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ラブひな IF           〈白夜の降魔〉

 

 

 

弐の外灯・四幕 「小休止…そして共同戦線」

 

 

 

 

 

「ちょっっと待てやぁっ!!」

 

 次の部屋に入ろうとして、中を覗き込んだグリニデの第一声がそれだった。

 その部屋はゆうに先の部屋の五倍はあろうかと言うほどの大きさで、バスケットどころか野球さえできそうなほどだ……が、問題はそこではない。

 問題は……そんな巨大な部屋を埋め尽くさんばかりの数多の妖魔達だ。不幸中の幸いか、中級妖魔はいないが…殆どが下級妖魔の中堅ばかり。下級以下の雑魚は殆どいない。

 もっとも、中級妖魔がいない事が慰めにはならない。いくら一撃で倒せる程度の相手だとは云え、妖魔は妖魔。元の力が洒落にならないのだ。下級でもまともに攻撃を受ければ大怪我を…悪ければ致命傷になりかねない。今は動きをみせないが、部屋に一歩でも入ったが最後、一気に襲いかかってくるだろう。

 

「こいつは楽だね…目を瞑って撃っても当たりそうだよ……」

 

 弾倉の残弾を確かめつつ、妖魔の山(これが一番適切)を睨むエルザ。トムは何も言ってはいないが、引きつった笑みを浮かべている。

 

「くっ…精霊さえ喚べれば、フレイアの『裁きの矢ジャッジメント・アロー』で掃討できるものを!」

「無いものねだりをしても仕方がありません。持てる力で最善の努力を尽くしましょう」

 

 フレイアを再び三体の精霊獣にしつつ愚痴るマクシミリアンに、右手に剣を、左手に聖書を持ちつつ静かに霊力を高めるピート。

 

「しかし…これ全部を一気に相手するのはちょっと面倒だな。と言っても隠れる場所もねぇし……部屋の隅を陣取って闘うのが無難だな」

「珍しく意見が合うな。私もそれが良いと思う」

 

 グリニデの意見にマクシミリアンが同意する。部屋の隅を陣取れば、少なくとも背後からの攻撃を気にせず前方のみに集中できる。ただし、背水の陣…逃げ場が無くなるという危険リスクがあるが…バラバラになって孤立したり、ど真ん中で三百六十度注意して闘うよりはましだろう。

 

「坊主もそれで良いな」

「別に良いですけど…」

「けど、なんだ? 言いたいことがあるのなら言えよ」

「この先…妖魔の向こうに扉があるんですけど…開いてるんですよ」

「なに!?」

 

 

 グリニデは景太郎の指差した方向を凝視するが、そこにはずらっと妖魔がいるだけ。扉はおろか、先にある壁すらよく見えない状況だ。それでも、景太郎の指は迷いなく真っ直ぐ前を、一点を示している。

 

「おいおい、嘘も大概にしとけよ。見えるはずねぇだろうが」

 

 下らない事を聞いた…と呟きながらトムは小剣ショート・ソードを構える。だが、グリニデは一笑にふすわけでもなく、真剣な顔でその方向を睨んだ後、景太郎に視線を戻した。

 

「坊主、それは本当だろうな」

「ええ。この眼鏡…透視能力を付与できる代物なので」

「そうかい。んで、その先はどこに繋がっている?」

「二十メートルぐらいの部屋で、行き止まりです」

 

「別室か…入り口さえ守れば、避難所にはなるな。やりようではこっちが有利か……だが、その扉に辿り着くにはあの中を突っ切らなきゃならねぇ。それだけの危険リスクを負うのに見合うだけのもんはねぇ…ある程度数が減ってからなら「それと…」ん? まだなんかあるのか」

「これはこの状況にまったく関係ないことなんですけど……」

 

「だったら後回しだ。今は目の前の妖魔「その部屋に金銀財宝が…」―――――がなんぼのもんだ! 行くぞ手前てめぇ等!!

