ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
弐の外灯・六幕 「ヴァンパイア・キャッスル」
「どうした、動きがだんだん鈍ってきたぞ」
「黙れ」
もう幾度目になるか、硬質化したマントの端で景太郎の剣を防ぐマルキオ。高速で振るわれる聖剣をマルキオは余裕綽々の笑みを浮かべながら捌いていた。
「ふむ…もしかして疲れたのかね? ならそろそろ休憩でもすると良い。後ろの足手まとい達のように」
「黙れと…言っているだろうが!」
変幻自在に操るマントの隙間を狙い、景太郎はすくい上げるような斬撃でマルキオの右腕を切断、返す太刀で身体を袈裟懸けに断つ―――――そして鋭く吐く息と共に繰り出された複数の斬撃がマルキオを十以上に分割し、聖剣の霊気と景太郎の神氣が融合した『浄化の霊氣』が、その肉片を灰にする。
―――――が、その灰は独りでに浮かび上がると、ビデオを巻き戻すかのように元に戻った。
「これで…二十回目ですか……」
「くそったれが…何度復活すれば気がすむんだよ」
再び戦闘を開始する景太郎とマルキオから離れた所で、満身創痍の上に疲労でへたり込んだピート達が悔しそうに呟く。幾度も復活するマルキオとの戦いで負傷した彼らは戦線を離脱し、唯一無傷で余力のある景太郎が一人で戦っているのだ。
「奴は本当に不死身なのか…これが、伯爵の吸血鬼なのか……俺達、勝てねぇよ」
「弱音言ってる暇があったら体力を早く回復させな。坊や一人に戦わせてんじゃないよ」
「そうだぜ、トム。エルザの言うとおりだ…それに、いくら伯爵の吸血鬼でも、真祖であろうと不死なんてありえねぇ…絶対になんか仕掛けがあるはずだ」
「そう言うけどよ…あれだけやっても元に戻るんだぜ? 正直、倒せるなんて思えねぇんだよ」
尊敬する兄貴分に叱咤されるも、依然弱気のままのトム。そんなトムの言葉に、誰一人として反論し、強気にでられる者はいなかった。
「バラバラにしても、ミンチのようにしても…その上、焼却してもすぐに元に戻る。私の力で浄化をしても、同じくすぐさま復活する。皆さんが持てる力を全て試しても倒せない以上…もう、手はありません」
「神父さんよ、気が滅入るようなことを言うなよ」
「だが事実だ。しかも奴は倒される度、復活を繰り返すごとに強くなっている。もう、お前達の武器ではろくに役にもたつまい」
「……!!」
マクシミリアンの言葉に何も言い返せないグリニデ。
最初の内はピートの光の剣、グリニデのパニッシャーはもちろん、トムの聖剣も通用していた。だが、マルキオの復活が七回を過ぎた辺りでトムの聖剣が、十五を超えた辺りでピートとグリニデの武器の効果が薄れ、今では一撃で必殺どころか致命傷すら難しくなっていた。
現時点でもっとも有効なのは、景太郎の持つ聖剣とエルザの福音弾、マクシミリアンの守護精獣・フレイアの圧倒的な火力を秘めた攻撃のみ。だが、それもいつまで有効なのか……正直、わからない。
「だがな…だからといってこのまま指をくわえて見ているなんざ、俺の辞書にはねぇんだよ」
「やめなよグリニデ! あんたが一番重傷なんだよ」
大声で静止するエルザ。治療もままならないまま、何度も立ち上がっては戦闘行為をしていたため、グリニデの身体はガタがきていると言っていい状態だった。今もピートが治癒をしているが、完治するまでまだかなりの時間が要するのが現状だ。エルザやトム達も似たようなものだが、グリニデと比べれば軽傷と言える。
「これ以上戦ったら『それがどうした!』グリニデ……」
「坊主一人に戦い任せ、それを見物しているより遙かにましだ。それにこんな世界に踏み込んだ時から、死ぬ覚悟なんざとうにできてるんだよ」
パニッシャーを杖代わりにして立ち上がるグリニデ。戦うことはおろか、立ち上がることすら難しい身体なのに、その瞳は闘志の光は衰えるどころか更に強くなっている。
「俺だって死にたい訳じゃねぇ…だが、死ぬ時は一匹でも多くの吸血鬼を道ずれだ」
