ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
弐の外灯・三幕 「闇の突入…魂の牢獄」
日没―――――太陽が山の向こうへ姿を消して一刻。完全に世界が夜の帳に覆われた時刻。
昨日と同じ場所に、やはり前触れもなく、唐突に巨大な城が姿を現した。
「チッ…きっちりしてやがるな。太陽が隠れた程度じゃ姿を現さないか」
舌打ちしながら腕時計で時間を見るグリニデ。
吸血鬼の城は夜になるまで姿を現さなかった。
少しでも光があればいけないのか、それとも完全な闇になるのを待っていたのか…
定かではないが、はっきりしているのは今は完全に闇の眷属の時間だと云うことだ。
「それでは…吸血鬼退治とまいりましょうか。時間は限られていますしね」
ピートの先導により、景太郎達は現れた城の大きな門の前まで移動した。
予め城から百メートルほど離れた地点で待機していたため、すぐに着いた。
一応警戒をしていたのだが…なんの反応もない。おそらくは、内部に入ってからが本番だと云うことだろう。
「んで、神父さんよ。こんな馬鹿でっかい城門をどうやって開けるつもりだ?」
大きな鋼鉄製らしき扉を前に、グリニデが先頭にいるピートに訪ねる。
馬車すら余裕で通れる扉なのだ。大きさはおして知るべし…
そんな巨大な門を開けるのは一苦労…の前に、人間の力で本当に開けられるのかすら怪しい。
「とりあえず…ノックでもしてみましょうか?」
ピート自身もどうしてよいのかわからないのだろう。
とりあえず万国共通であろう訪ねるときのマナー、扉をノックしてみるが…当然と云うべきか、反応はない。
「んだよ、巫山戯てんじゃねぇのか。 自分から来いっていいやがったくせによ!」
「招待されたのは坊やだけだからね。その他大勢は邪魔だって事じゃないの」
ちんぴらのように扉を蹴るトムに、エルザが城を見上げながらそう吐き捨てた。
「下がっていろ。鋼鉄で作った程度の門など、一瞬で蒸発させてやる」
扉に向かって掲げたマクシミリアンの掌に火球が発生する。
残念ながら景太郎…神凪宗家にはまったく及ばないものの、分家でも上位レベルの火力だ。
これならば、鋼鉄などは一瞬で溶かすことができるだろう。
だが―――――
マクシミリアンが火球を放つ前に、扉が重々しい音と共に独りでに開いた。
「開きましたね…入っても良いという事でしょうか?」
「さぁね、おおかた城を燃やされたら堪らないから開けたんじゃないの」
「どちらでも良い。無駄な労力はしないに限るからな」
それだけ言うとマクシミリアンは、炎の精霊を散らそうとしたが、
わざわざ集めた以上、無為に精霊を散らすことはないと考え、
集めた炎の精霊の上に更に精霊を喚び、守護精獣・フレイアを作り出す。
以前と大きさこそ変わらないが、秘める密度が高い事を、景太郎の炎術師としての感覚が感じ取っていた。
「では皆さん…これが最後になるでしょう。準備は良いですか?」
「いつでも良いぜ。ここまで来て今更ダメだって言う奴はいねぇよ」
グリニデの返事に皆は同意するように頷く。
この時点で準備ができていないなどははっきり言って論外だ。
かく言うグリニデは、背中に奇妙な大剣…柄がリングの様になっており、中に取っ手が着いている剣だ。
その柄を中心に一方に1.5メートル、反対に三十センチ程度の刀身が着いている。
エルザは両腰にデザート・イーグル、その後ろには大きめのポシェット、背には中型のリュックを背負っている。
そしてトムは以前と同じ両腰に小剣、それ以外に無数のナイフを備えたベストを付けている。
対し、マクシミリアンは外見上は今朝と同じデザインのスーツの上に高級そうなジャケットを着たのみ。
ピートも胸に大きなロザリオを下げ、右手にやたら分厚い一冊の聖書を持っているだけだ。
そして景太郎は…まったく何も変わっていなかった。
上から下まで、今朝とまったく同じ。唯一の相違点は胸ポケットに差したボールペンらしきものぐらいだ。
それがわかったのだろう、ピートは間違い探しでもしているような目で景太郎を上から下まで見回す。
「景太郎君。君は…準備は良いのかい?」
「ええ。できています」
「そうか…君がそう言うのなら、そうなんだろうね」
景太郎が冗談などでそう言う子ではないと判断したピートは、納得したように頷いた。
「では行きましょう。救出するはずのお嬢様を助けに」