 

 景太郎の言葉を聞くや否や、今までにない気迫を見せて大剣を構えるグリニデ。完璧に目の色が変わっている。それは仲間のトムとエルザも例外ではなく、特に…

 

「フフフフフ……赤字……これで弾代が………」

 

 エルザに到ってはブツブツ呟きながら不気味な笑みさえ見せている。武器が武器だけに、消耗品弾代の事が気になっていたのだろう。こと、女は光り物に弱いと云うが…彼女は別の意味で弱いみたいだ。

 

「おやおや皆さん。目の色が変わっていますね」

「神父。そう言う貴方も目が笑っていないぞ」

「嫌ですね、マクシミリアンさん。そんな事はありませんよ。アッハッハッハッハッ………」

 

 なぜかアメコミみたいに笑いながら入り口前…グリニデ達の横に立つ。こちらもこちらでやる気満々らしい。これで良いのか神父? と、問いたい……

 

「まったく、金如きに惑わされるとは情けない。そうは思わないかね、景太郎君」

「思いませんね。それを言えるのは本当に不自由したことのない人間だけです」

「………」

 

 景太郎の反論に不愉快な顔になるが、こちらを見る景太郎の目を見て何も言えなかった。その『人を見下すのも大概にしろ』と言わんばかり、子供がするとは思えない壮絶な目に…

 

「それで、グリニデさん。特攻はかまいませんが、順番はどうします?」

「ん? そうだな……」

 

 景太郎に云われて始めて気がついたと云わんばかりの顔になるグリニデ。マクシミリアンの言葉ではないが、金に目が眩んで闇雲に特攻する気だったのだろう。

 

「とりあえず…俺が特攻して道を作る。坊主達はそれの補佐。それで一気に突破する。これでどうだ?」

「かまいません。ですが、俺は最後尾を行きます」

「それはダメだ…と、言いたい所だが、正直助かる。このメンバーじゃ坊主以外に適任はいねぇからな。頼む…それじゃ、お宝に向かって一直線だ、行くぞ!!

 

 その号令の元、グリニデを先頭に部屋の中に突入、妖魔の向こうにあるであろう扉に向かって一直線に突進する。

 

「行くぜ、パニッシャー!!」

 

 グリニデの剣…柄を中心に1.5メートルと三十センチの刃が両極に付いている大剣…が変形し、巨大な十字架の形になる。更に、グリニデが柄を強く握りしめると柄を中心に十字架が高速回転を始めた。

 

「おらおらおらぁ! 切り刻まれたくない奴ぁどきやがれ!!」

 

 グリニデはそれを盾のように構え、そのまま突っ込み妖魔達を微塵に切り刻む。

 

「まったく、突っ込むのは良いけどもうちょっと頭上に気をつけな」

「横にもな、兄貴」

「頑張ってください」

 

 上部をエルザ、右をトム、左をピートが担当し、グリニデに襲いかかろうとする妖魔を討ち滅ぼす。その三人の隙間や死角を、マクシミリアンが三体の精霊獣を駆使して埋めている。そして最後にいる景太郎が、背後から迫る妖魔を片っ端から斬り捨てている。即席にしてはなかなかのチーム・ワークだ。

 そのきっかけが金銭欲だというのが些か引っ掛かるが…まぁ、本当に些細なことだ。

 

「おっしゃぁ! 扉が見えた、後ちょっとだ!!」

 

 後少しなのでラストスパートをかけたのか、グリニデは更にスピードを上げて一気に突っ切り、入り口に到達する。

 そして入り口の手前で振り返ると、元の大剣状態に戻し、迫り来る妖魔を薙ぎ払った。

 

「ここは任せてさっさと入れ!」

 

 入り口の前を陣取って戦うグリニデの横を後続の者達が次々にすり抜け、部屋の中に入る。最後は景太郎…なのだが、今だ妖魔の中で孤軍奮闘していた。

 

「おい坊主、何してやがる。一時的に避難して体勢を立て直すぞ、早く来い!!」

「………すぐに行きます―――――こいつらを少しでも数を減らしてから」

「馬鹿野郎、腕が立つからってガキが何言ってやが ―――――る!?」

 

 一人で戦う景太郎を引きずってでも―――――そう考えて一歩踏みだしたその時、景太郎が大型の妖魔を踏み台にして高く跳躍したのを見て驚く。

 いくら踏み台があったとしても、二十メートル近く跳躍するなど人間にできるはずがない。グリニデが驚愕の眼差しで見つめる中、景太郎の持つ剣がグニャリと歪み、一瞬後には別の形へと変化した。

 

その形とは―――――ハンマー! それも、ドラム缶を三つ束ねた程の並外れた巨大な金槌だ。

 

 

「五霊戦術―――――破岩はがん

 

 

 はるか上空より落とされた槌が、踏み台にされた大型の妖魔を容赦なく潰し、床を大きく凹ませる。その上、広がる黒い衝撃波が周囲の小型妖魔達を軒並み消滅させた。

 だが妖魔はそれに怯むことなく…もしくは怯む知能すらないのか、ポッカリと空いた空白地帯を埋め尽くさんばかりに再び押し寄せてくる。

 しかし景太郎はかまわず床に踏ん張ると、ハンマーを軽々と持ち上げ、野球のバットのように振りかぶった瞬間、『ハンマー』は『戦斧』へと姿を転じ、刃に金色の光を纏う。

 