「やれやれ、恥ずかしいねぇ…もう三十路も半ばのおじさんが」
「やかましい。俺はまだ三十一だ」
「そんなおじさんでも死んだら寝覚めが悪いからね。フォローしたげるよ」
「はいはい、それはどうも」
ふてくされたような顔でそう言うグリニデに、エルザは苦笑し、痛む身体を無理矢理立ち上がらせる。
「まったく…いつもは忌まわしい身体のおかげで、傷の治りが早いってのは皮肉なもんだね」
「気にせず運が良かったぐらいに思えばいいんですよ。都合の良いときだけ…ね」
「その通り。ずっと痛いままよりはましだと思えばいい」
続いて立ち上がったピートの発言を肯定するマクシミリアン。都合の良いときだけそれを肯定しろなどとんでもない言葉だが、彼の人徳ゆえか、その言葉に一同は苦笑いをするしかなかった。
「さて…行こうぜ、兄貴」
「トム、神父達もそうだが、いいのか? お前達だって……」
「兄貴が先頭で戦ってくれたおかげで俺達は軽傷だからな。もう大丈夫だぜ」
「まったく…そんな怪我で戦おうなんざ、命知らずの馬鹿ばっかりだな」
「あんたに言われちゃお終いよ」
「違いねぇ…それじゃ、行くか。坊主の加勢によ」
グリニデ達は痛む身体、疲労に重い身体を立ち上がらせ、再び戦いに戻った。本当の最終決戦のために―――――
「カンナギ少年。君は実に強い。私が“夜魔の貴族”となってから千年、君以上の者はいなかった。素直に敬服しよう、君は私が出会った人間の中で間違いなく最強だ」
「………」
激しい斬り合いの最中、マルキオは不意に景太郎を褒め称える。
「精霊魔術を封じれば君は手も足もでない…そう思っていたが、事実はどうだ。精霊魔術を封じられようとも、君は他の手段を用い、私の用意したレクリエーションを容易くクリアした。実に…実に素晴らしい」
マントを広げるマルキオ。その内にあるのは漆黒の闇。その内より無数の黒い獣が湧き出て景太郎に襲いかかるが、景太郎は聖剣を一閃させて獣を斬り滅ぼす。その次の瞬間、マルキオが放った不可視の衝撃が景太郎を吹き飛ばす。
「クッ!」
十メートル近く吹き飛ばされた後、床に着地する景太郎。表情を歪めてはいるが大きなダメージはない。咄嗟に張った氣の障壁がサイコキネシスの威力を三割ほど削ぎ、更に自ら後方に飛んで衝撃を緩和したのだ。
「このタイミングですら、君に決定的なダメージを与えることができない。本当に素晴らしい…私にとって、実にうれしい誤算だよ、君の強さは!」
マルキオがまたもマントを羽のように広げ、内側の闇をさらけ出す。景太郎は今度も獣か? と警戒したその時、闇から無数の漆黒の矢が射出される。
「五霊戦術―――――閃歩!」
景太郎の身体が木気の燐光に包まれた瞬間、その姿はかき消え無数の漆黒の矢が翠の残光を射抜いた。
「消えた…カンナギ少年も瞬間移動が使えるのか?」
かき消えた翠の燐光を尻目にマルキオは周囲を見回すが、どこにも景太郎の姿はない。その時―――――
「五霊戦術―――――」
「背後か!!」
背後から響く声にマルキオは振り向き様にマントを薙ぎ払う。だが、マントが斬ったのはまたもや翠の燐光。当の景太郎はその場にしゃがみ込み、薙ぎ払われたマントの下をかいくぐり間合いをつめ―――――下腹から心臓にめがけて剣を突き上げた。
「―――――昇雷!!」
刀身に集束された膨大な雷氣が解放され、光の柱となってマルキオを消滅、さらには天井の一角に穴まで空ける。尋常ならざる量の浄化の力を秘める雷氣に、マルキオの身体は塵も残らない。
その光景を見ながら剣を構え直し、周囲を警戒して氣を張る。かろうじて息こそ乱していないが、その顔には疲労の影が見られた。風氣の技『閃歩』を使い神速の移動、続いて雷氣の技『昇雷』にてマルキオを倒す…同じ木氣系統であるがゆえに属性変化が容易く、力を篭めやすい連携だ。
そして、こうして氣功術でマルキオを倒したのはもう五度目。伯爵級の吸血鬼に半端な技は通用せず、幾度も強力な技を使い続けたツケが、そろそろ景太郎の身体にのしかかってきているのだ。