聖書と胸の十字架を握りしめ、ピートが城の中へと進んだ。
その後を景太郎とマクシミリアン、その守護精獣が続いた。
「やれやれ…若いってのはいいねぇ。怖いもん知らずで」
「一人、おっさんが混じってるけど」
「バカ、俺が言ってんのは坊主だよ。丸腰じゃねぇか。よっぽど腕前に自信があるんだな」
「昔のあんたと一緒ね。その剣一本で突進してたあんたにね」
「うるせぇ……だが、違わねぇな」
三人組は下らない冗談に小さく笑いながら先に行った者達の後を追った。
このまま行けば『伯爵』位の吸血鬼がいるのに…これが、熟練の『吸血鬼狩り』と云う存在なのか。
「遅かったな。逃げ帰ったのかと思ったぞ」
「すまねぇな。ちっとばかり小便してたもんでね」
「不謹慎な…」
グリニデ達への皮肉を軽口で返され、苛立たしげな顔になるマクシミリアン。
バラバラになるのは危険だ、とピートに云われて待っていた反応がこれで、腹が立ったのだろう。
「にしても薄暗いな…」
そんなマクシミリアンを無視し、周囲を見回そうとするグリニデ。
だが、周囲は暗闇に閉ざされており、ろくにものが見えない。
マクシミリアンの守護精獣・フレイアがそれなりに輝いているため、皆の位置と顔ははっきりとわかっているが…
「明かりを作ります」
景太郎が炎の精霊を喚んで明かりを作ろうとする―――――直前!
突如扉が閉まり、天井のシャンデリアを始め壁のランプなどに明かりが灯され、周囲を明るく照らした。
今いる部屋…ここは巨大なホールで、内装は外見から予想されたとおり、中世頃のデザインだ。
皆が部屋の内部を観察している中、
「しまった!!」
マクシミリアンが何やら驚いた後、扉を忌々しげに睨んだ。
「おいおいおっさん、つまらない洒落なんて言うなよ。鳥肌が立っちまうぜ」
「何も解らん凡人風情は黙っていろ!」
「あんだとこらぁ!!」
売り言葉に買い言葉、マクシミリアンの怒鳴り声にトムが怒り、互いが互いの胸ぐらを掴んで睨みあう!
そんな二人を止めさせようと、ピートが慌てて割って入って止めようとするが、なかなか二人は引き下がらない。
そんな揉めあう三人を尻目に、目を細めて扉を見ている景太郎にグリニデが近づく。
「おい坊主。あの親父はなんであそこまでピリピリしてんだ?」
「扉が閉まったと同時に外界から遮断されたからでしょう」
「外界から? どういうこった」
「精霊が喚べない…つまり、炎術が使えません。
魔術で括られた精霊…精霊獣は無事みたいですが、新たに作ることはできないでしょう」
「あ〜…なんだ、つまり……炎が使えなくなったんだな。
って坊主、そう言うことならお前の『最大の武器』が使えねぇってことじゃねぇか!」
「そうです」
「そうですって…」
淡々と事実のみを喋る景太郎に、グリニデが言葉を失ってしまう。
この中で最強の攻撃力を持つのは間違いなく景太郎。だが、それも炎術があればこそ。
その炎術を封じられれば、景太郎はただの丸腰の子供…ぶっちゃけて言えば足手まといでしかならない。
その事はグリニデもすぐに思いつくこと…景太郎がそんな簡単なことに気がつかないはずはない。
その割には、マクシミリアンのように騒ぎもせず、さりとて怯えた様子も欠片も見せず、
冷静に周囲を警戒する歳に似合わぬ落ち着きぶり、逆にグリニデの方が軽く驚いた。
「城に招かれた時点で、この程度のことは予測していました」
「つ〜ことは、その対処もしてるんだな」
「ええ。少なくとも足手まといにだけはならないつもりです」
「そりゃ結構。先に言っとくが、弱者から死ぬのがこの世界だ。
危なくなったからって助けやしないし、助けてもらえると思うんじゃねぇぞ」
足手まといは容赦なく見捨てる…それはこの”闇の世界”では常識だ。
グリニデ達三人組は、互いのピンチを助け合う『仲間』だろうが、その他は違う。
そもそも、ここにいる連中は一時的に手を組んだだけの関係。仲良しグループではないのだ。
その場となれば、死した者の骸を踏み台に、盾に、囮に使い、自分を生かす。
それが、人が闇の眷属との闘いで生き残ってきた秘訣であり、暗黙のルールだ。
「解っています。弱い者から淘汰されるのは……それと、覚えておいてください。
精霊は『魔の驚異から力無き者を護る仲間』です。武器じゃありません…戦友です」
「そうかい。そりゃすまねぇな」
「いえ…それよりも来ましたよ」
「来たって…何がだよ」
「敵が―――――来たッ!!」
バタンッ!!