「―――――鋼牙こうが

 

 ほぼ三百六十度振るわれた戦斧と、その軌跡にそって放たれた金色の刃が、周囲全ての妖魔が薙ぎ払う。

 そして景太郎は今度は戦斧を槍…いや、突撃槍ランスに変えると、グリニデが居る方向に向かって前傾姿勢となり、床を抉るように強く蹴り、突進した。

 

「―――――水穿すいせん

 

 突撃槍ランスの切っ先を中心に円錐状に展開した蒼い光が進路上にいた妖魔を蹴散らす!!

 たった三回の攻撃に数多の妖魔が消滅する。意志一つで変化する武器を用い、氣の属性を変化させて。はたして、この場に浦島と神鳴流の者が居たらどう思うだろうか。水昂覇のような武器を使い、自分達の流派とほぼ同じ技を駆使する景太郎に……

 

 

「もういい坊主、さっさと中に入るぞ」

 

 床を削りながら止まった景太郎にグリニデがそう言うが、当の景太郎は無表情で振り返ると、突撃槍ランスが二つに割れ、瞬時に二本の刀に変化した。

 

「まだ…これで最後です」

 

 右手を大上段に、左手を右脇構えで構える景太郎。二本の刀の刀身は翠色の光を纏い、燦然と輝き始める。

 

「五霊戦術 〈螺旋〉」

 

 薙いだ左の刀によって生まれた旋風が竜巻となり、さらには急速に成長しながらホールの中央に鎮座しする。進路上、そしてホール中央の周囲十メートル以内に居た妖魔をその身の内に次々に取り込む。

 そして景太郎は燦然と輝く右手の刀を、妖魔を断罪するが如く振り下ろした!

 

「―――――〈斬華〉」

 

 数多の花弁を含んだ衝撃波が竜巻と衝突、吸収される。するとどうなるか―――――当然、巻き込まれた妖魔をミキサーの如く微塵に切り刻む!

 

 

「舞いて切り裂け、そして散れ―――――五霊戦術・奥伝〈戦嵐散花せんらんにちるはな〉」

 

本気マジか……この坊主、本当に炎術師なのか?」

「凶悪な技…色々と隠し技が多い坊やだね……」

 

 たちまち妖魔の血に染まる竜巻に呆然と呟くグリニデ…入り口から見ていたエルザも同じく、ピート達もその光景に声もなく、ただただ見つめることしかできなかった。

 炎術を封じられようと、景太郎はこの中でもっとも強く、最凶であることを認識しつつ……

 

「長持ちはしません。早く入りましょう」

「お、おお」

 

 景太郎の声に我に帰ったグリニデは、短く返事をして大剣を元に戻すと、景太郎と共に小部屋に飛び込む。それとほぼ同時に竜巻が消滅し、障害の無くなった妖魔がいっせいに小部屋に押し寄せ始めた。

 

「チッ、ゆっくりとお宝を眺めたいってのによ!」

閉じ・・ます」

 

 景太郎はそう云うや否や、ポケットから五つの符と苦無を取り出し、右手に持つ符を入り口に向かって投げる。

 

「ジャク ウン―――――」

 

 そしてすかさず投げられた五つの苦無がそれぞれ五つの符に突き刺さり、そのまま入り口付近の壁に縫い止めた。

 

「―――――バン コク! 封・結界」

 

 五つの苦無に填め込まれた石が淡く輝くと同時に、符より伸びた光の線がお互いを繋げ、入り口を覆い隠す程の大きな五芒星を壁に描く。妖魔の侵入を拒む、光の五芒星の結界を張ったのだ。

 しかも、符に加えて特別製の…吸精石を填め込まれた苦無に蓄えられた『神氣』が結界を更に強化しているため、外にいる下級妖魔程度では束になってもそう簡単には破ることはできない。

 

「ご苦労様です、景太郎君。おかげで僕の準備が無駄になりました」

 

 聖書を開き、神聖な霊気を纏っていたピートが苦笑する。別に文句を言っているわけではなく、もうちょっと頼って欲しいという遠回しな台詞だった。

 

「ひとまずは安心って所だな……坊主、いつまで持ちそうだ?」

「二時間は楽に…ただし、雑魚妖魔が相手の場合です」

「そうかい。それじゃ、一時間を目安に休憩だ。ただし、いつでも闘えるように気を抜くなよ」

 

 