「ふむ…それは何度受けても痛いな。だが、それでも私は殺せぬよ」
「………」
ホールの中央、忽然と現れて佇んでいるマルキオ。この光景も何回も続いている。見飽きているが…誰にも止められない。
(こいつが何度も復活する理由…それを見つけなければ、負ける。今はまだ氣功術だけで乗り切れるが、それもいつまでできるか……)
一応、景太郎は複数の攻撃手段を準備しているが、そのどれもが有効と言うわけではない。陰陽術のように、直接戦闘にはいまいちの術もある。その点を考え、景太郎も符を独自で研究中なのだが、今だ完成には到っていない。
「精霊魔術も使えない現状で、君は実に健闘したよ。だが、そろそろ頃合いだ。これ以上は無意味のようだからな、もう終わりにしよう」
「できるのなら…やってみろ」
その言葉を皮切りに、再び接近して聖剣と硬質化したマントが激しくぶつかり合う。
「五霊戦術―――――斬華」
木氣を宿した刃がマントの隙間を縫い、床に叩き付けられた直後、翠の花弁を含んだ衝撃が吹き上がりマルキオを切り刻む。だが―――――切断部がすぐに接着した。
驚きに目を大きく見開く景太郎を見て、マルキオはニヤリと笑った直後―――――一点に集束されたサイコキネシスが景太郎の心臓を貫いた!
「ヌッ!?」
念越しに伝わった感触に違和感を感じ、眉を顰めるマルキオ。すると心臓部にポッカリと穴が開いた景太郎の身体が白煙と共に消え去り、その場に千切れた“人型”の符が舞った。
「フッ……面妖な術を使う。どうやら逃げ足もなかなかのようだ………が、完全には避けきれなかったようだな」
視線を横に移すグリニデ。その先にはグリニデ達の居るところまで下がった景太郎…床に蹲り、右脇腹を押さえている手の隙間から徐々に紅い色が広がっている姿があった。致命傷ではないが、決して楽観できるほど浅い傷ではない事が一目でわかる。
「大丈夫ですか、景太郎君」
「神父、心配してる間があったらさっさと治療しろ!」
「わ、わかりました」
「坊主、後は俺達に任せて傷を治せ」
「すみません…すぐに復帰します」
「気にすんな」
「そうだよ、子供は素直に大人に頼りなさい」
エルザはウィンクしながらそう言うと、マルキオに向かって鷹の如く鋭い目を向け、トムとマクシミリアンが景太郎を守るように左右を固める。
「さぁバケモン、次は俺達が相手だ」
「ククク…メイン・ディッシュの前に前菜も良かろう」
「行くぜっ!!」
グリニデ、トムがそろって駆け出した後にマクシミリアンが操る精霊獣が続き、そしてエルザが後方から福音弾を撒き散らすように発砲する。
「さぁ景太郎君、今の内に治療を」
「いえ、まだ薬が残っています。それで……」
空いている右手でポケットから魔法薬の小瓶を取り出し、蓋を開けて傷口にかける。するとどうか、大きく削られた傷はたちどころに癒え、抉られた肉も元通りに再生した。
「凄い…その力、伝説の霊薬〈エリクサー〉に匹敵するのでは……」
目の前で起きた現象に、ただただ驚くばかりのピート。そんなピートを余所に、景太郎は戦闘に復帰すべく立ち上がろうとしたが、ピートが抑えて阻止した。
「いけません! いかにその魔法薬が素晴らしい力を秘めていようとも、失った血や体力が回復したわけではないのですよ。無理をしないでください」
「大丈夫です。余りを飲めば体力はほぼ回復します」
傷口にかけたあまりを一息に飲み込む景太郎。しかし、回復するのは体力や霊力だけだ。ピーとの言う通り、失った血まで元に戻るわけではない。
だがそれを言えばピートは間違いなく自分を押し止めようとするため、景太郎はあえて語らない。今、最優先ですべき事は、失った血が戻るまで悠長に休むことではなく敵を倒すことなのだ。
ピートも薄々とその事には気がついているのだろう。強情な景太郎の姿に溜め息を吐くと、諦めたように押さえていた手を放した。
「……決して、無茶はしないように」
「………行きます」
右手で聖剣を握り直すと、ふらつく身体を押し上げるように左手で床を軽く衝き、立ち上がろうとする―――――その時!