『―――――ッ!!』
景太郎の警告と同時に背後以外の扉、窓がいっせいに開かれる!
その先は闇…夜の暗さではなく、無明の闇があり、そこからわらわらと妖魔が現れる!
いや、そこだけではない。
頭上の…何処から現れたか、天井からも続々と降ってきて、瞬く間にホールは妖魔に埋め尽くされる!
(―――――この坊主!)
背の剣を構えながら、誰よりも…自分よりも早く気がついた景太郎に舌を巻くグリニデ。
先程、エルザに若い頃の自分とそっくりだと言われて肯定したが、どうやら訂正が必要のようだ。
景太郎と昔の自分では…実力が違うようだ。
「前に働いてない分、先陣をきるよッ!」
「よしきた!」
「本番前の準備運動には丁度良いぜ!!」
デザートイーグルを両手に構え、妖魔に向かうエルザを先陣に、
二本の小剣を構えたトム、大剣を振り上げたグリニデが続いて突貫する!
「ウルズ、スクルド、ヴェルザンディー! 私に近づく妖魔を優先的に倒せ!」
フレイアを三体に分割し、自分の護衛を優先に妖魔を駆逐し始めるマクシミリアン。
薄情に聞こえるかもしれないが、マクシミリアンには仕方がないことだ。
自分が炎術を使用できない以上、どうしても自分自身を護ることを優先しなければならない。
「私も行きます―――――」
胸の十字架を外し聖書の上に置いて聖句を唱えるピート。
【主よ、私はあなたに呼び求めます。私のところへと急いでください。
私があなたを呼ばわる時、私の声を聞いてください!!】
そして十字架を掴み、天に向かって掲げ上げる!!
【アーメン! ハレルヤ!!】
天に向けた十字架の先より聖なる光が伸び、光の刃を構成し、十字架が片手剣に早変わりする!
「邪なる存在よ、すべからくこの世より消え去れ!!」
ピートの振るう聖なる光の刃が、一匹、また一匹と次々に妖魔を切り裂く!!
(やるな…予想以上の実力だ)
三体の精霊獣を見事に操っているマクシミリアンは言うに及ばず、
グリニデの荒々しくも剛胆、一振りで複数の妖魔を斬る凄まじき剣技。
トムの高速移動で妖魔を駆け抜けざまに振るわれる、目にも止まらぬ二刀剣技。
エルザのデザート・イーグルの連続にして一発も洩らさぬ緻密なピンポイント射撃。
そしてピートの聖光より作りだされし光の剣。
操る剣技もさることながら、下級以下の雑魚妖魔などかすっただけで塵と化している。
その数、四百体以上はあろうかという妖魔が、見る見るうちに減ってゆくのが一目で解る。
「追いこらガキ! てめぇ眺めてねぇでチッとは働きやがれ!!」
自分達の闘い様を観察されていたのが解ったのだろうか、トムが景太郎に向かって怒鳴る。
それにより妖魔達の注意も景太郎に向いたのか、
今だ遠巻きで見ていた妖魔の一部が景太郎に攻撃の矛先を向けた!
「では…少しは働きましょうか」
十匹近い妖魔が飛びかかり、景太郎に牙や爪を立てて取り付いた―――――次の瞬間!
妖魔達は弾かれるように吹き飛び、空中で塵となって消滅する!!
「五霊戦術―――――〈凶断〉」
胸の前に持ち上げている景太郎の両の手が燐光を纏っている。
その燐光は氣の光り―――――それも、練氣法により昇華された氣…浄化の力を秘める神氣の光!
その光の脅威を感じたのか、今にも襲いかかろうとしていた妖魔の動きが止まった。
「どうした…来ないのならこちらから行くぞ」
スッと身体を沈め、床の上を滑るような動きで妖魔との間合いをつめる。
それで踏ん切りがついたのか、妖魔は再び景太郎に襲いかかるが、
妖魔達は手の届く範囲に入った瞬間、例外なく全て弾き飛ばされて消滅する!