 それだけ言うと、グリニデは金銀財宝のある所へと小走りで行ってしまった。後に続き、エルザ、トム、ピートも負けじと駆け寄り、手早く物色を始める。どうやら、先程の言葉は『一時間で財宝の物色をすませる』と云う意味だったらしい。

 ハンターであるグリニデ達はともかく、神父であるピートはそれで良いのか? と、甚だ思うが…色々と規格外な神父なのだ。いちいち気にしていたらキリがないと思い、景太郎は無難に見なかったことにした。

 

「全く、下らない……」

 

 マクシミリアンは部屋の片隅、入り口がよく見える壁際に座り、体を休める。その側には、三体の守護精獣ガーディアンが控えている。休みながらも警戒…見張りをしてくれているのだろう。

 名家の出ゆえかプライドが高く、他人を見下しがちだが…根は悪い人物ではない。問題があるとすればそう云う教育をされた家の方だろう。マクシミリアンの今までの言動などを見て、景太郎がそう考えていたその時、目の端に何かが写り、そちらに目を向けた。

 

(なんだ…これは……)

 

 景太郎は歩みより、持ち上げてじっくりと見てみる。

 なんの変哲もない…いや、なんの変哲もなかったであろう箱。かつては美しい箱だったのだろう。だが今はボロボロとなり、所々にある小さな宝石がその面影を微かに感じさせるのみだ。

 

(どうして…こんなに気になる?)

 

 自分でも解らない。でも、気になってしまう。見えない何かに引かれるように、どうしてもそこに意識が惹きつけられる。

 景太郎は気づかないが、背負った剣…鞘の中に納められた刀身が仄かに輝いている。闇を払う光ではなく、月明かりのような、全てを包み込むような優しい光を…まるで何かと呼応するように……

 

「開けて…みるか」

 

 明確に言葉にすることによって意思を固めたのか、景太郎は蓋に手をかけたが全く開こうとしない。よく見ると、開け口には小さな穴が…おそらく、鍵穴なのだろう。周囲を見回すが、そこには鍵らしきものはない。まぁ、仮にあったとしてもここまでボロボロなのだ。中身など錆びついて動くとは思えない。

 

(仕方がない…少し壊すか)

 

 景太郎の掌より、金色の光…金氣が箱へと伝わり、浸透する。その行程は、少し前に鋼鉄の扉を壊したときとほぼ同じだった。

 

(鍵の部分に集中して……これぐらいか)

 

 そして景太郎はもう一度フタに手をかけて力を篭めると、『パキッ』と云う小さい音と共に蓋が開いた。

 

(上手くいったか。力加減を誤るとバラバラになるからな……)

 

 蓋の止め口辺りにひっついている小さな金属片…引っ掛かりを摘みながら心中でそう呟く。

 今、景太郎が行ったのは金氣による金属操作…硬度を操作して限界まで下げたのだ。他の意志、霊力が篭もった存在ものは難しいが、普通の鉄、鋼ぐらいはプラスチック程度まで下げることができる。

 先の鋼鉄製の扉の際も、硬度を限界まで下げ、そのまま氣を爆発させて破壊しただけ。今もまた、蓋と箱を固定している部分の強度を下げ、強引に壊したのだ。ちなみにその逆…硬度を上げることもできるのだが、今は省かせてもらう。

 そして開かれた箱…その中には……

 

「鈴…銀色の二つの鈴か」

 

 ”鈴”と云っても東洋の玉状のものではなく、西洋の”ベル”だ。それも小さな…二、三センチ程度の大きさの銀色の鈴。しかし、。箱も中身も…かつてはクッションであったであろうものが朽ち果てているのに、ベルにはなんの変化もない。表面はまるで磨きたてか作りたてのような一切の曇りもない美しい光沢だ。普通の銀ではあるまい。

 景太郎はベルの一つを手に取り、持ち上げてみた―――――その時、

 

チリーーーーーン……

 

 振ったわけでもないのに、ベルが独りでに鳴り響いた。

 小さなベルらしく小さな音だったが、不思議と音は部屋中に反響し、皆の耳朶に響いた。掘り出し物を見つけてはしゃいでいたグリニデ達の耳にさえ響く小さくともとても澄み渡った音に、グリニデ達は思わず手を止め、音の発生源たるベルの方に目を向けた。

 

「美しい音色ですね…心が洗われるようです」

 

 目蓋を閉じ、ベルの音色の余韻にひたりながら感動したように呟くピート。そのピートの言葉に、グリニデとトムも同意するように頷いた。

 

「神父の言う通り、悪かねぇ音だな」

「俺、ただの鈴の音に感動したのは初めてだ……」

「うむ、その意見には同意する。下手な演奏よりも素晴らしい音色だ」

 