グオォォォォォォーーーーーッッ!!
城を揺るがすほどの絶叫がホール全体に響いた。いや、『揺るがすほど』ではない、ホールが…城全体が本当に揺れ、悶えるように不規則に鳴動していた!
「なんだこりゃぁ?!」
「地震?」
「そんなはずはありません。この地方は滅多に地震が起きないんです。そもそも、今の揺れ方は不自然です。まるで………」
巨人が身じろぎしたようだ…と、言葉を続けようとしたピートだが、その言葉を飲み込んだ。城を揺るがすほどの巨大な妖魔など、人間界にいるはずはない。いてはならない。もしそんなのが現れたら、この地方は今夜にでも壌土と化す。
「おい見てみろ、奴の様子が変だぜ!!」
聞こえたトムの声にピートがそちらを向くと、そこには腕を振り上げたマルキオが、まるでビデオの静止画のように、目蓋すら瞬きすることなく固まっていた。同時に、存在感というか先程まで感じていた威圧感まで綺麗さっぱりなくなっている。
「一体何がどうなってるんだ? 地震が起きたと思ったらいきなり動かなくなったぞ」
攻撃されそうだったのにいきなり動きが止まったマルキオに、グリニデは警戒しつつパニッシャーでつついてみる。強くつついても反応は―――――
「触るなっ!!」
「うおっ!」
あったようだ。いきなり動き始めたマルキオが払うように腕を薙ぎ払い、グリニデが慌てて後ろに飛び下がる。マルキオはそんなグリニデに目を向けることなく、立ち上がったばかりの景太郎を睨み付ける。
「おのれ…なんなんのだ、貴様の血は…吸血鬼が吸血できぬ“血”があるなど、聞いたこともないぞ」
決して大きな声ではない、マルキオにとっては思わず口から出た唸りに近い言葉。その異様な言葉を、この場の全員が聞きとがめた。
通常、吸血鬼が吸血するならば、牙を相手に突き立てる方法がメジャーだろう。大方の吸血鬼も例にもれずそうだ。だが、この場において血を吸われた者などいない。しかし、マルキオは今しがたはっきりと言った。『吸血できぬ“血”』と…景太郎を睨み付けながら。それはつまり、今しがた景太郎の血を吸ったと証明しているようなものだ。
「俺の血…だと?」
マルキオの言葉に眉を顰めながら剣を構える景太郎。その時になって、剣を握る左手に違和感が無い事に気がついた。
「血が…付いていない?」
正確には、殆ど付着していない状態だ。傷口を押さえ、滴るほど血液が付着したというのに、表面に薄くしか残っていない。床を見てみると、左手を付いた場所にはあるべき血痕が綺麗さっぱり無い。ピートはそれを見て何か気がついたのか、周囲を見回し、驚いたように目を大きく広げた。
「そうか、そう言うことだったのか!」
「神父さん、何か分かったのかい?」
「ええ、私の立てた仮説が間違いでなければ…ですけどね」
周囲を…壁を、床を、そして天井を。ホールにある存在全てを見回すピート。先程の動揺を抑え、余裕を取り戻したのかマルキオは瞬間移動で玉座に移動すると、さも面白い見物でもするようにニヤニヤしながらピートの次の言葉を待っていた。
