妙に隠されているが……

 

その疑問に答えたのは、綾乃ではなく和麻だった。

 

 

「炎雷覇継承の儀式には景太郎は出なかった。いや、正確には出ることを許されなかったんだ」

「それじゃぁ、その当時の景太郎さんって綾乃ちゃんよりも弱かったんですか?」

 

 

すっごく意外! という顔で和麻に訊く由香里に、和麻は軽く頭を振った。

 

 

「周囲にはそう思われていたが…当時でも、景太郎は宗家クラスの実力はあった。

宗主は許可を出そうとしたらしいが…許されなかったんだ。景太郎が神凪の血筋じゃない、異端だからだってな。

分家の当主や、ゾンビみたいに小汚い長老連中の猛反対をうけてな。

さすがの宗主も、奴等の総意を無視することはできなかったというわけだ。

で、結局、景太郎対抗馬もいない綾乃じゃじゃ馬が出来レース的に最後まで残り、継承したってわけだ」

 

 

かつて自分も参加した『継承の儀』をくだらないといわんばかりに一笑する和麻。

心中では、出来レースとは言い得て妙だな…と、冷笑していた。

 

 

「酷い話だね……」

「ほんと…」

 

 

七瀬が嫌悪感に顔を顰め、由香里が憮然とした表情で同意した。

 

 

「だが、景太郎は後でそれで良かった…と、言っていた。

まかり間違って自分が〈炎雷覇〉を継承することになれば、完全に神凪に縛られるから…ってな。

それに、自分の力は復讐のための力。

いわば、”魔を滅し、命ある存在を護る”という神凪本来の使命の対極にある感情。

魔を討つために火の精霊王に授けられた〈炎雷覇〉を使うことは出来ない…とも言っていたぜ」

 

 

和麻が言い終わり、辺りに沈黙が漂う中、今まで黙していた加奈子が意を決したように口を開く。

 

 

「和麻さん。兄の復讐はまだ終わらないのでしょうか……」

 

 

辛そうな声で訊いてくる加奈子に、和麻は面倒くさそうな表情で頭をガシガシと掻く。

 

 

「さぁな…それについては本人あいつに直接聞くこった。

それより…お客さんが二人ほど来たようなんだが……」

 

 

和麻が右手の方をぼんやりと見ながらそう言う。

視線の先には壁があるだけだが、和麻には風の精霊を通し、こちらに来る何者かが視えているのだろう。

 

由香里と七瀬がまた同じ事が起こるのか!? と、緊張に身体を硬くし、

綾乃と加奈子が即座に己の中にある神器を召喚し、油断なく身構える。

 

―――――が、しかし…

 

 

「まるっきり敵意がない。なおかつ人間だ」

 

 

との和麻の言葉の続きに、張り詰めていた緊張が木っ端微塵に打ち砕かれる。

 

 

「そう言うことはさっさと言え!!」

 

 

怒りに顔を真っ赤にしながら、綾乃は素晴らしいフォームで和麻の顔面めがけてハイキックを繰り出す。

が、和麻はほんの少しだけ頭を後ろに引いてやり過ごすと、さらに一歩近づいて―――――

 

 

「だからって、敵じゃないって云う証拠にはなんねぇだろうが」

「ふぎゃ!」

 

 

そう言って綾乃の鼻を強くつまむ。

綾乃はあまりの痛みに悲鳴を上げながら、痛みが残る鼻を押さえて和麻事の元凶を睨む。

 

 

「この!」

 

 

綾乃は懲りずにまた攻撃を仕掛けようとした矢先、ずっと警戒を続けていた加奈子が口を開いた。

 

 

「来ました」

「―――――ッ!!」

 

 

加奈子の言葉に反応した綾乃は、すかさず入り口に向かって振り返り炎雷覇を構える。

 

 

 

 

全員の視線が入り口に集中する中、和麻の言っていた二人組の人間が姿を現した。

 

 

 

―――――その3へ―――――

 

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