 珍しくトムの意見を肯定するマクシミリアン。ピートの言ったとおり、澄んだ鈴の音が心を洗ったかのようなに素直だ。

 だが……ただ一人だけ、皆とは真逆の反応を示している者がいた。

 

「坊や……悪いけど耳障りなんだ、さっさと仕舞ってくれないかい」

 

 まるで頭痛に苦しむように顔を顰め、耳を押さえたエルザがそう言うと、景太郎は素直に『わかった』と返事をし、音を出さないよう慎重に二つの鈴をポケットの中に仕舞った。

 気がかりなものが無くなった以上、景太郎には他にすることもなく、マクシミリアンとは別の位置で、入り口がよく見える壁際に座って休憩を始めた。

 

(丁度良い…これをしっかりと調べておくか)

 

 背負った剣…先の黄金の騎士より預かった剣を鞘から引き抜き、ジッと見つめる。

 少々華美すぎる装飾がされた柄、刀身は肉厚が殆ど無く、長さは一メートル少々。一見、儀礼用か飾り用の刀剣に見えるが、実戦に十二分に耐えうることは斬り合った際に解っている。そしてこの剣が秘める霊力チカラは滅多にないほど強い。過去、景太郎が見た刀剣の中で比肩するのは、神鳴流の『仙霊器』クラスの武器だけだ。

 

「……良い剣ではあるな」

 

 その言葉に嘘、偽りはない。だが、だからと云っていきなり実戦に使用できるかどうかは別だ。万が一、とんでもない能力や性能を秘めていた場合、事態が好転すればいいが悪化する場合もある。例えば、意図的に衝撃波、または斬撃を放てる能力があったとする。知らずに振るって、延長線上にいた仲間の誰かを斬ってしまえば、洒落や冗談ではすまない。

 退魔はゲームや漫画ではない、命を賭けた闘いなのだ。有るか無いか判らない秘められた力に賭けたり、頼ったりするのは愚の骨頂だ。賭けるのは『切り札』、頼るのは『仲間』で十分。あやふやなものになど命を預けることなどできない。 だが…どうやら、この剣に限ってはその心配は無用だったらしい。

 

「特に変わった能力はない…みたいだな。ただ、霊力が『浄化』に近いほど澄んでいることか……本当に純粋な霊剣…俺好みだ。このままでも充分だが、『凶断まがだち』と併用すれば、更に強力になるな……」

 

 刀身、その内より発する質の高い霊気を視て知らずの内に顔がほころぶ。剣士としての気質が、自分好みの良い刀剣に出会えたことに純粋に喜びを感じているのだ。

 

「おい坊主、なかなか良い剣のようだな」

 

 財宝を漁り終えたのか、トムが近寄り、景太郎の持つ剣に目を向ける。正統な剣士ではないにしろ、彼もまた剣を使う者。剣の善し悪しは解るのだろう。

 

「へ〜、間近で見るとますます良い剣だな…惜しいな、小剣ショート・ソードなら貰ったとこなんだがな。まぁ長剣ロング・ソードも使えねぇ訳じゃねぇんだが…相性が悪いしな。残念だが諦めるぜ」

 

(……小剣ショート・ソードなら盗るつもりだったのか?)

 

 景太郎の呆れた視線に見送られながら、トムは同じく財宝を漁り終えたグリニデ達と共に近くの壁際に座る。

 時計を見ると入ってきてから約三十分少々と云ったところ。残りの三十分で体力を回復させるつもりだろう。欲をかき、休憩もせず財宝を漁るという行為をせず、動きを妨げるほど持とうとしない。さすがはプロと云うところか。墓穴を掘るような真似はしないようだ。

 

(さて…俺も体力と氣を回復させておかないと。これから先は…そんな暇はないだろうからな)

 

 再び剣を鞘に納めようとしたその時、刀身の根元には銘が刻まれていることに気がついた。その銘とは……

 

―――――魔を滅せし者デモン・スレイヤー―――――

 

 まるで、これから先の道行きを暗示しているかのようなその銘を見て、景太郎は微かな笑みを浮かべた。

 

「随分と勇ましい名前だな…いいだろう。お前の主に代わり、その名に相応しい闘いでお前を使う。それまで待っていろ」

 

 宣言するように呟き、今度こそ鞘に収め、再び背負った。今度、この鞘より解き放たれるのは最終決戦の時…と云う想いと共に。

 

「さて…それより、さっさと回復をすませておくか」

 

 そう言うとポケットに右手を突っ込み、中からガラス製の小瓶を取り出すと、きっちりと封をしてあるコルクの蓋を取り、中身の透明な液体を一息に飲み干した。

 