「マルキオ伯爵は何度倒してもすぐに復活してきました。そして、その度に力を上げて強くなっている。私達はそう考えていました」
「それがどうした。本当のことだろうが」
「いいえ、その時点で間違っていたんです。私達は確実にマルキオ伯爵を倒しています。そして、復活するたびに強くなっているのではなかったのです。戦うたびに、私達があることをしてしまった度に、強くなっていたんです」
「俺達が…してしまっただと?」
「そうです。私達は戦う度、攻撃を受けて血を流していました。その流れた血をマルキオ伯爵は吸収し、力としているのでしょう」
「ふん…それで?」
肯定とも否定ともとれる言葉を返し、続きを促すマルキオ。ピートはそれを肯定ととり、ほぼ確信したことを口にする。
「吸血鬼が恐れおののく人間の血を吸う理由は、恐怖により人の霊力を高めるからです。生存本能に従ってね。だが、私達は…いえ、貴方の本命である景太郎君は、貴方をまったく恐怖しなかった。ゆえに貴方は考えた。『恐怖』が駄目なら別の手段を持って生存本能を揺さぶり、霊力を高めればいい…と。
あれ程の力を持つ景太郎を目の当たりにしたのです。欲が出たのでしょう、是が非にでも極上の血が飲みたいと……」
「ハッハッハッハッ。見事見事。そこまでは当たっているぞ。だが、どうやって私は血を吸ったのかな? 私は依然として君達に牙を突き立ててはいないぞ」
それはこの場にいる者達全員の疑問でもあった。誰一人として血を吸われた形跡はなく、吸っているところも見たことはない。
「貴方も、景太郎君がそうやすやすと血を吸わせるとは考えていない。昨夜の攻防で、吸ったとしても手痛いダメージを受けると考えた。だから、この城に招いた。違いますか?」
「ほう……」
笑みを消し、静かにピートを見つめるマルキオ。その身体から魔氣が放たれ始め、徐々に強くなっている。
「結論から言いましょう。この城は…貴方の一部です」
「ちょっと待てよ神父、この城自体が奴の一部だって!? そんな事ありえねぇ!」
「マルキオ伯爵も言っていたでしょう。ありえないなどありえない…積み重なった事実から導き出された結果がそれです。無論、私も未だに信じられません。この城が…巨大な建造物が吸血鬼の一部などとは…それでも、事実は事実なのです。
現に、私達はそれなりに血を流しましたが、流れ落ちたはずの床にも、飛び散って付いたはずの壁にも、どこにも血痕はありません」
そのピートの言葉にグリニデ達が周囲を見回すと、確かにホールのどこにも血痕などは残っていない。自分達のも、そしてマルキオ自身のも…
「マジかよ…俺達の血が、奴を強くしていたのか」
「そうです。そして、城の内部は彼の体内…空間を歪めて行き先を変えることや、壊れた扉をすぐさま修復させることなど造作もないでしょう」
最初の部屋で破壊した鋼鉄製の扉。そしてその先に続く部屋…空間がねじ曲がり、無限ループとなっていた。確かに、ピートの仮説が正しければ、マルキオにとってその様なことは朝飯前だろう。