複数同時に襲いかかっても全て弾き、受け流されて景太郎の領域を汚すことなく倒される!
その動きは決して速いわけではない。誰の目から見ても動きが解るスピードだ。
が、まったく無駄のない動きはそれすらも凌駕する…そう証明するかのような体術だった。
「やるじゃないか、坊や。日本の柔術ってやつかい?」
「それが源流の『氣』と併用した退魔武術です」
「その腕なら、心配はいらないようだね」
「ええ。ですから、エルザさんは気にすることなく戦ってください」
「はいはい」
景太郎の言葉に面白そうに微笑した後、先程以上の早さで妖魔を撃ち抜くエルザ。
先程までは丸腰の景太郎を気に懸けていた為、スピードが落ちていたのだ。
グリニデも、先にああ警告しておきながら、景太郎の方を気にしていた……
何だかんだと云っても、グリニデやエルザと云ったこの人達は子供に優しいようだ。
「妖魔を一撃必殺…特殊な弾丸ですか」
「そうだよ。対妖魔用の特殊弾〈聖火弾〉。入手も困難な上に結構高いんだよ」
高いと言いつつ、まるでばらまくように撃つエルザ。
だが、一発一発は妖魔を確実に貫き、絶命させている。値がはる分の威力はあるようだ。
「グリニデの大剣は高純度の『破邪銀』を元に、特殊な技法で造られているらしいし、
トムの小剣も、清められた聖銀で造られた上に、破邪の聖印を刻んでいるよ」
「みたいですね…雑魚妖魔があっさりと消滅してますし…」
「手に入れるときはそうとう苦労したけどね…その分の価値はあるよ」
「おいおいエルザ、競争相手に手の内教えるなよ」
「隠すほどのことじゃないでしょ。それに坊やが素直に喋ったんだ。こっちも教えなきゃフェアじゃないでしょ」
「まぁ、そりゃそうだがな……お前、ちっとばかりその坊主に甘いんじゃねぇのか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ」
暢気に喋りつつも、妖魔を倒すスピードは些かも衰えないエルザとグリニデ。さすがはプロと云ったところか。
「残りも後百体前後…大技で一気に決めます!」
妖魔の数が百を切ったあたりで、ピートは十字架を元に戻し、聖書を開いた。
このまま皆の体力を少しでも温存するために、自分一人が霊力を消費させる方法ことを選んだのだろう。
【神の敵は散り失せよ 神を憎む者達は、御前から逃げ去れ―――――】
ピートの身体から清らかな霊気が静かに立ち昇る。
その霊気は、聖句を口にする度に徐々に大きく、更に澄んだものへと変わる。
だが、それ故に真逆の存在である妖魔達の注意を引いてしまい、いっせいに襲いかかられる!
(―――――!! 詠唱を破棄して…いえ、それでは……)
一瞬の逡巡―――――その一瞬が、彼の決断を促すきっかけとなった!
「おら神父、やるなら早くやれよ」
「そのままでは、私達が全てを倒す方が早いぞ」
襲いかかってきた妖魔を細切れにするトムとマクシミリアンの精霊獣・ヴェルザンディー!
自分を助けてくれた二人に心から感謝をしつつ、ピートは最後の聖句を口にする。
【煙が追い払われるように! 神の御前から滅び失せよ!!】
突き出された聖書より放たれた光の波動が前方一直線に伸び、
進路上にいた妖魔達を全て跡形もなく浄化、消滅させた!!