「なんだ坊主。こんな時に酒か?」

「いけませんね、景太郎君。お酒は勝った後の祝杯で飲まないと」

 

 酒なら寄越せと言わんばかりのグリニデと、かなりずれたことを宣うピート。そんな二人に、景太郎は小さく嘆息しながら、中身が無くなった小瓶を見えるように持ち上げた。

 

「違います。これは魔法薬ポーションです。知り合いの医者の特別調合でして…傷口にかければ傷は塞ぎ、飲めば失った体力や霊力を回復させる代物なんです」

「なに!? そんな良いもんもってんのなら寄越しやがれ!」

「できれば私も…霊力を回復させたいので」

「特別調合だって言ったでしょう。俺の体質に合わせて作った薬なんです。他人にはただの水です」

「なんだよ…坊主、今度会ったら、どうせ作るのなら誰にでも効くようなもん造りやがれって言っとけ」

「そんなものを作ったら医者が儲からない。って言いますよ」

 

 今の言葉は推測だが、おそらくそう言うだろうという自信が景太郎にはあった。なにせ、忙しくなるのが嫌だから、闘うときはきっちりトドメを刺すか逃げるかにしろ! と言う人物なのだ。きっと今頃は、美人患者、もしくは患者の付き添いの女性相手に、からかい紛いのセクハラをしていることだろう。あのホネのセクハラ医者は……

 

「それはそうと…エルザさん。訊きたいことがあるんですけど」

「なんだい、坊や」

 

 丁度、デザート・イーグルのメンテナンスを終えたエルザが顔を向ける。

 

「言っとくけど、スリーサイズは秘密よ」

「そんなものに興味はありません」

 

 冗談で言った言葉を痛烈な皮肉で返され、こめかみに僅かながら青筋を浮かべるエルザ。調整を終えたばかりのデザート・イーグルを強く握りしめ、弾を充填する。景太郎の性格から皮肉ではないと解ってはいるが、女としてのプライドが許さないのだ。

 

「おいおい青少年ブラザー。それは女に対してチッと酷だぜ?」

「そうですか?」

 

 再び舞い戻り、首に手を回してそう言うトムに、煩わしいと云う顔で返事をする景太郎。そんな景太郎を無視し、トムは悲痛な顔で頭を軽く左右に振った。

 

「これだからおこちゃまは…いいか青少年。女がああいった時にあんな言い方をする奴がいるかよ」

「………」

「ああ云う時はな、貴方の魅力的な肢体に興味はありますけど、今は遠慮しますって言うんだよ。僅かに残念そうな、困ったような笑顔でな。お前は顔が良いんだ、特にその童顔ぎみな顔がな。その顔で少々甘える感じの表情で女性の母性本能をくすぐるれば、夜の女に好かれるぜ」

「遠慮しておきます」

「チッ、枯れた奴だな…いいか、ああ見えて姉御の胸は結構でかいんだぞ? 形も綺麗だし。まぁ、大きい分数年経てば垂れて『ガチャ!』あの〜…姉御?」

「すまないね、トム。もう一度、よく聞こえるように言ってくれないかい?」

 

 デザートイーグルの銃口をトムの頭に合わせたエルザが優しい笑顔で聞いてくる。その笑顔が逆に恐ろしさをヒシヒシと感じさせる。

 ちなみに、弾丸は対妖魔用の『聖火弾セイクリッド』だが、威力はなんらマグナムと遜色無い。

 

「い、いや、何でもねぇ!」

「そう。だったら子供に変なこと教えてないで、グリニデを見習って剣の整備でもしなさい」

「へ、へい!」

 

 そそくさと元の位置に戻り、せっせと小剣ショート・ソードの刀身を磨き始めるトム。その隣にいるグリニデが「バ〜カ」と呟き、トムはしょぼんとして妖魔の血をとぼとぼと拭っていた。

 そんなトムを暫く睨んだ後、エルザは景太郎に向き直る。ただし、先程のまま…何やら空恐ろしさを感じさせる笑顔のままで、だ。『相手は子供』と怒りを抑え込んでいるのだろうが、声音でバレバレだ。

 

「………それで、何が知りたいのかしら」

「エルザさんは…ハーフですか、クヲォーターですか?」

「…………それはどう意味だい」

 

 エルザの表情が消えた…同時に、辺りに重い静寂がたちこめる。側にいたグリニデ達も武器を磨く手を止め、景太郎の方を眺めて…いや、睨んでいる。

 