「しかし、そんな貴方にも誤算が二つあった。そのどちらも景太郎君だ。一つは炎術を封じ、必死に戦わせた末に血を吸う予定だったが、彼は予想に反して強すぎた。私達の誰よりも。結果、最後まで傷を負うことなくこの場に辿り着き、自身が相手することとなった。
そして二つ目…彼の血が、貴方のような存在にとって劇薬だったこと。景太郎君はその血に浄化の力を秘める神凪一族の人間。予め知っており、内包する霊力だけを吸うのならまだしも“血”そのものを吸ったのです。聖水とは比にならない聖性を秘めた血を。さぞ苦しかったでしょうね」
正確には神凪ではなく浦島の『破魔の血』…魔に対し、浄化よりもはるかに強烈な力を秘める血だ。それは『魔』にとって強酸を一気飲みするよりも最悪だろう。
「神父、長ったらしい話はもういい。なんで奴が復活するのかそろそろ教えろ。そろそろケリをつける」
「そうですね…景太郎君の血を吸い、苦しむはずの貴方は静止し、城が鳴動した。先程、私はこの城はマルキオ伯爵の一部だと云いましたが…その実、そこにいる存在こそ一部、末端なのでしょう
つまり、この城そのものこそ、『マルキオ・メルキオーネ』と云う吸血鬼なのでしょう」
パチパチパチパチ………
玉座より響く拍手の音。発生源は言うまでもなくマルキオ。ピートの仮説が当たっていれば、マルキオの末端、マルキオの“影”と云うべき存在だ。
「お見事、ほぼ正解だ。確かに君達に話しているのは本体の末端。実に素晴らしい推理力だ」
自らピートの仮説を肯定するマルキオ。本当に感心しているようにしか見えない。
「私は失われた魔術を用い、人間から吸血鬼となった者。だが、その魔術に欠陥があったのか、この千年の間に肉体が朽ちてしまった。だから、私はこの城と一体となった」
「そうか…なら話は早い、この城をぶっ壊せば俺達の勝ちだ」
「できるのかね、私がその気になれば―――――この程度は造作もないのだよ」
一瞬で破壊されたところが元に戻り、ホールが最初の姿を取り戻す。何度も繰り返すが、この城はマルキオそのもの。本人の言葉通り、この程度のことなど本当に造作もないのだろう。
「く………」
悔しそうに唸るグリニデ。彼のことだ、手当たり次第にぶっ壊す予定だったのだろう。エルザも数個の手榴弾を持ちながら同じように苦々しい顔をしていた。
「私を滅ぼしたいのなら、核である私の本体を滅ぼすしかない」
「だったら―――――」
「探すかね? 私の意志一つで行き先が決まってしまう、無限迷宮とも言える城内を駆けずり回って」
「………」
誰も何も言えない…どうにかしたいが、どうにもできない。そんなジレンマに、誰もが言葉を無くしていた。そんな中、一言も喋らず、今の今までジッと床を見つめ続けていた景太郎が、顔を上げてマルキオに声をかけた。
「一つ聞く」
「なんだね、カンナギ少年。まさか、命乞いをする気かね? 止めてくれないかね、私は君を気に入っているのだ。そんな無様な姿を晒すのなら潔く死を……」
「勘違いするな」
「ほう…では何かね。サービスで一つだけ答えよう」
「核…お前の本体は、移動するのか?」
「フフ…人間の心臓は自由に移動するのかね?」
「それを聞いて安心した」
―――――ザンッ!