それは同時に、この部屋にいた妖魔が全て消滅した瞬間でもあった。
「やるじゃねぇか、神父」
「結構派手にいったな」
短く賞賛するグリニデ達に、微笑みを返すピート。
あれ程の大出量の霊気を放出したに関わらず、あまり疲れた様子はない。少なくとも表面上は…
その笑顔に隠れ、本当は疲れているのかどうか判らないのが困りものだ。
その時―――――前方、自分達が入ってきた方向とは別の扉が突如開いた。
その向こうは、先程のような闇ではなく、別の部屋へと続いていた。
「次の部屋にご案内ってか…」
「次はどんな歓迎が待っているのかしらね」
剣に付着した妖魔の血を振り払いつつ愚痴るグリニデに、銃に新たな弾倉を入れるエルザ。
口調とは裏腹に、最後まで戦い続けるという意志がありありと解る。
そんな中…景太郎はそちらに背を向けると、自分達が入ってきた扉の前に立ち、鋼鉄製の扉に手を当てる。
「無駄だ、景太郎君。先程、私もなんとか開けようとしたがビクともしない。
どうしても私達を外には出したくないらしいな…余程、君の炎術を警戒しているらしい」
「だからといって、わざわざそれに付き合う必要はありません」
「…何をするつもりだね?」
「開かないのなら…破壊するまで」
「ちょっと本気かい、坊や!」
こともなげにそう言う景太郎に、エルザは本気で正気を疑う。
目の前の鋼鉄製の門は見上げるほどに大きく、横幅など象でも楽に入れそうな程なのだ。
おおよそ、人の手で開けられると云う代物ではない。
「なら私に任せたまえ。君がやるよりも、フレイアが破壊する方が可能性が高い」
「いえ、結構です」
マクシミリアンの申し出を素っ気なく断ると、景太郎は鋼鉄製の扉に左手をそえるように当てる。
そして、深く息を吐き、そして静かに吸う…それを数回繰り返す。
(扉は”金”属製…”金”を克するのは”火”。だが、この場合は………)
景太郎の身体からこもれでる金色の光…『金氣』が左手を伝い、鋼鉄の扉に浸透する。
そして―――――
「五霊戦術―――――〈剛爆〉!」
左手に右手の掌打をぶつけた瞬間、鋼鉄製の城門が木っ端微塵に砕け散る!!
拉げた、潰れた…ではない、ほぼ粉砕された状態だ。
間近で見たマクシミリアンを始め、その場の全員が驚愕を通り過ぎ、ただただ呆然とする……
しかし、当の景太郎はそんな周囲の反応に興味を持つことなく、壊れた扉の先の光景に舌打ちした。
「チッ―――――そう甘くはないか」
壊れた扉の先…そこには外の風景ではなく、今いるホールと同程度の大きさの部屋があった。
そしてその部屋の先…開かれた扉の向こうには、背を向けている自分達の姿もあった。
「こいつは…空間をねじ曲げたってやつか?」
「みたいですね…」
「扉の先がどこに繋がっているのか、奴の意志一つ…か。くそ面白くねぇ」
「ゲームなんでしょう…自分の用意した舞台で敵を倒し、最終的に自分の元へと招く…死の遊戯。
俺達にできることは、その舞台を乗り越えた先に待つ奴を殺す。それしかないようですね……」
「チッ…くそったれが」
憤る感情を叩きつけるように壁を殴りつけると、グリニデは怒りの表情そのままで扉をくぐった。
さしずめ、今だけはやつの思惑通りにしてやる…と云ったところか。
「せっかくのご招待…謹んで引き受けましょうかね」
「…………」
トムが小馬鹿にしたようにそう言うと、エルザは無言で銃を握りしめつつグリニデの後に続いた。
トムはともかく…エルザは吸血鬼が関連する度に、殺気が強くなっている。
それはハンターとしてではなく、個人的なものをなんとなく感じさせた。
「人には色々と事情があります…」
景太郎がエルザを見ていたことに気がついたのか、ピートは景太郎にそう言うと、扉をくぐっていった。
短いながらも重さのある言葉…彼もまた、普通の人生を歩んでいないのだろう。そう思わせる声音だった。
「私達も行こうか」
「ええ…」
マクシミリアンの言葉にそう応えると、景太郎達はグリニデ達の後を追った……
「………これが、最初の部屋に入ったときの話だ」
「へ〜…なんか複雑そうね、人間関係」
「まぁ…こんな職業をしていると、大なり小なり何かあるからな」
成瀬川の言葉に微苦笑を浮かべる景太郎。普通の人間でも、脛に一つや二つは傷を持っているものだ。
ただ…エルザも、そして自分も、人より辛い思い出があり、それが人生を未だに左右しているのだ。
おそらくあの場の誰もが…マクシミリアンはどうかは知らないが、グリニデやトム、ピートも何かあったのだろう。
そうでない限り、多少力を持った程度の人間が、吸血鬼等という存在に喧嘩など売れはしない。
「それよりも神凪。お前が妖魔に対して使ったという『凶断』と云う技だが、もしや……」
「ああ。青山の想像通り、神鳴流の『斬魔』が源流だ」
「なぜ名前を変えたんだ?」
「正統に学んだ訳じゃないからな。それに身に付けた当時は十歳少々…
嫌っていた神鳴流と同じ名前が嫌だから自分で名前を付けたんだ」
「子供みたいな理由ね」
「ほっといてくれ。文句は子供の頃の俺に言ってくれ」
成瀬川の合いの手に、事実を云われて少々渋い顔をする景太郎。
あの頃は、自分を鍛える事と復讐しか考えていなかった。
だが、いま考えると随分と子供らしいところもあったのだと思い返せる。
技の名前の付け方にしても、八つ当たりで喧嘩を売ってきた分家の子供を半殺しにしたりしたことも……
(そういや、あの時半殺しにしたやつは誰だっけ?)