「遠回しは嫌いなんで率直に聞きます。妖魔…じゃないな、何かの『夜の眷属』の血を引いてますね」

「―――――ッ!!」

 

 メンテを終えたばかりの銃を構えるエルザ。その照準は景太郎の眉間にピッタリを合わせている。その目は、戦闘時と同じ…敵がなんであれ容赦なく引き金を引く…そんな瞳だ。グリニデ達も自分の武器を握りしめ、同じ様な眼光で睨んでいる。

 どうやら、この言葉はエルザ達にとって禁句タブーだったらしい。

 

「誰が吸血鬼ヴァンパイアの血をひいてるって……冗談でも言って良いことと悪いことがあるよ」

「エルザさん、言葉で否定しても、態度で肯定しています。これかは軽く流すことをお勧めします。ついでに、人の言葉をもちゃんと聞くように。俺は『夜の眷属』と言っただけです」

 

 エルザの今の一言は、完全に墓穴と言わざるをえないだろう。

 ちなみに、『夜の眷属』とは何も吸血鬼ヴァンパイアだけを指しているわけではない。人狼ワーウルフ等と呼ばれる種族や、日本の『鬼』族、『狗』族などもそのカテゴリーされる。勘違いされやすいが、彼らは決して妖魔ではない。妖魔に堕ちやすい位置にはいるが、異なる種族だ。

 

助言アドバイスどうも。これから気をつけることにするよ。それで…そんな事を確認してどうするつもりだい?」

「敵か味方か…確認したかっただけです。その様子で十分解りました」

「あたしを…あいつらの仲間だと思ったのかい!」

「ええ。あくまで可能性の一つとして…」

 

 今にも引き金を引きそうなエルザに対し、景太郎は視線さえ向けず手持ちの札を一枚一枚確認をしていた。撃たないと云う自信の現れか、それとも撃たれても対処できる余裕なのか。

 

「それで、坊やはどうしたいんだい。ハーフの私と一緒に仕事したくないのなら、さっさと出ていくよ」

「別に…さっきも言ったとおり確認です。それ以外に他意はありません」

「それじゃ、どうもしないと……」

「敵なら斬る…それ以外なら斬らない。それだけです」

 

 チラッとエルザに視線を向けた後、景太郎は札をポケットの中に入れ、代わりに苦無を取り出し点検を続ける。そんなまったく変わらない景太郎に、エルザは短い溜め息と共に銃をホルダーに仕舞った。

 

「…あたしの素性を聞いても偉く平然としてるね。なんで…って訊いてもいい?」

「神鳴流…日本のとある流派に似たような素性の家系があるんです。その家系も、人ならざる血を脈々と伝えています。少なからず縁がありまして…慣れているんです」

「そんなところが……」

 

 信じられないと云わんばかりの顔になるエルザ。おそらく幼少の頃から異端扱いされて色々とあったはずだ。その異端の血を脈々と受け継いで自ら異端となるなど…彼女にはにわかには信じられないのだろう。

 

「しかしまぁ…よく気がついたね。自分で言うのもなんだけど、吸血鬼ヴァンパイアの特性らしい所なんて全く無いのに」

 

 エルザはどう云う訳か吸血鬼ヴァンパイアの特性…日光などは弱点は平気で、血を吸うこともない。ただ、若干成長が緩やかで、人の数倍も筋力がある程度だった。

 

「エルザさんの『氣』オーラに魔の気配があったので気がついたんです。それに、そんなものを片手で軽々と連発してるんです。誰でもおかしいと思いますよ」

「ま、それはそうなんだけどね……」

 

 片手で愛銃『デザート・イーグル』を玩ぶエルザ。

 化け物拳銃として有名なデザート・イーグル。50口径に重量1760グラムの大型ハンドガン。重いために普通の人間なら持ち上げて構えるだけで一苦労。更に弾がマグナムであるため、その衝撃が凄まじく殆どが吹き飛ぶか肩の骨が外れてしまう規格外の銃だ。

 そんなとんでもない銃を、見た目華奢なエルザが二丁同時にバンバン撃っているのだ。一度でも扱ったことのある者なら、その光景は異常を通り越して悪夢と云うだろう。

 

「重ねて言いますが、他意はありません。敵でない以上、今まで通りです」

「本当だろうね」

「神にでも誓いましょうか? 全く信じていませんが……」

「ちょっとちょっと景太郎君。仮にも神父である私の前で……」

 

 景太郎の言葉にほろりと涙を流すピート。神父の前で神を一切信じていないと宣う景太郎に、自分の存在が哀れに感じたのだ……

 

「いいさ。坊やを信じるよ」

 