床に聖剣を突き立てる景太郎。同時にマルキオの表情が急変し、焦りと驚愕に満ちた顔となった。
「その様子…どうやら正解のようだ」
「き、貴様! なぜ分かった!!」
「一箇所だけどうしても視えない所があったからな。強力で完璧な結界も、時として正確に位置を教えることになる。それにちょっと突っついただけでその反応…馬鹿でも解る」
「おのれぇ……」
嘲りの混じる笑みを浮かべる景太郎に対し、唸り声を上げながら本性を現し始めるマルキオ。放たれる魔氣も今までとは比にならず、その余波が突風となって部屋中を駆け巡る。
「おい坊主、何をやった。何か凄く怒ってるぞ」
「寝床をつつかれて怒ってるんですよ」
景太郎のやったこと…簡単に言えば、眼鏡の能力の一つ『透視』で城中をくまなく捜査し、見えない場所が一箇所あったため、凶断・二式を刺突で放ってぶつけてみたのだ。そうしたら案の定、マルキオは血相を変えて景太郎を睨んだ…と、云うことだ。その態度が百の言葉よりも雄弁に語っている。正にそんな感じだ。
「ほぅ…それはそれは……んで、それはどこら辺だ。すぐにでも壊せそうなのか」
「場所はここから遙か下…地下ですね。破壊は難しいです。少なくとも、遠距離では……」
今の言葉に嘘偽りはない。寝床をつついたと軽く言っているが、今の『凶断・二式』は決して手加減などしていない。現在の状態で最高の一撃を放った。それでも、斬るどころか結界で弾かれてしまった。やるのなら、強力な攻撃を直接叩き込むしかない。
「それで、倒す手はあるのか?」
「正直わかりません…が、俺はやらないで後悔するより、やって後悔する考えなんで」
「それは同感だ。だがな、やるからにはきっちりと片をつけろよ。この俺様が、足止め役をしてやるんだからよ」
「グリニデさん……」
「あたしもね。坊やに賭けるよ。あいつに勝ったら良いワインを奢ってあげるわ。楽しみにしていなさい」
「俺は未成年ですけど…そうですね、楽しみにしておきます」
「ま、兄貴と姉御がそう言うならしゃあねぇよな…俺達がくたばる前に倒せよ」
「ええ、わかりました。トムさん」
三人は…名うてのハンター『破邪銀の杭』は、足止め役に徹することを宣言する。本当なら、自分達の手で奴を倒したかったはずなのに…景太郎の全て託したのだ。
「やらせはせんっ!!」
「その為の俺達だ。最後までつきあってもらうぜ!」
その景太郎の返事を聞いた彼らは、グリニデを先頭に醜く変化したマルキオに向かって戦いを挑んだ。
「僕も景太郎君に託します。でも景太郎君、無茶は程々に…無事に皆が帰ることこそ大事なのだからね」
「俺は目的を果たすまでは死にません。それより、自分達のことを心配してください」
「もちろん。それでも、君のことが心配なのですよ」
こんな状況でも景太郎のみを案じるピートに、景太郎は苦笑してしまう。偶に口が悪い(本性?)人だが、ピートは根っからの神父らしい。最後には優しい面を見せる。実に高潔な人物かも知れない。そんな彼もまた、グリニデ達の後を追い、瞬時に再生を繰り返すマルキオと戦闘を開始した。
「景太郎君。奴を倒しに行くのなら…使いたまえ」
守護精獣・フレイアを三体に分割、その中でヴェルザンディーとスクルドを景太郎の前に進ませる。
「術を解除すれば元の精霊の状態に戻る。君が普段扱う精霊量の十分の一にも満たないかもしれないが…君の力となれば幸いだ」
「しかし、それでは……」
「気に病む必要はない。これが最善なのだ。君もそのつもりで精霊獣を庇ったのだろう?」
「気づいていたんですか……」
黒騎士の攻撃からわざわざ精霊獣を守った理由。それがこれだった。精霊獣は景太郎からすれば、ある意味『炎の精霊の貯蔵庫』とも言える。それを使えば自分は精霊魔術を使えるかもしれな。そう考えていたのだ。まさか、マクシミリアンに気づかれているとは思ってもなかったのだが、考えていたよりもマクシミリアンが聡かったらしい。
「すみません。そのご厚意、遠慮無く受け取らせてもらいます」
「ああ。君に〈現在〉と〈未来〉を託す。頼んだぞ」
「はい」