神凪に拾われて一番最初に血祭りにしたのは誰か…景太郎は思い出そうと首を傾げるが、一向に思い出せない。
あの後、色々とあって、さらには分家全員から疎まれていたため記憶の中に埋もれてしまったのだ。
操と和麻なら、誰か覚えているかもしれないが…どうでもいいような些細なことでわざわざ訊く気にもならない。
もしかすると、一年前のゴタゴタで死んでいる可能性もある。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな……それで、質問がないなら話を続けるぞ」
「あ、ちょっと良いですか?」
「なんだい、しのぶちゃん」
「あの…神凪先輩って、その頃十六才なんですよね。その頃から英語が喋れたんですか?」
「ああ、そう言えば…中学で習うレベルの英語で、何不自由なく会話できるなんて不可能よね」
しのぶの質問に同意する成瀬川。
片言程度なら可能かもしれないが、何不自由なく…は、確かに不可能だ。
そんなもっともらしい質問に、景太郎は本気の苦笑を見せた。
「ああ、それね…実は、恩師の一人に随分と仕込まれてね。母国語と英語ぐらいは覚えろって。
俺も必要に迫られて覚えさせられたんだ。なにせ、急用でも英語で話さないと返事もしてくれなかったし」
「へ〜…頭良いんだ」
「頭はいいよ。頭は…でも、色々な意味で凄い人だから、普通の人が会うのは勧められないな」
「一体どういう人よ」
「灰谷と白井が心の師と仰いでいる人」
「それだけで会う気が失せたわ」
成瀬川の言葉に苦笑の度合いが深まる。
だが、彼は…自分に英語を教え込んだ恩師は本当に凄い人物だ。
その頭脳と魔工技術はずば抜けており、魔工技創師で最高峰の一人と云われている。
彼と並ぶのはフルカネルリやパラケルススと云った者達しかいない…と、その業界では云われているの程だ。
その卓越ぶりに、周囲の者から自然と『教授』等と呼ばれている、半ば伝説の人。
ただ、惜しむらくは多分に趣味に走ってしまい、とんでもない作品と事態を引き起こす人物だと云うことか……
「け〜たろ〜、続き続き〜!!」
「はいはい、わかったよ。それじゃぁ…次の部屋に入った俺達なんだけどね…
やっぱりというか、案の定というか…いきなり扉が閉まったんだ」
景太郎達が次の部屋に入った直後―――――今まで開かれていた扉がかなりの勢いで閉じた!
同時に、景太郎が破壊した方の扉も、時を巻き戻しているかのように独りでに復元する!
「チッ…」
忌々しそうに舌打ちするグリニデ。
マクシミリアンも同じだがもう二度目となる事だ、騒ぐことなく周囲を警戒して見回している。
今度の部屋に、景太郎が一度は壊した鋼鉄製の扉と、反対側にある木製の扉の二つしかない。
そして今自分達がいるのは、鋼鉄製の扉の側。先程と同じパターンだとすると、
バタンッ!!