 エルザはそう言うと、ずっと放っていた殺気を納めた。同時に、いつでも動けるように構えていたグリニデとトムも、身体の力を抜いて再び座り込むが、 反対にエルザは立ち上がり、景太郎の隣…二メートルほど離れた壁際に座り込み、静かに語り始めた……

 

「私の体にはね…坊やの指摘通り、化け者の血が半分流れているわ。それも吸血鬼ヴァンパイアのね……ヴァンパイア・ハーフ…ダンピールだっけ? ま、そんな感じ。母が人間でね、遊び半分で孕まされ…産まされたらしい。おかげで、成長は遅いわ怪力だわ…何処行っても化け者あつかいでね、辛かったわ」

「母親は?」

「十歳の時にいなくなったわ。石を投げられる生活が耐えられなかったんでしょ。それからは知らないわ」

「………その吸血鬼ヴァンパイアは今どこに?」

「きっちり引導を渡してやったわ。丁度、私がこの道に入って三年目にね……」

 

 その事を思い出したのか、うっすらと笑うエルザ。だが、表情とは裏腹に身体からは静かに怒気のオーラが立ち上っている。

 彼女のような存在は忌み嫌われ、迫害の対象となる。その苦しみは、味わった者しか解らない。元凶を殺そうと、彼女の心には大きな傷が刻まれており、今もなお人知れず泣いているのだろう……

 

「昔はね…自分みたいな存在を増やしたくない! って考えてたんだけどね…今じゃこの通りよ。狩人が獲物を狩るのと一緒で、自分が生きるため…生きる場所を確保するために闘っているだけよ。どう、神父サマ。忌まわしい『ダンピール』を殺したいんじゃない? 『神の罰』とか言ってさ」

「いいえ。そんな気は欠片もありません」

 

 自虐的な光が浮かぶエルザの瞳を、ピートは微笑とともに真っ直ぐ見返す。真っ直ぐ視線を合わすことで、自分は嘘偽りは言わないことを証明しているのだ。

 

「『闘う』行為自体を全肯定は出来ません…ですが、私自身は生きるために闘うことは否定しません。お偉い方々が何を言おうとも、貴方達のような存在が古くからか弱き人々を一番救ってきたのですから。
 それに、たとえ目的が代わってしまっても、根本であるその想いはきっと変わっていないはずです。
 子は親を…産まれを選べません。ですが、人は歩む道を自分で選べます。エルザさん。人を救おうとする貴女の心は美しい。その心が選んだ道は、きっと私達と一緒のはずです」

「あんた…言ってて恥ずかしくないかい?」

「いいえ。人は第一印象から相手を判断してしまいます。ですがそれは本質ではありません。一緒にいる中、相手の本質を知る努力を行うことこそ、必要なのです。
 貴女がダンピールであることを最初に知ればひいていたかもしれませんが…少ないとは言え一緒にいて、貴女を少なからず理解したつもりです。決して『邪』なる存在ではないと…
 私は貴女のことが好きですよ、エルザさん」

「前言撤回、あんたは恥ずかしい奴だよ」

 

甘いマスクと共に紡がれる言葉に、女性なら勘違いして赤面の夢見心地ものだが、色々な意味で人生経験豊富なエルザには通用しないらしい。

 

「さすが神父。言うことが違うね。一体それで何人の女を落としてきたんだ?」

「失礼ですね、グリニデさん。私がその様な浮ついた男に見えますか? 私はあくまで、一個人としてエルザさんが好きだと言ったんですよ」

「だからそれが恥ずかしいって言ってんのよ。でも……ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 

(本当に…ありがとう)

 

 

今まで迫害してきた連中…その中には当然『神父』などもいた。

 『神の裁き』と称し、問答無用で聖水をかけたり、銀でできた短剣を片手に追いかけ回されたりもした。”忌まわしき存在”だの”悪魔の子”などと言って……効きもしない聖水はともかく、短剣で刺されたことは一度や二度ではない。

 だがピートは…神父の身でありながら、自分の存在を肯定してくれたのだ。景太郎も…最初から気づいていながらも、何も言わず、あるがままで見てくれていた。彼らにとっては当然なのかもしれないが、エルザにとっては何よりも嬉しかった。

 自分を認めてくれるのはグリニデとトムだけではない…

 エルザの顔に、一瞬だけだが…純粋な少女のような笑みが浮かんでいた。それに気付いたグリニデとトムは嬉しくなり、自然と顔を綻ばせていた………

 

 

 そんな中―――――酷く乾燥した男の声が辺りに響いた。

 

 

 

―――――その2へ―――――

 

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