マクシミリアンの手により、二体の精霊獣の術が解かれ、元の純粋な炎の精霊へと戻る。この城自体の吸血鬼のせいか、精霊が一気に散りそうになったが景太郎の意志が炎の精霊を介し、その干渉を焼き切る。
「景太郎君、死ぬんじゃないぞ。君を娘に紹介したいのだからね」
「その返事は保留にしておいてください」
「フッ…わかった。全てが終わった後で聞かせてもらおう」
マクシミリアンは一笑すると精霊獣・ウルズと共に参加すべくグリニデ達の元に向かった。
「ようおっさん、結構思い切ったことするじゃねぇか。やばいんだったら下がっててもいいんだぜ」
「フッ、心配は無用だ。こんな事もあろうかとこういった物を用意してある」
珍しく心配するトムの言葉に、マクシミリアンは不敵な笑みを見せつつ、右手でスーツの懐から銀色に輝く銃を取り出した。
「中身はなんだよ」
「由緒ある教会に祭られていた銀の十字架を溶かして作った弾丸だ。それなりに威力はある」
「おっさんよ、あんたそんなので本当にどうにかできるとでもおもってんのか?」
「思っておらん」
「勿体ぶって出したわりにはさらりと言いやがるな、この親父」
「だからといって、子供が体をはろうと云うときに、大人が後ろで傍観するわけにも行くまい!」
マルキオに向かって発砲するマクシミリアン。だが放たれた弾丸はマルキオに毛筋ほどの傷も与えることなく、硬質化した肌の表面で砕け散るだけだった。防ぐ意味もない攻撃だと判断されているのだろう。
「ほら見たことか、全くの無意味じゃねぇか」
「それでもやらぬよりはましだ」
「それについては同感だ。よう、この仕事が終わったら一緒に飲まないか?」
「安酒は好まん。良い酒があるからそれに付き合うなら良いだろう」
「へっ、そいつは楽しみだな」
「楽しみにするといい。お前のような奴は一生縁のない高級酒だからな……死ぬなよ」
「おっさんもくたばるんじゃねぇぞ!」
絶対に生き残ると云う言葉を最後に、マクシミリアンは精霊獣を前衛に残弾を気にせず次々に銃を撃ち、トムは両手の小剣を十字に構え、魔眼の力を使い高速攻撃に入った。
「チッ―――――どうなってんだい、さっぱり通用しないじゃないか! さっきまでは効いてたのに」
予想以上に強くなっているマルキオに焦るエルザ。先程まで身体の一部を消し飛ばしていた〈福音弾〉が、今では浅く穿つだけで終わっている。
「多分、景太郎君の血を飲んだ所為でしょう。中に含まれる浄化の力で苦しみはしたものの、含まれる霊気を取り込むことだけはしたのでしょう」
「ハッ、転んでもただじゃ起きないってか。どうせならそのままくたばれってんだ」
マルキオの影から伸びる黒い触手をパニッシャーで薙ぎ払うグリニデ。だが、マルキオは雑魚には構っていられないと言わんばかりに真っ直ぐに景太郎に向かって突進する。
「こいつ! 行かしはしないよ―――――命に代えてもね!!」
「―――――! アレを使う気か!? 止めろ、死ぬ気か!!」
「死ぬ気はないよ。だけどね、坊やが命を張るんだ、あたしも命ぐらいは張るさ」
「……仕方ねぇ、だがやばいと思ったらすぐに止めろ。後は俺がやる」
「わかった」
「エルザさんは一体何をする気なのですか?」
結界を張り、景太郎に向かって放たれた魔力の矢を防ぎながらピートがそう質問してくる。端で聞いているだけで、エルザが何やら危険なことをしようとしていることがわかる。同時に、グリニデの様子からその危険性が一層高いと容易に想像できる。
「なにね、とっておきの切り札を出すのよ。神父さんはないの?」
「あることにはありますが…数時間の儀式を用いる、大がかりの術でして……」
「今回は役にたちそうにないね」
「済みません。代わりに、誠心誠意頑張らせていただきます。全員が生き残るように……」
「頑張ってね、期待してるわ」
「はい」
エルザの言葉に笑みを見せると、マルキオの影から湧き出てくる漆黒の獣を次々に斬り捨てる。
景太郎は―――――炎を纏い、精神を集中して吸血鬼の本体…核を睨む。標的を捕捉した狙撃手の如く、狙い違わぬように。
―――――限界まで引かれた弓から、矢が放たれるまで後僅か―――――
―――――七幕に続く―――――