木製の扉が再度勢いよく開いた。
ただし、今度はその先は前の部屋ではなく『無明の闇』があった。
「さて…今度は何が出てくるんだ」
扉の方向に大剣の切っ先を向けつつ、吐き捨てるように言うグリニデ。
後の二人…エルザは天井を、トムは背後を警戒し、死角を作らないようにしている。
景太郎も周囲に氣を張り、ピートやマクシミリアンはジッと前方の扉…その先の闇を凝視している。
静寂はほんの数秒…最初は小さく、やがて大きく、ガシャリ…ガシャリ…と云う音が闇の中から聞こえ始めた。
最初は一つだけだったが、二つ、三つと増え、すぐに数えきれないほどに増えている。
「足音…でしょうか?」
「ああ。甲冑の…な」
ピートの疑問に、マクシミリアンが答える。
そのタイミングを見計らったかのように、闇の中から白銀色の甲冑が現れる。
一体、二体…次々に現れ、丁度五十…最後の黄金色の甲冑を最後に、再び扉が閉まった。
「今度はこのブリキ人形共が遊び相手みたいだな」
「さっさと片づけようぜ、兄貴」
「そうだな…おい神父。さっきのでだいぶ力を使ったんだろ。先は長いんだ、さがってな」
「ええ、お言葉に甘えて…少しの間、休ませていただきます」
「これぐらいの数だったら、その少しの間に片づけちまうぜ」
両手の小剣をクルクルと器用に回転させつつ、ヘラヘラした感じでそう断言するトム。
そんなトムを景太郎は一瞥すると、先程からこちらをジッと見ている黄金の甲冑に視線を移した。
(明確な意志がある…それに、ただ立っているだけなのに隙がない。普通の妖魔じゃないな…)
感じる妖気自体はさほど強くはない…せいぜい、下級の上位ぐらいの妖魔だ。
だが、視線から感じる理性というか、知性はかなり高いように感じられる。
下級妖魔の殆どが本能で戦うが、中には理性があり喋る存在もいることにはいる。
しかし、感じから察するに…黄金の甲冑からは、少なくとも人並みの意識を感じさせる。
「他の甲冑にも感じることは感じるが…それほどじゃない。アレだけが特別なのか……」
「どうかしたのかい? 景太郎君」
景太郎の呟きが聞こえたのか、ピートが不思議そうな顔で訪ねてきた。
最後尾にいた景太郎の隣にいることから、本当に少し休むつもりなのだろう。
「あの黄金の甲冑…あれだけは別格みたいだと思いまして」
「そうですか? ただ単に色が違うからそう見えるのではないですか?」
「すぐに判りますよ。闘いが始まりましたからね…」
それだけ言うと歩き始める景太郎。
その先には、武器を構えた白銀の甲冑達とグリニデ達が丁度刃を合わせているところだった!
「そんな甲冑で『デザート・イーグル』を防げると思うんじゃないよ!」
ドンドンドン!!
銃口より放たれた聖火弾三体の甲冑…人で言うなら心臓部に直撃する!
弾丸が純粋なマグナムではないとは言え、その物理的な威力はほぼ同等、
甲冑など、貫くどころかその部分を木っ端微塵にするほどの威力はある。
だが、直撃した甲冑は、吹き飛ばされるように後ろに倒れるが、ほんの数秒後にはムクリと立ち上がった!
直撃した部位は大きく凹んでいるが、それだけ…貫通しておらず、内部まで到達していない。
それどころか、ボコッと凹んだ部位が盛り上がってすぐに元通りになる始末だ。
「チッ…何か加工でもしてあるって事か」
「ダメだ姉御、俺の剣も刃がたたねぇ!」
甲冑の繰り出す剣をかいくぐり、刃を突き出すトムだが、その切っ先は甲冑の表面を嫌な音をたてて滑るのみ。
鉄骨でさえも紙のように斬り裂く小剣がこれなのだ、エルザの銃が効かないのも納得できる。
どうでもいいが、トムの言葉にマクシミリアンが何かを言おうとしたのだが…結局は沈黙を貫いた。
おそらく、心の中では下らない洒落を言っている場合か! と、前の仕返し的に思っていることだろう。
「こうなったら、ピンポイントで……「オラァッ!!」
エルザの呟きの途中、グリニデの裂帛の声と共に振り下ろした大剣が白銀の甲冑を左右真っ二つに断つ!!
断つ―――――と言うには断面が千切れたような荒々しさだが、それでも二つに断ったことには間違いない。
しかし、白銀の甲冑は時を巻き戻すかのように元通りとなり、平然と再び戦闘を開始する!
それを見たエルザとトムは、チッと舌打ちしながら攻撃を避けながら、ピートのいる後方まで下がる。
「…あたし達とは相性が悪いみたいね。ああいった輩は魔術師や聖職者の管轄でしょ。対処法知らない?」
「そうですね…この状況から考えられるのは二通り。魔術による遠隔操作…操り人形みたいなパターン。
そして、何かをかなり深い深度で甲冑に取り憑かせているパターンです。
甲冑の統率のない、個性バラバラな動きから見ておそらくは後者……
ですが、魔術の繋がりを切るにしろ、憑かれている存在を祓うにしろ…貴方達の持つ武器では難しいでしょう。
貴方達の武器は物理攻撃に聖属性を付与していますから、そちらの方は無理でしょう?」
「単純に悪霊とか、憑かせただけなら効くんだけどね…他にはないのかい?」
「他には…多少強引ですが、器である甲冑を再生できないほどバラバラにするしか……」
「だってさ、グリニデ! 頑張ってバラバラにしなさい」
「馬鹿いってんじゃねぇ! こいつら無茶苦茶硬いんだぞ!」
「根性でなんとかしなさい」
「何とかなるか! お前のパイナップルでも食わせりゃ一発だろうが!」
「いや。勿体ないから」
「このクソッ!!」
罵声を浴びせようとしたグリニデだが、白銀の甲冑の攻撃に断念する。
その代わりか、その高まった鬱憤を晴らすかのように甲冑を叩き潰すが、やはりすぐに戻ってしまう。
「あちゃ〜…兄貴の力でも無理か」
「あの馬鹿力が効かないなんて、グリニデの価値が激減だね」
「手前等なぁ〜〜〜」
グリニデは完全に観戦モードとなったトムとエルザに怨嗟の声を浴びせるが、
当の二人はどこ吹く風…暢気に応援などを始めていた。
「そちらは大変そうだな。同情するよ」
「ほっとけ。そっちも一緒だろうが」
マクシミリアンの同情の声に憮然とするグリニデ。
確かに、彼の言う通りマクシミリアンも戦果は芳しくない。
精霊獣の持つ武器は身体の一部…つまり高熱の武器ゆえに、甲冑をそれこそ紙のように斬り裂いているのだが、
やはり致命傷にはならず、十秒も経たずに元通りに再生してしまっていた。
「お二人とも下がってください。私なら取り憑いた存在を浄化できます」
状況は不利だと感じたのか、聖光の剣を作って前に出るピート。
確かに、神父であり『悪霊祓い』が本業の彼以上の適任者はこの場にいない。
だがしかし…そんなピートの前に、マクシミリアンが立ち塞がった。
「マクシミリアンさん?」
「ここは私に任せてもらおう」
「え、でも……」
「大丈夫だ。先程のは聞いていた」
マクシミリアンは不敵に笑うと、手を抱え上げ、戦っている三体の精霊獣に命令する!
「守護精獣・フレイア!!」
女神の名を冠した精霊獣は再び一つに融合し、守護精獣・フレイアとなる。
その姿、大きさは作られた時と遜色はない。だが、その手に持つものが大きく変わっていた!
「おいおい、そうくるか?」
フレイアが持っている…正確には身体の一部なのだが…武器を見て半ば呆れた声を上げるグリニデ。
エルザ達からは感想はないが、表情は同じく少々呆れ顔であった。
「フレイア…一つ残らず叩き潰せ!!」
マクシミリアンの命令にフレイアは武器を…巨大なハンマーを持ち上げ、目の前にいる二体の甲冑を叩き潰した!
そしてフレイアがハンマーを持ち上げると、そこには溶けた床の一部と、
ドロドロになった銀の液体があるだけだった。もはや原型を思い浮かばせるものも残ってはいない
構成の元が炎なので、質量による押し潰しは難しいが、圧倒的な熱量はそれを補ってあまりあるようだ。
「これがほんとの『一溜まりもない』ってやつか?」
「一番効果があるのは認めるけど…なんて言うかモグラ叩きみたいね」
「こりゃぁ…あんまりおっさんを馬鹿にもできねぇな」
グリニデ達は後方…ピートと共に、ハンマーを振るうフレイアと、次々に潰されてゆく白銀の甲冑を眺めた。
甲冑達もただやられるだけでなく、各々の武器を振るうが、それらは全てフレイアに触れた途端蒸発している。
それならばと術者を狙うが、フレイアが近づいた順にどんどん叩き潰し、一体も到達しない。
むしろ、近寄ってくることによって潰すスピードが上がっているぐらいだ。
「どうでもいいが、なんであんなにハンマーを振るうのが早いんだ?」
「元が炎ですからね。質量なんて無いのではないですか?」
グリニデの疑問に答えるピート。
トムとエルザに続き、完全に観戦モードとなっていた。
「そういやそうだったな…ところで坊主は何処行った? 姿が見えねぇぞ?」
「そう言えば…景太郎君のことだから、心配はいらないでしょうけど……」
周囲を見回すグリニデとピート、そしてエルザ。その時―――――
「あ、あんなところにいやがった!!」
トムが指差す方向にグリニデ達も視線を向ける。
そこには…床の上に散乱する白銀の甲冑達の中心に、景太郎と黄金の騎士が対峙しているところだった。
―――――その2へ―――――